31枚目 知らしめよ、時は明六つ
あの孤島での戦いから少しばかり時は過ぎ9月。
残暑などで夏の名残を感じつつも、日の落ちる早さや虫たちの声で秋の先触れを感じる日々。
そんな中バトルワールドのあるニュースが世間を騒がせた。
現役ランキングプロによる八百長。
全国競界協会本部より発表され報道機関各社が報じたこの不祥事に対する世間の反応は概ね理事たちの予想通りであった。
八百長に手を染めた選手への非難から始まり、競会の管理体制への指摘・糾弾。
巨大組織の不祥事とあってその手のネタが飯のタネな人種は挙って競会批判へと飛びつき、一時的にSNSのトレンドが関連の話題で埋め尽くされることになる。
どこか作為的な流れを指摘する者も少数いるにはいたが主流になることはなかった。
既に該当選手たちのプロライセンスは失効していることも併せて発表されていたが、それが報道の熱を冷まさせることはない。
そんな理事会ら競会上層部にとって
日頃バトルワールド関連で強権を振りかざしている姿勢への反発からか批判が白熱する中、競会からまたもや発表があった。
ランキング外プロ6名のジャイアントキリング。
連日連夜の批判で競会の一挙手一投足に注目が集まっていた中での発表は、この6名を強烈に印象づけた。
アガーテ・アイヒェンヴァルト
競会の発表に大手報道機関各社は揃って舵を切り新しく誕生した6名を讃える。
それはここまでの流れに疑問を抱いていた者たちへのある種の答え合わせとも言えた。
競会批判の姿勢が泥船だと気付いた者から大手に習いこのニューフェイスたちを称賛し、変わらず批判を続けていた少数は自身の乗る船が沈没しかけていることを周囲の冷めた目でようやく思い知ることになる。
それでも今さら後には引けぬと変わらず競会批判を続ける者もいたが、既に水底へ沈んだ身の意見が浮上してくることなどなかった。
敗れ去った者の追い討ちなどよりも新しき強者への賛美を!
まさに競会上層部、理事会の思惑通りに世間は反応してくれていた。
日本国内のバトルワールドを一手に差配しているのは伊達ではなく、競会にとって今回の発表は決して博打覚悟のものなどではない。
冷静に計算した結果こうなることを確信しているに過ぎないのだ。
競会のそうした態度を傲慢と罵るのは簡単だが、今それをすればこのめでたいムードに水を差すものだと民意がそのまま自身に振り下ろされかねない。
このような外野の反応まで織り込み済みだとするのならば、なるほど競会が日本国内においてバトルワールドを思うがままにできているのも納得がいくというものだった。
ところでこの新たなランカーを世間に発表する際に、競会は関係者各位を招き記者会見を開いた。
昼時の全国中継ということもあり会見を目にした者は多く、中でも選手たちのファンや知り合い、家族などは寝耳に水な発表に大いに驚くこととなる。
競会から箝口令が敷かれていたため選手たちに非は無いが、全国各地では知った顔が突如国内最高峰のバトルワールドの舞台に上がったという事実に衝撃を受ける者が続出する事態となった。
それは学び舎で──
「お、もうすぐ会見が始まりますね」
衛征学園の食堂に備えられた巨大モニターを眺めながら
最近は3人で行動することが殆どであり、今のように陽映がそこに時たま加わることもあった。
早めの昼食を既に終えた4人はそれぞれ食後のデザートやドリンクなどをお供に競会の会見を見ている。
「この前の八百長試合についての発表は驚いたけど、今回は何の発表かな?」
「まあ十中八九
プリンをつつきながら界斗が会見の内容は何かと問い、それに鷹介がクリームソーダのアイスを掬いながら自身の考えを述べた。
「……ねえ透、お腹大丈夫なの? AランチBランチの両方を食べ終わった後だけど」
「ぜーんぜん大丈夫! むしろこれ食べ終われば丁度いい感じ!」
コーヒーをくるくるとティースプーンでかき回す陽映に、いい笑顔で答えた透の前に鎮座しているのは大盛りのきつねうどん。
どんぶりにはたっぷりうどん2玉、それに立派なお揚げが2枚も乗っている。
最近バトルの腕に比例するように運動能力、そしてそれ以上に食欲が増している従妹を心配そうに見つめる陽映。
界斗たちからの説得もあり一度病院で診察してもらったが、結果はすこぶる健康と医師のお墨付きをもらい透は帰ってきた。
専門家が問題なしと判断した以上は素人の陽映たちがあれこれ言うことではないかもしれないが、実際に目の前でフードファイターばりに食べている透を見れば心配になるのも無理はない。
透のためにもバトルワールド関連で同じような事例がないか調べてみようと陽映が内心考えているうち、気付けば競会による会見が始まっていた。
『よって我々は、空位となっているランキング順位の席へ新たに6名の実力者を据えることを決定しました』
競会職員が発表したのは新たなランカーたちの誕生。
