前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
万里谷祐理誘拐事件の発生直後。護堂に必ず見つけ出すことを約束した僕は、真っ先に僕お手製の電子妖精達をネットに解き放った。
探すのは世界中の監視カメラや携帯のカメラ。どこかに侯爵の痕跡が無いかを探させる。
それと並行して、星を詠み霊視を呼び込み、神ですら然るべき霊地で然るべき手順を踏まないと使用不可能な権能級の魔術を行使する。
それでも向こうは相当念入りに準備していたのだろう。どれ一つにも引っ掛からず、僕は頭を抱え──ない。
なぜならまだ手はあるから。
「目指すはアメリカだ」
僕は先方に連絡を取り、すぐに会えないかを打診した。返答はイエス。僕には借りがあるから、それを返さなければならないと電話口でニヒルに笑っていた。
すぐに転移でロサンゼルスに到着すれば、その人物──ジョン・プルート・スミスさんは僕を迎えてくれた。
「久しぶりスミスさん! 元気にしていましたか?」
「久しぶりだね、レディ。私は息災だとも……そちらはあまり芳しくない様子だが。私にようとはどうしたのかね?」
「実は──」
日本で起きたこと。僕と護堂の身内──それも非常に身近な人物が、ヴォバンに攫われてしまったことを告白。狼王の行方を追っているけれど、時間があまりない。それを解決するためにも、手伝って欲しいと頼み込んだ。
「手を借りたいか……君と草薙護堂には大きな借りがある。それを返したいのは山々なのだがね。今はあまり宜しい事態ではないのだ」
スミスさんの貸しとは、ハワイでの一件だ。
彼が本拠地とするロサンゼルス──ロスには、<蠅の王>と呼ばれる邪術師の集団がいる。彼らのリーダーは神祖アーシェラ。十年近くに渡り、神殺しの魔王スミスと争ってきた。
彼らへの対処のため、ハワイでペレが出現した時スミスさんは咄嗟に動けなかった。もしもペレがまつろわぬ性を引き出して暴れていれば、スミスさんが到着するまでの間にとんでもない被害が出ていただろう。
その時、護堂は偶々ハワイに中学の修学旅行で来ていた。神が出たと護堂から連絡を貰い、僕はハワイに直行。
色々と会った末に、護堂がペレを倒して事件は収束した。
それがスミスさんの貸しだ。本来であれば米国の神殺しである自分が対処しないといけない件を、護堂と僕が処理した。別に僕は貸しだとは思っていないし、護堂も同じような気持ち。
だがスミスさんはその辺でかなり義理堅く、必ず返すと約束してくれていた。
「そもそも捜索すると言っても、私が手伝ったとて役に立てるのか? そう言った手段については、君の方がよほど豊富だろう……熊野鬼鏖大神尊殿?」
「むぅ、僕その名前嫌い……スミスさんじゃなくて、アニーさんて呼ぶよ」
「はは、これは失礼。すまないレディー」
スミスさんに僕の真名を呼ばれて、少し膨れながら僕はムスッとする。御返しにスミスさんの本名を呼んだら、彼は恭しくお辞儀をしながら謝罪してきた。
……スミスさんは、僕についての真相を知る一人だ。どこで知ったかと言えば、パンドラさん経由。アストラル界の妖精王オベーロンから権能を簒奪したスミスさんは、自由自在に幽世に赴ける。
その恩恵により、パンドラさんと気軽に会って会話できるのだ。その時に僕のことを教えて貰ったらしい……ラーマさんと違って、運命の担い手に逆らう僕の名は教えやすいらしい。嫌になるねぇ~
ちなみに僕も僕でスミスさんの正体を知っている。どこぞの蝙蝠男が実業家の青年であるように、変身ヒーローをしているスミスさんには表の顔がある。
それが27歳の白人女性アニーさんだ。どれだけ誤魔化そうとしても、アニーさんの中にある神力は僕の目から隠し通せない。
もう! とぷんぷんしつつも、僕は早速『盟約の大法』の発動にかかる。
「手伝いと言っても、これの為だよ……陰陽となりて太極を成せ──剣神の宿星よ。鋼の末裔が請い願う。願わくばどうかこの僕に──老王を滅ぼす偉大なる力を授け給え」
カラカラと廻る車輪の音と共に、僕の呪力が一気に膨れ上がる。それらを見たスミスさんは、面白そうに眺めていた。
「……義母上が話していた『盟約の大法』か。私たち地上に蔓延る神殺しの獣を屠るために、世界が勇者を支援するシステム。間近で見ると、なんとも恐ろしい力だ」
恐ろしいと呟くスミスさんの言葉には、確かな重みがある。その裏側には、もしも僕が設計思想通りに神殺し抹殺でどうなっていたのか?
