前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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ローマの休日

 どったんばったん大騒ぎして、最後は祐理さんとユノさんが勝利したUNO大会。右手に地母神、左手に地母神で護堂は御休みだ。

 僕は恵那さんの抱き枕として就寝した。

 

「師匠は抱き癖でもあるの?」

「わかんにゃい……あ、恵那っぱいだ」

 

 護堂が不動の一位ではあるが、恵那さんも僕の好きな子ランキングで祐理さんと同列一位だ。つまりみんな一位だ。二位でいいんじゃない? と聞かれたら僕は首を横に振る。みんな違って、みんないい。そこに優劣などないのだ。

 どっちでもいける口なので、恵那さんの豊かな胸に抱かれて寝るとそれはそれで良い夢が見れる。

 

 翌朝。一番早く眼を覚ますのはいつも通り僕だ。時刻は4時ごろで、寝たのが11時なのを考えると、あんまり寝てない計算だ。

 まぁ、こちとら神なので、本質的には睡眠なんて不要だ。生物に必要不可欠な要素については、大部分がオミットされている。

 

 抱き癖があるの? なんてお聞きだった恵那さんだが、しっかりと僕をホールドしてお休み成されている。すぅすぅと寝息を立てる彼女を起こすのも忍びないので、このまま恵那さんの抱き枕として使命を全うしよう。

 さてさて……全員起きるまで時間があるだろうから、何か考え事でもしてみようか?

 何を考えたい? なんて誰かに聞かれたら、僕はユノさんについてと答えよう。

 

「……霊脈産まつろわぬ神とは言え、なんか変ではあるんだよね?」

 

 本来のユノ──ローマ土着の大地母神と、ギリシャから持ち込まれたヘラが混ざって成り立つのが、女神ユノだ。どうもイタリア半島固有神である、アンギティアも混ざっているようだけど、要素としては国家神ユノが強い……筈。

 そんなユノが、どうしてここまで大人しいのだろうか? たとえまつろわす神に近いとしても、神殺しに対してあまりにも友好的過ぎるように思える。

 僕が直接出会ったまつろわす女神と言えば、母親である熊野夫須美とパンドラさん、それとランスロットさん。パンドラさんは例外として、母とランスロットさんであれば、護堂を脅威として認識する。

 母上様なんて、間違いなく娘を誑かした仇! と言いながら、死者の軍団やらを差し向けるだろう。

 

 女神に限定しなくても、ウルスラグナさんだってまつろわす身に近い時は護堂と最初は敵対しようとした。

 それが神にとっての普通。神殺しとは、どこまで行っても仇敵に過ぎない。

 

「でもユノさんは違う」

 

 彼女は最初から、護堂や僕らに対してかなり友好的だった。その理由はペルセウスさんを僕らが倒したから……と考えていたけれど、それで片付けるにはやはりかなり親身だ。

 それに護堂と握手した時にやたらと嬉しそうだったり、ましてや神殺しと風呂に入って草薙ブレードを初対面でヘラやユノが洗ってあげる? どう考えてもあり得ない。

 そうなると、やはり可能性は──

 

「奥深くにある、僕や祐理さんでも見えなかった神格」

 

 あれがユノさんの本当の核である可能性がある。僕が表現したように、現在のユノさんとは、霊脈がまつろわぬユノの皮を被ったような状態だ。

 奥底に眠る何かしらの神こそ、本当のユノを構成している。それがやたらと友好的な正体だ。

 

 さて……それはなんだ? 何とユノさんは習合した? まつろわぬユノではなく、本質が霊脈にあるなら、その霊脈が何かしらの神と関わっている。

 大昔に降臨して、この地で倒れたまつろわぬ神か? 大地母神であれば、北欧のユミルよろしく、創世神話的な理由で土地と結びつきやすい。

 でも古すぎると、それは大地に還元され過ぎて神格ではなくなる。だから神が関わっているなら、それは比較的新しい存在。

 

 何が彼女に影響を与え──与えた?

 

「ユノさんを構成する霊脈。それはどこまで波及した?」

 

 ナポリは確実に全部持っていかれた。僕の予想では、シチリア半島やローマ辺りも確実に根こそぎ刈られている。

 では……サルデーニャは? あそこは地中海で離れているが、海底では大地を通してナポリと繋がっている。

 

「行ってみるか」

 

 恵那さんを起こさないように、市販の抱き枕と僕を転移で入れ替える。それから、皆が起きる前に僕はサルデーニャに転移。

 目指すのはタロスの遺跡と、ジュラ紀になった森だ。両方を確認してみれば──零。土地の呪力が一つも残っていない。これは別口でまずいなぁと僕は思うけれど、これについては後で考えよう。

