踊る炎、火花散りて。   作:何もかんもダルい

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永遠の色彩鬼リピ抽出シリーズ第二弾でしてよ!
えっっっっらい時間かかりましたわ!


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 姉が亡くなった。

 義兄が後を追うように病で去った。

 

 残された仔は、あまりにも、あまりにも小さかった。

 姉は身体が強くなかった。それが影響したのだろう。

 

 生まれてきた赤子は、生まれた瞬間から死に体だった。

 

『脳にダメージが――――』

『残酷なようですが、この子はあまりにも――――』

 

 うるさい。

 姉の遺した子だ。義兄が抱きたかった子だ。私の、私達の子なのだ。

 

 こうなることなど覚悟の上だった。ただ途絶えてしまうことに耐えられなかった。

 だから、繋ぐ次を望んだのだ。それが私たちの傲慢だとしても、姉たちの後に続くものがあって欲しいと。

 

 たとえどれほど残酷な運命だろうと構うものか。私が受け継ぐ。私が守る。そう覚悟し、決意し。歩んだ道は……予想外なほどに、肩透かしだった。

 

 自力での呼吸すら怪しいと言われた現実を覆すように、その子はよく食べ、よく眠り、自分の足で立って歩いて見せた。

 奇跡だと。覆せる宿命は確かにあるのだと、そう喜んだ。

 

 

 けれど、肩を透かした刃は、代わりに胸を穿っていた。

 

 

『ライ、ラ』

 

 誰が想像できるだろうか。

 齢4つの幼子が、大人ですら四苦八苦する機械を当然のように操るなど。 

 

『ライラ、ライラ……』

 

 たった5歳で、専門家が作り上げた鉄壁の要塞をいとも容易く突破してしまうなど。

 

『ライラ』

 

 6つを超えた頃には、自身の異常性に諦観すら抱くなど。

 

 

 甥の脳は、生きることには何の支障も無かったのだ。

 そう、()()()()()()()()

 

 

瑞葉(みずは)、友達は出来たか』

『……』

『瑞葉?』

 

 ――――ライラ

 ――――おれ、にんげんじゃ、ない?

 

 愕然とし、項垂れ、抱き締め、甥が生きることのできる道をどうにか歩ませる以外、私にできることなど在りはしなかった。

 この子が人間であると、そう叫ぶ自信すら見失った。

 人ととして生まれてしまっただけの、機械に戻りつつあるモノ。もうそう思わないと、あらゆる自責で心が砕け散ってしまいそうだった。

 

 ()は、朝比奈瑞葉という子供は、人間になれない。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 

『ライラ、手紙ってどう書くの』

 

 その瞳に、光が宿っていて。

 

『ライラ、返事、来た……!』

 

 虚ろだった胸には、火花が散って。

 

『……頑張れ、ダンツ』

 

 心には、炎が躍っていたんだ。

 

 まだ希望はあると、そう思えた。

 

 

 

「……こうして訪れるのも何年ぶりだろうな」

 

 懐かしき校門。いつだかに見た景色。

 ()にとってはただ箔が欲しかっただけの、華やかさとは縁遠かった世界。

 

「また、足を踏み入れるとは」

 

 こつり、と靴が鳴る。かつり、と杖が地を突く。

 かつてのような鋼は付いていないただの皮靴と、絶望の象徴だった鈍色とは程遠い臙脂色の一本杖。

 それがどうにも可笑しくて、妙な笑いが込み上げてくる。あの日感じた無力感は色あせて思い出に変わり、打ちひしがれた過去すらも懐かしい。

 

 LANEでかつての同級生に声を掛けたら心底驚かれたものだ。特にスーの奴など、どういう風の吹き回しだなどと宣う始末。一度〆た方が良いだろうか。アイツの私物PCのアドレスは控えているからいつでも()()()()()()()()()()()は可能なわけだが。

 

 閑話休題。

 校内を歩いていると、やはりどうしても視線は杖に集まってくる。当然だろう。ウマ娘――――特に若い盛り――――にとって、杖が無ければ歩けない状態というのは、この世の何よりも悲惨な地獄と変わらない。