その経緯、6名がいわゆる下剋上制度によって順位を勝ち取ったことも併せて告げられ会場に集まった記者や関係者たちも思わず沸く。
連日の競会批判には伝統と権威あるランキングに空白を発生させたことも含まれており、それを埋める強者たちの発表が多くの者に歓迎されるのもある種当然と言えた。
これは衛征学園の学生たちも例外ではなく、ランキング順位を純粋な実力でつかみ取ったプロたちへの称賛や憧れの雰囲気が食堂をあっという間に覆っていく。
「なるほどな。この発表が控えてたから競会は余裕だったってわけか」
「確かこの制度、理事や現役ランカー立ち合いのもと実施されるのが条件だった筈ですね」
「つまりそんなプレッシャーの中で勝ったってこと?」
「うーん改めてすごい。一体どんな人……が……」
職員に促され入ってきた者たち。
すなわち新生ランカーたちの先頭、あるプレイヤーを見て4人は固まる。
針金のような体躯に、薄っすらと胡乱な笑みを貼り付けている顔。
4人の共通の知り合いであるバトルワールドプロ、御園 繫その人がいつもと変わらぬ様子で映っていた。
「?????」
画面に釘付けとなった4人の心境はただただ混乱一色である。
界斗はフルーツやクリームで彩られたプリンを勢いよくスプーンでぐしゃりと潰し、鷹介は口に入れたシロップ漬けさくらんぼを驚きのあまり種ごと飲み込む。
呆然とした陽映により手元のコーヒーは角砂糖で埋め立てられ、思わず強く振り過ぎた七味唐辛子の容器は蓋が飛んでいき透のうどんを真っ赤に染め上げる。
4人が混乱から立ち直るにはしばし時間を要し、その間も会見は構わず続いたのだった。
それは商店街で──
「あれま、しげるちゃんだよぅ」
常連客である御年95歳のみすずさんの声に、
商店街の長老格であるみすずさんもその1人で、年齢を感じさせないよく通る声は店主の耳にも届いていた。
店主はふと店内を見まわし、次に商店街の通りを確認する。
事前に繁から聞いていた限り、確か今日は競会の用事があるとかで本部に足を運んでいるはず。
もう帰ってきたのかと思い再度外を確認するも、やはり繁の姿はどこにもない。
「みすずさん、今日繁さんは競会本部に行って……」
再度お茶を淹れようとしながら、常連客へと声をかける店主。
だがみすずさんの視線の先、店内で流しているテレビに目を向ければそこには──
『ただいまご紹介にあずかりました、御園 繫と申します。引き継いだランキング順位に恥じぬよう』
「?????」
何故かテレビの向こうで決意表明の言葉を口にしている繁。
店主はその姿に目を丸くしながらも流れてくる情報を断片的ながら拾い上げていく。
競会の会見、空位となっていたランキング戦の順位、男女6名のニューフェイスたち。
何とかそれらを咀嚼しようと夢中になっている店主の意識はテレビに集中。
よって淹れかけていたお茶は本来急須から注がれるべき対象を湯吞みから店主の手の甲に変更し、熱く濃い液体がその手に滴り落ちる。
「熱ゥいッッ!!」
急須とお茶、ついでに店主が飛び跳ね一転して騒がしくなる店内。
店主はタオルや氷を持って駆け寄ってくる従業員にお礼を言いながら、その顔だけはテレビの方に向き続けていた。
テレビに映った繫、それが意味するところを噛み締めるように。
そしてそれは祭図屋だけではなく、実のところ商店街中の店舗で同じような反応が起こっていた。
突然の事態に皆が混乱しながらもどこか不思議と納得し、間違いであると疑う者はいない。
今はただ晴れ舞台に登った彼の言葉を聞き逃さないように。
示し合わさずとも、商店街中の人間がそう思っていた。
それは会見会場にて──
「!??!?!!!?!?!?」
テレビ越しにその会見を見ている者たちに比べ、
「いまだ若輩の身ではございますが、ランキング戦にて持てる全ての力で臨むことをここに約束いたします」
まだ衝撃で半分麻痺している結の耳へ入ってくる繁の言葉。
多くの報道陣、おまけに全国区の中継というのに平時のごとく落ち着いた繁の様子を見てようやく結の思考もクリアになっていく。
結が何故この場にいるかと言えばそれは彼女が敬愛する祖父、安治家先代当主が自身と一緒にこの会見に出席するよう言ったから。
思わず横にいる祖父を結が見ればそこには茶目っ気ある笑みを浮かべた顔があり、この事態を祖父は知っていたのだと理解させるには十分であった。
幼い頃から今まで結は祖父にはほとんど胸の内を晒しており、繫のこともその日の夜には打ち明けている。
安治家は競会の主要な出資者のうちの1つであり、祖父個人も競会の理事数人と親しくしているなど繋がりは強い。
そんな祖父なら競会未所属プロゆえ情報の少ない繁のことも伝手で詳しく知れるという欲。
さり気なく繫のことを話し、強い影響力を持つ祖父に彼のことを少しでも認知してもらえたらという願い。
