前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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欧州術師と侯爵の動向

 日本で女神と神殺しが2年溜め込んだ分の感情を爆発させて、恋人の逢瀬を楽しんでいる頃。

 欧州──特にイタリアの魔術界隈は大きく揺れ動く事態になっていた。

 原因はカンピオーネ、サルバトーレ・ドニの手痛い敗北だ。イタリアの術師らはドニの事を阿呆だとは思っているが、その強さは本物だと認めていた。そうでなければ四柱もの神の討滅など敵わない。

 

 それが敗北。しかもギリギリの勝負だとか、そんな事もない一方的に近い返り討ち。更には生きて戻って来はしたが、四肢が全て義肢になって全盛期の強さまで失うおまけ付き。

 イタリア最強と呼ばれた剣の王は、誰が見ても事実上は死んだ。ドニ当人はあっけからんとまた腕を磨いて鍛え直せばいいやと楽観的だが、神殺しではない術師らにとっては大問題だ。

 ドニは宣言通り新たな強さを得て復活するかもしれないが、それまでの間まつろわぬ神に対する切り札が南欧からは失われたのだから。

 

 強さが失われたとは言え、ドニがカンピオーネであることは疑いようがない。今まで通り敬意や畏敬は払われるが、それとは別に他の魔王との付き合いも考慮しなければならない。

 例えば<赤銅黒十字>は──

 

「サルバトーレ卿の完全敗北か。ゴルゴネイオンを持って消えたかと思えば、極東で面倒ごとを起こすとは……」

 

 と口にするのは、<赤銅黒十字>の実質筆頭騎士であるクラレンスだ。スキンヘッドに剃り上げた頭を撫であげるオランダ出身の31歳黒人。

 彼はドニがやらかしたあれこれに対して、呆れるよとしか口にできない。

 

「カンピオーネの魔王さまなんざ、そんなもんだろ。大人しく森に引き籠ったままでいてくれるような性格であれば、『王の執事』だって苦労しちゃいねえ」

 

 それに言葉を返すのは、同じく大騎士の位階を授かる二十代前半のジェンナーロだ。三十代半ばには見える逞しい髭を生やした老け顔である。

 

「だが今回のは、今までの比じゃねえ苦労ごとだ。サルバトーレ卿だが、どんだけ弱くなったか知ってるか?」

「知っているとも。関節の可動域が狭くなり、柔軟な動きが不可能となったことで剣技は我々のところにいる見習い門弟以下。足も義肢となったことで、歩くだけならなんとかなるが、時速10キロ以上で走ることすらままならない。権能の方も行使は可能だが、常に体を鋼にするとか、握ったものを魔剣にすることも不可能。私の見解としては、権能込みでも戦闘能力は大騎士に劣るだろう」

「は、そりゃとんでもない弱体化だことで……極東の魔王、草薙陛下か。卿を殺したのと同義にまで追い込むなんざ、とんでもねえ御仁だ」

 

 そう言いながら、ジェンナーロはお前から見てどうなんだよとエリカに顎をしゃくる。その行為の粗雑さに多少ムッとするエリカだが、今更この男にそれを問うても無駄だと分かっているので、努めて平静を装いながらクラレンスに言葉を投げかける。

 

「初対面での印象は、正直平凡そうな人よ。多少顔が整っているのと、アジア人にしては背が高いことぐらいしか印象に残らないわね。従者として付き従っている、美殊様の方がよほど強烈なインパクトを持つわ。あの顔を見たら、当分忘れられないもの」

 

 でもねと続ける。

 

「それは初対面での印象だけ。王としての力を振るい始めたら違う。私が直接見れたのはフェンリルだけ。それだけでも、私は勝てない事を察したわ。美殊様は駄犬と評していたけれど、存在の格とでも言うのかしら。そこにいるだけで背筋が凍りそうなほどの威圧感を放っていたわ」

「は、お姫様がそこまで高く評価するか」

「評価するわよ。あれを間近で見たら猶更ね……でも、護堂はまだ理解の範疇にいるわ」

「……カンピオーネ以上に謎の存在か」

 