 

 幾らか歩いていると、正面の女性が声を掛けてきた。

 

「お待ちしていました、リアスライラさん」

「貴女は?」

「駿川たづなと申します。理事長から案内を仰せつかっておりますので、どうぞこちらへ」

「ありがとう。見ての通り足が不自由でね。なるだけゆっくりだと助かる」

 

 学園事務、緑の制服。つまりは彼女が今日の案内役か。

 

 ふと、昔日を思い出す。理事長室へ退学届を出しに行ったあの日。その時に居たのは当然目の前の彼女ではなかったわけだが、同じような服装で憂いを秘めた目をした女性だったことを覚えている。

 理由を聞かれ、“やりたいことを見つけた”と真っ直ぐに答え。そのことに安堵していた当時の理事長の姿を思い出した。時期的にもそれなりの数の自主退学者を見ていたのだろう。残念がってこそいたが、門出を祝ってもらえたことが素直に嬉しかった。

 

 ――――こんな日が来るとは、終ぞ思わなかった。

 未練もなく蹄鉄を脱ぎ捨てた私が、今こうしてもう一度古巣に戻ることになるなんて、想像だにしていなかった。

 

 

 よもや、実の子同然に育てた甥のために、ここまで戻ってきたなんて。

 この校門をくぐり、二度目の門出を迎えるだなんて。

 愛も情も知らぬ女だった過去の自分が聞けば、きっと大笑いしたに違いないだろう。私もずいぶんと様変わりしたものだ。

 

 

 

 舞台幕の裏で、私は甥に問う。

 

「彼女には会えたか」

「元気そうだった」

「聞けば、随分熱烈に歓迎されたそうじゃないか」

「……そう、なのかな。分からない」

 

 それもそうか、と嘆息する。甥は生まれ持った()()()()()のせいで、ろくな友人が出来なかったから。私以外の人間との距離の測り方というものを、終ぞまともに学習しないままここまで来てしまった。

 悔やみきれぬ私の失態だ。社会学習の名目で色々な知己の下に預けたりはしたが、結局同年代との交流が極めて少なかった。

 

「視線が集まっていただろう。一般的にそうやって衆人環視の真っただ中で抱き合うということは、少なくとも日本ではそうそうあることではない」

「あぁ、そういうことか」

「……まぁ、これから少しずつでも学んでいけ。遅いが、遅すぎるということも無い」

「わかった」

 

 分かったという割に、どれだけ私の言葉を理解できているのか。

 “当たり前”というものを学ぶことが甥は極めて苦手だった。こうまで成長することにすら、常人からすれば途轍もない時間をかけた。

 

瑞葉(みずは)

「なに?」

「お前の人生はお前の物で、同時にお前の人生はお前だけの物ではない。これだけは覚えておけ」

「分かった」

 

 壇上からの合図で舞台袖から歩を進める。

 真顔のまま正面だけを見つめている甥の姿は、表面上は昔からずっと変わらない。だが、その裡は信じられないほどに大きくなった。

 

 在校生へ顔を見せると、視線はやはり私の杖に向き、次いでおおよそ同年代であろう甥へと向かった。

 その中で、幾らか奇異な視線が混じっている。それらの根元を辿れば、薄桃色のカチューシャ型のメンコを付けた少女が目に入った。

 

 その姿は、甥と共に見ていた中継で見慣れていて。けれど、まるで見たこともない表情で此方を――――瑞葉を見つめていて。

 

 

 ――――あぁ、成程。()()()()

 

 

「本日付けで発足しました、情報セキュリティ対策委員会の特別顧問を努めます。リアスライラと申します」

「室長の朝比奈瑞葉です。よろしくお願いいたします」

 

 

 

 

「歓迎!  諸君の活躍を期待している!」

 

