前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
【とある女神の個人的な手記から抜粋】
この世には神様がいる。それは魔術などの『裏』に関わらない普通の人からすれば空想上の産物で、『裏』の関係者にとっては確かに存在する超常現象の化身達。
神々は人が織り形を成した神話を核として、時折神話の世界から抜け落ちて地上に顕現する。なぜ顕現するのか? と問われたとしても、それはそう言うものだからとしか答えられない。ともかく神は幻想ではなく、実在するのだ。
そして神話から抜け出し、地上に墜ちた神をまつろわぬ神と呼ぶ。まつろわぬ──つまり神話を核としながらも、神話に従わない。地上に出現した神は、人間が定めた神話の枷から解き放たれる事で、性格が大きく歪みやすい。
人々を守ることを生業とする善神は、人間を皆殺しにすることで人間の尊厳を守る神に。人に愛を伝授する愛神は、人間の意識を塗りつぶして洗脳する邪神に。戦いが嫌いな平和の神は、戦争を引き起こしまくる軍神に……どうしても歪んでしまう。
神々は得てして強大な力を持つ。神話上の星を吹っ飛ばしたとか、宇宙を一度無に還すなどのとんでも現象は流石に無理だが、それでも生身の攻撃一つで山を吹き飛ばし、数百万人の精神を半日で崩壊させて廃人に変えるなどは当然の如く行えてしまう。出現しただけで周囲の人間を犬や猫、牛に馬と言った動物に変化させてしまうこともある。
僕にしたって、『蛇』に内蔵されている母親から引き継いだ冥府神としての神格を解き放って街を歩けば、それだけで呪力耐性の低い人間は心臓が停止してしまう。人間基準で最高峰の魔術師でも、一度冥府の霊力に晒されてしまえば、数ヶ月は寝込み後遺症に悩まされてしまうだろう。
東京23区を30分もあれば瓦礫の山に変えてしまう事だってできる。
端的に言えば、まつろわぬ神は人間にとって災厄そのものだ。意思を持って街中を闊歩する、核兵器搭載型戦略兵器と呼んでも差し支えない。その上で人間が作った兵器や、一部の魔術以外は通用しない特別な肉体を持つ。向こうが一方的に核兵器やBC兵器を撒き散らすのに対して、人間側はこれと言った抗う手段を持たない。理不尽だよね、ほんと……
通用する一部の魔術を行使するにしても、人間の魔術師とまつろわぬ神の間にはとんでもない戦力差が存在する。仮に平均的な魔術師の戦闘能力を1とすれば、僕の戦闘能力は10万とか100万とかそんな数値になる。最初から比べる事すら烏滸がましい、絶対的な戦力差。人間の技術力が発展し、将来的に人型決戦兵器を作るレベルの化学力まで伸びたら話も違うかもしれないが、それは数千年や数万年先の話なので割愛しておこう。
ともかく、人間にとって神とは抗いようもない天災そのもの。存在自体が遥か格上の絶対者だ。
だから、神に対して人間は頭を垂れて伏して過ぎ去るのを待つか、あるいは恭順し、媚びて敬い恩恵を授かれるように畏れ奉るのが関の山だ。
……ただし、そんな当たり前を飛び越える人種もいる。それが神殺し。文字通り、人間の身で神を打倒した例外。何度も何度も奇跡を重ね、ここしかないと言うピンポイントな勝ち筋を見出して実力差をひっくり返し、ジャイアントキリングを達成させた理不尽の極致が神殺しだ。
日本においてはラークシャサや羅刹王、シンプルに魔王なんて呼ばれている。魔王は魔術師からは、文字通り王として扱われる。神を殺し、彼らが持つ権能を簒奪した頂点として……
権能とは神が持つ特殊な能力だ。僕で言えば他者を治癒する、雷を操る、超速再生、体を金属化させる、死の言霊──そう言った、神だけが持つ超常能力。それを殺して奪い取ったのが神殺しの魔王で、簒奪した権能を使いこなすのも彼らの特徴だ。
