前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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凡神なりの戦い方

 車を走らせること数時間。朝から山羊と鳳に襲撃される事件があったものの、そちらは特に何の問題もなく解決した。護堂にやらせてまた傷つけられては適わんと、ウルスラグナが風になって鳳を撃破し、山羊は僕が数発パンチしたらダウンした。だから神獣については特に何の問題もないのだ。

 もしも問題があるとすれば、予想以上に早く神獣が──十の化身が戻ってしまった事だ。

 

「ウルスラグナさん……大丈夫?」

「……何がじゃ」

「……ううん、なんでもない」

「そうか」

 

 短い返答。だが言葉の節々に棘があるのが窺える。今までと同じ柔和な笑みを浮かべているけれど、それを構成する中身が全く違う。車内にはピりついた空気が蔓延していて、護堂と僕はまだしも、エリカさんなど表面上は誤魔化しているが縮こまってしまっている。

 

 正義と光明の神、それがウルスラグナだ。されど同時に、彼は軍神。現在九つの化身まで取り戻したことで、力をだいぶ取り戻している。全快にはまだ遠く、6から7割程度だが。それでも……まつろわぬ性に呑まれるには、十分な量の力が戻った。

 時折ウルスラグナさんの目が護堂の方に向けられる。滲み出ているのは確かな敵意。彼がした約束、護堂が邪悪かどうかを見極める。その判定は邪悪ではない、だから討つに能わず……それをまだ守ってくれているからこそ戦端は開かれていないだけ。でも、それはいつまでも守られるわけじゃない。もう少し力が戻れば、すぐにでも始まってもおかしくはない。

 だからこそ、我は始められるぞとウルスラグナさんは言外で示してくれている。覚悟をしておけと。本当に、少しだけでも残った優しさで。

 

 護堂の方は目を瞑り、何も言葉を発しない。神殺しになる前、野球をやっていた時と同じだ。これから試合があるにしても、焦ったところで結果が良くなるわけじゃない。ならば、いつも通り自分らしさを出せばいい。そんな態度をしていた。それに神殺しの本能が教えてくれるのだろう……もはやこうなることは必然ではあったと。僕らと少しの時間だが語り合った善神は最初から消える運命で、まつろわぬ軍神へと変貌するのは決まり切っていた事だ。

 

 言葉もなく、僕らはオリスタノに到着する。そこで現地の魔術結社と話をして、タロス遺跡の方へと向かう事に。

 

「エリカさんは残って。ここから先は、僕らの領域だ……ついてきたら命の保障が出来ない。何かあっても、守ってあげられる保証は、これ以上は難しいから」

「ああ。エリカは残っていてくれ。ついてきたらどうだなんて誘ったのは俺だけれど、これ以上はやめておいた方が無難だ」

「それは……分かりました。御身らの御健闘をお祈りしております」

 

 チリついた空気の中に、これ以上只人をおいてはおけない。直接敵意を向けられなくとも、権能の応酬に巻き込まれたら命を落とすだけだ。エリカさんもそれを理解しているので、僕らの言葉を素直に受け入れてくれた。

 

「健闘か。俺は別に戦いに行くんじゃない。まずはバアル……ここだとメルカルト名義で顕現してる嵐の王と会話して、何がしたいのかを聞くだけだ」

「ことここに至っても、そのような甘い言葉を口にするか。我が宿敵の一人は、ほんとうに甘くて、温くて、戯言ばかり……くだらん」

 

 侮蔑の言葉を吐くウルスラグナさんは、けれど顔は笑っていた。もはや優しい言葉を吐くつもりはないようだが、態度ではそれで良いと現している。本来であれば善神そのものなのだ、ウルスラグナとは……

 

「行こうか」

「ああ」

「うむ」

 

 車はオリスタノにおいていく。ここからは徒歩だが、全員人外なので移動速度は非常に速い。全員でタロスの遺跡へと足早に向かう。周囲一帯からは、地元の魔術師や有力者たちが住民や観光客を避難させていてくれたらしく、僕ら以外に人の影は見えない。

 

