前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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黄金週間開催中

 四月半ばにちょっと……ちょーととだけぷんすかする案件はあったものの、それ以外は実に平和と呼べる時間だった。神獣とかも出ないし、まつろわぬ神が出現もしないのんびりした期間が過ぎた。

 あの寸劇から二週間が経ちゴールデンウィークが始まって、護堂達高校生は長い休暇に入る。

 

 そんな護堂はと言えば、高校で早速できた友達と遊ぶらしい。うむ、同性と心行くまで遊ぶがよい! 僕はそれを見送り、こっちはこっちで友達らと旅行に来ていた。

 

「えー、ではこちらがかの有名な清水寺となります。清水の舞台から飛び降りると言うだけのことはあり、明治5年。1872年に飛び降り禁止法が制定されるほどに、色んな人がぴょんぴょんしました。成就院日記と呼ばれる門前町の行政を記録した江戸時代の公用日記によれば、元禄7年、つまりは1694年だね。ここから1864年までの170年間の間に飛び降りた記録はなんと235件。一年に一回は絶対に誰かが飛び降りた計算となります。ちなみに死者は全部で34人。多いようで少ないですね、当時の医療技術を考慮すればですが」

「はい! 師匠!!」

「なんですか、恵那さんや」

「当時と言っても、その頃から医療に使われるような治癒術はあったよね?」

「ありましたよ。現代の日本流治癒術の流れは、平安時代の貴族である丹波康頼さんが著作した日本最古の医学書『医心方』が発祥です。丹波さんは表向きには貴族でしたが、彼は当時の術師の一人でもありました。それ以前からも陰陽の気を整えて治す治療術などは口伝で呪術一族事に継承されていましたが、体系があったわけではない。それを纏め上げたのが丹波さんなんです。表向きに知られている医心方は全30巻。ですがこれとは別に、裏医心方と呼ぶべき書物も綴られました。その原典(オリジナル)については、現在青葉台の秘密書庫に眠っています」

「その本が書かれたのはいつですか?」

「医心方と共に編纂されましたから、朝廷に献上された984年と同時期です……つまり飛び落ちが流行る数百年前には、もう体系として治癒術はあった。そのおかげで思ったより死者は少なかったんでしょうねぇ……」

「はい! 美殊姉様!!」

「どうしましたか、ひかりさん」

「どうしてそんなにみんな飛んだんですか?」

「それは清水寺信仰が関係してるんだ。清水寺の本尊である十一面千手千眼観世音菩薩。この菩薩に一度命を預けて飛び降りれば、その勇気を讃え命を返して下さり、ついでにお願いごとが一つ叶う……要するに願掛けですね。それが飛び落ちが多数繰り返された背景です。ま、飛んだところで菩薩様は願いを叶えてはくれませんけどね」

 

 へーと、恵那さんと祐理さんと、祐理さんの妹であるひかりさんが僕の渡したミニへえボタンを押してくれる。ありがとう、それを早速押してくれて。ついこの間までレギュラー番組だったのが記憶に新しいのか、恵那さんとひかりさんは面白がってへえへえ押してくれる。

 祐理さんはと言えば、控えめに数回しか押さなかった。性格が現れてるね、ほんと。

 

 説明を終えたら僕は清水寺の舞台柵に寄りかかり、京都の町を一望する。ふと後ろを振り返ったら、恵那さんが弁慶の杖を両手で掴んで持ち上げていた。すごいね、みたところ呪力強化もしてないのにあれを持ち上げるか。

 ひかりさんがパチパチと手を叩き、わーと拍手していた。周りの観光客も同じく拍手をしている。僕もしておこうかな、柏手。

 

「パチパチパチ……」

「恵那さんったらもう、あんなに目立って」

「普段山籠もりで暇だろうから、良いんじゃない? ああいう楽しみ方も、旅の醍醐味だよ」

「美殊様は、恵那さんに甘いんですから」

 

 祐理さんは僕の傍に来て、恵那さんの方を見ながらぷんすかしている。ま、あくまでもぷんすか程度。クベーラと呼称したくなるほどでは無かった。

 

 ……ゴールデンウィーク初日。恵那さんがどこかに遊びに行きたい、師匠連れてってと言うので、良いよと僕は答えた。降臨術のために山奥で修練を始めて以来、旅行に行くことが少なくなったと言う恵那さん。あまり街に長いこといると良くないのに、どこかに行くとなれば公共機関や車が必要になる。

 それらを使うと言う事は、必然俗気に触れる機会が多くなると言う事。だがそれは、通常手段で移動する場合の話だ。

 

 どこでもワ~プ~

 

