前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
季節は春。肌寒い三月も終わり、春芽吹く時期がやってきた。七雄神社の境内にある梅の花に続き、桜にも花が咲き誇る頃。具体的には四月半ば。満開時期はもうちょっと早めなのだが、祭神である僕が大地の化身であるせいか、桜が全く散る気配がない境内。
もはや一種の環境破壊な気もするが、大地の母がいるとはこういう事なのだ。僕が望む望まないに関わらず、意志持たぬ植物ですら活気を覚えてしまう。
言っても、5月には流石に全部散ってしまうので、それまでは長めの春を満喫するだけだ。
僕はそんな桜たちを眺めながら、本殿の外陣で一人呑気に団子を摘まみ、自分で点てた抹茶を呑んでいた。食す団子はもちろん三色団子。お花見の定番とも言えるやつ。
三色団子を広めたのは秀吉で醍醐の花見の時などと言われているが、花見団子の習慣が誕生したのは江戸時代中期ごろ。どう考えても秀吉は亡くなっているので無理だ。
江戸の民は派手好きなので桜を見ながら、桃・白・緑とこれまた派手な色の団子を食すのが粋と捉えられ、中期~後期にかけて文化が成立していった。
そんな由来に想いを馳せながらモグモグすれば、スーパーで買ってきた特売50円の団子も美味しく感じられる。もっとちゃんとした和菓子屋のやつを買いなよと言われたりもするが、前世でも慣れ親しんだであろう安っぽい味も嫌いじゃない。
花を見るのが主目的なのだから、料理にしろお菓子にしろ、いつでも買えるぐらいのやつでちょうど良い。お茶を点ててはいるが、これも適当に茶道具をカチャカチャして雑に仕立てたもの。簡易花見セットなんてこんなもんで良いのだ。
境内に咲き誇る満開の桜たちが美しく綺麗だ。ひらひらと偶に花が舞うが、全体的にゆっくりと、そしてゆったりと桜たちは花びらを落としていく。
境内にはそんな桜ののんびり屋な空気が移ったのか、平穏無事これ泰平としか言えない穏やかな気配が満ちている。そんな空気に触れながら──
「……平和だねぇ。あと暇だねぇ……」
だらだらとした空気に、思わずそんな言葉が口をついて出る。今日は平日で、現在の時刻は朝の9時。普通の勤め人や学生であれば、学校に行くなり職場に行くなりしている時間帯だ。
だが残念なことに、僕は神様で定職についている訳じゃない。七雄神社の祭神が定職と言えば定職かもしれないが、ここは僕の自宅なのでお仕事と言われたら違う気もする。ん? でも在宅みたいなものなのか?
なぜここが自宅なのかと言えば、祭神だからだ。神が御座す場所が本殿なのであれば、ここが僕のお家と言う事になる。護堂が神殺しになるまでは草薙宅で居候していたが、彼が神殺しになって正史編纂委員会と協力するようになってからは、巡り巡って僕が七雄の祭神となった。その時以来、ここに住んでいるのだ。
ちなみに本殿は外見は僕が住宅にする前と外観は変わらないが、内部はいつもの空間拡張で弄り倒している。祐理さんには本殿を何だと思っておられるのですか! と怒られたこともあるが、七雄は社務所も拝殿も本殿も住むのに適した環境じゃない。現代で暮らすのであれば、システムキッチンやフルオートの給湯器、洗濯機や冷蔵庫ぐらいは欲しい。
別にそう言った術を使えば代用は効くのだが、あるなら最初から機械を使った方が便利というもの。他の神様達は現代文明を堕落と呼ぶかもしれないが、僕は宇宙兵器然り最新や未来と呼ぶ言葉が好きだ。確かに古代の素朴さも悪くはないが、定住するなら現代が良い。
もっと言えば、近未来SFオペラぐらいのやつ。こんど本殿内をもう少し改造してみようか? スターなウォーズみたいな感じに。
そんな僕の家宅事情はさておき、平日の朝~夕の僕は端的に言えばニートだ。別に魔導書を書くなり、委員会に卸す呪具を造るなり、やること自体はたくさんある。宇宙兵器の開発やメンテナンスをしても良い。
しかしそういったあれこれとは違い、心に飛来するのは一抹の寂しさだ。抹茶片手に三食団子、煌びやかな桜で花見していると言えば聞こえはいいが、一人で甘味を食しても味気がない。
幽世にいた頃は15歳になるまでは父・母といたし、一人になったところで生まれの事情から孤独でソロでも仕方ないと納得し、細々と暮らしていた。
三か月も経てばホームシックのような郷愁の念も消え、これから一人で寂しくこの世界で生きていくんだろうな~と諦めていた。そもそも懐かしいと言うなら、
それでも生きていれば慣れていく。孤独でいることが当たり前で、それが普通になって……地上に墜ちてからは事情が変わった。
