前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
よりにもよって、僕に助言を求めるとはどう言う了見だろうか? 一体……護堂じゃなくて僕に? 羅刹の君ではなく、神としては大地母神よりの僕に? 古今東西の神話に精通しているのであれば、女神に、それも大地母神にこれを聞くなんてありえない。色恋沙汰に地母が絡んだ時、どれだけの犠牲が……あ、それか! そうなると僕がすべきことは──
「それで? 僕に求めるのはどんな助言かな?」
「分かりやすいところで言えば、草薙さんの好みですね。やはり候補が多いですし、まずはそこで絞らないといけませんから」
「……道理ではあるね。護堂の好みね……実のところあんまりないんだよね、護堂の好きなタイプ」
「そうなのですか?」
「そうなの。あえて言えば可愛い子の方が好きだけど、別に可愛い子じゃなくても……かな? 護堂の方から惚れこんだ人なんて聞いたことも見たこともないし。幼馴染の明日香さんに問うても似たような答えが返ってくるんじゃないかな」
……人じゃなくて、神なら微妙に違うが。しかし甘粕さんが聞きたいことはこれじゃないだろうから、今は割愛しておく。
僕の答えを聞いて、甘粕さんは枯れてますなぁ……と呆れていた。
「曲がりなりにももうすぐ16歳ですよね? 普通の青少年であれば心底惚れ込んでいるまではいかないまでも、ちょっと顔が好きになった女の子ぐらいはいるものでしょうに」
「普通の青少年は
「おや、そうなのですか? どのような事情なのやら……聞いても?」
「護堂のお爺ちゃんである一郎さんと、御先祖様達が原因だよ。草薙家の家系図を見たら分かるけれど、女性関係が凄いんだよね……代々」
「それは我々も把握しております。草薙家の男子には、隠し子や他所で出来た子が多いことも……草薙一郎氏の評判を調べたこともありますが、そんな草薙家でも稀代のたらしぶりだと伺っております」
「たらしだよ、あの人は。昔の写真を見た時、おーイケメンですな―旦那なんて思ったよ」
なおこれは護堂も同じ。当人は自分の顔をフツメンだと自認していて、確かに明日香さんなどは護堂をイケメンだとは呼ばない。彼女に言わせれば割と整った顔立ちではあるんだけど……が、これは元野球少年で、全く身だしなみに気を使わなかったやつへの評価。
居候時代に眉の整え方なんかを教え、神殺しとなり野球をやめてから髪を伸ばし始めたのでどんな髪型が似合うかや、護堂の雰囲気にぴったり合う服装の選び方を伝授。スポーツからは一線を退いたが、筋トレや走り込みなどは止めず適度に鍛えられたしなやかで逞しい体つき。
なんとそこそこのイケメンさんに護堂はジョブチェンジした。女神プロデュースだ。やったね。
「男性の多数にモテる最低条件は高身長とイケメンだよ。それに高い社会的地位や立派な肩書。あとは活動的な陽の者であること。一郎お爺ちゃんは6年前の定年まで大学教授で、フィールドワークも難なくこなす活動家。身長も70になるのにまだ180もある。前提条件だけ並べたら、そりゃあモテるねぇ……みたいなスペックだ」
「話には聞いていても、そうやって並べると凄まじい御仁ですね」
「これだけに留まらず、一郎お爺ちゃんはなんか色々と凄い。一緒にご飯に行くこともあるけれど、御店の扉を僕が開けたことなんて一度もない。車道側を歩いたこともないんだ。必ずソファー席を譲られるし、水がセルフ式の御店ならいつの間にか僕の前に置いてある。あと分かりやすいところであれば、財布を開いたこともないよ。こちらが払う前に、これまたいつの間にか奢られているんだ。それを指摘したら、僕は若い子がたくさん食べるところを見るのが好きなんだよ。だからこれは僕にとって、とても良いことなんだ……だとさ」
ついでに連れて行ってくれるお店は、僕が何気なく良さそうだねと漏らしたことがあるお店などだ。そういうところに、前から行きたかったんだよねとあくまでも自分が行きたかった態で連れていく。
「しかも話をしてる最中は、絶対に遮らないし欲しいところで相槌を入れる。どんな話であろうと、女性が話した内容には肯定や君は悪くない発言。その上で今日は君といれて嬉しいよとかだから特別な日なんだとかさらりと言っちゃう……そんなホストみたいな言動とお姫様扱いを、イケメン高身長がやるんだ。しかもお金とかは全額向こう持ち」
「それは……やられる女性が多そうですね」
