バトル・サンクチュアリ4日目。
孤島中央に存在する運営本部の建物、その一室。
そこには6人のバトルワールドプレイヤーがいた。
「大会も半ばを過ぎたが、残り参加者156名とはちと悠長ではないか? 中にはチームで動いている者たちもいると聞く。バトルワールドを仲良しこよしの精神で挑むこと自体気に食わんな」
大会参加者たちへの叱責。
しかしもし声の主を確認すれば、参加者たちの反感も瞬時に消え失せるかもしれない。
「結局のところバトルワールドで最後に頼れるのは自分だけ。確固たる己を鍛えるのは早い方が良い」
国内ランキング3位、
それが先ほどの発言をした者の肩書であり、この異様に鋭い目つきの老人をバトルワールドプレイヤーはもちろん、一般人でさえ多くの者が知っている。
そんな名実ともに国内トップのプレイヤーは彼だけではなく、室内を見渡せば6名全員がいずれもランキング10位以内の最上位ランカーたちであった。
ランキング3位 【
ランキング5位 【
ランキング6位 【
ランキング7位 【
ランキング8位 【
ランキング9位 【
一堂に会することなど滅多にない最上位ランカーたちが大半揃っている状況。
熱心なファンであれば腰を抜かしそうな場面だが、何故孤島に日本バトルワールドの至宝とも言える者たちが集っているのか。
「まぁ爺さんに同意する訳じゃねえが、確かに今回の競会の対応はちと過保護なんじゃとは俺も思ってるぜ。結社だの企業だのの横槍があるにしても多少の災難くれーてめえで跳ね除けられなきゃ見込みねえだろ」
ランキング7位【
軽薄そうな見た目の、しかし確かな実力でランキングの一角に食らいついている男の同意に他幾人かのランカーも続く。
内容は概ね、自分たちを招集するほどの一大事なのかということ。
「そこにいる女の敵と同意見なのは癪だけれど、私も大会期間中ずっと人数を揃える必要性はあまり感じないわね。最終日の
ランキング9位【
青磁色の道袍に身を包んだ濃い化粧の女性が運営本部、競会の方針に疑問を抱き──
「参加者である者たちが、いやそのうちの何人かの扱いに神経質になっているのかもしれん。だがまあその程度のお守りこの帝王である我1人で十分だと思うがな、カッハハハハハッ!」
ランキング6位【
尊大な態度と自称、しかしこの場に同席していることがその実力を見合ったものと見做されている男が競会の真意を測っていた。
彼らの言い分としては、ランキング10位以内のプレイヤーの大半を1週間孤島に閉じ込めておくのはとんでもない機会損失ではないのかというものであった。
競会に敵対する組織が多いこと、中でも企業や結社など油断ならない者たちがいることは重々承知している。
だが孤島には試練官として実に12名のプロがおり、そこに自分たちまで常駐させるのはいくらなんでも過保護なのではないか?
この状況に疑問を抱いている側の意見としては概ねこんなところであった。
「競会の杞憂とする意見も一理あるが、万が一を考えれば戦力は多いに越したことはない。今は軽挙妄動を慎み有事に備える、現状ではこれがベストではないかな?」
対して、競会の方針を支持する側の意見。
ランキング5位【
理性的な意見を放った彼女だが、しかしそこへ向けられるのはどこか白々しいものを見る視線。
「刃境おめえよぉ……。そういうのは、初日早々に「繁プロに会いに行くぞ!!」とか言って止められた奴が口にしていい意見じゃねえんだよ」
「お主の揺るがない姿勢は好ましいが、時と場合は選んだ方が良いと思うぞ」
「一応私たちがここにいることは大っぴらにはしていないのよ? そこのところは理解してるわよね?」
「カッハハハ! 欲のまま振る舞うのは真の強者とは言えんな」
集中砲火を食らう重花だが、原因は己の行動に起因しているため言い訳はしなかった。
ただ思うところがないわけではないのか残り1人、黙している人物を見つめる。
「……今大会の主役は参加者たち学生。彼ら彼女らの切磋琢磨がバトル・サンクチュアリの本分であると拙は愚考する所存」
ランキング8位【
消極的中立を表明する巌のごとき男の言葉。
出揃った意見を吟味するかのように、重花は無言で何度か頷く動作を繰り返す。
そうして自分の中で飲み込めたのか彼女が再び口を開く。
「つまり現状に反対派が4、賛成派が2というわけだな。不満があるのも分かるが今日含めあと4日だ。今しばらく頑張ろうじゃないか」
重花の口から出た言葉に、他の面々は僅かながら驚愕していた。
こいつ、自分の行いを棚に上げて雑に締めようとしている!?
