バトル・サンクチュアリ3日目。
初日の結果を受けてか、現役プロが務める試練官への挑戦者数は目に見えて減っていた。
大会会場である孤島全域に配置された彼ら彼女らはあくまで挑戦を受けるのみで、参加者たちから仕掛けなければその実力に晒されることはない。
よって得られるポイントは魅力的だが初日の脱落者数が多くの参加者に二の足を踏ませ、僅かな物好きたちだけがいまだ各エリアに足を運んでいる現状というわけである。
「なるほど。ベースはエネルギー操作が得意な緑、そこに他色を加え【色彩の具現家 アンリ】を生かすデッキというわけですか」
「は、はい、その通りです。……あの、やっぱり初心者が全色デッキは身の程知らずですかね?」
「いえ、そんなことは全くありません。そのデッキを組みたい、扱いたいと思ったのならそれだけで十分ですよ」
森林エリアの担当試練官。
参加者たちからすれば容赦なく挑戦者を叩き落した恐るべき人物である
その試練官である彼はいま、何故か参加者である
「デッキを拝見したところ、想定しているゲームスピードはロングでしょうか?」
「はい、アンリを活躍させたいのと、出来るだけ長くバトルを楽しめたらなと思って。でもすごい、そういうのも見て分かっちゃうものなんですね」
「五色さんのデッキは綺麗に纏まっていますからね。しかし長く楽しめたらとは、何とも将来に期待したい志ですねぇ……」
「? えっと、ありがとうございます?」
何やら繁の中で皮算用が始まり、透はいまだ若輩ゆえ向けられたことのない類の感情を図りかねていた。
「大会中なんだがこれって問題ねえのか?」
「まぁ、大会規定で試練官は敵って感じじゃなさそうだし……。御園プロ自身も参加者に対する接し方は一任されてるって言ってたから、いいんじゃない、かな?」
昨日、思わぬ横入りのあと何となくだが気勢が削がれてしまった界斗たち一行。
翌日に仕切り直しと一旦森林エリアを離れ作戦会議となったのが2日目の夜、つまりは昨夜。
そこでどのように繁へ挑戦するか話し合っていたところ、透が突然デッキ構築を繫へ相談したいと言い出したのだ。
界斗と鷹介は最初彼女の意図が読めず、当人である透の言葉を待つ必要があった。
「大会規定を読んでて、大会中の試練官の行動は原則以外その当人に一任されるって書いてあったの。それで、御園プロならデッキの相談にも乗ってくれるんじゃないかって思って。こんなチャンス滅多にないし、それなら駄目で元々たのんでみるのもありなんじゃないかなって」
豪胆とも言えるその提案。
だが荒唐無稽とも言えないそれに、2人は否定する術を持たない。
よって3日目の朝に繫がその提案を快諾し、2人はこうして級友とプロによるデッキ構築相談を眺めているというわけだ。
「……ねえ鷹介、透は強いね」
「ああ? どうしたいきなり」
妙にしんみりとした界斗の声。
鷹介が見れば、そこには透を眩しそうな顔で眺めている界斗がいた。
「僕はさ、昨日透が言ったような考えはちっとも頭によぎらなかった。どうやって御園プロと戦おう、どうやったら少しでも認めてもらえるだろうって、そんな考えばっかりで……」
「……」
「でも透は違った。どうやったらより強く、いや透の場合はより楽しくか、そうやっていまどう動くのが自分にとって最適解かを分かってる」
それがどうしようもなく羨ましい。
言葉にせずとも、その表情が界斗の内心を表していた。
「……要は別の側面から物事見てる透は凄えって? なら今度から2人で透大先生に弟子入りでもするか?」
「そんな言い方ッ!」
突然鷹介が口にした、馬鹿にした雰囲気の言葉に思わず睨み付けそうになる界斗。