「でしょ? しかもそれでホテルとかには連れ込んだりしない。あくまでも女性を楽しませるスパダリに徹する。しかもそれだけじゃなく、非日常でもその才能を遺憾なく発揮させるんだ」
「面白そうな前振りですね。どのようなエピソードが?」
「一郎さんが教え子たちと一緒に、民俗学のフィールドワークに出たことがあるんだ。その時に数名がこっそり宿から抜け出して肝試しにいっちゃってね……肝試しに」
これで霊なんていないような世界ならまだしも、この世界にはけっこう悪霊とかいる。下手に心霊スポットに踏み込んだら、そのまま帰らない人に……なんて珍しいけれど、神隠しみたいなケースが普通にある。
「それで本物に出くわしちゃったのかな。生徒らは命からがら逃げてきたけれど、一人だけ逃げ遅れて……それで事情を聞いた一郎さんは、すぐに山の廃ホテルに向かったんだ。そこで逃げる時に足を挫いて動けなくなった生徒さんを見つけてね。このままだとまずいという事で、ホテルからその子を担いで離れたけれど、夜中過ぎてこれ以上行動するのはまずいと判断して
「けれど?」
「……良かった。君たちが無事で……こんなことはもうしてはいけないよ……と優しく諭しただけ。足を挫いた子のために無茶したせいで、一郎さんの服なんかは泥だらけだ。それで申し訳なく思って謝りにその生徒さんは弁償代を持って後日家に行ったんだけど、そこで出てきた言葉が……僕の服はまた買えばいいけれど、君の命に変わりはないんだ。そのお金はあの時汚れてしまった、君の服に使いなさい……」
「……ちなみにその生徒さんの性別は?」
「ピカピカの一年女子大生!」
おそらくその子の情緒はぐちゃぐちゃになっただろう。一緒にいた男子生徒達は我先に逃げ出したのに、イケメン教師が自分の身も顧みず助けに来てくれる。
その上でなんか少女コミックみたいな気障な台詞。まだまだ子供な女子大生の男性観を壊すには十分だった筈だ。
「そんな夫を間近で見てきたのが、一郎さんの奥さんである千代さん。長い間旦那を見てきた彼女は、祖父から薫陶を授かる孫を見て不安に思ったそうだよ。この子はあまりにも一郎さんに似ている……それで一郎さんがいかに誑かしなのかを教え込まれた護堂は、俺は爺ちゃんみたいにはならないと恋愛に絡むようなことから遠ざかるようになりました……とさ」
「ははぁ、そんなおもしろイベントがあったんですね。その結果が特に女性の好みもない真面目少年ですか……一応聞いておきますが、絡むようなイベントから遠ざかれたので?」
「ううん、全然。ドンファンの血は凄いね……無意識に女の子を落とすよ、護堂は」
結局のところ、護堂はどこまで行っても草薙護堂。神すら殺す生来の在り様は全く変わらなかったという事だ……良くも悪くも……。
「だから護堂に好みを聞いても、特にないよとしか返ってこない。ある意味ではゼウスみたいなタイプだ。どんな子であれ、最後には食べられる……みたいな」
「はは、その例えですと常にともにいる美殊さんがヘラですかな?」
「どうだろうね……」
テミスやメティスでもなく、あえて正妻のヘラをチョイスするか。なら甘粕さん……と言うか馨さん達東京分室の解答は僕の思った通りで良さそうだ。
「では草薙さんはどんな相手でも問題ないと?」
「そうだよ。護堂は来る者拒まず。どんな子であれ最後には受け入れて、優しくするし甘いから」
護堂はあれで度量が広い。度量が広いからこそ、僕のような死にかけ女神を拾い、その果てに神殺しなんかになってしまうのだ……本当に、馬鹿で、愚かで、考えなしで、後先しらずで、目を離したら死にそうで、似非平和主義者で……優しく、甘く……義侠心の塊で、親友なんかじゃなく、本当は僕が──
「では我々で絞らずとも、草薙さんであれば全員最後には受け入れると?」
「そうじゃないかな……ただ一つ言える事があるとすれば、護堂は器が広いけれど、自分の名前を使って勝手に横暴を働くようなことをするなら、昔ながらのヤクザの親分みたいに結構怒るよ。だからこの立候補達が思うほど、旨味はないんじゃないかな」
「それはどうでしょうか。あの年ごろの男の子なんて、付き合った女の子に口でおねだりされたらコロッと転がるのではないですかな。美殊さんにしても、草薙さんが誰かと付き合ったところを見た事があるわけではないですよね」
「ないね。四六時中一緒にいるけれど、護堂に浮ついた話はないよ」
護堂のファーストキスも何もかも僕が奪っているが、これは浮ついた話にカウントしなく……今は置いておこう。これはまた別の話だ。
「そうなると、先ほどの度量……器の大きさもそうですが、実際にそうなればある程度の我儘はどうとでもなるのでは?」
