前世凡人 今凡神   作:カンピオーネ二次復権派

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その影響は広く重く

 ナポリ、ローマと回って3日目。僕らはフィレンツェにいた。

 ウフィツィ美術館。ルネサンスの栄華を今に伝える、メディチ家ゆかりの至宝が集う聖域。かつては政庁舎として使われていたコの字型の巨大な回廊には、五世紀もの時を超えた美の結晶が、壁を埋め尽くさんばかりに並んでいる。

 本来なら世界中から押し寄せる観光客でごった返しているはずの回廊は、不気味なほど静まり返っている。イタリアの魔術結社による徹底した人払いの成果だ。

 

「ほう……。人が作りし美というのも、なかなか見応えがあるものじゃな。護堂よ、あそこの絵とやらに描かれている女……少々、我に似てはおらぬか?」

 

 ユノさんが楽しげに指差したのは、サンドロ・ボッティチェリの傑作『プリマヴェーラ』だ。愛の女神ヴィーナスを中心に、春の訪れを祝う神様たちが描かれたルネサンスの傑作である。

 

「それはサンドロ・ボッティチェリの代表作で、中心にいるのがヴィーナス。左端で雲を払ってるのがメルクリウスで、右側で花を振りまいてるのが春の女神フローラだよ」

「なに! こやつ、あの憎たらしいアフロディーテか!? 我が見惚れた絵の中心にいるのが、あの泥棒猫だったとは……! しかもヘルメスまで……あやつはなぁ……しかし共におるのはフローラのやつか。あやつの助けがなければ、我が息子マルスはこの世に生まれなかったゆえな。ううむ、なんとも複雑な芸術を描きよるわ」

 

 ヴィーナスとフローラとメルクリウス。どれもローマ神話の神格で、ユノさんとの縁が深い神格だ。ヴィーナスはギリシャ神話のアフロディーテ。トロイア戦争の発端であるパリスの審判で美の座を競い合ったので、それを泥棒猫と言ってるのだろう。

 メルクリウスはヘルメス。あの神格には、ヘラ時代のユノさんはかなり困らされている。孔雀誕生のエピソードとなる、アルゴス殺しの逸話とか。

 フローラだけはユノさんにとって癒しだ。マルス誕生とかに関わってるから。

 

 複雑そうに見ていたユノさんの興味は、次の絵に移っていく。それからほほぅ? と感心していたのは、あろう事かヴィーナスの誕生。ただユノさんは現代の文字が分からないので、展示物の名称までは分かってないようだ。

 

「なぁ……あれってヴィーナスの誕生だよな?」

「うん」

「……無知とは、このような悲劇を生むのですね」

「祐理は大袈裟なんだから」

 

 ヴィーナスを泥棒猫と呼んだユノさん。彼女との美術館巡りでは、結局最後までヴィーナス絡みの作品を褒め称えていたのは、僕らとしては複雑だった。

 

 4日目、水の都ヴェネツィア。

 

 ここでも人払いは完璧だった。運河沿いのテラス席に人影はなく、迷路のような水路を行き交うのは僕らのチャーターしたゴンドラだけ……と言うか、僕がゴンドラを漕いでいる。

 

「代わろうか師匠?」

「平気だから恵那さんは景色を楽しんでおいて~」

 

 なぜ僕がゴンドラを漕ぐか? 地元民だと舟が揺れるから? 流石に普通の人に、大地母神四柱と神殺しが乗るゴンドラを任せられないから?

 答えは全く違う。

 

「今の僕はウンディーネだぜ!!」

「なぜ美殊は水の精霊を語っておるのだ? 大地の神たる我らは、確かに水の精霊と言えるかもしれんが……」

「気にしないでください、ユノ様。ただ、アニメの真似事がしたいだけだそうですので」

「ああ、だから今日の恰好は、あんななのか」

 

 あんなと言うのは、白を基調とした清らかな制服のことだ。水兵服をアレンジしたような、有名作品の水先案内人が共通で着ている白の多い制服。僕のような、清廉な乙女にぴったりの服装だ。

 僕が出発前に三人にとある名作アニメを見せたので、二人はああ……と反応してくれた。だってやりたかったんだもの……

 プリマとして僕が漕ぐゴンドラは、一切の揺れがない。完全に制御された舟は、文字通り水上の上を滑っていく。

 こほんこほんと喉を調整してから、僕は意識を切り替えていく。

 