 全校集会で勤務スタッフとしての紹介を終えた後、改めて理事長室で略式の挨拶を終え、秘書の駿川氏から仕事場の鍵を受け取った。

 今はまだ私と甥だけの部屋だが、後々人材を集め一部署として本格稼働させる予定らしい。

 

 らしい、というのは在野の人材のスカウトと新人誘致および育成の両方をこれからやっていくからであるわけだが。

 まぁ、()()()()は私達の得意分野。問題はない。

 

「聞くに、在校生にも中々見所のある子がいるとか」

「うむ! 君の権限である程度なら体験として加入させても構わん! ただし、()()に支障のない範疇でな!」

 

 それはそれは、と喉を鳴らす。

 要は人材に目を付けるのは構わないが、それで学業・レースが疎かになるようなら私の責と。こんな子供が理事長で大丈夫なのかと思ったが、思いのほか随分とやり手らしい。下世話な先入観は切り捨てなければならなそうだ。

 

 だが、まぁ。

 

「今は特に良いでしょう。仰る通り精々が()()で構わないかと。こと“情報を守る”という点について、我々はそうそう遅れは取らない」

「ふむ、その心は?」

 

 心、心と来たか。

 我が事ながら親バカならぬ叔母バカの気があるが、まぁ構うまい。事実だ。

 

「――――我が甥を超えられるような弩級の大馬鹿者など、そう簡単には生まれないでしょうから」

 

 

 

 

 

 午前の授業を終えて暫し。

 わたしは机に突っ伏していました。

 

「そりゃあんな大勢の前でハグぶちかましてたらな」

「言わないで……分かってるからぁ……」

 

 周囲の視線なんて気にも留めず、奔る衝動のままに抱き付いた昨日。下校時間なんていう一番人の目がある状況でそんなことすれば当然記憶には残る。それも超がつくくらい強烈に。

 

 その時はまだ良かった。けれど、その抱き付いた張本人が学園のスタッフとして常駐しますなんて言われたらそりゃ当然噂は火に油を注いだように燃え上がるわけで。

 

「生暖かい視線が痛い…………わたしをみないで……」

「……あまり、こういうことは言いたくありませんが……その、自業自得かと……」

「う゛ッ」

 

 カフェちゃんの冷静なツッコミがすごく痛い。

 でも仕方ないよ、だって何にも考えられなくなるくらいに嬉しかったんだもの。ずっとずっと会えなくて、文字でしか存在を感じられなくて、いつもどこか不安で、でも確かにそこに居るんだって信じたくて……そんな人と、ようやくもう一度会えて。嬉しくない訳がないじゃない。

 

「……カフェちゃんだって、出張から帰ってきたトレーナーさんには抱き付きたくなるでしょ」

「…………」

「めちゃくちゃ目ェ逸らすじゃんカフェ……」

 

 沈黙は肯定だよカフェちゃん。

 突っ伏して溶けた塊が二つに増えたところで、ポッケちゃんが呆れ気味に声を掛けてくる。

 

「そんで? 行くのかよ、()()()()()()

「…………いく」

 

 いっぱい聞きたいことがあるから。

 これまで何してたの、とか。

 好きな映画とか、食べ物とか。

 

 わたしばっかり話を聞いてもらっていた分、いっぱい話が聞きたい。そんな気持ちが溢れて止まらなくて、さっきからそんなことばっかり考えてる。授業の記憶も朧気だった。

 

「……俺が言えたクチじゃねーけどよ、もうすぐテストだけど大丈夫なのかよ」

「……頑張るもん」

 

 

 

 

 トレーナーさんへ少しだけトレーニングに遅れる旨を連絡。

 事情を話す前に察したのか、“ブッ込んできなさい!”なんてスタンプ付きで送られて、背を押してもらえたことがとても嬉しくて。

 ……昨日のあの光景、トレーナーさんにも目撃されてたんだって気付いて撃沈しそうになった。

 

 逸る気を落ち着けて、手鏡で髪型が乱れてないかチェック。いつものメンコにもシワはない。

 鏡越しに見えた呆れ顔のポッケちゃんを尻目に深呼吸。

 

「……どうしよう、緊張してきた」

「ここまで来て日和んな!?」 

「だってぇ……!」

 

 出会い頭に公衆の面前で思いっきりハグと胸元すりすりしてしまった相手にどんな顔して会いに行けというんだろうか。ポッケちゃんやタキオンちゃんみたいに開き直ったり開けっぴろげになったり出来ないんだよぅ……!