 それが何を指すのかエリカは明言はしないが、現在のイタリアではドニの言葉によりそれが広がっている。熊野美殊はまつろわぬ神である。日本でも広がりつつある話と、同一のそれが広まっているのだ。

 

「その話だが本当なのかねぇ? 権能で召喚された従属神なら神殺しに従うのは当然だが、まつろわぬ神がどうして神殺しに侍ってるんだ。意味が分からねえ」

「姫。君は草薙陛下および熊野美殊──アルダーナーリと僅かな時間とは言え行動を共にしていた。姫から見て、アルダーナーリは真にまつろわぬ神なのか?」

 

 クラレンスの質問に対して、エリカはどう答えたものかと思案する。彼女の考察では従属神ではなく、護堂から完全に独立した神だ。

 ただしまつろわぬ神ではなく、まつろう神。ウルスラグナが力を取り戻すまでは善神であったように、美殊はまつろわぬ身とならずに地上に顕現している。

 それをどこまで明かすべきか……チラリとこの場にいながら沈黙を保つ総帥である、敬愛しているパオロを見やる。

 

 全てを隠すのは得策ではない。そう判断してから、明かせる範囲だけは<赤銅黒十字>の幹部で共有すべきと口を開いた。

 

「私の見立てでは、美殊様は護堂の従属神ではないと思うわ……あくまでも私の見立て。真実なのかどうかは、護堂と美殊様に伺わないと判別できない」

「……ま、そりゃそうか。本物の神なのかどうかなんざ、話題のカンピオーネ様と女神様しか知らねえわな」

「そしてそこを突くのは、ドラゴンの巣に矢を仕掛けるようなものだ。草薙陛下の判断任せと言うものだろう」

 

 その言葉にはエリカも同意する。本物であれ偽物であれ、神は神。カンピオーネが傍に置く事を決定したのだから、それを覆す権利は定命の人間にはない。

 もしもまつろわぬ神が危険だと言うのであれば、そいつが愚かにも美殊に刃を向けたらいい。ただし、それをしたが最後酷い事になるとエリカは確信している。

 

 そんな幹部らの話を黙って聞いていたパオロは、そろそろ本題に入るべきだなとようやく口を開く。

 

「……我々の身の振り方を考えねばならない。サルバトーレ卿が力を失った以上は、カンピオーネの助力を請わねばならない時に、仰ぐべき王は必要となる。その相手だが……エリカ。お前としては誰が良いと考える?」

「無論、草薙護堂です。人命を軽視しない人格を持ち、強さとキャリアも申し分ありません。メルカルト王と軍神ウルスラグナを同時討伐し、日本では地中海最高位の女神アテナと我らがサルバトーレ卿を同時に撃退。これほどの強さを持ち合わせながらも、その性格は極めて温厚。彼以上の適任はおられないかと」

「やはりそうなるか……従来であれば、サルバトーレ卿を半死半生まで追い込んだカンピオーネに着くなど自殺行為だ。だが私たち<赤銅黒十字>は、お前が陛下から直接『紅き悪魔』(ディアブロ・ロッソ)の称号を授かっている。その恩義に報いらんとするならば、鞍替えも止む無しか」

「だがよ、パオロ先輩。鞍替えと言ってもどうするんだ?」

「私が美殊様と連絡先の交換をしているから、さりげなくそちらの下につけないかを提案してみるわ。美殊様はあれでその辺の事情を察する能力が高いから、迎え入れてくれるわよ」

 

 エリカがそう言うと、ジェンナーロはほーんと言葉を発してから、その草薙陛下はたしか今年で16でお前と同い年なんだよなと呟いた。

 

「そんな不確かな提案をするぐらいなら、いっそのことお前が嫁入りでもしてみたらどうだ? お前は見てくれだけは良いし、同い年ならちょうどいいだろ。16歳なんて年齢なら、女を宛がわれて嫌な気持ちにはならんだろ」

 

 その発言にエリカが眉を顰めて反論する前に、クラレンスがふぅむと反応する。

 

「政略結婚か。たしかに人格がまともなのであれば、その手の手段も有効か。だがそれは──」

 

