前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
まつろわぬ神が降臨している。それも僕と祐理さんが視たところ、二柱も。
これを聞いたエリカさんは、すぐに各地に連絡を取ってくれた。これが小娘二人の言葉なら妄言だが、残念ながら僕や祐理さんは世界で1,2を争う宣託の授け手だ。裏の界隈で巫女や魔女の言葉を蔑ろにするようであれば、まず生きていくことなんて出来ない。
その間、僕と祐理さんは探索術で神の行方を捜す。世界地図を地面に広げて、方角と吉凶の占いだ。賽子を振り、ダーツを投げてどこに刺さるのか確かめ、最後は目を瞑りながらパチンコ玉を地面に投げる。
それらは全て一つの場所を指し示した。
「ナポリだね」
「ナポリと言うと、あのナポリか? マルゲリータ発祥の地とか言う」
「そのナポリだよ……うん。何度占っても、ナポリに大きな反応が三つあるね」
僕の魔術には幾つかの反応が返って来ていて、二つはまつろわぬ神の大きな力。残りの一つは、神と比べると小さいが人と比べたら巨大過ぎる力。
……サルバトーレさんだな、これは。ナポリで一体、何をしてるんだあの神殺しは。
出た結果に対して、僕は思わず溜息を吐いてしまう。僕が嵌めた枷で弱体化してるとは言え、神殺しとはどこまで行っても人の範疇には収まらない。護堂含めて、神殺しとはどうしたってトラブルと騒動の種なのだ。
「三つ? さっき美殊が言ってたのはミトラスで、祐理が視たのは地母神だろ? ……まさか、もう一柱いるのか!?」
「ううん、神様の方じゃなくてサルバトーレさんだよ……なんでかは知らないけれど、あの人ナポリにいるみたい」
僕がそう言うと、護堂と恵那さんが何やら嫌そうな顔をし始めた。恵那さんはあの神殺しに対して、悟っているようで苦手と言っていたからさもありなん。
護堂の方は護堂の方で、今年のゴールデンウィークに酷い迷惑をかけられている。それは苦手意識もあるだろう。
「サルバトーレの王様がナポリにいるなら……あの王様、もしかしてまつろわぬ神と交戦してるの!?」
「……あいつ、四肢を奪って弱くなっている筈なのに、それでも神様に喧嘩を売りに行くんだな」
「本当に戦ってるかは分からないけどね。ここからだと、現地で何が起きているかまでは不明だから」
呆れる二人に対して、僕はどうだろうねぇ? と言葉を返しておく。サルバトーレさんは神殺しの中でも、戦闘に狂っているタイプだ。四肢があろうがなかろうが、戦いたいと思えば闘う剣士だとは思う。
でも僕が処置して大幅に弱くなった現状で、まつろわぬ神が二柱もいる場所に突っ込むかと言われたら……違う気もする。
そうなるとあれかな? サルバトーレさんは今回の件とは無関係で、偶々神が降臨するかもしれない土地に直感で赴いた。それで神と遭遇した……とか?
