前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
高校生活が始まって一月。季節は6月に入り、もうちょっとしたら梅雨の時期がやってくる。
しかし僕が──天空神がいる以上は、そこまで不快でじめっとした日々は続いたりしない。
雨が降らないと穀物が実らず貯水池も枯渇するので多少は雨に降って貰うが、過剰な水量は僕が望まない。じめっとした空気だと、洗濯物が乾きにくいんだよね。
「──ここはテストにも出すからよく覚えておくんだ」
授業もいつも通りの内容だ。普通に教師が黒板に内容を書いて、僕ら生徒がそれを写す。そんな普通の時間が過ぎたら、僕は同級生と一緒に学食に行く。本当は毎日護堂用のお弁当を作っても良いのだが、護堂は護堂で同級生との付き合いもある。あまり干渉し過ぎるのも良くはない。
普通の女子高生のような生活をする日々。本当は部活にも入って見たかったが、それをすると放課後が潰れてしまうため断念。僕の放課後は、媛巫女の子らを鍛えたり、恵那さんの剣を鍛えたり、各地を回って委員会の術師に薫陶を授けたりと結構忙しいのだ。
さて、では今日の放課後だが早速用事で埋まっている。それが──
「祐理さんの携帯だ!」
「え、ええと……お手柔らかにお願いします」
「なぜ当事者である万里谷よりも、こいつの方がやる気満々なんだ?」
「チッチッチ! 分かってないねえ、護堂の旦那は。機械や電子機器と言えば僕、僕と言えば機械や電子機器。現代のグレムリンとは僕のあだ名だぜ? その僕がやる気で無ければ、誰が元気にやるのさ」
「また変なあだ名を増やしたな。そのグレムリンてのはなんなんだよ」
「第一次世界大戦中のイギリス空軍で生まれた民間伝承だよ。この言葉は古英語の悩ませる、あるいはアイルランド語の意地悪な小人に由来する言葉」
機械には原因不明のトラブルがつきものだ。僕の宇宙兵器だってそう。あれらにはその手の誤動作を防ぐための対策として式神を入れたりしてあるが、無ければ暴発の可能性だってある。
「第一次大戦では様々な兵器が戦場に投入される。でも新しい機械には、なぜそうなったのか理解不能なバグが付き物。その付き物を憑き物とし、イギリスらしく妖精さんが悪戯してると解釈されたのさ」
「……悪戯か。たしかに美殊のイメージにぴったりだな」
「そうでしょ?」
「悪戯に良いイメージはないのに、なぜ御身はそこまで喜ばれるのですか?」
なぜって言われたら……なんでだろうね? ま、理由は分かんないけど否定することでもない。僕が悪戯ゴッデスなのは今に始まった事じゃないから。
……そもそも、なぜ祐理さんの携帯を買いに行こうと言う話になったのか。それは祐理さんが携帯を持ってないからだ。
前までは中学生だし、別に携帯が無くてもそれはそれで個性だねと僕はお祖母ちゃんみたいな心境でいたが、流石にJKに成ったのであれば買いなよとお勧めした。
なぜ高校になるまで持たなかったのか。家が貧乏だから? ノンノン。万里谷家は普通にすごく裕福な御家庭だ。
祐理さんのお爺さんは外食チェーンレストランのオーナー社長さんで、けっこう有名なグループを統括している。つまりは社長御令孫だ。そのお爺さんの下で父親も働いていて、けっこうな高給取り。
