前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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草薙護堂の御約束回

 カリアリの港を破壊した僕らは、エリカさんを通じて地元の魔術結社にコンタクトを取った。極東の魔王、草薙護堂がイタリアに来ていると。

 欧州では昔から神や魔王による災害が当たり前なこともあり、港が壊れたぐらいであれば日常茶飯事。だからなのか、わんちゃん大暴れによる爆撃されたかのような港については特に問題視もされなかった。猪が上陸していたら、あんなの比にならないぐらいの損害が出ていたのだから、気にすることもないぐらいの感覚らしい。

 

 ただし、極東の魔王がヤッホーは別だ。地元民が知らないうちに、核弾頭が運び込まれていたようなもの。それもまつろわぬ軍神のおまけ付き。カリアリに在住の魔術師の内、お偉いさんに集まって貰ったのだが、僕らを見て全員腰を抜かしていた。

 そのお偉い方々を足掛かりに、サルデーニャ全域の魔術師や結社の協力者に通達し、まつろわぬウルスラグナ以外に神が降臨していないかを確認して貰った。

 

 一応、僕の霊視結果ではタロス遺跡群の方が怪しいとは出てる。あちらの方角に、嵐と雨の予感がするのだ。

 果たしてその霊視が正しいことは証明された。サルデーニャの西側、オリスタノの結社から、つい数日前に膨大な神気が観測されたと返信が来た。

 と言う訳で、僕たちは全員でそちらに向かうことに。転移を使うことも考えたけれど、いざという時のためにウルスラグナさんにあまり手札は晒したくない。

 

 ではどうするかと言えばこうだ。

 

「僕のハンドル捌きが火を噴くぜ!」

「火を噴くと言われる割には、とても丁寧な運転だわ……速度制限きっちりしか出て無いもの」

「法定速度を守るのは普通だろ」

「……ふふ」

「な、なんだよ。その含み笑いは」

「今度、護堂には私の御付きメイドの運転する車に乗って貰おうかしら?」

「……今の話の流れだと、そのメイドさんが、何かしら無茶な運転をするのか?」

「ええ、その通りです。少し、面白い運転技術をしている子なのよ。今回はまつろわぬ神絡みだから連れて来ていないけれど、普段はその子に運転手を任せていますから」

「ふうん……面白いねぇ? サルデーニャの件が終わったらエリカと一緒に行動することがあるか分からないけれど、機会があるなら乗ってみるかな」

 

 無茶な運転か。少し占ってみよう……運転に対して大凶とな? クレイジータクシーかGTAみたいな挙動でもしないと、こんなの出ない筈だぞ? メイド運転、どれぐらいとんでもない代物なんだ。

 

「……少しばかり面白味の無い乗物じゃな、現代の人の子が使う馬は。生命の息吹と共に、大地と草原を駆けてこその移動じゃろうてからに」

「チッチッチ、それは違うよウルスラグナさん。全然分かってない。お馬さんと一緒に、土の上をパカラパカラするのは面白い。それは分かる。けどね、この子達にだって生まれた意義と意味があるんだ。人の意志に応えて、エンジン(心臓)を動かす鋼の馬こそが、車の本質そのものだよ」

 

 4気筒の鼓動、カムシャフトやクランクシャフトの回転、噴き出す排気音の心地よさ。これらは馬と同じだ。ただ姿かたちが変わっただけのことで、物事の本質は変わっていない。

 しかし僕の言葉に賛同は出来ないのか、ウルスラグナさんは頷いてはくれなかった。むぅ、残念だ。

 

