前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
始まりはユノさんの踏み込みからだった。技の入りと抜きが見えない、武神の技量。
それはサルバトーレさんの剣より鋭く、ウルスラグナさんと言った軍神らと肩を並べる神域の御業だ。
「あぶな!!」
が、もはやそれぐらいなら慣れたもの。護堂は地面を転がりながら避けてしまう。
「逃げるでないわ!!」
すぐさまユノさんの追撃が始まる。遠心力を活用した、強い一撃だ。独楽の様に回り、護堂の槍で叩き潰すための動作。
「相棒!! 任せた!!!」
その一撃を、護堂は右腕で受け止める。腕に仕込まれた天叢雲が護堂の肉体制御を奪い操作しているのだ。
「は! そのような付焼刃で……甘いわ!」
「ぐっぅ!!」
天叢雲による操作を受けた護堂は、一時的に軍神に近い領域──サルバトーレさんといった、剣の鬼の影を踏む。それでも武神の域に達しているユノさんの槍は、受け止め続けるには強烈過ぎた。
遂に均衡が破られて、槍の穂先が首に迫る。あと一歩。そこまで迫ったところで──
「最強の
──フッと。護堂の姿が消える。
まるで風にでもなったかのような挙動に、一瞬だけユノさんの眼が見開かれる。
「これは……後ろか!?」
今度はユノさんが護堂の一撃を避ける番だ。東方の軍神・弐式──ペルセウスさんをインストールしたことで、弐式改に成長した権能は、本家本元のウルスラグナさんを超える能力にまで成長している。
事前動作無しでの、強風に変化して攻撃回避。すぐさま後ろに転移して、雄牛と駱駝、それに神弓の強化をのせて、強烈な一打として放つ。
その蹴りを──同じように──
「とく運べ!!」
瞬間移動でユノさんは避けた。
出現先は護堂の右斜め後ろ。転移と同時に槍が振るわれて、またもや護堂の首狙い。
今度は護堂の首に当たるが──ほぼ無傷。その結果に、ユノさんはほほう!? と驚いていた。
「なんだその首の硬さは。我が槍が当たって、微動だにせんとは『鋼』のような特性をしおってからに……」
ブツブツと言いながら、ユノさんは今ので迂闊に攻撃を仕掛ける気は無くなったのか、距離を取り始めた。
雄牛の頑丈さと、駱駝の耐久性。それに神弓の回復力。三つが乗せられた護堂は、僕の核飽和爆撃でもそう易々とは死なないのだ。
例え武神並みの一撃であろうと、落とせる首ではない。
「厄介なのはそっちも同じだろ? お前はユノを名乗っているが、それだけじゃない……アンギティア。山岳信仰で祀り上げられた、山の蛇も取り込んでいる」
「は! 我の来歴について知っておったか!! ……それとも、向こうに座っておる我が同類の入れ知恵か? お主との一対一と伝えたのに、知恵と知識を授かるなぞ卑怯ではないか?」
「卑怯じゃないだろ。だってお前、戦闘前に知識を貰ったらいけませんとは言ってないだろ」
「……言うてはおらぬな。ならばそれは良しとしておこう……ではもう一つ。それはなんだ?」
ユノさんは護堂を指さす。より正しくは、護堂と繋がっている三つのラインに。
「その経路。それを通じて、少しずつではあるがお主に呪力が流れ込んでおる。三柱の女神から、少しずつな。神殺しは、ヘルメスの弟子やトートの末裔どもが持つ力の数百倍だったか? 美殊たち地母神から供給させ、それを底上げする……些か、一対一と呼ぶにはつまらん小細工ではないか」
「悪いが、あの三人は俺の権能だ。手を出させはしないが、あいつらの呪力を使ったら駄目とは聞いてないからな……お前だって、俺が手抜きをしたから負けたんだ! ……なんて言い訳を聞きたくはないだろ?」
「減らず口と屁理屈を。その言い草、美殊のやつみたいではないか」
「あいつと長くいるせいか、そういうのが移るんだよ……だから一切手抜きなんてしない。あいつみたいに、容赦なく叩き潰させて貰うぞ。なぁ、ユノ!! 俺はお前を……お前と言う女神が、どう成立し、どう扱われたのかを知っているぞ!!!」
「……それを初手から抜いてきよるか」
最初は一つの黄金だった。それは二つ、四つ、八つ──数千、数万、百万と数を増やし、火山の火口全てを眩い黄金で染め上げてしまう。