 今向かっている遺跡は紀元前十世紀頃のもので、ヌラーゲ文明のものだ。いわゆる文字文化以前の先史時代の代物で、青銅から鉄の時代に向かうまでに興された文明。フェニキア人やローマからの侵攻により滅んでしまったが、彼らが遺したものは現代にまで繋がれてきた。

 

 僕らが目指すのはその遺跡の一つで、オリスタノから車で一時間ほどの森の中にある。遺跡群は風化してボロボロだが、まだ建物の名残だなと分かる形は保っていた。

 その一角に目を向ける。広場の中心から少しずれた位置、木々で隠された空洞へと続く道があった。

 

「あそこ……あの中にいるよ。地中海の神王、バアルが」

「そのようじゃな。ほれ、我らが近づいた事に気が付いたのか、早速仕掛けてきよったわ!」

 

 ウルスラグナが指さす方を見ると、蒼かった空に分厚い雷雲が急に発生し始めていた。そこからゴウッ! と音を立てて、土砂降りの雨が降り出す。前が見えなくなるほどの大粒の雨だ。僕ら全員の服は一瞬で濡れて、急速に体から熱を奪っていく。

 

「護堂こっちに!」

「ああ!」

 

 護堂が少し離れたところから駆け寄り、僕の手を握る。それと同時に、今度は雷撃が空から降り注いだ。一発や十発ではない。数十、数百の雷が束となり、地上にいる僕らを打ち据えようとする。

 

「くわばらくわばら!!」

「我は言霊の技を以って、勝利の聖句を謳おう!!」

 

 僕は雷避けの簡易呪文を唱え、横ではウルスラグナさんが山羊に変化した。古代世界では、角とは分かりやすい不可思議な力の象徴だった。角が生えていれば、それだけでこいつは普通ではないと印象づけられることから、宗教では力の象徴として扱われやすい。昨今の漫画などでも、魔王なら角が生えていたりする。この辺は昔も今も、考える事は変わらない。なんか強そうな見た目にしようとすれば、角を生やすのがお手軽だ。

 

 では角が生えている山羊とはどんな動物として決定されるのか。古代の力──つまり不可思議な魔術や奇蹟を引き起こす角の生えた神様となり、山羊に化身するウルスラグナさんは、この見た目になっている間、魔術神の如き魔導力を得る。それと山羊は天空神と結びつくことも多いせいか、どうやら稲妻を操る魔導力に特化しているらしい。

 

 僕の雷避けは字の通り雷を避ける術。僕と護堂の周囲に薄い膜が広がり、多数の雷を弾いてくれる。人間が使っても権能による雷を退けさせるほどの出力は出せないが、こちらは魔女の源流大地母神。僕が使うのであれば、魔術・呪術は権能と呼んでも差し支えないほどのものに変貌する。

 ウルスラグナさんはもっとめちゃくちゃで、雷の制御権を奪い取り、それを球の形に圧縮していた。

 

「くだらぬお遊びだな、偉大なるメルカルトよ! 神王自らが出向き相対せぬのであれば、我らの行く手を阻むなど不可能だぞ!!」

 

 ウルスラグナさんが天に吠えるように言葉を吐きだすと、ズズズと音を立てて森全体が鳴動し始めた。高さ数mの木々は神力によって巨大になり、蔓や根が僕らの方に向かって伸びてくる。四方八方から植物の群れが押し寄せてくるが──

 

「だからくだらぬと言っておろうが!!」

 

 山羊が創り出した雷球が発光し、溜め込まれた力を解放する。雷撃が飛ぶ、木に穴が空く。雷撃が飛ぶ、蔓が燃え尽きる。雷撃が飛ぶ、根っこが蒸発した。

 次から次へと植物が押し寄せてくるが、それらは僕らまで届かない。雷球の自動迎撃が一切を許さず、全てを灰塵へと変えていく。まぶしい。

 

「サングラスかけとこ」

「余裕あるな、お前」

「護堂もいる?」

「……貰っとく」

 

