前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
ミラノはイタリアでも有数の経済都市かつ栄えた都市で、イタリアで一番有名な都市であるローマが古都──日本人の感覚としては京都だろうか? ローマが京都ならミラノは東京だ。
観光するのであればローマの方がよほど見所が多いけれど、ミラノに観る場所が無いかと言えば全く違う。
エリカさんが口にした、ミラノ大聖堂やスフォルツェスコ城など見所はたくさんある。
そんな都市を歩けば、古めかしいのに新しいと言う不思議な魅力が詰まった側面が見えてくる。僕や護堂はサルデーニャで多少見慣れていて、祐理さんは家族旅行で欧州に訪れることもあるので慣れているけれど、恵那さんはお山で籠る関係上海外への渡航経験が乏しいので、物珍しそうに辺りを見回していた。
「どう恵那さん? イタリアの街並みを見た感想は?」
「やっぱり日本とは違うね。石畳がこれだけ広がっているのは、不思議な感覚」
「経済規模としてはミラノが一番イタリアで発展してる都市だけれど、東京みたいにコンクリートジャングルなんてことはない。昔ながらの石造りの街って感じがして、中々面白いよね」
東京は至るところをコンクリートとアスファルトで固めた街で、モデルとして近いのは侯爵と熱い死闘を繰り広げたマンハッタンだ。
それと比較したら、実に情緒ある街並みがミラノだと思う。
「ミラノは私たち<赤銅黒十字>の前身であるテンプル騎士団の流れも汲む都市で、銀行を初めとしたイタリア金融の中心地でもあるわ。特に有名どころと言われたら、イタリア証券取引所かしら? あとはファッションね。ミラノはBIG4の一つ。ミラノコレクションも開催される、アパレル系列の中心地よ」
「ビッグ4?」
「ファッションショーイベントの中でも、格が高い4つの大イベントの事だよ。日本だとミラコレとか略されるやつ。あとの三つはパリのパリコレ、ニューヨークのニューヨークコレクション、ロンドンのロンドンコレクション。これらを纏めてファッションイベントのBIG4。パリコレが一番有名だけど、ミラコレだって負けていない。イタリアを代表するブランドであるアルマーニなどの影響で、一気に注目されるようになったんだ」
「……美殊様がいるなら、私はいらないんじゃないかしら?」
「そんなことないよ。所詮僕のは知識でしかないから、この地で暮らして来たエリカさんとは視点が違うもの」
なんて会話をしつつ、ミラノ大聖堂まで向かう。ここはミラノでも有数の観光地だけあり、雑踏がたくさん! ──だと思っていたのだが、なぜか人が非常に少ない。なぜだと思い感覚を広げてみれば、辺り一帯に人払いの結界が敷かれている。
「エリカさん、これは?」
「護堂が観光すると言う事で、<赤銅黒十字>が全面バックアップよ。人混みに紛れて建築物を眺めるよりは、私たちだけで独占した方がゆっくりと見れるでしょ?」
「そんな気遣い、いらないぞ俺は。俺たちのためだけに、有数の観光地を独占とか駄目だろ、普通に考えて」
「貴方が普通の男の子ならそうなんでしょうね。でも残念ながら、護堂はカンピオーネ。それもサルバトーレ卿が弱体化し、侯爵を堕とした強大な魔王よ。これぐらいしないと、私たちも面目が立たないの」
「だからと言ってもな……日本でもやたらと特別扱いされるけど、俺はただ神様と喧嘩しただけの学生なんだぞ。それを本当の王族みたいにされても、困惑しかないな」
「諦めてください、護堂さん。御身は羅刹の君なのです。何者よりも尊ばれる、地上の覇者なんです。こう言った特別待遇を受けられることもまた、王として必要な資質……なのだと私は思います」
「そう言われてもなぁ……」
「護堂はお固いねぇ。こんな時は、しゃあないこれも人生だ! と諦めて、楽しむのがコツなんだよ! と言う訳で、エリカさんと恵那さん並んで並んで~。大聖堂を背に美少女二人のツーショットだよ」
護堂は庶民的観点から何やら愚痴っておられるが、向こうがそうしたいと仰られるならさせてあげる方がよほど良いと僕は思う。
例えば祐理さんの僕や護堂を呼ぶ時の言葉遣いだが、護堂がさん付けで僕が様付けだ。これは護堂が様付けを嫌がったので祐理さんが変えてくれたのだが、僕は別にそうしたいならそう呼べば良いと思う派なので訂正を御願いしていない。
ミラノ大聖堂は主にゴシック様式だが、長期工事やナポレオンが壊した部分を修復するために手が加えられた影響で多数の様式が取り込まれたちゃんぽん方式だ。外装は白い大理石で覆われ、屋根や外壁に並ぶ多数の尖塔と彫刻が特徴的。
そんな歴史ある建築物を背に、黒髪と金髪の美少女が二人並んでピースするのだ。これは実に貴重な一枚である……うむ! 我ながら完璧な写真構図だ!
