前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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旧き大地母神 VS ○○の女王

 まつろわぬアテナ。幻視の中で見た中学生ぐらいの背丈をした、まだまだ幼い少女な見た目。

 けれど内包している力は、そこらを歩く子供とは訳が違う。

 この場にいる5人の中では、僕に次ぐ力の持ち主だ。ゴルゴネイオンを手にすれば、更にその力を増す。そうなれば真なるまつろわぬ身となり、地上に災禍を振り撒く存在となるだろう。

 

「先ほどぶりだな、アルダーナーリー。なぜ(わらわ)との交信を拒んだ?」

「数時間ぶりだね、アテナさん……アテナさんに蛇を渡したくないから。それが拒んだ理由だよ」

 

 僕の答えを聞いたアテナさんは、物珍し気な様子をしていた。蛇を渡せないとは言ってあるが、なぜ拒んだのか。それを考えようとしているようだ。

 

「この時代を気に入っている。そう申していたな。妾はあの言葉を、そなたも蛇を手に入れんとする嘘だと考えた。だがあれは虚偽ではなく、真実の言葉か……あれはあの場での誤魔化しではなく、真に心からそう思考したが故の答えか?」

「当たり前だよ。アテナさんの言う、人間が回帰すべき古の時代。それは日が沈めば、星と月の明かりだけだ大地を照らす時代。そんな時代はお断りだ。ちょっとあれが欲しいなと思い、少し夜道を歩けばコンビニがある。あなた達旧き女神が望む太古は、僕が好きな快適ライフとは程遠いから」

「……ふ」

「なにさ?」

 

 僕を見て、アテナさんは哀れな小娘を見る目で僕を見下していた。なんでそんな目を?

 

「アルダーナーリよ。そなたが誕生したのは、シヴァやパールバティがこの世に生まれてから後の時代。ならば神としては歴も浅い。ゆえにそなたは理解しておらぬのだ。この時代が如何に堕落して、如何に脆弱なのかを」

「脆弱とか、堕落とか言うなよ。いつの時代だって、その時その時に合わせた今があるだけだ。昔は良かった懐かしかったなんて、僕から言わせれば押しつけがましい老害だよ」

「……そうか。それがそなたの価値観であるならば、妾がこれ以上言う事でもないな……ではそれとは別で、一つ問おうか。なぜ神殺しが二名もこの場におる?」

 

 僕は護堂に目配せし、サルバトーレの行動を観察する。アテナが登場したことでそちらに気が惹かれたのか、剣の王は臨戦態勢は取っているが飛び出すような気配はしなかった。

 ならば今は、アテナさんと対話しよう。変に別の方に気を取られて、僕の仕込みが見破られても嫌だし。

 

「どうしてと言われたら──」

 

 アテナさんの蛇はそこにいる金髪馬鹿が持っている。これは見たらすぐに分かることなので、アテナさんは鷹揚に頷いていた。

 その蛇を持ってなぜか馬鹿が来日した。それだけでもはた迷惑この上ないのに、やつは僕と護堂とも喧嘩をしたいらしく、僕を口実に斬りかかって来た。

 

 それらを全て聞き終えたアテナさんは、暫し考える顔をしてから──

 

「そなたの事情は理解したが、なぜ黒髪の神殺し──草薙護堂と共におる。そなたの口ぶりからすれば、まるで神殺しに侍っているように聞こえるぞ」

「そりゃ、侍っているからね。護堂は僕の旦那様だぜ?」

「──嘆かわしいことだな。そなたもまた『蛇』の持ち主。男に傅き、零落させられたか……それも仇敵たる神殺しになど……」

「させられたんじゃない、選んだんだ。誰かがその運命を選んだんじゃなく、僕自身が選び取ったんだ。それなのに同情されるなんて、僕への侮辱だよ」

「然様か。そなたがそうしたいと言うのであれば、異邦の女神に掛ける言葉もない。さて、では改めて問おうか。そこな神殺し。金色の剣士よ。そなたの首にぶら下がるゴルゴネイオン、それは妾の蛇だ。あなたのような神殺しが持っていても無用の長物。妾に返してはくれぬか」

