夜の公園で
その中の1人、今回リーダー役を務める男は自分たちの襲撃を難なくいなした繫から目を離さず、その一挙手一投足に注視する。
事前に聞いていた限りでは見た目通りの青瓢箪、素人だということだったがこれでは話が違う。
確かに、体捌きなどに経験者特有の理論だった動きは見られない。
だがそれは相手の動きを予測して合わせるなどの技術ではなく、単純に見てから対処するという身体能力のごり押しで何とかしているということだ。
今は夜で、おまけにこちらはそれに紛れるような装備に身を包んでいる。
3人とも何かしらの武術や格闘技の経験者であり、体格も平均以上。
そんな者たちが3人がかりで不意を突いたというのに傷1つ負っていないターゲット。
目の前で佇む繫を、リーダーの男が警戒するのも仕方のない話かもしれない。
そして、そもそも本当に不意を突けていたのかとリーダーの中でふと疑問が浮かぶ。
示し合わせた襲撃の直前、今思えばあの時ターゲットの繫は不自然に立ち止まっていなかったか。
まるでこちらの動きを察知し備えるように。
「もう1度囲むぞ!」
「うっせえよおっさん! 指図すんなクソが!!」
リーダーが再び繁を包囲するよう指示を出すが、仲間の1人は声を荒げながら単独で繫へと突撃。
その男は先ほど腕をとられ無理やり打ち合いをさせられた者で、まだ若干痺れる手で警棒を握りしめている。
ただ自分に殴られる程度の存在が、逆に自分を害してくるなど男にとってあってはならない。
それだけで男の脳内は真っ赤に染まり、段取りなど全て無視した行動を敢行させるには十分だった。
「くそ、あいつ沸点低すぎだろ。どうすんだよリーダーさん」
「ターゲットの後ろに回るぞ。囮役は自ら志願してくれた」
即席で集められたのならこんなものかとリーダーは自分を納得させ、残った1人と繫の背後へと回り込もうと走る。
一方、繫へと突撃した男は一向に攻撃を当てられないでいた。
「私は御園 繫と申します。失礼ですがこのような事態に及ぶ心当たりがなく、失礼ながら人違いをしているのではないかと」
「うぜえうるせぇっ!! おっさんが余裕ぶりやがってきめえんだよ!」
繁がひょいひょいと自分の振るった警棒を躱していく様子に、男のボルテージが際限なく上がっていく。
だが、そんな男の顔がふと暗い愉悦に歪む。
男の視線の先、繫の背後へと迫る人影が2つ。
「死ねやッッ!!」
自身に気を取られている様を嘲笑い、男は次の瞬間には地面に崩れ落ちている繫を幻視した。
バイト内容はターゲットの連行だったがもはや男にはそんなこと関係ない。
気が済むまで暴力を振るう。
それでターゲットが死んでしまったとしても男は知ったことではなかった。
「失礼します」
「は?」
だが現実はそんな男の希望と反するものとなる。
男が自身の肩を繫の両手が万力のような力で掴んだと感じた瞬間、体が浮き上がり視界に抑えていた2人の共犯者たちが消える。
間髪入れず男の背中に強い衝撃が2発奔り、思わず倒れゆく中でそれは堪えきれぬ痛みとなり口から悲鳴となって漏れ出た。
「あぁすみません、仲間であるあなたに当たりそうなら止めてくれると思ったのですが」
言葉になっていない叫びを上げる、倒れた男へ謝罪する繫。
先ほどから五感の鋭さが上がり続けている繁は今の背後より迫る2人も当然把握しており、位置を入れ替える形で正面にいた男を盾としたのだ。
繁としては語ったように本当に盾とするつもりは無かったが、倒れ痛みに叫んでいる男からすればなんの言い訳にもならない。
というより、繁の言葉を聞いていられるほどの余裕が男にはなかった。
「やっべ、ほとんど全力で叩いちまった」
「……」
膂力ある成人男性の鈍器による殴打を、無防備な状態で背中に食らう。
当人たちの反応から見てもあまり手加減できていないようで、状況的にはとりあえず繁にとって襲撃者が1人減るという好転。
「なあリーダーさんよ、話の分かりそうな奴だし詫び入れて引き上げも手じゃねえかな。依頼主には貰った前金そっくり返して、こっちにも詫び入れればなんとかならん?」
「……本当にそれが通ると思ってるのか」
傍にいる男からの相談にリーダーは呆れた様に返すが、内心では自身もその可能性を考えていた。
正直、襲撃前と現在では目の前のターゲットに対する脅威度が変わり過ぎている。
先ほどの身のこなしに加え、今も自分たち3人の中で最も体格のいい男を難なく持ち上げ盾にして沈めた。