「それを言われると辛いね。女の子には甘いから、なんやかんやちょっとしたことだと、まぁいいかしちゃうかもしれないと言われたら……否定は出来ない」
「なるほどなるほど……では草薙さんにこの話を持ち込んだとしても、それほど問題では無さそうですね。いやぁ、これで私の肩の荷が一つおりましたよ」
はははと甘粕さんは笑うが……ことりとお茶碗を置いた僕を見てぎくりとした。どうしたのさ、甘粕さん。そんな反応をして。
「みこ……とさん?」
「なぁに、甘粕さん」
「……一つ、お聞きしても宜しいですか?」
「なぁに?」
「……草薙さんはこの件に否定はしないかもしれません。では……御身はどうなのですか?」
「どうしてそんなことをきくの?」
「あなたが……御身がお怒りになられているように……窺えるからです」
「僕が怒る? どうして?」
ふと甘粕さんから目を離したら、神職の人達は地に伏せ僕に頭を向けていた。どうしてあんなことをしているのだろうか。
別の方向に目を向けたら、先ほどまで晴れていた空が急速に曇り始めている。まるで嵐の神が到来したかのようだ。
「……それは……」
「……答えられない? じゃあ、甘粕さんに僕から一つお伺いするね……この写真の子達、この可愛い子らは……伊豆諸島騒乱の時に、どこで、何をしてた?」
「……多くは家におりました。全国から集まっただけに、南は九州、北は蝦夷と離れております。東京は彼女らの一族が管轄する地域ではありませんので、それが道理か──」
「道理を蹴り飛ばす神殺しの伴侶になろうとする者が、道理で動くの?」
つぅと音を立てそうな動きで、甘粕さんの側頭部に汗が流れ落ちる。
「……あの時さ。東京分室は大変だったよね。伊豆諸島の住民と観光客、合わせて3万人以上を避難させるために、警察や自衛隊まで動員して……護堂だって大変だった。恵那さんもそうだ。我が背の君がおわす場所こそ、自らの太刀を預けるに相応しき地と言って参戦した。聞いてるよ、祐理さんも頑張ったって。避難民を落ち着けるために、精神感応を何度も駆使したとか……この子」
僕は履歴書の中から、一枚取り出して甘粕さんに見せつける。
「この娘なんて埼玉住まいでしょ。こっちは群馬……たしかそこを守る姫巫女も、日ノ本の一大事だってあの時来てたんだよね……あの忙しい時に、術師の手なんて幾らでも欲しかった筈だ……もう一度聞くよ。この子らは、未来の伴侶が必死に戦ってて、他の皆も全力を尽くすような非常時にどうしてたって?」
甘粕さんがバッと音が出てそうな動きで、五体投地して僕に平伏し始めた。それを見ながら、あえてつまらなさそうな顔をしながら僕は団子を食べる。
「一番忙しいと言っても過言じゃない時にだんまりを決め込んでおいて、護堂の権威が最高潮になったからお嫁さんにしてください? 中々……面白い冗談だね。本当に……恥知らずで面白い」
団子の串が燃える。僕が握っていたそれは、パチパチと音を立てて炭になっていく。
「甘粕さん、二つ聞かせてくれる?」
「なんで……御座いましょうか」
「甘粕さん個人としては、この写真の子達。彼女らは、護堂のために生涯を捧げられると思う?」
「……不可能です。それほどの気概がある御仁らであれば、当の昔に草薙王に侍ることを選択したはずです」
「そっかそっか……つまりさ、
境内全体が静まり返る。先ほどまで咲き誇っていた満開桜は次々に花びらを落としていき、最後には全て散ってしまった。鶯などの可愛らしい鳥達の鳴き声は全て消え失せ、耳が痛いほどの静寂のみとなる。
僕は甘粕さんを見やる。彼はただ伏せて、こちらに向き合おうとはしなかった。ただ脂汗なのかびっしりと水滴が首などに浮いているのが見えた。
ハンカチを取り出して、甘粕さんを起こしながら汗を拭いてあげる。
「すごい汗。春の陽気が少し暑かったのかな?」
「…………ありがとう……ございます……」
「そんなに汗を掻いたら喉が渇いたよね? どうぞ……
抹茶を入れて甘粕さんの前に置く。それは暑かったのか湯気が出ていたのに、急激に熱を奪われたのか一瞬で冷たくなってしまった。おかしいね、甘粕さん。まるでここだけ、冬が来たかのようだ。
氷漬けになったそれを見つめながら、甘粕さんは目を見開いていた。
「どうしたの、甘粕さん? 吞まないの? ……業界風に言うなら、神様が点てたお茶だよ? ……それとも、
甘粕さんの呼吸に白い色が混ざり始める。はてさてどうしたのやら。まだ四月半ばだから、少し肌寒さが残っているのかな?
