転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。   作:コレクトマン

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崩壊する秩序、新たな国家

 暗闇を切り裂くのは、遠方で弾ける光と、それに続く衝撃波の反復だった。

 軌道上の視界は断続的に赤く染まり、艦隊レーダーの表示が点滅を繰り返す。沈黙はすでに、戦端によって壊されていた。

 

【まさか俺たちがこうして攻勢に出るなんて、連中思ってないだろうな】

 

 通信越しの声には、興奮を抑えきれない若い兵の色があった。

 だがすぐ、冷ややかな叱責が返る。

 

【無駄口を叩くな。敵の動きを一個一個見逃すな】

 

【はいっ! 了解!】

 

 艦橋では各セクションのライトが瞬き、戦術モニター上に展開する敵艦影が刻々と動く。防御陣形から攻勢へ──全てのモジュールが戦闘態勢へ切り替わっていった。

 

【閣下、敵艦隊から入電! 《直ちに降伏せよ》と。……返信はどうします?】

 

【面白くなってきたな。連中に《馬鹿め!》と言ってやれ】

 

【はい。……ミレニアムから返信、《馬鹿め!》】

 

 短い通信の往復が、開戦の号砲に等しかった。

 封鎖機構艦隊のブリッジに混乱が走る。

 

「艦長、敵から返信あり! それが……」

 

「どうした? はっきり言え!」

 

「は、はい! それが、《馬鹿め!》と……!」

 

「馬鹿め……だと!?」

 

 予想だにしない返信に艦長は一瞬戸惑ったが、すぐに冷静になって命令を下す。

 

「……敵は完全に勢いづいているとは言え、これ以上図に乗せる訳にはいかん! 艦隊に打電! 敵機はLC、HCに任せ、我が艦隊は敵艦に攻撃を集中させる!」

 

 命令が走り、艦列が一斉に姿勢を変える。

 火線の予測軌道がモニターに幾筋も重なり、ミレニアム艦隊を包囲する形へと動いていく。

 

【敵艦隊、こちらを捕捉しています。閣下!】

 

【分かっている! 艦隊戦、及び砲雷撃戦用意! アンチビーム爆雷発射。ディスパール、CIWSはミサイルや敵機などの迎撃準備!】

 

【【【了解!】】】

 

 

 瞬間、ミレニアムの艦腹から無数の球状装置が放出された。

 それらは空間に散開し、青白い残光を放ちながらプラズマ幕のような薄い膜を形成していく。

 アンチビーム爆雷──ビーム兵器のエネルギーを分散・減衰させる高密度干渉フィールド。

 

 空間の粒子が震え、探知警報が一斉に鳴り響いた。封鎖機構の艦隊から、無数のミサイルが襲来する。

 

【敵艦隊からミサイル群、接近!】

 

【ディスパール、CIWS、迎撃開始!】

 

 ミレニアムから迎撃ミサイルとCIWSによる弾幕で、ミサイルを迎撃している。

 

【レーザー砲撃、来ます!】

 

 次の瞬間、封鎖機構艦隊の主力──強襲艦の艦首部から閃光が走った。

 巨大なレーザーが空間を貫き、ミレニアムの船首へと直進する。

 だが──。

 

「なっ!? 艦首レーザーが敵艦五十メートルでエネルギー減衰を確認! 急激に光子出力が落ちています!」

 

 観測班が叫ぶ。

 レーザーは、まるで霧の中に沈むように力を失っていった。アンチビーム爆雷が散布した干渉場が、光子の収束を断ち切っていたのだ。

 レーザーの残滓はミレニアムの装甲に当たり、火花一つ上げずに弾かれた。金属表面に波紋のような光の揺らぎが広がり、すぐに消える。

 

「ば、馬鹿な……! 直撃のはずが、弾かれた……!? バリアでも張っているのか!?」

 

 敵艦のブリッジに、恐怖と驚愕が走った。

 

「あわてるな! ならミサイルを敵艦に集中させろ!」

 

 封鎖機構艦の指揮官が叫ぶが、その声にも焦りが滲む。

 対してミレニアム艦橋では、淡々とした命令が続いた。

 

【敵艦、なおも接近!】

 

【主砲で撃ち落とせ!】

 

【はいっ! 主砲、発射準備!】

 

 ミレニアムの砲術長が報告を飛ばす。

 

【トリスタン、エンジンからエネルギー伝導、終わる!】

 