「こうしたから正しい、こうするのが唯一の手だ……。ワンパターンしかない正解、それがバトルワールドか?」
だが鷹介の表情、そしていま投げかけられている言葉。
それは決して自身を嘲るものではなかった。
「確かに透の成長は凄えよ、ちょっと驚くくらいにな。だがそれと自分を卑下するのは違うだろ。透は透なりの一手を思いついて実行した。それはあいつだけの考えに基づいた、あいつに合ったやり方だ。その考えと違うから思いつかなかった自分はなんて、そんな芯のない奴じゃなかった気がすんだがな。門地 界斗ってプレイヤーは」
「……でも、確かにプロに相談するのはこの状況なら最善だと」
「なら真似すりゃいいじゃねえか。所詮俺たちはまだ十数年しか生きてねえんだ、引き出しなんてたかが知れてんだよ。状況に即してすぐ最適解なんて出せっか?」
「真似……」
こいつ頭いいけどこういう潔癖なとこあるよなと、鷹介は目の前の親友を見る。
「模倣だってバトルワールドプレイヤーにとって必要なことだろ? 定石を習うことが間違いなんて言う奴いるか?」
「た、確かに」
「……身近にいる奴の急成長に焦る気持ちは分かる、比べて自分はってなる気持ちもな。だがよ、それで腐るような奴にお前はなって欲しくないんだよ」
「……どうして?」
「ライバルだからだよ。門地 界斗ってプレイヤーは、俺にとって誰よりも負けたくない相手だから」
真っ直ぐな気持ちと言葉が相手を貫く。
飾り気のない本音は、故に界斗の心の靄とでも呼ぶべきものを晴らす一助となった。
「……確かに、それならくよくよしてるわけにもいかないね」
「分かったならさっさとあの構築談義に混ざるぞ! プロの見識を学べる機会なんてそうないからな!」
何かを誤魔化すように鷹介が大声で促す。
領分ではない、慣れない激励に本人は頭を搔きむしりたい衝動を必死に耐えていた。
後に続く界斗はそんな鷹介に、自分にはもったいないほどのライバルに感謝を告げる。
「ありがとう、鷹介」
「何の礼だよ! ああくそ、柄にもないことするもんじゃねえな!!」
堪えきれなかったのかガシガシと乱暴に頭を掻く鷹介を見ながら、界斗は内心でもう一度感謝を告げた。
ライバルである彼のおかげで、自分はバトルワールドのプレイヤーとして大切なことを思い出せたのだから。
自分を見失わないこと。
いかなる状況であれ自分のプレイを全うすることに必要なそれを、界斗はこの大会の中で再認識することができたのだ。
少々気の早いことだがこの大会で得られるもの、その最たるものがこの気付きなのではないかと1人の少年はこの時思っていた。
2人の級友、いやライバルが気付かせてくれた、かけがえのないものだと。
島内の片隅、そこで1つのバトルが終わろうとしていた。
「はいこっちのターン、ドロ~。ねえ、うちがこのまま攻撃すれば終わりだけど何かある?」
バトルの当事者たち、男女のプレイヤー。
敗色濃厚なのは男子学生の方で、見ればその顔は先日森林エリアにて透が打ち負かした相手であった。
「嘘だうそだ……、こんなの……。おれは学校でトップだったんだ、誰にも負けたことなんて」
「ん~~、それって君含めて全員が弱かったってことじゃ?」
「弱い……? ッ違う、俺は弱くなんか、雑魚なんかじゃねえ!」
「お、何か地雷踏んじゃった?」
優勢な方、着崩した制服の女子学生は終始自分のペースを乱さず話していた。
ブルーアッシュのロングウェーブヘアに、派手な化粧やネイル。
およそ孤島での激闘に似つかわしくない格好だが、実力はいま行われているバトルが示していた。
「負けるはずが、おれが負けるわけねえんだ! このバトルに勝って、ずっと勝っておれは」