上背はあるが瘦せぎすといってもよい目の前のターゲットをどうすべきか、リーダーの男は決めかねている様子。
「そちらの方が言っている様に、お互い不幸な行き違いという形で収めませんか? 私としてもそちらの方がありがたいです」
一方、繁にとってもなるべくこの場は穏便に収めたい事情があった。
先ほど襲撃されてから何故か無尽蔵のように、言いようのない力がどこからか湧いてくるのだ。
最初の襲撃の時に見せた体捌きや、大の男を軽々と持ち上げるなど今までの繁にはできなかったはずである。
それら急激な身体能力の上昇に加え、もう1つ繁には変化が起こっていた。
平時には感じることのない、バトルワールドで盛り上がった時にしか味わうことのない高揚感が何故か先ほどから湧いてくる。
自身で抑えきれないほどの強い昂ぶり。
これら今の自身の状況を総合的に判断し、このままでは相手を傷付けてしまう恐れがある。
そんな繫の内心が雰囲気としてもれたのか、いまだ地面に倒れている男の動きが一瞬止まる。
憐れまれたのだ、男にとっては自身が報酬を得るために過ぎない存在から。
男がそのことを理解するのと、持っていた警棒を全力で繫に投擲するのに差はなかった。
怒りやら恥辱やらに頭を支配された男だったが、投擲した警棒は正確に繁の顔面へと飛んでいく。
体の変化について考えていたせいか繁は不意に自身へと迫るその凶器を今度は察知することができず、気付いた時には既に避けられない位置にまで警棒が近づいていた。
せめて顔に直撃させるのは防ごうと、咄嗟に手で警棒を叩き落そうとした繫。
だが繫の手が警棒に触れた瞬間、備えていた痛みや衝撃はなかった。
代わりに金属が擦れるような音が一瞬鳴ったかと思えば、次いでおそらく警棒が地面に落ちた音が公園に響く。
そして公園の街灯が
「……えぇ?」
状況的に警棒を真っ二つにした当人であろう繁だが、その声と顔には困惑の色が浮かんでいた。
転がった警棒は金属製であり、人体で金属を鋭利に切断することなどできるはずがない。
寡聞にして知らないだけなのかもしれないが、少なくとも繫本人は自身がこのようなことができるはずはないと認識しているのだ。
驚き手刀のままにしていた右手が凶器のように感じられ、思わず手を握ったり開いたりして慣れ親しんだものであることを繁は再確認する。
「これは無理だな」
「冷静な判断助かるぜ。おれはまだびっくり人力解体ショーに参加する気はねえからな」
いよいよ人外の片鱗を見せつけてきたターゲットに、これ以上の依頼遂行は不可能だと判断した襲撃犯の2人。
3人相手に掠らせもしない動きに加え素手で鋼を叩き切る輩相手に、警棒1本でどう渡り合えというのだ。
生憎こんな所で血生臭いパズルになる気は2人とも毛頭ない。
それは警棒を投げた男も同様であり、先ほど燃え上がっていた怒りなどあっという間に鎮火していた。
いや、繁の脅威を一番感じていたであろう男にとって先の光景は鎮火などでは済まない。
故に悲鳴を上げながら、一目散に公園出口を目指すという行動を男に取らせたのだ。
「あんにゃろいの一番に……。ふかしてたタイマン無敗伝説はどうしたんだよ」
「今回は3対1だったからな」
投げやりにリーダーの男が相槌を打つ。
できるならば自分も後先考えず逃げ出したかったが、それで繁の気が変わってやっぱり輪切り決定などという事態は避けたい。
逃げるにしても、逃げても問題ないという保証が気休めでも構わないからリーダーは欲しかった。
「虫のいい話なのは十分承知しているが、どうか見逃してもらえないだろうか。もちろん誠意はそれ相応に示そう」
「おれもおれも、どうかこの通り謝るから! あんまり払えねえけど、詫びはいれるからさ。あ、ほらこの時計もちょっとしたもんだよ本当」
そう言って2人が謝罪と共に示したのは、いわゆる今回の襲撃に対する慰謝料。
五体満足でこの場を切り抜けられるのならば、多少の金銭など惜しくはなかった。
「いえいえ、お気持ちだけで十分です! あなた方は謝罪し私はそれを受け取った、それでいいじゃないですか」
「……そちらがそれで納得するのならこちらとしても大変有り難いが」
「タダで許してくれるなんて、胡散臭い奴と思ってたけどあんた聖人か!? 後からやっぱり嘘でしたとかないよな? なっ!?」
あまりに都合がいい話なため、容易には信じられず繰り返し繫へと確認する襲撃犯たち。
そうして本当に無条件で見逃してくれることが分かると、2人は何度も礼を言いながら公園を後にした。
