日本近海に位置する孤島。
かつてはある世界的企業のプライベートリゾートとして開発されていたが、その企業の崩壊により開発計画は頓挫。
建設途中の施設や資材などは野放しにそのまま朽ちていくかと思われたところを競会が管理下に置き、それ以降は本土から離れている立地を生かし同組織内で機密度の高い研究などが行われているという噂だ。
普段はどこか後ろ暗い雰囲気が漂っている島内だが、この日は朝から活気で沸いていた。
いや、それはもはや熱気と言ったほうが正確かもしれない。
島のあちこちでバトルワールドプレイヤーたちの声が響き、その内訳は実に悲喜こもごもである。
島1つを用いた大イベント、バトル・サンクチュアリ。
競会主催の高校生以下全プレイヤーを対象としたこの大会は既に始まっており、これより7日間孤島は戦場と化す。
全国津々浦々より参加したる数百人のプレイヤーがこの大会に求めるものとは何か。
競会お墨付きの全国一の称号も魅力的だが、その日彼ら彼女らの前で発表された褒賞。
それらは参加者のほとんどが勝利のみを追い求めるのに充分な、あるいはどんな手を使ってでもという考えに囚われるほどの甘く昏い蜜であった。
曰く、学生の身には過ぎたる莫大な賞金。
曰く、市場に出回っていない様々なカード。
曰く、大企業との優先的なスポンサー契約。
曰く、自国・他国の有名な教育機関への特待生待遇。
他にも目が眩むような数々の恩恵をぶら下げられ、成績優秀者にはこれらが与えられるというのだ。
多くの参加者が躍起になるのも当然の話である。
さて、そんな大会参加者であろう学生の姿がそこにあった。
男子学生が3人ほど、いかなる理由か草木生い茂る森で一塊となっている。
この孤島はそれなりに広く、特色さを出すためかエリア分けされ彼らが現在いるのは森林エリア。
腰まで伸びた名も知らぬ草花、日の光を遮る樹木。
鬱蒼とした森は常に何かしらの鳴き声が響き、自らのテリトリーに入った者たちを陰からじっと見ていた。
そうした森に棲む者たちにならい学生らを観察してみれば、彼らがバトルの最中だというのが分かる。
対戦相手はと辺りを確認すれば学生たちの正面、少し離れた場所に場違いなスーツ姿の男が樹木に紛れるように立っているではないか。
少々瘦せぎすな、胡散臭い笑みを顔に貼り付けた男。
誰あろう、御園 繫である。
「んふふ、私のターンですね」
7月の鬱蒼とした森の中だというのに汗もかかず余裕そうな繫に対し、学生たち3人の様子は正反対であった。
「なんだよこれ、なんでこんな……。っお前が開幕スタートダッシュしようなんて言うから!」
「お前らも賛成しただろうが!! 喚くぐらいなら妨害の1つや2つ飛ばせよ!」
「危険度1の雑魚じゃ、ボーナスキャラじゃなかったのかよっ!? お、俺たちがこんなところで」
思い思いに学生たちが胸の内をさらしている間も、対戦相手の繫は構うことなくカードを繰り出していく。
そうして彼らが気付いたころには、既に盤面は完成していた。
「何もなければこのまま攻撃に移りますが」
繁の確認に、しかし抵抗できる手段など残されていないことは自分たちが一番よく分かっていた。
既にこれまでのターンでリソースは枯らされ、今はただ積み上げられた相手の盤面を眺めることしか学生たちにはできない。
そんな対戦相手たちの無言を了承と受け取ったのか、繫が動く。
「では攻撃に移らせていただきます。全ユニットで攻撃!」
ユニットによる攻撃で
自分たちの敗北、ひいては今大会からの脱落をすぐには受け入れられず茫然とする彼らへ、追い打ちのようにどこか粘着質さを感じさせる声がかけられる。
「対戦ありがとうございました。皆さんがよろしければこの後に感想戦で一席設けたいのですが」
本人にその気はなかったがもうバトルは終わったのだと学生たちに自覚させるその言葉で、彼らは服が汚れるのも構わず膝から崩れ落ちた。
在籍している学校では絶対的な強者だった自分たちが手も足も出なかった事実に、それまでどうにか保っていた気力もついには尽きたゆえの結果である。
「こんな、俺たちが手も足も……! これがプロッ!?」
「あぁ、ペンダントがっ……!?」
悲鳴を上げる彼らの首から下げられた、カンテラを模したペンダント。
これこそ今大会の参加資格、その証。
参加者には初期持ち点であるポイントが等しく与えられ、それを稼ぐことが大会での成績となる。
カンテラ内部にはそのポイントと連動した灯りが揺れ、例え残り1ポイントでも持っていればそれが消えることはない。
だが、いま3人の学生のペンダントには先程まで灯っていたはずの輝きがなかった。
