「お断りよ、わざわざ木っ端プレイヤーとのバトルに付き合うなんて」
「このバトルを受けなければ、競会はそちらのプロライセンスを失効させると言われてもか?」
「ッ!?」
相手を掣肘する
言われた当人である
「そんな、そんなこと勝手にできるわけがっ!」
「理解できないのなら何度も言うが、この場に競会理事も同席していることの意味を少しは考えることだ」
競会がその実力を認めたプレイヤーに発行されるプロライセンス。
多少のやらかしなら謹慎処分などが精々であるが、羽織たち6名のプロが今回しでかしたことはどう見ても多少どころではない。
ランキング戦でランカー複数名が八百長試合を組んでいたという、日本バトルワールドの威信を傷つける行為なのだ。
内外、特に日本はバトルワールドによる各種外交で国際社会での発言権を高めている一面がある。
そのため今回の件は多少の出血はやむを得ないものとして該当者の処罰、そして摘出した悪性腫瘍に変わる人材をこの際だから入れてしまおうという思惑があった。
故に今日この場で羽織たち一部のランカーが忌み嫌う下剋上制度、現役ランキング選手と未加入選手によるその座を賭けたバトルが仕組まれたというわけである。
無論このバトルを、やらかしたランカー側が断る権利は無い。
もし無理やりこの部屋から逃亡などしようものなら即座にプロライセンスは失効。
それを可能とさせるだけの
「仮にもバトルワールドプレイヤーならばこの窮地をその腕前で跳ね除けようとは思わないのか?」
意味深な重花の言葉に反応する羽織。
その言葉にはまだ一縷の希望が残っているような、そんな響きがあったのだ。
「……このバトルにそちら側が勝った場合、今回に限り見逃してもいいそうだ。これは理事会の、延いては競会の決定であることも補足しておこう」
「なッ! そ、それ本当!?」
「無論、今後はいかなる不祥事も起こさないという誓約をしてもらう前提だが」
思わず目の前に垂らされた救いの糸。
それを聞いていた羽織、そして彼女以外の5名も一様に顔が喜悦に歪む。
どうやら自分たちの運はまだ尽きてはいないと確信したような表情。
「……いいわ。このバトル受けてあげようじゃない」
「両者の合意を確認した。では改めて第1試合、御園 繫と千装 羽織! 試合開始!!」
両プレイヤーが己のデバイスを構え試合に臨む。
一方は、ある少女の思いが間違っていないことを証明するため。
一方は、己の立場を失わないため。
「御園 繫、参ります!」
「……ノリうざ」
『Battle Start』
他者のため、己のため。
そこに優劣は存在しない。
方向性は違えど、こうして双方の戦意がバトルへの火蓋を切ったのだ。
「最後の敵性反応、消失を確認しました」
「分かった。存外あっけなかったな」
郊外のとある建物。
周囲の木々に溶け込むように建つそこは、今や内部で嵐が吹き荒れたように悲惨な状態となっていた。
窓ガラスは全て割れ床に散らばり、コンクリートが打ちっぱなしの壁はどのような力か巨大な爪痕のような形で抉れている。
いくつかある部屋はどれも同様の惨状で、その暴風の如き破壊を免れた場所は建物内のどこにもなかった。
散乱するのは用途不明の機器類、各国の紙幣、多種多様な身分証。
これだけでも容易に非合法な雰囲気を感じ取れるが、事態はもう少しだけ深刻であった。
そこには千切れた人体に加え、
獣毛に覆われた太い腕、昆虫の外骨格のようなキチン質の脚、鉱石で出来ているとしか思えない眼球などなど。
修羅場を飛び越え悍ましい屠殺場と化した建物内。
常人ならば1秒でも居たくないであろう空間に、しかしそれを作り出した当人たちは意に介さず部屋の検分を進めていた。
「確認できる身分証だけではやはり身元は割れんな。他で収穫は?」
「残念ながら。遭遇したここの全員、
「安易な適応化付与の成れ果てか。隊の被害は?」
「全員かすり傷すらありません」
結構と自身の補佐に返す男。
男には2つの顔がある。
1つは国内トップクラスの企業コンクエスト社の人事本部長という顔。
40代ながら部長職という出世スピードに加え、男は会社の創業者一族に名を連ねている。
余人から見ればエリート街道を突き進んでいるように見える者が、何故このような怪しげな場所に足を運んでいるのか。
その理由には男が持つもう1つの顔が関係している。
裏の顔、そして男の名は──
「現時刻をもって【ストーム隊】の作戦を完了とする。後続部隊への引継ぎ、撤収作業に移れ」
「了解です、征座隊長」
コンクエスト社人事本部長にして、同社が秘密裏に保有している私設武装組織【
