前世凡人 今凡神 作:カンピオーネ二次復権派
二人旅から四人旅になった僕らは、全員でカリアリ港までやってきた。パッパと人払いの結界を張って、ここから人々を逃がしておく。
港にはクルーズフェリー乗り場があり、傍には大量のコンテナが積まれている。全員でコンテナの上に乗り、海の方を監視することに。
「もうすぐ来るはずだよ、ウルスラグナさんの一部は」
「どいつが来るんじゃろうな?」
「風、牛、羊、駱駝、戦士、少年はここにある。来るとすれば残り四つの化身で、なおかつ海からとなれば猪だろうね。馬と鳥なら空からだろうし、山羊なら陸からだ」
「……そういえば、今更なのですが聞いても宜しいでしょうか?」
「どうしたんだ、エリカ?」
エリカさんには、これから神獣がカリアリの港に来ることを教えてある。なので、ここに来たことについての疑問はない筈。一体どうしたのだろうか?
「護堂とウルスラグナ様は、どうして共におられるのですか? 古来より、神とカンピオーネは血で血を流し、争いあってきた不倶戴天の敵同士の筈ですが……」
「なに、そこの娘に言われてな。習わしで争うのではなく、もっと正当な因縁から遣り合えと。それに我は納得し、草薙護堂が討つに能う悪なのかを見極めようとしているところよ」
「俺はウルスラグナと喧嘩だの、殺し合いだのするつもりはないからな。話し合いや、今みたいに一緒にいて、争う理由なんてないと知ってくれるならそれでいいだけだ」
「そこの娘……それって──」
エリカさんが僕を見て、少し怪訝な目をして……あ! みたいな表情を僅かにした。その行動に対して、念のために釘を刺しておくことに。
「……エリカさんが今気づいたこと。それは黙っておいてね。僕は草薙護堂の権能。それ以上でも、それ以下でもないから」
「承知いたしました……御身はまつろわぬ身ではない。それで宜しいのですね?」
「うん、ありがと」
小声のやり取りなので、護堂にもウルスラグナさんにも内容は届いていない。彼女と僕だけの秘密の交換だ。
しかしエリカさん。彼女は称号欲しさに焦ってあんなことになっただけで、元来であれば、たぶん頭がかなり良いんじゃないかな。僕とウルスラグナさんのやり取りだけで、真相に辿り着いたのだから。
なにせ本当に護堂の権能だとすれば、ウルスラグナさんが僕を同胞扱いするわけがない。権能による神の召喚なら、通常では神格の能力をそのまま持たせるなど絶対にできない。
権能と強力な神具を組み合わせたとしても、それは不可能だ。良くて弱体化した従属神か、短時間のみの顕現など何かしらの制限が召喚された側に課せられる。が、僕は神から見て同胞と思えるぐらいに、能力など全部そのまま。
つまり、しっかりと観察すれば簡単に分かることだ。僕が召喚による神格などでは無いことに。明らかに単体で成り立ち、完結した存在だと。
「猪か……なぁ、エリカ。神獣は各地に出ていたんだよな? それはかなりの被害を出したりしていたのか?」
「神が荒れ狂うことによる被害としては軽微ですが、相応の怪我人が出ております。都市機能が一部麻痺した町村もあります。全て風の神……ウルスラグナ様が討伐されておりますので、致命的な損失は出ておりません」
「軽微と言っても、どうせ被害総額数億とか数十億が当たり前のやつだろ? 来るのがウルスラグナの一部か……倒したってことは、それ以外で言う事を聞かせる方法がないのか?」
「ない。我から剥離したことで、力そのものが獣として暴走しておるようじゃからな。一度これでもかと叩きのめして屈服させた後、我こそが主人格だと躾けてやらねばならん」
「なら迎え撃つ準備をして、全員でかかるのが一番被害が少なくて済む方法か……あいつを呼んでおくか」
「お、珍しいね。護堂の割りに、やる気満々だ」