僕なりの彼らの特徴を一言で言えば……良くも悪くも考えなし。なるようになれ~の精神が根底にあるように見える。そして、そんな行き当たりばったりの精神でも、最終的には辻褄を合わせてそれなりの結果に着地させてしまう。とにかく運の良さについては、幸運の女神であっても彼らには届かないであろう。いや、本当にあの運なんなんだろうね? 護堂の時みたいに僕が主軸で神と戦ったとしても、神殺しの素質を持たない人間は止めを刺す前に死亡するだろうし。
あと神殺しは勝負勘が凄い。護堂にアレクサンドル・ガスコインやジョンと言った神殺しの面々は、僕と比べても普通に弱い。300年を生きるベテラン神殺しの東欧の最恐ヴォバン侯爵や、こちらも200年を生きる中華の武人にしても、正直なところカタログスペックだけで言えば僕の方がたぶん上だ。これは神と神殺しを比べた時、神の方が普通に強いせいだ。
しかしいざ殺し合いをすれば、僕は神殺しに勝てるかと言われたらあまり自信がない。全員自分がどうすれば勝てるのかを、嗅ぎ取る嗅覚がおかしいのだ。1%でも勝ちの目があるならば、それを引き当ててくる。
そう言った点を踏まえて、神殺しに人間が挑むことはかなり少ない。過去には神殺しの横暴に耐えかねて挑んだ魔術師は数知れないが、全員返り討ちにあって死亡している。
だからあえて言おう。神殺しとは地上の覇者だ。神々に地上を闊歩させることを許さない、大地に君臨する王者たち。よほどの理由が無ければ、僕もあまり戦いたくはない勝利の申し子……もっとも、よほどの理由があれば戦わざるを得ないんだけどね。
性能自体で言えば、僕はまつろわぬ神そのものと言えるんだから……
【グリニッジの賢人議会により作成された、草薙護堂についての報告書より抜粋】
知っての通り、かの御仁は七人目の魔王である。正体不明の女神を弑し、まつろわぬ女神を自らの従者として使役する権能を有している。
『陰陽の従者』と名付けられたこの権能は、彼が最初に倒したと言われる出自不明の女神を再召喚する力……と言われている。
この女神が一体どこの神格なのかは、未だに判明していない。
これは女神の特性が非常に複雑で曖昧だからだ。女神となればまず大地母神が候補に上がるだろう。事実、かの女神は大地母神が持つ特徴──『蛇』などを有している。
蛇とは言うまでもなく、大地母神の象徴としての在り様です。今日では脱皮は生物としての習性に過ぎないと知られていますが、古代においては生と死を司り不死そのものとして扱われました。
抜け殻は死体であり、一度死んでもなお動き生命活動をする蛇は死してなお復活する神の化身です。太古の物語であるギルガメシュ叙事詩でも、英雄ギルガメシュは蛇に不死を横取りされました。蛇と不死を結びつける物語は古今東西に存在します。
そして蛇は大地からもたらされる恵み──豊穣の作物を荒らす害獣を倒す聖なる存在でもあります。代表としては鼠。古来鼠は作物を食い荒らす害獣でした。そんな鼠を食し、人間にとっての益を運ぶ蛇は大地の女神が遣わす使者と見做されるのに時間はかからなかったでしょう。
その他にも水の流れと結び付けられやすい蛇はまた、大地と縁が深い。水の流れるところに文明が興される以上、川や池などの水そのものが大地から人類に与えられる実りそのもの。これもまた大地母神に還元されやすい属性と言っても過言ではない。
しかし……しかし、かの女神には鋼の属性も見られている。
鋼とは剣や鉄器が神格化されたものです。印欧祖語民族の一派が現在のトルコにヒッタイト王国を紀元前17世紀頃に建国し、そこで多数の製鉄技術が培われたと伝えられています。鋼の神格はその時期に原型が誕生し、ヒッタイトの滅亡と共に技術が流出し、古代オリエントの世界において一気に多方面に伝播されました。
それに伴い当時成立しつつあった多数の神話に鉄の技術が取り込まれ、英雄や軍神には製鉄の技術方式や新しい文明と融合された……と言うのが、現在の見解です。