そんな思惑が透けて見える。
……そうなっていれば、スミスさんはこの世にもういない。ラーマさんが多くの神殺しを殲滅したように、僕も魔王を屠っていただけの話だ。悲しいことにね。
「スミスさんに遭う事自体がお手伝い。僕はこの状態に成りたかったんだ。この状態であれば、僕はほぼ無敵に成れるから……
これで僕には八咫烏──導きの力が宿る。導くものである以上、僕は先導場所を知らなければならない。
我が主、草薙護堂が望むのはヴォバン侯爵と祐理さんの居場所。今の僕には、倒すべき敵がどこにいるのか手に取るように視える。
「……あ、うそ。侯爵のやつ、マンハッタンにいる」
「なに? 待て、まさかあの古き御仁は、世界経済と金融のメッカでまつろわぬ神の招来と、君たちとの戦争をする気か?」
「みたい……だね……」
何考えてるんだあのジジイ! たぶん僕の兵器のことを何処かで聞いて、それ対策に選んだ場所なのだろう。だとしても、よりにもよってニューヨークのど真ん中を選ぶとか馬鹿!
少し前の同時多発テロでも、経済と安全保障と世界情勢に大きな影響を及ぼしたのだ。僕らがあんな場所で戦えば、それを上回る被害が出る。物理的な損害も、世界に与える影響も。
下手をしたら第三次世界大戦の引き金だ。戦場に選んで良い場所の分別も出来ないのかあの野郎!
「……正気ではないな。あの都市がどれだけの影響を世界に持つのか理解していれば、戦場に選ぶことなど不可解だ……と言いたいが、その不可解さこそが私たちの勝利の源か……」
スミスさんはやれやれと首を横に振る。表面上はそこまで驚いていないように見えるが、先ほどまでとは雰囲気が少し違う。あくまでも協力者の立場であったのに、彼はこの瞬間に当事者になったのだ。
身体中から、この国での狼藉を赦すと思うなよと戦意が迸っている。
「スミスさんとしてはどうするの?」
「遠い異国ならまだしも、私の縄張りに侵入して事を成そうとしている。これは私への挑戦状でもある。手袋を投げつけられたのであれば、銃で応えるのが礼儀だ」
「でもさっき、宜しい事態ではないとか言ってなかった?……もしかして、<蠅の王>絡みで何かがあった?」
「少しな。アーシェラが何やら企んでいるらしく、あまりこの地を離れたくはないのだよ」
スミスさんにもスミスさんの事情がある。米国は成り立ちの関係上、体制側についている術師が少ない。そんな状況で邪術師集団かつ、神祖を長として据える<蝿の王>に対抗できたのは神殺しの魔王が秩序側にいるから。
そんなスミスさんがロスを離れると、あまり宜しい事態でないのは確かだ。
……ならば僕が<蝿の王>を滅ぼそう。問題は根元から断てだ。
「そっか……ねぇスミスさん。そのアーシェラがどうにかなれば、スミスさんはここを動きやすい?」
「その質問にはイエスと返しておこう。かの神祖がいなくなれば、<蠅の王>は自然と瓦解する……まさか君が手伝ってくれるのか?」
「侯爵狩りを手伝ってくれるんだから、僕も何かを返さないといけないもの」
天空神とは全能にして全知なるもの。その
盟約状態により権能の出力が大幅に上がっている僕は、こそこそと這いずり回る
「見つけた。アーシェラがいるのは向こうの方だ」
「……我々が必死で捜索した神祖が、ものの10秒ほどで発見されるか」
呆れた様子のスミスさんを連れて、僕は<蠅の王>の本部を襲撃。何やら神祖が忌まわしき神殺しがどうとか、それに協力するなど神の恥さらしとか寝ぼけたことを言ってたけれど、時間がないので速攻で処した。大地母神の系列は盟約状態の僕にとってただの餌だ。
力を吸い出し転生封じとしてぬいぐるみに封印した上で、ロケットに乗せて宇宙の彼方に放逐した。アンドロメダ銀河の中心辺りで、永遠にゆっくりしていてくれたら助かる。これで<蠅の王>事件は解決。
護堂に連絡して待機して貰ってから、スミスさんと二人でニューヨークに向かい、僕はヤマトタケルの権能で正体を隠しホテルに潜入。