「私はウルスラグナ様に賛成ね。車は楽ではあるけれど、少し可愛さが物足りないもの。あのつぶらな瞳と、背中の逞しさは機械にはない愛嬌さですから」

「そうか? 俺には、普通に車やバイクの方が良いと思うけれどな」

「それは馬と普段接していないからよ。馬上で語らわないと、あの趣は理解し辛いわよ……護堂は、騎乗経験が無いのかしら?」

「ないな。そう言うエリカは良くあるのか?」

「もちろん。ブランデッリ家の淑女として、馬上稽古の一つぐらい嗜みますので」

「それが嗜みになるなんて、とんでもないお嬢様だな。ブランデッリが名門とは聞いたけれど……とてもじゃないが、俺みたいな一般庶民とは大違いだ」

「一般庶民? ……カンピオーネが?」

 

 護堂とエリカさんの二人は後部座席に座り、助手席にはウルスラグナさんが搭乗している。僕がルームミラーで確認すると、エリカさんは何を言ってるんだろうみたいな表情をしている。

 

「一般庶民だろ。草薙の家なんて、良くある日本のご家庭でしかないんだから……」

「はい、それダウト。確かにお金があるとか、歴史があるとか、そう言った観点からは普通のご家庭だけれど、家系図とか人間関係に目を向けたら全然違うじゃない。オリンポスの家系図や相関図並みに複雑なんだから」

「ギリシャの? ……とんでもないお家ね、それは」

「おいやめろよ! そもそもオリンポスがどうって、どういう意味だ!?」

「ゼウスを中心とし、数多の逸話を取り込みよった新興神話。あれの相互関係は運命の糸よろしく、雑多に絡まっておるからな。それに例えられるとは、我らが宿敵は普通ではない土壌で育まれたという事か」

「お前も何処で納得してるんだ! それにギリシャが多数からの新興?」

「新興……間違ってはいないね。ギリシャ神話は世界でも五指に入るぐらい有名な神話ではあるけれど、神話の整理や再編集が何度も行われているから。本当の意味で成立したのは、ローマ帝国が滅亡した紀元5世紀頃じゃないかな?」

「美殊様の御言葉に補足を加えるのであれば、起源そのものはとても古いことね。エーゲ海文明、つまりはミノア文明やミケーネ文明ね。彼らは印欧祖語民族を祖人とするアカイア人で、印欧祖語民族が信仰していた天空への畏敬を持ち続けていた」

「印欧祖語民族が信仰していた天空神の名はデウス。ギリシャ神話のゼウスの原型になる神様だよ。このゼウスを中心に、色々な民族が争いまくったギリシャでは神話が編纂されていった」

 

 ミケーネが崩壊し、海の民やら何やらがギリシャに到来しまくる時代だ。この時代がいわゆる暗黒時代と呼ばれるやつで、文字による情報が殆ど残っていない。その間に、神話は口伝で伝えられていく。人から人に、渡り鳥のように。

 

「きちんとした文字として編纂されたのは、ホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』として描かれた紀元前八世紀頃。このころになって、ようやくギリシャ神話は、僕らが良く知っている形になってきた。そこからちょっとだけ時代が進み、ヘシオドスが今度は神様設定集『神統記』を執筆する。でもこの時代にまで進むと、今度はポリス国家ができ始めていたことで、多数の神様がギリシャには集まっていた」

「ポリス国家? てあれか。多数の都市国家が集まったやつ……だよな?」

「それであっているわ。ギリシャの地形は複雑、かつ険しい山脈が多いから、どうしても都市ごとに別々の国として成立しやすいのよ。それを取り纏めたものだから、ギリシャの神話には他の神話からのエッセンスが多く混ざっている。それこそ私達がこれから会いに行く、バアルも混ざっているわ」

 

 バアル……旧約聖書にも記載された嵐の神。ユダヤには悪魔として貶められたり、散々な扱いもされやすい古代の神王。それがバアルだ。

 

 車内の空気が少し重くなる。ウルスラグナさんですら、困ったような顔だ。僕はそれを吹き飛ばしたくて、話題を変えることにした。

 

