前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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事前準備の大切さ

 言霊により編み上げられた、対ウルヴル用の霊刀。黄金の剣はウルスラグナを中心として衛星の如く周り、攻防一体の攻性防壁として機能する。

 

「くそ、全員簡単には近づけないか」

 

 護堂の狼を斬る、それだけに特化した神裂く劔は、複数体の神獣を易々とは近づけさせない。

 マーナガルムが背後から飛び掛かるが、自動で防御に回った剣に目を斬られた。

 ゲリとハティが左右から挟撃を仕掛けるも、光球を手に取り長剣へと転じたそれで切り伏せられ飛ばされる。

 

 攻めるも守るも自由闊達な万能の化身。数多の悪神を破滅へと導いた、猪と並ぶウルスラグナの鋼足る所以の権能は、護堂の狼を手玉に取っていた。

 非常に強力な権能だが、なぜウルスラグナはこれをすぐにでも使わなかったのか。その答えは、護堂がすぐに示してみせた。

 

「矢よ、光の矢よ! 輝く主の名のもとに、夷敵を打ち滅ぼせ!!」

「それは喰らう訳にはいかんな!」

 

 護堂が仕掛けた投擲を、ウルスラグナはギリギリで避ける。

 避けると同時に、四方から攻め入る狼らを剣で退ける。しかしその動きは無茶な動作だったのか、僅かだが動きが膠着する。そこに護堂から第二の特石。

 これは避けきれず、ウルスラグナの足を強かに打ち付けた。

 

「グッ! 狼共は剣でどうにかなりおるが、お主のそれはどうにもならぬか……あの魔女の名隠し。それさえなければ、その弓であろう力も切り捨ててやるものを……」

 

 ウルスラグナはぼやくが、仮に護堂の弓がなんなのかを解き明かしたところで、戦士の化身で破壊するのは難しい。

 なぜなら黄金に輝く剣の鋭き切れ味は、対神狼用に調整されたもの。弓を屑鉄に変えるためのそれではない。ここから弓を裂く劔に鍛えなおすのであれば、対象を変更する必要がある。

 

 それが今まで、戦士の化身になり鞘から対神兵装を抜かなかった理由。神力二つを同時に切り裂けぬ制約ゆえに、対神には頼もしい武器となっても、複数の神力を持つ対魔王には不十分な武装だからだ。

 それでもこれに化身したのは、護堂の動きをサポートする狼を潰さねば活路はないと軍神が判断した故。

 

「魔女たる女神、大地母神の加護……あやつはアルダナーリーシュヴァラと名乗っておったが、そちらも嘘であろう? 我の言霊で、屈服させられる予感がせん。蛇は一神教の聖典でも、始まりの人間を嘘で誑かした逸話を持つ邪悪。あやつは生粋の嘘吐きそのものよ」

「美殊に言わせれば、呪術と魔術の真髄は嘘らしいぞ? ヘルメスだかなんだかとか言う神様が、魔術を人間に教えた。それ以前の摩訶不思議な術は、人の感覚を騙す奇術と詐術の類。言葉と行動だけで人を縛り、不可思議を起こしたと錯覚させる。『嘘』こそが原初の呪いであり、だからこそ『言霊』は原初の魔術になったんだとよ」

「魔女らしい言動を……我と同じ、鋼が混ざっておるとは思えん」

「俺も同じ意見だよ。あいつの誘惑は本当に……」

 

 ウルスラグナの言葉に護堂は心底同意する。昨日だってそうだ! 孕ませがどうのとか、ふざけるな! あの瞬間、自らの精神を崩壊させていなければ、護堂は美殊を100%押し倒していた。

 そんなに誘惑するならやってやるよ! その精神で……

 

 それでも耐えた。耐えてみせた。美殊は全く気づいていなかったが、爪が手の平に食い込むほどに力強く握りしめて。

 ここでそんなことをすれば最後、どうしてか駄目だと思ったのだ。それをしてはならないと、護堂の直感が囁いた。

 だと言うのに、朝になったら裸の女神がこんにちはだ。それでも理性が堪え切れたのは、エリカの視線があったからこそ。

 あれが無ければ、あの瞬間に理性など焼き切れていたかもしれない。雄の本能が遠吠えをしている。苦痛であれば魔王としての本能で反発出来るが、快楽となると難しい。

 

 それをすれば、体は楽になると本能は何度でも吠える。目の前の雌を喰らえ、これは神だ! お前が手に入れた女神だ! 犯せ、侵せ、大地を征服しろ!!