スミスさんには囮になって貰い、侯爵の意識外からアンブッシュで草薙劔を突き刺して呪詛と雷撃を解放する。
侯爵は権能を消去される中、必死でアルテミスの矢を避けて僕に当てようとしたが無駄だ。三人もの魔王を対象とした盟約中の僕は、普段時の戦闘能力を遥かに上回る。
これは僕の盟約が二柱の神力を対象として発動するせい。普段時の僕は中身が僕なせいで半分程度の神力しか使えてないが、中身自体は元から二柱分ある。
それを対象に盟約でのブーストが発動すると、普段は眠りっぱなしの神力も一緒に起きるのだ。
つまりどういう事かと言えば、大法発動中の僕の増幅される神力の元数値は1じゃなくて2になる。陰陽相済で1.5倍ぐらいされているから、元数値は3か。
つまり二人分を相手にした発動であれば、2×3で六人分の魔王を相手にした時のブースト倍率。三人分発動であれば、3×3で九人分の魔王がいる時と同義。
この世界で最大数値になる七人分であれば、7×3で二十一人分の魔王を相手にした時の倍率だ。
現在の九人分ブーストとは、先代である最後の王が七人相手に完全覚醒した時より更に高い。すなわち侯爵の現状を説明すれば、覚醒ラーマさんを相手に権能を全て封じられた上で挑み、なおかつ同格の神殺しに背後から狙われている状態。
これでも神殺しであれば勝てるかもしれないが、同じ神殺しであるスミスさんがいる以上は逆転の目は出しにくいぞ。
でもそれでも僕は怖いので、追加で護堂も召喚しておく。封印して、権能全部引っぺがして、護摩壇と火界咒で念入りに焼いて──魂まで燃えたよね? もう人形も燃えつきた気もするけれど、でも念のために護摩壇が燃え尽きるまで焼こう……護摩壇が灰になった。
聖水を振りかけて、僕が清浄化した御神酒をぶっかけて、清めた御塩を撒いて……消滅したよね? 死んだ相手の魂を一時的に呼び出す権能を使い確かめて……反応なし。良し!
……とんでもない強敵だった。過去最大の敵だ。こちらが一手でも狂っていたら、きっと僕らは全員虐殺されていた。
今回のこちらの勝因は、侯爵が舐めプしたこと。獲物に態々狙っていますと宣言して、なおかつ初手から殺しに行かない。こちらが戦力を整えられる時間を与えて、ゲームなどと楽しもうとした。
……僕に言わせれば、この時点でそれは狩りじゃない。狩りとは獲物に気づかれぬように息を殺し、認識される前に一手で命を刈り取る行為のことだ。
僕と護堂と祐理さんが獲物なのであれば、こちらが気づく前に一瞬で命を奪うべきだ。祐理さんを手にした直後に、大破壊の権能で東京丸ごと殲滅にかかる。これが最善の一手だ。
仮に僕が最後の王として魔王達を殲滅していくなら、今回と同じことをする。初手からステルス
それでも駄目なら相手の物資を断ち兵糧攻めをしつつ、じわじわと包囲網を狭める。相手の頭を抑えたら、あとは寿命死待ちだ。
僕は戦いが嫌いだ。死ぬか生きるか、ギリギリの瀬戸際なんて求めていない。僕にとって、戦いとは害獣駆除だ。死にたくないから戦う。欲を言えば幽世で狼にしたように逃げの一手だけを選びたいが、護堂を守りたいのでそれは無し。
ならば徹底した嵌め殺しからの完封完殺で安全確実に殺しきるしかない。
だから今回は助かった。侯爵は
けれど助かったのは、侯爵がとんでもない舐めプをしてくれたから。本気を出すとか言ってたけれど、たぶん横綱相撲のつもりで何処かこちらを舐めていたのかもしれない。
なにせ迎え撃つに当たり、このホテルを要塞化もしていない。本気を出すと言いながらなぜそれをしてないのか不思議だったが、やはり舐めプ癖でもあるのだろう。
それでも最古参の魔王となれば、動き出せばきっと強かった筈。九人分ブーストで強化された僕を蹴散らし、スミスさんを打ち倒し、護堂を捩じ切った可能性がある。
僕はグッと拳を握り、一層気合を入れる。今回は偶々運が良かっただけだ! 今後も気を引き締めていかなきゃ!
