「なんだこれはっ!」
全国競界協会本部。
その会議室にて、理事の1人が手に持った書類を机に叩き付けながら声を荒げている。
他の理事はその様子を冷ややかに見ているが、咎めることはない。
「こんなものが報告書と呼べるか!?」
競会に所属している、あるプロからの報告書を何度も叩きながらそう言い放つ理事の1人。
理事たちの中で年若いその者の意見に皆が大なり小なり共感しているからこそ、他の者たちもその言動を遮るようなことはしていない。
何人かの理事はそもそも人選が間違っている、依頼した人物が調査に適していたかという疑問を抱えていたが。
そんな調査能力を疑われている人物、
【御園繁に関する調査報告書】
作成者:経津 重花
調査の結果、
理事の方々の懸念事項である【結社】の庭師、
【企業】からの依頼も受けているようですがあくまでビジネスの関係であり、その身辺に疑わしいところはないと断言します。
国内のバトルワールドを預かる理事の皆さまには無用のことと存じますが、くれぐれも軽挙妄動を謹んでくださいますようお願い申し上げます。
人物像把握の参考資料として、下記に御園 繫プロとの対戦所感を補足事項として記載します。
別途提出の棋譜と併せてご参照ください。
まず1戦目、こちらのデッキカラーは黒赤、あちらは緑黄の対戦となりました。
相手は色通りユニット主体のデッキだったため、除去の豊富なデッキで挑めたことは運が味方しました。
最初に見えたカードが同種族を強化する接ぎ木(注1)だったため、こちらは黒の除去カードでユニットを都度対処。
その後こちらも展開したがおそらく誘い出されたのか、相手の全体除去カードで盤面が一掃。
おまけにこちらが墓地を肥やしているのを見て即座に憲兵(注2)で牽制してくる反応の良さときたら。
打てば響く心地良いバトルに胸躍り、そんな気持ちにデッキが応えたのか次ターンに何とか押し切ることができた。
この時、1ショットキルを受けた繁プロを一瞬でも案じたことを思い出すと、その恥ずべき傲慢さに己を切り捨ててしまいたくなる。
ここまでスムーズに勝てたのは、正直デッキの相性と手札回りによるところが大きい。
だが繫プロはそのように腐らず、感想戦の後に何のためらいもなく再戦を申し込んできた。
猛る気概、戦意に満ち溢れた目。
もちろん即座に了承したが、あの時の自分の顔は果たして人に見せられるものだったのか今になって気になってくる。
2戦目は互いにデッキを調整。
一転して繫プロはデッキをコントロールに変更し──
(以降、延々と対戦所感が本文の何倍もの文字数と情感で綴られている)
注1:【香蟲花草 結び合う接ぎ木】
注2:【神経質な憲兵】
(16まで続く注釈)
このように繫プロは今後もバトルワールドのプロプレイヤーとして好ましい成長が予想されるため、それを阻害するような行動は競会の理念に反するものであると愚考いたします。
理事の皆さまが現時点で無害と判断できないようであれば、継続した調査を請け負う用意があります。
これを無視した他人員による恣意的な調査や謂れなき繫プロへの制裁を確認した場合、冷静な振る舞いが約束できなくなる恐れがあることを事前に報告しておきます。
繰り返しになり恐縮ですが、理事の皆さまはくれぐれも軽挙妄動を謹んでくださいますようお願い申し上げます。
「こんなものが報告書と呼べるか!?」
最後はこちらに脅しをかけてきている。
再び叫んだ若い理事へ同意するように、首を微かに振る者もいた。
多角的とは言えない調査対象への結論、熱が入ったのか早々に変わる呼称、十中八九私欲の混じった脅迫まがいの要求。
とても自身の組織の意思決定機関に提出する報告書とは思えず、さてどうしたものかと理事たちが頭を抱える。
これが木っ端のプロならばふざけたことをぬかすなで一蹴できるが、相手は競会が誇る最高戦力の一角。
理事たちといえど容易に御せる存在ではなく、基本的に彼ら彼女ら最上位のランカーたちへは命令ではなくあくまで要請にとどまっているのがその証拠である。
そんな相手に、報告書で重花が釘を刺しているようなことをもし行ったらどうなるか。
予想に過ぎないが高確率で競会の威信は低下し、国際上での発言力も落ちる。
おまけで理事何人かの首も飛ぶ。
「何故こんなことに……。常日頃従順だった彼女に何が」
叫んでいる若い理事とは別の理事が、見当がつかぬとため息まじりに呟く。