鉄なる新技術により、大地を耕す土農工具には鋳造された鉄が用いられるようになりました。大地は鋼により容易に傷つけられるようになり、またこの時期には武器にも鉄が用いられるように……
その結果、当時の主流であった大地から恵みを人類に分け与える大地母神は下火になり、頭角を現すようになったのは戦を司る軍神や戦神です。鉄器を体に纏い、侵略行為を働く略奪者達……平和や豊穣よりも、戦いを生業とする神格の方がよほど分かりやすい信仰対象として崇め奉られた。
それらは大地母神から権威を奪い取った……つまり多くの女は信仰対象として主流から外れ、代わりに男の神々が戦場の拡大と共に信仰を搔き集めた。古代人の観点からしても、物理的に弱く見える女性は信仰を捧げるには不足だったのでしょう。
ゆえに、大地母神の気質と鋼の気質は水と油のように反発しあい、混ざり合う事は考えられません。そもそも女性神格と鋼の英雄神そのものが簡単には結び付かない。数少ない例を探せば女神かつ鋼の神格は存在するが、それらが大地母神も兼任することは殆どない。大抵は鋼の神格と別の神格に切り分けられてしまいます。
そのため、かの女神の正体は未だに不明としか言えません。どこで発祥し、どの民族に信仰された神格なのかは未だに正体が行方知れず。
ただ一つだけ確かなことがあります。草薙護堂の権能であるこの女神は……まつろわぬ神だった時から、力が衰えていないことだけが確認されています。
草薙護堂が神殺しとなってから2年弱にして、現在の季節は三月。肌が冷える季節も終わり、そろそろ気温も暖かくなってくる時期に、僕は護堂から一つの神具鑑定を御願いされていた。
「この神具は何かな?」
「えっとだな。それはじいちゃんのところに巡り巡って回って来たものらしく──」
うんたらかんたら。護堂の祖父である草薙一朗は、色んな方面に知人友人の多い人物だ。あと女遊びがすごい。そんな人物にも当然若いころがあり、大学に通っていた頃がある。
その大学時代の旧友の持ち物が一郎の手に渡った。それを貴重な物と考えた一郎は自ら旧友に渡すためにイタリアまで行こうとしたようだが、それには護堂が待ったをかけたらしい。その理由が、護堂から見たところ神具に見えたからなんだとか。
「じいちゃんは僕が行くんだって言ってたけど、それで神様関連やら魔術師、呪術師のごたごたに巻き込まれたりしたらまずいだろ? だから俺が行くつもりで引き取ったんだが……行く前に、美殊に見て貰った方が良いかなと思って」
「別に僕じゃなくても、委員会の呪術師や、委員会じゃなくても媛巫女やらに頼めば答えてくれると思うよ?」
「でも美殊が見るのが一番早くて確実だろ?」
「それは否定しない」
神殺しとなってから2年弱。護堂が狼を倒したのが2006年の6月で、現在が2008年の3月だ。それだけの期間があれば、当然のように色々なことがあった。日本の公的な魔術機関である正史編纂委員会と関わったり、いくつかの神格と争ったりと、本当に色々だ。
この世界には呪術や魔術が実在し、それらを使う人間は魔術師だの呪術師だのと呼称される。
彼らは普通の人間とは違う不可思議な術を使い、長い時間をかけて裏の世界に自分達の居場所を創り上げて来た。深く探りを入れていけば、先進国・後進国を問わず彼らの影響と存在が裏側に垣間見える。分かりやすく言えば、政財界に強い影響を持つ。人類の歴史の陰には、多くの呪いや伝統が存在するのだからさもありなん。
日本では『官』と『民』に呪術師は分かれている。官は文字通り国に仕えている公務員で、現在は正史編纂委員会と言う比較的新しい政府直属の秘密組織だ。民はその反対で、国に仕えていない呪術師の事。
このうち、『官』側である正史編纂委員会と護堂はそれなりの関係を築いた。神殺しとは魔術師にとって、頭を垂れ恭順する存在だ。なので護堂が頼めば、快くこの神具が何なのかを探り、答えを探してくれるだろう。それこそ、『霊視』持ちの媛巫女も動員できる。