「僕は別に返してもいいけれど、これをそっちに渡したらどうなるのかな?」

「あなたはアルダーナーリーと妾の会話を聞いておらなんだのか? その蛇があれば、妾は太古のアテナに返り咲く。ギリシャの地に縛られた戦女神ではなく、始まりのアテナとしての力を取り戻すのだ。三位一体の女神として、遍く大地にその名を轟かせようぞ」

「要するに強くなるのか……いいね、面白い。弱い神様を斬っても、権能は増えないし面白くもない。いいよ、ほら」

 

 そう言いながら、サルバトーレは首から神具を外してどうぞとアテナに差し出した。それに良しと言いながら、アテナは奪おうとする。彼女が掌を差し向けると、ゴルゴネイオンは一人でに空中に浮かび上がった。

 そのまま空を滑空し、アテナの手に収まろうとして──

 

「鋭き牙を持つ狩人よ! 地を這う蛇をかみ砕け!!」

「くっ!!」

 

 ──の前に、護堂の影から巨狼が飛び出す。今回呼び出されたのはハティだった。

 

 ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンン!!!!

 

 咆哮を上げて、赤毛の狼がアテナに飛びかかる。ゴルゴネイオンを手にしようとしていた女神は、慌ててその場から退避。ゴルゴネイオンは彼女の手に戻る前に、ハティの巨体に弾き飛ばされて漁港の地面に転がる。

 

「草薙護堂! 妾の邪魔立てをするか!!」

「当たり前だろ! その神具を手にしたら、あんたは力を取り戻して地上に災いを振り撒くんだろ。それが分かっているのに、見過ごせるかってんだ」

「護堂、僕のサポートをして!! あれを回収するから!!!」

 

 地面にコロコロと転がったメダルに向かって、僕は神速で疾走する。誰よりも早くたどり着き、拾おうとしたところで、僕に向かって通行止め表示用の鉄パイプが飛んできた。

 これがただのパイプなら防御するまでもないのだが、銀色に輝く様を見て無理矢理回避。鉄パイプは後ろに飛んでいき、漁港管理者用の小屋に突き刺さり内部で剣気がさく裂。

 

 小屋が数千の剣に刻まれたかのように、一瞬でバラバラになってしまった。

 

「惜しい。もう少しで細切れにできたのに」

「ああ、もう! 邪魔をするなと言うのに!!」

 

 魔剣に続いて飛び込んできたのは、鉄パイプを握り込んだサルバトーレだ。銀の腕により魔剣化した鉄の棒は、僕の肉体を切り裂くに足る鋭さを備えている。

 

「かけまくもかしこきたけみかづちのおおかみのひろまえにかしこみもうさく!!」

 

 武御雷の祝詞を唱えて、鋼化させた僕の両腕に霊剣の力を宿らせる。全てを裂く筈の魔剣は、生身に見える僕の腕を切り裂くに至らない。ほんの僅かに切れ込みが入るが、怪我としては大したこともないやつ。

 受けると同時に、僕は魔剣を握り込み破壊する。鉄パイプがくの字に折れ曲がり、剣としての機能を失う。

 ワン、ツー、ワン、ツー!! ボクシングのフットワークでステップを刻み、サルバトーレの脇腹を殴り、顎を揺らし、タコ殴りにする。

 

「いて、いてて!! ちょ、と。ちょっと待とうよ!」

「うるさいこの糞馬鹿!! 僕と護堂の安寧生活の邪魔をしやがって!!」

 

 剣の腕は鍛えているが、どうやらそれ以外の武芸はそこまでなようだ。もちろんそこまでとは、僕基準でそこまでなだけ。恵那さんや護堂がこの近接技量に付き合ったら、かなり酷い目に会うだろう。恵那さんなら防戦に限ればなんとかなるか?

