前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
「ここ、どこ?」
幽世からなんとか逃げ出して、狼共の魔の手から辛くも脱出した僕は、不死性の権能やらが機能停止したことで瀕死になってしまった。
そのまま地上世界に落ちて……確か誰かと話をした覚えがある。なんか病院がどうとか。
そこで僕の記憶は途切れて、目を覚ましたら知らない天井だった。
「ここは病院? ……では無さそうだね」
人間だった頃の記憶は薄ぼんやりとしているが、病院とはこんな民家の天井としか言えない木製のそれでは無かった筈だ。
……人間だった頃。そう、僕は元人間だ。今は神の一柱として生きているが、僕には生前の記憶がある。
どこにでもいる平々凡々とした人間で、どうして死んだのかも知らない。いつものように床について、目を覚ましたら新しい両親とこんにちはだ。
僕の新しい両親は神様だった。それもマイナーな神格ではなく、両柱とも生前の僕が住んでいた日本では超が付くビックネーム。
僕が新しく生まれた世界。ここは僕が知る世界ではない。地球という星があり、太陽や月があるのは同じ。地上世界には日本もあるらしい。だが違う。僕は死んで転生した際に、どうやら並行世界を渡ってしまったらしいのだ。
僕が神として誕生した世界には本物の神様がいる。なんなら元居た世界では、御伽噺や物語にしか存在しない本当の魔法や魔術を扱うウィザードとかメイガスなんて呼ばれる人種もいるそうだ。
ついでに言えば生まれた場所は地球ではなく、地上と神話の世界の間にある世界。生と不死の領域と呼ばれる霊界のようなところだ。
そこで両親と共に暮らし、そろそろ一人前なんだから一人で暮らしなさいと家を追い出され、のんびり暮らしていたら狼に襲撃された。
そしていまがある。周りを見渡してみれば、どうやら僕は畳の部屋で敷布団に寝かされているようだと気づく。
「これは……もしかして、あの時話した誰かが助けて介抱してくれたのかな?」
だとすると感謝しかない。あの時の僕は全身血みどろで、人が見たら不審者兼死にかけの良く分からない小娘だ。
それなのにこちらの意識朦朧とした言葉を受け入れて、その上自宅にまで運んで介抱してくれたのだとすれば、本当に感謝しかない。家の様子を見る限りでは、どうやらここは日本の民家だ。僕の知る日本と殆ど変わらないのは知っているので、法律上見た目が10代にしか見えない僕を家に招くのはリスクが大きい。
その辺を全て踏まえた上での感謝の念がこみ上げてくる。地上世界ならば助けてくれたのは人間に違いない筈。神様らしく何かしらの加護を上げたり、それか定命が尽きるまでの間ぐらいは一族を見守ったりして恩を返せばいいのだろうか?
そんな風に考えていたら、襖の向こうから足音が聞こえてきた。この家の住民が部屋に入ってこようとしているようだ。
襖が開き、そこに立っていたのは女の子だった。年は……10歳前後で、快活そうな瞳にロブぐらいの長さの髪の毛。ドアノブカバーみたいな髪留め──シニヨンキャップだったかな? をサイドに付けている。
顔立ちはかなり可愛い方で、もう少し成長したらきっと周りの男が放っておかなさそうな子だった。
「あっ! 起きてる!?」
「ええと……おはよう……でいいのかな?」
どんな挨拶をしたらいいのか分からないので、とりあえずおはようと返しておいた。
「お、おはようございます? ……お兄ちゃん!この人目を覚ましたみたいだよ!!」
僕の挨拶に疑問っぽい返し方をしてから、大声で誰かに少女は語り掛ける。言い方からしてこの子のお兄さんだろう。
暫くしたら女の子に続いて、10代前半ぐらいの男の子が姿を見せた。
「良かった、目を覚ましたんですね……体の調子はどうですか?」
男の子に体の調子と聞かれたので、手をグッパグッパしたり体を伸ばしたりして不具合が無いかを確かめてみる。特に痛みなどはない。
お腹に力を入れて丹田で神力を練ってみれば、全体総量の半分近くまでは回復している。蛇と鋼と空も十全に機能しているようだ。あのまま死ぬかと戦々恐々としていたが、神力が多少なりとも復活したことで蛇の不死性──超速再生も復活したことで、なんとか生きながらえたようだ。良かったよかった。
「問題ないよ……君があの時助けてくれたのかな? ありがとう」
にっこり微笑んで見たら、恥ずかしそうに顔を逸らしていた。この年代の男の子は初々しいねぇ……僕にもこんな時代があったのだろうか?