その1番隊、制圧や殲滅を主な役割とする部隊の名は吹き荒ぶ嵐のエンブレムが示す通り【ストーム】
全部隊で最も鉄火場を経験することとなる部隊の隊長、その名は
「む、すまん別件で連絡が入った。──ああ、私だ。そうか始まったか。苦労をかけるがもうしばらく頼むぞ。……いや、ランカーたちを甘く見ない方がいい。欲はかかず、当初の予定通り島から戻り次第行方を晦ませろ」
どこかからの連絡に嵐斬が手早く答える。
「例の孤島の件ですか」
「ああ、潜入中の連絡員からいま1試合目が始まったと連絡があった。奇しくも対戦カードは……」
嵐斬が告げた2名のバトルワールドプレイヤーの名前。
コンクエスト社にとっては確かに数奇な巡り合わせに、補佐役も僅かに目を丸くする。
「なるほど確かに……。これが結社が言う預言とやらの一端というわけですかね?」
「どうだか。私からすれば預言なぞ、どこぞの老人が結社を纏めるためにでっち上げたものだと言われた方がまだ納得できる」
「自分としてはそちらの方が恐ろしく思えますが。やはりそれほどの相手ですか、【庭師】は」
「人生経験の差を肌で感じたのは久々だったよ。自力で負けているとは思わんが積み重ねてきたものが違い過ぎる」
思えば数年前、千装 羽織とのスポンサー契約を勧めてきたのもあの老人であった。
今の状況を鑑みれば、当時既にこの絵面があの老人には見えていたことになる。
「流石に経験どうこうの話じゃないな。あれが特殊過ぎるだけだ」
ある種の外れ値である人物のことは一旦忘れ、これからのことについて考えを巡らせる。
実働部隊としての仕事を終えた今、次にすべきは──
「本社に繋いでくれ。千装 羽織との契約は今月で終了するよう伝える」
「まだ結果は出ておりませんがよろしいので?」
八百長試合に手を染めているとはいえ、相手はランキング選手。
まだ結論を急ぐ必要は無いのではないかと補佐役が尋ねるが、嵐斬の答えは変わらない。
「ただ現状のぬるま湯に浸かり続けるを良しとする者がここ一番の勝負に勝てる筈もない」
結論としてはそれだけで十分であった。
元よりコンクエスト社の社風は日々精進。
他者より上へ、他者より先へと邁進する姿勢を持たぬ者が永遠の栄光など望むべきではない。
結局のところ向上心、いや力への渇望なき者を認めることなど不可能。
それが嵐斬の、延いては創業者一族である征座の、コンクエスト社としての決定であった。
「コスト3で【狂いなきオペラグローブ】を発動! このサポートカードは発動後に魂魄武具のユニットトークンとなって場に出るわ」
第1試合、御園 繫と千装 羽織のバトルは中盤に差し掛かろうとしていた。
既にお互いの場には何体かのユニットが出ており、活躍の機会を今か今かと待ち望んでいる。
「ターンエンド。ほら、さっさと済ませて」
「ではターンを貰います。私のターン、ドロー!」
繫がカードを引き手札、そして盤面の状況を確認する。
千装 羽織
SP17000
【最先端のハイヒール】
カードタイプ:ユニット(トークン)
種族:魂魄武具
戦闘力:1000/生命力:1000
【狂いなきオペラグローブ】
カードタイプ:ユニット(トークン)
種族:魂魄武具
戦闘力:2000/生命力:1000
御園 繫
SP20000
【香蟲花草 結び合う接ぎ木】
カードタイプ:ユニット
世界:緑
種族:香蟲花草
戦闘力:2000/生命力:2000
【香蟲花草 漂う綿毛】
カードタイプ:ユニット
世界:緑
種族:香蟲花草
戦闘力:0/生命力:1000→戦闘力:1000/生命力:2000(結び合う接ぎ木の効果適用)
ユニット数はお互い2体、しかし羽織の場にいるのは自身では攻撃も迎撃も行えない装着ユニットたち。
僅かではあるがSPでも優勢であり、今この状況だけで言えば試合は繫がリードしていると言えた。
「まずはエネルギーフィールドにカードをチャージ。そして緑黄の2点で【香蟲花草 結び合う接ぎ木】をもう1体召喚! 2体目の結び合う接ぎ木により私のユニットは更にパワーアップ!」
【香蟲花草 結び合う接ぎ木】
カードコスト:[緑][黄]
カードタイプ:ユニット
世界:緑
種族:香蟲花草
戦闘力:2000/生命力:2000→戦闘力:3000/生命力:3000
【香蟲花草 結び合う接ぎ木】
カードタイプ:ユニット
世界:緑
種族:香蟲花草
戦闘力:2000/生命力:2000→戦闘力:3000/生命力:3000
【香蟲花草 漂う綿毛】
カードタイプ:ユニット
世界:緑
種族:香蟲花草
戦闘力:1000/生命力:2000→戦闘力:2000/生命力:3000