「なら使いなよ、今の状況から逆転できるカードをさ。後で『あれを使えば勝てた!』とか言われてもダルいし」
「ぐ、くそっ!」
手札のカードを見る男子学生。
縋るように何度も自身のカードを見つめ、ついには目を背けてしまう。
「何もないってことでオケ? じゃあそっちから貰った【噴火の山巨人】【フレイム・ボア】で攻撃~」
いつもなら自分の矛として相手を破り、盾として主を守っていた筈のユニットたち。
だがいまそのユニットたちは、本来の主である男子学生に襲い掛かる。
自分のカードたちに攻撃されている、そしてその攻撃によりこのバトルに敗北するという現状。
「……ぁ」
それら積み重なったものに、男子学生はついに限界を迎えた。
自身の敗北を告げるデバイスからの音声もどこか遠く聞こえる。
「対戦あざした~。3回勝負の約束だったけど納得いかないならまだ……ってあれ、もう心折れちゃった?」
女子学生は地面に崩れ落ちている対戦相手を見て、再戦不能であることを悟る。
「初っ端で
「……?」
男子学生からしたら何やら意味の分からない納得を目の前でしている相手。
思わずそれに顔を向ければ、こちらを確りと見ている女子学生と目が合う。
吸い込まれそうな、あるいはこちらを取り込んできそうな目。
とたんに靄がかかっていく思考。
「ねえ、いま辛くない? 自分の渾身のプレイでも相手に勝てないバトルって大変じゃない?」
「……辛い、そうだ辛い。いままで勝てたのに勝てなくて、辛い」
「そんな辛さから解放されるとしたならどうする? 解放されたい?」
垂らされた糸。
どこに繋がっているのかも分からないそれは、しかし苦痛に喘ぐ者からしてみれば天の助けにしか見えなかった。
「か、解放されたい! こんな苦しい思いから解放されたい。楽に、楽になりたい!」
その反応に女子学生は目を細め、口は半月のように吊り上がる。
加えて両手の五指をピンと張り向けた様は、まるで相手の体から見えない糸でも出ているかのようであった。
およそ慈悲を求めた者を見る顔ではない女子学生。
「じゃあさ、そんな苦しく辛い自分は捨てちゃおうよ」
「自分を、捨て……?」
「壁で隔てられた1人ぼっちな自分なんて捨てて、みんなで一緒にいた方が安心できるでしょ?」
「自分、捨てて……、みんな、一緒……」
「みんな一緒になったら、もう誰にも負けなくなるよ」
狙いすましたような、最後の一言。
最も欲していたそれに、相手はもう食いつくしかない。
「……負けない? ならなる、みんなと一緒になる! ずっと負けない、一緒になる!!」
それまでの気落ちが嘘のように、熱に浮かされた様子で立ち上がる男子学生。
「なら今から言う言葉を復唱して。それだけでもう君はみんなの仲間入り」
「仲間、みんなと一緒。もう負けないでいい、もう怯えなくていい!」
「さん、はい! 『我らは尊き王の降臨を希う』」
「我らは、尊き王の降臨を希う──」
途端に顔中の表情が消え失せる男子学生。
手もだらりと垂れ下がり、まるで人形のようにその場に立ち尽くす。
「うっし、64人目~。3日目でこれなら結構いい感じじゃんね」
一仕事終えたとばかりに女子学生は小さく息を吐いた。
「ん~、やっぱこのやり方コスパいいわ。勝ち負けにこだわるタイプって、一回折れちゃうと順応めっちゃ早いし」
熱の抜けたような目で立ち尽くす男子学生は、その言葉にも反応しない。
「お~い、聞こえてる? うちの言葉分かる?」
「……はい」
「これから君は
「……はい」
どこまでも平坦な返事。
その様子に女子学生は満足そうに頷く。
「よしよし。じゃ、解散!」
ぱん、と手を叩く。
