「皆と何も変わらない、誰かを愛する人間だ!」の魂をようやく理解した気分で書いてましたわ
書き上がるまでに1万文字3回くらい消したくらいには展開だいぶ迷いましたけれどブッ千切れば勝ちの精神で行きますわよ!
彼が自分と他人の間に壁を作っていたのは、あらゆるプライバシーを粉々にできるから。
幼い頃に抱いた自分と他者の間に感じた違和を「自分が怪物だから」という形で定義してしまって、それが歳を重ねて自分の才能を自覚するほどに膨れ上がっていったのだという。
もしも彼が叔母さんに愛されていなかったら。ほんの少しでも――――それこそわたしが抱いた“主役になりたい”という程度の想いでも――――自己顕示欲や承認欲求があれば、彼はまさしく怪物になっていたのだろうか。
嫌な予感を振り払う。それは“もしも”であって、今此処に居る彼には訪れない未来だから。
「……迷惑かけてごめん。奢りだ」
「お、サンキュ!」
「二度目、ですね」
「有難く貰っておくよ」
手渡された暖かいお茶のボトルを両手で包みながら、自販機の傍に5人で屯する。
あの後ポッケちゃん達が合流し、泣き腫らした目をしている瑞葉君を見てわたしが何かしてしまったのかとひと悶着。誤解を解くのにわちゃわちゃして、危うく彼をフったことになりかけた。
「それにしたって……お前、しんどかったならそう言えよ。そういうとこまでタキオンそっくりじゃねーか」
「……頭のいい人って、皆こんな感じ……なんでしょうか」
「おぅい聞き捨てならないぞ、私は彼ほど溜め込むタチでもないし踏ん切りは付けてたじゃないか!」
「えーっと、あはは……」
「いやだいぶ未練タラタラだったろ」
「……未練があったのは、ポッケさんもでは……?」
「ぬぐ……」
あのあと、3人とも、わたしとも彼は話をした。話を、してくれた。
言葉を理解するために必要だった過程。
発覚した才能と、それによる疎外。
家族を傷つけて、自分を怪物だと思い込んだこと。
「叔母さんを明確に傷つけたのはたった一度だけ。けれど、その一度だけで自分がどうしようもなく嫌になった。俺が怪物だから叔母さんは傷ついて、俺が怪物だからみんな離れていくんだって。そう思えば、幾らか楽だった……一種の逃避か防御反応だったんだろうな」
誰かに相談したところで理解されるはずもない自他の差異を押し殺し続けたこと。
わたしとの文通の最中にも、言えなかった想いが沢山あって。全部全部封じ込めて、圧し潰して、わたしを守ろうと必死だったこと。
「俺はダンツに文通しようって持ち掛けた。それはダンツが寂しそうだったからで……でも、実際はどうだったんだろうな」
本当に寂しかったのは自分だったのかもしない、と彼は自嘲する。
自分の才能とそれが負っていたリスク。その関係に私達の中で一番葛藤しただろうタキオンちゃんは、彼の事情を知ってもだんまりだった。知っても、というよりはどこかに共感できるものがあったからこそ口を挟まなかったのかもしれない。
カフェちゃんもそれは同じで、誰とも理解し合えない感覚というものにひどく痛ましいものを見る目を向けていた。時折視線を外して空を見ていたけれど、私たちの見ることのできない“あの子”に思いを馳せていたのだろうか。
「……あんま偉そうなことは言えねーけどよ。ぶつかんのも大事だと思うぜ、俺は」
ポッケちゃんはといえば、終始“言わなきゃ分かるわけが無い”というスタンスだった。
「言っても分からないからって言わなかったら余計わかんねーまんまだろ。それでギクシャクするくらいならキッチリ話し合った方がいい」
「……でも、迷惑だろ。人の愚痴なんて、聞いてて気持ちのいいものでもない。知らない方が良いことだって沢山ある」
「そりゃそうだ。でも一人じゃ抱えきれねぇから、そうやって泣きべそかくくらいキツい思いしてんだろ?」
ぶつかり合うことでいろんなことを分かり合ってきたポッケちゃんは、こういう時にとても強い。何度めげても思いのままに叫んで駆けて、そして必ず立ち上がる。
“俺は絶対立ち上がるから、お前もぶつかってこい”って、全身全霊で言ってくる。その在り方はすごく眩しくて、わたしも助けられた事がある。
でも、その眩しさに彼は尻込みしてしまう。ぶつからないために身を引く子だからだろう。やったことがない事をするのは、誰だって怖いから。
「それが出来たら苦労しないんだよ……君達みたいに、ぶつかることに慣れてないし」