 両親に代わりエリカを育てて来たパオロの様子をクラレンスが窺えば、あまり愉快そうな顔をしてはいなかった。まともそうな性格だからと言って、騒乱の火種であるカンピオーネに<赤銅黒十字>の宝を差し出すのは総帥としては首を縦に振れない。

 そんな男たちを見て、エリカははぁ……と呆れた溜息を吐く。

 

「ねえ、ジェンナーロ。あなたが愚かで粗暴で粗雑なのは今に始まった話ではないけれど、私が誰と結婚をするのかは私だけが決めて良い権利よ。それにね──私はまだ死にたくないのと、<赤銅黒十字>の歴史を閉ざしたくないから、その提案には絶対に乗らないわ」

「はぁ? その草薙陛下ってやつは、女を虐めて殺す趣味でもあるのか?」

「いいえ。そっちじゃなくて、美殊様の方よ。私が見たところ、美殊様は護堂に情熱的な恋をしてるわ……大地母神が慕って、恋をしている男性が護堂なの。これで私が言いたい事は分かるわよね?」

 

 それを聞いて、ジェンナーロはヤンデレかよと天を仰いだ。クラレンスとパオロはあーと呟いている。『竜蛇』のお気に入りのお宝を横から掠め取った者の末路は、いつだって悲惨だ。死ねたならまだよい方で、永遠の時間を牢獄の中で過ごす羽目になることだってある。

 しかもちょっとしたお気に入りではなく、一日いたエリカが気づくほどには、明らかに心底から入れ込んでいると分かる惚れっぷりだ。あれの間に無遠慮に入り込んだが最後、どんな引き金が引かれるのか分かったものじゃない。

 

 ──と言った具合に、護堂の傘下に入るかどうかを協議していたりする。

 

 これは<赤銅黒十字>だけでなく、今までドニを王として仰いでいた結社らも同じだ。ドニが神殺しとしての力の大部分を失った以上は、鞍替えをする勢力は他にも出てくる。

 そう言った事情を省いたとしても、護堂の名は裏の界隈では轟きつつある。一番年若い神殺しが護堂ではあるが、公的には侍る女神を含めて既に八柱の神を地上から打ち滅ぼした強豪カンピオーネ。

 不死の領域に送り返した神々もマイナーな神格ではなく、フェンリル・バアル(メルカルト)・アテナと錚々たる顔ぶれ。保有する権能数も、倒した神が八柱である以上は八つ持ち合わせているだろうと術師らは推測している。

 

 もしかしたら公的に確認されている以上に討滅しているやもしれず、そうなれば九つ以上だってあり得る。旧き神殺しであるヴォバン侯爵がそのぐらいの数ではないかと推測されており、そうなれば最新の魔王は最古の魔王に匹敵するキャリアの持ち主となる。

 それに今回ドニと対決し、ドニ側が後遺症が残るほどの負けを経験したのに対して、護堂側にはこれと言った怪我もない。同じ神殺し対決で、優劣を世界に対して結果で示して見せた。

 ゆえに新世代最強のカンピオーネ。それが草薙護堂の評価だ。しかも人格については、サルデーニャの術師経由で素晴らしく高潔で民草を想う御方と伝わっている。

 

 なおこれらの評価を護堂が聞いたら、過剰評価だとうんざりする。

 まず護堂本人が持つ権能は七つで、それだけの討滅を可能としたのは横にいる女神がやりたい砲台しているから。神々は不死に近く、相性が良くてあっさり倒せるか、泥沼の対決になることが多いところを、神の基準値すら逸脱した超火力で吹き飛ばす女神がいるせいだ。

 ドニとの闘いにしても、美殊は普段から神殺しに勝てるか分からないと謙遜しているが、護堂とタッグを組み盟約を発動したならば話が違う。

 臆病さと慎重さ、ひたすら軍拡する性格が相まって対カンピオーネに美殊は滅法強い。そもそもが対神殺しを念頭に産み出された神格。そこに逆転の目を丁寧にすり潰す塩戦法が噛み合うせいで、対魔王については先代の王であるラーマすら超えている。

 

