前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
「あなた達に私の名前を教える義理なんてないけれど、お礼の一つぐらいないと不公平だもの」
「……まさか名前を教えることが、質問に答える礼になると思ってるのか、あの子は?」
「なるんじゃない? ほら、神様ってよく、我が名前を覚えておけーとかするでしょ。あれと同じで、下々に名を直接教えるのは、高貴な血筋からすれば名誉なことなんだよ……それにブランデッリ家と言えば、イタリアだと有名な名門だし」
「そうなのか?」
「ブランデッリと言うか、聖騎士のパオロさんがかな? あの人、ガスコインさん相手にやりあったことで有名な人だから」
「アレクのやつか。あいつ、英国だけじゃなく、イタリアでも迷惑をかけてるんだな」
「アリスさん曰く、フットワークの軽さと行動の軽さに定評があるのが
「……だとしても、初対面であの態度はないだろ、あの態度は」
「確かに。こっちの正体を教えたら、目を剥くんじゃないかな、彼女」
当初は神殺しの魔王──こっちだとカンピオーネと呼称される羅刹の王が、イタリア訪問することを現地魔術結社に教えとく? みたいな案もあったのだ。
しかしながら、それは護堂が嫌った。現地に到着して、いきなり現地の魔術結社に傅かれても面倒だからと言う理由で。自分が一般人から変わってしまったことは受け入れていても、必要以上に偉い偉いとされるのを嫌う護堂らしい癖だ。
つまり、現地の魔術師達はまだ知らない。極東の島国から、魔王様がこんにちはしていることに。
護堂訪問を知っているのは、これから魔導書を渡しに行くルクレチア・ゾラくらいだ。向こうもあまり目立ちたくないと言う、カンピオーネの要望を受け入れたのか、現地結社に通達はしていないらしい。
……そのせいで、現在一人の少女がとんでもない蛮行に及ぶことになっている。神殺しと神相手に、上から目線で質問するなんて、こちらのことを知っていたら絶対にありえない。
なにせ神殺しの恐ろしさは、日本よりも欧州の方がよほど詳しいからだ。
その原因は東欧の大魔王、ヴォバン侯爵にある。今はそうでもなくなったらしいが、若かりし頃のかの魔王は、暇つぶしに欧州の紛争に参戦しまくっていた。
神殺しが人の戦争に参加するのだから、それはもう盛大に人間は殺されまくった。確認される限りで80万人以上。未確認まで含めれば、300万人は超えるのではないかとも。
そこを抜きにしても、敵対するような魔術結社があれば踏みつぶしてきた恐怖の大王がヴォバン侯爵だ。そんなことがたくさんあれば、魔術師は神殺しに歯向かおうとは考えなくなる。
それら過去の事例を教材に、欧州の結社では何があっても決して魔王に逆らわず、恭順すべしと教え込まれる。逆らうことは、イコールで命を落とす行為だと。
また神にしても、逆らってはいけない対象だ。神殺しにしか倒せない、人格持つ天災が神なのだから。台風が来たら家で大人しくしているように、神が来たら黙って通り過ぎるのを待つのが得策。
……そんな風に畏れられる相手達に対して、教えなさいは中々できることじゃない。若さっていいなぁ……無謀で。
「……なあ。あの子の身のこなしって……魔術?」
「だね。『猿飛』の術……こっちだと跳躍が一般的な呼称の魔術。跳躍力と身軽さを肉体に与えてくれる、護堂が言うところの不思議な術だ」
「そうか。それならあの子は、優秀な魔術師なのか? ほら、さっきパオロさんが、あのアレク相手にやりあっていたって言ったろ? 神様殺し相手にやりあえる人の……娘さんか? なら、あの態度を取れるぐらいには、すごい魔術師って可能性があったりするんだろうか」
「どうだろう……ガスコインさんが人殺しを好む魔王じゃないとか、広域殲滅や破壊力に特化した権能を有さないところとかが上手く嚙み合って、なんとか勝負らしい勝負に持ち込めた可能性もあるし……娘さん? だからと言って、神殺し相手に勝負が成立するぐらいの使い手になるかは……護堂から見て、エリカさんに怖いところとか感じる?」
「うーん、ないな。見た感じ、怖さとかは特に……」
「護堂がそう思うなら、それが正解だと思うよ」
今の護堂はウルスラグナさんが傍にいることで、体の調子や勘の良さが絶好調になっている。そんな護堂から見て、エリカさんに怖さを感じない以上、彼女は神殺しの脅威足りえる存在ではないと本能が落ち着いているのだ。
それは僕から見ても同じ。立ち姿や飛び降りた時の魔術の腕からして、年齢にはそぐわない高い実力があるとは思う。
ただしそれは、どこまで行っても人間レベルの域を越えない。実際に見てみないとなんとも言えないけれど、『御霊降し』をしていない恵那さんと一緒ぐらいの実力な気がする。
「なるほどのう。我やラクシャーサにあの言葉遣い。無茶無謀に蛮勇は若人の特権……とは言え、知らぬとは罪とは言うたものじゃ」
「……あの子が真相を知ったらどうなるんだ?」
護堂がエリカさんの全身を観察しながら言う。かなり濃い紅色の上着と、黒のパンツを着こなした少女。どこから見ても私は偉いです的な雰囲気を醸し出していて、事実口調の節々に自らの才を誇示するような態度が出ている。
ともすれば、傲慢や横暴とも取れるあれこれ。人によっては一瞬で不機嫌になるんじゃないだろうか。
そんな態度を神殺しや軍神に取ってたことが発覚したら? めちゃくちゃ厳格な伝統を重んじる家格なら、当分の間は実家の敷地に入れなくなるとかあるかもしれない。
僕にしたって、対外的にはとんでもなく高貴な血筋だ。母・熊野牟須美はイザナミなので、日本古来の伝統に重んじるのであれば、主神天照の胤違いの妹が僕である。ついでに言えば、日本呪術会を真の意味で牛耳る古老の妹でもある。
父親の方は言わずもがな、いまなおヒンドゥー教で信仰を集める偉大なる三大神の一角。こちらもこちらで、とんでもないビックネームだ。
……あれ? ひょっとして、エリカさんはだいぶまずいことをしているのではなかろうか。
そうこうしていると、エリカさんの態度が少し変化する。ちょっとだけ不機嫌になった?