 『転移』や『瞬間移動』と言われる術は、百億人に一人の天才が数十年かけて鍛え上げ、ようやく行使可能な最高難度。それにしたって普通は儀式などで補助したり、短距離のワープが限界だ。

 ただしこれは人間の話。魔術神やそれらに準ずる神にとって、念じた場所に移動することは容易い。僕にしても地球全土が転移範囲だ。神でなくとも、大地母神が零落した神祖──グィネヴィアなども当然のように行える。

 

 神や元神以外で転移が使える術者となると、地球上には一人しかいない。あまり情報が出回らない中華の魔王・教主だ。風の噂によれば仙人の格である天仙・地仙・尸解仙の内、地仙を超えて天仙に近い領域にあると言われている。

 ただ天仙になることはないだろう。神殺しの魔王を快く迎え入れる天界はないだろうから。

 

 中華の神殺しはさておいて、恵那さんは当初護堂も来ることを望んだが、向こうは向こうで予定もある。残念がってはいたけれど、僕や祐理さんと遊べるならそれでいいやと切り替えていた。

 祐理さんとひかりさんは僕が誘った。例年通りなら家族で旅行なりに行くらしいが、今年は両親とも仕事の関係でお休みの予定が合わなかったらしい。

 それなら一緒にどう? と言うところだ。

 

「改めてありがとうございます、美殊様。今年はひかりが行く場所もないと暇をしていたところを、お誘い頂きまして……」

「いいのいいの。三人とも僕の直弟子だからね。弟子のために時間を費やすのは、師匠として当然のことさ」

「重ね重ねありがとうございます……それにしても、清水寺の飛び降り──飛び落ちについては、信仰の流れだったのは初めて知りました」

「これは民間信仰の部類に入るし、飛び落ちの人数は雑学の部類だから知らなくても当然だよ。姫巫女の修行にしろ、正史編纂委員会のお勉強にしろ、習うとしたら十一面千手千眼観世音菩薩のルーツの方でしょ」

 

 職業柄寺や神社の来歴に詳しいのが姫巫女だが、その知識の大半は建てられた時期や祀られている本尊や神の来歴などの『官』側の記録の方が圧倒的に多い。『民』側に口承で伝えられていたり、トリビアな内容は専門外だろう。

 僕にしても主な知識は来歴などの方が多め。遠野物語なりで扱われそうな民俗伝承などはちょいと知識が薄い。 

 これが甘粕さんなら、もっと細かい来歴などを語ってくれる。それこそ清水寺が登場する物語──今昔物語集なども事細かに解説してくれるだろう。あの人パーリ語仏典の波羅提木叉とかも暗唱できるんだぜ?

 なぜそんなに詳しいのか聞いたら趣味ですと返された。僕も勉強しないといけない知識が多いなぁ……

 

「ルーツと言うと、観世音菩薩様のですよね? 私が知っているのは、観音菩薩──梵名であるアヴァローキテーシュヴァラ。直訳すれば観察する自在者になります。そして自在者とは大自在天……マヘーシュヴァラ。つまりは──」

「僕だね」

 

 僕の中にあるシヴァ神。ヒンドゥー教最大の神はヴィシュヌ、それに次ぐのがシヴァだ。超がつくほど有名な我が父は、本当にどこにでも現れる。仏教の中に出てくる名前を片っ端から調べていけば、シヴァが持つ千を超える異名のどれかが元ネタ……なんてことが普通にある。

 母である伊弉冉もパールバティまで遡ると馬鹿みたいな量の異名があり、派生形態だらけだ。

 

「京都にあるたくさんの本尊。その内どれだけの数が、僕と神仏習合してるやら……」

「そうなると……どうなるのでしょう?」

「どうなるとは?」

「現在美殊様がおられるのは七尾神社です。あそこが本社となれば、この国にあるシヴァ神様や、パールバティ神様を祀る仏閣。その全てが分社と言う扱いになるのでしょうか?」

「ん~……ならないんじゃない? 僕はあくまでもアルダーで、シヴァとパールバティの派生神だ。それが僕本社~……なんて言い出したら顰蹙を買っちゃうよ」

 

 なんて話をしていたら、恵那さん達が師匠も持ってよこれ~と声をかけてきた。

 

「いいよ~」

 

 そちらに近づき、片手で持ち上げる。おーいい重量。そのままもうちょっと上にあげたら、なぜか台座からすっぽ抜けてしまった。

 なぜ? ……え? 僕に使って欲しい? 少しでいいから?