霊視とは未来予知だったり、お告げだったり、神の神格や神具の由来などをアカシャの記録にアクセスして引き出す特殊能力。大地母神の遠い子孫である媛巫女達には、この手の能力が発現し易い。
しかし大抵の霊視持ちの的中率は1割もいかない。この力に特化した者であれば6割と破格の成功率を持つが、それでも6割。決して100%ではない。
では僕はと言うと……確実に成功させられる。なにせ遠い子孫どころか、大地母神の実子なのだ。母親が持つ地母の性質をそっくりそのまま持つ僕は、大地母神が使える権能であれば大体はカバーしている。だから護堂が言うように、下手に媛巫女や委員会に頼むよりは、僕に持ち込む方が確実と言えば確実だろう。
「それじゃ、見させてもらうね。ふんふん、なるほど──」
鎖で手足を繋がれた男と、鳥、太陽、月、星の絵が刻まれたB5サイズの石板を眺める。翼を広げた鳥と鎖の男となると……ああ、あれか。それならちょちょいのちょいとな。
「これはプロメテウス由来の魔導書だね」
「魔導書? 魔導書って紙じゃないのか? 美殊も何冊か持ってるけど、全部紙だったよな? なのに石が書物になるのか?」
「なるよ~。めっちゃなる。紀元前30世紀ぐらいには、エジプトでパピルス紙が発明されたけど、あれは保存には全く適してない。だから保存用途としては、こういった石に刻む方法が好まれたんだよ。もっと時代が進んで紀元前3世紀から2世紀頃になり、ペルガモン、今で言うトルコだね。あそこでヘレニズム文化が繫栄し、羊皮紙が作成されるまでは、どうしても紙による保存性はね……現代で言えば、SSDよりHDDの方が長期保存には優れているみたいな問題かな?」
「SSD?」
「最近発売されたばかりの、コンピュータの記録媒体だよ」
「……そっちの方面は良く分からないからパスする」
「どうして神の僕よりも、現代人の護堂の方がIT分野に弱いのさ?」
護堂の生活スタイルは現代人のようで、微妙に現代人じゃない。まだこの世界にはSNSと言えばmixiぐらいしかないけれど、スマートフォンが主流になりfacebookとかが本格化してもやらないだろうな~。
「それはいいか。この魔導書についてだね。これはプロメテウスの持つ偸盗の力を持っているみたいだね」
「偸盗……盗むってことか?」
「正解。プロメテウスは火を盗みだし、人類に与えた逸話を持つ神様……おい、耳を塞ぐなよ」
「いや、神様絡みの蘊蓄を聞かされると、また面倒ごとに巻き込まれそうな気がしたんだ」
「……神具を一郎お爺ちゃんに代わり、イタリアに持っていくと決めたのは護堂だよね?」
「それでも抵抗したいんだよ……分かるだろ?」
「分からないでもないけどさ……」
神様絡みに巻き込まれると、ドッと疲れるのは百も承知。僕も関わらなくて生きていけるなら無視したい案件には違いないが、それをするには護堂と僕は強大な力の持ち主だ。どこぞのスタンド使いの惹かれ合う理論然り、力にはある種の引力が存在する。
つまり当人が望む、望まないに関わらず、どうしたって面倒ごとは起きるのだ……あと護堂? 君の場合、トラブルがある時に放置されるのはそれはそれで嫌いな質で、最終的には自分から首を突っ込むんだから諦めなよ。
「じゃあただの雑談ぐらいに聞いておいて。古代の世界、だいたい紀元前100万年前には、人類は火を自力で起こす手段を持たなかった。あ、ここの人類は護堂たちホモ・サピエンスじゃなくて、いわゆる原人や旧人類。ホモ=エレクトゥスやネアンデルタールの事だよ。当時から火を使っていた痕跡はあるものの、それは自然発火した火を使うぐらいが精々だった」
火山や山火事で起きた火や、雷が落ちて発火した木から火を拝借するぐらいが人類の限界だったはずだ。それらを変えたのは、自力で火を起こす方法を獲得して、日常生活に使用できるようになったから。