 それから30分ほど調査して、僕はようやく何の神様があのユノさんを造り上げたのか理解した。

 

「なるほどねぇ……それなら護堂や僕らにみせた、非常に友好的な態度なことにも説明がつく。特に護堂にああも執着するような態度を見せるのも……」

 

 それに僕が、地母神相手なのに心がざわつかない理由も。僕は地母神が苦手だ。ペレのせいで護堂に近づく地母は悪即斬だと考えている。アテナさんを問答無用で爆殺したように。

 それなのに、ユノさんがまるで逢瀬を楽しむ恋人のように、護堂の手を取って走ったりしてもイラっとしなかった。

 

 ……あまりにも納得しかない神格が、あのユノさんの正体だ。だとすると、まさかこのまま大地母神ハーレムの四番目になるんじゃないだろうな。

 

「それは……嫌だなぁ……」

 

 増えると言う事は、護堂と触れ合う時間がそれだけ減ると言う事。彼が分身でも使えるなら話は違うけれど、そうじゃない。それに僕らとやることをやるだけで、護堂は毎晩擦り減っているのだ。

 だから嫌だとは思うが、ことユノさんの正体が僕の考える通りの神格であれば、否定するのも実は辛い。

 何せその感情、僕だけはどうしても否定できないからだ。

 

「護堂に相談すべき?」

 

 これもあまりしたくない。ユノさんと護堂は、今の所うまく行っている。ここに僕の、まだ本当なのか不明な考察を話して、変にギクシャクするような関係になるのも望ましくない。

 色々と考えた末に……

 

「よし! 真相が判明するまでは、見なかったことにしよう!」

 

 なぁに、僕は祐理さんや護堂に言わせたら、詐欺師並に嘘つきらしい。

 ならば嘘つきとして、笑顔でみんなとわーいと楽しもうじゃないか。それさえ決めたら、僕はまたナポリへと戻る。

 恵那さんに持たせていた抱き枕と入れ替わりで転移して、僕は少しだけ目を瞑る。考えるのは、霊脈が広範囲に渡って枯渇していることだ。

 

「……良くはないよね」

 

 ユノさんとか、彼女の正体とか関係なく……それが何に影響するのか、なんとなくは理解している。だが、まだだ。まだ伝えてはいけない。

 せめて今日……あと一週間は。それまでは僕は見ない振りをする。まだ僕は何も気づいていない。

 そうだ……まだ気づいてはいけないから。

 

 

 

 

 

「何をしておるか、草薙! そのような歩みでは、この街を十二分に楽しめんぞ!!」

「朝からテンションの高い神様だよ、全く」

「ほんとに元気だね、ユノさんは」

 

 あの後。全員、意外と眠り込み、起きたのは朝の8時だった。部屋で待っていたら朝食が運ばれてきたので、それを食して観光に出発。

 僕らが辿り着いたのは、ナポリから北西に200キロほど。ローマへとやって来ていた。普通の方法なら数時間はいる距離だが、転移を使う僕らにとっては徒歩3秒だ。

 3月に来たときに一度観光はしているけれど、あの時は護堂と二人きりだったのに対して、今回は祐理さん恵那さんユノさんと三名も新しい仲間がいる。

 ローマには観光名所が幾つかあるが、僕らが最初に来たのはフォロ・ロマーノの遺跡群だ。一面に広がるのは、崩れた大理石の柱や土台の跡。ここにはかつて多くの文化があり、それらは過去に全て閉ざされた場所。

 

 そこの一角を、トントンと軽くユノさんがステップしながら進んでいく。まず最初にたどり着いたのは、サトゥルヌス神殿跡だ。

 

「ここは紀元前497年に奉献された、ローマでも最古級の神殿。農業の神サトゥルヌスを祀るほか、共和制ローマの国家宝物庫としても機能した場所だよ」

「サトゥルヌス……我が父が祭られた場所か。しかし国庫宝物庫とな?」

「ユノさんのお父さんである、サトゥルヌスは農業の神様。昔の人にとって一番の財産は収穫した小麦だったんだ。だから、余った分を蓄えておく場所は彼の領分だった。それがいつの間にか、国のお金や大事な書類を全部詰め込む巨大な金庫になっちゃったんだよ」

「ほう? 何やら定命の者は、我が父にいらぬ職能を足そうとしたのだな」

「それを言ったら、ユノさんだって金庫に関係がある職能を持つでしょ?」

「確かに! それを言われると、我には否定できぬわ!!」

「ユノ様に金庫?」

「ユノさんはお金と非常に関係がある神様だよ。『ユノ・モネタ』っていう、お金にまつわる側面があるんだ」

 

 首を傾げる祐理さんに、僕は指を一本立てて教える。

 

