ギプスをつけたままの生活が始まり。
何とか授業を乗り切って、先輩に呼び出しを受けて校庭に出る。
何の用だろううと周りを見て――死ぬほど後悔した。
「ああぁぁぁぁ!!?」
「ほらほらどうしたァァ!!! 動かないと死ぬぞォォ!!!」
二百キロで飛んでくる無数の野球の硬球。
ガシガシと足の生えたピッチングマシンが追いかけて来る。
まるで、マシンガンであり俺はギプスをつけた状態で逃げ惑う。
ゴリ先輩が唐突に始めた特訓であり、疑問を吐く前に顔面に球を喰らって鼻血を出した。
それからは必死であり、あんなものを全身に受ければ一溜りも無い。
アナザーワールドでつけられたギプスが。
現実世界においても装着されていた。
噂には聞いていたが、やはりあの世界のものであっても持ち帰れるものはあるらしい。
逆もそうであり、原理はまるで不明だがとにかくすごい。
――が、そんな事よりもこれはいつ終わるのか?
俺は必死に叫ぶ。
が、不意に体が揺れた。
ゆっくりと足元を見れば――バナナの皮があった。
「何で校庭にぃぃぃぃ!!?」
「――あ、俺だ。すまん」
「アンタかあああぁぁぁぁ!!?」
ゴリ先輩の軽いノリで謝る声。
それにツッコミを入れた瞬間に、俺の体に球が雨のように撃ち込まれた。
俺はごろごろと転がりながら、鼻血を出して痙攣する。
「大丈夫か!? おい、おい!!」
ゴリ先輩が駆け寄って来る。
俺を抱き起こし、懸命に声を掛けてくれていた……せ、先輩、俺の事を本気で!
心を鬼にしていたのだろう。
本当はやりたくなかったが、それでも俺の為にこんな出鱈目な特訓をした。
だからこそ、傷ついた俺に駆け寄ってくれたんだ。
俺は先輩の心を察して、血反吐を吐きながらも震える手で親指を立てた。
「お、俺は、大丈夫っす!! だから、先輩は」
「――あ、そうか。なら次に行くぞ」
「ぐぇ…………ぇ?」
先輩は俺の言葉を最後まで聞かずに手を離す。
俺は後頭部を地面に打ち付けながらも、目を大きく開いて歩いていく先輩を見つめた……え?
「どうした? 早く行くぞ」
「え、あ、え、あ、ぇ?」
「――来いよ。ほら、ほぉら」
「あ、は、はい?」
俺はよろよろと立ち上がる。
そうして、先輩へとついて行った。
◇
――地獄だった。
地獄のようじゃない、地獄だ。
先輩は鬼ではなく悪魔で、俺の事を徹底的にしごいてきた。
放課後一発目の剛速球地獄の次は、高層ビルのワイヤー渡りだった。
強風の中で、サーカス団がやるような事を強要されて。
先輩はその上、俺のワイヤーを足でぐらぐらと揺らしてきた。
半分まで渡ったところで、筋肉と集中力の限界を迎えて落下した。
命綱があるから大丈夫――そんな事は無かった。
頼みの綱はぶちぶちと千切れた。
俺はそのまま下へと落下して。
偶々そこにあったため池に突っ込んで――二分ほど気を失っていた。
『よし、次だ』
『…………ぇ?』
その次の地獄は、燃え盛る炎の海へと突っ込むものだった。
ガソリンによって炎の威力を底上げし。
離れていても分かるほどの熱気だった。
そんな中に、ふんどし一丁で突っ込むように言われた。
流石に正気を疑ったので、この特訓には何の意味があるのかと聞いた。
すると、先輩は一言だけ言った。
『最高の――ヒーローになる為だ』
『――マジっすか!?』
『あぁヒーローたるもの、この程度の火を恐れてはならん。俺の知る最高のヒーローはマグマの中をバタフライで泳いでいた』
『……なるほど。それなら――やってやらァァァ!!!!』
俺は最高のヒーローになる為に炎の海へと突っ込んだ。
全身が高熱で焼かれて、悲鳴を出しそうになった。
が、俺はそれを根性で耐えて十メートルを走り抜けた。
全身が黒焦げであり、髪の毛もちりちりになっていたが。
俺は無事にやり遂げて、先輩に親指を立てて笑った。
『どうっすか!? これで俺も』
『――五回だ』
『え、ぁ、ぇ、ぁ、ぁ? ぇ、ぇ、ぇ?』
『ん? 五回だ。後五回……行け』
『ああああぁぁぁ!!?』
俺はそのまま先輩に投げられて炎の海へとダイブし……何とかやり遂げた。
最早、炭になったのではないかと思えるほど真っ黒だったが。
先輩に消防用のホースで水をぶっかけられて復活した。
その後は片足を引きずられながら、様々な地獄を巡り……今は、バイトを終えて公園のベンチで寝そべっていた。
星々が綺麗で、俺は光の無い目でそれらを静かに見つめる。
すると、悪魔が俺の前で片手を振っていた。
「おーい。おーい、おーいってばぁ……壊れたかぁ?」
「……」
「こういう時は……こうだなッ!!」
「ぶぅぅ!!?」
先輩は俺の頭を片手で掴み――平手打ちをしてきた。
俺は唾を盛大に吐きながらベンチに倒れる。
ぴくぴくと失神していれば、先輩はゆっくりと俺を元の位置に座らせて――逆の頬を打つ。
「ちょま――うぶぇぇ!!?」
「直らんなぁ? 打ち方が悪いかぁ? うーん」
先輩はぶつぶつと言いながら俺を殴る。
俺は必死に止めようとしたが。
地獄の連続によって体力は限界だった。
俺は先輩に殴られ続けて――ぶちりと何かが切れた。
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
「おぉ! 直ったな!」
俺は先輩の手を跳ね除けて椅子から飛びのく。
ふぅふぅと鼻息を荒くし、パンパンに腫れた頬を摩る。
そうして、獣のように唸りながら先輩を見つめた。
すると、先輩は笑みを浮かべながら――手を叩く。
「おめでとう」
「……え? な、何が?」
「お前は成長したんだよ、ジン。苦しい特訓を乗り越えて、お前は限界を超えた。その怒り。そして、力の解放こそが――お前の新たな力だ」
「俺の、力……?」
俺はゆっくりと両手を見つめる。
確かに、そう言われればさきほどまであった疲労感が消えている。
怒りのままに力を解放した事によって、俺は先輩の攻撃を跳ね除けた……そうか。
先輩の意味不明だと思っていた特訓。
それは全て、俺にこの力の覚醒を促す為だったんだ。
一見、意味不明で殺しにかかっているような特訓内容だったが……意味があったんだな!
