序幕
これは、時を遡りある一人の人形師がホムンクルスの少女を調整した時の事だ。
「よお、あんたか……午後のお祈りは終わったかい、殲教師殿」
調整槽の中に居る藍色の髪のホムンクルスを調整していた人形師は、背後に現れた大柄な男に視線を向けた。
「アスタルテの調整は進んでますか、人形師」
「術紋の書き換えは済んでるよぉ、なあ、スワニルダ」
人形師と呼ばれた男が呼び掛けると、人形師の隣にスッと銀色のドレスを身に纏ったホムンクルスが現れた。
「肯定……上書きした術紋が肉体に完全に定着するまで、残り四時間十五分」
スワニルダと呼ばれたホムンクルスは、淡々と報告する。
完全に左右対象の美貌は、アスタルテによく似ている。だが、彼女の造形や動作の滑らかさは、ホムンクルスという範疇を逸脱していた。美術品等の造形美に近いだろう。
「依頼した術式は、完成したのですね」
「当然さぁ。俺を誰だと思ってる?」
そう言って、人形師はウィスキーのボトルを乱暴にあおり
「とはいえ、アンタが持ってきた七式降魔機槍の戦闘データは役に立ったよ。ってか、よくあんなデータが入手出来たな? 神のお導きってやつか?」
「背信者である貴方が、神の意思を語りますか?」
人形師の言葉に、殲教師は人形師を睨んだ。
実は人形師は、殲教師の宗派から背信者として認定され、追い出されたという経緯があったのだ。
「まあ、そんな怖い顔をしなさんな。ほれ、シミュレーションデータだ。確認しな」
人形師はクックックと笑ってから、机の上に置いてあった端末を殲教師に差し出した。
殲教師が扱いに難儀していると、スワニルダが端末を操作し、データを見せた。
「やはり、魔力の完全無効化は無理ですか」
「人工眷獣の膨大な魔力で無理やり補っちゃいるが、素体になってるのは所詮ホムンクルスだ。獅子王機関の剣巫みたいにはいかないさ」
殲教師の言葉に、人形師は肩をすくめながら語った。そして、また一口ウィスキーを飲み
「だがまあ、完全無効化は無理でも、魔力を反射するならなんとかなるだろ。後は力で押し切るんだな」
「十分です。キーストーンゲートの結界を破れるなら、それでいい」
殲教師は決意に満ちた口調で断言する。
殲教師の目的地は、今居る人工島を支える要所の最下層。
そこにある聖遺物を奪還出来れば、ホムンクルスなどどうでも良かったのだ。
殲教師が去ると、人形師は肩をすくめて
「やれやれ、分かってないな……人形ってのは、持ち主が死んでも存在し続けるもんだ……そこにこそ、価値がある……そうだろ、スワニルダ」
「……肯定……」
人形師の問い掛けに、スワニルダは無表情かつ無感情に答えた。
この少し後、殲教師の目的は、別の形で果たされたのだが、人形師の遺産が騒動を引き起こす事になる。