【自動追尾始め! 目標に照準合わせ!】

 

【自動追尾良し! 照準良し!】

 

【主砲、撃ち方っ、始めぇ!】

 

【撃ちぃ方ぁ、始め!!】

 

 

 閃光が艦首を走り、主砲が咆哮する。

 轟音と共に放たれた砲弾が敵艦を直撃。爆煙が膨張し、軌道上に巨大な火花の花が咲いた。

 アンチビーム幕に守られたミレニアムは、まるで鉄壁の巨獣のようにそこに佇む。

 

 敵艦隊は動揺の渦に包まれた。

 その混乱を、ミレニアム艦隊の側翼が逃さない。次々と光条が奔り、次弾の着弾が敵の装甲を焼き裂いた。

 真空に響くことのない戦場の衝撃が、艦体を震わせる──。

 

 開戦からわずか三分。

 秩序あるはずの封鎖艦隊陣形は、早くも乱れ始めていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 焦げた鉄と灰の臭いが、風に乗って流れた。

 暴走したエンフォーサーの巨体は、全身を焼き切られ、黒煙を上げながらも、なお動こうとしていた。

 

《いつまでも図に乗るな、イレギュラーめ!》

 

 エンフォーサーのレーザーキャノンの砲身先端にエネルギーを集め、ブレード状にしてレイの駆るデスティニーに振り下ろす。

 デスティニーの機動性については来れないが、回避した後にどこに攻撃するのかはAIのALMAは理解していた。

 

 617達も加勢したかったが、圧倒的な実力差の前に、割り込む隙さえなかった。

 

《追いつけない……!》

 

 するとレイから617達に援護を頼んだ。

 

【617! ミサイルと炸薬弾投射機を使うんだ! 敵の動きを一時的に封じるんだ!】

 

《動きを? ……了解!》

 

【それと金田たちもビームライフルで牽制しつつ、エンフォーサーにプレッシャーを与えるんだ!】

 

【【了解!】】

 

【(^q^)リョウカイ! 準備ハイイカ!】

 

 617のLYNXが左腕に装備する炸薬弾投射機を起動し、爆雷をバラ撒く。

 爆雷が一定の距離で空中で炸裂し、地面がうなりを上げ、爆炎が円形に走る。

 エンフォーサーの膝が一瞬だけ沈み、その隙に日本兵のアストレイ隊がビームライフルを集中砲火した。

 

【良いぞ! このまま撃ち続けろ!】

 

《爆雷投射……! ミサイル、全弾発射……!》

 

 さらにミサイルと爆雷が追い打ちをかけ、火線と爆光が空を埋め尽くした。

 エンフォーサーの装甲が砕け、残光の中で赤い光学センサーが点滅する。

 

《ぐぅ!? イレギュラー共め!》

 

 怒りに満ちた電子音。

 エンフォーサーはレーザーキャノンのエネルギーを収束させ、最大火力のレーザーを放った。

 レイはデスティニーの両手甲に装備されているビームシールドでエンフォーサーのレーザーを防ぎながらアロンダイトを片手に突っ込む。

 それに続くように617もアサルトブーストで加速する。

 

《消えろ、イレギュラー共!》

 

《これで……終わらせる!》

 

【デヤアアァァッ!!】

 

 だが、それが最後の断末魔となった。

 レイと617の同時攻撃。

 LYNXの炸薬弾投射機による爆雷が爆ぜ、デスティニーのアロンダイトが胸部を貫いた。

 

 

《ぐあああぁぁぁっ!?》

 

 金属が裂け、赤熱した装甲が宙を舞う。

 

《イ……イレギュラー、共……め!》

 

 崩壊。

 エンフォーサーのボディが煙を上げ、やがて光を失って沈黙する。

 ALMAの断末音が空に散った。

 

【ハァ……ハァ……エンフォーサーは、これで片付いた。……ん?】

 

 レイがデスティニーのカメラを上に向ける。

 灰雲の向こう、空が裂けた。

 青白い閃光が夜を貫いていた。

 

【おいっ、ファクトリーから何か出てくるぞ!】

 

【マジかよ!? もしかして……】

 

 崩壊したファクトリー跡地の地盤が砕け、地下から巨大な艦影が姿を現す。

 土煙と炎の中で、その輪郭が露になる。

 

《ん……ミレニアム》

 