徐々にその差を広げるように、繫のフィールドを植物であり蟲でもあるユニットたちが覆っていく。
「結び合う接ぎ木と漂う綿毛で相手プレイヤーに攻撃!」
相手ユニットは存在すれど、そのどれもが今は壁としては機能しない。
このチャンスを逃す手はなく繫のそうした意向を理解した2体の攻撃が羽織に直撃する。
今回のバトル、対戦の当事者含め忘れてはならないのは
競会秘中の技術が齎す効果はリアルな映像などでは済まず──
「ぅぐっ! この、プロ擬きの分際でッ!」
千装 羽織
SP17000→SP12000
虚仮脅しではない確かな衝撃に羽織の体が数歩後ろへ下がる。
現実としてそこに存在していると称されるオープンセンス。
その技術の粋の結果であった。
デバイスのみでは視覚と聴覚に訴えかけるのが限界だが、オープンセンスは全ての感覚をカバー。
世界の書き換えと呼ぶのも決して大袈裟ではない超技術によりバトルワールドはショービジネスのトップをひた走っているのだ。
「攻撃終了後、緑含む2点で【芽吹く命】を発動。エネルギーフィールドにカード1枚をチャージし、ターン終了です」
「……ドロー!」
ターンが回ってきた羽織がデッキよりカードを引く。
彼女は今この状況の全てが気に入らなかった。
何故八百長試合などという
何故ランキング入りもしている上澄みの自分が眼前の男のようなプロ未満の相手とバトルしているのか。
何故そんな相手にSPを半分近く削られているのか。
何故、何故、何故、何故。
考えれば考えるほどはらわたは煮えくり返り、そのたびに繫への憎悪が溢れてくるようであった。
「カードをチャージ、……ターンエンド」
チャージだけでターンを回してきた羽織を見て、繫はどうすべきかを数秒考える。
エネルギーを1点も使用せずにターン終了した様子から、何かしらを構えている可能性は非常に高い。
罠があると分かっているのならむざむざかかりに行くことはないが、それを見越してのブラフも捨てきれない。
虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うが、果たして繫はどう判断するのか。
「虎穴かどうか確かめさせていただきましょう。全ユニットで攻撃!」
時間にしてみれば2~3秒ほど考え、繁は飛び込む選択をした。
判断材料は、自身のユニットの総ダメージと相手の残りSPから。
果たしてこの選択が吉と出るか凶と出るか。
いま、繫の武運が試される。
「……ぁ、は」
その繁の攻撃宣言に、対戦相手の羽織がピクリと反応する。
いかなる意味を持つのか、自身へと迫りくるユニットたちに体を震わせながら羽織は──
「アハハハハッ!! 所詮そんなもんよねえ、勘違いした奴の実力なんて!」
思い通りに事が運んだ類の笑みを浮かべながら羽織が嘲笑する。
相手の全ユニットが攻撃してくる、そんな状況を彼女は望んでいたのだから。
「攻撃してくる相手ユニットが自身のユニットより多い時このカードは発動できる!白2点含む5点【ミラークラッシュ】発動! 攻撃してきた相手ユニットを全て破壊する!!」
あと一歩の距離で突如として攻撃ユニットたちの前に立ちはだかる鏡の壁。
邪魔な鏡など粉砕してくれんとユニットたちが飛び込めば、次の瞬間繫のユニットはその全てが細かいガラス片となって砕け散った。
一瞬のうちに更地となり、虎穴への果敢な攻勢の代償を支払う結果となった繫のフィールド。
「ねえねえ、今どんな気分? もしかして自分の思い通りにバトルが進んでるなんて思っちゃったりしてたぁ?」
おかしくて仕方ないといわんばかりの羽織。
さてどんな情けない顔をしているかと繁を見れば──
「残念です。通れば一歩リードできると思ったのですが」
羽織に答える繫の顔は発言に反してちっとも残念そうではなく、むしろ楽しさが滲んでいるような表情で。
期待していたどの表情でもない繁に、一転して不機嫌になる羽織。
「……何それ、いい年した大人が強がりとか惨め過ぎるんだけど。内心もうどうしようもないって思ってるんでしょ?」
「? いえ、むしろこれからどう対応しようかとワクワクしているのですが……。何か誤解が」
「あーもういい、もういいわ! どうしようもなく惨めな人間だってことが分かったから。さっさとターン回してくれる?」
これ以上の会話を打ち切る羽織。
先ほどまでの愉快な気分は今やすっかり消え失せてしまっていた。
「では攻撃終了後にカードをチャージ、そしてコスト3【人道的通行料】を発動。3枚ドローし、その代償として手札からユニットカード1枚を墓地へ捨てます。私はこれでターン終了です」