灯りなき者をこの島は歓迎しない。
それが示す事実、すなわち今大会の規定において失格となったことを改めて彼らは思い知らされたのだ。
思わず自分にとっての死神である繁を見れば、腕に巻いた同じデザインのペンダントが目に入る。
違うのは鈴なりに連なるいくつものカンテラと、それに灯る輝き。
片手では足りない数のカンテラが輝いている様を見た学生の1人が、次の瞬間には顔を強張らせた。
「……俺たちで、何人目だ?」
絞り出すような声に、後の2人もその問いの意味を察して思わず慄く。
自分たち3人だけではないそのカンテラの灯り。
「そうですね、確か皆さんで──」
何の含みもなく、穏やかにその問いに答える繁。
こうしてバトル・サンクチュアリから、参加者がまた脱落していく。
学生たちの他にこの島にいる十数名のプロ。
運営たる競会がプロたちに与えた役割、それは【試練官】。
参加者たちに禍福の両方をもたらす存在として、孤島各地に存在するプロたち。
その1人として、繫はこの地に立っているのだった。
「つまり諸君らは参加者である学生にとって、リスクは大きいがリターンも大きいハードルとして存在して欲しいのだよ」
遡ること数時間、大会開始前。
繫を含めたプロたち十数人はそれぞれに割り当てられた持ち場にて、デバイスより流れる競会からのブリーフィングを視聴していた。
「この大会では参加者同士の対戦は同ポイントしか賭けられないが、諸君ら試練官は別だ。試練官への挑戦は高倍率なポイント獲得手段として存在し、成功すればそれは上位褒賞への近道となる」
バトル・サンクチュアリという大会は参加者が自身の持ち点を賭け戦い、最終日時点での成績によって順位や褒賞が決められる。
よって参加者たちは積極的に競い合う必要があるわけだが、ここで運営は1つ抜け道を用意した。
それが繫たちプロ、今大会では試練官という名が与えられている。
競会が独自に選別した十数名は島内各地に配置され、参加者同士で得られるものよりも高倍率なポイント獲得手段としてある種ボーナスキャラクターの一面を持つ。
「もちろん試練官の役割はただ参加者へ利することではない。塩梅は各自に任せてあるが試練官への挑戦は難易度別に段階があり、高難度になるほどリスクとリターンは増していく」
その運営の言葉に、繫は試練官として参加者たちへ課す内容を再度頭の中で整理することにした。
試練は時間制限ありの詰めバトルなどから始まり、そこからハンディキャップ付きのバトル、最も高倍率になると遠慮容赦一切無用の真剣勝負といった具合。
このような試練官に扮したプロたちが用意したハードルを見事クリアできた者だけが、それに見合ったポイントを得られる。
適切に扱うことができれば大幅に持ち点を増やすチャンスだが、反面失敗すれば相応のポイントを失うことになるというわけだ。
大会規定により途中で持ち点が尽きればその参加者は失格となり、一足先に島を去らねばならない。
「バトルワールドの腕前はもちろん大切だが、彼我の実力を見極めることも疎かにはできん要素だからな」
自身の実力を正しく把握できているか。
相手を測る認識に歪みはないか。
これらを参加者が備えているか篩にかけるのも試練官に課せられた役割と言えた。
「さて、そろそろ開始の時間だ。大会の、バトルワールドの未来への献身を期待する」
その短い激励の言葉でブリーフィングが終わると同時、島の上空にて大会開始を告げる花火が咲く。
こうして孤島でのバトルワールドプレイヤーたちの大会、バトル・サンクチュアリの幕が上がる。
「ついに開幕ですか。私のところに来てくれる方はいますかねぇ」
自分の他にもプロはいるわけで、果たして閉幕までに出番はあるのかと少しだけ心配になる繫。
手慰みにデッキをシャッフルしながらぼやくが、その心配はあと数分で杞憂となることを彼は知らない。
試練官には競会が設定し参加者へ公開している、危険度というある種の格付けデータが存在する。
危険度は1から5まであり、繫の危険度は1。
可能な限り安全にしかし見返りは多く欲しい者たちからすれば、最も低い危険度である試練官は狙い目に映ったのだろう。
結論から明かしてしまえば、そうして危険度1の試練官である繫へ挑んだ参加者のうち実にその6割が大会初日にして脱落という憂き目に遭うこととなる。
運営本部にてそのデータが話題に上がった際には、同席していたあるランキングプレイヤーが嬉しそうにしていたとかなんとか。
だが神ならぬ身である繁にそのような先のことは分かるはずもない。
今はただデッキを切りながら、挑戦しにくる参加者を担当エリアにて待つ。
