前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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序章~原作3巻
空から女の子が落ちてくるのが物語の導入


 幽世にある鬱蒼とした森を走る。着物の裾は大きく破れ、走る上で鬱陶しいが直している余裕はない。なぜならすぐ後ろに、こちらを喰い破らんとする獣の気配がするからだ。

 こちらは『神速』で走り抜けているのに、一向に追手の気配は撒けない。なぜなら向こうも『神速』使いで、こちらは二足歩行に対してお相手は四足歩行だ。機動力においては劣っていると自覚している。

 

「はやい……なあ!!」

 

 権能で簡素な打刀を生成し、追いついてきた相手の爪を防ぐ。攻撃してきたのは、こちらより体長が数倍は巨大な狼だ。手足の爪は猛威の化身とでも呼ぶべき威容な代物で、一掠りでもすれば生身の肉はたちどころに引き裂かれ無惨な死体に早変わりするだろう。

 なにせこの狼、見た目の巨大さもさる事ながら、それ以上に肉体から放出される気配が一山幾らの獣とは訳が違う。表現するならば神気とでも呼ぶべき、神々しいまでの気配。

 神気を纏う獣となれば神獣になるが、野良の神獣程度僕の相手ではない。左腕一本で舐めプしても返り討ちにできる。

 

 だから僕が敵わない相手となると、それは神獣などでは断じてない。幽世で僕の領域に突っ込んできたのは、神話の世界から零れ落ちた神様。僕のような元人間の魂を核とし、この世に誕生した偽神とは断じて違う真なる神。

 その神は一柱ではなかった。三頭の獣。一頭は一神話の主神を喰らいし狼。もう二頭は月と太陽を追いかけ喰らう神砕きの牙持つ獣たちだった。

 神とはいえ相手は獣、知性と知能は微妙に低い。踏み込んできたのは向こうなのに、追い回されるのは僕の方だ。一対一ならいざ知らず、三対一で勝てるとは微塵も思わない。履くものすらおいて、住処とするあばら家から全力逃走。

 途中途中で今のような襲撃にあうが、こちらも死ぬのは嫌なので防御しながら山道を駆け抜ける。足元は裸足で時折鋭く尖った石などを踏むが、その程度では神の肉体は傷を負わない。

 

 人間の肌なんて獣の外皮に比べたら脆弱だが、神の肌は通常でも石より硬い。神肌は強いのだ。それに僕の場合、父親である鋼の系譜から遺伝した鋼鉄の性質により、肉体を金属のように硬くさせられるので、なおさら傷がつくわけがない。

 

 それでも──

 

「抉られたのがまずかった」

 

 鋼すら削り取る魔狼の爪と牙。鋼鉄化させた体ですら切り裂いた一撃は、僕の神格にすら届いた。相手は神話において、主神殺しに月と太陽を喰らいし狼たちだ。

 月にしろ太陽にしろ、両者とも数多の神話で不死の象徴に選ばれやすい。お互いがお互いに一度沈み死亡するが、再び昇る様は昔の人から見ればある意味復活と同義だ。光り輝く太陽の方は特に。

 主神は主神で天空神の要素を持ち、こちらも不死は搭載している。

 

 それでもなお、それらを殺しうる魔狼三頭にとって、不死を殺すことは容易い。僕の中にある両親から遺伝した権能──蛇と鋼と嵐。すなわち地母神と英雄神と天空神の力は、半分が機能停止している。

 

「嵐は休眠。蛇は……魔導力と再生力がかろうじて。鋼は健在だけれど、このままだと……!」

 

 背後に気配。振り向くのも前に飛ぶのも間に合わない。鋼化の権能に過剰な神力を注ぎ込み、体の硬度を限界まで高める。直後、背中に衝撃が走った。

 

「つぅッッッ!!?」

 

 足が地面から離れ、前に向かって吹き飛ばされる。鋼化すると強度に応じて体重が増加し、限界まで引き上げた今は10トン以上はあるのに、それでもとんでもない距離を移動させられた。余裕で20㎞は飛んだかもしれない。