「……異常な精神力は、異常な頑丈さの表れだったか。適当にやってても、こいつなら……ふっ」
「……? 先輩? どうかしたっすか? まさか、更に上の特訓を、もう既に!?」
「……ふっ、流石は期待のルーキーだ。隠し事は出来んな……ジン! 明日からは更に過酷な特訓を課す!! ついてこれるな!?」
「――ッ!! オッス!! お願いしますッ!!!」
俺はぎちぎととギプスをしならせながら、両手を腰で構える。
すると、先輩はしっかりと頷き――天に指を掲げる。
「見ろ、ジンッ!! 我らが目指すべき星が見えるだろうッ!! あの星を目指して――うさぎ飛びだッ!! 行くぞ!!」
「オッスッ!!!」
先輩は足を曲げて両手を後ろに回しうさぎ飛びを開始する。
俺も一緒にうさぎ飛びをしながら先輩についていく。
きつい、きついが――気持ちいいッ!!
これが青春であり、これがメカ・バトの特訓だ。
俺はそう再認識しながら夜の街をうさぎ飛びで駆け抜けていった。
◇
「……じ、ジン君……だよ、ね?」
「お? 何だよ桜間。俺の顔に何かついてんのか? 米粒か?」
「……い、いや、ついてるっていうか……ね、ねぇ?」
「わ、私に聞かれても……す、凄い」
「……んあ?」
先輩との特訓を開始して三日ほど経った。
太陽を目指して全力で走ったり、激流の川に逆らう様にバタフライで泳いだり。
スーパー銭湯での薪割りのバイトにて何千本もの薪を素手で真っ二つにしたり……大変だったなぁ。
帰ったら白飯を十合に、おかずのコロッケを百個以上を食らい。
水を風呂が沸かせるほど飲み干せば、激熱の風呂に浸かり。
ふかふかのベッドにて眠った……気持ちの良い生活だな!
先輩とのメカ・バトの朝練と放課後の特訓。
一緒にバイト先に行って特訓をしながら金も稼ぎ。
充実した毎日を過ごしながら、俺は自らの肉体を極限まで鍛えぬいていった。
俺は部室においてある姿見で己の体を確認する。
上はギプスを纏い、更にその上に黒いタンクトップ。
下はこれまたギプスに、運動用の赤い短パンで。
体はムキムキであり、肌はこんがり小麦色に焼けていた。
過酷なトレーニングが、俺の体を漢らしいものに成長させていた。
俺は筋肉の仕上がりを確認しつつ、桜間たちを見る。
「先輩たちはまだか?」
「え、あ、あぁ……多分、今日は来ないんじゃないかなぁ?」
「え、何か用事か? ゴリ先輩には何も聞いてねぇけど」
「……あぁ、いや、僕も昼休みに偶々会って聞いたんだけど……何でも、ご、合コンらしくてさ」
「……ごう、こん……剛魂ッ!? そうか、ゴリ先輩は俺たちに秘密で過酷な特訓を……こうしちゃいられねぇ!? 俺たちも特訓するぞ!! 桜間ッ!!」
「え、い、いや何で!? 絶対に勘違いしてるよね!? ねぇ、ねぇ!?」
「うおぉぉぉぉぉぉ根性だァァ!!」
「いやだからぁぁぁ!!!」
「……い、行ってらっしゃい?」
俺は桜間の手を取って走り出す。
扉をタックルでぶち破り、窓を破壊して外に出た。
ウォーミングアップもまだであり。
五十キロほど走って体を温めよう。
走りながら桜間に提案すれば、奴は涙を流して笑っていた。
「は、はは、何で僕がこんな目に……不幸だぁ」
「はははは!! 青春だァァァ!!」
俺たちは笑う。
街へと出れば、奇怪な目を向けられるが無視。
仲間と共に汗を流すのは最高であり。
これぞ青春であり、きっとメカ・バトでの戦いにおいても大きな成長に繋がるだろう。
ゴリ先輩を信じる。
あの人だって今も剛魂なる特訓をしているんだ。
服部先輩。もしかしたら、おにぎり先輩でもあり――燃えるぜッ!!
「負けられねぇ!!! 俺たちももっともっと――強くなるぜッ!!」
「いやこれメカ・バトに関係――ねぇお願いだから話を聞いてよぉぉぉ!?」
「青春だァァァ!!!」
「あああぁぁぁ!!?」
全力で走る。
真っ赤に輝くを太陽を目指して――