両親が離婚していて、お爺ちゃんと兄妹二人暮らしが当たり前。母親はあまり帰ってこないと特殊な家庭環境ではあるが、草薙家の人脈が広い為、特に寂しいなんて感情も覚えない。家にはお兄ちゃんにガミガミ説教する妹さんもいたからね。
そのせいかこういう時に、ふとした拍子にポツンと取り残された子供のような感覚を覚えてしまう。一緒に桜を見て、綺麗だねぇ……なんて取り留めもない話をしたい欲が出てくる。
別段神社には僕だけと言う訳でもないけれど、七雄神社に勤める神職の人数名は、祭神である僕を遠巻きに眺めたりすれ違っても礼拝をするだけで、話しかけてはこない。
まともな神経をしていれば、羅刹の君が使役する従属神──まつろわぬ神と同質の力を保有する神格に対して、直接話しかけるなど正気の沙汰じゃないと言ったところだ。古老と言う名の僕の兄が、この国に住まう術師には無茶ぶりしていることもあり、神への畏敬はひとしおだ。
つまりそんな中で、祭神に正座させて説教する祐理さんはなんかすごい。生真面目でかなり性根が太く、意外と図太いのが彼女だ。以前からもその性格に対して
クベーラは日本では毘沙門天と呼ばれ、インドではシヴァの親友であり彼の弟子みたいなポジションだ。そうなると祐理さんは僕の友達で弟子になる……今の立ち位置によく似ている。うむ、祭神権限でクベーラという事にしておこう。
なんて冗談はさておき、一抹の侘しさを覚えてしまうのが僕という凡神だ。花見である以上は、ゆっくり話をしながら団子をモチモチする。それこそが花見の醍醐味であると言えよう。
これで祐理さんでもこの場にいれば話はまた違うが、平日である以上彼女は現在高校でお勉強中だ。高校生である祐理さんが授業に精を出していると言う事は、同じく今年から高校生になった護堂も学生生活に勤しんでいることになる。
それは恵那さんも同じ。彼女は群馬の山奥にある高校に通っている。山籠もりがあるとは言え、出席日数の関係上ある程度は学校に通わないといけない。
恵那さんが通う学校は正史編纂委員会の息がかかった高校で、媛巫女である恵那さんの出席に関してはある程度融通が利く。利くが、やはり学校に通わなくても良いと言う訳にはいかないのだ。
「ええと、僕の知り合いは──」
指折り数えてみるが、こういう時に花見に誘える人材が全くいない。何度も言うが、今は平日だ。平日の真昼間から、一緒にお茶しようぜ! と誘ったところで、普通誰もこないだろう。来るとしたら、僕と同じニートか不労収入で稼いでいる人ぐらいだ。
仕方ないから団子を食べ終えたら、バイオパーツをふんだんに使用した創りかけの汎用人型決戦兵器を完成させるかと思い──
「おや? 甘粕さんだ」
神社の階段を良く見知った人物が上がってくる気配がした。足音も無く気配が極端に薄いが、これは甘粕さんが忍者だからだ。
本名を甘粕冬馬。今年で三十路になるらしいが、運動能力は忍者らしく異常に高い。陰陽道と修験道を修めており、忍の技と併用することでマスターニンジャと呼ぶに相応しい隠密のプロだ。
特筆すべき点は神話や民話、文化人類学や世界史に詳しく、単純な知識量で言えば僕より普通に上。アカシックレコードにアクセスして知識を得る
一切足音をさせず、空気の流れすら乱さずこちらに向かって来たので手を振っておく。
「どうしたの甘粕さん? ここまで来るなんて珍しいね」
「少し美殊さんに話がありましてね。それとイタリア旅行のお土産への礼をと思いまして」
これどうぞと甘粕さんが有名店のケーキが入った箱を掲げる。あ、前から食べたかったやつだ。行列が多いから諦めてたお店のやつ。
「これはご丁寧にどうも……」
「いえいえ……ところで美殊さんは、お一人で優雅にお花見ですかな?」
「まぁね。どう? 甘粕さんも一本行っとく?」
「ではお言葉に甘えまして」
僕がお皿を突き出すと、三色団子を一本取り甘粕さんが口に運ぶ。よく噛んで食べてから──
「どちらのスーパーで買われたので?」
「イオン」
「……まつろう女神が口にする食物が、そこいらのスーパーで購入した駄菓子ですか。私や馨さん以外が聞いたら、卒倒するでしょうね」
「そうかな……そんなこと言ったら、甘粕さんが買ってきてくれた
「これは手厳しい指摘で。今度来るときには、もう少し高級路線に走った方が宜しいですかな?」
「今のは神話目線の一般論だよ。僕にはこういうケーキや、お安い団子で十分なのさ……一部以外は」
「ははは……一部とは?」
