前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
奥多摩の山中から、転移魔術で港区まで移動する。
港区には東京タワーや芝公園、他にもテレビ局やラジオ局、大使館などが多数建てられている。それとは別に、もう二つ多い建築物がある。
それは神社や仏閣だ。これは広い境内を利用して、外敵に対する防衛拠点として活用するために建てられたからだ。
それだけでなく、江戸城が築城されると参勤交代が始まる。各地から多くの大名が集まれば、当然彼らの菩提寺などが江戸には必要になる。それに江戸は各地から人が集まり、最終的には100万人を超えた。それだけの人がいれば、各々が信仰する神や仏が必要になる。
当時の神仏とは、今でいう
他にも諸々の理由はあるが、ともかく江戸城を含む千代田区や、近い港区には神社仏閣が多い。
僕が目指すのはその一角にある、七雄神社だ。この神社は非常に分かり難いところにあり、知名度も低いため参拝客は年に数人いるかどうか。
しかし外観は立派で、上がるための石段も二百段と中々に重々しい。
知る人はなぜこんな立派な神社の知名度が低いのか? と思うらしいが、これは正史編纂委員会が意図的に情報を封鎖しているため。
なんせこの神社は祭神を奉るためではなく、武蔵野の地脈を保護するために建てられたもの。ちょうどこれが建っている辺りが、霊脈や地脈と呼ばれる土地に流れる霊的な流れの重要な分岐ポイントなのだ。
なのでこの神社、祭神はでっち上げだし、境内においてある由緒などが書いてある立札など全部出鱈目。お参りしたところで、何かしらの恩恵があるわけでもない。
……と言うのは二年前までのこと。現在は僕が祭神をしている。これでも大黒天と伊弉諾の娘なのだから、祭神ぐらいは務まるというものだ。ちなみに御利益は大地母神らしく、安産祈願や五穀豊穣。戦神として、受験に勝てるように学業成就なども職能としている。
えっちらほっちらと石段を上がれば、玉砂利が敷かれた境内に辿り着く。周囲を木々に囲まれた神社なので、沈殿の森の中に社務所がある。
僕を見た神職の方々は、委員会の職員らと同じように頭を下げ礼拝してくる。ここの祭神が僕なのだから、礼をするのは当然と言ったとこか。
別にいらないとは思うのだが、そうしたいと言うのであれば僕が口を出せる範囲でもない。
鷹揚に手を上げながら、目的の人物を探すことに。
するとその人物はいた。拝殿の前に立ち、一心不乱に何かを唱えている。
「かけまくもかしこき美殊のおおまえにかしこみもうさく……らせつのきみにしづみしおおかみのみたま、いまこそ合せ祀る御祭に奉りたく、大神のくしく妙なる大威徳をかからしめ賜び給ふ」
僕あての祝詞だった。また最初からかけまくもかしこきと始まり、念仏のように祝詞を口にしている。
その人物は少し小柄な人物だ。小柄と言っても、日本人女性の平均値からそこまで外れてはいない。僕と一緒ぐらいだ……つまり僕も小柄だ。悲しい……
僕の悲しき愚痴はさておき、祝詞を口にする女性は万里谷祐理。武蔵野の重要地点である七雄神社を預かる媛巫女だ。年は護堂と同じまだ15歳で、そんな重要地を任せるに足るような年齢ではない。
それでも彼女が任されているのは、才能がそんじゃそこらの呪術師とは雲泥の違いだから。媛巫女とは大地母神が零落した神祖の末裔なのは誰もが知るところではあるが、時折彼女らの中には先祖返りを起こす者がいる。
祐理は髪色が黒から亜麻色に近づくほどの、典型的な先祖返りした媛巫女。通常は1割以下しかない霊視能力が、まさかの6割もあるほどに優れた才覚をしている。ついでに貴重な精神感応の才も持ち合わせており、純粋な魔女としての才だけに限れば世界で三指に入る。
そんな媛巫女がこれでもかと祝詞を言葉にするのであれば、僕も応えたくなるというもの。
「我が威徳は恐れを抱く者のため守護となり、真心を捧ぐ者には力となろう。清き祈りと正しき行いをもって、我が御霊は汝の歩みとならん」
ちょいと指を振れば、少し曇りがちだった空の一部が動き始める。普段は鋼と大地母の力ばかりなので自分でも忘れそうになるが、僕には天空神の要素も取り込まれているから、この程度であれば朝飯前だ。
なにせ父親が、古くはルドラと呼ばれた暴風神……つまり嵐の神。嵐は災いを招きあらゆる全てを天から降り注ぐ稲妻と、岩や木を引き千切る暴風で破壊していくが、そのあとには雨による豊かな水と、雷によって豊穣の実りを与える。
