前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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逃げ足の速さだけなら世界一

 サルバトーレの横薙ぎ。それは流麗な一太刀だった。

 常人がこれを視ようとすれば、まず視認は出来ないだろう。いつ踏み込み、いつ振り始めたのか理解の範疇外にあるだろう最短の太刀。

 技の始動と停止がほぼ同時に行われる最速の太刀は、なるほど確かに剣の王だ。まるでコマが抜け落ちた動画を見るかのように、刀を振る瞬間が完全に抜け落ちていた。

 

 僕はそれを目で追わない。そもこの手の攻撃を目で追ってはいけないのだ。

 かの宮本武蔵が説いた『五輪書』曰く、観・見二つの視点がある。観の目を強く、見の目を弱く、遠い所を近いように見、近い所を遠いように見ることが兵法では必要不可欠。

 敵の攻撃の位置を見で知るのではなく、所作を観──第三者視点で捉えるように動くべし。

 

 ようは肉眼で見ようとするな、第三者視点で観るかのように空から心の眼で捉えよの理念だ。FPS視点だと捉えにくい攻撃でも、TPSならやりやすいみたいな話。

 東洋では心眼之法訣と呼ばれる秘儀で、超一流まで極めた武術家や武侠であればおのずとこの領域に達する。

 だが僕の眼は更に上。心眼を更に極めた先にある『観自在』の領域。横薙ぎの太刀はまっすぐに僕の首を狙っている。コマ落ちの剣はまるでその間が短縮されたかのように消し飛ぶが、そこに僕はコマを差し込んだ。

 

 差し込まれるコマは僕が二本指で刀を止める映像。それは現実となり、サルバトーレの魔剣と化した模造刀は動きを強制停止させられる。

 

「うわあ! すごい!! 僕の太刀をそれで止めちゃうんだ!! 君、武神の中でも相当強いんじゃないの?」

「っ! なるほど、これがイタリアの神殺しの剣『斬り裂く銀の腕(シルバーアーム・ザ・リッパー)』。ケルトの神王、ヌアダから奪い取った銀の義手の権能。その手に握ったものは、なんであれ神すら切り裂く魔剣へと変化させる能力。止めたとしても、僕の指を傷つけるか」

 

 止めた筈なのに、僕の指に微かに赤色の線が奔る。切れ味が鋭いなんてもんじゃない。それに再生阻害の呪詛も含まれているのか、普通であればすぐに治る怪我が治らない。仕方ないので神力を回して、蛇を活性化させて治す。ついでに鋼化もさせておこう。斬られると痛いし。

 

「残念ながら、僕は武神の中だと平均レベルだよ。僕より腕のある神様なんて普通にいるから」

 

 我が家の父上とか。シヴァは多数の鋼に派生し、当人も舞踏王なんて呼ばれるほどの体を動かすことに特化した神格。どこぞの偉い格闘家の先生も、バレエダンサーとは決して戦うな……なんて言葉を残している。つまり舞踏家とは、同時に武闘家なのだ。

 それを100%受け継ぎ、また母親も戦士母神ドゥルガーや殺戮鬼神カーリーなどの軍神・戦神としての相を持つ。そちらも100%受け継ぐ僕は、本来であれば最強格の武神になれた。中身が残念過ぎるせいで劣化しているが……それでも軍神・戦神x武神のコラボは良かったのか、劣化しても我が父シヴァを100点とするなら、僕の近接技量は90点ぐらいはある。ありがとう母上、父上。あなた達が強かったおかげで、僕はなんとか頑張れてます。

 

「そうかな? 僕が戦った神様の中には、ジークフリードとか剣が強い神様もいたよ。彼らと比べても、なんとなく君の方が上なように感じるんだけどなぁ」

「それは気のせいだね。僕がそんな、正統派な英雄神より強い訳ないじゃないか」

 

 心の中でチッと舌打ちをしておく。相変わらず神殺しは勘が良い。僕の純粋な武芸の腕前は90点だが、それは本当に姑息な手段を使わない時の点数。なんでもしてよいのであれば、父であるシヴァの100点を一時的にだが超えられるが……それを見抜かれたか。

 まぁいい。今はこいつが、僕をまつろわぬ神として討伐しようとしていること。それをどう凌ぐかを考えようか。

 

「……ねぇサルバトーレさん。さっきから聞いていれば、まるで僕をまつろわぬ神のように扱っているけれどね。それは酷い誤解だよ。かつての僕は人類に仇名す神ではあったけれど、そんな僕は護堂に倒された。それで彼の権能となってからは、人類守護の為に身を粉にして働いているんだ。なのに討伐すべき神として狙われて、いきなり刀で斬られるような謂れはないよ」

