国内ランキングの席を賭けた、
自身の勝利で幕を下ろし見事下克上を果たした御園 繫。
ランキング外、加えて繁の場合は競会未所属という立場で今回の結果はまさに大金星と呼べるものでありそのことに歓喜の叫びをあげても良いくらいだったが、本人はいつもの曖昧な笑みを顔に張り付けまま。
……いや
繁の視線の先には対戦相手である千装 羽織の姿。
ユニットの総攻撃を何の抵抗もせず無防備なまま受けた羽織の体は凄まじい勢いで吹き飛び壁に激突、その身は罪科に処せられる咎人のように壁に押し付けられた後ずるずると床へ崩れ落ちていく。
常人であれば骨や内臓が損傷してもおかしくないほどのぶつかり方であったが、そこは八百長試合に手を染めたとはいえバトルワールドのプロ。
適応化にも目覚めている肉体はこれしきの衝撃など意に介さず、羽織自身の意識もバトル中から今まで途切れることはない。
それが本人にとって幸いだったかはともかく。
あるいは千装 羽織にとって、今も自身の意識が途切れていないことは不幸であったのかもしれない。
「わた、しが負け……? 負けて、なんで負けて? 本当に負け、誰に、一体誰が」
目はどこでもない虚空を見つめ、口からは現実を直視できない言葉が次々とこぼれ落ちていく。
自分はランキング入りもしている成功を約束されたプレイヤーであり、それに比べ相手は未所属のプロ擬き。
ならば勝者は自分であるべきなのに、何故このような状況になってしまっているのか。
あってはならないことが起きている現実に彼女は自身の認識との著しい乖離を感じ、故にそれを飲み込むことはしなかった。
いや、できなかった。
敗者である自分と、勝者である相手。
それはこのバトルにおいて決定的な違いを両者へと刻み付ける。
すなわち敗者である羽織はランキング戦から脱落し、勝者である繫はランキング戦で競うランカーとなるのだ。
そんな羽織にとって劇薬の如き現実を飲み込むことなどできるわけがない。
ならばこのバトルの結果に抗議するかといえばそれもできない。
決して羽織は認めないだろうが、彼女の無意識下では既に相手との格付けが済んでしまっているからだ。
御園 繫というプレイヤーに千装 羽織は勝てない。
八百長に慣れてしまった故の性急な判断、あるいは長年そのような不正に関わってきたことで鋭敏になった実力の見極め。
どちらにしろ自覚のないまま彼女は勝負の結果が覆らないことに気付いていた。
「勝者、御園 繫!」
第1試合の勝者を告げるジャッジ。
そのまま手早く次の試合が始められる中、周囲の誰も羽織のことを気にかけていない。
唯一対戦相手である繫は彼女のことを黙って見ていたが、それも次の試合のためその場を離れるまでの間だけであった。
この状況、既に千装 羽織はランカーとして終わっているのだ。
しかし当人だけ、羽織自身だけが現状の理解を拒んでいる。
「これからもずっとわたしは照らされて……、ずっと拍手を浴び続けて……」
失くしてしまったものを探すかのような羽織の呟き。
栄光のスポットライトも、万雷の喝采も。
確かにそこにあったのだと彼女は覚えている。
ついさっきまであった筈なのに一体どこへいってしまったというのか。
それは彼女にとっては残酷な、しかし純然たる1つの事実によって説明できる。
千装 羽織は既にランカーではないからだ。
全国競界協会理事1名、ジャッジ3名、ランキング選手5名以上の立会いのもと現ランキング選手である彼女はバトルし、そして負けた。
敗者である彼女はランキングから脱落し、勝者である御園 繫が新たにその席に座る。
これはシンプルな、そういう話なのだ。
スポットライトも喝采も舞台上にある者たちのために用意されている。
あるいは舞台の外にいる役者でも花束が用意されている可能性はあるのかもしれない。
しかし、
そのような存在が浴びるスポットライトも喝采もある筈がない。
これは、そういう話でしかないのだ。
「諸君、島での余興がいま全て終わったそうだ」
都内の一等地、
その組織こそ日本国内のバトルワールドに関するほぼ全てを差配していると言ってもいい、全国競界協会。