「あちらに見えますは、ヴェネツィアの象徴の一つ『リアルト橋』でございます。その白く美しい姿から『白い巨象』とも称され、かつてはカナル・グランデに架かる唯一の橋でした。現在は高級ショップが並んでいますが、この静寂の中で見る姿はまた格別で御座いますね」

「あ、こいつキャラまで演じ始めやがった」

「本格派だね~」

「キャラでは御座いません。今の私はプリマ、熊野美殊ですから……そして右手に見えてまいりましたのが『パラッツォ・コンタリーニ・デル・ボーボロ』。……あ、ユノ様、あの螺旋階段がある建築物で御座います。あれは『カタツムリの階段』と呼ばれているんです。イタリア語でボーボロはカタツムリ。地上の神であるユノ様からすれば、少し親しみを感じる名前ではありませんか?」

 

 そんな風に解説しながら、僕らは運河を進んでいく。普通なら四人も乗せて漕いだら腕が疲れるだろうが、こちとら武神の端くれ。この程度でどうこうなるような、柔な体質ではない。それを抜きにしても、素の腕力は1トン以上あるからね。

 僕のウンディーネごっこは、ちゃんとした解説だったこともあり受けは良かった。いえーい、僕本物のプリマ!

 

 5日目。本来のイタリア旅行目的地であったミラノを横目に通り過ぎ、北部のコモ湖周辺へ。アルプスの麓に広がる、深緑の湖水と瀟洒なヴィラが並ぶ保養地だ。

 広大な自然が広がる場所で、細長いコモ湖の畔には多数の別荘や屋敷が建てられているのが特徴的である。

 

「美殊様。あちらの岸辺にある建物。見たことがあるような気がするのですが……」

「あああれ? あれは有名だからねー……ある映画のロケ地なんだよ、あそこ」

 

 祐理さんの問いに、僕は指を差して答える。

 

「『ヴィラ・デル・バルビアネッロ』──バルビアネッロ邸。スター・ウォーズのエピソード2でアナキンとパドメが結婚式を挙げた場所だし、007のカジノ・ロワイヤルでボンドが療養してた別荘でもあるんだ」

「あ、それで視た事あるなーと思ったんだ」

 

 僕の説明に、護堂と恵那さんも納得と頷く。祐理さん含めて、三人は僕の影響──と言うか、無理矢理鑑賞会に付き合って貰ったりしたこともあるので、映画ネタを振ると結構反応してくれる。

 逆にユノさんは、? と反応してくれた。ふぅん……ま、そう言う反応をしてくれるなら、僕も向こうさんの流儀に則るだけだ。

 

 そんなこんなで6日目。お次は愛の都、ヴェローナだ。護堂ら日本人向けにここは何が有名? と言われたら、ロミオとジュリエットの聖地だ。なんせジュリエットの家がある都市だから。

 僕らがついたのは、あの有名なバルコニー下だ。さっそく僕はバルコニーの上がって、あの台詞を放つ。

 

「おお、護堂、あなたはどうして神殺しなの?」

「神様を倒してしまったからじゃないか?」

「……はぁ……ちっちっち。ダメダメだね、これは。ここの返しはこうだよ。……ただ一言、俺をカンピオーネと呼んでください」

「知らねえ……シェイクスピアの台詞を捩ったんだろうが、そんなもん即興で返せるか!!」

「その台詞は一体何なのだ?」

「あ、これ? 英国が誇る希代の詩人、劇作家か、ウィリアム・シェイクスピアさんの作品に出てくる一幕だよ」

「希代か? それはソポクレスやエウリピデス、あるいはセネカよりも名高き者か?」

「現代であれば、シェイクスピアさんの方が有名じゃないかな?」

 

 ソポクレスやエウリピデス、それにセネカ。古代ギリシャ三大悲劇詩人の二人と、ローマ帝国の政治家にして悲劇作家だ。シェイクスピアも彼らの影響を多大に受けていると言われているけれど、現代の知名度で言えばシェイクスピアの方が圧倒的だろう。

 