 神殺しとしての本能はこれを敵だとは認識せず、されど蹂躙すべき女神だと声を荒げる。さぁ! さぁっ!!!

 

 黙れ!!!

 

 神殺しの本能など、あとから勝手に付け足されたもの。後付けのくだらない本能とやらが、俺の自我に影響するな。神力や権能によって得られた外付けのそれが、俺のやり方とあり様を曲げられると思うな。

 

 美殊をまだ襲わないと決めた。その意思決定を覆す権利など、本能にも理性にも在らず。草薙護堂と言う精神だけが、草薙護堂を突き動かすに足りえるのだ。

 人間の身で神を弑する反骨精神が、神殺しの肉体となり後付けされた神討つ本能に侵されるわけも無し。その程度で流されるような軟な自我で、蟻が巨象に勝つような奇蹟を起こすことなど叶わず。

 

 ……とは言っても、辛いのは辛い。ブラ姿で後ろから抱きついてきたり、そのまま耳元でゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロと謎に数字を呟く自称友達兼初恋相手を、あられもない姿にしたい誘惑に耐え続ける……とても辛い。

 教授や精神感応の時に、当人は全く自覚していないが、護堂の上に座ったり寝転がったまま、腰をくねくね動かしてくるのも酷い。そんなことをすれば、当然のように護堂の下半身は刺激される。刺激されれば当然反応する。すごく辛い……

 なんだったら、神殺し直後からの全てが辛い。当時まだ14歳になったばかりの護堂に対して、こうやって洗えばいいのかな? と自分の胸に泡を立て、そのまま少年の背中を洗いやがった女神がいる。

 護堂の草薙剣がそのせいで鋭き霊験を蓄えれば、へー女の子視点だとこれってこう見えるんだ? と、指でつんつんしたり、これも洗ってあげなきゃいけないねと大地母神らしく男の鋼を丁寧に手入れした。

 護堂が人生で一番心に火を灯して本能を焼いたのは、この時が最初で最後になればよかったが今も続いている。

 

 その苦労がゆえに滲み出た同意だったが、そこまではウルスラグナに伝わらなかったようだ。黄金の剣は容赦なく狼たちを切り裂いていく。

 それらを見ても、護堂は特に動じない。なぜなら言霊の剣が出てきた時点で、ウルヴルが破壊されるのは既定路線だから。

 

 ではなぜ破壊されることが確定しているウルヴルを、呪力を割いてまで全て召喚したのか。それは理解しているからだ。今もなお斬られ、串刺しにされる狼たちだが、あれらは本質まではまだ壊されていないと。

 なにせ権能の本体と言える神格の力は、護堂の中にある。これが壊されない限り、本当の意味で権能を裂くには至らない。

 だからこそ、狼だけでなく護堂にも多数の剣が殺到する。それらは全て、スコルとガルムが盾となり受ける。

 

「お前の剣は怖いけれど、俺に届かないなら意味がないぞ!」

 

 黄金の剣、神格を破壊する劔は、しかし欠点も抱えている。それは絶対的な破壊能力に乏しい点。これは剣が多機能に渡るが故の、どうしようもないデメリットだ。

 権能は神々の力であり、人間が使う魔術とは出力が段違いで違う。だが権能にも、捻り出せる力の限界値は当然存在する。

 最大上限を仮に100とするならば、黄金の剣は防御に30、攻撃に30、特攻性能に40と言った風に振り分けられている。

 すなわち多岐万能であるがゆえに、決定打とするには届かない。それが対メルカルト相手に黄金の剣を抜きつつも、ウルスラグナが神王を殺しきれなかった要因だ。

 