 それでも魔狼の速度は異常だ。こちらが体勢を整えて走りだすと同時に追いつかれた。

 再び神速対神速の追いかけっこ。消耗具合ではこちらの方が上なので、神力も底を尽きかけている。このままではジリ貧だ。どうにか逆転の道筋を見出さないと──

 

「あれは……しめた!」

 

 山の麓に焚火の煙が見えた。煙が見えたという事は、誰かがいるという事。そして幽世にいるとなれば、大抵は半神だったり元まつろわぬ神だ。それか元人間の高名な術者。状況を打破する鍵になり得る御仁がいる可能性が高い。

 

「吾が身は成り成りて成り合はざる処一処在り。我が身は成り成りて成り余れる処一処在り」

 

 神力を回す。聖句を唱えて力に方向性とあり方を定めさせる。鋼化の力を弱めて体重を軽くし、同時にその分に回していた力を全て足に集める。イメージするのは火薬。足元で火薬が一気にさく裂する想像。

 頭に思い描いた幻想は現実に置き換わる。僕の体が一気に加速して、焚火近くの古ぼけた木製家屋に直撃して突き刺さる。

 

「ぬぅ! 何事だ!!?」

「……ごめんなさい。ちょっと加減が効かなくて」

 

 鋼化を弱めていたので、砲弾として家を破壊した自分の体がジクジクと痛む。制御一切無しで加速したので一時的に狼の追跡を振りほどけたけれど、その代わりに自壊ダメージを負ってしまった。やるもんじゃないなこれ。

 いきなり家に突撃した僕を、たぶん家主だろうお兄さんがなんじゃこいつみたいな目を向けてきている。年齢は20代半ばぐらいに見える肌の黒い男性──めっちゃイケメン──で、手元を見たら何やら飲み物を持っている。近くには塩もあるので、塩で酒を飲んでいたのだろうか。

 

「えっと……家についてはごめんなさい。少し追われていて、止むに得ず……あなたは神……英雄神ですね」

 

 蛇の魔導力でアカシャの記憶にアクセスしてみれば、目の前の神の正体も判明する。ヤーダブの英雄、実在した人物が死後神格化された存在。元々は太陽信仰を掲げた民族で、それに神格として崇め奉られた彼は最終的に太陽信仰の一部に取り入れられた。

 すなわちヴィシュヌの化身として。

 

「クリシュナ。今なおインドにおいて崇拝と信仰を集める偉大なる英雄神。英雄と言えばクリシュナ、クリシュナと言えば英雄と呼べるほどに」

 

 ヴィシュヌの化身は大抵人気ではあるけれど、その中でも人気投票をしたら1位に輝くのがクリシュナだ。次点でラーマ。まぁ国によっては、ラーマの方が人気があるのでどっちもどっちか。

 

「……地母の慧眼か。我が名を見抜くとは、中々の物を持っているな。それにしても追われているとな? 一体何から──」

 

 言い終わる前に、クリシュナの視線が僕が空けた大穴に向けられる。僕を追って、魔狼三頭が全力疾走で家屋に突っ込んでくるのが見えた。

 神速による突撃なので、実時間にして1秒かからずここに到達するだろう。それでもさすがはクリシュナ。一瞬でどこかから矢と弓を取り出して構えていた。あれはシャールンガかな?

 

「弱さを捨てよ、武人らしさを持ちたまえ。天に導き名誉を齎せ。さすれば弱気と卑小さゆえの脆弱さを捨て去らん。我は立ち上がり敵を滅ぼすものなれば!」

「あ、待って。太陽属性攻撃はあいつらには──」

 

 僕が言い終わる前に、クリシュナさんが聖句と共に矢を放つ。放たれるのは光の矢。太陽の光と輝きが籠められた清浄を持って悪しきを焼き払う神聖なる武装。地上で使えば半径数キロから十数キロは燃え落ちるだろう破壊の象徴。

 これが並の相手ならばたちどころに焼失するのだろうが、あいにく向こうは太陽喰らいの逸話持ち。飛んで行った矢は普通に嚙み砕かれて破壊された。

 