 

 どうやら弁慶さんの錫杖、長い時を得て付喪神が宿ってしまったらしい。意志を持ったはいいが、触ってくるのは主には遠く及ばない弱者ばかり。しかし自分は杖なので動けず、さめざめと泣き錆びついてしまった。

 そこでいきなり登場したのが僕。曲がりなりにも鋼の武神である僕に、一度だけでもいいから武器として振って欲しいとお願いされてしまった。そのために、自ら台座の楔から解き放たれたらしい。

 

 ……しょうがないなぁ、一回だけだよ。

 

「ほ……は!」

 

 舞台の上で演武を披露する。重さ100キロはある錫杖だが、僕にとっては爪楊枝と同じだ。初めて扱う武器だが、それで地面などに当たるわけもない。鋼と己を一体とし、武具を手足として扱う。剣にしろ杖にしろ、どんな武器にしろ、是我にして全、全是にして我の精神だ。

 武器とは使うものではなく、己とする合一の心得こそ兵器たる『鋼』への究極。武具を己が扱うのではなく、武具が己を扱う極致。是こそ鋼の武神が武神たる所以。

 

「見なよひかり。あれが武神だよ……あれが出来るから、朱雀先生とかも教えを請いたがるんだよねー」

「美殊姉様すごい!」

「……あんなに目立って! 美殊様はあとでお説教です!」

「え? 僕また怒られるの?」

 

 なにやら物騒な言葉が、祐理さんの口から吐き出されている。そんな……ただこの錫杖に、少しだけ活躍の場を与えたかっただけなのに……

 5分間ほどの演武を終えたら、外国人観光客達からおひねりを頂いた。いえーい、ぶらぼ~。さんきゅ~!

 拍手喝采の彼らに対して手を振りながらスマイル0円していたら、ドタドタと足音が近づいてくる。

 

「一体何事だこれは!!」

 

 服装からして清水寺を管理する職員や僧侶ら達。あと警備の人らだった。彼らは顔を真っ赤にして怒っている。その剣幕に驚いたのか、拍手をしていた人らは散っていく。

 ……違うな。これは人払いの術だ。一定以上の呪力を持たない人は、無意識にここから離れようとしてしまう術。

 彼らは舞台上で杖を持つ僕を見て、指をさしてきた。

 

「ええと、これを持ち上げようとしたら台座から抜けてしまって。それで──」

「そ、その錫杖を抜いただと! 馬鹿な!! 我々にも抜けなかった付喪神が宿りし弁慶の武具を……貴様ら! どこに所属する術師だ」

「……抜けなかった?」

 

 錫杖に問うてみたら──

 

 ──重さだけで言えば術で身体能力を強化できる術師であれば持ち上げられる。しかし技量がとてもではないが満足できない。せめて我が主の半分でもないと認められない──

 

 うん。けっこう我儘だね、君は。あれ? でもそれだと恵那さんならいけるんじゃないの? すぐ傍に武神がいるのに、それだと我慢できない? ……ああ、そう……

 

 我儘な付喪神はさておき、どこの術師か名前を名乗れと言われたので、草薙護堂の従者『熊野美殊』と関東媛巫女筆頭衆の観光旅行ですと正直に伝えたら、めちゃくちゃ疑われた。

 眼鏡を取って目を青色にピカピカ光らしたら、顔を真っ青にして逆に恐れられた。すごいね、地上最強の魔王とその仲間たちの異名は。だがこれでこの場で怒られることは無くなるだろう。一体どこの誰が、まつろわぬ神と同等の力を持つ従属神と、媛巫女に説教をするのだろうか。

 

 清水寺は正史編纂委員会の京都分室の管轄だ。それだけについこの間の、大地母神激おこ事件を知っているだろう、つまり下手に刺激をすれば神の勘気を被ることになる。ま、それはそれとして一応謝らないといけないよね。

 僕はスッと居住いを正し──

 

「申し訳ありません! 申し訳ありません!! ほら、美殊様も!!」

「はい……ごめんなさい……」

 

 そんな一応なんて、温い謝罪を赦してくれる祐理さん(クベーラ)ではないと分かっている。スッと頭を下げて、罪を赦してもらうための行動を取る。神の深い謝罪だ。横で恵那さんもやってる。

 貫主や警備員らは、僕らを見て目を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「テーマパークに来たみたいでテンション上がるなぁ!」

「串カツだ!」

「おー!」

「喉元過ぎればと言いますか……この人達は、どうしてこう……」

「大変だね、祐理さんは。僕らみたいなのを監督しないといけないなんて」

「……………………」

「お姉ちゃんの目が据わってる……」

「凄いよね、師匠の性格。恵那も大概、自分では自由奔放であれな性格だなーとか思ってたけどさ。本物はすごいよね、意味不明さが極まっていて。このぐらいの性格じゃないと、王様の正室なんて務まらないんだろうね!」