 雷球がミラーボールの数十倍眩しいせいで、目がとても痛い。通常よりも強く発光させることで、攻撃と同時に目を焼くような制御の仕方をしているようだ。目潰しと攻撃を同時に行えるのが雷撃や光線技の特徴だが、それをより攻撃的にしたやり方だ。やっていることはフラッシュバンみたいな感じか。僕も似たようなことをしたことがあるけれど、間近でやられたらこんなに鬱陶しいのか……今後も、積極的にフラッシュ! は戦術に組み込んでおこう。

 

 数秒の間雷が地上の木々を舐めつくし、雷球が消える頃には森の一角が炭の塊だらけになっていた。あーあ、これだけでどれぐらいの被害額になるんだろ。サルデーニャの自治体は、あとで被害総額に泣く事になるかもしれない。

 

「岩だな」

「地下神殿への入り口を、神力で作成した石で塞いだみたい。けっこう強固な仕上がりだね」

 

 僕がこんこんと叩くと、神基準でも硬い感触が返ってくる。これを壊すとなると、普通にやったら手間がいりそうだ。そんな風に考えていたら、どこからともなく声が鳴り響いた。

 

「ふはははは!!! 流石にやりおるわ!! このわしに傷をつけし軍神よ!! ……しかし一つだけ、残念に思う事があるわ!! なぜ貴様、我らが怨敵、神を殺した罪人と轡を並べておるか!?」

「これはメルカルトさんの声……だよね?」

 

 姿は見えないから、神力を使って風に声を届けさせているようだ。風を素材にしたスピーカーみたいな使い方だね、これは。

 

「いかにも! わしこそがメルカルトよ。バアルにバアル・ハダド。わしを表す名は数あれど、此度はメルカルトと名乗るのがもっとも通りがよいであろう。ハハハハハ!! ……さてさて。そこにおる軍神は知っておる。そこにおるのが、わしが誅すべき愚か者なのも……だが女神よ。貴様はなんだ? わしに名を名乗る機会をやろう」

「初めまして、メルカルトさん。僕は美殊。アルダーナリシュヴァラと呼ばれることもある身です」

「アルダー……ここから遥か東、そこの軍神の故郷よりも更に東の国で生まれし両性神か。そのようなものがなぜ、軍神や神殺しとおる?」

「僕はそこにいる神殺し、草薙護堂の相棒だからです。この羅刹王とは縁があり、その義により僕は彼と共にいると決めました」

「なに!? 神に反逆せしめし罪人の相棒だと? ……ククク……貴様、その言葉の意味を理解しておるのだろうな?」

「もちろん。神は神殺しと相対すべし。それが昔からの習わし……僕はそれに従うつもりがないだけだよ。神話や当然に背き、自らが思うように成す事を成す。それが僕らまつろわぬ神の在り様でしょ?」

「ほう? 確かに、確かに……貴様が言霊として吐き出したように、神話などくだらぬ鎖。定命と運命(さだめ)に縛られたか弱き人間の子らが創りし我らが縛り。それから解き放たれたのがわしらまつろわぬ神ならば、神元来の正しき様に背くのもまた道理か。納得に値する、が!」

 

 メルカルトさんの言葉と共に、周囲一帯の風が一気に強くなる。風速にしたら現段階でも、数十mはありそうだ。それがどんどん強くなり、人間の体どころか土の地面が捲れ上がるほどの暴風へと変わっていく。当然そうなれば、炭になった木々や地面に転がっていた石に岩。それらが当たれば人体をズタズタに切り裂き、破壊する砲弾として雪崩の如く降り注いできた。

 

「かむながら守り給う!! せいッ!」

 

 飛んできた木をキャッチして、一時的に神力を籠める。それを振り払えば、立ちどころに風は止まり数々の砲弾が地面に落ちた。

 

「値する、がなに?」

「わしはここいらを治めし神王。道理に従おうとせぬ愚かな蛇に、躾をしてやらねばならん」

「お生憎様。もう成人してるから結構だよ」

 

 べーと舌を出して、姿を見せないメルカルトさんにそんなのいらないと返答しておく。僕とメルカルトさんのやり取りを見守っていたウルスラグナさんは、随分なご挨拶じゃなと楽し気に嗤った。

 