「茶化すなよ。俺だって出来ればやりたくはないけれど、暴れることが最初から分かってる神獣がこれから来るんだ。ならやるしかないだろ? そんなの」
喧嘩なんてできれば避けたいが、やらなきゃいけないなら腹を括るのが早いのが護堂の特徴だ。
秒で覚悟を決めた護堂の肉体が、一瞬だけ膨れ上がったように見えた。その要因は、呪力が回り始めたから。魔術師数百人分の、膨大な力。僕の隣にいるエリカが持つ総量を遥かに上回る、魔王特有の力が形を成そうとしている。
「我を畏れよ。鉄砕く牙を……もういいか、雑でも。ともかく来い」
聖句もそこそこに、練り上げられていた呪力が一気に噴出する。膨大な呪力の発露に、エリカさんの体が少しびくりとしている。僕とウルスラグナさんは特にどうとも思わない。
なぜなら、神の方が神殺しよりも単純な力の総量なら大きいからだ。神の一部を奪っただけの神殺しと、一部どころか全てを持つ神。単純な呪力総量──神なら神力の総量。この辺にもスペック差は存在する。
まぁ、その差など実際の殺し合いにはあまり意味がないのだが。魔王殲滅の特権まで行けば、だいぶ話は違うけれど。
「エリカさんは、神殺しの魔王の権能。間近で見るのは初めて?」
「4年ほど前に、サルバトーレ卿の権能を感じたことはあります」
「なら大丈夫そうだね……ああ、来た来た」
護堂の足元。日も完全に沈みかけで、影と暗闇の区別がつかなくなっている。それなのに、はっきりとこれは護堂の影だと分かるぐらいに濃くなり、巨大になる。
そこからズルりと巨大な影が這い出てきた。それは漆黒の毛皮に覆われた獣だ。体長20mほどの巨狼。口から覗く牙は、僕の胴体より大きく太い。爪はナイフより遥かに鋭く、そんなつもりはなかったのだろうが、前足が触れたスチール製のコンテナを豆腐のようにすっぱりと切り裂いていた。
魔狼としか表現のできない威容。眼光は視界に収めた夷狄を射貫くかのような鋭さ。
魔術師が犬や狼を使い魔として使役することもあるが、それらとは一線を画し過ぎた大いなる獣。護堂の権能により姿を顕す、弑された神狼の新たなる姿だった。
「これが……護堂の権能! なんて巨大で、恐ろしい力を秘めて──!!」
神獣を見るのは初めてなのか、エリカさんは慄いていた。少しでもその猛威がこちらに向けば、人間の魔術師なんてたちどころに潰されて死ぬだろう。僕にしたって、こいつ相手だと真面目にやらないとしんどい。
神狼はこちらに顔を向けて──
「……あのコンテナどうするんだ?」
「クゥン……」
護堂に指さされて、犬のように困った鳴き声を上げた。その光景にエリカさんは神狼を見て、護堂を見て、僕を見た。ウルスラグナさんはほう……と感嘆を漏らす。リアクションが違うね、二人とも。
「ほら、そんな鳴き声出さないの、フェン。飼い主さんに呼ばれただけなのにね」
「……呼んだのは俺だけどさ……あのコンテナ、空なのだけが幸いだな」
「フェン……草薙護堂が弑されたのはフェンリルだと、賢人議会の資料にはあった。名前からして、護堂が権能を簒奪されたのはフェンリルであっているのですか?」
「ん? …………ああ、そうだよ。俺が倒したのはフェンリルだ。フェン、これから神獣がここに来るから、そいつを倒さなきゃいけないんだ。分かるか?」
少しの間を置いて、護堂がエリカさんの質問に肯定を返す。その間を明かしていいのかどうかの逡巡と受け取ってくれたのか、エリカさんは疑問には思わなかったようだ。
答えを返した後、フェンに護堂は命令を覚えさせている。それにフンフンと鼻を鳴らし、尻尾を揺らしながらフェンリルはしきりに頷いていた。
……確かにフェンリルではある。というよりは、フェンリルも、か。エリカさんの疑問は正解でもあり、間違いでもある。
フェンリルを倒しましたか?