「さっきも言った通り、お父さんのサトゥルヌス神殿が国家宝物庫。そこに貯まった金銀を、今度はカピトリーノの丘にあるユノさんの神殿に併設された造幣局で、実際に流通するコインに変えていた。いわばお父さんが『貯金箱』で、娘のユノさんが『財布』。この二柱で当時のローマ経済を回してたってわけ」

「お財布……。国家の守護神としての威厳はどこへ行ったのでしょうか?」

「むしろ逆だよ。お金は国家の運営に関わる、非常に重要な要素だ。だから、ユノさんはただの女神じゃなくて、ローマという巨大なシステムの管理職みたいなものなんだよ。家庭の主婦が家計を握るように、彼女は国家という巨大な『家族』の財布を握っていた。国の礎とは、女神ユノ無くして語れない。それぐらいには、貨幣流通は一大プロジェクトだからね」

 

 現代でもそうだが、貨幣製造は国の威信に関わる分野だ。ましてや古代、鋳造されたコインそのものに価値があった時代ならなおさら、その全工程を司る女神の権威は絶大だったはずだ。

 

「だからユノさんを語る上では、絶対に貨幣の話は切っても切り離せない。実際に、古代ローマではデナリウス銀貨と言った、女神ユノが彫られた貨幣も鋳造されているんだ。これみたいに」

 

 僕は権能で銀貨幣を造り、全員の眼に映る様にそれを掌に載せる。

 

「表には髪を後ろで結んだ我が彫られておるな。このほかにも、我が描かれた貨幣とやらはあるのか?」

「もちろん。山羊の兜を被って槍を構えた、僕たちと初めて会った時のソスピタの姿が刻まれたものもあるし、聖鳥である孔雀を従えたレギナとしての姿もあるよ」

 

 僕は掌の上の銀貨を指先で弾き、空中で回転させる。鈍い銀色の光がローマの陽光を反射して、護堂の目の前でキラリと跳ねた。

 

「全部、ローマという国家の信用そのものだ。ユノさんは単なる神話の登場人物じゃなく、当時の人たちの財布の中にいつも居て、日々の生活や経済の根幹を支えていた日常の中にいる女神だったんだよ」

 

 当時は今よりも、よほど神と人の距離が近い時代だ。現代でも日本を離れたら宗教として各国に存在しているけれど、やはり古代と現代では神の捉え方が随分と違う。

 神はいつだって傍にいる。それが今から二千年以上前。まだ神話の時代だった頃の、ローマと言う国だ。

 

 僕は空中で回っていた銀貨を指先で器用に受け止め、それをユノさんの手に渡した。

 

「あげる」

「うむ! 献上品として、確かに受け取ったぞ。これを使えば、人の世界の物が買えるのだな……この貨幣があれば、昨日のマルゲリータのような物でも、購入は可能かや?」

「出来るけれど、偽造貨幣だし現代の貨幣とは違うからやめとけよ。捕まる……事は無いだろうけれど」

 

 まぁ、捕まりはしないだろう。だって、今もなお、周囲にイタリア魔術師さんらの気配をたくさん感じる。彼らは、まつろわぬユノと魔王草薙陛下にどこかの誰かが粗相をしないように、最大限の注意を払っている。

 もしもこのデナリウス銀貨で買い物をしたいと言えば、それは絶対に通る。たかが偽装貨幣一枚の使用を通すだけで、この国を単独で火の海に変えられる存在達の機嫌が良くなるのだから。

 

「さ、次はどこを案内してくれる?」

「そうだな……美殊。さっき言ってた、造幣局がある場所はこの近くか?」

「うん、すぐそこだよ。カピトリーノの丘。フォロ・ロマーノを見下ろす一番高い場所だね」

 

 僕は護堂の問いに答えながら、緩やかな坂道を指し示した。

 

「そこに『ユノ・モネタ』の神殿があったんだ。今のイタリア語で硬貨を意味するモネータや、英語のマネーの語源になった場所。文字通り、世界中のお金の名前のルーツが、ユノさんに集中してる。そう言う意味では、現代の金融の祖は女神ユノと言い換えても過言じゃないね」

「マネーの語源……。そうか、さっきの銀貨の話と全部繋がってるんだな」

 

 護堂が納得したように頷く。その横でユノさんは──

 

「おお! 我が名の響きが、数千年の時を超えて万国の富を指す言葉となっておるのか!」

 

 と、これまた嬉しそうに笑っていた。

 

「くかか! 良い、実に良いぞ! 草薙、これからは金を払うたびに我の名を呼ぶが良い。貴殿が我が名を口にするたび、それは我を奉るに匹敵する行為よ!!」

「いや、それは流石に解釈が飛躍しすぎだろ……」

 