これがのちにシヴァが破壊と再生の神となった理由だ。全てを破壊するが、されど壊すだけに止まらない。人に恵みをもたらすからこそ、シヴァはヴィシュヌに次ぐ偉大な神になれたのだ。
ブラフマー? あれはヒンドゥーであんまり人気が……梵天になれば中国仏教で人気にはなるのだが……
それと雷や稲妻が豊穣を支えるのは、放電により空気中の窒素を窒素酸化物に変化させ、土壌に吸収させやすくなるから。窒素は光合成を促進させて、茎や葉の成長を助けるのだ。
僕が雲を操作したことで、薄明光線が祐理さんを照らし、チンダル現象により光の粒子がチラチラと瞬く。
西洋ではヤコブの梯子や、天使の階段などと呼ばれる現象だ。傍目には神から力を授かる聖女の如き在り様で、事実神である僕がちょっと悪戯をしているので、彼女の祝詞は間違いなく届いたといえよう。
それでこちらに気付いたのか、祐理さんが振り返る。まぁ! と驚いた顔をしていた。
「お出ででいらしたのですね、美殊様。七雄神社を代表し、我らが祭神に帰依し奉りとうございます」
「そんなに畏まらなくてもいいよ、祐理さん。ごめんね、修行中のところを邪魔しちゃったみたいで……一生懸命祝詞をあげるのを見ていたら、思わず力を貸してあげたくなっちゃった」
「そのようなことは御座いません。御身に祝詞を捧げれば、それに応えて下さると気づかぬは私の無知ゆえです。また修練を積んでいたところを邪魔など……御身は七雄を守護する祭神。であれば、御身が我が修斎の妨げとなったのではなく、我が修斎が御身の眠りを妨げたと同義。美殊様に仕える巫女でありながら、申し訳ないことばかりです」
「うーん……」
かったい。凄くお堅い。普段はもっと柔らかいのだが、どうやら修練の最中だったこともあり、昔の生真面目さが顔を覗かせているようだ。公私混同をしないのは結構なのだが、今日はお土産配りがメインミッションなので、こうもお堅いとどう言う顔をして渡せばいいのか分からなくなる。
「……修練の方はどうですか? 私が与えた課題、少しはこなせるようになりましたか?」
仕方ないので、僕の方も師匠モードになっておく。私なんて公の場でしか使わないのだが、祐理さんが生真面目に対応するなら、僕もその流儀に則るだけだ。
「……申し訳ありません。御身の手解きを受けながらも、あまり芳しくは……」
「別に構いません。一朝一夕で身につくものではありませんから……少し見せてはくれませんか?」
「分かりました。それでは──」
そう言って彼女は目を瞑り、ぼそぼそと何かしらを口にした。すると中途半端に黒を染めたような薄い茶色の髪が、一気に亜麻色に染まる。瞳は茶と黒のそれから、玻璃色と呼ぶべき濃い紫混じりの蒼色に。人によっては、サファイアとも感じるであろう、宝石やガラスのような輝きをした目。
神祖帰りを起こしてる祐理さんの濃い血を意図的に自力で叩き起こし、霊力を増大させる御霊励起だ。
神裔特有の人とは違う眼であり、大地母神である僕の青目に近いそれだ。ただ僕とは違い、暗闇の中でも光るほどの異質さではない。この光量では、僕みたいに暗闇の中で眼だけが光る会議ごっこも出来ないだろう。
「……安定していますね。その身に流れる神祖の血、かなり制御ができるようになったみたいですね」
「御身の教えがあってこそです。それに安定とはとても……まだこの状態を、美殊様の加護無くしては、10分も維持出来ませんので」
僕の教えとは、字そのまんまだ。媛巫女の子達は千年以上前から保護され、神祖の貴重な血を受け継いできた神の末裔。媛巫女の子達は西洋で言うところの魔女が持つ特異能力がその分発現し易いが、代わりにこれと言う修練方法があまりない。
なにせどんな能力が発現するかは運しだいで、発現しても才能の問題で質もバラバラ。個人の資質に全てを委ねた能力の為、陰陽術や密教のような画一的な訓練方法が存在しない。
言ってしまえばマニュアルがないのだ。そのせいで、祐理ちゃんのように精神感応の素質がありながらも、それを活かす方法がない。才能が腐った状態だ。せめて先達の教えがあれば、少しは改善するのに……
いるさ! ここにな!! 先達どころか、大地母神そのものがな!!! しかも日ノ本では最大の大女神である、伊弉諾尊の神力を100%受け継いだ僕が!!!!