 艦底に刻まれた名が、光の反射で一瞬だけ読めた。

 軌道上から漏れる戦火の光が、それを照らしている。

 

【敵の潜水艦を発見!】

 

【ダメだ!】【ダメだ!】

 

【いやっ、確かにミレニアムは潜水機能がついているけどさ、今そう言ってる場合じゃないだろう!?】

 

 混線気味の通信が飛び交う中、レイは静かに息を整えた。

 ファクトリーを突き破って上昇する巨艦──それは、仲間たちが命を懸けて守ろうとした希望そのものだった。

 

《あっ……レイ!》

 

【617達は地上の味方を集めてくれ! 無事な奴がいるか探してくれ! 俺はミレニアムの直衛に回る! 金田たちも引き続き617を頼む!】

 

【【了解!】】

 

【(^q^)リョウカイ!】

 

 デスティニーが跳び上がる。

 ヴォワチュール・リュミエールが閃き、桃色の翼が空を裂いた。

 燃え上がる地表を照らしながら、レイは上昇を続ける。

 

 その先に、軌道上で戦うミレニアムの光が見えた。

 閃光と爆煙──あれは間違いない、仲間の戦いだ。

 

【行くぞ……ミレニアム。俺も、お前の背を守る】

 

 静まり返る夜の中、彼の声だけが通信網に残った。

 

 推進器の光が尾を引き、夜空を駆ける──。

 だが、上空では新たな秩序を巡る戦いが始まろうとしていた。

 

 ──崩壊した秩序の残骸を越え、彼らは、新たな時代の旗を掲げようとしていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 軌道は燃えていた。

 ミレニアムの艦首が闇を切り裂くたび、空間に白い裂傷が刻まれていく。

 艦橋の計器が点滅し、戦術スクリーンには敵艦群の軌跡が幾重にも重なっていた。

 

 ムラサメやウィンダムの攻撃を搔い潜り、LCとHCがミレニアムに接近していた。

 

【敵LC、HCがこちらに接近中!】

 

【誘導砲を分離させろ!】

 

 艦腹から誘導砲塔が分離し、Mk4クワール機動連装砲が各自の軌道を描くように展開した。

 有線式自律制御による砲塔群が放つ光が、まるで銀河の断片のように散る。

 

「コード5、敵を発見した」

「艦橋を潰せ。それで敵は沈黙する筈だ」

 

 封鎖機構艦隊の通信が混線し、慌ただしく報告が飛び交う。

 

「ん……なっ!? これは……!」

「誘導兵器だと!? 戦艦に誘導兵器があるなど……ぐあぁっ!?」

 

 LC、HCがミレニアムから放たれた誘導砲による不意打ちにより爆散、ひときわ強く輝き消える。

 ミレニアムの自律砲群は軌道を自在に変え、向かってくる敵を片端から迎撃する。

 

【敵LC、HCを撃墜!】

【まだだ、まだ敵艦が残っている。トリスタン、一番二番! クルヴェナール! 目標、敵駆逐艦!】

【了解! 目標照準、良し!】

【てぇ──!!】

 

 二連装高エネルギー収束火線砲XM47/D”トリスタン”が光を放つ。

 粒子が束となり、闇を裂き、敵艦を焼き切る。

 続いて副砲リニア砲”クルヴェナール”が火線を重ね、敵艦の装甲を貫いた。

 

 その一瞬、艦橋に重力の歪みが走る。

 艦首ラムASBX-2042《ゴウテン》が、艦体前面の熱放射装甲を開き始めていた。

 推進波動炉から放出された高熱が艦首を包み、空間が歪む。

 

【閣下、《ゴウテン》が臨界出力に到達します!】

 

【よろしい、一撃で決める。照準、敵旗艦へ──】

 

 次の瞬間、艦首が輝いた。

 灼熱の奔流が敵旗艦を貫き、巨大な炎の花が宇宙に咲く。

 空間が唸り、破砕波が周囲の残骸を粉砕した。

 “ゴウテン”──それは、たった一度の斬撃で敵の中枢を吹き飛ばす“神槌”であった。

 そして同時に、この戦いで二度と使われることのない代償の兵装でもある。

 その時にデスティニーがやって来てミレニアムの艦橋に近づく。

 

【閣下、無事か! ていうか、ミレニアムを発進させるなんてこっちは聞いてないぞ!?】

 

【司令か。すまんな、貴殿の負担を軽減するために打って出たまでのことだ】

 