「んじゃ慣れろ。俺らが練習台になってやっから」
「……しれっと巻き込みましたね」
「実験の邪魔にならない程度で頼むよ」
口では色々言いながらも、皆がしっかりと瑞葉君の目を見て笑う。それが何だか誇らしくて、こっちまで胸が暖かくなる。
君のことを見てくれる人は、受け入れてくれる人は沢山居るんだよ。君が全力でぶつかっても、それにきっと応えてくれる。だから怖がらなくていいんだよ。そういう想いを込めて、わたしも視線を合わせた。
そして、思いの丈を、ぶつける。
「あのね。わたし、君に応援して貰えて嬉しかったんだよ」
瞠目する彼と、はっきり視線が合った。
ただ一度ぶつかったくらいじゃ膿んだ傷口を癒しきれていないことがそれだけで分かってしまって、猶更言わずにはいられなくなる。
きっとこれは、今じゃないと届かないから。痛みが治まれば、君はきっと耐えて言葉を飲み込んでしまうから。
だから言うよ。君が分かってくれるまで。
何度拒絶されたって、同じだけ言い返すから。貴方もぶつかってきてって、伝える。
「今でこそ沢山の人に応援して貰えたけれど、それまではポッケちゃん達の影に隠れちゃってて。主役になりたくても、なれなくて。それでも、いつだって君が見てくれてるんだって分かったから、君のためにも頑張らなきゃって、何度も立ち上がれた」
震える喉を説き伏せる。
どれだけの人が見てくれているか分からなくても、君だけは絶対に見てくれてるんだって分かったから頑張れた。これは絶対に嘘なんかじゃないから。
わたしと似ているようでまるで真逆な、鏡のような人。声も顔も見れなくて、それでも繋がっているということがどれほど救いだっただろうか。
「わたしは、貴方に出会えて幸せだよ」
「……俺は、君に会って、たぶん不幸だった」
何かを堪えるように顔をゆがめたまま、吐き捨てるように“不幸”と言う言葉を投げ掛けてくる。
ドロドロに膿んで溜まった心に、火花が散った音がした。
「羨ましかった。恨めしかったよ。誰も彼もが競えば競うほど認められて、褒められて。そして歩み寄ってきて、自然と友達ができていく。何で俺がそこに居ないんだろう、何であいつらばかりそこに居られるんだろうって、そんな見当違いな嫉妬を抱えるくらい、寂しかった」
「……」
「いっそ独りになればいいのにって、何度も思った。独りにしてやろうかとも思った。俺なら出来るから、やってやろうかって……でも、出来なかった」
「ダンツが悲しむからか」
ポッケちゃんの真剣な声に、彼は緩く首肯した。
祈るように握った両手に手錠を幻視するくらい思い詰めた顔で、自分の想いを悔いている。
「ダンツが……あの日、引っ越しを寂しがっていたあの子が俺のせいで悲しむと思うと、何も出来なくなった。この汚泥のような感情を抱えたまま隠していれば、あの子はきっと笑ってくれると信じたかった。文通だって同じだ。少しでもあの時の女の子が寂しがると思うと、途端に筆を捨てられなくなった。もうこれ以上、誰かを傷つけたくなかった。誰かを傷つけるかもしれないってことに、俺が耐えられなかった」
守りたかったと何度も言ってくれたのは、傷つけたくなかったことの裏返し。ヤマアラシのジレンマに耐えられなかった男の子の、精一杯の意地。
誰よりも何よりも、彼は自分自身に失望していた。
「知らなければよかった。君達の事に無関心で居られたら、こんなにも悩まなくて済んだ。何もかも壊す怪物になって、やりたい放題八つ当たりでもして、そしてブタ箱にでもぶち込まれて終わっていられた。そっちの方がずっとずっと楽だったって思った……“悲しむかも”なんて都合のいい理由を見つけて崖際で足踏みして、他人を理由にして日の当たる場所にしがみ付いて、そして自己顕示のために顔を見せて上辺だけの言葉を吐いて、挙句気分が上がって傍に来て欲しいだなんて……どこまで浅ましくなれば気が済むんだろうな、俺は」
洗いざらい吐き出された本音は凄絶だった。
どうにもならない苛立ち、ぶつけようもない怒り、そして途方もない絶望。それら全てをぐちゃぐちゃに混ぜて焦げるまで煮詰めたような、怨嗟としか言えない言葉の数々。
暗く淀んだ瞳には、委員会室で見せた理知的で純粋な輝きは一つも無くて。深く深く押し込めたものが溢れ出した今の姿もまた、朝比奈瑞葉という男の子の姿の1つなのだと実感させられる。