組織内の意思決定機関である理事会トップ、理事長からこの場にいる他理事の面々への言葉が室内に響く。
「最上位ランカーたちの目利きがもれなく確かなものであったこと。まずはその事実に敬意を表そう」
遠く離れた孤島で行われていたとある余興。
当人であるプレイヤーたちにとっては余興などと軽々しく呼べないものとなっていたが、2グループあるプレイヤーの明暗ははっきりと分かれていた。
いまランキング戦に席のある者たちと、ランキング戦で競うことを目指す者たち。
ランカーとしての立場を賭けた攻防または下剋上戦の結果はどうなったのか。
理事長の言葉から各理事たちはそれが意味するところを誤ることなく受け取っていた。
すなわち、
競会のランキング戦加入条件に則れば今回のバトルにて、現役のランカーとそっくり入れ替わるように6名のプレイヤーが己の実力を示したということだ。
「もちろん自身の力でことを成した6名のプレイヤーたちにも同等の敬意を」
理事長から始まった拍手に理事たちや他職員たちも続き、会議室はしばし賞賛の音であふれることとなる。
その中で幾人かの理事や職員は、それぞれが多少目にかけていた現役ランカーの不甲斐ない結末に内心苛立っていた。
もちろんそのことを表情に出すことなどない。
理事はもちろんこの場に同席を許可されている職員からすれば今回ランキングから脱落したプレイヤーなど数ある中の捨て駒の1つに過ぎず、その損失を惜しむことなどあるはずがなかった。
八百長試合の件などもちろん全員が知っており、故の捨て駒扱い。
苛立ちの要因としては自身の見る目のなさや損切りのタイミングを逸したことによる、ある種の自戒が主たるものであろう。
「理事長、彼らについての発表は何時ごろにいたしましょう?」
「そうだな、時期としては──」
繁たち下剋上を成したプレイヤー6名の喧伝。
タイミングを見誤らなければそれは文字通り新風となって、八百長話題ごとき汚泥など吹き飛ばしてしまうだろう。
それほどまでにバトルワールドの世界で強者は望まれているのだ。
過去の栄華に縋る敗者よりも新進気鋭の強者を。
修羅の道とも称される、それがバトルワールドの世界だ。
列から落伍しても這って合流する気概の無い者はそのまま野晒しになるのが相応しい。
ましてや今回は自ら不正に手を染めた者たちが落ちていくのだ。
せめて新ランカーたちの誕生を派手に照らす薪となれというのが理事会の総意である。
「では先んじて報道機関各社に今回敗れた元ランカーたちのリークを。発表のタイミングは徹底させます」
「わたくしは親族など関係者の身辺警護手配を進めます。人員はいつものように競会と警察から」
「競会内の周知はまず」
「既存ランカーへの対応として」
流石にこの会議に集められた人間たちは皆が心得たもので、各々が自身の役割を全うすべく動き出した。
そこにはランキングから脱落する者たちへの憐憫など一片たりともない。
すでに彼ら彼女らについては終わったプレイヤーとして認識されているのだ。
競会はバトルワールドの発展を第一に考え、そのために何よりも大切にすべきものとして認識しているのがプレイヤーである。
そのことに偽りはなく、今回敗れた者たちは競会に言わせれば既に
バトルワールドで鎬を削るプレイヤーではない者たちをどうしてリスペクトできようか。
競会の意見を纏めるならばこういうことなのだろう。
緩やかに続いていく、しかし決して揺らがぬ既得権益の鎮座。
競会のこの姿勢こそ敵対する組織にとって何よりも許し難いものであるのかもしれなかった。
自身の才覚のみを拠り所とする者たちにとっては、出る杭を打ちのめす鉄槌。
あぶれ取りこぼされた者たちにとっては、自分たちを価値無きモノとして示す烙印。
企業に結社。
巨獣のごとき競会に歯向かおうという行動の契機は実のところ競会自身が原因。
そんな真偽の定かならぬ噂が流れるのも、あるいは無理からぬことだったのかもしれない。
そろそろ日を跨ぎそうな深夜。
御園 繁は島から戻り、その身は自宅にあった。