「それにしても、エリカさんと護堂は少し仲良くなったね。少しだけど、敬語が抜けて来てる」

「あ、そういえばそうだな。なんでだ?」

「そうね……護堂が、案外可愛らしいところもあるからかしら?」

「どういう意味だよ、それ」

「だって、ペットは飼い主に似るって言うじゃない? なら、いう事を聞かずに尻尾をぶんぶん振るフェンリルと、護堂はそっくり。そう考えたら、可愛いものでしょ?」

「俺はあんなにアホじゃない!!」

「だそうですが……美殊様。どうでしょうか?」

「うーん……」

 

 護堂が待てが出来ない駄犬かどうか、か……待てが出来るタイプじゃないな。そんな物分かりが良い人物に、神の討伐など不可能だ。

 

「あ、そう考えたら、駄犬って護堂にそっくりなのか! 納得!!」

「良かったわね、護堂。女神様から、護堂はペットそっくりだとお墨付きが出たわよ」

「な、納得いかねえ~……」

 

 ほら、よしよししてあげるわ。ガルルと唸る後部座席を見ながら、エリカさんはいい性格してるなーと感心する。まぁ、変に畏まられるよりは、今のようなやり取りをできる方が護堂好みの筈だ。

 そんなこんなのやり取りをしながら道路を進み、セッレンティとサンルーリの間にある、小高い丘の一部に車を止める。

 

「はーい、みんな降りて降りて。予定通り、今日はここで一夜を過ごすよ」

 

 僕の言葉に全員が車から出る。外は真っ暗闇で、人間には見通せない闇が支配する世界。僕やウルスラグナには、昼間と同じぐらいの感覚で見える程度の黒色。

 護堂も野生動物のように闇でも見通せる神殺しの目があるので、普通に地形が見えている筈だ。

 

「エリカは大丈夫か? 周りは、たぶんめちゃくちゃ暗い筈だが」

「大丈夫よ。暗視の術を修めているから」

「そっちも大丈夫そうだね……じゃじゃーん。どこでもテント~」

 

 僕はそう言いながら、ポケットからカプセルトイに使われる丸形のカプセルを取り出す。

 これを地面に投げつけると、一瞬でテントが立った。

 

「ここをキャンプ地とする! さぁどうぞ~。少し狭いところかもしれないけれど」

「ほう、中は見た目より広く作成されておるのじゃな」

「空間が拡張された魔法のテントだからね。結界術を応用して、外と中を切り分けたやつ」

 

 外観は1間x2間の小さなテントだが、中は総面積900平米。540畳まで拡張してある。言ってしまえば、これは持ち歩ける異界だ。卓越した神域の魔術師であれば、誰でもこの程度は朝飯前に作成してみせる。

 

「すごい魔術……一流の魔術師が、十数人で数か月かけて組み上げるような魔術具よ。これを美殊様はお一人で?」

「そうだよー。プロトモデルは3時間で組みあがったけれど、細かい意匠で悩んだせいで、最終仕上げに10倍の30時間も費やしちゃった逸品がこれ」

「……大地母神は魔女の源流。それを知っていても、今の話を聞いたら、錬金術師や術具の製作者は大半が発狂するでしょうね」

「おおい、美殊。この具材はもう刻んでおいた方がいいのか?」

「それはおいといてー! まだ寝かしたいやつだから!!」

 

 護堂の声が聞こえてきたので、食材にはまだ手を出さないように言っておく。

 ……街ではなく、丘でキャンプすることになった僕たち。なぜこんなことをしているかと言えば、ウルスラグナさんの神獣対策だ。

 

 各地に出現し、カリアリではフェンリルにボコボコにされた神獣は、元は軍神の神格の一部。それらはランダムに出現するのではなく、ウルスラグナとして統合するために、少年神を目指してやってきている。

 つまり街中に下手に泊まったりすると、神獣大パニックが巻き起こる。ならばいっそのこと、暴れても問題ない丘や平原で休んだ方がいい。と言う訳でテントで野宿することになった。

 