 しかも性格が性格なせいで、消し切れない僅かな可能性で逆転が怖いからと、護堂の勝負勘でそれを消して、自分は後ろからひたすら破邪顕正しながら死体撃ちも辞さない。

 ドニがあっさりと敗北したのも、同格である護堂のサポーターにまつろわぬ神の領域に踏み込み救世の神刀を装備した恵那と、二人の後ろからひたすら援護射撃する塩戦法の美殊がいたせい……なのだが、そんな事情を知らない術師らからすれば護堂は強大な神殺しだった。

 

 だがそんな護堂に庇護を求める勢力ばかりではない。同じイタリアの結社である<青銅黒十字>は、ドニの敗北を受けてとある魔王との関係性を深めようとしていた。

 

 

 

 

 

 そこはブルガリアの地方にある、非常に豪勢な屋敷だった。外観からして立派な御屋敷で、建てられたのは19世紀頃。

 オスマン王朝の支配から解放され、バロック様式と民俗復興様式が取り込まれた邸宅がブルガリアには多く、この屋敷もその時にとある貴族の住処として建築されたものだ。

 今日では博物館として解放されていることも多いが、この屋敷は一般開放されていない。とある人物が別荘として使っているからだ。

 

 ……その人物とは、この屋敷を当時貴族から強奪した魔王。その日寝る場所が欲しいと言う理由から、偶々目についたここを選んだだけ。無論貴族は抵抗しようとしたが、その日の内に墓の下の住人になった。

 要するに殺されたのだが、その人物は幸運である。なにせ貴族である以外にこれと言った能力が無くて、その魔王も配下に欲しがらず魂を縛り付けることも無かったから。もしも少しでもお眼鏡に適う優秀さであれば、彼は死ぬことすら赦されず魔王が死ぬ日まで望まぬ従者をすることになっていた。

 

 そんな屋敷の一室で、一人の少女が膝をつき臣下の礼を取っている。

 銀褐色の長い髪を後ろでポニーテールに結んだ少女で、名をリリアナ・クラニチャールと言う。彼女はエリカと並ぶほどの才ある少女で、やはりエリカと同じように16歳で大騎士の称号を授かっているほど。

 そのリリアナが礼を尽くす相手は、バルカン半島を中心に行動する最恐にして最古の魔王──サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンだった。

 

「臣下の礼は結構だ、クラニチャールの孫娘よ。ふむ……四年前の儀式であっている筈だが、君の顔には覚えがないな」

「お気になさらず。候ほどの御方からすれば、私は路傍の石で御座います。覚えて頂けるほどの、何かがある訳ではありませんから」

「そう謙遜することはない。クラニチャールが態々寄越したのであれば、君は相当の手練れなのだろう。私がつまらぬと思うような輩を、やつが紹介するとは思えんからな」

「恐縮です」

 

 臣下の礼は結構と言われたリリアナだが、もう一度良いと言われるまでは頭を上げない。なにせ相手は、カンピオーネの中でも一番魔王らしい魔王と呼ばれる相手。素直に頭を上げたが最後、やはり気に喰わんなと殺す可能性だってある。

 ヴォバン侯爵とは、そんな神殺しなのだ。

 その姿を見てもう一度ふむと頷いてから、ヴォバンは手短に話したい故、楽にしろとリリアナに命令した。それでようやく彼女が頭を上げれば、視界に入るのは背の高い老人だ。

 身なりの良いオーダーメイドのスーツを着て、オールバックにきっちりと髪の毛は整えられている。髭は剃りあげられており、見た目の丁寧さだけで言えば大学の老教授と言った具合だ。

 

 もしもこれでニコニコした笑顔でも浮かべていれば好々爺で通じるのだろうが、生憎と彼にはそんな愛想の良さはない。笑顔を浮かべてはいるが、それは上位者が持つ余裕の笑み。目の前にいる獲物を、いつでも殺せる絶対者だけが持つことを赦される笑みだ。

 照明が弱いのか少し暗い室内の中で、人間とは違う色の瞳──エメラルドの輝きを持つ権能が、リリアナを見据えていた。

 