と言う訳で、僕は媛巫女の子達にこう使うんだよーと教えてあげている。正史編纂委員会から、けっこうな月謝を貰っているので断るわけにもいかない。祐理ちゃんの妹さんである、ひかりちゃんの禍祓いなどもマニュアルを整備してあげている。
人界では他に使い手のいない貴重な能力かもしれないが、大地母神としてその手の能力が僕にはフルで搭載されているので、どう使うかについては一番詳しいだろう。
「幽体離脱の距離は何キロぐらいにまで伸びた?」
「ここから千葉市や八王子市までは届くようになりました」
「なら直線距離で40キロってところか。うん、かなり伸びてるね。この調子であれば、あと1年も修行すれば、大阪や京都に届くようになるよ……よく頑張ってるね、祐理さんは」
卓越した精神感応の使い手は幽体離脱で霊体を造り出し、遠方を監視したり遠く離れた人物に想いを届けたりできる。それこそプリンセス・アリスのように、霊体で地球全土を歩く事すら可能だ。あとは精神が同調するのを利用して、呪力抵抗が低い相手に幻覚を見せたり、精神を乗っ取り操ったりもできる。
これを僕がやると、関東圏全域の人間がマインドクラッシャーされる。その気になれば数千万人が、明日から赤ちゃんだ。怖いね、精神感応の術は。
3分ほどしたら、祐理さんの髪色や瞳の色が元に戻る。この短時間でも血の力を引き出すのは疲れたのか、少し息が切れていた。
肩に手を置いて、治癒の権能で体を癒す。蛇の治癒は媛巫女と相性が良い。すぐに息切れも治まった。
「とりあえずは、僕が渡したマニュアルを読んで、よく勉強するんだよ」
「はい! ……ところで美殊様。今日はまた、どうされたのですか?」
「ああ、ようやくその本題に入れるか。ええとね、はい、これ。実は護堂と一緒にイタリア旅行に行ってね。それでお土産を買ってきたから、知人に配ってるところなんだ。祐理さんには、向こうでしか売っていないオリーブオイルだよ」
「これは! ……ありがとうございます、美殊様……それにしても、護堂さんと、ですか?」
「うん。実は護堂のお爺ちゃんの手元に、神具が転がり込んできてね。それで護堂がイタリアまで運ぶことになって、僕も彼の従属神として同行することになったんだ」
「それは……大変だったのではないですか?」
「そこはほら、護堂が神殺しである以上は、トラブルが憑き物だからね。いつものことだから、心配はいらないよ」
「いえ、その……美殊様と護堂さんのことではなく、イタリアの皆さまが、大変だったのではないかと思いまして。御二方はどちらも、破壊者と破壊神の相があります。また八丈島のように、何か壊されたのではないかと、心配になりまして……」
「祐理さんの中での僕と護堂、そこまで破壊神?」
確かにちょっと……ちょーと壊してはいるよ。護堂のワンちゃんがカリアリの港を破壊し、僕がタロスの遺跡を『神の杖』で吹き飛ばし、護堂とウルスラグナさんがドッカンドッカンしたせいで壊れた森を直したら、なんかジュラ紀になったり。
でもそれ以上の被害は出ていない。その気になれば、サルデーニャを海の藻屑に変えれるのが四人も集まった割には、非常に軽微な被害で終わっている。
つまり、被害は0と呼んでも問題ない。うん、そう言う事にしておこうか。
「破壊神と言いますか……美殊様の中には、シヴァ神がおられますよね? それならば、破壊神そのものではないでしょうか?」
「……パールバティが混ざってるから、大丈夫ってことにしない? それにそんなに壊してないから……」
「大丈夫なんてことにはなりません。それに、そんなに? つまりある程度は破壊されたのですね」
おかしいな。さっきまで祐理さんは僕に教えを授かる敬虔な巫女だったのに、なぜか立場が逆転してるような気がするぞ。なぜだ……
あと祐理さんは、僕の中に何の神格が混ざっているのか知っている。精神感応の練習をした時に、神格に触れたからだ。と言っても、全部教える訳にはいかないので、ウルスラグナさんにしたのに似た説明──アルダーナーリーシュヴァラが草薙護堂に倒されて、権能で再臨したらこんな姿になったと伝えてある。
なのでシヴァやパールバティについて、祐理さんは全部知っている。知っているが、これは正史編纂委員会やその他には黙って貰っている。
表向きの名目は、護堂の戦力を必要以上にバラしたくないから。裏の名目は、僕についてとやかく詮索されたくないから。知る人がきちんと調査したら、僕がアルダーを名乗っていることに疑問を感じるのは必然だからだ。
それをされたくないので、どこまで行っても僕は謎の女神でしかない。祐理さんも、護堂に迷惑になるのであれば黙っていると約束してくれて、それを律儀に守ってくれている。