「にんにくとアンチョビとブラックオリーブを護堂は刻んでおいて。僕はその間にソースを作るから」

「はいよ……ところで何を作るんだ?」

「プッカネスタ。娼婦風パスタだよ。本場かつ地元食材だけで製作したプッカネスタを食べるのが、僕の夢の一つだったんだ」

「また変な夢を……おい。お前は何のんびりしてるんだよ、エリカ」

「何って……ご飯ができるのを待っているのよ」

 

 そちらに視線をやると、エリカさんはソファーに座って優雅に微笑んでいた。その笑顔にあの野郎……と護堂が釘を刺しに行く。

 

「ウルスラグナは軍神だから料理専門外で仕方ないとして、エリカは違うだろ。働かざる者食うべからずだぞ」

「はぁ……あのね、護堂。あなたは私のことを、なんと表現したかしら?」

「え? ……ものすごいお嬢様?」

「そうね。そう言っていたわね。では問題。そんなものすごいお嬢様が、料理なんてしたことがあると思う?」

「……つまり役立たずか。戦力外通告を出したくなるな」

「酷い言い草ね。卓越した味見役と呼んでいただきたいわ」

「とんでもなく良い風に言うな、こいつ……ん?」

 

 護堂が僕もエリカさんの方を見ているのに気がついたのか、包丁でちょいちょい指しながら──

 

「ほら、美殊も何か言いたいことがあるみたいだぞ」

「エリカさん……」

「は、はい!」

「……素人さんに握らす包丁はねえべさ」

「……どうやら私の勝ちみたいね」

「納得が……納得がいかねえ……」

 

 いや、これはマジだよ。やったことが無い人にやらせることほど、危ないことはない。それにプッカネスタは、人手が必要な料理じゃない。座って待っていてくれたらそれでいい。

 でもこの光景を見たらビビるだろうな、今日あったお偉いさん達。神殺しと従属神に料理させて、まだかなーと待つお嬢様を見たら。

 

「……心がつえぇ女なのか?」

「なんて?」

「なんでもない」

 

 あとはひたすらソース作って、パスタ湯掻いて、混ぜ合わせて盛り付けたら完成だ。

 

「パスタドーン!」

「とても美味しそうね。ちゃんとしたお店みたいな盛り付け」

「武の応用技だよ」

 

 鋼の英雄神は体を動かす天才だ。一度見れば大体は、二度も見れば動きを見稽古で完コピできる。有名店のシェフがする動きをコピーした僕にかかれば、この程度の盛り付けぐらいわけもない。

 

「それと飲み物はこれ。熊野印の発酵米ジュースだよ」

「こいつ、日本酒を持ち出してきやがった!」

「熊野印?」

「大地母神の権能で栽培した酒米を、これまた大地母神の権能でろ過した水を使った、最高の純米酒のことだよ」

「権能で造られたお酒……とても美味しそうね、それは」

「ウルスラグナさんもどうぞ。果実酒や麦酒と同じ自然由来のお酒なので、紀元前産まれの神格でも飲みやすいですよ」

「これはかたじけない。見た目は水のようじゃが、酒精の善き匂いがするのう。どれどれ……ふむ。芳醇さの中に、農耕……大地のしっかりとした味わいが含まれておる。ほのかな甘みの中に、酒精のひりつく感覚も味わえる。何よりも驚きなのは、余韻の深さじゃな。するりと滑り込むようなすっきりさがありながら、ずしりとした土の如き重みを両立させておる。それが酒に引きずり込むような、底なし沼の深みを与えておるわ!」

「軍神なのに食レポうまいな、おい」

「そんなに美味しいのね……あ、これは良い味わいをしているわ」

「ウルスラグナはまだしも、エリカは飲んだら駄目だろ! 未成年飲酒じゃねえか!!」

「イタリアの飲酒可能年齢は16歳よ」

「え? そうなのか……じゃあ、エリカは16歳だったんだな。俺の1個上か」

「女性に年齢を尋ねるのは野暮ね。ちなみに15歳よ」

「じゃあ同い年で、法令上呑んだら駄目なんじゃねえか!!」

「その法律、去年18歳で改正されてたような……ま、いいんじゃない? 護堂だって利き酒ができるくらい、一郎お爺ちゃんに吞まされてるんだから」

「良くねぇ……」

 