「私がランキング戦に……」
ソファーに身を預けながら大会の締め括りとしてもあまりに色々とあった今日のことを振り返り、予想だにしていない自身の状況から思わず呟きがもれる。
ランキング戦。
繁にとってそれは、これまでどこか遠い世界の話だった。
肩書上では同じプロなれど、所謂ランカーのプレイヤーたちとは戦っている舞台が違う。
どこかそんな風に考えていたランキング戦にいきなり来月から参加するとなれば、いかに楽天家の繫といえども困惑するのは必定であった。
もちろんいつかは挑む気概でいたが何段か段階を飛ばしてしまったような感覚。
言いようのない、漠然とした不安を繫は抱えていたのだ。
ことバトルワールドに関して言えば大抵楽しみや喜びしか感じないような繫がだ。
彼の心に影を落としている原因は激戦が予想されるランキング戦へのイメージによるもの、ではない。
「千装プロは大丈夫でしょうか」
今日繫が対戦し、下した対戦相手。
バトル終了後に崩れ落ちた千装 羽織の姿が今も繫の脳裏にちらつく。
繁個人が羽織にバトルを申し込んだきっかけは、ある少女の生き様を否定させまいとする思いからであった。
少女から頼まれたわけでもない、ただ繫がそうしたいからと感じバトルを挑んだ。
そうしてバトルに勝った繁の前にいたのは、打ちひしがれた様子の羽織。
自身の敗北すら飲み込むことができない羽織のその様子を見て、いつも勝利の際に感じていた高揚感は繁の中には生まれなかった。
幸か不幸か繫のこれまでの対戦相手に同様の者はいない。
しかし故に、そんな羽織を見て繫の中にある思いが浮かんできた。
果たしてこのバトルはこれで良かったのか?
普段の繁であればまず頭をよぎらない考えである。
しかし、最後の攻撃を受けたときの羽織のあの目。
対戦相手である繁どころか、自身の状況も何も見ていなかったように感じるあの目。
負けたことを悔しがるでもなく、そもそもバトルの結果を受け入れていないような。
そんなもっと根本のところで欠落しているような羽織の様子は、バトルワールドプレイヤーとしての自分そのものを見失っているように繫には見えたのだ。
「……いえ、他のプレイヤーをどうこう言える立場ではないですね」
自嘲気味に呟き繁は目を閉じる。
視界が閉ざされたことで、言葉とは裏腹にますます先のバトルについての思考は加速していく。
いつも自身の闘争心のままにバトルを楽しむ繁にとって、今回の羽織とのバトルは滅多にない他者を理由としたものであった。
あの孤島でバトルワールドを通して知り合った、傀儡と名乗った少女。
意図せずとも少女のこれまでの生き様を否定するかの如き発言に触発された繁。
その繁に負けた事実を認めることができず、全て無かったことにして自分を守った羽織。
結局このバトルで敗者はランキング戦から脱落し、勝者はそれと入れ替わる形でランキング戦に加入することになった。
これはあくまで結果論でしかないが、千装 羽織を踏み台に御園 繫は下剋上を成したことになる。
「そのように同情するのは相手への侮辱に……、いや、これもただ私の主観か」
今までの繁ならこのようにバトル後を引きずることなどなかった。
ただバトルワールドを我欲のまま楽しめればそれで良かったし、現に今まで上手くいっていた。
ここにきて如何なる心境の変化かと自問自答すれば、思い当たるのはこの数か月間の出会いや経験。
彼ら彼女らとの交流が繁へ齎したもの。
まだ
自分の闘争心以外、他者を理由としたバトルワールドへの姿勢。
バトルワールドを楽しく続けていられるのなら、それだけでいい。
少なくとも、いままではそう思っていた。
そうした中での変化に繁は──
「──存外、悪くは……」
続く言葉が途切れ、暫くすると微かな寝息。
流石に色々とあり過ぎたせいか、思考が眠りへと転がり落ちるのは実にスムーズであった。
繁の変化が自身にどう影響するのかはまだ何一つ分からない。
だが、それでも。
きっと、その変化は自分が拒むようなものではない。
眠りに落ちる前、確かに繁はそう思ったのだ。