 それはさせたくないので、この場でこいつは殴り倒しておこう。サルバトーレの体表にルーン文字は浮かび上がり鋼化しているが、僕の拳も鋼にしているので条件はイーブン。ならば差をつけるとしたら技量の差だ。

 

「こうなったら……こうするしかないね!」

 

 サルバトーレが地面を転がって、無理矢理僕との距離を取ろうとする。それを追いかけようとしたが、嫌な予感がしたので後ろに飛びのく。

 瞬間──

 

「ちょっと飛ぶのが遅いかな?」

 

 僕を見ながら、サルバトーレがにやりと笑う。転がる最中に拾ったらしき拳大の石ころ。それが銀色の魔剣となり、サルバトーレは地面に思いっきり叩きつけた。

 魔剣を叩きつけたのだ。当然のように大地が真っ二つに裂けて、余波として撒き散らされたコンクリートなどが僕の体に浴びせられる。この程度で傷を負う事はないが、問題はゴルゴネイオンもどこかに飛んで行ってしまったことだ。

 その行方を追おうとするが、その前に今度は木の枝を拾ったサルバトーレが再び突っ込んできた。

 

「邪魔くさいな、もう!!」

 

 錫杖を手に枝を斬りはらう。鬱陶しいので、僕は意趣返ししてやる。地面に向かって錫杖を振り下ろせば、先ほどの魔剣以上の破壊が起きた。

 視界の端にチラリと映っていた、アテナを相手にハティと一緒に応戦していた護堂も、護堂の方と戦っていたアテナも、僕の目の前にいたサルバトーレも纏めて薙ぎ払う大破壊。地面が爆ぜ土とアスファルトが捲れ上がり、爆弾でも投下したかのような衝撃波が空に舞う。

 

「このドアホぉ!!」

 

 護堂が僕を詰る声が聞こえてきたが、これぐらいしないと不自然だからごめんね護堂! 破壊のおかげでサルバトーレは後方に吹っ飛ばされたので、僕はゴルゴネイオンを探す。あった! 空中にひらひらと舞っていたので、神速をオンにして大気中に飛んだ石ころ達を蹴って拾いに向かう。

 が、その前にフクロウが飛んできてメダルを咥えて飛んで行った。

 

 そのフクロウを追いかけてやろうとしたが、その前に──

 

「あんまり僕の流儀ではないんだけど……このままだと勝てそうにないし、ちょっとめんどくさいやつをやるか」

「え?」

 

 風に乗ってその声が聞こえてきた。そちらに視線をやれば、サルバトーレが少し離れたところで大地に手を置いていた。腕は銀色に光り、その輝きは地面に伝播して──

 

「やっば! 護堂は……いた!」

 

 ハティに咥えられていた護堂を見つけたので、そちらに神速で移動。護堂の腰を掴み、次に三百mほど離れた場所にいて貰った恵那さんも回収する。

 

「なに! え? 師匠と王様!?」

「お、おい! 一体──」

「いったんこの場から離脱するよ!!」

 

 有無を言わさず、僕は舌を鳴らして転移を発動。転移場所は上空400mほどだ。飛んだ直後にそれは来た。僕らの真下にある竜宮浜の海水浴場と漁港。それらが銀色の輪に包まれ──範囲内にあった全てが両断された。建物も木々も船も……一切合切が魔剣と化した大地に切り裂かれていく。逃げ遅れたハティも唐竹割にされて死んでいた。

 ごめんね、ハティ。護堂と恵那さんを飛ばすのを優先したから……

 それを見て恵那さんがうわぁと声を漏らし、護堂があんなことも出来るのかよと驚いていた。

 

「触れたものを魔剣に変えるんだ。大地そのものを自分の剣とすることぐらい、訳もないんだろうね」

「まじか……」

「その理屈だと、仮に恵那がサルバトーレの王様に腕を握られたりしたら、恵那も魔剣になっちゃうの?」

「なると思うよ。呪力で防御すれば護堂や僕はどうにかなるだろうけれど、恵那さんだと魔剣になる」

「その場合、恵那の意識はどうなるんだろ?」

「魔剣になった瞬間に、恵那さんは即死するよ。言い方はあれだけど、呪力耐性の低い相手を即死させて即席の人間爆弾に変える権能だよ……少年の加護や神がかりをしていない時は、極力近づかないように」

