錆び塗れの鉄の階段を降りて行く。
頭上で男女が金切り声を上げながら喧嘩をしている声が聞こえる。
物が飛び交っており、すぐ近くを花瓶が落ちて行った。
階段の下は真っ暗であり、蒸気の噴き出す音が亡者の声のように反響していた。
カツカツと音を立てながら降りて行く。
すると、階段が終わり無数の鉄板で繋がれた床に降りられた。
周囲を見れば、少しだけ開けており。
先輩は真っすぐ進んでいき……止まったな。
「入れ」
「此処に俺が強くなれる何かが……」
ゴリ先輩に連れてこられた場所は、じめじめとして薄暗い場所だった。
不思議な街灯があるにはあるが、パチパチと点滅していて今にも消えそうだった。
周りには違法建築のようなアンバランスな見た目の建物が密集し。
耳を澄ませば喧嘩の声の他にもドリルの駆動音や鉄を叩く音が聞こえて来る。
そして、先輩が入れと言った場所は、そんな中でも異彩を放っていた。
目立ちたいのかは知らないが。
赤青白の三色カラーリングされた外壁。
看板のようなものにはバニー姿の女性が使われていて。
ネオンの光を強烈に放ちながら“Welcome!”と書かれている。
が、それよりもビックリするのは外壁の至る所に書かれた落書きの数々だろう。
それもこの中の人間をこき下ろすような罵詈雑言だ。
悪意味で目立っている人間らしいが……よし!
俺は意を決して扉の取っ手を掴む。
そうして、ガラガラと開けて――顔面に何かがめり込む。
「ぐぇぇ!!?」
「……やっぱりな」
俺はごろごろと後ろに転がり、そのままゴミ山の中に突っ込む。
ハラハラと埃を舞わせながら、俺はよろよろと立ち上がる。
鼻を摩りながら歩き、俺を襲った何かの近くに立つ。
マジマジと見れば、大きな赤いボクシンググローブがバネの力によって伸びていた。
「な、なんだよ、これ?」
「……気にするな。中の人間の趣味だ。ほら、さっさと行け」
「い、行けって……わ、分かりましたよ」
俺はボクシングローブを手で避けて中に入る。
すると、建物内は見かけと違って和風の内装だと分かった。
スリッパは無いが、靴を脱いで上がる。
木の板を踏みしめて歩いていき――カチャリと音がした。
「――え?」
足元が消えた気がした。
視線を下に下げれば、そこには暗黒だけで――俺はすぐに手足を広げた。
「うぬあぁぁぁぁ!!!?」
「……やはり、か」
指の力だけで何とか食いしばる。
歯を食いしばりながら、何とかよじ登った。
そうして、床に手を突きながら疑惑の視線を先輩に向ける。
「お、おい! 明らかにおかしいだろ!? 気にするなってレベルじゃねぇよ!? 何だよこれ!?」
「……趣味だと言っただろう? ほら、あそこにカメラがあるだろう。この店の主人はな、客を選ぶんだ」
「きゃ、客を、選ぶ?」
俺は目を丸くしながら驚く。
どういう意味かと考えていれば、先輩は指を動かし始めた。
「……見ろ」
「……は、はぁ? え、な……え?」
先輩は空中に投影された映像を見せて来る。
それは俺と同じようにこの店に入った人間たちで。
その全てが何かしらの罠にかかって無惨な姿になっていた。
モザイク処理が完璧なお陰で何とか見れたが。
そんな死体たちを眺めながら爆笑している男は……く、狂ってやがる。
「まぁ性格はカスで、人間として褒めるべきところは皆無だが……知識や技術は保証するぞ?」
「ほ、保証って……いや、気にしねぇ。気にしてられねぇ……やってやる。やってやろうじゃねぇかッ!!」
俺は立ち上がる。
そうして、こうなれば意地でも会ってやると決意する。
先輩は何かを言おうとしたが。
時間が持ったないからと俺は廊下を進んでいった。