「誰が正室じゃい、誰が」

 

 全く。どの人も口を開けば、僕が護堂の正妻だ正室だと……僕は()()護堂の権能で親友。そう護堂と取り決めているんだ。だからスキンシップだって控えめにしているんだから。

 まあいいや。そんなあれこれは串カツを食べて気を紛らわせよう。

 

「どこのお店にしようか……やっぱり新世界と言えばだるま?」

「恵那たちは初めて来たから、言われても良く分からないよ。師匠は何度か来ているの」

「何度かね」

 

 前世でと心の中で付け足しておく。今世で来るのは初めてだ。僕が元居た世界と、この世界には殆ど相違がない。違いがあるとすれば神様がいるぐらいだ……もしかしたら前世にも神様や術師はいたのかもしれないが。ん? そうなると京都から大阪の新世界まで来たけれど、僕にとってはここは本当に新世界になるのか。そう考えると、本当にテーマパークに来たみたいでテンション上がるぜ!

 ちなみになぜ串カツにしたかと言えば、僕が食べたいから。京都にいたんだから向こうの老舗で食べろやと言われるかもしれないが、転移術の使い手にしてみればどこそこの名物とかいつでも口に出来る。なにせお家を出て一秒で目的地だ。

 恵那さん達もおー本場の串カツでんなと乗ってくれた。僕はこれを聞いて、チッチッチと指を振りたくなった。串カツの発祥は大阪新世界のだるまが1929年創業したなんて言われたりもするが、実際にはもっと古い料理だ。

 原型自体は江戸文化。天麩羅屋が食べやすいように串に刺したのが恐らく本当の発祥だろうと言うのが通説。これを披露して釘ならぬ串を話しに刺すのも馬鹿らしいので言わないでおいた。

 

 だるまは妙に混んでいたので入らず、近くの別の串カツ屋に。恵那さんらはコーラやお水、お茶と好きなドリンクを選び、僕は生中を頼む。最初店員に未成年は頼めませんと言われたが、免許証を見せて事なきを得る……店員さんは僕の生年月日を見て三度見ぐらいしていたが。

 見た目10代前半、実年齢アラフィフで悪いかこの野郎……僕の振る舞いがアラフィフ? と言われたら辛いが。どうも神の肉体に精神年齢も引っ張られているような気もするのだ。なにせ神々は数万歳生きてるとか設定されていたりするのに、妙な嫉妬で呪殺したり、アンチ人間になって洪水で数十万人流したりすることも珍しくない。

 果たしてその行動が数千だの数万だの長生きする存在の所業なのか? と言われたら何も言えない。三つ子の魂百までならず、三つ子の魂億までを貫くのが神仏だ。つまり僕がとんちき行動するのは普通と言えよう。

 

「ところで今更なのですが、恵那さんは豚や牛を食しても大丈夫なのですか?」

「あんまり食べ過ぎたら俗気が溜まり過ぎるから駄目だけど、少しぐらいなら平気だよ。と言う訳で店員さーん! この串カツセット四人前で!」

「注文が早いね、恵那姉様は」

 

 そこからは女子会だ。まぁ女子会と言っても、生真面目な祐理さんが自由闊達な恵那さんと、自由奔放なひかりさんと、前世に常識を置いてきた僕に振り回される会だ。

 ゴールデンウィークの初日から、弟子兼友達みたいな子らとのんびりと駄弁りながらビール飲んで牛串をカリカリさせる。うーん、普段のニート生活とそこまで変わらない気もする。ちょっと違うとすれば、祐理さんがクドクドと僕や妹さんや恵那さんにながーい説法をすることぐらい。大変だねぇ、祐理さん。

 とは言え振り回されながらも、祐理さんはなんやかんや楽しそうだ。普段が生真面目だからこそ、こういった遊びの場を知って気を抜くことを覚えるのも大切なのだ……やり過ぎると僕になるけどね。

 

 そうして楽しい時間を過ごして……僕は目を見開く。

 

「……………………」

「──ですから、恵那さん達はさきの清水寺もそうですが、もう少しTPOと言うものを……美殊様?」

「どうしたの師匠……目が蒼く光ってるけれど」

「……ごめん。みんな一回家に戻すけれどいいかな」

「どうしたんですか、美殊姉様?」

「災いが来た。僕の結界に、馬鹿でかい岩礁のような呪力反応が出てる。具体的には護堂並のやつが」

 

 その言葉で三人とも顔が引き締まった。護堂並……すなわち神殺し。それが国内に入り込んだのだ。

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