これに護堂が返せる答えは、イエスとノーが同時に出る。だからこその間だ。
「フェンリル……北欧の狼か。しかし……なんじゃろうな、この違和感は?」
召喚された巨狼を見て、ウルスラグナは疑問を呈していた。僕はその様子を見て、分かりにくいだろうな、これはと思う。僕が霊視などで捉えきれないよう普段から妨害毒電波を発してるのもあって、なおさら視え辛い筈だ。
「コンテナなら後で僕が直しておくよ……来たね」
「のようじゃな」
何かが海から近づいてくる。それを真っ先に察知したのは僕で、次が己がすぐ傍にいることに気づいたウルスラグナだ。
フェンも鼻をすんすん鳴らし、匂いの方向に視線を向ける。同時に駆け出して、海の方に向かい──
「あ! こら馬鹿!! まだ行かなくていいんだよ!!」
「護堂?」
「なに?」
「あ! あの
護堂の権能はかなり大雑把。ざっくりと言えば、来る者拒まずな性質が良く反映されている。
どういうことかと言えば、倒した神の性質がかなりそのまま反映されやすい。最初の討伐である狼は、獣としては賢いが、あくまでも獣としてはと枕詞が付く。それを弑して簒奪した結果、神獣を呼び出す権能となり、呼び出された神獣の知能は元の神格に準拠した。つまり──
「美殊様! 曲解とはどういうことですか!?」
「あの駄犬、あんまり賢くないんだ! デカいわんこだと思って!! 具体的には、めちゃくちゃ強いシベリアン・ハスキー!!」
エリカさんがぽかんとした顔をしている。とんでもない発言を聞かされたような表情だ。僕もそんな表情をしたい。
慌ててウルスラグナさんと僕で止めに行こうとしたところで、海中からフェンより巨大な猪が飛び出してきた。目算で体長50mほどの、フェンと似たような黒い毛皮の怪獣。軍神ウルスラグナが持つ十の化身、その一つがあれだ。
僕たちと共にいるウルスラグナさんは少年の姿を基本としているようだが、宗教画や石に彫られたかの軍神と言えば、猪の姿の方が多いだろう。これは猪こそが、ウルスラグナの戦闘神格としての象徴だからだ。なんだったら、剣を持つ戦士以上に、こちらの方がよほど闘いに向いた形態とも言える。
猪とは、古代の世界においては熊と並ぶ力強さのシンボルそのもの。人間を簡単に吹き飛ばし、大地を抉り取る様はまさに破壊者だ。
ゾロアスターの聖典『アヴェスター』でも、猪の姿をしたウルスラグナは鋭く近寄り難き牙を持ちと評される。大地を抉り大穴を空けることこともしばしばある猪こそが、鋼のあり方を体現しているのだ。
その猪はいま──
「もういい! ストップ!! ハウス!!!」
「さすがは神殺しの魔王、偉大なるカンピオーネだわ。港をこうもあっさりと破壊してしまうなんて……」
「我の神獣がちり芥のように……」
フェンリルにボコボコにされていた。海から飛び出した直後、首根っこに噛みつかれ大絶叫を絞り出したかと思えば、そのまま地面にバウンドアタック。跳ね返り空中に浮いたところに、爪の生えた前足でバレーアタック。
飛んで行った先は、係留していた貨物タンカーだ。体長50m、神の獣なので見た目よりは軽いが、それでも重さ1000トンはある猪がぶち当たったことで、船がくの字に折れ曲がり拉げてしまった。
「あちゃぁ~……船だけでも逃げるように、通告を出しておくべきだったか……でもいまの船が無かったら、あのまま市街地の方に飛んで行ってたか……ままならないね」
ぐるんぐるんビターンビターン! 噛みついた神狼が首を振り回し、猪が地面に叩きつけられまくる。吹き飛ぶコンテナ群、揺れる大地。あと砕けていく港のコンクリート達。
猪はまるで相手になっていない。これは使役される神獣は神や神殺しが持つ膨大な呪力で強化されるのに対して、野良だと外部からの供給が一切ないせいだ。それは相手になるわけがない。
重さ数百トンの巨獣が暴れまわれば、当然のように被害が出る。猪とウルスラグナさんが都市部を破壊するよりかは断然マシだが、それでも港は当分の間使い物にはならないだろう。あと、コンテナの中身次第では被害額が増す。
「ウルスラグナさん! コンテナやコンクリートの破片が、街の方に行かないよう頑張って!!」
「心得ておるわ!! しかし羅刹の王は容赦がないのう!!! 我の猪が、ああも手玉にとられるか!!」
ウルスラグナさんは強風の化身へと変化し、コンテナ群を風で押し戻す。僕は神速を使い、超加速して片っ端から海の方に蹴り飛ばす。狙いが多少ズレるが、コンテナが大きいので問題ない。
「陽光よ、俺に矢の如き身軽さを授けてくれ!! ……これがあるから、小回りが利かないんだよな、俺のは」
「護堂? まさか貴方、こうなると分かって、あれを呼ばれたのですか?」