 だから今護堂がやっているように、巨狼の影に隠れられると剣が届かない。神狼達の体を貫き、背後に潜む魔王に届かせられるほどの貫通力は剣にないがゆえに。

 これが剣では無く槍であれば、まだ貫通すると言う概念で突破できたかもしれない。どうしようも無いほどに、相性の差が出てしまう。

 

「ならばこうするまでよ! 軍神、ウルスラグナが命ずる。言霊の義よ! 束となり、悪しき者らを打ち滅ぼせ! 我に常勝無敗の栄誉を守らせ給え!」

「そうくるよな!」

 

 数千の内、数百の剣が重なり一つの巨大な劔へと変貌する。

 

 斬!

 

 スコルの首が一撃で飛び、神獣の姿が煙のように消えていく。剣を集合させることにより、破壊力と切れ味を増大させる。護堂も剣が球の形をしているのであれば、もしかしたら出来るんじゃないかな? と思っていたやり方だ。

 だがこの方法は、ウルスラグナにとっても諸刃の剣。戦士の化身が使う黄金は刃物である以上、使えば使うほど切れ味が鈍くなってゆく。大量に束ねて使う切断をすれば、それだけ消耗の速度を速めてしまう行為だ。

 護堂が見たところ、大量にあった剣は明らかに数が減っている。最初の数量を10とするのであれば、既に6近くまでその量を減じさせていた。

 

「その使い方、あんたにとってもやりたくない方法だろうに……」

「たわけ! やらねば敗北を覚えるのであれば、やるだけのことよ!」

「……だよな。でもこれだけ数が減れば、狼は動きやすくなる! 今こそ奪え、プロメテウス!! あいつの神力、それを根こそぎ強奪するんだ!!」

「そうやすやすと喰らってやると思うてか!?」

 

 護堂はプロメテウスの指輪から蒼い焔を放出し、ウルスラグナに当てようとする。黄金の剣はあくまでもウルヴル用なので、プロメテウスに対する霊的防御にはなり得ない。

 必死に焔を避けようとするウルスラグナだが、狼5頭が焔の援護をする。黄金の数が減った事により、今までのように簡単に切り捨てられていない。それでもウルスラグナは複数の剣を集めて、さらにハティとゲリとマーナガルムが真っ二つに裂かれて死亡した。

 だがフェンリルを盾にしてフレキが特攻し、ついにウルスラグナの回避行動を止める。フェンリルは全身を串刺しにされて、光の塵となり消えていった。

 

「ありがとうな、フェン……これで終わりだ、ウルスラグナ! あんたの神力、全て貰うぞ!!」

「ぬおおおおおおおおお!!!」

 

 軍神の体が焔に燃やされる。燃焼剤に使われるのは、自らの神力だ。

 鳳が燃える、強風がプロメテウスに持っていかれる。このまま護堂が言うとおり、己の全てが奪われる。そう判断したウルスラグナは、黄金の剣を対プロメテウス用に切り替えようと決意して──

 

「ガォアアアアア!!」

「この……猟犬めがぁ!」

 

 フレキが軍神の体に噛み付き、全力でかみ砕こうとする。それを防げているのは、今もなお黄金の剣軍がフレキに襲い掛かっているからだ。

 だがフレキは消えない。なぜなら──

 

「主神に仕えし暴風の獣よ! 貪欲の名を示し、汝の敵を屠り啜れ!!」

 

 護堂が呪力を注ぎ込み、肉体の維持に当てているからだ。舌打ちを盛大にしたい気持ちを、軍神は全力で呑み込む。そんなことに労力を注いでいる場合ではない、なんとしても状況を打破せねばならない。

 このタイミングで対象を切り替えれば、プロメテウスに奪われる前に体に致命的な損傷を貰う事になる。だがプロメテウスを破壊せねば、偸盗の力で神力を奪われる。

 

 ならば! こうするまでよ!!