「分かった!」

「アテナのやつはどうなったんだ? あいつもあれに巻き込まれたなら……あそこにいるな。全身血だらけだが」

 

 護堂が言うように、アテナさんは大地剣の効果範囲から逃げ遅れたようだ。一刀両断にはされていないようだが、体の至る所に切り傷を作っている。だが行動に支障はないのか、しっかりと二本脚で大地を踏みしめていた。

 ……よく見れば、ゴルゴネイオンを手にしている。僕らが離れるあの一瞬こそが、神具を回収する絶好の機会だと睨んだのか。

 

「古の蛇……ようやくか。取り戻すためだけに、これほどの深手を負わされるとはな……神殺しの獣は、まことに度し難い。が……これで妾は過去を取り戻す。くだらぬ天空神の娘とされた神話を捨て、あの頃に戻れるのだ」

 

 アテナさんの声が離れているのに聞こえてくる。この辺りにいる精霊達が唄っているのだ。古の大母が戻ってくるぞと。我らの母が地上に戻られたのだと。

 そう謳っているからこそ、僕らにもアテナさんの声はしっかりと届く。

 

「我が名はアテナ! 三位一体──天と地と闇を紡いだ輪廻の知恵たる女神なり! 今こそこの手にしよう、忌むべき蛇として貶められた、我が至高の名を。天の父に凌辱された恥辱の過去を振りほどこう!! 命を育む大母として、闇を束ねし冥府の主として……天の叡智持つ最古のアテナとして蘇らん!!!」

 

 旧き大母が祈りと詠唱を捧げ、それを汲み取ったゴルゴネイオンが彼女に力を与えていく。剥奪された栄誉も、強奪された地位も、貶められた尊厳も……神話を否定して、遥かなる以前の在り様を再臨させる。

 

 10代前半だった可憐な少女は、10代後半の端麗な乙女へと姿を変える。それに伴い現代の少女が着ていそうなセーターなどは虚空の中に解けて消えて、代わりに先史時代の白い長衣となる。

 髪の毛も伸びて、セミロングからロングへ。

 

「あれがまつろわぬアテナ……ギリシャ神話のアテナではなく、北アフリカ先史時代の大地母神だよ」

「……大分力が増してるな。あれを倒そうと思ったら、普通にやったらかなり手古摺りそうだ」

「師匠の思惑通り、自然とゴルゴネイオンはアテナの手に渡った。ここまでは師匠の予想通りだとして、本当にパワーアップさせて良かったの?」

「大丈夫」

 

 確かに恵那さんの言うとおり、『蛇』としての本領を取り戻したことでアテナさんは明らかに力強くなっている。回復力も取り戻したのか、サルバトーレの与えた傷も全快していた。

 よしよしと僕は頷く。良い展開だ……あのまま素直に神具を渡していたら、アテナさんは疑問を持ったはず。なぜ渡さないと誓った僕らが、何の抵抗もしないのかと。

 だからごく自然に見えるように、僕はある程度ちゃんとした戦闘に見えるようにした上で、あえてゴルゴネイオンが渡るようにした。

 

 だから疑問を持たないよね、アテナさん……あなたが大地母神としての力を取り戻すことを、僕が本当は望んでいたことに。

 アテナさん……きっとあなたが僕の正体を知っているなら、絶対にこの場で『蛇』の力を取り戻す選択はしていない。よりにもよって、()()()()の前で蛇に戻るなんて、愚策を選ぶようなことはしなかった筈だ。

 

「ここからは予定通り、僕一人でアテナさんの相手をする。護堂達はサルバトーレさんの足止めを御願い」

「了解だ」

「うん! て言いたいけれど、本当に師匠一人で大丈夫? あのアテナさん相手だと、同じ神様同士でもかなり苦戦しそうに思うんだけど」

「任せといて。すぐに片づけて、護堂の救援に向かうから……護堂、こっち向いて」

「なんだ……」

 

 護堂の唇に僕の唇を重ねる。何か知識を与えるわけでもない。精神感応の道を創るわけでもない。ただ、彼には勝利の()()が付いているのだと、改めて確認させるだけの好意(行為)

 