「私の質問に答えず、こそこそ話とはいい度胸ね。それとも私の質問に答えるつもりがない?」
「別にそういうつもりじゃないが……ええと、エリカ・ブランデッリさん? は、神様を追ってるのか?」
「顕れた神について尋ねているのだから、それ以外になにかあるの? 質問に質問で返す上に、そんなくだらないことを聞くなんて。見たところ東洋人のようだけれど、向こうではそれが当たり前なのかしら」
エリカさんの言葉に、そんなことはないがと護堂が少し気圧されている。おー、イタリア少女は気が強いね。神殺しの魔王に圧力をかけるとは凄いじゃないか。
護堂に代わって、次は僕が口をきいてみる事に。
「……エリカさん……でいいのかな? ブランデッリと言う事は、パオロ・ブランデッリの娘さん?」
「あら? あなたは叔父様を知っているのかしら」
「叔父様? という事は、あなたは姪になるんだね……うん。アリスさんと一緒に、ガスコインに立ち向かった、イタリア最高位の魔術師の名は調べればすぐに出てくるから。それよりも、どうしてエリカさんが神様を追っているの? ブランデッリという事は、エリカさんは《赤銅黒十字》の人だよね? ミラノに本拠地を構える魔術結社が、どうしてサルデーニャのカリアリに?」
「それは簡単よ。私達《赤銅黒十字》はたしかにミラノを中心に活動しているけれど、サルデーニャにも構成員が住んでいるわ。だから誤魔化しは利かないわよ。そこにいる少年が、神獣の出現と共に目撃されているんだから」
詳しい話を聞いてみると、数日前からサルデーニャでは神獣の目撃情報があった。あまりにも多いことから、赤銅黒十字はこの件にはまつろわぬ神が絡んでいるのではないかと推測した。
そしてこの件の調査に出張ってきたのが、エリカ・ブランデッリという訳だ。
「ああ、なるほどのう。我を追って来たわけか、そこにおるヘルメスの弟子は」
「そうよ。神獣が顕れるところに、必ずあなたの影がある。象牙色の肌をした少年が……言いなさい! 何を企んでいるのか、洗いざらい全てを!! まつろわぬ神を招来させ、この地で何をするつもりなのかを!!」
「なに……と言われても、我は記憶を失っておるからのう。今しがた名を思い出したばかりじゃが、それ以外はてんで覚えとらんわ」
「……そう。素直に白状するとは思っていなかったけれど、仕方ないわね。暴力で吐かせるのは本位ではないけれど、今日この時ばかりは翻させて貰うわ……騎士エリカ・ブランデッリは誓う。汝の忠誠に武勇と騎士道を以て応えん事を! 来なさい、クオレ・ディ・レオーネ!!!鋼の獅子と、その祖たる獅子心王の力を見せなさい!!!」
呪文を──力ある言霊を唱え、エリカさんは一つの魔術を行使した。先ほどまで何も握っていなかった手には、細身の剣が握られている。
それをひゅんひゅんと風を切らせながら振った後、切っ先がこちらに向けられた。
「本当はまつろわぬ神を招来させるような、考え無しの小物相手に使うような剣では無いのだけれど、時間が惜しいから手短に行かせて貰うわ……これが最後の警告よ。全て話しなさい。この警告が無視されるなら、今度こそ力尽くで聞き出すことになるけれど……」
「……蛮勇な子じゃとは思うたが、我を武力で従わせようとするとは、なんともはや……あらゆる勇士が、我に打ち勝とうと挑んで来よったが、定命の子の中に剣術で競おうとする相手は流石におらなんだわ。ははは、まっこと面白い娘っ子よ」
そりゃあそうだろう。ウルスラグナとは、偉大なるミスラの戦闘化身そのもの。軍神アレスやヘラクレスとも習合している、強い力を持つ軍神だ。
軍神や戦神、武神は剣術に限らず、基本的に近接戦闘技能が恐ろしく高い。この高いと言うのは、人間基準で言えば最高峰と言う意味。
全人類70億人の内、100人もいない天与の才を持つ武術の申し子が、20年ぐらい武に向き合ってようやく到達可能な極み。そこまで行って、ようやく軍神や武神の平均ラインに届く。