兄妹は草薙護堂と草薙静花と言うらしい。
幽世から落ちた僕は、どうやら河川敷に墜落したのだとか。それで死にかけの僕を護堂くんが見つけて救急車を呼ぼうとしたらしいが、僕の意向を汲んで呼ばないでいてくれたらしい。
呼ばれていたら実は面倒くさいことになっていた。なにせ僕の体は神様のそれだ。人間に見えるが人間ではない。地上の医療施設で治せるものではないから、お医者様に診てもらったところでどうしようもない。
下手をしたら宇宙人か何かと間違われて、解剖されるかも……なんてのは発想が飛躍し過ぎだが、それでも病院はあまり良い選択肢とは言えない。
なので、今みたいに民家で寝転がしておいてくれた方が都合が良かった。
「本当にありがとう、草薙くん。君は僕の恩人だよ」
「いや、恩人だなんてそんな……俺はただ、知り合いを探して、それでじいちゃんに運ぶのを手伝って貰ったりしただけだから。それに、看病とかもそんなにしてないし……」
詳しく話を聞いてみれば、結構な人が僕の介護に関わってくれたらしい。血に塗れてボロボロだった和服を脱がせたり、今着させて貰っている寝間着に着替えさせてくれたのは、友達との約束があるからと家から出ていった静花ちゃんのようだ。
「それでも、だよ。いきなり空から落ちてきた女性なんて放っておいてもいいのに、君は助けてくれた。それは美徳だから大切にしなさいな」
「あ、はい!」
「素直でよろしい……そういえばなんだけど、この家には草薙くんと静花さんだけしかいないのかい? 他に気配がしないけれど」
「ええと、じいちゃんと母さんが一緒に暮らしてます。ただじいちゃんは町内会の会合に出ていて、母さんはあんまり家に帰ってくる人じゃないので」
「そうなんだ」
「はい……あ、そうだ。そういえば俺と静花は名乗りましたが、お姉さんの名前をそういえば聞いていませんでした。なんて呼べばいいんですか?」
「僕の名前かい? 僕の名前ねぇ……」
……どうしたものか。僕の名前は聞く人が聞けば僕の出自と併せてあれ? と疑問を抱く要因になる代物だが、助けられた身で誤魔化すのはあまり良いことではない。
見たところ、草薙くんは神話どころか魔術や呪術に関わる家系でも無さそうだ。なら僕の名前と、僕が何者なのかぐらいは明かしても問題ない……問題ないよね? 問題ないことにしておこう。
「僕の名前は熊野美殊。美しいに殊と書いて、みことだよ」
「熊野美殊さんですね。美殊さん……は気安過ぎるか。熊野さんと呼んで良いですか?」
「別に美殊でも良いよ。その代わりに、僕の方も草薙くんじゃなくて、護堂くんと呼ぶことにするから」
「それじゃ、美殊さんで……その、一つ聞いても良いですか?」
「聞きたいこと? このタイミングでとなると……僕がどうして、空から落ちてきたのか、かな?」
「はい」
「まぁ、普通それが気になるよね。僕がどうして血塗れだったのかとか、どうして怪我をしていたのかとか、その辺の事情が知りたいよね」
「あ、言い難いことでしたら、別に詮索する気は無いです!」
「そんな気を回さなくてもいいよ。あー、でもどうだろ。どちらかと言えば、護堂くんが信じられるかどうかの話になるかも」
「と言うと?」
「実はね──」
「実は?」
「僕は神様なんだ」
「……は?」
護堂くんが何言ってるんだろうこの人みたいな目つきになった。うん、まぁそりゃそうなるよね。怪我をして死にかけていた人物が、急に僕は神様なんだと言いだしたら、どう考えても頭がおかしくなった人でしかないからね。
「……美殊さんは、その……なんて言えばいいんだろうか……」
「頭の病院に行った方が良いんじゃない?」
「そんなこと思ってませんから!! ほんとですよ!! 思ってません!!!」