虎ノ門にあるデザイナーズマンション──いわゆる億ションを通勤や通学に便利だからでポンと購入するお金持ちだ。
そもそも万里谷家自体、実のところかなり毛並みの良い血統だ。なにせ明治維新の頃には旧華族として男爵位を授けられている。いわゆる公卿様の御家系である。
万里谷家が爵位を授かるに至った理由は、非常に媛の素質が高い子が産まれやすいから。祐理さんのお母さんはそこまでだが、娘二人は高い素質を持つ。ひかりさんは百年ぶりの禍祓いの霊力。祐理さんに至っては、数百年に一人の先祖返り──
「改めて考えると、祐理さんは良いところのお嬢様だよね」
「お、お嬢様ですか? 私は普通の御家庭だと思うのですが……」
「なんだよ急に」
「いやぁ、こうやって考えてみると、護堂の周りには良血統のお嬢様ばかり集まっているんだなと思って。まず僕でしょ。次に恵那さん。祐理さん。全員、やんごとなき家系ばっかりだね」
僕は人間界での血統ではないが、パパママが神話の最高神である。恵那さんは四家の跡取り娘。祐理さんは旧華族で現社長御令孫。何度か首を捻って考えてから──
「やっぱりあれなのかな。良家のお嬢様だから、ワイルドな神殺しに惹かれちゃうんだろうか?」
「それですと、御身は護堂さんの野生に惹かれたかのような物言いなのですが……」
「……おお! そうなると、僕と護堂の情事は美女と野獣?」
「何がおお! で美女と野獣だ! お前の思考回路は、相変わらず突飛もない方向に飛んでいくな。それに美殊はお嬢様と呼ぶには、だいぶはっちゃけすぎだろ」
「……初めてはワンワンじゃなくて、正常がいいな」
「な、何の話をされておられるのですか!!?」
祐理さんの顔を真っ赤にさせた件で、護堂に頭を鷲掴みにされる。おおう、この感覚懐かしいぜ。
まぁ戯れはさておき、お嬢様な祐理さんは携帯を購入しようと思えばいつでもできた。それでも購入しなかったのは、彼女が極度の機械音痴だから。どうして祭神が宇宙兵器の申し子なのに、その巫女がIT分野に弱いんです? と言いたいが、僕が祭神になったのは二年前だ。
ならば仕方ないかと納得しておく。
しかし機械音痴だからと避けるには、携帯の便利性は捨て置けない。遠く離れた相手とも会話可能なツールとは、情報の即時伝達にこれ以上なく有利。
なのだが、祐理さんはあまり連絡を取らないといけないことが少なかった。もっと小さい頃は媛巫女の訓練で携帯が使えないような場所に行ったり、そもそも七雄の御社で巫女として務めたり。
普通では無い生活をしているせいか、友達がそんなにいない。そのため別に欲しいなーと思う事も無かったのだとか。
けれど高校になって少しは時間が出来たり、中学以上に同級生が携帯を持つことも多い。新生活も始まったし、良い機会でしょと言う訳だ。機械だけに機会が大事ってね。
護堂も暇らしいので共に連れ立ち、僕らは帰路につきがてら携帯ショップを目指す。
学校を出ようとしたら、護堂に大量の視線が突き刺さる。視線の主は男子達だ。彼らの視線を追えば、僕と手を繋ぐ護堂の右手と、左にいる祐理さんに向けられていた。
おのれ草薙!! く、熊野さんはまだしも万里谷さんまでなぜ一緒にいるんだ!!!
熊野さんがいる事だって俺は許してねぇええぇ!! ゆるすまじ……許すまじぃ!