仮に彼女から細かく聞き出そうとしても、ルクレチアさんにも施した大地母神版の名伏せで人に話せないようにしてある。
「美殊様」
「はい!」
おかしいな、祐理さんの声がなんか冷たいぞ。非常に嫌な予感がする。
「イタリアでの一部始終。お話頂けますでしょうか」
「イエス、マム!」
「…………マム? とは?」
「軍隊で、そのう……女性上官にする挨拶と申しますか……」
「……つまり、これからお話を求められたのに、御ふざけをされた……と言う事でしょうか?」
「いえ、その、ですね……そうしないといけないと、大地母神としての直感が囁いたんですよ、はい……」
「……お話頂けますか?」
「はい……」
おかしいな、祐理さんがカーリーかドゥルガーに見えるぞ。実は僕の母だったりしない?……なんて言ったら火に油を注ぎそうなので、僕はそのことについては黙っておく。代わりにウルスラグナ、及びメルカルト両柱との闘いについて話したら──
「タロスの遺跡を? 宇宙兵器で? 丸ごと破壊?」
「そうしないと、向こうにイニシアチブを握られる危険性があったからさ。ああする以外に、良い手も思いつかなくて……」
「そういうことでしたら、納得できます」
「でしょ? だから──」
「しかし美殊様であれば、神王メルカルトが相手でも、破壊せずに済んだと私は考えます。それは護堂さんも同じ。御二方の強靭さについては、八丈島の件で良く存じていますから。だからこそ──」
コンコンと、祐理さんに御説教される。僕はそれに対して──
「はい、はい、以後気を付けます……ええとですね、それは……はい、口答えしません。ごめんなさい……」
甘んじて受け入れる。これが侮りや侮辱なのであれば目一杯反論もするが、彼女の言葉の根底にあるのは、僕や護堂に対する期待だ。この二人であれば……と言う期待。
今から4年ほど前に、東欧の魔王様のせいで神殺しに対して苦手意識を持った祐理さん。
それを解きほぐしたのは、間違いなく護堂の人柄だ。別に偉ぶるわけでもなく、懐に入った相手にはとことん甘い。一度飛び込んできた相手のためには、義と人情を重んじる性格。
神殺しらしい出鱈目なところもあるけれど、全体的には友達想いで義侠心があるのが護堂だ。そんな彼を二年近く見てきた事もあり、祐理さんの神殺しに対する不信感は信頼感に裏返った。それに護堂の従属神と言う事になっている僕は、委員会に積極的に協力したり、媛巫女らに教えを授けたり、裏ルートで出回る違法呪具などを取り締まったりしている。
そう言う事情があるからこそ、生真面目な祐理さんは羅刹の君と呼ばれる護堂と、その相方ポジションに収まっている僕に期待する。この二人こそが、真なる神殺しなのだと……その期待は決して悪い物じゃない。
とは言え──
「つらい……」
「何か仰られましたか?」
「なにもありません!」
祭神を正座させて説教する巫女。遠巻きに神職らがこちらを見て、ひそひそと噂話をしている。傍目にはどう見えているんだろうね、この状況。
彼ら彼女らに聞きに行きたいが、それをするとまた怒られそうなので止めておく。僕はひたすら、祐理さんの正しい御言葉を頂戴することに。
「──と言う訳です。美殊様の御参考になられましたか?」
「はい……正論は辛いと言う事が分かりました」
「……はぁ。美殊様は本当に、そういうところが……武芸、術、踊り、楽器、料理、絵、唄……多彩な職能を保有されておられるのに、どうしてここまで性格が御ふざけに過ぎるのか……」
「え? 祐理から見て、僕って唄が上手?」
「お上手だと思いますよ? 確かに童謡などは、その……呪いの詩になりますが、テレビなどで流れている昨今の楽曲に関しては、舞踏の王シヴァ神の神格らしい天上の調べだと思います」
「そ、そうなんだ……」
民謡や童謡だと、穢れの神でもある伊弉諾由来で怖くなるとか? でもそうじゃない歴史の浅い歌であれば、怖くなくなるのか……変な要素がまた一つ増えてしまったぞ、僕に。
「……これでお説教は終わり?」
「終わりです、美殊様のは」
「……僕のは?」
「次は護堂さんです」
「ああ……そう言う……」
護堂の知らないところで、護堂の御説教が決まった。たぶん名目は、カリアリの港をフェンリルが破壊したやつ。
「……頑張れ、護堂……」
「美殊様もですよ」
……祐理さん、師匠をしてない時の僕に対して、かなり言うようになった気がする。まぁ、初めて会った時みたいに、伏せて喋られても困る。僕と彼女の距離感は、こんなもんで良いのだろう。