最低でもウルスラグナさんはその領域にいる相手なので、まず剣で挑める技量の持ち主となると、世界を見渡しても十名いるかどうかだ。
ちなみに僕は挑める方に属する。鋼の相があるので、近接技能に関してはかなり高いからだ。
「俺は剣の腕前とかの話になるとさっぱりだから聞くが、あの子の剣術の腕は──」
「んー……見た感じ微妙。こっちがMLBの選手なら、向こうはリトルリーグのライパチだよ」
「そこまで言うか……」
ライパチとはライトで八番。リトルリーグでは滅多に外野に飛ばないので、外野守備に回される人は端的に言えば上手くない人だ。なおかつ八番は回りにくい打順なので、あまり打てない人。
二つ合わせて
「どうする? 僕らの名前や正体を明かせば、エリカさんはすぐに止めると思うけれど……」
「あの娘は我に用があってきたのであろう? 剣を抜き、挑まんとする挑戦者を無下にするものではない。受けて立つのも一興じゃろうて」
「……喧嘩をするなら見過ごすつもりはないぞ」
「喧嘩? 闘争のことか……なに、こんなものなぞ、戦の内にも入らんわ。ただの腕試し、定命なる人の子に、少しばかり手解きをしてやるだけじゃ」
「手解き……ねえ? そんなことしている時間があるのか?」
護堂に目配せされながら聞かれたので、港の方を少し占っておく。凶兆が来るまで……まだ時間があるね。
「1時間ぐらいなら大丈夫だよ」
「のようじゃぞ?」
「……分かったよ。でも、ブランデッリさんが怪我をするかもしれないようなことがあれば、俺はすぐに中断させるからな」
「念のために、治療用の魔術と治癒権能の準備はしておくね」
「柔肌に傷がつかぬよう、手加減をしてやればよいのじゃな? よいよい、そのぐらい、我にとっては呼吸をするより容易なことよ」
そう言って、ウルスラグナさんが一人前に出る。それを見て、あらとエリカさんが好戦的な笑みを浮かべた。
「話す気になった……わけでは無さそうね。まさかとは思うけれど、抵抗する気かしら?」
「そのつもりじゃよ。なに、若人の悪ふざけに付きおうてやるのも、我の役目と思うてな」
「へぇ、随分と自信があるのかしら……まぁいいわ。私としては、目的を聞き出せたらそれでいいのだもの。でもいいのかしら、一人で。後ろの東洋人二人は、黙って見ているだけ?」
「あやつらまで参戦すれば、お主には勝ち目が無くなるでな。態度に些か問題はあるが、流石に三対一で囲んで叩くほど、非道にはなれん……それに我一人だけでも、お主が勝つ道はない」
「言うじゃない……ならば剣を抜きなさい! 丸腰の相手を斬る趣味はないわ!!」
「残念じゃが、お主相手に抜けるような剣は持っておらん。なに、気にするでない、定命の者相手であるならば、素手で十分よ」
「定命の者……見た目通りの年齢では無いという事かしら? ……いいわ。剣の一本ぐらいであれば、貸してあげても。なんだったかしら、敵に塩を送る? そんな言葉が、確か東洋にあった筈だから」
エリカさんが錬鉄術で剣を創り、ウルスラグナさんの前に突き刺した。その光景を見て、僕は既視感を覚える。なんだろう、この光景を何処かで見たような気がする。どこで──
「……ギーシュ?」
「どうした、急に?」
「ううん、なんでもない。気にしないで」
酷い連想だ。それだと、エリカさんがこれから良いようにやられるかませになってしまうじゃないか。もしかしたら、なんかいい感じに善戦するかもしれないんだから。
「……悪くはない鉄じゃな。握りも重さも、実に我好みよ」
「私が創り出した剣を、悪くないで済まされるのは少し癪ね……手足の一、二本落ちたとしても恨まないで頂戴! 駆けよ、ヘルメスの靴!!」
エリカさんが一足で踏み込み、剣を横薙ぎにする。それを見もせずに躱すウルスラグナさん。
あ、これは駄目そう。初手から完全に見切られている。
この時のことを、あとで聞いた聖騎士と魔女のコメント
パオロ「あの子は平和の中に生きにくい気質とは言え、行かせるには早計過ぎたか……」
ルクレチア「パオロの姪は随分とまぁ、死に急ぐ性格をしているな」