僕は凍ってしまったお茶椀を取り、掌で温める。そんな体温で温まるわけがないのに、氷は一瞬で溶けて沸騰し始めた。おっかしいなぁ……鋼の血が暴走しているのだろうか。
ボコボコと音を立てながら煮えたぎってしまったお茶は呑みづらいだろうから、僕はそれを自分で飲み干す。しかし口に入れた瞬間、舌に触れる前に蒸発して湯気になってしまった。
おやぁ? これ僕の体温やばいことになってないか? 自分の素足が触れている木床を見たら、少し焦げ付いてしまっている。まずいな、体温がたぶん千度ぐらいには上がってるぞこれ。
陶器のお茶碗がドロドロに溶けて、真っ赤に赤熱する。それを掌に持ちながら僕は甘粕さんに問うた。
「
煮え滾るマグマが手から少し零れ、木の床に触れて燃える。甘粕さんと僕の間に、種火のような火が灯った。
僅かに立ち昇る煙は焦げ臭く、一触即発の火薬の如き匂いをさせる。
「……美殊
「のう、甘粕や」
甘粕さんが口を開こうとしたが、それを僕は遮る。あえて含ませた、手にあるマグマのようなドロドロで煮えたぎった熱の言霊。それに甘粕さんの汗が急激に蒸発していく。
「そなたら定命の子らは、我が主を……羅刹王を侮っておるのかや? 厚顔無恥にも人身御供を差し出せば、今まで以上の恩恵が得られると……我ら神をすら討つ覇者を、良いように扱えると……我が背の君は、おんしら人の意志で転がせる脆弱かつ薄弱な意志の持ち主じゃと……そう言いたいのかえ?」
「滅相もございません! 我ら正史編纂委員会は、草薙王を掌の上で操ろうなどと言う叛意は御座いません! あくまでも! あくまでもこれは、委員会からの提案ではなく、打診があっただけの──」
甘粕さんの口から、次々と謝罪の言葉が吐き出される。それらを無の顔で眺めながら、僕は念話の術を使う。
(これでいい?)
(ばっちりです! いやぁ、助かりました。これで私も、大地母神の怒りを買う愚か者なんて請け負った甲斐がありましたよ、ははは)
(笑ってるよこのアラサー。このマグマを首に垂らしてみようか)
(はは、また冗談を……冗談ですよね?)
「のう、甘粕。妾はそなたらに対し、どのような罰を用意すればこの所業に釣り合うと思うかや?」
「平に! 平にご容赦ください!!」
(もう罰はマグマ一気飲みにしておく?)
(死にますから勘弁してください……しかし相変わらず、演技が上手なことで。ギリギリで踏みとどまろうとしたけれど、やはり駄目だった女神をこうも即興で演じて下さるとは)
(ん~少し怒ってるのは本当だよ? 持ち込んだのが甘粕さんで、その裏に馨さんがいなかったら、僕も地母神特有の怒りに呑まれてたかもしれないし)
(日頃の行いの良さで助かった我が命に感謝ですね……どの段階でお気づきに?)