「当たり前だ。お前を無力化するのに、戦力の逐次投入なんてしてられないからな……我は最強にして、障碍を打ち砕き、力ある者も不義なる者も、全てを撃ち滅ぼす魔王なり……あらゆる神々は我を討つに能わず。言霊の技を以って、世に義を顕す! これらの呪言は強力にして雄弁なり! 強力にして、勝利をもたらす!!」
「チっ!!」
黄金の剣がユノさんに殺到し、切り裂かんとするが転移で回避。だが、完全に避けられたわけではない。
「掠るどころか、近くを通るだけで我の神力を奪うか。他をまつろわす軍神の剱、そこまで斬れ味を鋭くしおってから……」
ひゅんひゅんと無数の星が瞬き、爆発的な力で以てユノさんを切り裂く劔と化していく。
「……ユノ。これは多くの名前を顕す。 出産の神、ユノ・ルキナ。結婚の守護神、ユノ・プロヌーバ。花嫁の神、ユノ・キンクシア。数々の名前をお前は取り込んできた」
「いかにもいかにも。ルキナにプロヌーバ、そしてキンクシア。我を表現する言葉は無数にあるな」
「そうだな……だがここで重要なのは、山羊の兜を被ったユノだ。ユノ・ソスピタ。守護神としてのあんたこそが、ここに顕現しているユノだ!!」
黄金の群れは殺到する。ウルスラグナ・バアル・ペルセウス。三位一体となった東方の軍神・弐式改が生み出す黄金の剣は、生半可な防御を赦さない。
まともに防御すれば、その防御ごと切り捨てられる。だからユノさんは、瞬間転移でそれらを躱し続ける。
「洞窟儀礼のユノ。女性の生死・出産の成否を占い、彼女らを、そして死と生を分かつあんたが、ギリシャから持ち込まれたヘラと結びつき、国家神ユノの一部として取り込まれていった……そしてもう一つ。このユノ・ソスピタとなる蛇神は、とある神とも起源を同一とする。アブルッツォ地方のマルシ族に信仰された地母神、アンギティアと!!!」
アンギティア……蛇の毒と治癒を司る神格。イタリア半島固有の女神で、ギリシャの神格とも同一視される魔術神。キルケーやメディアと言った、魔女とも結び付けられるイタリア半島の古い神だ。
「あんたがさっきから使う瞬間転移。それは魔術による御業であり、決してユノの神格とは結びつかない。それらを結び付けるのは、あんたの中にアンギティアも含まれているからだ!!」
「ええい、言霊を結び、我を切り刻まんとするか!! 攻防一体、通常であればそれが決定打となるような権能では無かろうに……草薙が口にした聖句。察するにウルスラグナか。だがそれだけではないな。単独の神から簒奪したにしては、そなたの切れ味は尋常ではない……何柱の神格を混ぜよった!!!」
防御が無理なら回避に専念。ユノさんはステップを踏むように避け続けるが、百万の群れは捌ききれない。
肩が切り裂かれ、僅かに鮮血が滲む。
「文字史料以前のシャーマニズム的信仰により培われたアンギティアは、それそのものが魔術神としての相を持つ。かの女神は山岳信仰とも結び付けられ、それが結果として山羊が彼女のシンボルとなった……そう、山羊だ。ユノ・ソスピタは、ユノの中でも数少ない山羊を象徴として纏う神格。通常、山羊が結び付けられるのは天空神の方が多い。あんたと習合したヘラ。その旦那であるゼウスのように」
「ええい、あの忌々しい男を旦那などと呼ぶでない! 我はヘラではなく、ユノを名乗っておるのだからな」
ユノ単体であれば、既に決着はついているだろう。対神権能、それも三柱混ぜと言う狂気の産物だ。まつろわぬ神の方が、神殺しよりも強いと言う当たり前を無視して、真正面から殴り倒せる権能に仕上がっている。
それを凌いでいるのは、アンギティアとしての魔導力。転移により膠着に近い状態を造り出された。
それでも権能の相性上、護堂には完全に有利だ。対神については、護堂以上の神殺しはおそらくいない。生半可な相手であれば、確実に勝利するだろう……
「王様が有利だけど……師匠。ユノさんは使うと思う?」
「使う。今はユノとアンギティアしか使用してないけれど、追いつめられたら間違いなく……そこからが本番だよ」
「──それを使われたら、護堂さんに勝ち目はありますか?」
「かなり難しい。向こうは妨害なしで使えるから、理論値に近い状態で使える筈だ……それでも、勝つさ。護堂は神殺しなんだから」
──戦況は膠着状態だが、徐々に護堂に傾いていく。ユノさんの魔導力が、明らかに弱っているから。
「がっ!」
剣が一つ、腹に直撃。それだけで、一気にアンギティアの神格が削り取られた。動きを止めたユノさんに、虫が殺到するように剣の群れが纏わりつこうとする。