どたどたと走れば、床板が沈みかちゃりと音がする。
壁から無数の竹やりが出て来るが、全て回避。
そのまま横にあった扉を開け放ち中へと入った。
すると、天井から無数のトゲが出現し、天井そのものが降って来た。
俺は両手でそれを受け止めて、床に足をめり込ませながら奥の部屋へと進む。
また道だ――が、走る。
走れば走るほどにトラップが起動する。
矢が飛び、炎が噴き出し、電流が流れて――が、止まらない。
「根性だァァァ!!!!」
俺は叫ぶ。
己を奮い立たせて無限に感じるほどの廊下を走っていった――
「ぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇ!!! うぶぅ……はぁぁぁ!!!」
「……流石だな。天龍寺でも、お前ほどのバイタリティある新入生は初めてかもしれないな」
「そりゃ、どうもぉ!! はぁはぁはぁ……こ、これが、最後、かぁ?」
まるで迷路だった。
上も下も、左右も分からないほどに動いていた。
全ての道を進み、全ての扉を開けて。
その度に、即死級のトラップが飛んできたが。
俺は全てに耐えて、ようやく最後と思える場所までやって来た。
折角貰った服はズタボロであり、辛うじて大事なところは隠れているだけだ。
体から肉の焼け焦げた臭いをさせながら、俺は目の前の扉のノブを掴む。
そうして、カッと目を見開いて開け放ち――パンという火薬の爆ぜる音を聞いた。
「…………へ?」
「――おめでとぅ!! 君が記念すべき、十人目の御客人だ!! 素晴らしいねぇ!!」
目の前でクラッカーを鳴らした老人。
鼠のような出っ歯に、瓶底のような丸眼鏡を掛けて。
頭頂部はつるつるであるが、頭の横にはもじゃっとした灰色の髪がもっさりと生えている。
黄ばんだ白衣を纏い、その下は黒ずんだ元は白かったであろう肌着とピンクの……水着、か?
ピンクの便所サンダルぺたぺたと鳴らしながら、男はクラッカーを投げ捨てて俺の手をがばりと掴む。
「私の名はベクター!! ベクター博士と気軽によんでくれたまえ!! 早速ではあるが、君の生体データを取らせて欲しい!! 君は素晴らしいモル――逸材やもしれん!! 科学の発展の為にも、是非!! よし!! では、行こうか!!」
「え、ちょ、俺まだ何も――ち、力つえぇ!?」
「はは、諦めろ。博士がそうなったらもう誰の話も聞こえんさ。それに、お前が短期間で強くなるには彼による――手術が絶対に必要だ」
「ほぉ!!! 手術かぁ!!? それなら話は早い!!! データを取りながら、君に最適なユニットを取り付けようじゃないか!!?」
「え、は、え、ちょ、手術ってユニットてぇぇぇ!!?」
俺はそのまま投げ飛ばされる。
そうして、無数のモニターが設置された部屋の中心にある手術代に寝かされる。
一瞬にして手足を金属の輪っかで拘束されて。
博士を見れば、空中に投影されたコンソールを操作していた。
天井や床から無数のロボットアームが出現し。
ドリルの音やチェーンソーの音を奏でている。
俺がだらだらと汗を流していれば、小さなアームが俺の口にゴム製の板を噛ませてきた。
「んん!! んー!!?」
「安心しろ。痛みは一瞬……でもないな」
「んー!!!!」
「大丈夫だ。ユニットをつけても日常生活に支障は……いや、どうだろうか」
「んーーーー!!?」
「ははは、まぁ頑張れ。お前が決めた事だからな……じゃ、後は頼んだ。俺は外で待っている……コーラ貰えるか?」
「勝手に持っていけぇ……ふぅ、それでは始めようかぁ。ジン君!! 今日は君にとって素晴らしい一日になるぞぉ!!!」
「んーーーーーー!!!!!!?」