「プロメテウスの原型が誕生したのは、今から15万年ぐらい前。山火事にしろ、雷による発火にしろ、それらは大地の神や空の神が引き起こした現象に過ぎない。当時の価値観で言えば、火とは超自然的存在が使う不可思議な現象だったんだ」
「ふうん。だけどそれが変わった……あ、そうか! だから盗んだとか、そんな話になるのか」
「そういうこと。神だけが熾せる不思議な現象である火。それを人間が自力で使えるようになったのは、誰かが神様から盗んだからに違いない! なんて価値観になってもおかしくはない。では誰が盗んだのかと言えば、神様の中の一人が盗み出し、人類に技術を与えてくれたんだー、みたいな? 当時はまだプロメテウスなんて名前も付いていない、文字が無いから名前も残っていない古い神格の物語だね。発祥元を追えば、現在のザンビアやボツワナ辺りだよ」
今日まで伝わっている神話の原型は、大体アフリカやエジプトやイラン・イラク辺りに起因する。ホモ・サピエンスの移動と伝播に比例して伝わっていくのだから、そりゃそうだろと言う話だ。きちんとした神話体系として編纂されるのは、エジプト文明やメソポタミア文明、あとはもう少し上に上がり印欧祖語民族がユーラシア中に散らばるのを待たないといけないが。
「この石板にはそれと同じ神格の力である、権能を一時的に奪い取る力が備わっている。どうやら条件があるみたいだけど……別に発動条件については、護堂としてはどうでもいいよね?」
「ああ、そうだな。別にこれを使いたいとか、そんな訳じゃないし。あくまでも知りたいのは、これは持ち歩いたりしても、問題ないアイテムなのかどうかって点だ」
「それなら問題ないよ。神具を引き金にまつろわぬ神が出現する事例もあると言えばあるけれど、それにはいくつかの条件を揃えないといけない。神殺しの魔王である護堂が、神具を持ち歩く……若干微妙な気もするけれど……」
「え?」
僕が眼を逸らしながら言うと、護堂がマジで? みたいな顔をしている。そりゃあねぇ……トラブルメイカーが、トラブルの原因になり得るアイテムを運ぶんだよ? 絶対何かあるよ。
「ねぇ……これ、ほんとに護堂が運んでいくつもり? 僕としては、あまり推奨出来ない気もするんだけど」
「うーん。この石板をさ、例えば国際便で送るとかすると、どうなると思う?」
「神具を国際便で? 爆弾を送りつけるようなものだよ、それ。何かあった時に、飛行機が落ちました……船が沈みましたぐらい起きたとしても、そりゃそうなるよと僕なら言うね」
「それはまずいな。そうなると、やっぱりこの石板、俺が直接送り届ける方がいいんじゃないか?」
「向こうに来て貰うのは駄目なのかい?」
「それは無理だな。じいちゃんがもう、向こうさんに行くと伝えているんだ。ここでやっぱり来てくださいなんてのは、俺としてはあまりしたくないな。失礼だし」
「アポイントの約束を取り付けた後に、前言撤回……確かに宜しくはないね」
宜しくはないが、神殺しが地中海にレッツゴーこんにちはするのも宜しくはないと思う。うーん……仕方ないね。
「ならいつも通り、僕もついていくよ。この神具に何かあってまつろわぬプロメテウスなりが降臨するとしても、その前に何かしらの措置は取れるだろうし」
「え? ついてくるの?」
「……その言い方、ひょっとしてバカンスも楽しみたいから、一人旅するつもりだった?」
僕がそう言うと、護堂の目が泳ぎ始めた。あ、こいつ……中学を卒業して高校まで暇してたから、のんびり羽を伸ばす気だったな。
「護堂が神殺し云々とかの前に、まだ15歳で海外旅行だゴー! するのはどうなんだろうね? これがツアー旅行だったら、親の同意書が無いと駄目とされるぐらいだし」
「それは今更じゃないか? うちの家なんて放任主義で、やりたいようにやりなさい方式だぞ」
「それは草薙家が特殊なんだよ。それにさっき言ったけれど、神具に何かあった時用の調整役がいた方がいいよ。護堂が自分で、この手のアイテムの手入れが出来るなら問題ないけれど……できる?」