背中ががら空きになったところをやってやるよ…………
「なんだか怨嗟の声が聞こえるね」
「怨嗟ですか?」
「万里谷は気づいてないのか」
「気づく?」
「気にしないでいいよ。モテる男にはやっかみが付き物なのさ」
「……その内、本気で刺されたりするかもな」
「その時は治してあげるし、黙って刺されるつもりもないでしょ。そもそも素人の刃なんて、神殺しの体に刺さるわけもないし」
祐理さんは何のことだろうと首を傾げられている。純朴で純真だねぇ……
なんて話をしながらも、校門を抜けて繁華街へ。えっちらほっちら道を行けば、すぐにでもショップは見えてくる。
「いらっしゃいませ。本日はどうされましたか?」
テンプレートの営業台詞を聞きながら、今日はこの子の機種選びに来たんですよと伝えておく。お勧めの機種はありますかなんて聞かれたりもするが、祐理さんの目的としては電話出来てメール出来たらそれでOK。
あと一ヶ月ほど待てるならリンゴ社の3Gが発売されるけれど、あれは祐理さんには過剰な性能だ。
「万里谷にはどれがいいだろうな?」
「デザインで選んでいいと思うよ。それこそ護堂や僕と同じ機種とか」
「御二方と同じもの……ですか?」
僕はパカパカ携帯にはそこまで興味がないので、護堂と一緒にペアで買った奴を使っている。同じデザインと呟きながら、なら私もそれにしますと祐理さんは仰られた。
「万里谷はそれでいいのか?」
「あ、はい。携帯については良く分かりませんし、それなら護堂さんや美殊様と同じ物を使う方が、いざと言う時に使い方も教えて頂けるかと思いますので」
「言われてみればそうか。初めて使うんだから、同じやつの方が教えやすいよな。俺もそこまで機械が得意なわけじゃないし……美殊ならどんな機種でも使いこなせるだろうが、俺には無理だ」
「使い方に困ったら僕に任せな! 機械だのITだのは、僕の得意分野だから」
こちとら宇宙兵器作成のためにお勉強した身だ。そっちの分野は本当に超が付くぐらい得意である。
会話もそこそこに携帯を購入して回線を契約したら、全員で近くの公園に向かう。赤外線を使った連絡先の登録や、どのボタンを押せばいいのか。マニュアル片手に二人で祐理さんに教え込む。
……やばい。祐理さんの機械音痴は知っていたけれど、まるで初めて触るお祖母ちゃんに教えているかのようだ。今度インターネットの仕組みからレクチャーしてあげようかしら。
「で、出来ました! 私の力だけで護堂さんと美殊様の連絡先登録完了です!!」
「……凄く力強く宣言してるね」
「……長かったな」
なんと僕ら二人の連絡先を登録するだけで、一時間も費やした。すごいぞ祐理さん! 神と神殺しを相手に3600秒も稼ぐなんて、中々できる事じゃないよ!!
それから祐理さんが護堂に携帯で連絡をしてみたりと、穏やかな時間が過ぎていく。護堂はなんやかんや言いながら付き合ってくれて、こういうのも悪くないと笑っている。
祐理さんも祐理さんで、護堂と話したりするのは楽しいのか、朗らかに笑っていた。
そして僕もかれこれ2年近い付き合いになる祐理さんと、同じく護堂に挟まれて左右から頬を引っ張られるのは割と楽しい。
「何が……はぁはぁ、姉ちゃん良いパンツ履いてるかい……だ! 万里谷相手に、初の電話でする内容じゃないだろ!!」
「美殊様はもう! どうして真面目にされないのですか!!」
「いやぁ、携帯で練習しようと言われたら、真っ先に思いついたのがこれなんだよね」
左右から引っ張られながらも、穏やかだねぇと僕は黄昏る。それを見て、ますますこいつ反省してないぞと護堂の力がちょっと強くなった。あ、待って。そんなに強いと僕のほっぺ取れちゃう。
そうして僕を相手に二人が良い感じのコンビネーションを発揮したら、名残惜しいがお別れだ。祐理さんはお買い物があるらしいのでばいばいして、僕は護堂と手を繋いで道を歩く。
そう言えば僕も微妙に食材が足りない事を思い出したので、護堂に付き合ってもらいスーパーで普段使い用の調味料などを購入する。
それを持とうとしたら護堂が持つよと言ってくれたので、持って貰い七雄神社へ。食材やらを置いたら、護堂と一緒に草薙宅へ向かう事に。
護堂は別にいいよと言うが、僕がもうちょっと一緒にいたいからさと言ったら、じゃあ仕方ないなと乗ってくれた。数キロほどの距離があるので電車を使う方が早いが、二人でのんびりと歩行する。そも早く帰りたいだけなら、僕が転移で送ればいいのだから。
七雄から護堂の実家までは数キロある。たっぷり90分は歩く事になり、家の前までたどり着いた頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
「今日はありがとうね、付き合ってくれて」
「別にいいよ。どうせ用事も無かったからな……ここまで来たんだし、飯でも食っていくか?」
「そうしたいのは山々なんだけど、ここでこの時間からご飯食べたら、そのまま護堂とハグしたりして宿題とか終わらなさそうだからやめとく」
「そっか……そういや、どうして今日俺を誘ったんだ? 別に美殊一人でも大丈夫だったろ」
「それはそうなんだけどね……祐理さんとは付き合いも長いし、役得がないと可哀そうかなぁ? みたいな」
「なんだそれ。俺が来ることが役得なのか?」
「そりゃあ、ねぇ?」
最近ますます疑惑が確信に変わりつつあったが、今日の祐理さんを見ていたら確定に変わった。やっぱ祐理さん、護堂のことが好きじゃね?