 護堂の前にもコトンとおいておく。プッカネスタを口に運び、いいお酒じゃなと飲む軍神とお嬢さまを前についに折れたのか、護堂もぐびりと一口飲んだ。

 

「……美味い」

「だろ~?」

 

 どや顔したら、護堂が恨めしそうにこっちを見てきた。ほれほれ、若者にはパスタのお替り追加だ。

 

 

 

 

 

 食事も終わり、そこからなぜか酒飲み共の場になったカオス空間。僕は体質の関係上アルコールで酔う事はないが、他はぐでんぐでんになってしまった。

 

「我は……最強にして……しょうり……」

「すぅ……すぅ……」

「助けてくれ……」

「あら~、エリカさんは寝る時裸族になるタイプか」

 

 僕が作成したアルコールなせいか、酔っぱらってうつらうつらしている軍神に、服全部脱いで護堂を抱き枕にして寝落ちしたエリカさんに、まだ意識はあるからこそ、同年齢の女子に抱きつかれて狼狽している護堂と三者三様だ。

 わぁ、エリカさんの寝顔が中々に可愛い。本当は写真に収めておきたいが、裸体を撮るのは忍びないのでやめておく。ゆっくり眠りなさいな。

 

「……今どんな気持ち? おっぱい大きい子に抱きつかれて」

「……助けてくれ」

「本当に余裕が無い時の声だな、これ……年頃の男の子にはきついか」

 

 エリカさんを座標指定して、この等身大サメぬいぐるみの方に転移させて、はい完了。

 

「助かった。あのままだと、俺がやばいことになってた」

「……そうみたいだね」

 

 僕が護堂の下半身を見ながらそう言うと、すごく罰が悪そうな顔で隠していた。恥ずかしがらなくても、正常な動作だよ、それ。

 

「……ちょっと体を冷やしてくる。頭もくらくらするし」

「外に出るならついていくよ。倒れる、はないだろうけれど、僕が造った酒で酔っ払っているなら、心配だからね」

「ああ、悪いな。それじゃ、肩を貸してくれるか?」

「それより持って行った方が早い」

 

 護堂を担いで、外まで持っていくことにする。僕と護堂には身長差がだいぶあるから、肩を貸すのが難しい。大地母神の神力を注いだ野菜や肉を食わせていたら、みるみる護堂は大きくなってしまったからね。今じゃ、身長が188もあるし。

 こちらは四捨五入してようやく160なので、30㎝以上は差がある。10㎝くれ、10㎝。

 

「おー、良い感じの星空だ」

「空気が澄んでいるおかげかな」

 

 テントの外に出たら、満天の星空が広がっていた。護堂を地べたに座らせて、僕はその隣にドカッと座る。

 

「……護堂は初心だねえ。女性の裸なんて、僕ので見慣れているだろうに」

「ごふっ!!」

 

 唐突に話題を振ったら、思いっきり咽ていた。おお、予想以上の良いリアクションだ。

 

「おま……ゲホ! それをここで……ふぅ……言うのは反則だろ!!」

「ごめんごめん、つい新鮮で……本能が敵じゃないと感じ取るぐらいにあれこれしたから、もう慣れたかなー? と思ってたけど違ったか」

「……思い出しそうになるからやめてくれ。今でも記憶に焼き付いているんだ」

 

 護堂と一緒にお風呂入ったりしたからねぇ……タオルを巻いて隠すとか、温い選択肢一切無しで。本能を騙すために、僕は全力を尽くした。

 