経津重花というプレイヤーの獣性を知っている者ならば、彼女は餌をくれる相手にはとりあえず大人しくなっているだけだと理解できるだろう。
現にそう理解できている理事の何人かは、見当外れなその呟きをこぼした者をとんでもない愚物を見る目で見ていた。
ともかくこれ以上場が荒れる前に収めようと数人の理事たちが目配せで確認していた、その次の瞬間であった。
「やはりバトルワールドしか能のない、所詮プレイヤー如きに任せたのが間違いだったのだ!!」
若い理事が威勢よく放ったその言葉。
その言葉で、一瞬にして場の空気が凍った。
他の理事のそんな様子に気付かず、若い理事は勢いのまま発言を続ける。
「これを機会にプレイヤーの締め上げを行うのはいかがでしょうか? 我ら理事が導くのが」
「競会はバトルワールドの発展のために存在する」
若い理事の発言を、地を這う虫を踏みつけるように遮る声。
熱くなっていた理事も、その声が誰のものなのかを理解し一気に顔色が悪くなる。
「あ……。り、理事長……」
先ほどまでの勢いは見る影もなくなり、若い理事は声の主へ恐る恐る顔を向けた。
日本国内のバトルワールドにおいて最も影響力のある組織が全国競界協会であり、その方針を決定するのが数十人の理事たちによる理事会。
そしてその理事会のトップ、海千山千の食わせ物たちをまとめている存在こそ全国競界協会理事長その人なのである。
「あなたは競会の理念に賛同できないようだ」
理事長が言い終わると同時、室外で待機していた警護の人間のうち1人が若い理事へ退室を促す。
もはや土気色になりかけている顔を歪め、理事は誤解が生じていると理事長へ弁明しようとした。
「着服、賄賂、キックバック、データの改ざん、職員の不当人事」
自身の不正をひとまとめにしたクリアファイルが、若い理事のいる机の上に投げて寄こされる。
いよいよ死人と大差ない様子となった理事。
全身の力は抜け、警護のなすがままに会議室からその身を後にすることになった。
「残念ながら彼には荷が重かったらしい」
理事長の言葉だけが、室内に重く響く。
退室させられた、もはや競会内に居場所のなくなった元理事の処遇に異を唱える者はいない。
彼は競会に所属する者が超えてはならない一線を超えてしまったのだ。
バトルワールド発展において何よりも大切なのは【プレイヤー】であるというのが、理事会ひいては競会の認識である。
そのプレイヤーを大っぴらにないがしろにする発言は、この競会では禁忌に等しい。
さきほどの退室させられた元理事も、あの発言がなければ今でも理事会に席を置けたのだ。
日本国内のバトルワールド発展に貢献出来てさえいれば、個人による多少の不正など競会は一々咎めはしない。
業界に巨大な影響力を持つ組織の理事にまで上り詰める者たちは当然、そのあたりの機微の加減は必須技能として備えている。
だが競会理事の座がもたらす蜜は甘く、時たまそのあたりの勘が鈍る者が出てきてしまう。
過去に何度か起こったこと、今回もその一例に過ぎない。
「諸君。当方は
理事長の問いに、最古参の理事が代表して自分たちも同じ意見であることを述べる。
「ならばこの議題はこれにて終了、件のプレイヤーへの容疑は取消とする」
理事の退室というトラブルこそあったが、御園 繫という1人のバトルワールドプレイヤーへの疑いはこうして晴れた。
そして残るは、今回の騒動における主催者たちの処遇である。
「庭師の消息は依然つかめないままか。奴が所有していた芸能事務所に何か手がかりは?」
「残念ながら何も……。社長や役員を問い質しましたが、これまでと同様に結社としての痕跡は一切見つけることができませんでした。不甲斐ない結果に終わり、申し訳ございません」
「いや君たちはよくやってくれた、あまり自分を責めないで欲しい。しかしいつもと同じ、踏み込んでも空の巣穴だけか。まあ結社の資金源を1つ潰せたと考えよう」
無念そうにする理事を労りながら報告を受ける理事長。
結社と関わりのあるどころか、その幹部が所有していた会社に競会が手心を加えることなどない。
国家権力と協力した容赦のない追及に、ただの芸能事務所が抗えるはずもなかった。
また競会にとっては幸いなことに、社長が代替わりしてからの不正が多く口実には事欠かなかった。
「今回の件、企業について何か知っている者はいるかね?」
「今のところは何も。コンクエスト社お抱えの征願部隊も動いてはいないようです」
競会、結社、企業という3つの対立する組織。
競会にとっては忌々しいことに、残り2つの組織は明らかに対競会を意識して連携している。