これが護堂相手で無ければ僕も素直に応援するのだが、流石に今の立場だと背中を押し辛い。僕が正式に護堂にお返事する前から表明していた恵那さんはまだしも、祐理さん相手だとねぇ? となる。
それに祐理さんの性格上、僕と護堂が正式にお付き合いしましたとなれば、まず心の内に秘めた感情は出さないだろう。護堂がフリーならまだしも、横からNTRできる性格じゃない。
それに祐理さん自身が、己の感情に気付いていないかもしれない。だから僕のこれはお節介と言えばお節介なのだ。好きかもしれない相手と一緒に、ちょっとしたお買い物に行こうなんて。
「困ったなぁ……僕、祭神としては安産祈願と一緒に恋愛成就とか縁結びも兼ねてるからさ。その他の連中ならまだしも、直接僕にお仕えする巫女だし…………ああ、悩ましい」
「本当に、一体何の話をしているんだ?」
「ん~、内緒」
そんな風に悩んでいたら、ピロピロと護堂の携帯がなる。ひょっとして万里谷かなんて言いながら護堂が携帯を取り出したら──
「エリカのやつだ」
「僕じゃなくて、護堂にとは珍しいね」
「なんだろうな……もしもし?」
エリカさんが護堂に連絡とは本当に珍しい。向こうから連絡することがあれば、僕にする方が多いからだ。会話内容が気になるので、聴力を上げて聞いておこう。
「久しぶりね護堂。元気にしていたかしら」
「元気だよ。そっちはどうなんだ?」
「そこそこ元気よ。我が国のカンピオーネがボコボコにされたり、その後始末で駆けずり回ったりと忙しいことにはなったけれど」
「へー。イタリアのカンピオーネがな。それは大変そうだ」
護堂が皮肉っぽく言うと、本当に大変だったのよとエリカさんが電話口で疲れた疲れたと冗談っぽく口にした。
「ところで俺に電話なんてして何の用だよ」
「ちょっと耳に入れておきたい義があって。護堂はヴォバン侯爵については存じているかしら?」
「知ってるよ。俺の御同類で、人殺しが大好きな狂人だろ?」
「殺人が趣味……とは違うわね。私も候に会ったことがあるわけじゃないから断言は出来ないけれど、歯向かえば殺し、気が向いたから命を奪う。殺す事に何の抵抗もなく、人命を重視していない。人間が蟻を踏み潰してしまっても、それを気にしないのと同じ。結果として多くの命を奪うだけで、人の命を取る事に意義を見出してはいないと思うわ」
「似たようなもんだろ。そんなのが御同類にいるせいで、俺までそう思われるかもしれないんだから傍迷惑だ……それで、その爺さんがどうしたんだ?」
「さっき小耳に挟んだのだけれど、候はどうも十数時間前にルーマニアから日本に向かって出立らしいわ」
「なに? なんでその爺さんが、日本にむか──まさか」
護堂の視線が僕に向く。今のを聞いた僕はと言えば、投影式ディスプレイを呼び出して兵器群を動かし始める。空母、戦艦、衛星、地上要塞は──危ないのでお留守番。弾薬をたっぷりと装填し、対狼用の毒散布弾、対死者用の清浄浄化弾頭や銀の砲弾、嵐を封じる水の分子に結合して強制蒸発させる化学薬剤搭載兵器などを用意する。
