前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
公務員は辛いよ by甘粕
正史編纂委員会東京分室。赤坂にある建物内では、『官』側の呪術師が日夜を問わず働いている。
呪術関係でそれなりに仕事はあるが、それでも二年前までは忙しさに手が回らないなんてことはなかった。
事情が変わったのは、羅刹の君である草薙護堂が御登場してから。
東京を舞台にした、神殺し草薙護堂と七頭の神狼達の大決戦。あれ以来、委員会は護堂関連で大いに働く事態になっている。
と言っても、常に忙しいかと言えば違う。護堂が関わり、委員会が西へ東へと動くことになった事件は三つ。
一つ目は海の森公園と羽田空港を壊滅させ、国立競技場などにも被害を出した大神大戦。二つ目は護堂とクリシュナが対決した女神争奪戦。三つ目が八丈島を地図から消滅させた伊豆諸島騒乱。
特に伊豆諸島騒乱は記憶に新しい事件であり、つい最近までそちらに対応の手が取られていたほどだ。
ようやく八丈島が吹き飛んだ一件を何とか出来たなと安堵していたところに、今度はイタリアの神殺しがアテナを京都に呼び込んできた。
そちらも草薙護堂が動いて欧州基準では軽微な被害で済んだが、別の方向で委員会は休みなしで働かなければいけなくなった。
それが──
「某国の核ミサイル実験。日本海上空で大爆発か……実にセンセーショナルな内容の記事だね」
「美殊さんの権能──空想の兵器を産み出す力による大破壊。これの隠ぺいはとてもじゃないですが、国の威信をかけても不可能ですねぇ……」
熊野美殊が若狭湾で使った超常兵器たち。あれの爆撃音や砲撃音は福井県の敦賀市辺りまで響き渡っている。そこまでであれば、まだ委員会はなんとかになるが対処できた。
しかし直後のあれが酷い。日本海に咲き誇った数百の恒星花火。あれは石川県の金沢市や、兵庫県の香美町からでも目視可能なほどに大目立ちした。
一つでも地上に墜ちれば、地方の小都市程度なら灰塵と化させる恒星が複数も出現したのだ。それはもう、あらゆる方面で委員会は大忙しである。
不可能であろうとも、どうにか神様関係や裏界隈のあれこれには対処しないといけないのが宮仕えの悲しい性だ。
東京室長・沙耶宮馨は腹心である甘粕冬馬に対して、やれやれだねと首を横に振った。
「僕は事態が楽しくなる分には嬉しいけれど、昨年のあれがあって、今度はこれだ。いやぁ、草薙さんも大概大暴れする性質だけど、美殊さんは輪をかけて酷い。草薙さんの破壊規模を1とするなら、100は確実にあるね」
「その草薙さんの1も、我々定命の人間からすれば10000ぐらいはありますがね……流石は
甘粕が美殊のことをカーリーと呼んだのに対して、馨はドゥルガーの方かもしれないよと返事を返す。
……2年もの付き合いがあれば、委員会は美殊が何の神なのかに当たりを付けられる。
鋼の相を持ち、大地母神を兼任可能な神格。それと日本に出現するであろう神の候補と照らし合わせれば、あり得そうな神格はそこまで多くない。
「ヒンドゥー教のドゥルガーとカーリー。共にシヴァの妻であり、パールバティと同一視もされる戦闘神。我が国では観世音菩薩──千手観音として有名ですね。熊野姓を名乗っているのは、伊弉冉との神仏習合が理由ですかねぇ」
「神々がアスラの軍勢に対抗するために産み出した、多数の武装を持つ戦女神ドゥルガー。そんな戦女神の額から誕生した、怒りの鬼神カーリー。彼女らの大本となるのは、山の女神パールバティだ。大地母神であるパールバティを基礎概念として、敵をまつろわす剣として生誕した戦闘鬼神……普段は優しいし大人しいのに、いざ闘いとなれば苛烈そのもの。実に美殊さんらしい神格だ」
「カーリーは怒りの化身ですが、シヴァの上で踊って我に返ったら、舌を出してテヘペロをするお茶目な破壊神。この辺も美殊さんポイと言えば、実にポイですよね? ……しかし一度怒りを抱けば、どのような敵であろうとも滅ぼす破滅の女神。そんな恐ろしい女神様の元に、つい先日爆弾を持って行かせた上司がいるらしいんですよ」
「へぇー。それは大変だったね」
「ええ、本当に大変だったんですから。肝を冷やしまくったんですよ?」
はははと笑う甘粕だが、肝を冷やしたのは冗談ではなく事実。草薙護堂お嫁さん候補なる履歴書──誰が見ても護堂に気がある大地母神に対して、そんなものを見せるなど正気の沙汰じゃない。この手の女神が嫉妬深いことなど、業界関係者であれば常識だからだ。
ましてや羅刹の君の雷名により、美味しいところだけを貰えたら嬉しいだなんて思惑が見えるそれを渡すなど、自殺行為にもほどがある。
それでも政治的なやり取りなどを考慮したら、自分達のところで握りつぶすわけにもいかない。馨は四家の跡取りとは言えまだ18歳。まだ若造でしかない彼女では、無碍にすると支障が出る。
そんなあれこれから選ばれたのが甘粕だ。プライベートでは、件の女神と一緒に秋葉で買い物をすることもある仲。彼以外がこんなものを渡せば、その場で首を刎ねられてもおかしくはない。