また一部の者たちはこんな実態の奴が自分より組織人として競会に信用されている(現にこの大会は競会側が重花に音頭を取らせる所から始まっている)ことに、驚くやら傷つくやらしていた。
「うん、皆どうかしたか?」
「気にすんな、大したことじゃねえ。……ただ第5位殿に執心されてる、この島のどこかにいるプロの無事を祈ってるだけだからよ」
塞牙の割と本心なその言葉に、同席していた何人かが同意するように頷いている。
猛獣側はじゃれているだけのつもりでも、相手にとってその爪が無害なものである保証などどこにもないのだ。
現に過去幾人ものプロプレイヤーを再起不能にしている、プレイヤーキラーとでも評すべき実績が彼女にはある。
そんな危険人物から独占欲染みた感情を向けられる者へ憐憫の情を抱くのは人として当たり前な、人情の発露であることは疑いようもなかった。
さて意図せず最上位ランカーたちから憐れまれている男、
今大会では試練官として森林エリアを担当区域とする男が、大会4日目にして何をしているのか。
無聊を託ち茶をすすっている? それとも初日から数日経ち危機感の薄れた挑戦者たちからポイントを巻き上げている? はたまたら知り合いと談笑している?
答えはそのどれでもない。
正解は──
「それで彼女に言われたんです、『あたしとバトルワールド、どっちが大事なの!?』って。おれ、その時とっさに答えられなくて……、今もギクシャクしたままで」
「……」
「御園プロ、おれどう答えたら良かったんでしょうかっ!?」
「そう、ですねぇ……」
初対面の男子学生の恋愛相談に、御園 繫は乗っていた。
順を追って説明することを許してもらえるのなら、事の発端は
透に触発され
その現場を一部始終目撃していた参加者がおり、界斗ら一行が森林エリアを出たあたりでその参加者は何をしていたのか尋ねた。
特に隠す必要性を感じなかった一行は、正直にデッキ構築や試合運びについてアドバイスを貰っていたと語る。
「そんなのアリか?」
目から鱗が落ちる思いがそのまま口に出た参加者を、透は不思議そうに、界斗と鷹介はどこか同意するような曖昧な笑みで見ていた。
だが確かにそれはアリだとその参加者は思い直し、一行に礼を言うとそのまま森林エリアへと消えていったのである。
それが昨日、大会3日目の出来事。
そして今日、大会4日目の朝には試練官への挑戦目的ではない参加者が森林エリアのそこかしこに点在していた。
相談中は内容が聞こえないよう近付かないという決まり事が誰が言うでもなく暗黙の了解として広まり、現在森林エリアは中心部から一定の距離を取った参加者たちが無言でうろついているという奇怪な光景が展開されている。
しかし傍から見たら奇妙だとはいえ、プロのアドバイスをタダで貰えるというのなら多少変でも断然こちらの方が得であると、その場にいた全員が思いを同じくしていた。
こうして集まった奇妙な参加者たちを、繁は律儀に個別に相手していったのだ。
デッキ構築段階の相談。コストカーブやデッキ枚数、妨害やサーチの配分、シナジーや勝ち筋を意識できているか。
プレイスタイルの相談。リソースをどう意識するか、アドバンテージの取り方、過去の盤面でこの時どうするのが正解だったか。
バトルワールドへの理解。カードテキストの習熟に役立つ教材、参考になる対戦のアーカイブ、ユーザーフレンドリーなカードショップ情報。
惜しむことなく自身の知見を分け与えていく繁に、相談を持ち掛けた参加者たちの見る目が変わっていく。
そうした中でのことであった。
次第にバトルワールドの実戦などから離れた、妙な相談が増え始めたのである。