「なに? 今のは……太陽殺しの権能か」

「うん。彼らは北の果てから来た、猛威の象徴としての狼の群れ。天を喰らい、星を呑みこむ化身だよ。古ノルド語で名付けられた名は、フェンリルとスコルにハティ。シヴァ神やインドラ神と起源を同一とする、北欧の主神を殺した逸話を持つ嚙み殺しの獣」

「ほう。まつろわぬ身にも飽き、生と不死の境界に籠ってからはや数百年。そろそろ不死の領域に戻るかと思案していたところに、お主のようなうら若く清廉な乙女が来たかと思えば、今度は我ら神すら殺しうる獣が仕掛けてくるか。実に面白い」

 

 いや、面白くはないよ。こっちはかなり削られて、体の節々が痛いんですよ? 神格化される前から王位争奪戦でガチンコバトルしまくってた、紀元前の英雄の価値観はバトルジャンキーとしか言えないなぁ……

 

「ところで乙女よ。そなたはどこの神格だ? そなたからは、鉄と大地の匂いがする。そなたのような少女が持つには、些か不似合いな相に思えるが、さて?」

「……ごめんなさい。僕の出自に関しては、父と母から公言しないように厳命されていますのでご容赦を」

「そうか。父君と母君から言い含められているなら仕方がない。詮索はよしておこうか……それよりも、太陽をすら喰らう獣どもに追われている乙女を捨ておくのは流儀に反する。助太刀させて貰おうか」

「ありがとうございます」

 

 やった! 状況を打破できる誰かがいたら嬉しいとは思っていたが、かなり真っ当な英雄神がいたのは都合が良い。クリシュナと言えばマハーバーラタの裏主人公ポジションで、強さは信用できる。

 これならなんとかなりそうだ! こい、狼ども!!

 

 

 

 

 

 うん、駄目だったよ。三対二になったところで、数の不利は覆らない。これでクリシュナさんが原典通りの馬鹿みたいな強さならまだしも、実体として顕現した神は物語ほど強くはない。

 例えばインドの神話には宇宙よりデカくなる神様がそれなりにいるけれど、神話から抜け出した神様が巨大化の権能を使ったところで、精々50m──某光の巨人ぐらいのサイズになるのが関の山だ。

 太陽を落として敵を焼き殺す逸話を持つ神様にしても、本当の太陽の数億分の一以下の疑似太陽を落として直径数百キロのクレーターを創るのが限界。

 

 神と言えども物理的な力の限界は存在する。その限界がある以上、神ごとに強さの優劣があまり存在しない。ようするにクリシュナさんと言えども、スコル&ハティ&フェンリルを、削られて弱体化した僕という足手纏いを抱えて御することはできない。

 

「……こやつらの足止めをするゆえ、そなただけでも逃げろ」

「……いいの?」

「ふ。これ以上、乙女に傷つけさせては、我が光明なる名が泣くと言うものよ」

 

 傷つけさせては……と言われて、僕は改めて自分の姿を見る。全身はここに来た時以上にボロボロで、蛇による再生力も既に機能していない。鋼化の上から攻撃を受けすぎたせいで、内臓にすらダメージが通っている。

 

「ふぅ……ふぅ…………はぁ……」

 

 呼吸するだけで肺が痛い。背中から爪を刺されたときに右肺に穴が空いたようだ。左肺も痛いから、たぶんこっちは体内で破れている。

 ……正直なところ、立っていられるのは鋼の不死性となんとか復活した天空神の不死性のおかげ。これが無ければ既に死亡しているだろう。

 少しだけ逡巡したあと──

 

「ありがとうクリシュナさん……どうか死なないで」

「ああ」

 

 それだけの言葉を交わしてから、僕は最後の魔導力を振り絞って術を行使する。

 

「掛けまくも畏き、大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等、諸諸の禍事、罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を、聞こし食せと恐み恐みも白す」

 

 使うのは幽世と地上世界を繋ぐための道を創る術。発動までの間、僕の体は無防備になるが、こちらに狼がこないようにクリシュナさんが足止めをしてくれている。

 はやくはやくはやく!