「そろそろ出てきたらどうじゃメルカルト王よ! 我らが参ったのじゃ! いつまでも穴倉に籠もっておらず、姿を見せてみよ!!」

「神王たるわしに来いと命じるか! 流石に傲慢な軍神よ……己に相応しい敵来たれ、そう願いわしを叩き起こしただけのことはある」

「待て? 叩き起こした? あんたは自分から降臨したんじゃないのか!?」

「む? なんだ、神殺し。そこの女神曰く草薙護堂だったか。貴様、まさか何も知らず、その軍神めとおるのか?」

「それは仕方ないじゃろう。なにせ我は、つい先ほどまで記憶を失っておったからのう」

「……ウルスラグナさん。もしかして、軍神特有の俺より強いやつに会いに行く精神で、メルカルトさんを招来したの?」

「いかにも! まつろわぬ軍神としての我は勝利と闘争を司る存在。戦いこそを本分とする我には敵が必要じゃ。本気で相対するに相応しき敵が。だから願ったのよ、我が力を尽くすに足る敵を用意せよと。そう願いこの島に訪れ、三日三晩祈り続けてみれば、地中海の偉大なる王メルカルトが降臨しよったわ……まこと良き相手じゃ。我に敗北を与えるやもしれん、尋常ならざる大敵。これこそ真の闘争よ!」

 

 メルカルトさんのように、ウルスラグナさんはハハハと笑う。白い歯を見せつけるかのような笑い声は、今まで同じ声なのに、籠められた感情が全く違う。どこまでも自分本位が含まれた声に、護堂が顔を顰めた。ああ、そうか……そうなるんだなと表情に出ている。

 

「ウルスラグナお前……それでメルカルトを呼び出して、戦って、お前は引き分けたんだな」

「左様。流石は地中海最強の天空の主。常勝無敗をこそ正しさとする我が勝ち切れず、化身らに別れることになってしもうたわ……じゃが、まだ敗北したわけではない。まだ力が完全に戻ったとは言い切れぬが、これ以上メルカルト王を放置しては、お主らに横取りされるような気配がしよる」

「横取りも何も、俺はメルカルトと話をしに来ただけだって……あんたはウルスラグナに喧嘩相手として呼ばれたんだよな? それなら悪いけれど、こいつと戦うのはやめてくれ! あんたとこいつが戦ったら、周辺に被害が出るだろ! 幸い一回目はそこまででも無かったみたいだが、2回目も無事なんてことはないよな! 人間を巻き込むようなことはやめてくれないか!」

「わしと軍神が戦えば地形が変わる。それは神と神の戦いである以上、当然のことだ。だが被害が出たからなんだと言うのか。この島は元はわしが支配していた領域。多少島の形が変化するであろうが、それは致し方ない犠牲だ。それに人間を巻き込むな? 貴様は何を言うておる!? わしが不在の間、盗人のように住みついたのは人間どもであろう。それを洪水で洗い流し、一掃するのはわしの役目よ。巻き込むなも何も、最初から死すべき定めであろうが」

「……つまり、もう死ぬことが決まっているんだから、人の迷惑なんて考慮する気もないと?」

「当たり前であろう。古代では、人はわしを崇め奉った。その報いとして島に住まう事を赦し、繁栄と富を約束してやったと言うのに、いまや人間どもはメルカルトの名も忘れ、怠惰に暮らすのみ。王として、これを赦せば畏名に傷がつく。わしは王としての度量を示してやってもよいが、それは洪水を生き延びた人間に対してのみ。それを生き残れぬ弱者に、メルカルトの加護を与えるは不十分よ」

「……何千年も放置しておいて、帰ってきて早々家主みたいに振舞われたら、人間としてはたまったもんじゃないよ」

 

 まつろわぬ神の言い分は、いつだって人にとっては理不尽だ。なにせ蟻と巨象以上の実力差が存在する。だから、神が人間にまともに向き合う事なんて殆どない。酷い言い草に反発されたところで、プチッと潰して終わりだから。仮に人間が蟻に僕らを踏み潰さないでとお願いされても、家に入ってきたら潰すのと同じ。人と神とは、どこまで行ってもそんな関係でしかない。

 