「ほら祐理さんと護堂も一緒に入って入って。せっかく僕らの貸し切りなんだから、最高の一枚を撮ろうよ~」
「……見てください、美殊様を。もうこの状況に慣れて、好き勝手されておられます」
「……みたいだな」
護堂と祐理さんが僕らを指さして、何やら呆れたような表情をしている。向こうが僕らを御もてなししたいのであれば、それを受けるのも祐理さんが言うように王の度量だよ。
ほらほら早く~と催促してみたら、仕方ないなぁと二人も写真が撮れるように並んでくれた。
「撮るなら美殊も来たらどうだ?」
「そだね~。式神に撮らせるよ」
カメラマンの式神を作成して彼に一眼レフを渡したら、僕も一緒に並ぶことに。構図としては、この中で一番背が低く小柄な僕が護堂の前に。後ろから右腕で抱きしめて貰う。
次に小柄な祐理さんが左手で抱きしめられた。
両サイドをエリカさんと恵那さんが占有し、これで構図が完成──
「おい。色々とおい。この構図で写真を撮ったら、俺はどういう評価をされると思っているんだ」
「え、そりゃあ……美少女を四人手籠めにした鬼畜魔王?」
「事実無根過ぎるだろ!? 手籠め……は美殊に祐理と恵那はそうかもしれないが……でもエリカは違うよなぁ!?」
「あら? 私は手籠めにするほど、魅力が無いと言う意味かしら、それは」
「そんなことを言ってない! エリカは、まぁ……魅力的なのは魅力的だと思うぞ。でも手籠めにするかと言われたら、そんなことはない。俺はまだ学生なのに、なぜかもう三人も奥さんがいるんだぞ。これ以上はいらないし、静花にも増やさないと約束したんだ。なのに、どうして美殊がいの一番に手籠め云々とか言い出すんだよ」
「王様は王様だから、増やしても……てのは無茶だよね。現段階でも、王様は枯れ死寸前まで追い込まれる事の方が多いから」
「彼氏? ……枯れ死の方? え、貴女達、みんなそこまで進んでるのね」
あらびっくりみたいな反応をエリカさんはしている。
「美殊様としては、護堂さんが増やされても宜しいのですか?」
「え? 嫌だよ? だってそんなことをしたら、護堂とイチャラブする時間が減るじゃないか……そりゃあ、さぁ。護堂が僕の体に飽きちゃって、別の子を抱きたいとかなったらあれだけど……」
哺乳類の雄にはクーリッジ効果と呼ばれる現象がある。これは動物実験でも判明している本能的な行動で、同じ雌ばかりだと性的な興奮が減少していくやつだ。端的に言えば男は飽きるのだ。本能が。
護堂には僕を含めて三柱の大地母神が引っ付いているけれど、彼の立場であれば何人でも増やせる。
哺乳類の雄にはクーリッジ効果と呼ばれる現象がある。
これは動物実験でも確認されている、本能的な行動原理の一つだ。同一種のモルモットの雄と雌を同じゲージに入れておくと、雄はひたすら求愛行動をするようになる。そのまま子作りを始めて、30回ぐらいまでは雄はずっと性的に興奮する。
けれど何回もしていると、雄は雌に興味を示さなくなる。雌側が毛を舐めて催促しても、全く性的な求愛行動はしなくなるのだ。
でも別の雌を入れてやるとあら不思議。雄はこれでもかと腰を振り、興味なさげだったのが嘘のように小作りをする。
つまりところ、同じ雌ばかりだと性的な興奮が減退し、新しい相手に反応を示すようになる。これは雌側は強い雄であれば何度でも同じ相手と性行為出来るのに対して、雄側は多数の雌を求める本能にある。
性的な欲求とは、子孫を残す本能だ。そうなると多数の相手を孕ませた方が、生存戦略には有効であると本能は知っていることになる。
端的に言えば――男は、飽きる。本能が。
護堂には、僕を含めて三柱の大地母神が引っ付いている。
普通に考えれば、この時点で十分すぎるほど恵まれているはずだ。それでも、ある日それはやってくるかもしれない。
――別の女を抱きたい、なんて欲求が。
それは悲しい事だが、雄が雄である以上仕方のない欲求だ。モテる男が多数の異性と性行為を行うのは、生物としては普通のことだ。
僕がしゃあないねぇとある種の自己嫌悪に陥っていたら、護堂の腕に力が籠められてギュッとされる。何事?