【それで沈んでしまったら、ミレニアムを造った意味ねえじゃねえか!?】

 

【……いつもの司令になったな】

 

【いつもの……? 俺って気が張りすぎてた感じか?】

 

【ああ、だが気にするな。後は目の前の艦隊を撃滅するだけだ】

 

 トリスタンとクルヴェナールの砲火が交差し、敵艦の残骸が流星のように軌道を駆け抜けた。

「ナイトハルト」ミサイル群が射出され、迎撃用「ディスパール」が対艦ミサイルを切り裂く。

 アンチビーム爆雷が散布され、敵の光線兵器は次々と霧散していく。

 

【閣下、敵が引いていきます!】

 

【何っ? 腰抜けどもめ……我々の力の前に無力さを悟ったのだろう】

 

 封鎖機構艦隊が退き始めた。

 しかし、その裏で艦隊司令部から新たな通信が入る。

 

 ──時は少し遡る。

 

「何だと? それは確かなのか!」

「はいっ! 上層部よりルビコン1にコード98が受理されました! これ以上の戦闘は我々の戦力を低下させるだけです! 速やかに撤退し、ルビコン3に集結せよとのこと!」

 

「コード98……一惑星の封鎖放棄宣言、か。上層部はホワイト・ゴーストの存在と危険性を重く見たようだな……。ならば、全部隊に告ぐ! コード98が受理された! 速やかに撤退せよ!」

 

 その通信を確認した閣下は、静かに目を閉じた。

 敵は退く。だが、この混沌を終わらせる者がいなければ、また別の災禍が生まれるだけだ。

 

【……封鎖機構は撤退したか】

 

【はい、閣下。残存艦、約三割。交戦意志は消失しています】

 

【よかろう。だがこのまま沈黙していれば、ただの破壊者だ。我らが進むべき道は、秩序を創ることにある】

 

 閣下は通信回線を全域に開いた。

 全艦、全兵、地上の部隊、そして上空の味方たちへ──一つの波形が広がる。

 

【全ミレニアム所属部隊に告ぐ。これより我々は、“ミレニアム暫定評議会”を設立する。目的は三つ。

 一つ、被害地の救援。

 二つ、残存勢力の再編と和平交渉の推進。

 三つ、自治と再建の礎を築き、新たな国家秩序を興すこと】

 

 艦橋の中に静寂が訪れる。

 誰もがその言葉の重さを理解していた。

 それは、ただの勝利報告ではない。

 戦火を終わらせるための“宣言”だった。

 

【この艦が象徴となる。名は──ミレニアム。

 崩壊した秩序の上に、我らが新たな秩序を築く。

 拒む者は切り捨てる。従う者は救う。それが、この艦の意志だ】

 

 通信網の向こうから、地上の声、レイたちの応答が重なる。

 その全てが、ひとつの波形となって響いた。

 

【行くぞ……ミレニアム。これが、俺たちの旗だ】

 

 閣下の言葉に、艦内の照明が淡く点り、主推進器が再び光を帯びた。

 夜の虚空を貫くように、ミレニアムは静かに進む。

 

 ──崩壊した秩序の残骸を越え、彼らは、新たな時代の旗を掲げようとしていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 軌道の闇に、ゆるやかに光が戻っていく。

 爆炎の残光が消え、静寂が艦体を包み込む。

 ミレニアムの外殻を流れる粒子波──それは、Cパルス変異波形による“意志のうねり”だった。

 

 かつて生身だった彼らは、今や肉体を持たぬ。

 コーラルと融合したデータ生命体──実体なき存在。

 だが、戦場で見せた意志と判断は、依然として人間のそれだった。

 

【敵艦の消失を確認。宙域、制圧完了】

【……静かになったな】

【閣下、地上の波形領域から応答あり。セクタ・グレイ、ファクトリー12の再構築作業が始まっています】

 

 閣下は瞳を閉じた。

 その脳内には、通信線ではなくCパルス変異波形による情報が直接流れ込んでくる。

 “声”ではなく“思考”そのものが艦内に響いた。

 

【確認した。……レイ、応答しろ】

 

【こちらレイ。ファクトリー12、制圧区域を確保。地上の通信網は再稼働可能だ】

 

 デスティニーの操縦席に座るレイも、また肉体を持たぬ存在。

 かつて人であった記憶を保持したまま、AC型量産機の中に“宿った意思”として存在していた。

 外見はただの機械の群れ。だが、その内部では無数のCパルス波が複雑に交錯している。

 