「したいならしたいと言えよ」

「こういうのは不意打ちの方がいいの……それじゃ行ってくるぜ!!」

 

 護堂が弓の言霊を使ったのを確認してから、先に僕は地上へと向かう。落ちる先は勿論アテナさんの眼前だ。

 両足と片手で着地する三点着地──いわゆるスーパーヒーロー着地で飛び降りてきた僕を見て、アテナさんはそなたかとほほ笑んだ。

 

「アルダーナーリーか。そなたは妾が力を取り戻すのを阻んでいたようだが、その努力は虚しくも徒労に終わったようだな。こうして古き力を、妾は無事に取り戻したぞ」

「みたいだね。うーん──」

 

 僕はアテナさんの全身を観察する。大地母神らしい豊かな胸に、すらりと伸びた手足は実に美しい。あと先ほどまでは僕より小さい背丈だったのに、今は僕より高い身長だ。ちょっと羨ましい……護堂と並んだ時に、もう少し高ければ見栄えが良くなるのにと少し悲しくなったものだ。

 あと二輪車に乗る時に、脚が少しツンツンになるのも悲しい。筋力は問題ないからこかすことはないのだが、接地面が少ないと少し不安になるのは人間の感覚が残っているせいかもしれない。

 

「……そなたは何を観察しているのだ。妾の胸など凝視して」

「やっぱり、大地母神は巨乳になるんだなーとか思って」

「妾達は大地の化身。実り豊かさを体現することこそ、大母の在り様。そなたも妾と同様、その素質を体に持ち得るようだが?」

「言われてみればそうだね。この胸のサイズ、護堂の好みに合致してるのか、無意識に良く触ってくるし」

「……嘆かわしい。大母の中に忌々しい竜蛇殺しの剱を持ち得るのも恥ではあるが、それ以上に神代から争う獣に侍ることを選び、自らの体を預けるなど。それは大母の振る舞いではない……そなたは自らの手で、己を汚れさせているのだ」

「大地母神だから、竜蛇を殺す『鋼』を宿すな。神殺しの獣に体を赦すな……アテナさん、まるでお母さんみたいな性格だね」

 

 僕の発言に怪訝そうな顔をするアテナさんだが、僕としては熊野夫須美を思い出す言葉だ。母上様もこの場にいたら、神殺しを伴侶とするなど……とクドクド御説教してきそうだ。

 

「アテナさんの言い分も分からないではないよ。他の神殺しに対して、なんじゃこいつら……とは僕も思うから。さっきのパッキンバーサーカーとか」

「ならば何故、そなたは神殺しの伴侶になどなった」

「色々と理由はあるけれど……結局のところ、僕は女の子で護堂が男の子だからかな? 神様とか、神殺しとか全部抜きにして、好きとか嫌いとか、そんな単純な理由。理屈をどれだけ並べ立てようとも、僕らも人間も感情こそを本質とする存在だよ」

「……好悪を前提として動くか。それこそ浅慮としか表現出来ぬ愚者だな」

「神殺しは愚者の申し子。そんな彼と一緒にいることを選ぶなら、僕も愚者にならなきゃいけないよ」

「知恵の女神たる妾には、度し難いとしか言えんな……」

「そうだね」

 

 ふぅ……と僕は息を吐く。護堂の告白に向き合った今なら、あの愚者の事を心底から愛していると言い切れる。そんな僕も愚者だと言うのであれば、別に僕は馬鹿でいい。

 賢く生きて己の役目と役割を全うする。それが賢者だと言うのであれば、二代目の役割から逃げた時点で僕は馬鹿者だ。ならば最後まで馬鹿を貫き、愚者を傍で支える。彼が傲慢で横暴な王にならない限りは、究極の一振りとしてお慕いするだけだ。

 

「アテナさん。蛇の力を取り戻した……それであなたの目的は達せた筈だ。これ以上地上を彷徨っても、アテナさんは今の時代を気に入ってないんでしょ? なら幽世にでも籠って、余生を過ごすのはどう?」

「それはあり得んな。幽世に向かうなど、それは敗残兵の如き所業よ……本来であれば、妾の蛇奪還を目論んだそなたは敵だ。だが地上にいる少なき同胞でもある。この場から立ち去るのであれば、命を取るような真似はしないでおこう」