「理事長、やはり奴らの連携を野放しにしたままというのは……。まずはコンクエスト社に適当な口実をつけて」
「いや、奴らもバトルワールドの発展のためには必要な存在。いたずらに動くことはできない」
逸る意見を抑えながら、理事長は実のところ結社と企業の連携にそこまでの危機感は抱いていなかった。
競会が把握している2つの組織、それぞれの最終目標。
それらが決して相容れぬものであるため、両組織の連携が競会にとって真に脅威になることはない。
「異界の王を現世に戴こうという結社、その力を我が物にしようという企業」
両組織が掲げる、競会からすれば唾棄すべき思考。
現世に異界の王を招き、それを頂点とした
強大な力を我欲のままに求め、手に入れた際には己の思うままに振るわんとする企業。
「過去、偉大な先達が異界に打ち込んだ楔。それによってこの世界と異界は繋がり、
世界でも知る者の限られた秘密。
とても近く、とても遠いこことは別の世界。
過去、その異界に到達した者たちが成したある偉業。
そこには競会が秘中の秘とする技術、オープンセンスも密接に関係している。
「ここまで築き上げられた壮挙を崩壊などさせん。ましてや愚挙に暴挙、そのような行いを許せるはずもない」
淡々と、しかしそれ故に揺るがぬ意思を感じさせる言葉。
その様子はいずれも老獪な理事たちが従う理由、その一端を実感させた。
「着実に今を積み上げていく世界、それこそ人が歩むべき道のりなのだから」
作られた楽園も、無秩序な戦場も必要ない。
そのような劇的な変化のない、緩やかに続いていく世界こそ人々には必要なのだ。
そして、バトルワールドはただエンターテイメントとしてもてはやされれば良い。
革命や簒奪の道具としてではなく、身近にある娯楽として。
これは理事長だけではない、理事の全員が抱いている考えであった。
付随する思いは様々だが彼らにとっての自負、この世界の安定を願っての行動。
それを疑う者は、この場に1人としていなかった。
『凄い、凄いぞ御園選手! ライバルたちに圧倒的な差をつけているーッ!』
経津 重花との対戦から数日後。
繫はいつもと変わらぬ、いやここ数日はいつもより調子が良い状態で日々の仕事をこなしていた。
どうやら倒れたらしいことは商店街の皆から聞き、同時に心配された。
休養してはという声もあったが繁本人が問題ないと言い、逆にいつもより調子が良いと精力的にバトルワールドのプロとして活動している。
昨日の公式戦も勝つことができ、今回のイベントも上手くすれば優勝が狙える奮闘ぶりを見せていた。
『さあ残る挑戦者は3人! この中で優勝の栄誉に輝くのは誰だ!』
そうして司会が、観客が盛り上がっているさなかであった。
他の2人の参加者が猛追するなか、ついに繫が振り切りる。
『決着ーーーッ!! この瞬間、優勝は御園選手! 御園繫選手に決まりだあぁっ!』
繫の腕を振り上げながら司会が叫ぶ。
激戦を繰り広げた他の選手も拍手で繫を称える。
『開店記念イベント、
大食い大会の打ち上げという形で繫はバーガーショップのオーナーより今まで歓待を受け、気が付けば日もすっかり暮れたなか帰路に就いていた。
何故ハンバーガーの大食い大会へと繫が参加することになったのか。
経緯としては繁の存在を先のポップフェスタで知ったオーナーがそのキャラクターを気に入り大食い大会参加の打診をし、スケジュールは空いており断る理由のない繁が参加を快諾。
上記のような経緯で今回の運びとなったわけである。
大会であれだけ食べたというのに、打ち上げでも繁は気をよくしたオーナーに勧められるまま大いに食べ大いに(ソフトドリンクを)飲んだ。
打ち上げに参加していた他の者たちは若干この世の者ではない存在に向ける目をしていたし、参加者の1人である大食いタレントからは興味が出たら是非にと名刺を頂戴していた。
実を言えば今回の依頼、繫にとっては大変有難かった。
重花との対戦以降調子が良いのは事実だが、何故かそれに比例して食欲も増しており以前と比べれば2倍3倍どころではない食事量となっていたのである。
バトルワールドのプロプレイヤーには健啖家が多いとよく言われているが、どこかそれらとは違う様子。
とにかくそんなところへ大食い大会の依頼ときたので、繫は二つ返事で参加を決めたというわけだ。
急激な過食に、しかし繫の体調は一切崩れない。