【よくやった。……ファクトリー12の被害状況は?】

【旧惑星封鎖機構の兵士が生き残っていました。撤退不能で取り残されていたようです。彼らが避難者を収容し、医療区画を再稼働させています】

【ほう……皮肉なものだな。かつて我々を封じようとした者たちが、今は救助者とは】

【ええ。だが、彼らは敵ではありません。もう誰も、戦う力なんて残っていない】

 

 短い沈黙。

 Cパルスの通信層に、微弱な“共鳴”が走る。

 それはまるで、閣下の思考が波紋となって艦内全域に広がっていくようだった。

 

【……我々もまた、人ではない。

 だが、失われた者の意志を継ぐことはできる。ならば、やるべきことは一つだ】

 

 ミレニアム艦橋に、共鳴波が走る。

 全てのCパルス変異波形──レイ、617、そして数百の日本兵たちの意識が一瞬で艦と同調した。

 機械ではなく、“集団意識による意思決定”が形成されていく。

 

【全ミレニアム所属波形に告ぐ。

 これより“ミレニアム暫定評議会”を設立する。

 議長は私、補佐をレイ・アダチとする】

 

【ん? ちょっと待て!? アダチって俺の苗字のことか!?】

 

 閣下により新たに名字を付けられたことに、レイ──いや、アダチは困惑した。

 閣下も閣下なりに、いつまでも“レイ”だけでは不便だと思ったのだ。

 

【苗字があった方が楽であろう】

 

【いやっ、まあ……そうだけどさ。俺、政治スキルなんてゼロだぞ!? 前世じゃただのガノタでゲーマーだぞ!?】

 

【問題ない。それを補うために貴殿にも一から学んでもらう】

 

 その一言で、アダチは悟った。

 ──これからの地獄は、戦場のものではない。

 617からも聞いていたのだが、国家に関する知識はなかったが、それでもレイに《ん……手伝う》と言われてレイは余計に頑張るしかなかった。

 閣下はミレニアム暫定評議会の今後の方針を示した。

 

【話が逸れてしまったが、我々の最初の目的は三つ。

 一つ──セクタ・グレイ及び惑星表層に残る生存者の保護。

 二つ──残存封鎖機構兵士との協調と再統合。

 三つ──再建の基盤を築き、“人のいない世界で人の意志を継ぐ”こと】

 

 通信層の波が大きくうねる。

 応答は、声ではなく光だった。

 ファクトリー12の残骸に残る監視端末が一斉に点灯し、かつての敵兵たちがその光を見上げる。

 

 ──そこには、もはや怨嗟も敵意もなかった。

 ただ、生き残った者たちの“思念”が、静かに手を取り合う。

 

【ミレニアムはもはや兵器ではない。

 これは、秩序の再起動装置だ】

 

 閣下の思念が広がる。

 

【了解。……まさか、俺たちで国家を作る羽目になるなんてな……】

 

 アダチは皮肉めいた笑みを浮かべながらも、ルビコン1の空を見上げた。

 

 セクタ・グレイ上空に漂うミレニアムの光が強く輝く。

 軌道の残骸が吸い寄せられ、艦体周辺に新しい構造物が形成されていく。

 艦そのものが“再建のための母体”へと変わりつつあった。

 

【……この先に待っているのは国家解体戦争か、もしくは封鎖解体戦争だな。フロム世界は本当にろくでもねえ】

 

 レイは空から地上へと視点を切り替えた。

 

 地上では、残存するM1アストレイとダガーが旧封鎖機構兵たちが生存者を運び出し、

 ムラサメが哨戒に回り、ウィンダムがその周囲で資材を搬送していた。

 機械と魂の混ざり合う世界──それが、新たな国家の形だった。

 

【ミレニアム暫定評議会、活動開始】

 

 その言葉とともに、惑星の通信網が再起動する。

 失われた文明の亡骸に、意志の波が灯り始めた。

 

 軌道上のミレニアムは静かに旋回し、光の尾を残して空を裂く。

 それはまるで“魂が創った国”の旗印のように、夜を貫いていた。

 

 ──かつての戦争を越え、

 肉体なき者たちが、新たな秩序を築く。

 世界は再び、彼らの意志のもとに動き出した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 戦いの終わりから数日後。