「それで? クラニチャールはなぜ、君を私の元に派遣したのだろうか?」

「候のお耳に届けたい情報があるが故です」

「ほう? では聞かせて貰おうか」

 

 ふぅ……とリリアナは意を決して、情報を開示する。これらはいずれ侯爵の耳にも届いたであろう。だがその前に<青銅黒十字>から伝える事で、侯爵のご機嫌を取ろうと言う算段だ。

 そんなことに孫娘を派遣するなとリリアナは思うのだが、組織の一員である以上逆らうわけにもいかない……いかないのだが、結果次第では日本のカンピオーネに宣戦布告をするに等しい行為の引き金を、自分が引かされることにも納得はしていない。

 それでもこの道を進む以上は……こうするしかないのだ。剣王が墜ちた以上は、<青銅黒十字>が身を寄せる魔王はヴォバン侯爵しかいない。組織の長が信奉者である以上は、リリアナに止める権利などないのだから。

 リリアナの口が開き、ドニの一件や極東で起きた件が伝えられる。それを聞いたヴォバンは、なるほど確かに面白い出来事だとクツクツと笑う。

 

「あの痴れ者が返り討ちで障害を負ったか。それに……日本にいるまつろわぬ女神か」

 

 ヴォバンは嗤う。ここ数年は随分と退屈していた。大した獲物は出てこず、自分が本気で遊ぶのに相応しい相手がいないことに心の底から退屈していたのだ。

 だがどうだろうか。東の島国には、獲物がいると言うではないか。それも軍神と大地母神の力、両方を持つと言う面白そうな相手が。

 しかもそれと行動を共にするのは、多くの神を滅した同胞。つまり強力な番犬を突破しないと、その女神は喰い殺せない。

 これほど楽しそうな相手など、そうはいないだろう。

 

「なるほど。私が聞くに値する情報だ……ふむ。だが困ったな」

「困った……とはどう言う事でしょうか?」

「近々私は、まつろわぬ神招来の儀をやるつもりだったのだよ。それなのに獲物になり得る相手がいるとは……私はどちらを優先すべきなのか、実に悩ましい問題だ」

「招来? …………まさか!! またあの儀式を行われるのですか!?」

 

 リリアナは思わず問うてしまう。彼女も参加させられた、神を呼ぶ大儀式。少なからず犠牲者が出たあれをもう一度やるとなれば、また誰かが泣く事になるのだ。そう思いリリアナは口を開いてしまった。のだが──

 

「あの儀式ではない。あれとはまた違う儀式を行う予定だ。実はあの儀式だが、私の配下に命じて改良させた」

「改良……ですか?」

「そうだとも。なぁ、カスパール」

 

 ヴォバンがリリアナの背後にそう問いかけると、彼女の後ろで気配がする。それが何なのかを察したリリアナは決して振り返らない。侯爵が配下と呼ぶ以上は、その正体など一つしかないからだ。

 

「あの儀式を改良すれば、より少ない人数でまつろわぬ神が招来させられるやもしれない。そう思い試させたところ、これが上手くいってね」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。そうヴォバンは思うところもあったが、それをリリアナに明かしはしない。誰かの介入があったかのようにあっさりと成功したが、必要なのは自分が楽しめるかどうかだ。

 そう……何もかも踏み潰して楽しめばよい。それだけだ。

 

「だが改良した儀式を行うには、優れた巫女の資質を持つ人間が必要なのだ……おお、そうだ。ちょうどよい。君はあの儀式に参加していたのだから、あの時生き残った巫女で一番の資質を持った巫女。私が覚えている限りでは東洋人なのだが、名前までは思い出せなくてね……君が覚えているのであれば、私に教えてはくれないかな?」

 

 その問いかけに、リリアナはどうすべきかを悩んだ。覚えているかいないかで言えば、はっきりと覚えている。しかしその名を出せば、きっと侯爵はすぐに日本に向かってしまうだろう。

 それはまずいと思い口を閉じたくなるが、そもそもここで告げなかったところで別の誰かに同じことを問うだけだろう。

 

 反論も虚偽も許さないと語るエメラルドの瞳を見つめながら、リリアナは一つの名を告げた。

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