繁の視界から消えるまでは、決して背を見せないように後ずさりながら。
少し落ち着く必要があると、繫は公園のベンチに座っていた。
一体自分の身に何が起きているのか。
今も努めて落ち着くよう意識しなければ、無節操な昂ぶりが湧いてくる。
ここ数日の謎の好調も関係があるのか、あるいは今回の前兆だったのかと考えてふと繫は気付く。
「そういえば、プレイヤーの中には偶に凄い動ける方が……」
公式戦、特にランキング戦で競い合っているプレイヤーの試合で思い当たることが繫にはいくつもあった。
重力など無視し天井に立ったり壁を走ったり、数十メートルの高さから生身で落ちても軽い怪我で済んだり、腕を振っただけで鎌鼬のような衝撃波が出たりなど。
思い返せば運動神経では片付けられないエピソードが出るわ出るわ。
それらに比べれば大人しいが、今の繁の状態は近いものがあるのではないか。
一体自身の体に何が起きているのかを1人考え込む繁。
「
公園の入り口に繫が顔を向ければそこには見知った顔の老人、
「剪拿会長……」
「やあ御園くん、こんばんは。この前のイベントでは世話になったな」
割といっぱいいっぱいなところに思わぬ人物との再会で、繁が少々呆けた声で相手を呼ぶ。
しっかりとした足取りで大樹は繫の近くまで歩いてくると、地面に転がっている真っ二つの警棒をちらりと見た。
同じように繫の手や足なども見て、何かを確認するかのように大樹は数度頷く。
「君に怪我がなくて良かった。初期症状特有の過剰な身体能力向上でも、万が一はある」
「初期症状……会長はこれに心当たりが……」
繁はそう言いかけて、あまりにも目の前の人物がこの状況に動じていないことが引っかかった。
「見て、いらしたのですか?」
「おお、一から十まで見ていたとも。やはり分別の付く者が発現すればその力に振り回される確率は減るのだな」
何やら嬉しそうに頷いている大樹。
未遂とはいえ暴行現場を見物ていたと楽しげに言われ、繁はどのような顔をしていいのかと固まる。
そんな繁の様子を見て、先ほどから相手を置いてきぼりで納得していることに大樹が気付いた。
「すまん、1人で盛り上がってしまった。先ほど君が聞きかけたことだが、確かに私は君の体に起こっている異変について知っている」
「ご迷惑でなければご教示いただけますでしょうか。数日前から調子が良いとは思っていたのですが先ほどのようなことはとても……、まるで自分の体ではないような感覚で」
「数日前からということは、原因は
公言した覚えのない重花との対戦を何故か知っている大樹に、繫は首を傾げる。
交友関係の広い大樹のことだから競会関係者か、あるいは重花本人から聞いたのだろうか。
「さてこの適応化と呼ばれる現象だが、君も察している通り他にも少なくない数の発現している者たちが存在している。多くはバトルワールドの最前線で競い合っている者たちだな」
大樹がまずは答え合わせとばかりに繫へと答える。
公式戦にて時折繰り広げられるビックリ人間ショーのネタ晴らし。
仕掛けなどない、本人たちの身体能力全振りとはなかなかたどり着けない真実ではないだろうか。
「経津プロとの対戦が原因と会長は仰っていましたが……」
「過去の事例から発現条件の1つに強者との対戦が有力視されていてね。ランキング5位の刃境ならばその役にも相応しいだろう」
「確かに充実した経験でしたが……、対戦しただけでこんな変化があるとは」
「不思議だろう? だがバトルワールドの可能性を感じさせる、人を高次へと導く夢のある話だと思わないかね?」
煙に巻くような話しぶりだが、大樹の目つきに繫をからかっているような雰囲気はない。
「徐々に変化していたが先ほど襲われたことで、体が無理矢理にでも適応化を進めたのだろうな。まぁそう焦る必要はない。今は適応化初期で体が加減が分からずにいるが、君ならあと数日で
「馴染む……ですか」
繫は自分の手を見る。
先ほど金属製の警棒を両断したとは思えない、見慣れた自分の手を。
この力で他人を傷付けないと、絶対の自信を持って言えるだろうか
「老婆心から言わせてもらうと、君がその力に踊らされることはないと私は思っている。踏み外す者はだいたい最初からやらかすのでな」
淡々とした口調で大樹が告げる。
慰めではなくただ事実を言っているだけというその態度に、繫は大樹の気遣いを感じ取った。
渇きに喘ぐ地へ降る慈雨の一滴のように、その配慮に先ほどから切迫していた心に多少の落ち着きが生まれるのを繁は自覚する。