もはや繁の一挙手一投足が癇に障る羽織がデッキからカードをドローする。
「ッッ!!」
手札に加わったあるカードを見て、表情が変わる羽織。
彼女の変化を見て、繁の顔色も僅かに緊張を帯びる。
それはいま羽織が浮かべている表情に心当たりがあるからであった。
多くのバトルワールドプレイヤーが一度は浮かべる、それはあるカードを手にした時の表情。
何十枚とあるカードで構成されたデッキ、その中で最も信頼を寄せるカード。
「そういえばあんた、試合前に何か言いたげだったわね。所詮自分1人のことだけ考える~のあたりで」
ヒラヒラと1枚のカードを持ちながら、嗜虐心の滲んだ顔で羽織が繁を見つめる。
それは、これからすることが楽しくてたまらないというような。
圧倒的優位な状況から相手を嬲れることを喜ぶような、そんな昏い笑みであった。
「ランカーの切り札を拝めることに感謝なさい。そして理解しなさい。所詮他者など自分を引き立てる道具に過ぎないことをねえ!!」
全エネルギーを使用し、そのユニットはフィールドに召喚された。
まず印象付けられるのはその目。
自身がこのフィールドの主役だと信じて疑わない、その妄信的なまでの目つき。
「この世の全ては私のために! 【輝くプリマドンナ】召喚!!」
歌劇にてその存在を尊ばれる役柄。
舞台の祝福を約束された歌姫がフィールドに降り立つ。
「【輝くプリマドンナ】の効果発動! このユニットが召喚された時、自身がコントロールしている装着カードをコストを払わずに全て装着する!!」
既に羽織のフィールドに用意してあった装着カードをプリマドンナは当然の権利とばかりに纏う。
「さらにもう1つの効果発動! プリマドンナにカードが装着されるたび、デッキから装着カード1枚を手札に加えることができる!」
着飾った歌姫の評判は更なる栄光を招く。
プリマドンナに装着されたカードは2枚。
よってデッキより新たに2枚の装着カードが羽織の手札に加わる。
【輝くプリマドンナ】
カードコスト:[黄][黄][3]
カードタイプ:ユニット
世界:黄
種族:貴人
戦闘力:4000/生命力:4000→戦闘力:7000/生命力:6000
【最先端のハイヒール】
カードタイプ:ユニット(トークン)
種族:魂魄武具
戦闘力:1000/生命力:1000
【狂いなきオペラグローブ】
カードタイプ:ユニット(トークン)
種族:魂魄武具
戦闘力:2000/生命力:1000
「装着したカードそれぞれの効果によりプリマドンナはこのターンに攻撃でき、ダメージを与えたユニットは必ず破壊されるわ!」
一瞬にして重量級ユニットへと成長したプリマドンナ。
オープンセンスが生み出すプレッシャーか、突き刺すような殺気を対戦相手の繁は感じていた。
「これを食らっても虚勢なんて張れる? プリマドンナで攻撃!!」
瞬間室内が、いや空間が震えた。
増幅された歌姫の声は過たず繁を穿つ。
「っが!」
その場にて耐えようと思考し、秒にも満たないうちにそれは却下された。
無理に踏みとどまれば余計な怪我を負うだけだと判断した繁は自ら後ろへ跳ぶ。
誰に習ったわけでもないがなるべく衝撃を逃がし、3回転ほどしたのちにようやくその場に落ち着いた。
「……やはり、生半可なものではありませんね。オープンセンスを用いたバトルは」
御園 繫
SP20000→SP13000
むくりと起き上がりながら今の攻撃の所感を語る繁。
羽織からすれば気に入らない態度だが、今の彼女にはそんな繁の様子をゆっくりと眺めていられるだけの余裕があった。
「見物ね、次のターンでもまだその態度をとっていられるのか。これでターン終了よ」
自身のデッキのエース。
着飾る強大な歌姫を見上げながら、恍惚とした声でターン終了を宣言する羽織。
故に気付かなかった。
もはや後は心を摘む段階であろうと羽織が見積もった繁の闘争心。
全てが予定調和の八百長試合に慣れきってしまった弊害。
どれだけ追い詰めようと、どれだけ絶望的な状況であろうと這い上がり食らいついてくる。
バトルワールドでそのようなことは珍しくないことを羽織は思い出せないでいた。
かつての情熱も闘志も、今の彼女の目には価値あるものとして映らない。
「私のターン! ドロー!!」
裂帛の気合を伴い、繁がデッキからカードをドローする。
かつて彼女自身が持っていたもの、そして今では失くしてしまったもの。
繁が今も持っているそれらから目を逸らすように、彼女は歌姫を眺め続ける。
あとがきのおまけは後日更新させていただきます。
また次の更新で第一部完結となります。
よろしくお願いいたします。