 

 扉をノック……しようとして、手の甲が触れるに終わる。ぺたり、なんて音すらしない。心臓がバクバクしてどうにもならない。目の前ぐるぐるしてきた。

 

「めんたまぎらぎら出走……出走……ですぅ……!」

「うまぴょい伝説で発破かける奴とか見た事ねぇよ、どんだけ躊躇ってんだ」

「これまでで見たことのない掛かり方してますね……」

「さっさと入ればいいだろうに」

 

 緊張でノックを躊躇っていると横からぬるりとでてきたタキオンちゃんに先を越された。中から聞こえるどうぞという声。

 

「退路がッ!!」

「出走しろよ」

「ゲート難極まってますね」

 

 後ろから送られる視線が痛い。レースの時より数倍刺さる。“今更逃げとか差し適性(おれたち)が許すと思うなよ”とばかりにポッケちゃんとカフェちゃんの圧がすごい。

 一人で行くのがちょっとためらわれて、一生分うじうじした後一緒に来てと言った手前逃げたら差すどころか刺されそう。そうでなくてもタキオンちゃんに先行されてるので逃げ場がない。

 

 思い切って扉に手を掛け……そーっと開いて、顔を出す。

 

「諦め悪いな……」

 

 ……限定パフェを前にしたポッケちゃんよりはマシだよ。

 

 

 目的だった少年は、ソファに座してノートパソコンを弄っていた。

 ちらりとこちらを見るや否やはっきりと目の色を変え、しかし表情は真顔のまま。

 

「……ダンツ? どうかした?」

「あ、え、へへ……君と話したくなって……」

 

 顔を見た途端、それまでの緊張は一瞬で何処かへ行ってしまった。

 あの日の面影は残っているけど、ずっと大人びている。少し隈の残る垂れ目が放つ眼光は、同年代とは思えないほど老成していて。

 手紙じゃ知れなかった男の子の姿がそこにあって、それがなんだか嬉しかった。

 

「立ち話も何だ、適当に座って。そこの3人も。飲み物は……インスタントだけど、紅茶とコーヒーがある」

「ならば紅茶を」

「……コーヒー、で」

「あ、俺もコーヒー」

「分かった。ダンツは?」

「ぁ、えーっと……コーヒー、で」

 

 了解、と軽く呟くと、彼は電気ポットのスイッチを入れて備え付けの紙コップで準備をし始める。

 

 その間にぐるりと見わたした部屋は、とりあえず備品を置くだけ置いたという風体を感じる。ちなみにわたしはソファの真ん中に座らされ、その左右をポッケちゃんとカフェちゃんが固め、背後には立ったままのタキオンちゃん。これ間違いなくわたしが逃げ出さないようにする布陣だよね?

 

「味が微妙でも我慢してくれ」

「ん、さんきゅ」

「お気遣い、ありがとうございます……」

「気が利くねぇ。砂糖はもう少し欲しかったのだが」

「それは自分で持って行って」

 

 それぞれへ飲み物を配ると、対面のソファへ彼が座り直す。

 正面から見つめられると、瞳の奥にあの日の面影が居座っているのが分かった。

 

「……改めて自己紹介から始めようか。朝比奈瑞葉、今日付けで学園の情報セキュリティ関連を任されることになった。今後ともよろしく頼む」

「……ジャングルポケットだ」

「マンハッタンカフェ、です」

「アグネスタキオン。まぁ中継は見ていたそうだし知っているだろう。それよりもだ!」

 

 ぐい、と詰め寄るタキオンちゃん。その目にはいつもの知識欲の権化めいた光が宿っていて、観察するように彼を睨めつけながら距離を詰める。……ちょっと近すぎない?

