前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
やべえよやべえよと、僕と護堂は慌てふためく。戦って倒せるかどうかではなく、周辺被害を考慮すると、鋼と僕らが戦端を開くのは駄目なのだ。酷いことになる。
どうにか穏便にすまないかなーと軍神を観察して、あれ? と僕は気づく。確かに見えた黄金の剣には錆一つないが、それを持つ少年の器が罅だらけに見えるのだ。
端的に言えば、びっくりするぐらい霊格に傷がついている。一度割れたお茶碗を、セメダインでくっつけたかのように。
「器を形作る素材は羊に駱駝と牛? でもそれで全部じゃない。お椀の半分以上が欠けている……ひょっとして、一度誰かに敗北した?」
この少年神は全開の本気モードじゃない。明らかに力が削ぎ落されている。地上に墜ちて、草薙家で目を覚ました直後の僕と同じか、それ以上に傷を負っているのだ。
「なんじゃ、我の本質を覗き見たかと思えば、負けたじゃと? 随分な言い草じゃな、そなたは。我が勝利そのものと知った上でその発言をしたならば、挑発と侮辱と受け取るが、さて?」
「あっと、ごめんなさい。つい、思ったことが……」
鋼にとって、負けとはイコールで死だ。次なんてない。負けたらそこで終わり。それなのに敗北したなんて言われたら、誇りに傷をつける行為としか言えない。これは僕の軽率なので、素直に謝っておく。
「うむ。その謝罪を受け入れておこう……ではそろそろ、そちらの戦士と死合おうかの」
そう言って、少年神はもたれ掛かっていた壁から体を起こし、護堂に向き合った。途端に噴き出すのは戦気と殺気。常人であれば、それだけで死ぬんじゃない? と思うぐらいの重圧感がこの辺り一帯を覆ってしまう。わー、軍神のぶっ殺しモードだ。
「待て待て待て! 戦士は俺のことなんだろうけれど、俺は君とやりあう気なんてないぞ!! だからその、物騒な気配は鎮めてくれ!!」
それに慌てたのは護堂だ。もはやこの程度の殺気ぐらいであれば臆することもないけれど、それとは別の事情で戦いたくないのか手を前にストップストップと待ったをかけた。
その行為に、なぜ? と言わんばかりに、少年神の気配が少し揺らいだ。
「戦う気がないじゃと? お主は我らから力を奪い取り、それを我が物顔で振るう魔王であろう? であるならば、我は邪悪を討ち、魔を滅ぼすものとしての責務を果たさねばならん。それに我ら神と神殺しは、お互いに死力を尽くして戦うと、古来から定められておる」
「そんなの俺の知ったことじゃない! 定めだかなんだか知らないが、初対面かつ今日あったばかりの相手と、なんで死合わなくちゃいけないんだ!!」
「そーだそーだ! 戦争反対ー!」
「……なんじゃ、こやつら?」
神殺しである護堂ならまだしも、一応同族の僕にすら反対されたことに、少年神は毒気が抜かれたのか少し呆れている。
「……そなたからは我と同じ、鉄の気配がする。ならば戦とは、自らの武勲を示す場所に他ならんはず。なのに戦に反対しておるのか?」
「そりゃもちろん。僕を構成する要素には『鋼』が内包されているけれど、だからと言って闘いが好きだなんて思ったことも無い」
戦いなんて良いこともない。他者と競い比べあう事を否定しないけれど、自分がやりたいかと言われたらあんまりだ。対戦ゲームのランクマですら、勝つにしろ負けるにしろけっこうなストレスになる。
ましてや本気での殺し合いとなれば、爪で抉られたり、牙で嚙みつかれたりして痛いのだ。火の粉を振り払うためには戦わざるを得ないが、自分から積極的にしたいかと言われたら……ねぇ?理由があるなら、また話も違うけれど。
「なんとも臆病な性根の娘っ子じゃの。それとも、大地としての気質も持ち合わせておるせいか? その臆病さが、神殺しめと共にいる要因か?」
「違うよ。僕が彼と一緒にいるのは、彼の生涯が閉じるその日まで、共にいると決めたからだ」
「じゃから争わんと? 神としての正しき定めから目を逸らして──」
「それは違うね。神と神殺しだから殺しあう……僕はそれが正しいとは思っていない。そんな曖昧な理由を、戦う理由にはしたくない」
「それは理由としては薄ぼんやりとしておると?」
