「吉井くん! 次のお鍋お願い!」
「はい、それ持っていって!」
クラスメイトの言葉に、明久は先に出来ていた寸胴鍋を指差した。
今日彩海学園全生徒は、タルタロス・ラプスのテロにより甚大な被害を受けた区域にて、炊き出しをしていた。
勿論明久は、調理係としてその腕を振るっている。
少しずつ物資が入ってくるようにはなっているが、食材だけでなく調味料やガスもまだ不足気味な為に、炊き出しをして少しでも物資の消費を抑える狙いだそうだ。
だがそれ故に、炊き出しをしている生徒達は中々食べる余裕が無かった。調理係の明久は、特にそんな余裕は無い。
「先輩、新しい野菜を持ってきました」
「そこに置いといて」
雪菜にそう言って明久は、皮を剥いたじゃがいもを上に軽く投げて、一瞬で一口サイズにカット。つまみ食いをしようとした基樹の頭をひっぱたきながら、ザルで受け止めてから、煮え立つ寸胴鍋にじゃがいもを投げ入れた。
ここまで、約5秒という早業。
次の瞬間には、まな板の上の鶏肉が同じように一口サイズになっているが、それを見ていた雪菜が呆れた様子で
「剣の技の無駄遣いですね……今の、真空斬りですよね」
「使えるモノは、何でも使う!」
雪菜の言葉に明久はそう返してから、鶏肉を特製タレに放り込んでいる。
明久が調理に使ったのは、剣術の奥義の一つ。真空斬りという技だ。
簡単に言うと、本来は届かない距離に斬撃を飛ばすという離れ業になる。しかも明久は、複数撃をほぼ同時に放っている。
なお明久が使っているのは、果物ナイフである。
雪菜が呆れるのも、さもありなんという感じである。
「はーい! 新しいお米でーす!」
そこに、凪沙が大袋の米を台車で運んできた。
それを、康太が受け取り運んでいくと、凪沙が明久に近寄り
「明久くん! 今のうちに、これ渡しておくね!」
と凪沙が明久の隣にある棚に、炊き出しでも出す、おにぎり、唐揚げ、豚汁のセットを置いた。
「ありがとう、凪沙! 少しは休んでね!」
「そうしたいけど、この後は調理に回るの! 明久くんも休んでね!」
凪沙はそう言うと、明久達のテントから離れた。
それを見送ると、雪菜が
「先輩。先ほど師家様から、連絡が来まして……紗矢華さん達がこちらに来ると」
と明久に教えた。
「煌坂さん達が?」
「はい。何でも、戦王領域から重要人物が入ったとか……」
紗矢華さん達という事は、最低でも二人以上は確実であり、二人以上で護衛に当たるという感じは、かなりの重要人物なのだろう事が分かる。
「……またヴァトラーみたいな
「戦王領域は、第一真祖から戦う事が好きな
明久の言葉に同意したいのか、雪菜も複雑な表情を浮かべる。そもそも、永い時を生きた吸血鬼は刺激に飢えてるので娯楽を求めており、戦闘だったり芸能人だったりと様々な方向で刺激を求めているのだ。
明久を含めて、大多数からしたら傍迷惑極まりないのだ。
「それでなのかは分かりませんが……師家様が、ここに来るようです」
「……まさか、本人が来るってこと?」
明久のその問い掛けに、雪菜が頷き
「私も、師家様御本人に会ったのは修行中も含めて二回しかありません……そもそも、師家様御本人が隠れ家から移動する、というのが中々ありません……何かあるのは確かですが……」
「隠れ家って……」
明久は師家が隠れ家に居る、という事に少し驚いていた。隠れ家に普段は居て、殆どが式神を通じて話す。
つまりそれは、命を狙われているか、体が悪いのかが大抵だ。
「……何か起きるのかな……」
明久がそう呟きながら、新たに豚肉を切った時
「新しく、調味料を持ってきました」
と夏音が、台車で調味料類を持ってきた。
すると、夏音も凪沙と同じように明久に近寄り
「お兄さん、これ、差し入れでした」
と明久の後ろの台に、凪沙と同じ炊き出しセットを置いた。
「お兄さんの料理、受け取った人達から好評でした。頑張ってくださいでした」
夏音はそう言うと、台車を押してテントから出ていった。
それを見送った雪菜は
「……先輩、大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃない……大問題だ」
主語を抜いた会話だが、雪菜は察してか、何処からともなく胃薬を取り出して、明久のエプロンのポケットに入れた。
明久は決して、食べ物と人からの差し入れは無駄にはしないのだ。