水着を回収した浅葱は、その時窓から見えた凶器を持つ人影から逃げる為に、夜の校舎を走っていた。
しかし、一階に向かう途中で遭遇したのは
「貴女確か……アスタルテ……さん?」
「肯定。貴女は、藍羽浅葱さんですね? こんな時間に何を?」
メイド服の上から白衣を着て、右手に小さなスコップが入ったジョウロを持ったアスタルテだった。
そして浅葱は、窓から見た人影がアスタルテだと気付いた。凶器に見えたのは、アスタルテが持つジョウロだったのだ。
「学校に水着を忘れた事を思い出して、取りに来たのよ……アスタルテさんは、どうして学校に?」
「本日は、宿直の教師さんが体調不良により臨時で診察に訪れまして、その教師さんの代わりに宿直をしていました。ついでに、花壇に水やりを少々」
浅葱からの問い掛けに、アスタルテはジョウロを見せながら答えた。その時浅葱は、アスタルテが左手に幾つかの可愛らしい便箋を持っていた事に気付いた。
「その便箋は?」
「フェンスの間に挟まっていたのを発見。この後、宛名の方の下駄箱にでも入れておこうかと思います」
アスタルテの話を聞いた浅葱は、倫から聞いた伝説のフェンスの結末に気付いた。
フェンスの間に挟まれたら、相手に伝わる、というのは、時々宿直や水やりをしていたアスタルテが発見し、代わりに運んでいたからだったのだ。
「まあ、そういうもんよね……」
「何がですか?」
「なんでもないわ。さて、帰るかな……アスタルテさん?」
アスタルテの頭を軽く撫でた浅葱は、帰ろうと再び階段に向かおうとした。しかしその直後、アスタルテがジョウロと便箋。白衣を放り投げ、戦闘態勢に入った事に気付いた。
「ミス藍羽……今すぐこの場から離れる事を推奨します」
「それって……つっ!?」
アスタルテが背後を見ていた浅葱は、視線を追った先に居た異形に気付いた。
顔の右半分は焼け爛れ、右手は大きく明らかに人を害する兵器。そして下半身が、まるで蜘蛛のようだった。
「な、何アレ……」
「……
浅葱が後退りすると、逆にアスタルテは一歩前に出た。
「マイスター?」
「通称で人形師と呼ばれています」
「人形師!? あの国際指名手配犯の!?」
アスタルテが告げた異名を聞いて、浅葱は驚いた。
人形師の異名は浅葱も知っており、数多くの人間や魔族。ホムンクルスが犠牲になっている事も把握している。
そんな人物をマイスターと呼んだアスタルテは、つまり人形師が造ったホムンクルスとなる。
そして浅葱は、キーストーンゲートの事件を思い出した。
あの時アスタルテは、普通に人間相手に戦っていた。
一般的に使われるゴーレムやロボット、ホムンクルスは、使用されるコアに人間を攻擊出来ないように術式が刻印されており、本来ならば人間を攻擊する事は出来ない。
しかし、コアから自作出来る一部の製造者達は、戦闘用にも使えるようにと、それらの術式を刻印しないで、製造する事が出来る。
そしてそれは、人形師も例外ではない。
だから、人形師に造られたアスタルテは、戦う事が出来る。
そしてアスタルテは、浅葱を逃がす為に戦おうとしているのだ。
「ミス藍羽、逃げる事を推奨します……彼女、スワニルダの目的はミス藍羽です」
「私!?」
アスタルテの言葉に浅葱が驚いた直後、異形。スワニルダは、駆け出した。
「執行、薔薇の指先!」
アスタルテはスワニルダを阻止する為に、眷獣を召喚して前に出て組み付いた。
「私はぁぁぁぁ! また、マイスターからの寵愛をヲヲヲヲ!!」
スワニルダは狂ったように、浅葱に向かって手を伸ばした。
何故、スワニルダはこのように狂ったのか。その理由は、明久と雪菜がスワニルダと人形師を撃退した後になる。
スワニルダと人形師は、魔術であの地下工房に退避。スワニルダは人形師に修理してほしいと願ったが、人形師は拒否。それだけでなく、スワニルダを役立たずのガラクタとまで蔑み、スワニルダを分解し、後継の為の予備部品にすると宣言した。
人形師にとって、一度敗北しボロボロになったスワニルダは最早用済みだったのだ。
それが許せず、信じられなかったスワニルダは、人形師が起動しようとしていた個体を破壊し、人形師を殺害。その水分と魔力を、徹底的に吸い尽くした。
その後スワニルダは、襲撃してきた警備用個体を撃退、簡易的に修理と改造を施し、以前の美しさを取り戻す為に、綺麗な人間を襲って生命力を奪う事にし、潜伏活動をしてきたのだ。
人形師の目的たるマイスターや使い手が死んでも、長い間美しく生きる為に。
これが、殺人人形事件の真相である。