その音を合図にしたかのように、男子学生の瞳へ少しずつ生気が戻っていった。
「……あれ?」
周囲を見回し、不思議そうに首を傾げる。
男子学生が覚えている限り、さきほどまで自分はバトルしていて。
「俺、負けた……んだよな」
「うん。普通に負けたよ」
「そうか……」
ただ事実の確認をするように、その言葉には怒りや悔しさなどの感情は微塵も乗っていない。
元通りだが何かが抜け落ちてしまったような、そんな様子。
「ま、切り替え切り替え! カードなんて負ける時は負けるし」
「……そう、だな」
「次は
にっと笑う女子学生につられ、男子学生もぎこちなく笑みを浮かべる。
まるでそう動かせば最低限その感情を表現できるという境目のような、そんな笑み。
「ありがとう」
「どーいたしまして」
男子学生は会釈すると、そのまま背を向けて反対の方向へ歩いていく。
その背中を見送りながら、女子学生は小さく呟いた。
「ごめんね。でも1人で折れちゃうくらいなら、みんな一緒の方が幸せっしょ」
謝罪の言葉。
しかしその声音には罪悪感も後悔もない。
ただこういう場面ではこうした方がらしいという考えで口にしただけの言葉。
「でもようやく一族の子と接触したプレイヤーに当たれたのはツイてるわ~。
風が吹き抜け、彼女のブルーアッシュの髪を揺らす。
その顔に浮かんだ笑みは対戦中と何一つ変わらない。
にへらとした、誰からも警戒されない笑顔。
そんな笑顔を、彼女は
「それになによりぃ~、個人的大注目の
その笑顔の裏で、彼女は幾人もの心へ静かに糸を掛け続ける。
彼女こそ秘密結社【祓い笛】、預言を授かる10人の最高幹部【
「庭師さんには悪いけど、やっぱりうちも欲しくなっちゃったな~」
戴く名は【傀儡】
それがこの孤島に忍び寄る結社からの意図。
後にバトル・サンクチュアリが『最も多くのプレイヤーを狂わせた大会』と呼ばれる原因の1つが今この時も、静かにだが着実に孤島を覆おうとしていた。
バトルワールドはカードゲーム、基本的には他者と競い合うものでそこから生じる人間関係は決して良い形で収まるばかりではありません。
代表例として、プロアマ問わず結成1年目で解消されるタッグやチームは無数にあります。
競技シーン以外にも夫婦や恋人の破局原因上位の1つとしてバトルワールドが挙げられ、現在の過剰なバトルワールドへの依存を危険視する声も少なくありません。
そんなことはどうでもいい…。ただ、自分自身のことを他人に決めてほしくないだけ。
バトルワールドが原因の人間関係トラブルの事例
※競会の内部データより抜粋
タッグ、チーム
・チーム内で使用デッキの方向性が割れ、勝つためのカードと好きなカードの対立から活動停止
・相方に相談せずデッキ変更や打ち合わせなしのコンボ披露などが続きタッグ解消
・大会優勝賞品として贈られた限定イラストのカード(人気美少女イラストレーターが担当)を巡りチーム内で紛争が勃発し最終的に解散の憂き目にあう(当時アマチュアでは最大規模のチームでの出来事であり、現在まで続くいくつかの有力チームのリーダーはルーツをここに持つ)
恋人、夫婦
・夫婦共有口座から高額カードを黙って購入し緊急家族会議へ発展
・恋人との約束よりショップでのフリー対戦を優先し、「また今度」が積み重なって破局
・旅行先を大型大会開催地で決め続けた結果、結婚10年目にして離婚
・「○○さんをイメージしたデッキを使ったから今日は勝てた」という口説き文句で20人以上の女性と同時に交際関係を築いていた(実際は5種類のデッキをローテーションしていた模様。その事実がばれ当人は女性たちから半殺しにされる。今後このような不祥事でランキング戦に穴をあけないよう要注意)