「誤魔化さなくていいんだよ! 僕のカンピオーネの本能が、美殊! 君を倒すべき敵として認識しているんだ。なら僕はその本能に従って、君を斬り倒すことにするよ」

「話が通じないなぁ……サルバトーレさんの噂はたくさん聞いているよ。そっちがどれだけ言葉を重ねようとも、周りは今回の事件を聞いても、ああ、またあの馬鹿が余計なことをしでかした……なんて思われるだけの噂をね。そのゴルゴネイオン」

 

 僕は彼の胸にぶら下がる神具を指さす。

 

「それを預けたのはイタリアの魔術結社でしょ。なら僕は、あとで彼らに護堂名義で抗議文を送るよ。君らが神具を預けた神殺しは、なぜかまつろわぬ神を引き連れて日本に来やがりました。その上闘いをしたいからと言って、喧嘩を売りました……そんな内容の遺憾を示すよ」

「別にいいんじゃない? 一応イタリアの魔王様なんて呼ばれているけれど、僕が彼らを率いている訳じゃないし。その抗議文に対してどんなリアクションをするのかは、彼らに任せるさ!」

「こ、こいつ……」

 

 中々のイケメンがニカッ! と白い歯を見せて笑っている。ここだけ切り取れば絵になりそうな場面だが、言ってる内容は僕の知った事じゃないから勝手にしたらどうぞ、だ。僕も大概な性格をしていると言われるが、この金髪剣士はそれより酷い。

 同じカンピオーネでも、若干あれなところのあるアレクやあれこれ言われるとムッとする護堂だが、彼らは外面を気にするのでマシだと言うのが良く分かる。体裁も外聞も何一つ気にせず、自分がしたいことを気ままにする魔王と言うのは、ここまで厄介──

 

「いきなり斬りかかってくるな!」

「それを普通に避けられるんだから怒らないでよ」

 

 もはや気にする気もないのか、サルバトーレは僕を殺さんと魔剣を振り回してくる。これと言う型がある剣捌きではなく、こう振れば敵を斬り殺せるだろうと言う実戦の中で培われた無形のそれだ。

 手首の返しと肩の稼働を十全に活かし、稲妻の如き速度でこちらを閉じ込めようとする白銀の剣檻。一度囚われたら最後、バラバラにされて僕は死ぬだろう。

 

「そもそもその模造刀は何!? 幾ら刃を潰していても、そんなもの日本国内には持ち込めないだろ!!」

「これは僕の友達に用意して貰ったんだ。昔観光に来たときに、ジャパニーズヤクザとか中華系マフィアと揉めてね。その時ボコボコにしたら、彼らと友情を築いてね。ほら、日本では河川敷で殴りあえば絆が育まれるなんて言うだろ? それと同じだね!」

「神殺しと殴り合いが成立するヤクザなんているか!? これでもかと恐怖心を植え付けて、傘下に収めたんだな!!」

 

 どうやらスジモンに命じて、模造刀でもいいから用意させたらしい。権能により魔剣化する以上、刃物の質には一切拘らないで良いようだ。

 とりあえずそっち系の人らは後で絞めに行くとして、まずはこの剣撃をどうにか凌がないと。

 

 腕に飛んできた。だから腕を少し動かして、最小単位で回避する。魔剣による斬撃だけでなく、足技でこちらをこかそうと仕掛けてくる。だから一瞬だけ脚に蛇の呪力を集めて鋼の強度を鍛え上げ、その蹴りを弾き返す。

 サルバトーレ・ドニの権能には、僕と同じ体を鋼にする代物もある。普通なら鋼化した僕の脚を蹴れば逆に向こうが痛めるのだが、どうやらあちらも既に鋼の肉体になっているようだ。

 

「僕と同じ権能か。面白い、ならその鋼ごと両断してみせよう!」

「それは当ててから言いなよ!!」

 

 斬撃は一合どころか、数十、百と重ねられるが、どれ一つとして僕には届かない。これは単純に、目の前の剣士より僕の方が技量が上だから。

 イタリア最強の剣士──この評価は権能込みの強さだろう。単純な技量だけに限定するならば、サルバトーレの剣技は僕を100点とした時85点ぐらい。人類最上位には違いないだろうが、武神の平均値と比べたら若干低いぐらいだ。

 撃剣会の朱雀さんとかの方が、剣の腕前に限定するなら普通に上だろう。話に聞く聖ラファエロさんとかも、たぶんこの金髪剣王より腕前なら上位の筈だ。僕の純技量は、この人達よりも更に上。

 

 それだけでなく、僕は結構ズルもしている。それは魔女の直感と、それを発展させた短期間の未来視。どこにサルバトーレの剣が飛んでくるのか。どんな手を使ってくるのか。0.0001秒の未来を僕は観測する。

 これに武芸者としての先読みと気の起りを組み合わせ、心眼最上位『観自在』も容赦なく使う。それら全てを混ぜ合わせることで、ほんの一秒先までだが確定した未来として扱っている。