「このままバトルワールドを続けてていいのか悩んでて。将来カードの腕だけでやっていけるのか怖くて……」
「両親がたまには弟にカードを貸してやれなんて言うんですよ! 相棒を気軽に貸せるわけなくないですか!? でもそのせいで最近家族の仲が冷え込んで、自分どうしたら良かったんすかね……?」
「友達が結構なレアカード当てたんですけど、売るのもありかなって悩んでて。貧乏で、売れば家計の足しになってお母さんも助かるかなって。あ、友達の話で!」
このように相談者にとって重い相談もあれば。
「最近同居人が執拗にぼくにお洒落を勧めてくるんです。特にシルバーアクセサリー系統を熱心に」
「あの、兄がいつも破天荒で……。私のことを想ってくれているのは分かっているんですけど」
「仲間の1人が、いつもそんな金に余裕ないのに馬鹿高いコーヒーをがぶがぶ飲んでるんだ。気位の高い奴だから言ってもきかなくて」
ただのお悩み相談の様相のものもあり。
「すいません、大会中に試練官である御園プロに彼女のことなんて相談して」
そして今、御園 繁はその30余年の人生で初めての経験。
人様の恋愛相談を受けるにいたったというわけである。
「まず、そうですね……」
繁はお茶を飲んでから口を開く。
正直自分が恋愛経験豊富な人間かと問われれば、否と答えるほかない。
だが目の前の学生はそんな自分に相談し、答えを待っている。
ならば年長者として、生涯の経験を絞りつくしてでも励みになる言葉を贈るしか手はないのだ。
たとえそれが恋愛クソ雑魚の、経験値が少ないどころか皆無の人間であろうとも。
「これは私の想像でしかありませんが、彼女さんのどちらが大事かという問いに正解はない気がします」
「え、それは、つまり……?」
「お話を聞く限り、あなたの彼女さんはバトルワールドにも大変理解のある素晴らしい方であることが分かります。あなたがバトルワールドにどれだけ一生懸命か分かっているような方が、自身と天秤にかけるようなことを本当に尋ねるでしょうか?」
「でも、話した通り実際にこの前聞かれて」
「寂しさからつい、というようなことも恋人同士ならばあるのではないですか?」
もちろん恋愛経験皆無の繁に、実際の恋人同士の機微など分かろうはずがない。
おそらくこうだろう、いやこうであって欲しいという予想妄想100%でこの男はいま喋っている。
参考資料は学生時代の国語や現代文の教科書、あとは趣味の読書の中で目にした男女間の描写からのみ。
もちろん繫がよく読むジャンルに恋愛小説はない。
幼少より今に至るまで伝奇小説や歴史・時代小説が主な主食である。
「あの、じゃあもし、もしですよ? また同じことを聞かれたらどうしたらいいんでしょうか、次はなんて答えれば」
「その時は、両方大事にすると答えれば良いのではないですか?」
なんとも簡単そうに答えた繁に、相談していた男子学生は目を丸くしている。
プロ相手にこんなことを思うのは大変失礼だということは承知の上で、そんな簡単に言ってしまえることなのかと若干の呆れが浮かんでくる男子学生。
「どちらも同じくらい好きなのに無理やり優先順位をつけて続く関係は、きっとどこかで苦しくなってしまいますよ」
だが繁のその言葉に、男子学生はもう1度目を丸くすることになる。
自分に誂えたように胸にすとんと落ちてきた言葉だったからだ。
「ならば『君も大事だし、バトルワールドも大事だ。両方大切にできるよう努力する』、そういったことを自分の言葉で伝えてみるのも手ではないでしょうか」
「自分の言葉で……」