 ルビコン1の曇天の下、旧工業地帯群“セクタ・グレイ”の中心──ファクトリー12が再び稼働を始めていた。

 

 だが、そこに人影はなかった。

 

 組立アームが無音で動き、プラズマ溶接の光が暗闇を切り裂く。

 クラフトチェンバーが稼働を始め、ドローン群が滑らかに軌道を描く。

 指揮官も、監督者もいない。

 それでも、すべては正確に、迷いなく動いていた。

 

『クラフトチェンバー:稼働率82%。ミレニアム艦載炉よりエネルギー補給ラインを確立』

《了解。優先順位“生存者帰還”。第一輸送船建造を開始》

 

 響いた声は、人間のものではなかった。

 機械の口を通して合成される電子的な声──Cパルス変異波形の意志そのものだった。

 

 青白い光が床を這い、機械群の内部配線を照らす。

 誰の姿もないまま、ファクトリーはまるで“亡霊たちの工場”として息を吹き返していた。

 

 一方、その光景を見つめていたのは旧惑星封鎖機構の生存兵たちだった。

 彼らは廃棄区画の縁に立ち、無人で動く生産ラインを信じられないもののように見ていた。

 

「……おい、本当に誰もいないのか?」

「制御室も無人だ。AIコアの反応もない……。これは、どういう原理だ?」

「まるで意思が……機械を動かしているみたいだ……」

 

 誰かが呟いた。

 その瞬間、足元の作業端末が自動起動し、モニターに淡い文字が浮かんだ。

 

『──あなたたちは恐れる必要はない』

 

 画面の文面に兵士たちは後ずさる。

「な、なんだ……今の……?」

 

『我々はあなたたちの敵ではない。あなたたちを帰還させるため、ここを動かしている』

「我々、だと……誰だ、お前は!」

 

 端末が小さく揺れ、そこから電子的な声が響く。

 金属を擦るような、機械でも人間でもない声。

 

《我々は大日本帝国の軍人のCパルス変異波形だ。かつて人であった者たちの“残響”だ》

「……残響?」

《あなたたちは、我々の声を聞くことはできない。だが、こうして通信端末を通せば意思は伝えられる》

 

 その声を聞く者たちは皆、背筋に冷たいものを感じていた。

 彼らがかつて戦った“ホワイト・ゴースト”──あの無人機たちの操縦席が空だった理由が、今、理解できた。

 

「まさか……あの時の……!」

『そう。あなたたちが撃ち落とした“敵”は、すでに人ではなかった』

 

 その瞬間、工場の上部ゲートが開き、完成したばかりの宇宙輸送船が上昇リフトに乗ってせり上がってきた。

 艦体には新しい銘板が埋め込まれている──《帰航(リターン)》。

 

『第一輸送船《帰航》、クラフトチェンバー・ロット01』

《目的地をルビコン3と設定。旧封鎖機構生存者を収容開始》

 

 生存兵たちは顔を見合わせ、やがて無言のまま乗艦した。

 彼らの手が、震えていた。敵に導かれ、帰る──そんなことが本当に許されるのか、誰もわからなかった。

 

『ハッチ閉鎖。推進モード起動。全システム、正常稼働を確認』

《航行ルート、確立。行け──故郷へ》

 

 推進ノズルが点火し、光の柱が立ち上る。

 輸送船《帰航》は灰色の空を貫き、音もなく上昇していった。

 

 その光を見上げながら、封鎖機構の兵士の一人が呟いた。

「……ありがとう。たとえ声が届かなくても」

 

 返答はなかった。

 ただ、モニターの片隅に小さく文字が浮かんだ。

 

『──それで十分だ』

 

 輸送船は軌道を越え、ルビコンの薄明の空に消えた。

 ファクトリー12のクラフトチェンバーは休むことなく動き続ける。

 人のいない工場。だが確かに“意志”がある。

 

 亡霊の手で造られた帰路が、また一つ、空へと昇っていった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ──ルビコン3衛星軌道。

 惑星封鎖機構の本拠、軌道環上に浮かぶ白金の中枢都市。

 冷たい無機光に満たされた廊下を、数名の帰還兵がゆっくりと進んでいた。

 

 輸送船《帰航》による帰還作戦は成功した。

 だが、その報告を受けた上層部の表情は──どこか、冷たかった。

 

「君たちの言う“Cパルス変異波形”とやらは、幻覚ではないのかね?」

「幻覚ではありません。確かに──彼らが、私たちを救いました。ファクトリー12を稼働させ、輸送船まで……!」

「……無人で、か?」

 