良家の令嬢である結ならではの、ある種パワープレイ染みたファン活動であった。
ちなみに何気ない風を装った結の行動は当然祖父には見透かされている。
故の今回の誘いであったが、いまだ狼狽の嵐に取り残されたままの結にそこまで察する余裕などなかった。
結が内心浮足立っているといつの間にか繫の挨拶が終わり、次の選手へと引き継がれていく。
着席した繁がふと会場を軽く見まわし見知った顔、つまりは結が目に留まるのに時間はかからなかった。
バトルワールドに関することなら驚異的な記憶力を発揮する繁にとって1度でもバトルした相手、しかもそれが数ヶ月前のことならば忘れるはずもない。
よって目と目が合う結と繫。
繫にとっては知り合いを見つけたという軽い気持ちであったが、もう一方にとってはそう簡単に済ませられることではなかった。
家の事情から同年代と比べれば大人びている結だが、それでも年頃の少女という枠組みから大きく逸脱してはいない。
この年の少年少女なら密かに応援しているプロと目が合えば舞い上がってしまうものであるし、それを内心に留めておけるだけ結は成熟していると言ってよかった。
だが彼女の許容量もこのあたりが限界であり、故に繁の次の行動を受け流すことに失敗してしまう。
そこには見る者が見ればいつも彼が貼り付けているものよりも柔らかい笑みを浮かべながら、結の方に小さく手を振る繁の姿があった。
大勢が集まる会見の場であるため控えめな手首だけ振る仕草であったが、それを向けられた当人が受けた衝撃は途轍もないものである。
結はなんとか理性を総動員し余裕ある態度を維持しようと努め──
「んひへへへ」
淑女としての仮面は粉々に砕け散って、あるいはドロドロに融解していた。
学院では同学年のみならず先輩後輩にも高嶺の花として一目置かれている女子生徒とは思えないツラを結はいま晒している。
まあ彼女からしてみれば憧れの人物が自分を認知しファンサービスまでしてくれたのだ。
浮かれるなと言う方が無理なのかもれない。
しかし結の通う瑞祥女学院の生徒、それも密かに存在する彼女のファンクラブ会員がこの場の光景を見ればどうなるか。
いつかどこかの令嬢のように、脳にダメージを負う可能性は決して低くないであろうことは簡単に予想できた。
結局緩み切った自身の顔を結は即座に律すること叶わず、その後数分の間は顔を伏せてやり過ごすことになる。
そんな孫娘を見る安治家先代当主の内心の割合、年頃の少女への微笑ましさと男の趣味への懸念。
どちらが優勢であったのか、海千山千の老人を測れる者はその場にいなかった。
各選手のファンコミュニティの反応
御園 繫
・え、なに夢? 白昼夢??
・ところがどっこい……夢じゃありません……! 現実です…! これが現実!
・てか小さく手ぇ振ってない? いや振ってるよこれ?! ボクのだぞ!!!
・いいや、我のものに書き換えた
械 剛大
・一足飛びでランカーはスゲえ! さすが俺たちのダイ君!
・顔良し、頭良し、体力良し、バトル良し……ホントに同じ人間?
・なんと傲慢なのだろう
・あーまたヒロイックなバトルで脳を焼いてくれー
細猛 烈
・ついに、ついに烈プロがランキング戦にっ!
・今の路線に変更した時とか散々言われたけど見たか、これが烈プロの実力や!!
・少し泣く
・細猛 烈ランカー昇格ッッ! 細猛 烈ランカー昇格ッッ!
逢時 憂
・小っちゃ、小っちゃ過ぎない?
・デッッッッッッッッッッッッ!?
・逢時プロ燻ってたけどここ数年伸びてると思ってたらマジかおい
・ぼさぼさ髪にぐるぐるお目目が刺さる刺さる
氷室 玲亜
・名前だけ言って即着席とはさすが東北若手ナンバーワンとも噂される新鋭
・たぶんこの6人の中だと最年少だよね?
・眉1つ動いてないけどクールビューティーっていうより表情筋死んでるタイプ
・だがそれが良い
アガーテ・アイヒェンヴァルト
・確かドイツの人? 日本のランキング戦もぽつぽつ外国人見るようになったな
・この前は熊も狩猟してたストロングウーマンやでこの人
・Na,sieh mal einer an! Wen haben wir denn da? Ist das nicht der jämmerliche Versager aus einer so ehrwürdigen Familie?
・Dass man ausgerechnet einen solchen Nichtsnutz zu Höherem beruft…… Nun, offenbar ist es um Japans Niveau doch weit schlechter bestellt, als ich angenommen hatte.
本日より第二部開始となります、よろしくお願いいたします。
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