 

「プロメテウスよ!! 我は貴様の名を知っているぞ!! 人民に火を与え、愚かにも主神に盾突いたトリックスター! 先見の明と言う名の、無謀な貴様の行いを!!」

「二刀流か! 死に物狂いだな、お前も!」

 

 プロメテウスとウルヴル両方を同時に切り裂く!

 

 不可能を可能にする軍神の意地は、限界を超えて絞り出される。だがその代償は重く、ウルスラグナの残り僅かな神力が燃え尽きていく。

 それでもここを乗り越えれば、まだ活路はある! そう信じている──否。確信している。勝利の軍神の名は、ここで易々と潰えるようなものではないのだと!

 

「……勝利に賭けるその熱望には、流石に脱帽したくなるよ……だからこそ、ここいらで駄目押しさせて貰うぞ!」

「な……に?」

 

 護堂の手が自分の尻ポケットに突っ込まれる。そこから取り出したのは、一つの御守りだ。美殊から護堂に授けられた、見た目は何の変哲もない守護の札。

 しかしこの御守りに書かれた文字は、安産祈願や恋愛成就などではない。魘魅──呪い殺すの意が刻まれていた。

 

「吾は黄泉戸喫為つ。然れども愛しき我がなせの命、入り来ませる事恐ければ」

 

 美殊が仕込んだそれが起動する。御守りに納められた、ウルスラグナの髪の毛。一本だけだぞと渡されたそれを、躊躇なく呪いに利用した一撃。ただの一本だけであれば、ウルスラグナにとって脅威に非ず。されど、ああしかし──別の何かと組み合わせれば最後、神すら穿つ毒牙となる。

 それはウルスラグナに仕込まれたそれを──猪に含ませた、命を滅ぼし枯らせる猛毒を呼び覚ました。

 

「あ、ああ──

 ──ああああぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!!!!」

 

 今までの比ではない大絶叫が、ウルスラグナの口から洩れる。軍神の体を蝕むのは、奈落から届く怨嗟の声、声、声……お前も死ねと誰かが叫び続けている。

 臓腑が腐る、指が壊死する、目が失明する、髪が全て抜け落ちる。神の呪力に対する耐性も、神殺しと同じ。体内から焼かれれば、たちまち体は崩壊していく。

 

 何が起こった!? こんなものをいつ!? あの酒と食事か! だがそれならば、神殺しも人間の魔女も倒れている。そうウルスラグナは思考して──

 

「あああ……あの時ぃ! あの時かぁ!! 猪を治療した! あの時にぬけぬけと、我に毒を、あの娼婦めがぁ!!」

「僕娼婦じゃないよ?」

「来てたのかよ。メルカルトは倒したのか?」

「うん、これ」

「……なんだそれ?」

「メルカルトさん。捕まえたんだ」

「へぇー」

 

 いつの間にかガルムの上に乗っていた美殊に、護堂は少し疑いの目を返す。娼婦じゃないのにと繰り返す女神にたいして、護堂は信じられない者を見る目をしていた。もしも護堂に知識があれば、お前は間違いなくサキュバス(リリス)だよと返しているだろう。あれもまた、大地母神の系譜故に。

 

 そんなやり取りはいざ知らず、軍神は呪いの声に蝕まれる。

 牡牛が毒に泡を吹いて倒れた。雄羊が治す暇もなく、全身に青あざを浮かばせて病死した。猪の脳が沸騰し、目を破裂させて脳が弾け飛んだ。駱駝がタフネスさで凌ごうとするが、全身の細胞が壊死して腐り果てた。

 本来であれば初手からこの毒を使われた所で、ウルスラグナは雄羊の化身で対処しただろう。まさにこの瞬間、ここで使われたらどうしようもないと言うタイミングでの呪いだった。

 