「あのなぁ……何を考えているのか知らないが、これ以上増やさないと言ってるんだから、ちょっとは大人しく聞いておけよ。それに美殊に飽きるとかもないからな? お前は、まぁ、言動とかちょっとエキセントリックなところがあるけれど、それ以外は魅力しかない女の子なんだから」
「魅力的ねぇ? そりゃぁ、僕はすごく美少女だけど、でも普通にいる程度の美少女だぜ? それが魅力しかないだなんて、護堂も御世辞が上手いんだから」
魅力しかない……そんな風に言われたことが嬉しくて。でもなんだか気恥ずかしくて、僕は誤魔化すようにカッカッカと笑っていたら、なぜか普通の美少女? と恵那さんが呟いた。
「師匠が……普通?」
「美殊様が……普通?」
「お前は普通の範疇じゃないだろ……」
「……ねぇ、美殊様。一つ良いかしら?」
「なに、エリカさん?」
「御身にお訊ねしたいのだけれど、自分の容姿や振る舞いについてどれぐらいの自覚があるのか教えてくれないかしら?」
なんだろう、不思議な質問だな。僕の容姿──外見や言動、その他の行動が何かおかしいのだろうか?
……聞きたいと言うのであれば、答えるけれどナルシスト気味になったらごめんねぇと心の中で皆に謝っておく。
「まず僕の容姿だけれど、かなり可愛いし綺麗だとは思うよ。でもそうだなぁ……祐理さんやエリカさんと比べると、劣ってるとは自覚してるんだけどね……もちろん恵那さんと比較しても」
これは客観的にみたら自明の理としか言えない事だ。仮にエリカさんと祐理さんに点数を付けるなら、間違いなく百点満点。次の恵那さんが95点ぐらい。
それらを軸にするのであれば、僕は90点ぐらいだ。それを正直に話したら、なぜか全員僕の認知がおかしいと言い出し始めた。
なんだよ~、その反応は。
「……私や恵那さんに、自分達の容姿が優れている自覚がない。そんな風に美殊様は仰られておりましたが、一番自覚が無いのはこの御方ではないでしょうか?」
「あのね、美殊様。私は確かに自分がイタリアでも随一の美を持つと自覚はしているわ。でも貴女を超えるほどかと言われたら、ちょっと自信が無いわね」
「ちょっとだけかよ。それはそれで、エリカの自尊心が高すぎると俺は思うぞ」
「あれだね。師匠は自分の見た目に、もうちょっと自信を持ちなよ……恵那が言える事でもないけどさ」
「……みんな優しいねぇ。僕みたいな凡神をそんなに褒め称えるだなんて。ちょっと嬉しいぞ」
僕を担ぐのがみんなお上手なんだからぁ! と朗らかに笑ったら、護堂がお前はそう言うやつだよな……と呆れた声を出した。それから僕の耳元に口を寄せて、みんなには聞こえないように──
「俺の言葉を信じるも信じないも美殊の勝手だが、俺は改めて言っておくぞ──俺の初恋相手は美殊で、それは今も続いてる……誰が一番とかそんなんじゃないけれど、俺にとって大切な相手は間違いなく美殊だよ」
「……うん!」
そんな風にお話をしてから、全員で大聖堂を背に写真を撮る。この一枚がまた、僕らの歴史を綴ってくれるのだ。
大聖堂を後にした僕らは、ルイーニと言う非常に有名な店でパンツェロッティを購入し食す。最終的に4枚ほど平らげたら、護堂に喰いすぎだろと呆れられた。いいじゃん……美味しいんだから……
それからもスフォルツェスコ城やガッレリアなどミラノに来たらここを抑えておけと言う観光地を巡ってから、僕らはエリカさんの案内でとある住宅地に向かう。
そこには<赤銅黒十字>が管理する物件が幾つかあり、今回僕らが滞在するのであればホテル代わりに使って下さいと譲渡された。貸与ではなく譲渡。つまり今後も、イタリアに来られるのであれば別荘代わりに使って下さいと言う事だ。