「……僕が立ち去ったら、あなたはどうするの?」

「しれたことを。まずは妾の神具を奪った神殺しを倒し、次にそなたが伴侶などと宣う神殺しを抹殺する。それが終われば、次は宣言通り人間達に本来の正しき生活をさせる。それが力を取り戻した、妾がせねばならんこと」

「……そう。なら立ち去るとか、そんな選択肢はないね。僕は草薙護堂の第一権能にして、草薙護堂の生涯を見守ると約束したんだ。それに人間に生き方を強制する神様を、見逃すつもりもない」

「そうかそうか、では仕方がない……妾は三位一体の力を取り戻した身。そなたと妾では力の差があるが、同じ神同士である以上はそこそこ楽しめよう。そなたの中にある破壊神シヴァとやらの鋼を打ち砕き、遊ぶのも一興やもしれぬな」

 

 アテナさんは楽しそうに、玩具をねだる子供のように闘争心を剥き出しにして目を輝かせていた。途端に僕の周囲が石化していく。僕の服も若干石になる。

 ……それだけでなく、アテナさんの闘気に影響されたのか、一気に周囲の闇が濃く染まっていく。外灯が消え、星明りすらも消失していく。

 僕の眼にはまだまだ明るく見えているが、ここまで暗くなると護堂でも素では見えないだろう。神弓の眼があるから、まだましではあるだろうが。

 

「覇者に戻りし大母が命ずる!! 妾の眷属たちよ、その姿をここに見せよ!! アルダーナーリーを撃ち滅ぼせ!」

 

 闇の中で多くの影が蠢く。数十、数百のフクロウがいた。巨大な大蛇がいた。闇の神力が固まり、漆黒の蛇となり僕の周囲にとぐろを巻いていく。

 砕けたコンクリートの破片がぐにゃぐにゃと形を変えたら、それもやはり10数mの蛇となる。それらが一斉に僕に襲いかかって来たので──

 

「ッチ」

 

 一つ舌打ちをして、瞬間転移して避ける。それを見ながら、さぁさぁ楽しませろとアテナさんの顔には喜色がある。

 きっと楽しいのだろう。ようやく取り戻した力を振るえるのが。その実験台として、そこそこ楽しめそうな僕がいることが。

 

 ……ごめんね、アテナさん。これが護堂なら、なんやかんや楽しく闘いに乗ってはくれるんだろうけれども……僕は闘いが嫌いでね。悪いけれど……3分以内にはあなたを殺し切るから。

 

「万物万象は相克し、されど相生して調和し循環する。メビウスとクラインよ、陰陽となりて太極を成せ」

「ほう? どうやったのかは知らぬが、急激に力を増しよったな。だがそれで妾を──」

 

 何やらアテナさんがまだ僕を侮るような言霊を口にするが、そちらは意識から除外する。必要なのは護堂との繋がりだ。護堂と僕との間にある、精神感応で繋がるための線。これは契りだ。あなたの傍にいますと言う誓いの糸。ロマンチックに言えば、小指同士が赤い糸で結ばれているだ。

 護堂の呪力に意識を向ければ、どうやらサルバトーレと戦闘でもしているのか非常に騒がしい。

 

 ああ、つまり……精神的に結ばれた僕は、護堂の隣にずっと侍っているのと同義。護堂は僕の隣にいて、僕は護堂の隣にいるも同然。

 すなわち僕の傍には宿敵がいるのだ。何があろうとも殺さないといけない、『最後の王』の敵たる神殺しの獣が二匹もいるのだ。

 だから──

 

「──剣神の宿星よ。鋼の末裔が請い願う。願わくばどうかこの僕に……神に仇名す不届き者共を、地獄に誘う力を与え給え!!」

「──そ、れは……まさか……なぜそなたが!!!?」

 

 アテナさんの余裕そうな顔が剥がれ落ち、驚愕に彩られる。

 驚きの声とは別に、僕の耳には一つの音が聞こえてくる。

 