 

「私のトレーナーから伺っているよ? 何でも特別顧問、もとい君の叔母共々()()()()()()()()()()()()()()()そうじゃないか。差し詰め若さは実績で黙らせたと言うところか。その技量、いやさ明晰な頭脳にはたいへん興味がある!」

「そうか」

 

 一言だけそう言うと、彼――――朝比奈君はそのままパソコンを再び弄り始める。予想以上の塩対応。手紙での親身さが噓みたいなその挙動に俄に空気が冷え込む。

 機嫌を損ねちゃったのかな、もしかして忙しかったかな、なんて考えて、一言も喋れなくなってしまった。

 

 ふと、無音になったことに違和感を覚えたのか彼は画面から視線を上げた。

 

「……どうした? 話をしに来たんじゃないのか」

「ぁ、えっと、そう、なんだけど……もしかして、忙しかったかな」

「いや、半分は趣味だ。話はちゃんと聞こえてるから続けてもらって構わない」

 

 そう言うや否や、ふたたび淀みなく動き出す指先。迷いなく打ち込まれるキーボードは私のトレーナーのそれよりも何倍も速くて、それだけで機械への慣れというものが伺えた。 

 けれど、この自分のやりたいことへ一直線の姿、わたし達にはなんだかすごく見覚えがあって……

 

「やべぇ、タキオンが二人になったみてぇだ」

「私でも目くらいは合わせるが?」

「朝比奈さんに、失礼ですよ……」

「カフェ?」

「タキオンちゃんと違ってちゃんと身の回りのことできるもんね?」

「ダンツ君??」

 

 お世話をするのは結構好きだけど、頼りっぱなしはどうかと思うよタキオンちゃん。トレーナーさんにも結構言われてるでしょ?

 あとそろそろ離れて。近いよ。

 

「そっちが本音だろお前」

 

 うるさい。

 

「いい友人が出来たな、ダンツ」

「うん、私の自慢の友達で、一緒に競った自慢のライバル」

「そうか」

 

 ちょっとむくれてしまったけれど、その言葉に耳がピンと立って気持ちが切り替わる。

 それだけは、何度聞かれたってなんの躊躇いもなくそう言える。

 こんなに素敵な友達で、ライバルで。一緒に走れてよかったと思えるから。

 

 そう思っていると、仏頂面を少しだけ崩して、彼は安心したと零す。

 

「……正直、心配だった。手紙でのダンツは不安とかが多いようだったし、反対にテレビじゃ笑顔しか見せないから。友人――――同期との間で何か抱えてやいないかと……杞憂にも程があったな、済まなかった。君たちにも謝らなければならない」

「そんな畏まらなくて良いっつの……つーか顔上げろよ。ホントに話聞いてんのか」

「しっかり聞こえているし理解もしている。現にハッキリ返答しているだろう。問題はあるまい」

「やっぱり……タキオンさんの血縁なのでは……?」

「失礼だなカフェ!? 私はここまで不愛想じゃないだろう!?」

「いやぁ割とこんなもんだろお前」

「えーっ!?」

 

 いつもの調子で騒ぎ出したことに安心できて、彼――――瑞葉くんも薄く笑ってくれている。

 だけど、なんだかモヤモヤしてくる。ちゃんと聞いてるのは分かったけど、でもそういう問題じゃないと思うんだよね。

 

 ソファから立ち上がって、彼の隣に座って。頬を両手で包んで、そのままこっちを向かせた。

 

「どうした、ダンツ」

「話をするときは、ちゃんと目を合わせるの」

「聞こえてさえいれば俺は……」

「私がよくない」

「……わかった」

「…………とても、自然に……距離を詰めましたね……」

「……はぇ?」

 

 カフェちゃんの言葉ではっとした。わたし今なにしたんだっけ?