「……できません」
「ならついていくよ。それに……対外的には、僕は護堂の権能だ。それが日本でお留守番なんてしていたら、周りにおかしな視線を向けられる可能性もある。だから一緒に行動するのが、色々な点で道理だよ」
「……でもなぁ……美殊と行動すると、大抵恋人ですか? とか聞かれて、ちょっと……」
……ああ。そういうことか。なんで渋ってるのかと思ったら、護堂が思春期だからか。思春期に女性──僕の場合、外見だけで言えば女の子だ。年齢で言えば今年で20になるけれど、17ぐらいの外見で成長が止まっている。そんな子と出歩くのは、どうにも気恥ずかしいか。
「別に気にしなくても良いんじゃない? 前にも言ったけれど、護堂と僕はそんな関係じゃないんだから、胸を張って否定しなよ」
「……そんな関係ではないけどさ、確かに」
僕の性自認は一応男性だ。一応……たぶん……男性で良い筈。と言うのも、この体になってから20年は経つ。流石にそれだけの時間が経つと、前世の価値観が大分薄れてしまうのだ。
もしも前世の僕と、今の僕が対談したとしよう。絶対に話が噛み合わない。20年も経つと言う事は、それだけ時間の重みが増してしまう。
なお僕の性別が女性になったのは、大地母神の性質を引き継いだせいだ。鋼の神格は男性神格が主流なので問題ないが、大地母神は女性神格じゃないと流石に無理。なのでどうしたって、この肉体の性別は女性になるしかなかった。
今の僕を表現して説明するとしたら……前世で流行っていたLGBTのT? いや……微妙に違うどころか、大分違うような気もする。本当のTの人にぶん殴られたとしても、文句言えない愚痴ではなかろうか、これ?
しかし説明する上で、これ以外にどう説明したらいいのか知らない。あとLGBTが本格的に流行るのはSNSの台頭を待たないといけないので、2008年現在では説明しても理解を得られにくいと思う。僕が前世で生きていた2025年とはかなり違うから、この辺りのジェネレーションにギャップを感じるね、ほんと。
とまぁ、僕の心情はさておき、一応まだ男性自認をしているので、護堂の恋人や彼女ですかと問われても、違いますとしかならない……もっと時間が経ち、人間時代の価値観が完全消滅したら分からないが。
もっとも、その時には護堂は普通にご家庭を築いて……築けるのか? 神殺しが普通のご家庭を築けるのか? そもそも普通の女の子が、護堂と良い関係を築けるのか? 護堂のお嫁さん候補としては、清秋院家の御令嬢さんがいるけれど、あの子は普通とは言い難い。
……やめよう。これ以上考えると、僕の脳みそが爆発しそうだ。
ともかく僕は護堂に対して恋愛感情は無いし、護堂の方もそんな素振りは一切ない。だからそう言った関係ではないのだ。無いったら、ない。
「でも傍から見れば、やっぱり美殊は普通に女の子だ。それも……まぁ……かなり可愛い方の。そのせいで、偶に知り合いからあの時歩いていた美少女を、彼女じゃないなら紹介してくれないかとか頼まれるんだ」
「美少女ねぇ……それは否定しないけど」
この体に生まれついてから20年ほど経つが、今でも鏡を見るとはぇ~と自分でも驚くぐらいの美少女顔が自分だ。神々は凄い異形か、凄い美形のどちらかしかいない。
僕の両親も例に漏れず、凄い美形だ。その娘である僕も当然、うわぁ綺麗! みたいなことになる。どこぞの紐神様や時雨改三を忠実に実写化したら、こうなるんじゃない? みたいな見た目だ。ボディラインも完璧で、衣替えの時に太らない体すっげぇ! となってる。ちょっと背が低いのは難点だが……
「まぁ……今は我慢してくれよとしか言えないね。護堂が一人でのんびりしたいなら、現地で僕は壁にでもなっておくからさ」
「壁?」
ああ、これもまだ通じないか。甘粕さんならギリ通りそうな気もするけれど。
このあとめちゃくちゃ頑張って説得し、イタリアのサルデーニャ島には僕も随伴することになった。