(最初から。この業界に勤めていたら、地母神にこんな相談しないでしょ、普通。メソポタミアのイシュタルやエレシュキガル、フリギアのキュベレー、ギリシャのアフロディーテやヘラ……これらの地母神に共通するのは、男や恋だの愛だのが絡む相談なんてしちゃいけないよだ。どれだけ犠牲者がいると思って……)
神話を紐解けば、地母神に嫉妬なりで殺された事例は山ほどある。殺されなくても、牛や馬に変えられたり、飢餓が来ただの永遠の冬が訪れましたなんて事例もたくさんだ。
(大地母神はヤンデレでツンデレですからねぇ……たとえ欠片ほどの興味がない男であろうと、それが自分以外に振り向くことは決して許さない。ましてや寵愛の対象である神殺しの魔王カンピオーネのお見合い……私も最初ドキドキだったんですよ~、これで美殊さんに心臓でも潰されたらどうしようかと)
(しないよそんなこと……友達をぶっ殺すほど、物騒な神様じゃないからね、僕は)
(その物言いですと、友達で無ければ私、死んでたような雰囲気を感じますね)
(……それにヤンデレでもツンデレでもないから)
(友で無ければをスルーしますか……あと明らかにツンでヤンだと思いますよ? だって美殊さん、草薙さんのこと好きですよね?)
(はぁー? はーはーはーはーはーーーーー? 何のはなしですかー?)
(とんでもないとぼけかたを……先の草薙さんのために命を尽くす云々。あれは美殊さん当人の話ではないですかな? 自分もそれだけお慕いしているから、同じぐらいの気概があるやつ以外認めないぞと言う正妻としての発言──)
(はぁああああ!? 僕は護堂の権能にして親友なんですけどぉ! 護堂のことは好き……まあ好き……そう! 友達としてすごく好きだけど、恋愛感情とかそんなんじゃないからー?)
(……大地母神はやはりツンデレ、と)
誰がツンデレじゃいこのやろー! 五体投地で謝罪する甘粕さんの頭を踏み、神への畏敬が足らんと罵っておくが、伏せた顔がニヤニヤと笑う気配がする。
(僕が気づかなかったら、その時はどうしてたの?)
(その場合は、美殊さんが怒る前に撤収です)
(直接そうしてくれと言えばいいものを……)
(この国は言葉にしない美しさで成り立っていますから。誰かに聞かれたら事ですからね。こうして言葉にせずとも、通じあうのが忖度の素晴らしさですよ)
(ふーん……一応聞いておくけど、馨さんの意見は?)
(美殊さんと同じですよ。忙しい時に穴熊決めておいて、美味しいところだけ狙ってんじゃねえぞ……です)
(だと思った。でも直接それを馨さんが口にすると体裁もあるものね……ま、いいよ。今回の件、大地母神の勘気を被ったからこれ以上は無しってことになったで)
(本当に助かります、これに噛んでるご老人方やその一族、流石に真正面から否定するとなると角が立ちまくりますので……しかし宜しいので? 美殊さんの外聞に悪評が立つのではないでしょうか?)
(その辺含めて僕に持ち込んだくせにぃ~……別にいいよ。大地母神なんて、古今東西そのお怒りで人間を殺したり、動物に変えたりするのが普通なんだから。蛇なんてヒステリーと八つ当たりで人間を殺す筆頭だ)
(……美殊さんが本当にヘラとかじゃなくて良かったことにしておきます)
(でも委員会はそれでいいの? 護堂のお嫁さんがどうのこうのなんて、この件とは別で割かし本気ではあるでしょ)
(それは、はい。ですが我々も馬には蹴られたくありません。美殊さんと草薙さん、両名が正式にお付き合いを宣言し、御身が正妻を名乗るまでは静観を決め込ませて貰いますよ)
(だから僕は、護堂の親友で──)
(ツンデレでヤンデレの大嘘つき。草薙さんを甘く見られて激怒したさきの演技を少し怒ったと表現されていましたが、あれは本当に全て『嘘』だったのですかね?)
見透かしたようなことを言う甘粕さんの背中を蹴っておく。うるさいなぁ……僕にも心情や感情があるんだよ。
それに全部蹴りがついたら、その時には……
「もう!」
「ぐぇ!!」
甘粕さんが潰されかけた蛙のような声を吐いた。