「ほほう。あやつらは定命の者でも、我ら神々の間では名の知れた者共。それを超えるかもしれぬとは、中々やるではないか!! かかか!!!」

「やはりシェイクスピアとなると、それだけの高名なのですね……ハムレットなどは名を聞いた事はあっても、中身までは存じませんので……」

「今度家に来たときに、爺ちゃんの蔵書から貸そうか? 確かシェイクスピア作品もいくつかあった筈だけど」

「それより、師匠のアニメコレクションで良いんじゃない? 師匠、そういう世界名作劇場みたいなのたくさんあるよね?」

「あるよー。僕が2年間で集めた、多数の作品が」

 

 七雄の御社には、当然シアタールームだってある。それも御家庭用じゃなくて、映画館規模かつ4DXのような特別な設備を盛り込んだやつが。あれで作中世界の匂いや空気を実際に感じ取りながら鑑賞すれば、皆も楽しめると言うものだろう。

 

「そなたらが話す、ロミオとジュリエットか。それはどのような物語なのだ?」

「簡単に言えば、敵対する二つの名家に生まれた若い男女が、運命的な恋に落ちて、最終的に死をもって和解をもたらす……という悲劇だよ。まさに、この地ヴェローナで起きたとされる物語……」

「ほう、死をもって和解だと? ……そうか、死か。その男女らは、最後納得して死んだのであろうかな?」

「どうだろう? 少なくとも、生き延びて添い遂げる道が断たれた絶望の中では、せめて死ぬ時くらいは一緒にと願ったんじゃないかな。愛する人がいない世界で生きるよりは、死を選んだ。それか、せめて死で以って報いたかったか。二人が何を願い、何のために死んだのかなんて、僕には分からないや」

 

 それを聞いたユノさんは、死を以って報いるか……とバルコニーの手すりに置いた指先を、ピアノを叩くように小さく動かした。

 

「そのものらが人の子らの間で語られるのは、その死がそれだけ悲劇的だったからか?」

「だと思うよ。感動の物語には、死がつきものだからね。僕ならそれを、曇らせとか傷として残ると表現するね」

「ふむ、曇らせ……傷か。面白い表現をしよる」

 

 ユノさんは、自らの指先を見つめながら独りごちた。

 

「肉体の傷は時と共に癒えるが、魂に刻まれた傷は不変。死という永遠をもって、愛する者の心に消えぬ楔を打ち込む……それは、ある種の呪詛にも似た、凄絶な愛の形ではないか」

 

 濃紺の瞳で、ユノさんはバルコニーから家に振り返り、そこにいた二人を見るかのように目を細める。彼女もそうだが、僕らは死も司る大地母神だ。その眼には、かつての二人が映っているのだろうか。

 

「それもまた……愛なのであろうな」

 

 ……ああ、そう。そのつもりか。ならばこれ以上、僕に言えることはない。ユノさんがどうであれ、僕が言える事なんて何もないのだから。

 

 

 

 

 

 ユノさんの提案した神殺しの魔王が、当代のパルテノペを案内する。初日のナポリから始まり、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィア、コモ湖、ヴェローナと僕らはイタリアを観光するなら、ここを抑えるべし! と言える場所を巡り巡った。

 そんな僕らが迎える七日目の場所は、ミラノ。僕らがイタリアを訪問した目的の場所で、<赤銅黒十字>や<青銅黒十字>と言った名門結社の本拠地である。

 

 ここを観光──と行きたかった。僕らは既にミラノ大聖堂などを観た後だが、ユノさんはまだだから。でも……タイムリミットなのを僕は分かっていた。

 

「おかえりなさいませ、草薙陛下。良い旅でしたか?」

「ああ。特にハプニングもない、平和な観光旅行だったよ」

「やっほーエリカさん。元気?」

「元気よ、恵那さん……そちらがユノ様ですね。ようこそおいで下さいました。<赤銅黒十字>を代表して、私、エリカ・ブランデッリが御身を歓迎させて頂きます」

「そなたが草薙の現地協力者である、<赤銅黒十字>の代表騎士だな。ユノだ。とく我に帰依し、奉るがよい」

 

 ミラノに戻った僕らは、<赤銅黒十字>の本拠点にお邪魔していた。そこでは今日帰るからと伝えてあったこともあり、エリカさんを初めとした、名門魔術結社のお偉方が待機していた。

 彼らと少し話しをしてから、エリカさんに先導され、僕らはオフィスビルの一室へと案内される。オフィスビルが本拠地? となるけれど、現代の魔術結社なんてこんなもんだ。特に<赤銅黒十字>なんて、表向きには財団を経営していて、銀行などを運営していたりするし。