「……君に抱き締められた時、俺は後悔した。こんな醜い生き物が人間の傍にいられる訳がないって。だから、正直今混乱してる……どうして俺を受け入れてるんだ?」
嫉妬、羨望、そして逆恨み。そんなものを抱えているのに、それを暴露したのに、どうして一歩も退かないのか、と。心底理解できないという顔で彼はわたし達を見てくる。競争を疎んでしまった彼と、競争に価値を見出したわたし達の断絶がそこにあった。
けれど、ねぇ。
言ったはずだよ、わたしだって完璧じゃないって。
何度でも言うよ、君は怪物なんかじゃないって。
「お前な、ンなもん当たり前だろ」
それをまず代弁してくれたのはポッケちゃんだった。
「さっきからウジウジ言ってっけどよ。結局俺が走ってきた理由だって突き詰めりゃ自分のためだし、そこんとこはお前と変わんねーよ。自分のために
腕を組んで、仁王立ちで。何か間違ったこと言ってるか、って全身で表現してくる。
そして、俯いていたカフェちゃんが、瑞葉君の顔を見て言葉を紡ぐ。
「私は……とうに終わったと……諦めそうになったことがあります。でも、たったひとつ。たった一人の言葉や存在で、人は立ち上がるんです」
「……ダンツにとってのそれが、俺だったって?」
「言った本人にとっては不本意でも……後に忘れてしまうほど自然に出てきたものでも……上辺をなぞっただけだったとしても。言葉を口にした本人ですら、どうにも否定できない。それほどの光で……誰かを照らしていることも、ありますよ。そういう人を……突き放すなんて、しません」
小さく呟かれた“トレーナーさんのように”という言葉は、彼には届いていたのかは分からない。けれど、伝えたいことは伝えたとばかりに小首を傾げて笑っている。
次いで口を開いたタキオンちゃんは、やれやれとでも言いたげに頭を振っていた。
「困った話だが、皆こうなんだ。やいのやいの言って、こっちが身を引いた理由を話しても聞いてるんだかいないんだか。何かと理由を付けては手を掴んで引っ張り出そうとしてくる。まったく、困った
「……」
「忘れた方がいいというのに、変わりゆくものを愛した方が建設的だというのに……わざわざ、忘れられないからと、進む足を合わせに来るんだよ」
ちょっと迷惑そうな顔で、腰に手を当てて笑う。そのままもう片方の手で自分の足に触れて、懐かしむように撫でた。
「たった一度、輝かしいと思えるものがあったから。そんな理由で、いつだって、ね」
「輝かしい……」
「月面に立っていれば月の輝きなど分からなかろうさ、そういうものだ。だからまぁ、諦めたまえよ。君がいくら自己の醜悪さを語ろうと、それで離れてくれるほど聞き分けのいい相手は
タキオンちゃんの内心を伺うことは難しい。けれど、その言葉は何よりも重く感じられて、目の前の新しい友達を受け入れようとしてくれていることだけは痛いほど伝わってきた。
そして、主役はお前だとばかりに3人の視線が集まっていて。だから、胸を張って、口に出す。
「君が分かってくれるまで何度だって言うよ。君は怪物なんかじゃない。わたし達とおんなじ、普通の人だよ」
ただ一言。そこに、“離れようとしなくて良いんだよ”“突き放さなくても怖くないよ”と、ありったけの想いを込めた。
取り繕ったうわべだけの言葉――――彼曰く、だけど。わたしはそうは思わない――――で、わたし達を傷つけまいと怯えなくても大丈夫。わたし達は、君が思うよりずっと強いんだよ。だから一緒に行こうって、手を伸ばす。
瑞葉君が言葉を聞き終えて、わたしの手を取ろうとして、また引っ込めてしまう。
見かねたポッケちゃんは彼の背中を強く叩いて――――
「ダンツのカレシなんだろ、シャキッとしろって」
「かッッッ!?!?!」
しんみりしていたところに爆弾発言がスッと入ってきた。何という事をしてくれたのでしょう。冬の空気で冷えた頬が一気に熱くなる。
「まだそういうのじゃないもん!!」
「“まだ”ですか」
「さっさと差し切りたまえよ、追込は苦手だろう?」
「そういう事言ってるとトレーナーさんの大逃げ喰らうよ」
「私でも泣くんだぞダンツ君」
いじわる言うタキオンちゃんなんて知りません。
さっきまでの重たい空気が一瞬で霧散してしまって、またいつもみたいにわちゃわちゃ。そうしていると、瑞葉君が耐え切れないとばかりに噴き出した。
「……ふ、く、はは、ははは…………」