「そのまさかで正解よ。どうやら候は、どこかでその話を聞きつけて、日本で狩りをしたいみたいね」
「……はぁ。ドニのやつもそうだが、俺の権能をまつろわぬ神様と間違えるなんてどうかしてる」
「ええ、その通りね。美殊様は護堂の愛神だものね」
「ああ、そうだ…………待て。もしかして、愛神云々はお前が発祥なのか?」
「え? その辺りの話、もしかして美殊様が護堂に何か言ったの?」
「言ったよ。言ったし、若干面倒…………でもないか。色々とはあったが、概ね納まるところに納まったし」
「……ふぅん。良く分からないけれど、良い事があったみたいね。護堂の声色、なんだか前よりもずっと落ち着いてるもの」
「みたいだな。最近、知り合いにはそんな感じのことをよく言われるよ……とにかく、その爺さんは日本に向かった。狙いは美殊かもしれない。そういうことで良いんだな?」
「そういうことでいいわ。どうなるのかはあなた達次第だけど、<赤銅黒十字>は草薙護堂を応援しているわ」
「そっか……ありがとうな、教えてくれて」
護堂が通話を切り、顔つきが変わる。あえて表現するなら、来るなら来いと言わんばかりの表情だ。あら~、随分と勇ましくなっちゃって。
「今の聞いてたか?」
「もちろん。僕のレーダーにはまだ反応なし。十数時間前なら、そろそろ到着してもおかしくない……護堂はどうする?」
「とりあえず馨さんに伝えて、爺さんが来るかもしれないことを伝えるよ。それからどこの空港に来るのか調べて貰って、そこで待機する」
「……やる気だね」
「当たり前だろ。最初から美殊狙いで来るんなら、迎え撃ってやるさ……一応、帰ってくれないかは言ってみるけどな」
「平和主義者らしく?」
「平和主義者らしくな……だから一つお願いがある。向こうが帰ってくれず、そのまま闘いになるかもしれない。その時に被害を少しでも抑えられるよう、俺に爺さんが持つであろう権能の知識をくれないか?」
「いいよ。それじゃ少し屈んで」
護堂の唇に僕の唇をくっ付けて、大量の神話を護堂に押し込む。直接顔を合わさないと何の神格を倒したのか見えないので、渡せるのは賢人議会が発表している神格のみ。バロール、フェンリル、ハデス、檀君神話で桓雄に付き従い太泊山の山頂に降臨した風・雨・雲の気象を司る風伯・雨師・雲師……これぐらいしか渡せない。
それと魔導力用の経路をいつも通り確保し、火の言霊の用意も完了。
「それとこれも渡しておくね」
「これは……イヤホンか?」
「ノイズキャンセリングイヤホンの要領で作成した、敵の呪詛に対する防御武器。カンピオーネの耐性は強固だけど、耳の穴から直接呪詛を吹き込まれたりしたら分からない。それとこれがあれば、仮に精神感応の糸が断ち切られたとしても、イヤホン経由で念話が出来るから」
「分かった。それなら貰っておく……この後美殊はどうするんだ?」
「アテナさんの時と違って、完全に僕狙いなら都心部で待ち構えるつもりはない。八丈島跡か、ボロボロになった青ヶ島で殺し間を創って待機しておくよ。もし向こうが引いてくれないようであれば、お前の狙いは島で待っているとでも伝えて。殺し間の圏内に入った瞬間に、蒸発させてやるから」