 護堂に目配せする。これはどうしようもないよと。放置すればみんな死ぬ。メルカルトは嵐の神である以上、船や飛行機を簡単に叩き落し沈めることが可能だ。つまり、この神に島民全員の命が握られているも当然。

 ウルスラグナさんとの闘いにメルカルトさんが生き残れるかは分からないが、生き残れば脅威にしかならない。

 

 ……それはウルスラグナさんも同じ。彼は強いやつと戦いてぇ! が目的のようなので人間にはあまり興味が無さそうだが、ここを生き残り世界を旅すれば、その度に神を呼び寄せては戦い、周辺に害を出すようになる。

 結局のところ、まつろわぬ身となった神は放置できない。それが再確認出来ただけの、護堂の問いかけ。

 

「……草薙護堂。お主はメルカルト王の言葉を聞いて、さてどうする? お主が度々口にしていた平和主義者とやら、それをなお貫こうとするか?」

「いいや。これから色んな人を困らせようとするやつがいて、黙って見ているつもりなんてない。メルカルトを止めないと、昨日と今日、出会った人がみんな死ぬ。お前と一緒にサッカーした人や子供も、話をした魔術師も……エリカも。俺はそんなの、絶対に嫌だからな」

「そうか。そうであろうな。短い時とは言え、同じ釜の飯を喰らったお主は、そう言う羅刹王であろう……じゃからこそ、我とメルカルト王の戦いを邪魔させるわけにはいかん!!」

 

 言葉と同時に、ウルスラグナさんの手刀が護堂の首に飛ぶ。それを獣の直感で読んだのか、護堂は後ろに一歩下がって避けていた。

 それを追撃し、さらに軍神が踏み込む。その間に割って入り、僕はその手刀を受け止める。

 

「ウルスラグナさん!」

「退け、魔女よ! 大地の女神よ!! そやつは我の獲物を奪うと、はっきりと口にした。ならば我はまつろわぬ軍神として、宿敵たるラクシャーサを葬らねばならん! 神としての矜持ゆえにな!!」

「横殴りはご法度なんて、いつの時代の礼節さ!」

「それはそなたが鋼でありながらも、大地母神としての相を持つがゆえの軟弱さよ! メルカルト王を追い詰めたのは、我の腕あってこそ! 易々と奪わせるほど、まつろわぬ軍神は甘くはないわ! 我こそは最強にして、全ての勝利を掴む者! ラクシャーサを討ち倒し、メルカルト王の命を奪う軍神じゃ!!」

 

 グッとウルスラグナさんが腕に力を籠めてくる。化身まではしていないが、ウルスラグナさんに重なるように牛の姿が見える。牡牛は農業に使われてきた歴史を持つ、人間なんて及ばない力ある動物。その化身の力を宿せば、尋常ならざる怪力を得られよう。

 だが舐めるなよ。僕だって、鋼と地母と嵐の末裔。大地は力であり、鋼もまた征服する力。そして嵐は、全てを薙ぎ払う力だ。腕力勝負であれば、僕の方に利がある。

 

「諸天に礼拝される聖なる父よ。清浄なる光輝に満ち溢れる聖なる父よ! 輪廻の苦しみを断ち切る聖なる父よ!!! 僕に剛力を授けたまえ!!」

「ぬお!!」

 

 ウルスラグナさんの体を持ち上げて、僕は思いっきり投げ飛ばす。数キロ先まで飛んでいく。それを追おうとして、後ろから護堂に肩を掴まれた。

 

「すまん、美殊。あとは俺にやらせてくれないか?」

「……いいけど……それは男の子のプライド?」

「そうだ。あいつは俺に殴りかかって来たけれど、だからと言って()()を複数人で囲んで殴るのは少し嫌だ」

「友達か……たった一日とは言え、一緒に遊んだりご飯を食べたりしたものね……護堂にとっては、今もウルスラグナさんは友達?」

「当たり前だろ」

「友達をこれから殴ることになるけれど、それは良いの?」

「そのことについては、昨日決めたからな。もしも友達が馬鹿をするようなら、殴ってでも止めてやるって」

 

 グッと護堂が拳を握りしめていた。ならこれ以上は僕が出る幕じゃない。護堂の領分だ。

 