 一秒限定の完全未来視。それを使うのは武神の平均値。これで当てられるようであれば、僕は凡神の肩書すら返上しないといけない。

 

 とは言え、当たれば切裂かれる刃を避け続けるのは神経が削れる。ふぅううと息を吐き、一気に僕も攻撃に転ずる。取り出すのは付喪神が宿った、弁慶の錫杖だ。

 

 台座に戻そうとしたら、僕の演武が相当気に入ったのかこれでもかと拒否された。武神の手を覚えた後に、武の文字にすら触れた事のない凡夫どもに触られるのは気に入らなかったらしい。

 それを貫主に相談したら、ならば貰ってくれと言われた。付喪神がお選びに成られたのであれば、僕が正式な所有者になっても問題ないのだとか。それに武神や軍神に使われた方が、武具としても本望だろうと。

 

「はぁ!!」

「うわぁ!!」

 

 付喪神が宿りし鋼鉄の錫杖は、台座から引き抜いた時の錆は一つもない。なぜなら僕が地母の神力で鍛え直し、この付喪神を最後の王の従者として任命したからだ。

 元のままでも元が名高き弁慶が使用し、千年近い時を超えて付喪神化した武装なので相当に強力だった。人間が使う装備としてならば、間違いなく最上位の霊的武装だった。

 

 だが僕が使うとなれば、相手はまつろわぬ神や神殺しだ。人間基準の最上位では力不足にもほどがある。だからこそ錆を落とし、武神が使うに相応しい格にまで引き上げた。こちとらブラックテクノロジーをぶち込んだ『鋼』を量産する、なんでもござれの武器職人。これぐらいの芸当はどうとでもなる。

 

 剛力を籠め、全身全霊で体を回転させ遠心力を乗せた錫杖を振りぬく。サルバトーレが使った、最短最速の剣術。それの杖術版だ。たった一打で全てを叩き潰さんとする打撃は防御に回った彼を魔剣諸共打ち据え、遥か彼方に吹き飛ばす。

 飛ばす方向は大阪湾方面。僕もそれを追いかけて、飛翔術であとを追う。人間の魔女が使うようなそれとは違い、音の壁をあっさりと超えた速度で目的地──の随分手前に到着。場所としては夢洲の辺り。海まで飛ばして沈めるつもりだったのに、鋼化しているせいで重く、思ったよりも飛ばなかったようだ。

 

「酷いことするな。僕じゃなかったら、今ので死んでるよ?」

「それで死んでない癖によく言うよ……僕はあんまり殺しとかしたくない。そう言うのは好きじゃないから。僕を斬りつけて来た分は今のでチャラにするから、ここらで手打ちにしない?」

「それは嫌だね。僕より武芸達者で、僕に攻撃を通せるやつなんて全然いないんだ。それこそ中華の教主様ぐらいだった……やっぱりさ、戦いになる方が楽しいじゃないか? フラストレーションが溜まったからフラッと日本に来てみれば、こんな上等な敵がいたんだ。こんな中途半端に終わったら、それこそストレスを覚えるよね!!」

「ふぅん。つまり、まだ全然やりあいたいと?」

「ふふ……」

 

 にやりと笑いながら、サルバトーレは剣を構え直す。まだまだ物足りないと、その顔には書いてあった。そうかそうか、そんなにやりたいなら……僕は付き合わない。

 

「じゃあ、一人で剣を振ってなよ。僕は帰るから」

「え? 待ちなよ、僕と剣で語り合おう──」

 

 なんか言っているが、僕がこれ以上こいつに付き合う義理も義務もない。本当はあの神具を回収したいのだが、無理に奪おうとすると駄目な予感がするのだ。神殺し特有の、なりふり構わない好き勝手な手を使い出す予感が。

 なので一度東京に戻り、作戦を練り直すことにする。仮にこいつとこれ以上戦うにしても、僕一人でやる気はない。護堂と一緒に囲んで袋叩きにする。

 

「ちょ! ま──」

 

 何やら言おうとしていたが、面倒なので転移で即離脱。見える景色が移り変わり、東京にある委員会の建物の一室に到着する。

 

「美殊! 無事だったんだな……なんか疲れてないか、お前?」

「護堂……どうしよう。馬鹿が来た」

「……良く分からないが……来日した神殺しが馬鹿だったの……か?」

「うん」

「それは……どれぐらいの馬鹿なんだ?」

「僕の十倍ぐらい」

 

 それを聞いた護堂が天を仰ぎ、嘘だろとか呟きだした。ねえ護堂? 僕を基準にして話してみたら、それで納得するのはどう言う見解なのかな? 嘘でもいいから、お前は馬鹿じゃないだろとか優しい言葉をくれない?

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