「物騒だな」
「物騒にもなるさ。なにせ相手は、僕が何があろうとも殺さないといけないタイプの神殺しだ。数年前には祐理さん含めて、大量の子を破滅に追い込んだ……その分の借りも含めて、きっちりお返ししてやる!」
しゅっしゅっとシャドーボクシングする僕を見て、あまり物騒なことをするなよと護堂は呟く。それと同時に、僕が出した祐理さんの名を聞いて、万里谷かと護堂は名を呼ぶ。
「たしか四年前に、まつろわぬ神招来の儀に使われた……だったな」
「うん。それが原因で、祐理さんの中では神殺しがトラウマになってしまった……僕がもっと早く地上に出ていたら、それを防げたかもしれない。そもそも僕が魔王討滅のお役目を放棄してなければ──」
それならこの世に神殺しは既に一人として残っていない。神殺しは一人残らず殲滅している。運命に逆らうことなく従う僕は、たぶんフルスペックの僕だ。完全な状態の僕が盟約を使えば最後、神殺しの勝率は0%になる。勝利の未来は全て閉ざされるからだ。
それなのに僕が逃げてしまったことで一人の少女……どころか、より多くの少女が傷ついてしまった。その事は僕の後悔であり──
「護堂?」
「気にするなよ」
護堂がナーバスになりかけた僕の頭を撫でる。気にするなよと言われても、僕は繊細なんだぜ?
「悪いのはその爺さんだ。神様と戦いたいからって、我儘でたくさんの人を巻き込んだそいつが全部悪い。美殊が気に病むことなんて一つもないんだ」
「理屈では、そうなんだけどね」
そこで割り切れるような性格であれば、僕も悩んだりはしていない。うわぁーとどうあっても考えてしまうのだ。
……護堂が言うように気にしてても仕方ないので心の裡に沈めて、その分を怒りとして侯爵にぶつける事にしよう。うん。
僕がうんうんと頷いていたら、でも少し気になるなと護堂が言い出した。
「何が?」
「どうしてその爺さんは、日本に来ようとしているんだ? 真正面からだと、アテナやドニが相手でも俺たちが押し返したと知ってる筈だろ? それなのに態々飛び込んでくるのかと思って」
「……言われてみれば。仮に護堂がお爺ちゃんの立場だったとして、真正面から飛び込もうと考える?」
「どっちとも言えないな。そうした方が良いと思えばそうするし、そうするのがまずいと感じるならしない……俺なら飛び込まない。神様なんて、勝てるかどうか分からない相手だ。その上同格の相手であるカンピオーネもいる。しかもこっちのホームグラウンドに突っ込んで……飛び込まないと言うか、飛び込めないな」
あまりにも怖すぎるよ。その言葉で僕も考える。護堂の神殺しとしての直感は、絶対に相手の本拠地でやりあうのは得策ではないと判断した。
これで向こうが凡百の相手ならまだしも、数百年間神を相手に戦い抜いた戦士だ。僕と戦いたいとしても、護堂と同じ判断を下してもおかしくはない。
……なら何か、他にも目的がある?