 

 その途中、職員らしき人物らとすれ違う。僕はその会話を聞いて、ああ──そっち方面から影響が出始めたかと少し納得した。

 

「おい、今朝のミラノ証券取引所の指数は確認したか?」

「ああ、確認済みだ。通信関連株が急落している。原因は不明だが、特定を急いでいる最中だ」

「チッ……資産運用部門に連絡を。ポートフォリオの組み換えを急がせろ。これ以上、結社の活動資金を目減りさせるわけにはいかんぞ」

 

 護堂らは会話を聞いても、なんだろうな、慌てて? と不明そうな顔をしていたけれど、僕だけはどこから手を付けるべきか思案してしまう。

 僕らが案内されたのは、オフィスビルの応接室だ。そこでソファーに座り、これ以上は隠せないよねーと考えた僕は、エリカさんにとあることを尋ねる事に。

 

「ねぇ、エリカさん。一つ聞きたいんだけど、良い?」

「どうしたのかしら? 美殊様の命を断る権利、私は持ってないからどうぞ」

「……さっき、株価に関する話をしていた人たちがいたよね? あの人らが口にする以外でも、経済方面で何かしら良くない兆候はない?」

 

 僕の質問に、エリカさんは紅茶に伸ばしかけていた手を止め、意外そうな目で僕を見つめる。なぜそんな質問をと思ったのかもしれないけれど、彼女はすぐにありますわよと答えた。

 

「ここ数日兆候はあったけれど……いえ、正確には昨日あたりから。原因不明のシステムダウンや通信障害がイタリア全土で頻発しているわ」

「それは深刻なやつ?」

「通信事業の株が急落するぐらいには……美殊様が態々聞かれたと言う事は、原因を御知りだったりするのですか?」

「知ってると言えば知ってるよ」

 

 僕の言葉に、エリカさんだけでなく護堂らもえ? と反応する。

 

「……どういうことだ、美殊?」

「……僕も確証がある訳じゃなかった。だから大丈夫だろうと高を括っていたんだけどね……ユノさんが霊脈産まつろわぬ神なのは説明したよね?」

「したな」

「護堂は霊脈ってなんだと思う?」

「たしか川みたいなもの……て前に聞いたな。物理的には存在しないけれど、大地には霊的な川が流れているって」

「うん、その認識であっている。そして霊脈とは、大地を肉体としたら血管なんだ……ユノさんは、その血管から大量の血を持って行ってしまった」

 

 あ……護堂はまだピンと来ていないけれど、術師としての修練を積んでいるエリカさん恵那さん祐理さんは違う。この時点で、そういうことかと言葉を漏らした。

 

「霊脈の枯渇による大規模な障害。それすなわち、国としての運気の低下。風水で言うところの、土地の加護が失われた状態……良くない傾向ね」

 

 エリカさんはあちゃぁ……と額に手を当ててしまう。地水師や風水の概念は、イタリアの魔術概念でも当たり前に使われている代物。

 だからこそ、まずいわねとエリカさんは困ったように考えてしまうのだ……あくまでも困っただけ。エリカさんだって致命的だと気づいている筈なのに、この態度なのは流石。ブレなさについては筋金入りだ。

 

「……それって、どのぐらいヤバいんだ?」

「そうだね……このまま放置していたら、確実にイタリア経済は致命的な重症を負う。イタリアが墜ちたら、それは欧州全体に広がるよ。それにまだ経済だけ……ここからどんな現象が起きるかについては、その時にならないと分からない」

「そうか……」

 

 護堂の眼がユノさんに向けられる。当事者そのものである彼女はと言えば、これを聞いて目を瞑り黙している。我が語れることではないと、沈黙を保っていた。

 

「……それを解決する手段はあるのか?」

「長期的には。僕や祐理さん恵那さん、それとユノさん。四柱の大地母神の呪力を、イタリアに残っている霊脈の呪力と波長を合わせて流し込めば、それが代わりになる」

「つまり解決法はあるのか! ならそんなに深刻な話では──」

「ところが、そうもいかないのよ、護堂」

「……そうなのか?」

 

 エリカさんが頭を振りながら、護堂の言葉を否定する。そう、そうなのだ。これはあくまでも長期的な手法。ユノさんがいるからかなりの速度で調和させられるけれど、それでもかなりの時間を要する手法。