「ここがそうよ……小さい物件で構わないのよね?」
「うん。どうせ空間拡張させるから、物件の大きさなんてなんでもいいよ」
「そう……異空間の創造だなんて、私たちだと大騎士や騎士級の魔術師が数十人がかりで行うような規模の大儀式だけど、美殊にとってはそれぐらいするよ……程度の感覚なのね」
「それぐらい出来ないのであれば、僕は大地の女神を名乗れないよ……それに今回は、頼もしい助っ神もいるから」
ね? と僕がウインクしたら、祐理さんははい! と返事をしてくれた。ヴォバンからバフォメットの権能を簒奪した祐理さんは、魔道神と同義である。新しい魔術開発は無理でも、僕が見せる空間拡張術式を見取り稽古して、自分の物にすることなんて容易い。
「さっそく始めようかな……吾が身は成り成りて成り合はざる処一処在り。我が身は成り成りて成り余れる処一処在り──大母の末裔が、我が身に連なる系譜に請い願う。どうか僕に、奇跡を起こす偉大な魔導力を授け給え」
聖句と共に呪力を回転させて、一気に力を引き出す。エリカさんが思わずビクッと体が反応するほどの大呪力。
以前の倍近くまで増えた力は、人間の観点から見れば巨大な湖と変わらない。
そんな僕が組み上げようとする術式に、祐理さんの手が添えられる。
「禁忌の叡智を伝える神の御名において告げる。忌むべき知識を刻んだ魔導の書として私は唱える。奇蹟を学び、神秘を再現させるために」
祐理さんからも力が迸り、僕の術式に絡み合い、人の手では再現できないであろう巨大な魔術が構築されていく。
「これが魔道神と魔術神が行なおうとしている魔術……とんでもない規模ね」
エリカさんも大騎士として魔術の道を究めんとする一人。僕と祐理さんのコラボ術式について多少の理解は及ぶのか、興味深げに観察していた。
そうして組んだ術を小さな建物に適用したら──はい完成。
「出来たよ~。ほらほら、みんなどうぞ~」
「……うわ。滅茶苦茶広いな、これ」
「どれぐらいの広さがあるんだろ? 祐理、これどんな風にしたの?」
「わ、私は美殊様の術構築を手伝っただけなので、細部まではあまり……」
「イタリアと言う事で、内部構造はカゼルタ宮殿を参考にしたよ~」
カゼルタ宮殿とは、イタリア南部のナポリに存在する世界最大級の王宮建築だ。
ナポリ王国時代に建設されたこの宮殿は、単なる豪華な建物ではなく、行政・軍事・居住の全てを一箇所に集約することを目的として設計された、いわば国家運営そのものを内包する建築物。
部屋数は千を超え、階段は幾何学的でありながら威圧感があり、天井はやたらと高い。
廊下は直線的で、どこを歩いても視線が行き届くような構造になっている。
要するに――護堂の好みからは外れているが、王様らしい建物と言えばこれだよね~みたいな感じの王宮である。
それを伝えてみたら、護堂は王様らしいってなんだよと声に出した。
「……何って言われたら……広い! 豪華! なんか室数が多い!!」
「その説明だけだと、成金の悪趣味にならないか?」
「うーん……神殺しって、その日から権能ゲットだぜ! だからある意味成金?」
「王様の説明にするには、なんだか安っぽい感じになっちゃうね」
「羅刹の君を成金と表現するなど、普通であれば不敬なのですが……美殊様に限り、ある意味赦されるのですよね」
なんて散々な酷評だった。祐理さんの美殊様に限りとは、僕の出自を考えたらそうなるよねみたいな感想だ。なにせ僕は討滅神。神殺しを貶めるために産み出された兵器なのだから。
そんなあれこれは置いといて、中を確認すれば我ながら惚れ惚れするような出来栄えだ。