 それを見ながら、護堂はこれ大分卑怯だよなーとは思うが、それで手を抜く気はない。そもそもの話、あの時護堂が狼を召喚し、猪を打倒した。あの瞬間から、既に美殊の仕込みは始まっていたのだ。

 

 美殊はウルスラグナの化身が半分ないのが分かった瞬間に、一通のメールを送信した。それは護堂相手のメールであり、電子機器に疎いウルスラグナが気づかないメッセージのやり取りだ。

 そこにしたためられていたのは、護堂の権能で化身のどれかをボロボロにして欲しい。そんな内容だ。護堂がこれでもかと攻撃して化身を破壊すれば、ウルスラグナは自分に戻すのを一瞬躊躇うだろう。そこで美殊が提案するのだ……()()()()()()()()()()

 占いにしてもそう。本当は髪の毛など必要がない。なにせ占うのはウルスラグナの化身が来るかではなく、港に災いが来るかどうかだ。そんな凶事の予知に、どうして軍神の髪の毛がいるのやら……

 

 それに最後の最後で、ウルスラグナは気づいたのだ。『蛇』は大噓つき。真の呪いとは、そうかもしれない、そうなのかもしれない。不可思議な呪力も神力も必要ない。ただ言葉があればそれでよい。ウルスラグナに『髪』がいると思わせた。あの狼による猪蹂躙が、全て仕組まれた茶番劇。

 なぜならあの戦闘、別に狼に戦わせる必要などなかった。まつろわぬ神としての力を持つ、美殊一人で事足りた筈だからだ。

 それでも護堂にお願いしたのは、ちょっとやんちゃなわんちゃんにボコボコにさせれば、やり過ぎても不自然には見えないから……予想以上に大暴れし過ぎて、美殊も慌てまくったのは内緒だが。神殺しはいつだって予想を超える。

 

 だから、そう。一言で言えば、美殊は最初からこうなることも想定に組み込んで動いていた。ウルスラグナが誤解するように、そうなのだなと思い込むように……『人間』の悪辣さで騙して。

 人の臆病さと慎重さを、神の力で振るう鋼の牙持つ嵐の蛇。それが持つ脅威の高さを、軍神ウルスラグナはその身で体感させられていた。

 

 その間にも、プロメテウスはウルスラグナの神力を奪う。フレキは戦士を奪う前に力尽きて死亡したが、厄介な黄金の剣は剥奪した。十全であればそうなる前に偸盗の力を切り裂いたのだろうが、美殊の呪いにより全身を針で突き刺されるかのような激痛を味わう軍神に、もはやそこまで回るほどの気はない。

 

 暫くすると毒がようやく治まったのか、ふらふらになりながらもウルスラグナは立ち上がった。けれどもその姿は、美少年と呼ぶべき軍神の姿ではない。

 頬は痩せこけ、手足は餓鬼の如く細く枯れ枝のよう。髪は抜け落ち、両目とも腐り眼窩から抜け落ちてしまった。

 

 肺やその他の臓器が致命的な損傷を受けたのか、ヒューヒューと音が漏れる呼吸音。

 

 どう見ても死に体としか言えない様だ。美殊が用意した地母神すら侵す呪詛。それに体内から焼かれたことで、五畜……雄羊、猪、山羊、牡牛、駱駝が再起不能に。

 プロメテウスの偸盗の力により、戦士、鳳、強風、白馬が護堂の手に渡った。もはや残された化身は少年のみ。

 

 それでも──

 

「我は……最強にして……雄弁なるもの。我が言霊は──潰えず……」

「もうやめろよ。どう見たって決着がついただろ! そんなに負けるのが嫌なのか!」

「当たり前……であろう。我は勝利、敗北は……あり得ぬ。全てを尽くし、それでも、なお、届かぬして、はつのはいぼく……よ」

 

 枯れ脚でウルスラグナは立ち上がる。不屈の精神と、折れない心。神の強さとは自我の強さ、自らが何者なのか、それこそが強さを支える。

 どこまでも、ただ死力を尽くす。死なぬ限りは一直線に……まつろわぬ軍神とは、どこまでもそう言う者なのだ。

 