 それをエリカさんは見抜いているからこそ、護堂の言葉を遮ったのだ。

 

「……美殊様。率直にお訊ねします。その手法による霊脈枯渇の是正。どの程度の時間を必要とされますか?」

「一ヶ月。最短でも一月は欲しい。それより早めたりしたら、下手をすれば残っている霊脈に悪影響を及ぼしかねない」

 

 血液を輸血するのと同じだ。全く型の違う血を流し込むのだから、慎重に調整を施す必要がある。護堂は一ヶ月と聞いて、そういうことかよと納得してくれた。

 ユノさんが顕現してから一週間。その時点で、通信障害が起きるほどの異常事態が起きているのだ。それなのに更に一ヶ月も時間をおいたら、何が起きるのか読み切れない。

 僕らの間で沈黙の帳が落ちそうになるが──

 

「──して。その異常事態とやらは、どうすれば是正できるのだ?」

 

 最大の当事者である、ユノさんが僕らに言葉を投げかけて来た……そうか。ユノさん自身がそれを問うてくれるのであれば、僕はその意思を尊重しようじゃないか。

 

「一番早いのは、奪った分を即座に大地へ還すことだよ」

 

 僕は淡々と事実だけを口にする。治癒ではなく、解体。輸血ではなく、解放。

 

「さっきも言った通り、今のユノさんはイタリアの霊脈そのものを抱え込んで実体化している。ならその器が砕けて中身がこぼれ落ちれば、行き場を失った呪力は全て大地に還元される。霊脈が枯渇しているから、すぐにその呪力で満たされるよ」

「端的に言えば?」

「ユノさんには死んで欲しい」

 

 その言葉に、祐理さんと恵那さんが息を呑む。この一週間、一緒に観光してきた相手に対して投げるような言葉じゃない。それでも……確実な手段はこれしかない。

 

「……つまり、ユノさんに自殺してくれってことか?」

「そうなるね」

 

 護堂の声が低い。こういう生贄めいた解決策を誰よりも嫌うのが護堂だ。敵ならまだしも、ユノさんと穏やかな時間を過ごし、彼女が人類に対して友好的な神格であることは間近で見て来た。

 そんな相手が死ぬのを許容しろだなんて、護堂の義理人情からすればありえない話だ。そんな生き方を許容できるような人物であれば、彼は神殺しになんてなってない。

 僕も強制は出来ない。ユノさんに死んで欲しいかと言われたら……ありえない。だからこの護堂の態度をどうにか出来る人物がいるとすれば、それは──

 

「理屈は理解した。我が消えれば、この地は救われる。逆に我が居座り続ければ、この地は死に絶える。……簡単な話ではないか、草薙」

「何が簡単な話だよ! お前、自分が死んでくれなんてお願いされてるんだぞ!! それなのに、なんでそんな穏やかそうに話してるんだよ!!」

 

 死を願われたユノさん当人だ。彼女はまるで受け入れるかのように、己の死を淡々と口にする。その態度に対して、護堂はふざけるなと言わんばかりの態度だ。

 

「別に穏やかではないわ。だがそうだな……この数日間、我はこの地を巡った。それらは良き場所であり、良き物であった。それらが失われるのは、如何せん惜しいと思うほどにな。我はこの地の守護神である。ならば、我が一番に守ってやらねばならぬではないか」

「……それで納得してるのかよ」

「納得はしておらん。やるべきことがある故、やらねばならんと思うておるだけよ……しかしそうだな。このままはい我の命よと預けるは、少しばかり神としては矜持が足らぬか──ようし。決めたぞ、草薙……お主は我が自決するのは、納得しておらぬのだな?」

「当たり前だ」

「ならば話は簡単だ……我は明日の夜に、己の手で己の命を奪う。それをお主が一人で止めて見せよ……まつろわぬ我を、お主が一人でだ。他の誰か、美殊や祐理、恵那が手助けすることは許さん。もしも助力があれば、その時点で我はすぐに己の首を掻き切ろうぞ……お主一人で我を行動不能にしてみせよ。それが出来たのであれば、我はお主に従う……神殺しであれば、欲しい物があれば力尽くで奪い取ってみるが良い」

 

 そう言いながら──ユノさんは、夜明けと共に我と一騎打ちだ。そう宣言したのであった。

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