「そ、そんなことはないぞ! 普段はもっと大人しいんだ!! ただ、偶に……偶にやんちゃするんだよ、あいつらは!!」
「あいつ、
護堂の方に目を向けたら、エリカさんと一緒にコンテナを避けながらフェンリルに近づいていた。弓の権能を発動したのか、護堂の体が光に包まれている。
よく聞こえなかったが、今護堂は複数形で喋っちゃった? これ、ウルスラグナも聞いてるのかな……
まぁいいか。知ってる人は知ってることだし。護堂が最初に倒した狼
「ほら、ハウス! ハウスだ!! もうこれ以上は暴れなくていいから……ほーら大人しくしような……大人しくだぞ」
「……わう?」
「わうじゃねえよ」
護堂が辿り着き頭をペシペシ叩いたら、ようやくフェンリルは大人しくなった。猪の首から牙が抜かれて、大量の血が零れだす。
僕とウルスラグナさんもそこに行き、猪の様子を観察することに。
「うわ……霊格まで損傷してる」
「……こやつ、このまま我に戻して大丈夫なのかのう? 神を砕く牙に貫かれたせいで、想像以上に傷ついておるわ」
「僕が治しておくよ。猪は、大地を傷つけるものだけれど、同時に大地に属する聖獣でもある。地母神の治癒なら、治りも早いから……吾が身は成り成りて成り合はざる処一処在り──」
聖句を唱えて、治癒の権能を使う。大地は与え、生命を育ませる。大地母神スターターキットの中には、他者の回復能力もあったりする。
僕の手が翠色に光り、それが広がって猪を包み込む。傷ついた神獣の怪我が治るのを観察していたウルスラグナさんだが、狼の頭から降りてきた護堂とエリカに意識が割かれた。
「お主は邪悪ではないようじゃが、如何せん粗忽の気があるの」
「……面目ない」
「今後は、もう少し周囲への配慮をお願いしますね……護堂
「……はい」
護堂が怒られてシュンとしている。うん、エリカさん、周囲への配慮はめちゃくちゃしてるんだ。最終的に、それが全部どこかに吹っ飛ぶだけで。
あと周辺被害については怒らないで上げて、エリカさん。それを指摘されると、『神斧』に『獣と弾倉』を解禁した時の僕も大変なことになるやつだから……
それらのやり取りを観察していれば、こちらに誰も意識を向けていないことが見て取れる。
……護堂にウルスラグナさんの意識が向いている今しか、やるチャンスがないな。
「悔しきかも、速来まさずて──」
もう一つ、聖句をこっそり唱えておく。緑の膜に、一瞬だけ黒色が混ざる。念のためと言うやつだ。使わなくて済むなら、それに越したことは無い備えを一つ仕込んでおく。
数分ほどすれば、猪の怪我も全て消える。
「終わったよ、ウルスラグナさん」
「む? おお! 我の一部がようやく戻せるわ!!」
猪の体にウルスラグナさんが触れると、体が粒子になり手の平を通して吸収されていく。
全て取り込んだ時、軍神の威圧感が少し増す。肌で感じ取れるほどの重量感だ。手をグッと握って拳を作り、調子を確かめている。
「我も本調子に戻ってきたわ。残るは3つ。この島のどこかに出現する、山羊と馬と鳥が戻れば、完全復活じゃ」
「……そうですね」
護堂に目配せしておく。ウルスラグナさんが完全復活した時……あなたはどうするのと。それに対して、護堂はまだ分からんと首を振った。
「なぁ、一部が戻ってきたことで、どうして神力が別れていたのかとか思い出せたか?」
「少しだけじゃがな。どうやら、我はこの島で何かしらの神と争ったようじゃ。それで相打ちとなり、バラバラに砕けて飛び散ってしまったようじゃな」
「別の? つまり、御身以外にも、この島にはまつろわぬ神が御光臨なされているのですね」
「そのようじゃな」
おおう、マジか。まつろわぬ神同士で争っていたのね……しかしどこの神様だ?
「覚えておる限りでは、そやつはこの島で最強の神格……だったような気がするわい」
「サルデーニャで最強の神格? つまりフェニキア人が崇拝した神々……ウガリット神話……まさか!?」
この島に残された遺跡群と、当時の地中海の物流を支配していたセム語系民族フェニキア人。彼らの信仰は、現代ではウガリット神話として残されている。その神話の主神であれば、最強と呼んでも差し支えはないだろう。
ついでと言ってはなんだが、霊視も出来たので裏付けも取れた。
「エリカさんのまさかだと思うよ。僕には、空の主人と、嵐の神格が見えたから」
「空の? なら、天空神てことだよな。それがウルスラグナと引き分けた、最強の神様なのか?」
「そうだよー。護堂も知ってるぐらいのビックネーム。後々にはギリシャ神話に取り込まれて、ゼウスの一部にもなる神格……天空神、バアルだよ」
環境破壊と文明破壊と遺産破壊こそカンピオーネらしさ