 それを見て、護堂は──ならとことんまで、友達が納得するまで付き合ってやるさと手を伸ばした。

 

「たしかこうだったな……我は言霊の技を以って、世に義を顕す。……これらの呪言は強力にして雄弁なり!強力にして、勝利をもたらす!」

 

 プロメテウスが奪い取った軍神の神力。それを解放し、護堂は知恵の剣を打ち鍛える。素材とするのは、美殊から貰い受けた軍神の有様。彼が辿った歴史そのものだ。

 

「俺はあんたを知っているぞ。ウルスラグナ……あんたがどんな神様なのかを、誰よりも知っているぞ!」

「させん……我から奪われた戦士の力よ! 言葉に従い戻れ!!」

 

 ウルヴルを切り裂いたのと同じ、言霊の黄金が無数に空を舞う。それらは少年の戦士を取り戻さんとする、命ずる言葉をズタズタに引き裂いていく。

 もはや軍神は目も見えぬ。耳も片方は聞こえていない。喉は一呼吸するだけで酷く痛み、血の粒が言葉と共に吐き出される。

 それでも少年は謳う。己の勝利をどこまでも信じて──

 

「古代世界、軍神ウルスラグナが誕生したのは、ミスラから戦闘神としてのあり様が分割されたからだ。これは有名な話だが、ウルスラグナを構成したのは何も軍神としてのそれだけじゃない! 相手を殴り倒すような野蛮さだけが、決してお前を形作ったわけじゃないんだよ!!」

 

 邪悪を見定めると言った善神。人の中に混じり、サッカーに興じられるような親しみやすさ。酒に酔い、船を漕ぐような陽気さ。それらは闘いには必要のない要素。

 それでもなお、彼がそうなったのは──

 

「ミスラから分割されたウルスラグナだけど、彼は彼で人気者だった。十の化身の内、どうして彼の化身がああも獣だらけになったのか? 軍神に、どうしてそんなものがいる? ただ戦うだけの概念であれば、黄金の剣を携えた最強の戦士だけで事足りる。だけどそれはされなかった! お前と起源を同一とするインドの戦士、天空の王インドラが原因だ! ゾロアスターが説くのは、道徳の正しさと正道の尊さ。だがそれには、暴力の醜さだけでは駄目だった!」

 

 紀元前16世紀頃から編纂され始めた『リグ・ヴェーダ』。ヒンドゥーの神々に捧げられた賛歌が収められている。

 ここでは天空の神にして、偉大なる英雄神インドラには多くの賛歌が贈られた。その数実に25%以上。それだけ信仰された偉大なる鋼の神は、しかし後年には軽視され衰退していった。

 代わりに台頭したのはシヴァやブラフマーといった神々だ。その中でも最大の一派となったのは、ヴィシュヌ神。輝くものだ。かの神が最大の派閥となった要因は、その職能にある。

 すなわち救済と愛。そして十の化身に変化し、時には人に紛れて過ごす親しみやすさ。それこそがヴィシュヌ神をヒンドゥー最大の神として押し上げた理由そのもの。

 

「必要なのは親しみやすさだ。決して暴力と屈服だけの神格にあらず! だからウルスラグナには、ユーラシア大陸で育てられてきた家畜──馬、牛、羊、山羊、駱駝、全て合わせて五畜! これらが取り込まれた。家畜とは人類を助け、支え、日常の友としてある存在。戦闘神としてだけじゃない! 日常生活の中にもともにあるんだ! だからこそあんたはまつろわぬ身ではない時、本来の神格が出てくれば人の中で生きていられる……善なるものとして、俺たちと一緒にいた時のように!!!」

 

 護堂の剣がついにウルスラグナに届く。手を切り裂き、足を切断し、さらに少年の化身が使う霊妙なる言葉の力も破壊する。

 物理的に手足を落とされたウルスラグナは重力に従い地面に転げ落ち、とうとう動かなくなってしまった。

 言霊で浮かび上がろうとするも、その神力すら破壊されている。だから──ああ。

 