全部想像に過ぎないので、真相は現地で探らないと不明だ。ではいますぐにナポリに向かうかと言われたら、それにはまだ早い。
向かうだけならば、祐理さんと共同で転移魔術を使えばいい。今までなら僕単体の出力では神殺しである護堂を直接目的地に飛ばすには足りなかったけれど、祐理さんの補助があれば話は違う。それに僕自身の出力も増しているので、今なら千キロぐらいまでなら目的地に転移で直行できる。
なので焦らず、まずは情報収集だ。それを伝えたら、護堂から疑問が返って来た。
「ドニはともかく、まつろわぬ神は放置して良いのか?」
「今のところは大丈夫そう……ちょっと待ってね。はい、出たよ」
「これは?」
「向こうの監視カメラの映像」
僕が護堂らに見せたのは、ナポリにある無数の監視カメラの映像だ。タブレットには無数の映像が映し出されていて、多数の映像を僕らに見せてくれる。
その中に旧市街の映像もあり、そこの一角が非常に悲惨なことになっていた。
護堂らもそれを見て、もしかしてこれは戦闘痕か? と疑問を呈した。
僕はそれに対して、違うよと首を振っておく。
「なんか爆弾でも爆発したみたいに、地面が捲れ上がって周囲を破壊したような痕跡になってるけれど、これはまつろわぬ神に関係ないのか?」
「……映像越しにちょっと調べて見たけれど、霊脈がどうやら爆発したみたいだね。あれは川みたいなもので、ちょっとしたことがあると詰まる事があるんだ。そうして溜まり過ぎると池みたいになり、それすらも超過したらダムが決壊するように一気に放出されることがあるんだよ」
「霊地としての吹き溜まりですね。七雄神社のようなパワースポットもあれば、行くだけで穢れを体に纏わりつかせてしまうような呪いの地もある……ナポリにはそのような土地があり、そこに呪力が溜まり過ぎたせいで破裂した。それがまつろわぬ神が招来された理由なのでしょうか?」
祐理さんの疑問に対して、僕は可能性はあるよと返しておく。霊脈や霊地の取り扱いは、大地母神であり魔術神である僕にとっても、下手な使い方をすると大変なことになる代物。日本には霊脈を利用した大結界を敷いてあるけれど、あれにしたって枯渇しないように、暴走しないように細心の注意を払った魔術を用いてある。
それだけ循環せず呪力が溜まったり、限界を迎えて暴走するのは危険だからだ。一歩間違えば、爆発で霊脈が掻き回されて土地が枯れてしまう危険性もある。
そんな霊脈の淀みが大爆発して、その反動でまつろわぬ神が降臨……筋は通る。それに片方が大地母神なのにも納得だ。見たところ空や大気に流れる霊脈ではなく、地面にある流れの方が爆発したっぽい。
それなら暴走したのは大地の精や水の精だ。これに影響されて神話から出てくるとなれば、大地と縁深い地母神しかあり得ない。
そうなるとあれかな?
「祐理さんが考えたように、まつろわぬ神様出現の要因は霊脈だろうね。だから祐理さんが霊視した、山羊頭の蛇──大地母神が出現した。それとは別に僕が霊視した、白馬に乗る太陽──最大候補はミトラス。彼がまつろわぬ身となって出て来たのは、たぶん大地母神に引っ張られたからだ」
「連鎖召喚?」
「だと思うよ。霊脈が壊れた事で噴出した呪力は大地母神となった。祐理さんが視たのは山羊なる聖蛇。その要素を持つ存在となると、ナポリに出現するとなればユノ。ジューノとも呼ばれる大地母神が最大候補だよ」
ユノ──ギリシャ神話のヘラと同一視される、最高位の大地母神だ。格としては日本に渡り、僕がギリギリで打ち勝ったアテナさんとほぼ同格。
「ユノですか」
「うん。祐理さんや恵那さん、護堂はユノについて詳しい?」
「あんまり知らないよ。日本の神様なら媛巫女の修練で習うけれど、こっちの神様は専門外だもの」
「私も恵那さんと同じくです。霊視で直接知恵を授けられるならまだしも、自らの知識にあるかと言われたら……すみません。勉強不足です」
「俺が知ってると思うか、そんなの?」
「まぁそうなるよね~。あと、祐理さんは勉強不足とかじゃないから、別に謝らなくていいよ。学校の勉強をして、媛巫女としての術の修練を積んで、七雄神社でお勤め事……海外の神様事情まで覚えろなんて、ちょっと酷な話だから」