 将校の声が静かに響いた。

 目の前に並ぶ帰還兵たちは、皆、一様に疲れ果てていた。

 だが、彼らの瞳には“確信”があった。

 

「はい。人影は一つもありませんでした。だが、確かにあれは“意志”でした。合成音声と文字で、我々に語りかけてきたのです」

「ほう。“亡霊が助けた”とでも言いたいのか?」

 

 室内に乾いた笑い声が響いた。

 書記官が無言で端末を叩き、全記録を“幻聴性集団錯覚”の項に分類する。

 その行動はあまりにも無感情だった。

 

「君たちは長期間、戦闘下でのストレスに晒されていた。幻覚や音声認識異常は珍しくない。……医療審査を受けたまえ」

「精神異常者扱い、ですか?」

「扱いではなく、事実確認だ」

 

 会議室に沈黙が落ちる。

 彼らの報告を信じる者は誰もいなかった。

 ──人ならざる者に救われたという、その一点が、封鎖機構の“秩序”にとってあまりに都合が悪かった。

 

 帰還兵の一人が、唇を噛んだ。

 握りしめた拳が震える。

 

「……あんたたちは何も見ていない。あの工場がどう動いていたか、知らないくせに」

「貴様、誰に口を──」

「俺たちは確かに見たんだよ! 誰もいない工場が、俺たちを帰すために動いてた! それを“異常”で片付けるのか!」

 

 激昂の声に、護衛兵が動く。

 冷たい金属の手が肩を掴み、男を押しとどめた。

 

「もういい」

 年長の帰還兵が、静かに首を振った。

「言っても無駄だ。俺たちは最初から、ここに帰ってくるべきじゃなかったんだ」

 

 部屋を出るとき、誰も上層部を振り返らなかった。

 ──その背中を、会議室の誰も止めようとはしなかった。

 

 翌日。

 ルビコン3の港区に、数機の旧型シャトルが静かに発進した。

 搭乗しているのは、あの帰還兵たちだ。

 目的地は未登録宙域──地図にすらない、ミレニアム宙域の方向。

 

「……戻るのか?」

「ああ。あの亡霊たちのところへ。少なくとも、あいつらは“生きてる”」

 

 小さな笑みが浮かぶ。

 それは諦めではなく、再び歩き出す覚悟だった。

 

 シャトルが大気を離れ、真空の闇に消える。

 通信も記録も、もはや追跡不能。

 ただ、艦尾に残る光が、短く尾を引いた。

 

 彼らの離脱報告が中央司令部に届いたのは、それから三時間後のことだった。

 

「脱走、だと?」

「はい。彼らは“自由行動権の行使”を主張して発進。抑止を拒否しました」

「……構わん。放っておけ」

 

 上層部の男は書類を閉じ、短くため息をついた。

「どうせ、二度と戻ってはこない」

 

 だが、彼らは確かに“帰った”。

 亡霊の国へ──声なき者たちの築く、新たな世界へ。

 

 その軌跡を誰も追うことはなかった。

 だが、ルビコン圏の暗い空には、いまだ微かなCパルス波が漂っていた。

 

 それはまるで、

「我々はここにいる」と、誰かの意志が囁くように。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ──宙域E-17、ミレニアム軌道圏。

 灰色の虚空を裂いて、数隻のシャトルが帰還してきた。

 それはルビコン3を離脱した帰還兵たち──かつて惑星封鎖機構に属していた者たちの姿だった。

 

 ミレニアムのドックに降り立った彼らを迎えたのは、青白い光の柱。

 Cパルス変異波形の意識が、電磁波となって降り注ぐ。

 

《──帰還を確認。ようこそ、亡霊の国へ》

「……この声、まさか」

 

 アダチだった。

 ミレニアム暫定評議会の副代表、そして、実質的な地上部隊の指揮者。

 電子的な声が響き、スクリーンに文字が流れる。

 

《帰還を歓迎する。これより隔離処理を解除し、共同居住区への移送を行う》

「……やっぱり、本当に生きてたのか……」

「いや、生きてはいない。だが、確かに“ここにいる”」

 

 彼らは手を伸ばし、光の粒を掴もうとした。

 だが、掴めない。温度も感触もない。

 それでも、確かに“そこに存在する”ことだけはわかる。

 