 

 残っていた神力を全て注ぎ込んで、最速で術を完成させる。地面に大きく黒い渦穴が開いたので、後ろを振り返ることなく飛び込む。同時に門を閉じた。

 穴に飛び込んだ僕の体から、今まで神力で動かしていた不死性が失われていく。全身に激痛が走り、口の中に鉄の味が広がる。目の前が暗くなり、全身から力が抜けた。そのまま重力に引かれるように下へと落ちていって──

 

 

 

 

 

 とある少年が暗くなり始めていた河川敷を急ぎ足で駈けていた。少年の名前は草薙護堂と言い、今年で中学2年生になる。

 彼はシニアリーグの代表候補になれるほどの選手で、今日も遅くまで野球の練習に勤しんでいた。

 

「これは静花に怒られるかもな」

 

 携帯を忘れてしまったせいで、予想より遅くなると連絡を入れられなかった。そのことでまた、しっかりものな妹に怒られるんだろうなと護堂はうんざりして──

 

「ん?」

 

 それに出会ってしまった。空から何かが河川敷に落ちてくる。少し護堂とは離れていたが、草むらに墜落したのかドスンと音が届いた。

 

「なんだ?」

 

 何が落ちてきたのだろうかと、護堂は訝しむ。その正体が気になったので、彼は墜落現場に向かってみた。

 そこにいたのは女性だった。周囲が暗いせいで分かりづらいが、草むらに埋もれるように横たわる女性がいた。

 

「……死体……か?」

 

 思わずそう呟いてしまうほどに、その女性は全身が血だらけだった。今時にしては珍しく洋服ではなく和服を着ているようだが、元の柄が分からないほどに血で汚れてしまっている。

 ところどころ肉が抉れていて、腕などからは白い骨が垣間見えるほどだ。あまりの事態に護堂は一瞬思考が停止して──

 

「だ………………れ?」

「え……生きてる!?」

 

 まだ息があるらしく、女性は護堂の方に視線をやり小さく呟く。少しの間フリーズしていた護堂だが、慌てて呆けている場合じゃないと気づく。

 近づいて様子を確かめようとした時に、護堂は女性の顔を見て心底驚いた。

 

 それは人が持ちえる美貌ではなかった。テレビで何人もの綺麗なアイドルや女優が映し出される現代社会においても、まずお目にかかれないような極上の美。

 血で汚れているが──むしろ血で汚れていてもなお消しきれぬほどの、人外の妖艶さと、あどけない幼さを両立させ矛盾させることなく表現させた顔立ち。

 黄金比で構成されたそれは、決して人間のそれではない。護堂は内心、天の国から降りてきた天女だと感じた。美しいや綺麗ではなく、神々しさすら読み取れてしまう10代半ばから後半に見える少女。

 それが死にかけに見える女性だった。

 思わず見惚れそうになった護堂だが、すぐに気を取り直す。そんな場合ではないだろうと。

 

「その……大丈夫……じゃないですよね。すぐに救急車を呼んで……ああ、くそ! 携帯は家だから走って呼びに行くしか──」

 

 人がいるところまで走るしかないかと思い、護堂は足に力を入れようとして──

 

「……病院は……だ……め」

「え? いや、でも」

 

 肝心の女性が声で呼び止めた。思わずなぜと護堂は思う。

 

「でも……も……な……い。病院……だと……まず……い」

「まずいって言われても、なぁ……」

 

 もしかして訳ありの女性なのだろうかと護堂は考える。彼の周囲には家の関係上、けっこう脛に傷のある身内も多い。そのおかげか、まずいと言われて、もしかしてこの女性は何かしらの抗争などに巻き込まれたのだろうかと思ってしまった。

 それから暫く考えたのち──

 

「仕方ない。ちょっと待っておいてくれ。助けられそうな人を呼んでくるから」

 

 そう言ってから、護堂はどこかに走り去って行く。それを薄ぼんやりとした目で追いかけた少女はホッと一息ついてから、意識を手放した。

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