カゼルタ宮殿の内部構造を模してあるので、決して金や宝石で自己主張するタイプの豪華さではない。けれど、白を基調にした壁、均整の取れた柱の配置、視線の抜けを計算した廊下。これらは魅せることを念頭にした設計なので、視覚的な美しさは最高潮だ。
僕の感覚としては、マイクラで脳内通りの建築物が完成したかのような物。
エリカさんは内部を少し見回った後、私はそろそろ帰るわとブランデッリの御屋敷に戻っていった。
僕ら四人だけになった屋敷は超が付く広大さだが、大半の部屋は僕の魔術具工房や兵器工房に変化させる予定。
居住区として使えるのは、七雄の御社と同じく全体の1%も無いだろう。
「さぁさぁ! とりあえずは皆でお風呂に入ってご飯食べて、いつものやつをやろうねぇ」
「……結局それなんだな。旅行に来ても、やることはあんまり変わらないと言うか──恵那と祐理からも何か言ってやってくれ」
「恵那は王様のお〇ん〇ん好きだから、師匠に賛成だよ」
「わ、私は……ナポリでまでまぐわいをだなんて……」
「ありゃ? 祐理さんは不参加するの……僕と恵那さんが護堂と楽しくやっている間、お一人で寂しくベッドに行くの?」
「そう言う訳ではありませんが……やはり私たちは、学生として何か大きく間違えているように思えるのです」
「学生である前に、僕らは大地母神であり神殺し一行だよ。常識なんて、どこかに──」
祐理さんがまたもや大真面目なことを言おうとしたので、それを言葉巧みに篭絡しようとして……何かを感じ取った。
その正体は漠然としているけれど、非常に大きな力だ。
方角は……南の方。思わず僕は青目と灼眼を光らせてそちらを睨みつけてしまう。
僕の視る方角に、祐理さんも視線を向ける。彼女は大地母神となった事で、霊視の力が僕の領域に引き上げられている。
だから同じく、それを感じ取れてしまったのだろう。
「祐理さん……感じた?」
「はい。今のは……まさか『まつろわぬ神』が?」
「え……ちょっと待て。まさか近くに神がいるのか!?」
護堂が驚愕と共に疑問を吐き出すので、僕と祐理さんはそれに頷く。僕らは共に世界最高峰をすら超えた、霊視や託宣の女神だ。僕らの予感や直感に触れる何かがあった以上、これは確定事項として考えても良い。
だから今日はまた美殊らと淫靡な時間を過ごす羽目になるのか……なんて気が抜けかけていた護堂の眼に、真剣な色が付く。
「近くはないと思う。少なくとも半径三百キロ圏内──フィレンツェやサン・マリノ辺りまで一時的にレーダーを広げて見たけれど、僕の警戒網には引っ掛かってない……でも──」
「います。美殊様は何が見えましたか?」
「僕は太陽だね。白い馬に乗った太陽……イタリアだから、今度こそミトラスか……それともソール・インウィクトゥスかな? 祐理さんも同じものが見えた?」
「私は別の物が視えました。山羊の頭を持ち、洞窟の奥深くに住まう巨大な聖蛇。私にはそれが視えましたが、何の神格かまでは……」
「山羊で洞窟の聖なる蛇……ああ、あれかな?」
祐理さんが視た要素を持つ神格となると、それは大地母神の特徴だ。そしてイタリアでこの要素を持つ女神となると、候補はそんなにいない。
イタリアに出る女神としては、中々オーソドックスであろう大地母神だ……また大地母神か……なんて言葉が口から出そうになるけれど、それは心の中にグッと堪えておく。
……ともかく。そこまで近いわけではないけれど、僕と祐理さんが同一タイミングで知覚してしまうぐらいの位置に、どうやらまつろわぬ神が二柱も顕現したようだ。
僕は家に帰ってしまったエリカさんに連絡を取り、その旨を伝える。さぁて……ヴォバン侯爵もサルバトーレさんもいないのであれば……僕らがなんとかしないといけない案件が、向こうからやって来た訳だ。