「うん、してるね。すごくしてる。そんなの、僕からすれば目の色が違うから迫害しようとか言い出すくらいの暴論だよ」
神だから神殺しを倒せ! なんて言われても、僕としては全くピンとこない。元が人間なのもあるのだろうが、それ以上に──
「どこの誰が決めたのかもしらないような、曖昧な定めでなんて動きたくない。さっきそちらが言ったように、邪悪を討つとか魔を滅ぼすなら、まだ理由としては納得が行くけどね」
「ほう。それには納得が行くのであれば、必然まだ滅ぼしておらんその神殺しは、邪悪ではないと?」
「邪悪……邪悪………………」
「な、なんだよ」
「……うーん……」
「悩むところなのか、それは!?」
いやぁ、邪悪では無いと思うよ? 邪悪では。では魔の者かどうかと問われたら……女にとっての魔の者な気もする。
一見正常に見えるのに、サラッと変な行動力を発揮するのが護堂だ。エネルギッシュでバイタリティに溢れている。小学校の頃には友達を助けるためだとか言って、静岡までチャリと歩きで移動するとかしてたらしいのでさもありなん。
そんな性格なせいか、護堂の周りを見渡したら彼に好意を持つ女の子は多い。僕が知る限りでも数人はいる。幼馴染の徳永明日香さんとか。
それらの好意に対して、こやつは全く気づいていない。中には野球の練習中に、これ食べてくださいとお弁当を差し入れした子もいる。
それでもなお気づかない。だから、僕はこう思ったものだ。
クソボケがーッ!
思春期の男の子なんだから自惚れろよ! なに、俺はモテませんし普通ですからみたいな態度してんだ!! お前はどこのラブコメ主人公だ! 朴念仁がよぅ! なんて、内心ツッコミをしたものだ。
そんなエピソードがごまんとある。だからこそ魔ですよね? と聞かれたら、ううんと言葉を誤魔化すしかない。仕方ないのだ、これは。
「じゃ……てき……おん……護堂は護堂だよ。それは間違いないから」
「なぜ言い淀む?」
「ほんとだよ! そこまで言い淀むことなのか!!?」
「………………大丈夫。僕は味方だよ」
「信用がない!」
「し、信頼はあるから……」
「自分でいう事じゃないだろそれ!?」
「……つまり、そやつはそなたの判断では、邪悪でも魔に属するものでもないと言いたいのじゃな」
「そうそう」
「では聞くが、その悪ではないとする判定。それはいつまでの話じゃ?」
いつまで。そう聞かれて、僕はなんとも困る。いつまで、草薙護堂は草薙護堂なのか、か。
「それ、どういう意味だよ?」
「なに、簡単な話じゃよ。そこの鋼の地母は、お主を悪ではないと言った。その言葉を今は信用するとしても、元が人間に過ぎないお主らラクシャーサは、いつまで己を己として保有できるのじゃろうなと思うての」
「意味が分からないぞ。俺は俺だろ、そんなの」
「今はそう言えるであろうが、時間が経てば移ろい行くのが人間よ。我らから強奪した武器──権能。人の身には過ぎた力を持って、どれだけ腐らずおられるやら」
「それは──それはだな……」
護堂が言い返そうとしたが、どう返せばいいのか分からず言葉が萎んでしまった。
それはなんとも言えない質問だ。人の意識は変わる。神殺しはこれでもかと我が強く、権能を得たからと言ってすぐに傲慢になったりなどはしない。護堂なんてなる前も、なった後も護堂のままだ。
しかしそれが何年も続くのか? ある日を境に、話に聞く横暴なる東欧の魔王のようにならない保証はどこにもない。
それこそ護堂の権能は日常生活には向かないだけで、周辺の被害や人命に気を配らなければ、このカリアリの都市を5分で地獄に変えてしまえる。
だからその質問には護堂は答えられない。答えられるとしたら──僕の方だ。
「それは大丈夫だよ」
「なぜじゃ?」
「護堂が邪悪に……人を無意味に殺したり、街を破壊するような魔王になったなら、僕が殺すから」
戦いなんて意味がない。しかし戦うことに意味があるなら……護堂が神殺しになったその場に居合わせ、関わった者の責務として終わらせる。
護堂はこの言葉に何も言わない。神妙な顔をするだけだ。
その様子を見て、少年神はうんうんと頷き──