「別に思っても良いんだよ? 身元不明の女性が、こんなことを言い出したら頭がおかしいとしか言えないんだから……地上世界の常識だとね」
「地上世界って。神様がどうとか、それってやっぱり話しがし難い事情があるからですよね? それなら、これ以上は聞いたりは──」
「百聞は一見に如かず。言葉で聞くより、体験した方が早いよね……吾が身は成り成りて成り合はざる処一処在り。我が身は成り成りて成り余れる処一処在り。我が系譜の祖にして母なる大地と空裂く鋼に、血と祈りを捧げ奉らん。この身に御身らの正道を授け給え」
かしこみかしこみもうすーと、不死の領域に還ってしまった両親に力を貸してーとお願いする。これで本当に権能を貸してくれるわけではないが、僕の中に眠る二柱の御力を叩き起こす言葉にはなる。
丹田から力が迸り、一つの形を成し遂げる。それは金属のインゴット。より正確には、黄金で出来たインゴットだ。
「はい。とりあえず、色々とお金を使って貰ったかもしれないから、僕なりのお礼を一つ渡しておくね」
「……え? ……え!?」
護堂くんは何やら驚いてくれていた。手渡してインゴットをしげしげと観察し、これまさか金? と声を漏らしている。
大地母神の力を持つ僕にとって、黄金錬成は難しいことじゃない。大地は金属を産み育てる属性を持つ。それに僕の中には鋼の力もあるから、それを呼び水にしてしまえば金属精錬は比較的簡単な部類なのだ。
「黄金は人類の歴史において、重要な鉱物資源。それを作成することぐらい、僕らにとっては朝飯前さ」
「僕ら……神様がどうとかって、それはもしかして本当のことを言っている?」
僕はその問いに、満面の笑顔を返しておいた。
これが僕と護堂との初めての会話。この後色々とあって、お互いに友情のようなものを築いて、そして……あれが起こり、彼の人生は随分と変わってしまった。
僕を追ってきた狼たちとの対決と、その顛末。海の森公園を更地に変え、羽田空港の3割ぐらいを破壊した神同士の戦い。最期の最後に狼に致命傷を与えた護堂は、僕が使おうとした呪詛の槍の反動により死ぬ筈だった。そう、死ぬ筈だったんだ。
「護堂?……」
ボロボロになった羽田空港のD滑走路のど真ん中に、護堂の体は転がっていた。僕より背は高いが、筋肉量などはまだ子供としか言えない体は至るところが焦げ付き、呪詛に焼かれた手のひらと腕は原型を留めていない。
誰がどう見たって死体にしか見えない。けれどその体は、目に見える速度で修復されていく。
「違う。治してるんじゃなく、壊れた体を作り直してる?」
「ええ、その通りよ。弑された巨狼の神力で、護堂の体は別物に生まれ変わろうとしているわ」
いつの間にか、競技場には僕と護堂以外の影があった。14歳ぐらいの少女に見えるが、僕の眼にはもう一つの姿が見える。20代前半ぐらいのグラマラスな女性が。
「地母神……印欧祖語以前の古い神格。シュメールよりさらに前。文字体系すら定かではなかった頃に誕生した女神。人類に益を齎す……木の実や獣の肉。それらは全て大地が人類に送り与えもうた命を育ませる文明の兆し。人類に全てを与えし女。そうか、あなたが僕の系譜の祖の1人。パンドラですね」
「そうよ! あなたの中には地母神、すなわち私や他の女神たちが連なっているわ! そういう意味では、ある意味私の孫になるのかしら?」
「孫……と呼ぶには、相当世代が離れてませんか? パンドラさんの原型が成立したのは、紀元前50万年以上前の旧石器時代。僕の方はと言うと、最新と言える神格。神が千年単位で生きることを差し引いても、ひいひいひいひいひいひいひいひい孫ぐらい離れてませんか?」
「永遠の20歳だから無問題よ!」
「わぁ、雑」
我が系譜の祖と言える地母神は雑だった。これぐらいの精神構造で無ければ、神殺しの母なんて名乗れないのだろうか?