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが、やはり私には今後護堂さんの、その……『戦士』の化身の御手伝いなどをするのであれば、印欧祖語民族の神話やセム系語族民話なども知識として学んでいた方が良いですから」
「霊視があるんだから、無理に覚える必要もない筈なんだけどね……」
祐理さんは真面目だ。護堂の権能である東方の軍神・弐式。あれの『戦士』の化身発動には、どうしても切り裂こうとする神の知識や来歴などが必要となる。それも論文を一つ書き上げられるだけの、膨大な知識が。
その辺は僕がいるからどうとでもカバー出来るが、一月もの間眠っていたようにサポート仕切れない時間が今後出てくる可能性は高い。
そんな時に神の知識を授けられるとなれば、一番は僕並の霊視能力持ちの祐理さんだ。恵那さんも大地母神となった事で霊視能力は獲得出来るけれど、それには長い訓練期間が必要になる。
と言っても、霊視はなんでも教えてくれるわけじゃない。僕は運命神としての素養もあるので、ほぼ任意で視たいものの方向性を固定出来るが、大地母神オンリーかつ成り立ての祐理さんでは自由に霊視できるほどじゃない。
その辺含めて、今後も教えないといけないことが多いなと思いつつも、僕はユノについて軽く触りを教える。
「ユノはローマ神話における最高神格の一柱だよ。彼女の名が歴史に現れるのは、王政ローマが成立するより前――紀元前七世紀を遡る頃、ラテン人とザビニ人の宗教が混じり合い、国家祭祀の形が整えられていた時代だよ」
「宗教融合期?」
「当時のローマで起きた運動の事だよ。もっと後の時代になれば、ローマの宗教はコンスタンティヌス帝が313年にミラノ勅令でキリスト教を公認して信仰の自由を認め、392年にはテオドシウス帝がキリスト教を国教化する。でもそれまでの間、ローマには多数の信仰と宗教が集まっていたんだ。その一つには、ウルスラグナさんの時にも語ったミトラス教がある」
「確かシルクロードを渡って、文化として当時のイラン・ペルシャから持ち込まれた神格か」
「師匠が白馬に乗った太陽として名前を出したのも、ミトラスだったよね? それがあるから、師匠はミトラスの名を出したんだ」
「うん。イタリアで白馬に乗る神様なんて言えば、十中八九ミトラスだよ」
ミトラス──ミスラ。ウルスラグナさんとも縁が深いこの神様は、ローマ帝国時代に大きな広がりを見せた一大宗教だ。当時のローマ帝国はレギオンを持つ軍事国家。
この在り様とミトラス教は、非常に噛み合いが良い。男性限定、階級制、契約を重んじる、死後救済よりどう生きるかを重視した教義は、ローマ軍の精神教育において非常に有効だった。
また宗教としても地下宗教としての側面が強く、地下神殿──ミトラエウムでの信仰が主だった。地下で信仰される秘密のオカルト宗教。それがミトラス教なので、ローマの国家神であるユピテルなどとは衝突しにくい傾向にある。
それに太陽信仰は皇帝崇拝と併存し易い特性を持つので、ローマと言う国家にとって管理がし易く、上手く扱えば弾圧の必要もない非常に扱いやすい宗教だった。
また兵士間での信仰されるがゆえに、イタリア全土に広がりやすい特性を持つ。なぜかと言えば、初期のローマ軍は徴兵制で、任期が終われば各属州に兵士たちは帰っていく。
すると彼らは地元でローマ軍の信仰である、ミトラス教を自然と広めるのだ。それに広がりやすさは軍事制度に乗っかり伝播したこともある。
軍隊が動けば当然移動網が形成され、それがミトラス教の布教路としても活用される。軍隊が管理する道なのだから、安全性は確立されている訳だ。
そのためミトラエウムにしても、ローマ軍の駐屯地が多かった湾岸部や交易拠点などに集中していたりする。
「だからナポリで出現するとしたら、それはミトラス……あるいはミトラスと習合した神格の可能性が非常に高いことになるんだよ」
「そうか……」
「うん。それと話を戻すと、ユノについてだね。祐理さんが視た山羊頭の蛇は、ユノを代表とする特性と言っても良い。彼女には複数の異名があるけれど、その中でもこの特徴に一致する名前がある──ユノ・ソスピタ。生命の守護者の意味を持つ、救済のユノ。洞窟で信仰された旧い大地母神で、彼女は聖なる蛇の姿をしていて、山羊の皮でフードを被っているとも、山羊の頭を模した兜を被るとも言われている」