「臆病ではあるが、自分が何をすべきなのかは心得ておるか。そうして覚悟しておるならば、我からそなたに言うべき言葉はない……じゃが、それでも、我は不義を許さず、地上を乱す悪を打ち倒し、善なる民衆に勝利と栄光を届ける契りと法を守りし戦士。そなたの言葉が何であろうと、我には届かぬよ」
「ておい! 美殊がせっかく恰好をつけたのに、結局はそれかよ!」
「当たり前じゃ! 勇を背負い立つ戦士とは、自らの手で障碍を打ち倒すもの。他者の言葉で動くのではなく、己の言霊にこそ信を任せるものよ」
「神様ってやつは、どうして、どいつもこいつもこんなのしかいないんだ……」
げんなりする護堂とは裏腹に、再び戦意を燃やして臨戦態勢に入ろうとする少年神。その姿や言動を見て、僕は一つの確信を持つ。
「待って」
「待たぬよ。言葉では止まらぬと言うたばかりで──」
「あなた、本来の力の半分もないよね? まつろう性に呑まれる余地もないぐらいに、あなたは弱体化している。そんな状態で、神殺しと戦うつもりなの?」
僕がそう言うと、少年神はムッとした表情になった。護堂の方はと言えば──
「……ああ! そういえばさっき、お椀が半分かけてるとか言ってたな。もしかして、この神様は本調子じゃないのか?」
「だと思うよ。もしもフルパワーだったら、民衆の正義がどうとかなんて言葉も出ないぐらいに、性格がしっちゃかめっちゃかになってる筈だから」
「……言うてくれるわ、どこぞの同類かは存ぜぬが……確かに我は本調子ではない。じゃが、戦の場において、常に肉体が好調であることなどありえぬ。片手がない、足がない、それでも敵が攻めてくるのであれば、剣を手に立つのが道理よ」
「いや、それはやせ我慢だろ、流石に」
「ぬかせ。それに、この程度は我にとって足かせにもならん。なにせ我は最強にして、全ての勝利を掴む者。全ての敵と、全ての敵意を挫き、あらゆる障碍を砕き破壊する。それこそが我……我の本質……?」
途中までさぁ始めようか! みたいな雰囲気だったのに、少年神は首を傾げてあれれ、おかしいぞ? な表情をし始めた。なにごとだ、一体。
「はて? 我の名前はなんだったかのう?」
「……ボケ老人?」
「そんな認知症のお爺ちゃんじゃないんだから……たぶんだけど、霊格が半分近く無いから、そのせいで記憶障害を起こしてるんじゃないかな? 言ってしまえば、脳みそが半分無いようなものだから」
「そうか……なぁ! 君がそんな状態なら、なおさら俺は戦いたくないぞ! 自分の名前も思い出せないやつと、喧嘩なんかできるか!!」
「……むぅ」
流石に、これには少年神も困ったようだ。名前とは己のアイデンティティを確保する手段。特に神様なんて、名前とあり様が結びついていることが多々ある。名前自体が嵐とか雷とか大地とかを示すのだから。
己が何者なのかすら思い出せない状態で、神殺しと喧嘩するのは流石に流儀に反するのか、少年神から困惑の気配が隠せない。
……どうしようか、この空気。めちゃくちゃ微妙だぞ。
「護堂……なんか面白い一発ギャグとかない? 中学生らしいやつ」
「高校生だよ、今年から! あとこの空気でギャグを!?」
「いやぁ、向こうさんに、護堂は愉快な神殺しなんですよーと教えられたら、何か解決するかなーと思って」
「そんな安易な……でもないのか? 向こうは、俺が邪悪かもしれないと思って、使命感で殺そうとしてるんだから……ならいっそのこと──」
なにやら思いついたのか、護堂が少年神に向き直った。
「俺と一緒にこないか?」
「なんじゃと?」
「君は俺が悪い魔王かもしれないと思ってるんだろ? なら、一緒に行動して、俺はただの平和主義者だって覚えてもらえたらと思ったんだ」
「……平和? ラクシャーサが?」
あ、そこは引っかかるんだ。まぁ引っかかるよね。一応平時は平和だけど、それ以外はどうだろ……
でもこの提案は気になったのか、少年神は少し考え込んだ後──
「良かろう。一時じゃがお主と行動を共にし、我が見定めてやるとしよう。そこの女神が口にした、邪悪ではないと言う言葉が真実なのかも」
「あ、それもオッケーなんだ……この感じだと、正しく神話にまつろう場合はかなりの善神っぽいな、この神様」
何か知らないけれど、この旅の間の連れが一柱増えてしまった。うーん、この辺が護堂らしいと言えばらしいのだろうか?