「──われの……はいぼく、か」

 

 それをようやく受け入れる。文字通り全てを使い切った。地母の猛毒や仕込みなどはあったが、結局は気づけなかった己に落ち度があるとウルスラグナは酷く落ち着いていた。

 

 そこに護堂と美殊も近づいていく。護堂はもう特に警戒はしておらず、美殊は良く見たら攻撃魔術をこっそり発動待機状態にしている。もしもそれが見えていたら、本当に臆病な鋼の女神じゃてとウルスラグナは笑っただろう。

 

「……満足したか?」

「メルカルト王との決着が付けられなんだのが少し心残り……ああ……満足じゃ」

 

 神王との決闘が消化不良に終わってしまったが、それを補って余りある戦いが出来た。全てを絞りつくせる闘いではあったのだ、間違いなく……ならば、これ以上は要求し過ぎにもほどがあるだろう。

 だからウルスラグナが言葉にするとすれば──

 

「お主は……我に打ち勝った、が……権能のさんだつは……できんじゃろうな」

「ウルスラグナさんが弱っていて、そこに僕の駄目押し猛毒があったから?」

「まじょか……われ、おぬしだけはすこしきらいじゃ」

 

 猛毒がよほど堪えたのか、美殊に対しては毒を吐いておく。

 

「権能なんか別にいらないだろ。今持ってる分だけでも、俺は持て余しているんだ。これ以上増えたところで、どうしろって言うんだよ」

「それは……こまるのう。しょうしゃがなにも、など、さびしいでは、ないか……あのかみごろしの、母が……なにをあたえるか、きめるのは……」

 

 神殺しの権能簒奪。それは神具『簒奪の円環』が使われる。神の死体を生贄に捧げ、新たな権能を神殺しに付与する儀式を行うのだ。

 だがそれを決めるのは全てパンドラの意志だ。かの女神が納得しない限りは、簒奪の儀式は行われない。

 だからこの戦いは、パンドラが納得するそれを逸脱している。美殊がこれでもかと事前準備をして、護堂が与えられた手札を十全に使いこなす。それだけの戦いに、どうしてパンドラが満足できようか。

 

「ウルスラグナさんは、護堂にならあげてもいいと思ってるの?」

「そう、じゃ……われに勝った戦士に、じょうしょうむはいをくだしたらせつに……われを友などと呼んだ、愚か者に、贈り物、じゃよ」

「要するにプレゼントだね。それなら貰っておいたら? 友達の好意を無下にするのは、護堂としても苦しいでしょ?」

「そりゃあ、そうだけどさ……でもパンドラさんが与えてくれないのであれば、どっちにしろ無理なんだろ。好意だけでも貰っておくよ」

「ふーん……つまり無理だから好意だけ。逆に言えば、無理じゃなければ受け取ってもいいんだね」

「それは……そうなるだろうな」

「よーし、言質は取ったぞ~」

「は?」

「な、に、を?」

 

 護堂とウルスラグナが困惑する中、美殊は柏手を一つ打つ。その瞬間に、美殊が以前仕込んでおいたそれが起動した。

 

「これは……俺の中に、何かが入り込んで!?」

「まさか……われの、ちからが!?」

「そうだよ。パンドラさんが円環を回さないのであれば、()()()()()。『簒奪の円環』を! ……回れ廻れ、急いで舞われ!! 神贄として狂舞せよ!! 汝の名前は簒奪なれば!!!」

 

 パンドラと同じく大地母神にして『与えるもの』の相持つ女神が、遠く離れた神具の制御権を強奪した。




火の言霊「出番は?」
護堂「いらなかったな、魔導力」
美殊「準備したものは使い切るんじゃなく、余るぐらいがいいんだよ?」
パンドラ「与えられないわ」
美殊「ランサムウェアをえいっ!」
パンドラ「あああああああああ!!!!」
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