「なら行ってらっしゃい。気を付けてね」

「行ってくる」

 

 それ以上の言葉はいらない。護堂の体が光に包まれて、一気に疾走を開始する。後ろ姿が一瞬で見えなくなり──

 

「それは野暮だよ、メルカルトさん」

 

 護堂の背中を追い、打ち据えようと飛んできた棍棒を鋼化した拳で殴って弾き飛ばす。僕がいるのに、みすみす護堂に攻撃を通させるわけないでしょ。

 

「かの軍神めはわしの獲物でもある。それをどうこうするなどと言うのであれば、狩人としてわしは打ち据えねばならんからな。そも、神殺しを見過ごす理由もない」

「それがメルカルトさんの流儀なら仕方ないか。なら今の棍棒については、これ以上は何も言わないよ」

「おうとも……それで。ここに残った貴様はどうする? 神殺しが軍神の手で倒されるのを、ここから見守るつもりか?」

「まさか。そんなわけないよ……だって、メルカルトさん。僕にとんでもない殺気を向けて来てるじゃん。殺すつもりのやつを」

 

 ピリピリとした空気を肌に感じる。神王の殺意と共に、空気が帯電しているからだ。恐らく常人どころか、一流の魔術師でもここに踏み入れば、一瞬で黒焦げになるほどの電圧がかかっている筈だ。僕が平気なのは、電気抵抗を高めているからに過ぎない。

 

「これみよがしに殺してやるなんて気配を前にして、のんびり観戦は出来ないでしょ。それに、島を滅ぼしてやるなんて言霊を口にする神霊を放置するつもりもない。今が好機だからね」

 

 ウルスラグナさんと引き分けたらしいメルカルトさん。ウルスラグナさんは化身が分裂するほどのダメージを受けた。ならば、メルカルトさんも同様に相応の怪我を追っている筈だ。

 ようするに現在は本調子ではない。兵法の基本は、弱ってるところを叩くべし。神王メルカルトを簡単に叩きのめす事の出来るチャンスは今だ。ここを逃せば、非常に面倒くさい事になる。

 もしもここでメルカルトから目を離したら、治療のため逃げて潜伏するかもしれない。それがウルスラグナさんの相手を、護堂一人に任せた理由。神王とウルスラグナは同時に討伐するのが理想だから。

 

「東方の両性神よ。貴様は神と自覚しながらも、神殺しに協力しておる。これを見逃すは天空の王としては恥よ。ここで一つ、神としての手解きを授けてやるわ!」

「僕としては、容赦なく叩き潰せる理由をくれるのは有難いけれど、いいの? そっちはウルスラグナさんとの闘いの怪我、治ってないんじゃない?」

「ぬかせ! 貴様程度、片腕が動けば捻り潰せるわ!! そちらこそ、わしが手ずから創り出した要塞を崩さねば手はだせん。わしの築いた逸品、壊せるものか!」

「確かに。見たところ、かなり強固だからね」

 

 潜んでいる神殿を封鎖する巌は強力な城壁だ。入口だけでなく、ここの地下にある遺跡そのものがメルカルトを守るお城そのもの。城攻めとなれば、かなりの戦力を用意する必要がある。彼は傷ついて弱っているだろうが、城の強固さとは関係がない。

 

「これを破壊するとなると、普通にやれば大変だね……()()()()()()

 

 護堂にはできる限り使うつもりはないと言ったけれど、これを破壊するとなると普通の方法では駄目だ。対メルカルト専用の魔術を開発してじっくり攻め落とすか、攻城戦に特化した権能が必要になる。そんなものを用意している時間はないし、もたもたしていたらまた稲妻や暴風が襲ってくるだろう。

 

 だからもっとも手っ取り早く、簡単な方法を取る。()()()()()()()()()()()()()()()()。そのための言霊を僕は唱える。

 

「──万物万象は相克し、されど相生して調和し循環する。メビウスとクラインよ、陰陽となりて太極を成せ」

「なに? こやつの神力が膨れ上がって──!!!」

 