先輩は冷蔵庫からコーラの瓶を取って外に出て行く。
博士は両手を広げて高笑いをしていた。
ゆっくりとアームが持ったライトの光が強くなっていき。
俺は視界が歪んでいくような感覚を覚えながら、静かに、目を、閉じて――――…………
「…………」
「おーい。生きてるかぁ? 返事をしろぉ……なぁ本当に成功したのか?」
「はぁ! この私の腕を疑うのか!? 勿論成功だとも!! ただ……薬が効きすぎたかぁ?」
俺の周りにいる謎の影。
ぼやける中で蠢くそれらが光を照らしたりしてくる。
激痛につぐ激痛だった。
気絶したかと思えば、痛みで意識が戻り。
また気絶しても痛みで復活する。
地獄のようであり、一歩間違えれば精神が崩壊していたかもしれない。
妹や幼馴染から聞いた話では、アナザーワールドで受ける痛みは精神に異常を来さないように軽減されているらしかったが。
俺が受けた痛みは本物そのものだった。
死を体験したようなものであり、今でも痛みが微かに残っている気がする。
そんな事を考えていれば、ゆっくりと視界が定まっていく。
影のように見えたのは、手を振るゴリ先輩とペンライトを動かす博士で。
俺は目を瞬かせてから、拘束が解かれているのを目で確認しゆっくりと起き上がった。
「……っ! あ、れ……ちょっと体が重い、ような?」
「それはそうだ。お前の体には博士の手によってユニットをつけて貰ったからな」
「ゆに、っと?」
「……知らないのか? ユニットは、平たく言えば手術によって取り付ける強化パーツだ。アナザーワールド限定のものがほとんどだが、身体能力を強化したり視力を上げたり……まぁお前に取り付けたのは、特別なものだ」
ゴリ先輩は親指を立てて笑う。
俺はよく分からないものの、これで大凧先輩に勝てるのかと聞いた。
すると、ゴリ先輩は「お前次第だがな」と言って、博士に説明を任せた。
「さて、ジン君。気分はどうかな? 体の不調や手足の感覚の違和があればすぐに言ってくれたまえ」
「……いや、ない、です……ちょっとボケっとするだけだ、な」
「……ふむ、まぁそれは時間が解決する事だな。取り敢えずは適合はしているということで……君がつけたユニットだが、それは主にメカ・バトでの戦闘で大いに役に立つだろう」
博士は早口で説明する。
ユニットの正式名称は“
メカ・バトにて搭乗する事になる機体“レイン”と神経系を自動的に接続するもので。
このユニットがあるだけで、体を動かすように機体を動かせると博士は言う。
「まぁ言い方は何でもある! フルトレースやらシンクロシステムだの。だが、これはそんなものとは訳が違う!! 何故ならば、これは機体が第二の肉体となるものだからだ!! エネルギーが減れば空腹を感じ、ダメージを受ければ痛みがある!! まさに生命であり、人類が新たな次元へと至る為の扉あああぁぁぁぁ!!!!」
「あ、ダメだ。壊れた」
「……壊れた?」
博士は頭を抱えながら、叫んでいた。
そうして、俺たちの事を無視してコンソールを操作し始めた。
ゴリ先輩はそんな俺に、最初に着ていた服と全く同じものを渡して来る。
俺は礼を伝えながら服を着る。
「……まぁ兎に角だ。それがあれば、お前のような初心者であろうとも、あらゆる機体を熟練のパイロットと同じ技量で操作する事が出来る」
「……ゴリ先輩は、つけてるのか?」
「――つける訳ないだろう。そんな物騒なもの。アホか」
「…………ぇ?」
ゴリ先輩は当然だと言わんばかりに言う。
なら、何故俺につけたのかと疑惑の視線を向けるが。
ゴリ先輩はそれを無視して次の場所に行くぞと行ってくる……俺の扱い、雑過ぎねぇか?