「……ありがとうございます、会長。おかげさまで落ち着けました」
「なんのなんの。つまらぬことで素質ある者が萎れるなどあってはならんからな。それに、いきなりあのようなことになれば動揺もしよう」
警棒の成れの果てを見ながら呟く大樹。
「適応化は単に肉体が頑健になるだけではない。五感の鋭敏、思考の高速化、反応速度の上昇などあらゆる感覚も引き上げられる。人によっては自分が既存のあり方を超えた、いわゆる超人になったと錯覚する者もいるくらいだ」
そこまで言って、大樹は少しだけ笑った。
嘲りの浮かんだ、それは蔑みの笑み。
「そんな勘違いをする者がいるくらいなのだから、そこまで思い詰めることはない。少なくとも君は先ほどの暴漢たちを痛めつけなかった」
「そういうものなのでしょうか……。先ほどは相手に大怪我させてしまわないようにと必死でしたので」
君は一応襲われた側なのだがなと、大樹が笑う。
今度は孫の話を楽し気に聞くような笑みで。
「念を押しているようで不安だろうが、安心していい。いま起こっている変化は必ず君の道のりを照らす助けとなってくれる」
見た目の老いなど関係ない、覇気のある声で大樹は繫を鼓舞する。
上に立つ者特有の人心掌握術の一環か、そう言われた繫の顔から数分前にあった険しさは消えていた。
「この程度のことで日頃のプレイングに影響が出るなどつまらんだろう? いっそ君がバトルワールドをより楽しむための贈り物とでも考えたまえ」
「贈り物……。ふふ、確かにその考えは良いですね」
「うん、いつもの顔に戻ったようで結構。帰るなら車を用意させるが?」
大樹からの折角の申し出だが、繫はこれを丁重に断る。
それに突如降ってわいた我が身の変化について、繁は落ち着いたいま整理がてら歩きたい気分だった。
「アドバイスをいただけたのですからこれ以上甘えるわけにはいきません」
「使えるものは使い倒すべきだと思うが、まあそれも君の美徳か。ではまた、縁があればどこかで」
自身が伝えたいことは全て繁へと話したからか、あっさりと大樹はその場を後にする。
そんな去っていく大樹の背中が見えなくなるまで、繫は頭を下げ続けた。
どうしたら良いか悩む自分を励ましてくれた大樹への、それが礼儀だと思ったからだ。
それは大樹が言うところの美徳の発露だったが、故に繫は気付かなかった。
何故今夜この場所にいる繫と鉢合うことができたのか。
何故襲撃されている現場を見ながら通報などしなかったのか。
何故一般には知られていないであろう適応化という現象に詳しかったのか。
問いただそうにも、その真意を秘めた老人は既に闇夜の向こうへと見えなくなっていた。
それらを自覚することなく、やがて繫も公園を後にする。
誰もいなくなった公園にぽつんと残ったそんな謎も、やがて夜の闇に溶けるように消えていった。
バトルワールドの華といえば様々なカードたちの応酬が第一に挙げられますが、次いでプレイヤーのパフォーマンスも観客を沸かせる一因となっています。
個人毎に特色あるパフォーマンスは多くのプロプレイヤーにとってはアピールの場であり、新たなファンやスポンサー獲得のチャンスでもあります。
最近はバトルの内容よりもそうしたパフォーマンスに注力する動きが一部で見られ、賛否両論分かれる事態にもなっています。
しかし今の時代、バトルだけじゃ受けない。
【週刊 エラッタ】掲載記事に対する競会内通知より一部抜粋
週刊 エラッタ:バトルワールド界隈のニュースを取扱う雑誌。事実と異なるものや誇張した記事が多いことで有名
『震源地はランキング第3位!? 強さの秘訣は八極拳、腕前は達人級!』
・該当プレイヤー担当職員のコメント
事実と異なる記事なので要注意。
第3位の修めている武術は空手である。
『月明かりの表彰式! ナイター中の照明設備故障に見る競会の建設費水増し疑惑!!』
・施設管理者のコメント
当日も施設の照明設備に異常はなし。
原因はランキング第8位の雄叫びによるもので、故障ではなく破損。
『空が割れ雨が晴れた!! 競会が天候操作技術を極秘に開発中!?』
・競会理事のコメント
鍛錬中の第5位が、施設への被害を抑えるため咄嗟に上空へ軌道をずらした斬撃が積乱雲を散らしたためごく一部地域で短時間晴れとなった。
(以下、改訂レベル1以上を付与された職員のみ閲覧可能)
競会の既存技術の応用で天候操作は可能であり、いまさら開発する意義は薄い。