鬱蒼とした森の中でじっと待つその様は、見る者が見れば獲物を待ち構える捕食者のように映ったかもしれない。
希望を抱いて挑みにきた者を刈り取る様な。
胸を裂きそこに秘めた灯りを呑み込む様な、そんな怪物に。
時を同じくして大会開始前。
運営本部の建物がある広場には、大型客船より下船した参加者たちが一同に集い開幕の瞬間を待っている。
その者たちの中に、
「船の中でも思ってたが、何だよその大荷物は……」
「何って、これから1週間この島でバトルワールドの大会しつつサバイバルでしょ? ならこれくらいは必要じゃない」
孤島での1週間に及ぶ大会と聞き最初は驚いた透だったが、友達2人はともかく自分も抽選で参加できる事実に喜び早速そのための準備を開始した。
何とか期日までに完成させたデッキはもちろん、1週間分の着替えや食料、実家から送ってもらった各種キャンプ用品などをまとめればこれくらいの荷物になるものではないのかと首を傾げる透。
「というか2人こそ荷物少なすぎるんじゃ? 長期間飲まず食わずなんて無理だしわたしの分けようか?」
あまりに軽装な2人を心配しての発言だったが、そんな透を見る友達2人の目は何やら生暖かい。
「透、言いにくいんだけどサバイバルっていうのはあくまで大会の形式のことで……。食事や寝床は運営が用意してくれるよ」
「え……」
「事前配布された大会規定に書いてあったろ」
後ろでは鷹介が大会規定書の該当ページを開き呆れていた。
「こういうのって意外と大会運営者がケチで参加者は食べるものに苦労するって流れじゃ」
「主催は競会だし、協賛企業には大手食品会社もいるからそれはないんじゃないかな? 参加者には結構偉いところの人たちもいるみたいだし」
「粗末な扱いなんかしたらそいつらの家から猛抗議だろうしな」
競会の名誉を守るわけではないが、界斗の言は正しい。
この後の運営本部、つまり競会からの発表で解説されるがこの島にいる間の日常生活を参加者たちが心配する必要は全くない。
食料飲料は協賛企業提供のものが十二分に行き渡るよう手配されているし、宿泊施設はもちろん雰囲気を楽しみたいという者の希望があればキャンプ用品の貸し出しなども豊富に取り揃えている。
バトル・サンクチュアリはバトルワールドの大会であり、バトル以外のことに参加者を煩わせるわけにはいかないというのが運営の見解であった。
「そんな……、折角この日のために食べられる野草やキノコの見分け方、魚の釣り方や調理方法なんかを勉強してきたのに」
「図書室よく行ってんなと思ったらんなもん調べてたのかよ」
「あはは。まあ備えあればって言うしどこかで役立つ可能性もある、のかな?」
界斗たち3人がそんな風にどこか気楽な様子で談笑している最中のことであった。
空に打ち上る花火。
大会開幕を告げるそれを参加者全員が確認し、瞬時に場の空気が変わる。
それは最近バトルワールドに触れ始めた透でさえ例外ではない。
広場にいる参加者全員がこれより始まる激闘に備えるべく、心中で各々の気持ちを整理する。
参加者たる界斗たち学生、試練官たる繫たちプロ。
島内のいたるところで、今大会の幕が上がる。
今はまだ誰も結末まで見通せないこの孤島での物語。
『これよりバトル・サンクチュアリを開催する!!』
7日間にわたるプレイヤーたちの激闘。
その封を切る宣言が、まさに島中に響いた瞬間であった。
バトルワールドプレイヤーに向け開発・販売されている商品は多種多様に存在しています。
中でも食料品は日進月歩の勢いで世に出回っており、大手企業商品などはプロプレイヤーをイメージキャラクターとして採用していることも珍しくありません。
ただこれらの商品はあくまでバトルワールドプレイヤー向け、バトルで消費されたエネルギーを手早く補充するためほとんどの場合高カロリーであり、一例としてプレイヤー向けのスナックバーを一般人が同じような感覚で常食していると大抵後悔することになります。
成分表を念のため確認したい。
バトル・サンクチュアリで配布される食料品一部抜粋
・ドローズバー
ドライフルーツやナッツがぎっしり。
チョコレートでコーティングされている。
キャッチコピーは「勝利の栄養を引き当てろ!」
・ゲインゼリー
レギュラー商品は全5種類(マスカット味、レモン味、オレンジ味、アップル味、キウイフルーツ味)
バトルワールドプレイヤー向けの栄養食品ではかなりの古株。
キャッチコピーは「今日もアド稼いでいこう」
・至強の弁当
中身はいわゆる幕の内弁当だが、発売元会社主催の大会優勝者によってメインが毎年変わる。
今年のメインは焼売。
度重なる物価高騰により、去年ついに50円の値上げとなった。