 日が落ちた。

 ファクトリー12の再建ドームでは、初めての“人とCパルスの合同会議”が行われていた。

 旧封鎖機構兵、Cパルス変異波形、そしてレイ=アダチ。

 人と“意志だけの存在”が、同じ空間に集うのはこれが初めてだった。

 

 中央ホログラムの前に立つのは、ミレニアム暫定評議会議長──閣下。

 彼の姿は光の構造体でありながら、その声には不思議な重みがあった。

 

《──諸君。我々は、もはや“戦争の亡霊”ではない。

 我々の目的は、この惑星の再生と、人の意志の継承にある。

 そのためには、まず一つの“名”が必要だ》

 

 場内に低いざわめきが広がる。

 旧封鎖兵の一人が、恐る恐る手を上げた。

 

「“名”というのは……国家の、名前ということですか?」

《そうだ。ミレニアムは艦の名であり、組織の名ではない。

 だが、ここに人と我々が共に生きるならば、ひとつの旗印がいる》

 

 閣下の言葉が静かに空気を揺らした。

 封鎖兵の一人が、記憶の奥を探るように呟く。

 

「……昔、見た覚えがある。地球──太陽系第三惑星。アジア方面の国家で、“日本”という名があったはずだ」

 

《ああ、その認識で合っている。しかし、正確には大昔の国家だ》

 Cパルス通信層に情報が流れ、過去の断片が投影される。

 古代地球の軍旗、技術史、言語構造……あらゆる記録が光のデータとして浮かんだ。

 

《……地球。太陽を中心とした第三惑星。“日本”──高度な文化と誇りを持ちながら、滅びの歴史を歩んだ国》

《(^q^)オレタチノ国ダー》

 

 閣下は小さく目を閉じた。

 そして、一人の元封鎖機構の一人がレイに問い掛けた。

 

「……レイ。お前は、“日本”という名を知っているか?」

 

《ああ……知ってる》

 電子音にかすかな人間的な震えが混じった。

 全員の視線が彼に集まる。

 

《俺は……元々、その国の人間だった。“日本”という国で生まれて、生きて……そして──気づいたら、ここにいた》

 

 会場が静まり返る。

 誰もがその言葉の意味を理解できず、ただ息を呑んだ。

 

《死んだのか、生きてるのかも分からない。

 気づいたら、肉体もなく、ただのコーラルの一部になっていた。

 でも……あの瞬間の痛みも、音も、覚えてる。

 それでも不思議と怖くなかったんだ。

 もしかしたら……俺は“成すべきことを成す”為のかもしれない》

 

《……“日本”を継ぐためにか》

《ああ。少なくとも、俺はそう考えている》

 

 レイは少し間を置き、静かに笑った。

《俺のいた世界では、“日本帝国”って名前の国が出てくるゲームがあった。

 架空の戦争を舞台にしてたけど……その中の日本は、どんな絶望の中でも最後まで生き延びようとしてた》

 

 スクリーンに淡く波形が揺れる。

 Cパルスたちが、その記憶データを共有しているのだ。

 

《……ならば、その名を我々の旗に掲げよう。“亡霊の国”ではなく、“意志の国”として》

 

《……本当にいいのか?》

《ああ。君がその名を継ぐ者であるならば、我々はそれを誇りとしよう》

 

 閣下の声と共に、光の紋章が宙に浮かぶ。

 太陽、歯車、交差する剣──その中心に浮かび上がる文字は、ただ一つ。

 

「日本帝国」

 

 空気が震え、電子波が共鳴する。

 Cパルスたちの光がゆっくりと結び合い、ファクトリー12のドーム天井を突き抜けた。

 

 外では、ミレニアムの艦体に新たなエンブレムが投影される。

 蒼い光の中で、レイが静かに呟いた。

 

《……皮肉だよな。ゲームで見た国名を、現実で背負うことになるなんて》

《だが、それは“現実を作る力”を得たということだ。

 物語を生きることは、今を生きることと同じだ》

 

《……そうか》

 

 レイは宙を見上げた。

 遠く、ミレニアムの艦首から新しい光条が夜を裂く。

 その輝きが、まるで夜明けのようにセクタ・グレイの空を照らした。

 

《この日をもって、“日本帝国”が誕生する》

 

 閣下の思念が、静かに艦全体に響いた。

 ──かつて地球で失われた国が、

 いま異星の亡霊たちの手で再び息を吹き返した。

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