 自然に、まるで当たり前みたいにすぐ隣に行って、そのまま……

 

 気が付けばすぐそこ、数cmもない距離に彼の顔があって。

 湯気が出そうなくらい一瞬で顔が熱くなって、すぐに手を頬から除けて距離を取った。

 

「はひ、ゃ、あの、そういうつもりじゃなくて……!」

「……?」

「すっげぇ、指だけ別の生き物みてぇに動いてやがる……」

「ブラインドタッチの究極みたいな手捌きだねぇ」

 

 なんで距離を取ったみたいな顔してるけど逆になんで動じてないの……!?

 そしてタキオンちゃんは兎も角ポッケちゃんは何で“もう慣れた”みたいな顔でスルーしてるのかな!? 

 

「いやなんかもう暴走しなきゃ別にいいかなって思ってんだけどよ。あーっと……朝比奈だっけ。お前は? メーワクじゃなかったかよ、無理矢理顔向かされて」

「ダンツの顔なら近くにあっても不快じゃないから、別にいいかと」

「…………っ」

「ダンツさんが……茹で蛸に……」

「熱烈だねぇ」

「俺この感じどっかで見覚えあんだよなぁ……バレンタインの時めっちゃ見た覚えある」

 

 どうしよう、顔が酷く熱い。緩んだ頬が戻ってくれない。そういうことをしれっと言うのは反則だと思うんです。しかもまるで気にしてない、なんでもないことみたいに投げつけないで、むり。

 

 何だかもう顔を見るどころかわたしに皆の視線が向いてるのも耐えられなくなってその場にしゃがみ込んでしまう。私のこと見ないで……我慢の効かない悪い子をみないで……!

 

「……?? なぁ、ダンツは何で撃沈してるんだ」

「マジで言ってんのかお前」

「無自覚無意識でこれかい」

「見てる此方が……恥ずかしく、なってきますね……」

 

 もうやめて、わたしのスタミナはゼロです。

 ここが寮の部屋だったら枕に顔を押し付けて叫んでいたかもしれない。公開処刑だよこんなの。

 

「ダンツ」

「……」

「ダンツ」

「…………なに」

 

 羞恥に耐えかねて完全拒否の姿勢を取っていたのに、名前を呼ばれた途端耳だけ反応してしまった。そのまま声だけで返事をする。目は合わせない、合わせられない。

 

「傍に来てくれないか」

「うぇ!?」

「さっき、隣に座ってくれた時。胸が暖かくなった。不快じゃなかったから、傍に来てほしい」

「……」

「もちろん、君が不快じゃなければだけど」

 

 あぁ、もう。そんなとんでもないことをどうして何でもないように言えるのかなこの子。

 無表情なのに本気でお願いされてるみたいに思えてしまって、そんな顔されたら無理なんて到底言えないじゃん。ずるいよ、そういうの。

 

「……後悔しないでね」

「後悔? なぜ?」

 

 疑問も無視してもう一度隣へ腰を下ろす。尻尾は抑えが利かなくてバタバタ暴れてるし、耳も意識なんて関係なく動いてしまう。

 邪魔だなんて言ったってもう退いてあげないから。

 聞きたいこと、話したいことが沢山あったはずなのに、今はこれだけで精いっぱいで、そして幸せで。

 

 ふと正面を向くと、何かとんでもなく甘いものを飲み干すようにコーヒーや紅茶を一気飲みする3人の姿があった。

 

 なんだか微妙な空気になってくる。タキオンちゃんは神妙な顔をして黙り込んでしまったし、ポッケちゃんは気恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。そんな中、カフェちゃんが彼を真正面から見据えて口を開いた。

 

「先ほど、セキュリティが……と、申していましたが……」

「ああ。言った通りだ。学園の機密、君らの個人情報。そういったデータを守る防衛線を敷くのが対策委員会の仕事になる。……まぁ、今は主な戦力が俺一人なワケだが」

「ふゥん、それはそれは」

 

 タキオンちゃんが珍しい顔をしている。いつもの薄い笑みを消して、とても真面目な顔。それだけでそういうのに疎いポッケちゃんも何かを察したのか、彼へ胡乱な目を向ける。

 