「……今だから聞くけれど、美殊は逆に良かったのか? 年齢差があるとは言え、男に裸を見られるのなんて、普通は嫌がるもんじゃないのか?」

「もっと年齢が若ければそうかもしれないけれど、実年齢アラフィフだぜ、僕? 若い感性なんてとっくの昔に消滅したよ」

 

 アラフィフなのは前世の年齢を足したらと言うだけなので、この体として生まれてからは20年だ。それでも自称としては、やはりアラフィフになってしまう。神の年齢としてはめちゃくちゃ若いが、人間としてならけっこうなお歳だ。

 

「僕は見た目が若いだけ。今更恥じ入るような、新鮮な気持ちなんてないんだよ……そういう意味では、エリカさんや恵那さんの方がよほど護堂と共感できるかもね。エリカさんなんて、明日起きたらきゃあきゃあ言うんじゃないかな?」

「……見た目だけって。俺なんかよりも、よっぽど現代の文明に馴染んでるじゃないか。なら感性だって、よっぽど若々しいだろ、そんなの」

「そう? そう言われて悪い気はしないねぇ……お? もしかして、今のは口説き文句だった?」

「え? ……! 違う! 俺が口説き文句なんて、そんな爺ちゃんみたいなことするわけないだろ!?」

「そうかな? 僕が見たところ、色んな女の子を口説いているような気もするけれど? 今日だって、自分からエリカさんを誘ったのを見て、戦々恐々としたんだぜ?」

「あれは……あれは口説き文句とかじゃなくてな……ただ、あのまま返したりするのも、なんだか忍びなかったんだ。美殊が写真を撮ったりして、けっこうな仕打ちをしていたから……」

「ふうん……優しいねぇ、護堂は。そう言うところが、女の子にモテる秘訣だぞ?」

「別にモテたって……それに口説いてどうするんだよ。だって……そういうのは、本当に好きだと思った相手にするものであってだな……俺は……」

 

 急に歯切れが悪くなり、護堂の言葉が止まる。それを見て、僕はしまったと思った。いらぬ言葉を口にしてしまったことにも気づく。

 

「……ごめん。僕が無神経だった」

「ほんとだよ、全く。俺がどう思ってるのか、とっくの昔に知ってる癖に」

「それについては……ごめんとしか言えないね、本当に」

 

 ウルスラグナさんに愚痴るぐらいだものねと、心の中で付け足しておく。僕の謝罪を聞いた護堂は、はぁとこれみよがしに溜息をついた。

 

「酒に酔ってるせいかな、いつもよりは喋りやすい……分かってはいるんだ。俺はまだ未熟で、ここで甘えたら駄目だってのは。それをしたら牙が鈍る気がするから……」

「そうだねぇ……まだ神殺しになって二年弱。喧嘩が嫌いだ嫌いだ、平和主義だと謳いながらも、気が付けば五柱も神を返り討ちにしたけれど、護堂はまだ今年で16歳だ。学ぶべきことは山ほどある……神殺しは寿命が長い。単純に生きるだけなら、神と同じく千年単位で生きるけれど、寿命死した神殺しは存在しない。全員、神との戦いか同族との諍いに敗れてその生涯を閉じている。本当に、学ばなければならない項目だらけだよ」

 

 常勝の戦士である神殺しも、本当の意味で常に勝てるわけではない。戦った神との相性から敗れる事もある。同族である神殺しとの戦いでは、そもそもどちらも隙を見つける鼻に優れるせいか、勝てるかどうかは運ですらない。

 それがあるからこそ、護堂はまだそれをするべきではないと本能で知り得ている。自らがもっと成長し、些事も大事も全て飲み干せるような益荒男になって、初めて許される筈だと。

 

 ……それは僕の方も同じ。

 