 呆れるような護堂だが、我儘な女神様だよと言いながら、モネータと口にする……

 それから遺跡群を見て回った後、あれはなんだ? と彼女が指した先にあるのは、コロッセオだ。

 

「ああ、あれはコロッセオ。ローマと言えば、コロッセオ! ……なんて言うぐらい、有名な世界遺産だよ」

 

 もはや語るまでもないぐらいには、非常に有名な建築物だ。あれを模した建造物が、多数の創作物に登場するぐらいには知名度も高い。

 

「あれは何をする場所だ?」

「あそこは闘技場です、ユノ様」

「闘技場……ふむ、戦士たちが技を競い、命を散らす場所か。なるほど、道理であそこからは、怨嗟の声が聞こえるわけだ」

 

 地母神ユノは生と死の狭間にいる神格。闘技場で散っていった戦士達の声が、距離が離れていても聞こえるのかもしれない。彼女はふぅむと顎に指を置いてから──

 

「よし! 次はあそこに行くぞ!! ものども、ついてまいれ!!」

 

 と言うので、僕らは護堂と手を繋いで引っ張るユノさんと共にコロッセオに。

 護堂が苦笑しながら、ユノさんの強引な牽引に体を預けている。そのまま突き進めば、旧き世界遺産が近づいてくる。

 

 かつて叫びと熱狂を飲み込んだ巨大な石の塊。怨嗟云々については、実のところ僕も聞こうと思えば聞けるけれど、それについては聞こえてもノイズなので遮断しておく。

 そのまま中に入れば、僕ら以外には誰一人として観光客はいない。きっと頑張ったんだろうな~……彼らにしてみれば、不慮の事態でローマが地図から消えるよりは、数時間の入場料収入を棒に振る方がよほど安上がりだろうから。

 

「くかか! なるほど、なるほど、なるほどのぅ……血の跡も見えぬが、確かにここは戦場の跡よ。傷つき倒れた勇士共の姿、しかりと我の眼に映っておるわ!!」

 

 ユノさんが濃紺の眼を細めて、アリーナ全体を観察する。きっと彼女の眼には、数千年前の光景がしっかりと見えている事だろう。

 右へふらふら、左へふらふら。暫くの間そうしていたかと思えば、おおそうだ! とまたもや何かを思いついたようだ。

 

「我もこやつのように、一つ踊りを魅せてやろう!! 喜べ草薙!! そなたは我の闘いを、間近で目撃できるのだぞ!」

「……演武をするってことか?」

「おうとも! そなたらは我を持て成すのであれば、我はそなたらに褒美をやらねばならん。女王の踊りを観れるのだ、報酬としては十二分であろう?」

 

 くかかと笑いながら、護堂の了承を得る前にユノさんはアリーナの中心に歩みを進めた。その手には一本の槍が握られて、高く掲げられる。

 

「そなたらに捧ぐ、勝利と救済の舞よ! とくと見るが良い!!」

 

 ユノさんがそう言い放つと、アリーナの中央で凛と背を伸ばした。一瞬、張り詰めた空気がコロッセオ全体を包み込む。

 彼女はゆったりとした呼吸と共に、まず槍を肩に担ぐ。無駄な力が入っていない、完璧に制御された構え。そして、一歩。

 流れるような身のこなしで、槍の穂先が弧を描く。シュンッ、と微かな風切り音がするが、それはあくまで優雅な動きに付随するものだ。力任せではなく、すべての重心移動と槍の捌きが一体となった、武術の極致。舞踏のように滑らかで、それでいて一撃ごとに、まるで目に見えない障壁を砕くかのような衝撃がアリーナに響き渡る。

 右へ、左へ。槍が描く軌跡は、幾何学的な紋様のように空中に残り、残光となって夕暮れのコロッセオを彩っていく。

 

 そう……舞踏だ。武闘であり舞踏。その動きはあまりにも知っている動きで、ユノ・ソスピタと言うには荒々しさの一切ない、洗練された動き。

 その動きを見て──護堂はへぇと呟いた。祐理さんはお上手ですと感動した……そして、恵那さんは嘘……と声を漏らした。

 

「嘘じゃないよ……恵那さん。あれは嘘なんかじゃない」

「え? でも、あれは……師匠。でも、あの槍の構え方や、足運びは……だって──」

「恵那さんが何を感じ取ったのか、僕は言及しないよ。だから……恵那さんも言及しないであげて。今だけは、彼女はまだ大地母神ユノだから」

「──分かった」

 

 僕の眼を見て、恵那さんはそれ以上の言葉を止めてくれた。そうだ、まだ早い。まだ夢から覚めるには早すぎる。

 だから僕は、ユノさんの演武に対して、すごい~とだけ手を叩いておく。

 それ以上は……まだ早いからだ。

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