食べる量もだが傍から見たら消化スピードも割と異常でありその様子はどこか、体が無茶苦茶な勢いで自己改造を繰り返しているようにも見えた。
その証拠に数十分前、バーガーショップを出た時には自己主張していた腹部が今ではすっかり大人しくなっている。
繫の体の中で異常事態が起こっているのは明らかだが、本人は暢気にそのうち治まるだろうと考えていた。
付け合わせのポテトとピクルスも絶品だったなと思い返しながら歩く繁の足が、ふと止まる。
近道のため公園を通ろうとして止まったのは、ちょうど園内の真ん中。
そんな立ち止まった繫目掛け、3方向から突如として影が襲い掛かる。
「シィッ!」
「フッ!」
「オラァッ!!」
よく見ればそれは人であり夜闇に紛れるような装備で統一されていた。
いずれも手には棒状の、おそらく特殊警棒が握られている。
事前に示し合わせていたのだろう。
それぞれが繁の顔、背、脚を別々に警棒で打ち据えようと迫り──
「おっと」
まず、脚を払わんと薙いできた一撃を繁は軽く跳び身を浮かせてかわす。
「なっ、躱した!?」
ついで体を半ば開き、背後より迫った打ち込みは相手の手首を絡め取るように掴んで止めた。
そのまま強く引き寄せる。
刹那、正面より顔を狙って振り下ろされた警棒が唸りを上げたが、繁は先ほど絡めとった手首ごと持っている警棒を打ち合わせ、火花を散らしながら弾き返した。
夜の公園に似つかわしくない音が鳴り響く。
「あぎぃッッ!?」
「っ!」
無理やり警棒の打ち合いをさせられた襲撃犯の1人が悶絶し、その隙をついて繁が包囲網から脱出する。
一連の流れを道端の小石を避けるような気軽さで成功させた繁。
襲撃犯たちはターゲットの繁が予想外に動ける、いや動けすぎる事態に戸惑っていた。
依頼主からの話ではターゲットである繫に武道の心得などない。
今日1日繁を観察していた自分たちもこの目で確認している。
そこに、念には念を入れて夜に紛れた確実な襲撃を選択したのだ。
それが一体、この体たらくはどういうことなのか。
楽な仕事だと思っていたところへ叩きつけられた現実に襲撃犯たちが戸惑っているなか、その原因であるターゲットの繁は逃げる素振りも見せずただ立っていた。
そんな繁と、偶然にも襲撃犯の1人の目が合う。
「あ……」
襲撃犯の思わずもれたその声は、どのような感情によるものだったのか。
夜の公園で、この異常な状況による錯覚だったのかもしれない。
だが繁と目が合った瞬間、その襲撃犯の男は確かに感じたのだ。
「こんばんは。皆さん、私に何かご用でしょうか」
余裕のありそうな、普段と変わらないようなその声、態度。
そこには格上と格下の、いやもっと原始的な捕食者と被食者のような差。
果たして自分たちの立場はいまどこにあるのか。
繁と目が合った男は、あてどなくそんなことを考えていた。
権力の乱用、隠蔽体質などを批判されることも多い競会ですがバトルワールドの普及や発展に尽力しているのは純然とした事実であり、日本国内のバトルワールドプレイヤーの平均レベルは諸外国と比べ高い数値を保っている状況です。
そのためバトルワールドに関する不正などには敏感であり、察知した際にはたとえ身内であっても容赦なく制裁が待っています。
公権力を行使できる立場にあるため、1度競会に尻尾を掴まれたら逃れるのは不可能と噂されています。
こうすればよかったんだ!
競会、企業、結社の簡易比較
・競会
「何か別世界に都合よく使えるリソースがあるし自分たちの発展のために使おう!」
強み:組織規模
現代社会への影響度が他組織と比較して群を抜いており、正面からぶつかれば企業と結社を両方相手にできる。
しかし巨大組織ゆえ緊急の身動きが取りづらく、対応は後手にまわりがち。
・企業
「そんな面白いもんあるならチマチマ使ってないで早い者勝ちの総取りといこうぜ!」
強み:統率力
企業、つまりはコンクエスト社が抱える人材は忠誠心が高く、会社や直属上司のためならば命を擲つ覚悟を持っている者も多い。
ただし重役などに就いている者たちはそれぞれが派閥を形成しているため、他組織のみならず社内の者たち同士で争うこともある。
・結社
「ふざけんなよボケが、こんな奴らが上にいる現代社会ぶっ壊して理想郷作るから!」
強み:思想集団
結社はユートピア建国に惹かれた者たちの集まりでありそこに組織的な繋がりはなく、必要とあればいつでも人海に紛れることが可能。
最高幹部の十警蹕は存在するが組織としての纏まりはなく、その思想に共鳴した者たちが独断で行動することも多々ある。