「さすがはヴォバン侯爵。三百年の時を生きる、最古の魔王。これほど手強い相手は初めてだったよ……護堂は大丈夫? スミスさんも怪我はない?」
「……私や草薙護堂が怪我を負う場面は無かったと思うが……」
「それは相手を侮り過ぎだよ。なにせヴォバン侯爵だよ? もしかしたら死後に発動する、隠し権能とかあるかもしれない」
「……美殊があの爺さんの権能を全部奪ったんだよな?」
「奪ったよ。でも死んだ侯爵が偽物で、本物の侯爵がいる可能性だってある……考えてみたら、三百年で八つの権能しかないなんて少なすぎる。もしかしたら、この思考は正解? ……強固な結界を張っておかなくちゃ」
二人分の盟約になり出力は落ちているが、それでもまだまだ呪力は十分。ホテル全体を護堂の『白馬』を十回ぶつけても砕けない結界で覆い、防備を固めておく。
……これで防ぎきれるか? 不安だから、迎撃兵器も撃てる準備をして──
「……草薙護堂。彼女はいつもああなのかね?」
「過去にちょっと、死に掛けたり俺が死にかけたり、俺が洗脳されたり色んなことがあってな。それ以来、相手が死んだり抵抗する力が全部無くならないと、不安で泣くことがあるんだ。それでも不安が治らない時には、病的なまでの警戒状態に移行する」
「……それは精神科医を呼ばないといけない案件では?」
「指摘したことはある。メンタルがヘルスでメンヘラなのか、メンタルが女神ヘラでメンヘラなのか分かんなくなるね! だとさ……」
「……これがこの世最後に顕れる王。私達カンピオーネを葬るために産み出された、最強の討滅兵器の精神性か。彼女に命を狙われたら、とてもではないが無理だな。死を偽装しても、死体を見つけるまで探し回りそうだ」
「あいつ、死者と語らう術とやらも使えるから、それで確認するぞ。もしも僕の術に反応が無ければ、それは生きているで確定らしい」
「……一度狙われたが最後、一生追われ続けるか。敵わんな」
スミスさんと護堂が話しているが、僕は臆病なんだ……あ、侯爵がいないか探していたら、グィネヴィアのやつをチベットで発見した。目的ではないが、やつにも貸しがある。前回はまんまと逃げられたが、今回は逃がさん。
いざと言う時に発動できる呪いとGPSを遠隔で送りつけといてやる。
……とりあえずの確認は良し。
「行こう護堂! 祐理さんを助けるんだ!!」
「……ああ!」
何やら色々と言いたげな護堂がグッと何かを呑み込み、僕の先導で隣の部屋に飛び込む。
そこは寝室で高級ホテルのVIPルームらしいベッドが置いて在り、そこには祐理さんが寝かされていた。
髪の色は神祖の血を覚醒させた時の亜麻色に染まり、虚空を見つめる目は玻璃色に光っている。
「万理谷!! ……万理谷は無事なのか?」
「無事だよ。まだ祐理さんではある」
侯爵を発見した時点で、儀式に干渉して術を無理やり停止させてある。それでも肉体の置換は完了していて、停止させた儀式を再開させたら祐理さんの意識は神のそれに上書きされるだろう。
「待っていてね祐理さん。すぐに儀式を破壊して助けてあげるから……燃え尽きろ」
ここまで近づけばどんな術式だろうが関係ない。僕が睨みつけた瞬間、まだ刺さったままだった矢が一瞬で風化して砕け散る。
それで術式の完全破壊は完了だ。矢が消えた後に穴が残るが、これは祐理さん自身の治癒力が再生させた。
……儀式を破壊しても、肉体は元に戻らない。ゆで卵を魔術無しで生卵に戻せないのと同じ。今の祐理さんの肉体は、僕と同じ大地母神のそれだ。こうなると……日本に戻ったらあれをやるしかないか……
祐理さんがちょっとトランス状態なので、呪力を籠めてビンタする。気付けの一発だ。
そうすると玻璃色の瞳がグリグリと動き、意識が浮上してくる。
「──あれ……私……どうして──」
「万理谷! 俺が分かるか!?」
「……護堂さんと……美殊様? と、誰でしょうか……」
僕らの名前を呼んでくれたことに、護堂とハイタッチをする。スミスさんともハイタッチだ。
……こうして。どこかの侯爵が目論んだくだらない計画は潰えた。祐理さんが、人間から大地母神になってしまうハプニングはありつつも……割と無事に終結したのであった。