……そして彼女が現れたという事は、そういうことなのだろう。
「草薙護堂は神殺しに……なる?」
「もちろん! この子はあなたの助けがあったとは言え、自らの力で困難を打ち砕いた。それがこの子達の特徴。自らの道は自らの手で切り開く、
「それは別に。神殺しになろうが、ならなかろうが、草薙護堂は草薙護堂だろ? 神殺しなんてただのラベルでタグだ。瓶の中身が変わるわけじゃない。それよりも……神殺しになる相の持ち主なら、彼の生涯は闘争と血で描かれるんだね」
護堂の傍に行き、僕は真新しくなった腕を撫でる。神殺しとは人の形をした獣だ。闘争の化身にして、暴虐の覇王。彼と短いとは言え接したことで、護堂が平和主義なんかじゃないことは理解している。たぶん安土桃山時代に生まれていたら、信長亡き後釜を秀吉から簒奪するようなタイプだ。
だから……なんとなく、ここで神殺しになっていなかったとしても、別のどこかで神に遭い、討ち、神殺しに変貌していたかもしれない。
だとしても──
「あなたが責を感じることではないわ。さっきあなたが言ったように、この子達は神殺しとなる前からその気質を持ち合わせる。遅かれ早かれ、私達の誰かと戦い、闘争の果てに返り討ちにして簒奪する。そんな子達なの」
「……慰め?」
「ええ、私の孫への贈り物よ」
「優しいんだね」
「直接の子ではなくても、あなたはかなり特別だもの」
「そっか。それは嬉しいね……」
そんな慰めを言われたとしても、此度の騒動は僕を追ってきた狼が原因だ。それに多数巻き込んでしまったことは事実で、護堂を神殺しの道に誘ってしまったのも事実。そうである以上は、どうしたって僕の憂いや心情は晴れやしない。
僕の内心を知ってか知らずか、パンドラさんは微笑むだけ。まるであなたは悩みたいなら悩みなさいと言っているかのようだ。
その微笑みは護堂にも向けられる。さっきまでは穏やかそうだったのに、今は苦しむかのように顔をしかめてうんうん唸っている。僕が擦っている腕は熱を帯び、手の平を通して高くなった体温が伝わってくる。
「苦しい? でも我慢なさい。その痛みはあなたを最強へ導く代償。甘んじて受けるといいわ! その痛みが消え去った時、ごどーはあなたより先に私の子供となった覇者たちの仲間入りをするのよ!!」
「楽しそうだね、パンドラさんは……人間の子が、僕たちに勝つのが楽しい?」
「ええ、それはもう! 不可能を可能とする。これ以上の栄誉と誉れがあるのかしら? ないわ!!」
テンションが高いなぁ、この旧き女神様は。僕の母も中々に古い神格ではあるけれど、あの神はあまりこういった雰囲気が好きじゃなかったから少し新鮮だ。
「さあ皆様、この子に祝福と憎悪の言霊を! ……と言いたいのだけれど、ごどーが倒したのは獣だから喋らないのよね。うーん……仕方がないわね。あなたからだけでも、この子に祝福と増悪の言霊をあげてくれないかしら」
「別にいいけれど、憎悪は贈らないよ? それでもいいなら……この先、護堂の人生は賑やかになるよ。何柱もの神に遭い、気がつけば死合うことになる戦いの生涯。僕が関わらなくとも、君の気質であればパンドラさんがいうように神殺しになったのだろうね……そのことに甘えるつもりはない。僕が関わったことで君が神殺しとなったのであれば、君の生涯が閉じるまで見守るのは僕の責務であり務めだ」
誰にもその責を背負わせるつもりはない。大人として、子供の成長を見守るように。彼が神々と争うのならば、僕にはそれを手助けする義務と義理がある。
「地上に君臨する神討つ魔王よ……僕を助けに来てくれたこと、嬉しかったよ。君のこれからに祝福を」
この身に流れる血に溢れし神のあり様。我が父『大黒天』と母『熊野牟須美』の威信にかけて誓おう。君の生涯が終わるその日まで、この手を離さないと。
……ここまでが僕と護堂の始まりの物語。いずれは誰かに語るであろう、草薙護堂が神殺しとなった物語の触りだ。