「……あんまこういうコト言いたくねぇけどよ、大丈夫なのかよ。お前一人でやれんのか」

「まぁ、そうなるよな。()()()()()。色々言ってくるお偉いさんや、名家の重鎮なんかもいた」

「考えてみれば、お嬢様も沢山居るもんね、トレセン学園(うち)……」

 

 僅かな不安と懐疑の混じる視線を前に、朝比奈君は一度瞑目する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……当然の帰結だ。何も可笑しなことは無い。むしろ信用する方がどうかしてる」

 

 紡ぐ言葉から、温度が消えていく。

 それまでの穏やかさが一変して、どす黒い冬の雲が覆い尽くすような冷たさが背筋を刺す。

 

 そして……

 

「――――だから全員黙らせた。向こうが用意した土俵で、実力で、完膚なきまでに。文句のつけようもないくらいねじ伏せて、分からせた」

「――――」

「案外簡単だった。目の前でご自慢の金庫を粉々にして、もっといい物を組み立ててやったら全員口を閉じたから」

 

 その視線は、圧力は。話に聞く生徒会長(こうてい)にすら匹敵するんじゃないかってくらいで。

 

 あぁ、この子も此処に来るだけあるんだって、なんだか納得してしまった。

 

 一足早く立ち直ったタキオンちゃんが噴き出し、次いで問う。

 

「……くく、まさかとは思うが、それもすべて()()()()()()()()()()()()かい?」

()()()()()()()()()? 俺は愉快犯じゃないし、それ以外にトレセン学園に殴りこむ理由はない」

「はっはっは!対した狂気だ、モルモット君に並ぶとも劣らない! ……もしやとは思うが、彼女のアカウントやアドレスの登録を拒んだ理由もか!」

「自分の部屋に盗撮カメラを仕掛けてくれと言われたようなものだ。拒否するに決まってる」

「……えっ」

「あ?」

「ん?」

 

 爆笑するタキオンちゃんを尻目に、その言葉で頭が真っ白になる。

 何それは、それじゃまるで私が常に監視してくださいって言ったみたいで……!

 

「そういうコトが出来ると自覚してるから拒否したんだよ。ダンツには言ったんだけどな」

 

 ――――君に不安を与えたくない。

 その意味が、まさかそんなわたしが変態みたいな意味合いになるだなんて分かる訳なくて。

 

「っち、ちが、そういう意味で渡した訳じゃ!?」

「分かってる。けど、俺はそういうことに出来るから拒否した、って言ってるんだ……もっと早く言うべきだったかもしれないな」

 

 すまないと一言置いてから、彼は目を伏せて謝ってくる。

 その姿に、なんだか言わなきゃいけないことがある気がして。自然と口は動いていた。

 

「君は、寂しくなかった?」

「――――」

 

 幸せだけど。こんなにもわたしのことを考えてくれるのが嬉しいけれど。それだけじゃ、やっぱりだめだ。

 知りたい。トレーナーさんの時も、皆と一緒に居る時も感じたように。

 

 ――――君は、何を考えていたの?

 

 開いては閉じを繰り返す彼の口。

 じっと答えを待っていると、ぽつりと、それは零れ落ちるように発された。

 

「……寂しくなかった、と言うと、嘘になる」

 

 両手の指を絡めるように握って、力を込めて。何かに耐えるようにしながら、言葉が紡がれていく。

 

「俺は、アドレス1つ、アカウント1つあれば、君達の端末くらいなら簡単に乗っ取れる。お前達の人生を、片手間に滅茶苦茶に粉砕できる。驕りでもなんでもなく、文字通り朝飯前に、それこそ今からでも。この学園の全員の人生を、俺は握り潰せる……だから、()()()()

 

 真面目で、不器用で。

 自分の力を自分のために使おうなんてまるで思えなかった人の顔が、そこにあった。

 

()()()()()()()。俺のやることなすことに、社会が耐えられない。だから、自由になりたくなかった」

「だから、ずっと手紙だけで?」

「手紙には入り込めない。送られたら最後、待つことしかできない。そのくらいが丁度良かったんだ」

 