「山羊の聖蛇……美殊様の御話ですと、私が視た物に確かに合致します!」
「うん。ナポリが呪力の爆発で吹き飛びかけたけれど、そうなる前に呪力は大地母神として形を整えた。そのおかげで都市は破壊を免れて、結果としてナポリは救われた。こう考えたら、筋は通る……とは思うけれど」
あくまでも思うだけ。これが100%正解なのかと問われたら、やはり現地で直接視ないとなんとも言えない。
そこから幾つかの話をしていると、エリカさんからこちらに連絡が入る。彼女の話を纏めると──
・ナポリの地下遺跡であるナポリ・ソテラネアには、ギリシャから持ち込まれた神具が安置されていた。
・僕がサルデーニャを訪れ、ゴルゴネイオンが浜に打ち上げられた頃から神具には大きな力が集まり始めたので、<青銅黒十字>の魔女達が秘匿の結界を張って隠ぺいしていた
・霊脈から流れ込む呪力を、どうしたものかと魔女の集団は頭を抱えていた。
「その神具に溜まっていた呪力が爆発した?」
「そう考えても良さそうだね……そうなると、サルバトーレさんはその異変を直感で嗅ぎ分けて、先に現地に向かっていた?」
「どうでしょうか。私はそのサルバトーレ王にあったことはありませんが、そんな殊勝な御方であれば、美殊様を斬りかけたり、日本に神具を持ち込まないと思います」
「恵那も同感。サルバトーレの王様、絶対にそんなタイプじゃないよ。面白そうだから首を突っ込んだだけじゃない?」
「ドニの事だから、その神具を壊したりでもしたんじゃないか? それだけ力が溜まっているなら、壊したら何か面白いことが起きるだろうか……なんて考えて」
「はは、流石にそれはないでしょ。僕がどれだけ、あの王様に大量の枷を付けたと思ってるのさ。全盛期の万分の一以下の戦闘力しかない状態で、そんなまつろわぬ神が降臨するかもしれないような愚行に走るなんて──」
はははと僕は笑うけれど、いやまさかね? と不安も脳裏に過る。流石にそこまでの馬鹿じゃないでしょ……頼むからもっと賢くあってくれ。僕の不安なんて吹き飛ばすぐらいの、まともな知能で。
流石にそのレベルの馬鹿が相手だと、僕の義肢でも止められない。放っておいたら、何か恐ろしい珍事を引き起こすような気がする。
あるいは……まつろわぬ神二柱出現自体が、彼の珍事とか?
「と、とにかく! 原因のようなものは判明した! まだ予想の段階に過ぎないけれど、出現した神格もある程度は絞り込めている……どうする、護堂? 護堂はまだイタリアの魔術師から、神をどうにかしてくれとは頼まれていない。だからここで静観を──」
「──行くよ。どっちにしろドニが弱っているなら、いずれは俺の方に頼むと話が来るだろ。その時まで後手後手に回って、どうしようもない事態になっていたらこっちが困るからな……先に言っておくが、喧嘩をしに──」
「──行くわけじゃない。でしょ? まずはいつも通りお話をして、それで駄目ならそのあとを考えたら良い。行き当たりばったりが、護堂の真骨頂だからね」
「……間違ってはいないけれど、その場凌ぎが俺の本質みたいに言うなよ」
全くと言っているが、護堂は行くつもりのようだ。ならば僕らは、それ相応の準備を済ませるだけ。まずは護堂に神の知識を吹き込み、『戦士』の準備を済ませる。それから精神感応の経路を全員で繋ぎ、お互いの呪力や魔導力を共有可能にする。
それから──僕は四つのスーツケースを、日本から魔術で取り寄せる。
「これは……服か?」
「全員分の戦闘服だよ。サルバトーレさんの肉体を構造解析して、それを転用し防御能力を確保したバトルスーツ。自前の呪力耐性の上から、更に神殺しの肉体が持つ呪力耐性を重ね掛け出来る。それに衝撃時に硬質化する魔術が組み込まれてるから。呪力を消費するけれど、権能とは別に鋼の肉体一歩手前の耐久性が付与されるよ」
「……またどえらいもんを作ったな」
「全員で生きて寿命死する。それが僕らの望みだからね……これぐらいはするさ」
護堂だけじゃなく、恵那さんと祐理さんにもそれを配り、全員で着替えたら準備完了だ。僕の宇宙兵器も、今回乗って来た航空機に搭載してある。
さぁて……まずは話し合いの時間だね。