 カラカラカラカラカラカラカラカラ──

 

 どこか遠い場所で木製の車輪が回り続ける。この世を正しく回さんとする、運命の歯車の音だ。それが回り始めると同時に、僕の四肢に桁違いの力が宿り始める。

 ふぅ……と息を吐くだけで、アテナさんの闇が軋み始める。陰陽相済で膨れ上がらせていた神力が、爆発でもしたかのように膨れ上がったせいだ。

 しかし僕としては少し不満だ。なにせ本来ならもっともっと上まで跳ね上がるのだが、完全版では無く不完全版なせいで上昇率が抑えめだから。完全版の『盟約』であれば地上にいる全ての神殺しを対象として発動するのだが、不完全版なせいで護堂とサルバトーレを含めた二人分を対象とした上昇率しか確保できていない。

 もっとも目の前にいるアテナさんを倒すだけならば、これで事足りるかもしれないが。

 今日は髪を止めるために後ろで括っていたのだが、その髪留めが燃え尽きてしまう。急激に上がり始めた僕の体温に耐えきれなかったのだ。

 

「馬鹿な……『盟約の大法』!! 一部の憎き鋼共はそれを使えるが、所詮は『あの男』の真似事! 救世の王が使うそれと比べたら脅威度は低く、そなたの力ほどでは──待て……そなたは何の神なのだ? アルダーナーリー? それは真の言葉なのか? ……違う!! いや、そうか!! 運命共め、休眠するあの男に代わり、新たな王を造り上げたのか! 蛇の力を持つ鋼など、ふざけた代物を!?」

「……流石知恵の神様。僕がこれを見せただけで、気づいちゃうんだからすごいね」

 

 馬鹿なと叫ぶアテナさんだが、それでもとあることがおかしいと感じたのか、その事を指摘してきた。

 

「だがそなたが新たな王だとしても、運命はなぜそなたを放置している!? 神殺しに侍ることなど、赦すわけがない! それが赦されるとすれば、運命そのものがそなたのみか──」

 

 アテナさんの眼が見開かれた。その可能性に思い至ったからだろう。馬鹿なと神様らしくない表情で、彼女はいやいやをするように首を左右に振っていた。

 その通りだよ、アテナさん。僕が『究極の鋼』だとしても、それを振るう権利を持つのは運命の神様だ。僕がどれだけ拒もうとしても、権能による強制力がそれを赦さない。

 だからそれを拒めるとしたら──

 

「己、運命の担い手どもめ!! 忌々しい鋼の英雄なぞを救世の戦士とするだけに飽き足らず、このような者を作成するから……自らの()()を強奪される! 救世の英雄が、()()()を兼任する羽目になるなど、冗談以外の何物でもないではないか!?」

 

 アテナさんはブチギレているが、それはそうだろう。『究極の鋼』を創り出す筈が、あろうことか素材にした相手が悪すぎた。

 大黒天とはマハーカーラ。かの神格が司るのは時間だ。そしてこの世界で運命神となったのは、運命の三女神と呼ばれる概念の原型となった最源流の運命神だ。

 ……運命の三女神。これが派生していった先には、とある神様が存在する。パールヴァティー・カーリー・ドゥルガーと呼ばれる三女神がだ。

 

 もしも時間を司る神格の中に、この三女神の要素を持つ神格を統合した時、それはどのような神格となるのであろうか……

 答えは言うまでもなく……運命神()だ。三女神の要素と時間の要素を同時に併せ持つ神格でもある僕は、運命神としての権能も保有している。それが混ぜ合わせると言う事。

 もしも僕を『究極の鋼』と評するのであれば……あまり間違ってはいないかもしれない。なにせ救世の英雄に必要な要素『鋼・蛇・そして運命』。これを単独で全て持ち合わせているのだから。

 

 ま、結局それを使うのが僕のような凡神なのであれば、宝の持ち腐れも良いところだが。

 

「アテナさん……そっちが三位一体なのであれば、僕も運命・鋼・蛇(三位一体)で戦うだけだ……お望み通り、僕と遊ぼうよ」




二代目最後の王 改め 運命の女王こと熊野美殊
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