それからしばらく、男子学生は沈黙を続けた。
付き合うように繁も言葉を発さず向き合う。
自身の中でかみ砕き考えを形作る、そうした若人の時間を邪魔するほど繁は狭量ではなかった。
「……なんとか、次は頑張れそうな気がします」
それは年相応の、肩の力が抜けたようなリラックスした笑みであった。
「それは良かったです。僅かでもお力になれたようなら何より」
「何というか今更ですが、こんな一学生の相談に乗ってくれて本当にありがとうございました! おれこれから御園プロのこと全力で応援します!!」
男子学生は勢いよく何度も頭を下げ、ここに来た時とは別人のような足取りで森を駆けていく。
その背中を見送りながら、男子学生が見えなくなると繁は小さく息を吐いた。
「……何が正解か終始分からなかったですが、何とかなったということでいいんでしょうかね?」
繁が男子学生に答えた内容はそれほど多くなかったが、本人としては脳みそを雑巾のように絞りつくして出した言葉であった。
そのため体は早急に糖分を欲している。
要請に応じクッキーやチョコを次々と口に運び、それを角砂糖をたっぷりと入れた紅茶で流し込む。
何とか一息ついた繁が、慣れない重労働を達成した喜びからポツリと呟いた。
「……さすがに、これきりで勘弁してほしいですね」
それがある種の言霊であったことを繁が理解するのはもう数時間後。
誰が悪いのかと言えば、誰も悪意は持っていなかったと断言できる。
自身の持ちうる精一杯で答えた繁は、拙いながらも相手と向き合って真摯に応じた。
相談した男子学生も、流石プロは人生経験も豊富だとチームメイトや対戦相手に繁が丁寧に恋愛相談に乗ってくれたことを善意で広めた。
大会も4日目でストレスが溜まっているところへ自分たちと同じ参加者がお勧めする、バトルワールドに関することだけではなく恋愛相談にも乗ってくれる試練官がいることを知った大会参加者たち。
安息所、あるいは心の潤いを求めた者たちがどう行動するか。
想像に難くないため多くを語ることはしない。
だが繁の状況を共有するならば、まだまだ十分な量があったはずの茶葉や甘味は4日目の夜時点で既に払底寸前。
生兵法という言葉の意味を痛感しながら眠る日となったことは確かであった。
知名度の高いトップ層のイメージから誤解されやすい事として、バトルワールドプレイヤーのメンタルが挙げられます。
どんな状況にも動じないなどは一部プレイヤーに限った話であり、多くのプレイヤーはいたって普通だということをご理解いただきたい。
むしろ必要以上にナイーブになってしまう者も多く、そうしたメンタル面のケアはバトルワールド界隈全体でも重要視され、常に専属スタッフや専用窓口の充実に努めています。
せめてバトルワールドプレイヤーらしく、おれとカードで語るかぁ!?
全国バトルワールドプレイヤー向け相談窓口「ばとる」事例
※競会の内部データより抜粋
Q「今日も試合前にあのお呪いをしたのに手札が事故った! おかしい、確かに効果があるはずなのに!」
A「前回も同様の回答をしましたが、あなたの場合はデッキ構築段階で問題があります」
(相談者は過去も同様の内容で問い合わせている。お呪いの内容は「びっくりするほど~」の言葉を唱えながら特定も動作を繰り返すというもの。手順はまず服を)
Q「何か最近特定のカード使うと視界の端にチラチラ何かが見えるんですけど」
A「光視症や閃輝暗点の可能性があります。最寄の眼科への受診をお勧めします」
(改訂レベル2以上を付与された職員のみ閲覧可能)
(過剰な適応化の可能性あり。事実確認を急がれたし)