「安ウイスキー──安くて旨い佳酒は数多ある。それが無理にウイスキーである必要はない。挑戦する勇者を止めはしない……とは言うけれど、あれはウイスキーに対する冒とくだ」
僕が苦々し気に言うと、ああ、あれですかと甘粕さんが反応してくれた。良かった、このネタ護堂以外には通じないんだよ。祐理さんは未成年飲酒しないし、恵那さんはあんな安酒飲まないから……
「あれに対する総評は?」
「敵」
「大地に属する女神に敵と罵られた麦の蒸留酒ですか。それはそれで売り文句にはなりそうですね」
甘粕さんははははと笑うが、あれは敵だよ。ウイスキーらしい香りなんて一切なく、8割以上がただの混ぜ物だ。あれをウイスキーなんて呼ぶのは、大麦などの穀物への侮辱に他ならない。
「ただあれのおかげで、お酒造りに目覚めたのは怪我の功名です。甘粕さんもどうですか? 蔵の方に、僕の育てた大麦を使用したミズナラ樽やオーク樽があるんです。一杯やってく?」
「個人で蒸留酒を密造して、神社で樽詰めですか。酒税法に真っ向から喧嘩を売っていますね。一応公務員なので、普通なら見逃すわけにはいかないんですが……ま、個人じゃなくて
「ちょちょいと時間を弄ってるから……一番古いのなら50年物も転がってるよ」
「普通に商品として購入したら、一瓶で100万以上する蒸留酒ですか。それはさぞかし美味しいでしょうね……」
「あれと安物のキャンディーを食べるのは格別だよ……ところで?」
「ところで?」
「今日はどうされたんですか? 僕にお話しがあったみたいですが」
「そうでした、そうでした。思わず団子を片手に、桜がいつから日本で愛でられているかの蘊蓄語りを始めてしまうところでしたよ…ええとですね、実はこういうものを預かってきていまして」
「なにこれ?」
甘粕さんは口寄せで何かを取り寄せて、僕に見せて来た。それは封筒だ。中を覗いてみたら、それらはとても可愛らしい子達の履歴書だった。どこで生まれた、どこで育った、どこのお嬢様なのか……アイドルグループを正史編纂委員会は立ち上げる予定なのだろうか?
「これは?」
「それは草薙さんのお嫁さん候補ですよ」
「……は?」
ホワイ?
「……説明」
「もちろんです。草薙さんは歴史上、この国で誕生した初めての神殺し。確か神殺しになられたのは──」
「二年前だよ。2006年の2月頃。護堂は僕の迷い家に神隠しされ、そして僕と対峙して……見事に返り討ちにしてみせた」
「でしたね。そして我々日本の術師が認知したのは、2006年の6月。草薙さんが神殺しに成られてから、初の対決となる東京での大神戦争。当時は日本は大変でしたね……懐かしい話はさておき、あれから草薙さんは数々の神を弑された。そして今度はイタリアで二柱も。こうなってくると、彼の実力と権威はもはや疑いようもない。八丈島での対決で殆ど決まっていたようなものですが、それでも同時討伐など歴史上でも他に確認されておりません。そうなれば当然、色々な関係者が草薙さんと懇意な関係になりたがるんですよね」
「……それがこれ?」
「その通りです。日本各地から、草薙さんのお嫁候補としてどうですかと、我々正史編纂委員会に打診が来ましてね」
はははと甘粕さんは軽薄そうに笑うが、僕はそれらの写真を無感情に眺めるだけ……へぇ、そう……護堂が神様殺しになって権威が高まったから、その肩書きが……ねぇ……
「……なんで今更こんな話が? 四家の一つ、清秋院の恵那さんがいの一番に立候補した時点で、終わった話じゃないんですか?」
「当時はそうでした。ですが今となれば話も違います。まつろう神を従属神とする、新世代最強の神殺し。これが今の草薙さんの評価です。それに彼は今年で16です。そろそろ浮ついた話なんかも出てきてもおかしくはないですし、ならその前に彼の最初の恋人的な立場を手に入れれば、その人物にも一族にもメリットしかありません」
「……ほほぅ……つまり、この写真の子達は自ら立候補して手を上げたと?」
「中には親に言われた子もいるかもしれませんね。ですがそんなモチベーションの子は事前に我々が弾いています。ですので、草薙さんのお嫁さんに成りたい……そんな風に自ら考えたんでしょうね」
「そう……ところで、どうしてこの話を僕に?」
「草薙さんに話す前に、まずは従属神である美殊さんに伺おうかと思いましてね。我々も二年近く付き合ってきましたが、彼と一番懇意にしているのは間違いなく従属神の美殊さんです。なので一つアドバイスを頂ければ……なんて思いまして」
ふぅん…………ふぅん………………………………僕に助言……ねぇ。肩書き目当ての女どもへの……ねぇ?