 『陰陽相済』の理念を使い、一時的に神力を強化(ブースト)させる。やっていることは単純で、大地母神と鋼の英雄神。二つの神力を体内でぶつけて、混ぜて、反発させて、最後に無理矢理融合させるだけ。

 鋼の英雄神は倒されるべき竜となった大地母神()を討つ存在。けれど鋼とは大地母神がいなければ生まれない存在。つまり鋼と蛇は神話上で対立する存在だが、同時に共存する関係なのだ。大地母神は英雄の母となり、成長した英雄は蛇から乙女を守る。典型的なペルセウス・アンドロメダ型神話の理論だ。

 

 それらを太極の理論で纏め上げる──鋼を男性の陽とし、蛇を女性の陰として調和させる。陰の中に陽があり、陽の中に陰がある。

 鋼は蛇を外敵から守り増幅させ、蛇は鋼を育てて成長させる。それをメビウスの輪とクラインの壺の理屈で無限に循環させて、体内に小宇宙を形成させる。そうやって増幅させた陽と陰の気を混ぜ、再び神力として戻す。

 これが僕の持つ一つ目の武器『陰陽相済』。そうして増やした神力を使い、二つ目の武器を起動させる。

 

「貴様、その力は一体!?」

「……僕は平凡だから。臆病で平凡な凡神だから、護堂みたいに勝ち筋を見つけるとか、まつろわぬ神のように経験値や強固なアイデンティティで不屈の精神とか、そんな方法とは無縁なんだ。プレイスキルに関係なく、レベルを上げて能力値で圧倒する。それぐらいしか思いつかなくてね……」

 

 狼との大敗で地上に墜ちた僕は、自らのアイデンティティを模索した。神の強さは自我の強さ、それを手に入れなければ、また同じようなことがあるかもしれないと臆病に怯えたよ。

 それで思いついたのがこんな方法。レベルを上げてぶん殴る、非常にシンプルな戦術だ。

 

「メルカルトさん、城塞の強度は完璧だよね?」

「なに?」

「一応確かめておきたくて。僕からみたら十分だけど、メルカルトさんから見ても十分な要塞なのか……そうじゃないと、大変なことになるから」

「貴様、何をするつもりだ!」

 

 稲妻や風が襲ってきたので、僕は転移魔術を使い遥か上空に逃れる。雲の上なので地上は見えないが、ポインターは置いてきたのでどこに撃ち込めばいいのかは見なくとも手に取るように分かる。

 

「何って言われたら、対地兵器の使用だよ──計算式よし。突入角度よし。被害予想よし──ごめんね、サルデーニャのみんな。被害は最小限に済ませるように使うから──装填(セット)急急如律令(オーダー)!!」

 

 増幅して練り上げた神力を回し、それを起動させる。遥か上空に持って来ておいた、第二の武器『獣と弾倉』に火が灯った。神力をエネルギーとし、人工衛星ならぬ神工衛星に搭載しておいた『神の杖』が超高速で射出される。

 初速による速度だけでなく、鋼全体に刻まれた加速の魔術式がさらに杭の速度を上昇させる。射出時点でマッハ20だった弾頭は、重力と術式により更なる速度を得た。厚い雲を貫通し、メルカルトが籠る地下城塞に着弾。

 

 雲の上にいる僕にすら届く轟音。続いて核弾頭を彷彿とさせるきのこ雲付の大爆発。見渡す限りの地形が丸ごと変化してもおかしくない極大の一撃は、されど直径500mほどの円形に地面が抉れただけで済んでいる。

 それでも地上で使うには度が過ぎた兵器だ。自分で作っておきながら、神具『獣と弾倉』の破壊能力には驚いてしまう。神具『弓と矢筒』の破壊力と万能性を再現するためとは言え、破壊能力を上げ過ぎたか?

 

 違う方向を見たら、遠く離れたところにウルスラグナさんと護堂がいた。護堂がこちらを指さして、怒鳴っている。声は全く聞こえないが、唇の動きを読めばこのお馬鹿! だろうか。

 

 ごめんね、護堂。これについては誰が悪いかと言えば、大地母神に兵器()を産み出す職能と、魔女の源流として魔道具を作成する才能を与えた誰かだと思うんだ。

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