 賢い子だったから、分かってしまったのかもしれない。自分の才能がどれほど危険なのか。

 壁を作らないと、誰かと関わると、その誰かを壊してしまうかもしれないと、ずっと、ずっと。

 

「……本当は、手紙も途中でやめるつもりだった。どこにでもいる何処かの誰かに成り下がれば……(ダンツ)の特別でなくなれば、本当に独りになるから。そうなれば、もう、誰ともかかわらなくて済む。誰かを壊すかもなんて、怯えなくて済むから」

「……けど、続けたんだな。お前」

「俺がやめたら、ダンツはきっと寂しがるだろうなって。それがほんの少しだけの、すぐに消えてしまう程度の寂しさでも――――」

「怒るよ、瑞葉くん」

 

 ぴしゃり、と。言葉は自然と出てきた。

 皆驚いたような顔で見て来たけど、あんまり見くびらないで欲しい。私だって言うときは言うよ。そうなれるように、トレーナーさんが、そして皆が導いてくれたんだから。

 

 目を丸くしていた彼と視線をぶつける。少しして、表情が柔らかく崩れた。

 

「……そう思った、って話だ。過去形だよ」

「では、今はどうなんだい」

 

 ポッケちゃんに続いて、タキオンちゃんが語り掛ける。興味と、それ以上に労わるような声色だった。

 

「…………その、言わなきゃダメか」

「……往生際の悪さ……似てますね……」

「う゛っ」

 

 ほんのさっき披露した醜態が思い起こされて胸に刺さる。ごめんカフェちゃん。あとでコーヒーに合うミルク選び付き合うから許して……?

 

 また数分口ごもって、今度は左右に視線を彷徨わせて。そうして、彼は声にする。

 

「……守りたい、って、思ったんだ。余計なお世話だって分かってるけど。それでも、壊すことばかり上手くなったこの手で、ダンツのこと、守りたかった」

「……」

「ずっと笑顔でいて欲しかった。友達と笑っていて欲しい。トレーナーと色んなことを分かち合っていて欲しい。思い出をたくさん作って、当たり前の人生を……いいや、()()()()()()()を、歩んで欲しかった。そのためなら、俺が隣に居なくても良いって一度は思ったけど……俺も、案外欲張りだった。君のすぐ傍で、ダンツも、ダンツの大事なものも、全部守りたくなった」

 

 ――――ああ、もう。今日だけで何度顔が茹で上がればいいんだろうか。

 凄いこと言ってるの分かってるのかなこの人。

 

「ダンツフレーム、君のお陰だ。君と出会えたから、今の俺がいる」

「――――うぅ」

「ダンツ?」

 

 きっと分かってない。伝わってくるのは目いっぱいの感謝の気持ちばっかりで、わたしと同じ気持ちには到底見えなくて。

 とんでもない子だ、この子。距離感が狂ってるって言葉は彼のためにあると思う。独りでも良かったとか言ったけれど、そんなこと言って色んな女の子狂わせたりして無いよね?

 

 浮かんでくるのはそんなむちゃくちゃな思考ばかりで。まるで言葉が纏まらない。

 

「へっ、ベタ惚れじゃねぇか」

「……正直、羨ましいです」

「一旦、言葉は無粋ということにさせてもらうよ」

「揶揄わないでよぉ…………」

 

 好き。大好き。恥ずかしくて口に出せないけれど、ずっと前から好きでした。

 

 こんなに燃え上がらせてどうしてくれるんだろうか。

 一生文通してくれないと許さないよ?




・朝比奈瑞葉
 滅茶苦茶端的に言うと才能を自覚したタイプのコユキ。冗談でも傲慢でも何でもなく高度情報通信社会の天敵。
 でも頑張った。すごくすごい頑張った。隣に居たかったから。何でもかんでも壊せる手で、大事な人と、その人が大事にしてるものを守りたかったから。
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