「……一つ思いついたことがある。その爺さんは戦う相手が欲しくて、四年前に儀式を行った。でもドニのやつに横から獲物を横取りされたせいで、それは不満な結果に終わった……美殊を狙っているのは副次的なもので、例えばその儀式をもう一度やろうとしている……とか?」
「まつろわぬ神招来の儀を? それは難しいよ。あれを行うには、星の配置とか色んなものが重要になる。準備が整うには、あと三ヶ月はいる」
「美殊はその儀式がどんな魔術なのか知ってるのか!?」
「僕なりに調べてみたからね。構成自体は悪くないけれど、少しばかり欠点がある。まずあれで招来されるのは、贄に使われる魔女の子達を媒介とした鋼の英雄神だけ。それに構造上贄にしてしまうから、呼び出すのに使われた魔女はみんな強制的に先祖返りに近い現象を引き起こす……血が暴走させられるんだよ」
そのせいで素質の限界を超えて力を引き出され、人間の脳では耐えきれずに神経が壊れた。三十人ほど集められた巫女の内、二十人近くが発狂。中には事件の時はまだ生きていたが、その後後遺症で亡くなった子もいると聞いている。
「魂まで汚染する大儀式。僕に言わせれば杜撰な術だ。あんなものを使えば、そうなると分かるだろうに……護堂は、もしかしたらまたあれをやろうとしてるのかもしれないと感じたんだね」
「そうだ。その儀式には万里谷も参加していた。そしてドニに奪われはしたけれど、ジークフリートの招来自体は適っている……なら、爺さんは万里谷を狙ってるとかはないか? 儀式自体が成功しているなら、同じ条件を揃えようとしているとか」
……護堂の言葉には一理ある。護堂の言葉を聞いて、僕の直感にも何かしらの予感があるのだ。
「少し星を占ってみるよ」
「分かった。それなら、俺はその間に万里谷に連絡を取ってみる」
護堂が携帯を取り出して、さっそく祐理さんに掛け始めた。その間に僕は空を見て、僅かに光る一等星達の様子を探る。この配置は──なんだ。非常に読みづらい。まるで邪魔をされているかのよ──失策だ! 一手どころか数手も遅れた!! この見えなさはお前の仕業か担い手!!!
「おかしい。全然出ないぞ? どうなってるん──」
「──やられた」
僕の声を聞いた護堂が、一気にアクセルを踏み込んだのが分かる。膨大な呪力が渦を巻いているからだ。
「──万里谷か!?」
「確実に」
それだけで意図は伝わる。転移は……駄目だ。意図的に結界が敷かれたか。こうなると僕では徒歩で移動するしかないが、こちらには権能による転移の使い手がいる。
「僕は無理」
「ならこっちに」
護堂の手に抱えられた直後に、臍下丹田で回していたのだろう護堂の呪力が一つの権能を行使させようとして──止まる。
「おかしい……万里谷に向かって『強風』を発動させようとしたのに、まるで手応えがない……」
「それって……」
僕と護堂の中で一つの嫌な予感が過ぎる。『強風』は知り合いのところであれば転移することが可能な化身。なのに発動できないと言う事は、その人物が知人では無くなった。例えば、人間ではなく肉塊になっていたり、あるいは死人となっていたら対象から外れるのでは──
「近くまでは僕の転移で飛ぶ!! そこからは全速力だ!!!」
脚を踏みならして祐理さんの実家近くの高層ビル屋上に跳ぶ。護堂は弓となって屋上から飛び降り、僕は神速で後を追う。
マンションの何階なのかは覚えていたので、窓を破壊して内部に侵入。
億ションらしい広いリビングが目に飛び込んできて──僕の怒りが一気に噴出する。それは護堂も同じらしく、恐ろしい音の舌打ちをしていた。
「あの野郎!!! ヴォバン侯爵!!! どうやって僕のレーダーを潜り抜けたのかは知らないが……お前は僕の手で塵にしてやるよ!!!!」
僕らの目に映るのは──塩の塊。
「美殊……くるぞ」
「分かってる」
ひかりさんの塩化を解除する前に、どうやらこの部屋を囲んでいる連中の相手をしないといけないらしい。
僕が手を鋼化させ、護堂が天叢雲を引き抜くと同時にリビング左右の壁が破壊されて襲撃者が飛び込んできた。
詠う呪文書
ヴォバンが持つ権能。魔導神バフォメットから簒奪した権能で、この世に存在するあらゆる魔術を専用の魔導書に書き込み、綴られた魔術を自在に行使可能とする。
行使可能な魔術に制限はなく、権能で一度作られたことのある<通廊>が消滅していても復活させる、目標を神威探索する、飛翔術の行使、瞬間転移と神祖や天仙、魔導神が行使するような魔術ですら発動可能とする。
欠点は一々ページを開いて探さないといけないので、戦闘に使うには不便な点(オーネスで改善された)