 僕の性自認は一応()()男性のはずだ……もっと時間が経ち、人間時代の価値観が完全消滅したら分からないが。

 だから現状では、僕は護堂に対して恋愛感情は無いし、護堂の方もそんな素振りは一切ない。だからそう言った関係ではないのだ。無いったら、ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……だからこそ、僕は願っている。こんな前世男性の良く分からないアラフィフ謎女神ではなく、同年代の可愛らしい子を捕まえて、普通のご家庭を護堂が築く事に。もはやこやつの感性や生き方だと無理だろうなとは思っているが、それでも切に願ってしまう。

 彼を闘争の生涯に引き込んでしまった愚者として……これからに祝福の言霊を授けたものとして。

 

 そこからは二人して、あれがこの時期にサルデーニャで見える星座だよなと他愛のない話に興じる。護堂と僕の間を、少し冷たい風が吹く。地中海気候とは言え、三月の夜はそれなりに冷え込む。日本よりはマシではあるが、それでも一桁台の気温の筈だ。

 

「もうちょっとこっちに来たらどうだ? そのノースリーブだと寒いだろ」

「ノープロブレム。蛇は冥界に関わる神格、冥府の寒さに比べたら大したことないぜ!」

「ああ、そう……なぁ」

「なに?」

「明日には、俺はまた神様と戦う事になるのかな?」

「なるんじゃない? ウルスラグナさんは見極めようとしてくれているけれど、バアルは違う。本当の意味でまつろわぬ神として顕現しているなら、初対面の護堂は、どこまで行っても仇敵でしかない。矛をおさめるなんて可能性に賭けるのも、あまり宜しくない。それに天空神の目的は不明だけれど、大抵は人類にとって不利益にしかならない事をするよ。見逃せば最後、人は死ぬ……それは護堂も良く知っている通り」

「そうなるよな……なら、ウルスラグナもそうなるん……だよな?」

「うん」

「美殊みたいに、まつろわぬ神にならないとかは──」

「それはないよ。僕は本当に、特殊中の特殊。例外の中の例外だ」

 

 最初からルールを逸脱して生まれて来た僕と、たしかな神話を核として地上に降臨しているウルスラグナさんは事情が違う。芋虫が成長したら犬になれぐらいの無茶だ。根本的に土台が別物過ぎる。

 

「残り三つの化身。それを取り戻したら、ウルスラグナは本来の神格とは程遠くなる。そうなったら……俺たちと少しだけでも行動した、人を守るために邪悪を討つ宣言をした守護神は──」

「いなくなるよ。そして、それを防ぐことは出来ない。神獣を完全に殺し切るには、ウルスラグナさん本体を抹殺するしかないから……そもそもの話、取り戻さなくとも、その内どうしようもない歪みが出る。少しずつ、少しずつ本来の在り様から外れていき、神話には縛られぬ存在へと変貌する。それが地上に顕現する、神のどうしようもないシステム」

 

 僕がそう告げると、護堂は少しだけ目を閉じて、すぐに開いた。

 

「心は決まった?」

「ああ。もしもあいつがそうなるなら……俺がしなきゃいけないことは決まったよ」

「そっか……それなら、準備をしておかなくちゃいけないね」

「準備? 一体何の──!!!!」

「何さ、その反応は。さっき、寒いだろうからこっちに来たらと誘ったのは、そっちじゃないか?」

「近すぎるんだよ!! この距離間はおかしいだろ!?」

 

 何を焦っているのやら。護堂の膝上に座り、真正面に向き合っただけじゃないか。こんなの友達の距離感だぜ? もうちょっと未来になれば、SNS上で男友達同士が悪ふざけしあい、このぐらいの近さでウェーイする動画とかがネット上に拡散されるようになるんだ。未来に生きようぜ!

 

「そもそも準備って……まさかあれか! あれをやるのか!?」

「やらないと、護堂の場合本領発揮が出来ないから仕方ないじゃん。恨むなら、ポンコツ魔導力の自分を恨みなよ。あと来る者拒まずな性格と、権能も弾くような強固な耐性も……こら、顔を背けるな」

 

 口づけ出来ないだろうが、全く。

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