「これは、転移が!」
さっきので、転移魔術を行使できるほどの神格は持っていかれたらしい。槍を振るい、多数の蛇を産み出して退けようとするが──無駄だった。
全て障子紙のように切り裂かれ、黄金の輝きの中にユノ・ソスピタが呑みこまれる。
……輝く光が消え去った時。まだユノさんは立っていた。しかしその体には、ユノやアンギティアの神力は殆ど残っていなかった。
「──これで十分だろ? お前の戦う力は大部分を削った……これ以上は、お前に勝ち目はない」
「ぬかせ! 我はまだこうして立っておるわ……我を構成していた神力。それを削り切ったと確信しておるのだろうが、甘い。まだこうして──」
ユノさんは自分のお腹をトントンと叩く。
「ここに残っておる。これを潰さぬ限りは、我は敗北など認めんぞ?」
「……意地っ張りめ。なら、それをきっちり叩き潰してやるよ」
護堂は受けて立つように構える。同時に、戦士の化身は解除。これ以上は必要ない──と言うより、ここからは使えなくなるからこその解除。
護堂には教えてある。ユノとアンギティアを破壊すれば、彼女の性格ならそれを解禁するだろうと。
「はああああああああ!!!」
先ほどのやり取りで槍を破壊されたのか、ユノさんは素手で護堂へと特攻。それに対して、護堂は雄牛と駱駝を選択。
攻防は一瞬だった。ユノさんの突き出した掌底を避けて、カウンターで腹に一撃。
直撃だ。僕らはそう思った。護堂だってそうだろう。
ユノとアンギティアが破壊された今、普通ならユノさんにそれを防ぐ手段はない。
ならば、大地母神ユノでは耐え切れない。彼女の防御能力は、地母神らしく回復と再生による面が大きい。
たった一撃でHPを全部削り切られたら、治癒すら追いつかない。
──だからそれを使ったのだろう。ここまで一切使っていなかった、本当の神格の権能を。護堂が初手から戦士を使ってでも、速攻を仕掛けたのは前哨戦での消耗を避けたかったから……それを引き出させてからが、本番なのだから。
「万物万象は相克し、されど相生して調和し循環する。メビウスとクラインよ、陰陽となりて太極を成せ!!」
陰陽の相互補完が成立し、瞬時に目減りしていたユノさんの呪力が回復する──だけでなく、最初よりも巨大な力へと変貌。護堂の駱駝による蹴りは、『鋼』の肉体に阻まれる。
がががと地面を削りながらも、ユノさんが停止。ポンポンと蹴りで付いた汚れを掃いながら、彼女は涼しい顔をしていた。
「……それを使うか」
「使うとも」
「──そうだよな。使うよな……お前はいざとなれば、なんであれ使う! そうだものな……
護堂に美殊と言われたユノさんの眼が、ゆっくりと濃紺から透き通った青に──覚醒前の僕と同じ、左右青色のそれに変化していく。
「──我が使わない理由がないでしょ?」
「……随分と、あっさり喋り方を変えるんだな」
「名前を見破られてたのに、拘る意味も薄いからね……いつから気づいたの?」
「お前に握手された時だ。あれでピンと来たよ。握り方の癖が、完全に美殊だったからな……そっちこそいつだ? いつからユノじゃなくて、美殊になってた」
「いつ……は定義しにくいね。明確に自分が美殊だと気づいたのは、護堂の顔を見た時。あの瞬間に、ユノの神格はただの皮だと気づいたから」
「随分と早いな。それなのに、お前はユノとしてずっと振舞ってたのか?」
「そりゃね。だって我、いまはユノなんだぜ? それなのに、美殊として振舞ったらおかしいでしょ」
「……そういうところ、俺はやっぱり詐欺師だと思うぞ」
「別に、今回は我自身からそうした訳じゃないしー? ……それに、我だって気づいてたのに、容赦なく神格を切り裂いておいてよく言うよ」
ふんと言いながら、ユノさん──僕は護堂に冷ややかな目を向ける。すっごい切替。さっきまでユノさんをしてたくせに、すぐにこれなのは我ながら恐ろしい切替速度だ。
「ま、いいや。気づいていたから、初手から切り札っぽいのを切ってきたわけか。消耗戦をしたら、陰陽相済を使う僕相手に不利だと分かってたから……じゃ、改めて──ここからは、我も本気で行くよ」
「来いよ」
「いいね、それじゃ遠慮なく──運命は定義する」
ジャブは終わり。お互いのウォーミングアップを済ませ、ここからがまつろわす熊野美殊と、神殺し草薙護堂の死闘の幕開けだった。
遅くなってごめーん!