そんな仲のよい甘粕ですら、あの瞬間、確かな殺気を感じ取っていた。美殊は自覚していないが、甘粕はあの日、あの場所で自分は死ぬのだと自覚していた。大量の汗をかいたが、あれは演技などではない。肉体の生存本能が、今日死ぬことに対して反応していただけだ。
それを考慮して遺書なども書き残していたが、それが役に立ってしまうのだと。
美殊から念話が繋がり、ようやく心から安堵した。思惑が伝わってくれた事と、明日からも自分は生きていけることへの安心感。
あれはいま思い出しても、恐ろしかったものだと甘粕は内心でぼやく。どれだけ優しく甘く見えようとも、大地母神の逆鱗は触ってはならない。
「……それを言うなら、今も肝を冷やす案件はたくさんあるよ。これとか」
「ああ……それですか」
甘粕は馨が指さすそれを見て、お偉方はなぜわざわざ地雷原に爆弾を投げつけに行こうとするのかと呆れてしまう。ひょっとして阿保なんじゃなかろうか。
そんな思いを抱きながらも、その資料を拾い上げて甘粕は読み上げた。
「熊野美殊はまつろわぬ神である……ですか」
それは正史編纂委員会関西本部からの連絡事項だ。つい先日日本を訪れたサルバトーレ・ドニが、なぜ熊野美殊に斬りかかったのか。その理由についての報告書だ。
ドニは京都に向かう前に、ヤの付く業務に関わりのある『民』側の術師と接触している。観光代を強請るために。
その時に──
「この国の御同類は変わってるね。まつろわぬ神様を倒しもせずに、侍らせているだなんて」
──これは情報を収集している、委員会の耳にも届いた。
これが真実であると、前提条件が変わってしまう。あの女神は従属神などではなく、いまなおまつろわぬ身である神になってしまう。
つまりいつ暴発するのか不明な、特大の爆弾が委員会の中枢に関わっているのだ。
真偽は不確かなものの、これは由々しき事態なのではないか? そう情報が発信されたのだ。
「熊野美殊がまつろわぬ神であるならば、草薙王はなぜ危険な女神を排除しようとしないのか……草薙王は女神に誘惑され、言いなりになっているのではないか……草薙王はそもそも本当に神殺しなのか? 女神が一人の少年を駒に見立てて、遊んでいるだけではないのか……色んな噂が飛び交っているようですな」
「噂話をするだけならけっこうだけど、それを信じるのがお偉いお爺ちゃんなのは勘弁してほしいな。周りが忖度して、いらないことを画策し始めるから」
「と言うと?」
「熊野美殊は危険な女神。日本を滅ぼすに足る力を持つまつろわぬ神。それを草薙王が倒さぬ、あるいは倒せないのであれば、我ら人間で討滅するしかない。関東委員会本部はいますぐにでも日光の猿猴神君を解放し、王を惑わす邪悪な蛇を滅ぼすべきだ……馬鹿しかいないと困るね、ほんと」
椅子に深く座り込みながら、一部の阿保共は早く失脚しないかなと馨は呆れ果てる。
たしかに危険度だけで言えば、美殊のそれは神の中でも一、二を争う。美殊が全容を明かしていないので詳細は不明だが、宇宙兵器の一部については実戦運用されたこともあり把握している。
あれらが自分達に向けられたが最後、日本は壊滅的な打撃を受ける。今回の舞鶴で使われたと言う謎の爆弾。あれがもし海上ではなく、陸地で使われていたら関西圏は更地になっていた。
だからこんな論理も出てくるのだ。
個人の思惑で運用可能な戦略核兵器を保有している神格など、どうして信用できようか。ましてや神殺しの権能などと嘘を吐く女神を。
やつは何かを企んでいる。神々は人間を駒にして遊ぶようなこともある。もしかしたら、日本国を最終的に滅ぼして嗤うのではないか?
そうなる前に殺すべきだ!! 地上から追い出さなければならない!! 護国のために立ち上がれ!! 我らには武器がある! 日光に封印された地母神を殺す名高き鋼の英雄神が!!!
「……熊野美殊の滅殺。一部の過激派は、後先考えずにくだらないことを思いつくものだよ」
「不発弾が爆発する前に、叩き壊してしまいましょう……理屈は分からないではありませんが、巻き込まれるほうとしては堪りませんな」
「全くだよ。美殊さんの脅威度の高さは認めるが、それでわざわざ竜の尾を踏みに行くなんて愚者の思考だ。現状ではこちらに対して協力的な神様を、わざと怒らせてどうするつもりなんだか」
「……馨さんとしては、美殊さんがまつろわぬ神論。どう思われてますか?」
「可能性はあるとみている。それなら、前から疑問に感じていた点にも納得が行くからね……だとしても、敵対行為をするべきじゃない。まつろわぬ神が、草薙さんに協力……どころか、明らかにベタ惚れしているんだ。そのアドバンテージを捨ててまで、排除するメリットがあるのかい?」
「ありませんな……それに美殊さんに手を出すとなると、間違いなく草薙さんも敵に回りますからね」
「同感。女性の巡り会わせに彼は恵まれているけれど、それらには見向きもせず、まっすぐ見据えていたのは美殊さんだ。どうみても大本命な女神様に手を出されて、黙っているような性格じゃない。本当に日光の御猿さんの解放なんてしたら、その日の内に彼の権能が増えるだけだ」
その辺の事情を知る上司と部下は、はぁ……とため息と共にどうしたもんかと悩む。とりあえず各方面には暴走しないように注意文を出すことぐらいしかできない二人は、今日も今日とて公務員らしく働くのだった。