さっきまでの空気が吹き飛んでしまった中で、彼の笑い声が響く。
「……強いな、君達は」
そして、わたしたちをそれぞれ見て、さっきのタキオンちゃんみたいに困ったように笑った。憑き物が少しだけ落ちたような、そんな顔だった。
ふと、彼はコートのポケットに手を入れる。取り出したのは何の変哲もないスマートフォン。起動した緑色のアイコンのアプリケーションは、わたし達も見慣れたもので……
目を閉じ、悩むこと数秒。深呼吸の後に彼は画面を操作して、誰かのアカウントを登録した。
途端、共鳴するように震えた私のスマホ。通知を見て、そこに表示されたローマ字を読み上げれば、誰の仕業かなんて一目瞭然で。
「その、やっぱり連絡取れないと、不便、だから……」
「~~~~っ、うん! えへへ……!」
「んだよ、仲間外れたぁ良い度胸してんじゃねぇか」
「いや、そういうつもりじゃ」
「グループに放り込みたまえよポッケ君。私も彼には色々聞きたいことがあるからねぇ、予定の把握に使わせてもらうよ」
「……自分で、やってはどうですか……?」
ぴこん、ぴこんと音がして送られるスタンプと登録の音。それがなんだかとても嬉しくて、二人揃って笑い合う。
そのとても簡単な行いに、彼がどれほどの勇気を振り絞ったのだろうか。
今の彼にはこれが精いっぱいなのかもしれないけれど。これからもっといろんなことを知っていくための一歩目を踏み出せた、そんな気がした。
ふと、ポッケちゃんが瑞葉君の方を向いた。
「そういやお前、クリスマスのパーティー出んのか?」
「……ダンツから誘われた、けど……どうしたものかな、って」
クリスマスのパーティー。今回は皆参加する予定になっていて、それぞれで交換する用のプレゼントも用意したりしていた。
けれど、瑞葉君から飛び出した言葉に、皆が凍り付くことになる。
「……クリスマス、楽しみだったことないから」
◇
「それにしても、君が中央にそこまで思い入れがあったとは思わなかった」
「……私とて思い出が無い訳ではない」
宛がわれた寮の一室で、画面越しに見聞きする言葉と表情に思わず言い返す。だが、向こうは苦笑しながら頭を振った。
「冗談だ。甥っ子のためっていうのは聞いているが……わざわざトレセン学園に腰を落ち着ける理由もなかっただろう? 外部協力者でも良かったはずだが」
「あぁ、それか」
確かに、わざわざスタッフの席に捩じ込む必要はないと言えばない。加えてこの足だ、中央には嫌な思い出があると取られても仕方がなかろう。
「なに、ただの親心だ」
「かつての君が聞いたら白眼視しそうな言葉が出てきたな」
「やかましい。これでも自覚はあるんだから放っておけ」
僅かに冷めて渋みの残る紅茶を口にする。瑞葉が淹れてくれたのと同じ方法で作ったはずなのに、どうにも飲み物はうまく淹れられない。
私は、親としては三流だろう。自分が育児に向いているなど欠片も思ったことは無いが、その中でもいっとう質の悪い部類だと自認している。向いていないことを分かったうえで、ではどう改善すればいいかがまるで分からない。金を稼いで衣食住を何とかしてやるくらいしか思いつかない。
だからなるだけあの子の傍にいた。あの子の異常性を目にしても驚きはしなかったが、膨らむ嫌な予感を振り払い続けた。
「“自分は人間ではないのか”……そう瑞葉が言ったとき、私は否定できなかった。あの子が人外の才覚を有していることを否定するのは、あの子自身を否定することだからだ」
「……」
「確かに人間業ではなかろう。そうでなくとも、文字より先にプログラミングを覚える奇天烈な子供など聞いたことがない。だが……どうすれば、よかったんだろうな」
甥のことを肯定し切れなかった自分を、今も後悔し続けている。
人であると言えば、彼の才覚を拒絶することになる。怪物だと言えば、あの子はきっと人としての倫理を捨ててしまう。どちらにしても突き放す選択肢にしか思えなくて、答えもないまま抱き締めることしかできなかった。
「……私には合わなかったが、瑞葉をここに居させることが出来れば……あの子が、自分を怪物だなどと言わずに済む日が来るんじゃないかと期待した。……そういう風に悩ませた発端が私である時点でとんだマッチポンプだ、下劣にも程がある。ただ自分が楽になりたかっただけの、最低な大人だ」
口を湿らせた渋みを潤滑剤にして事実を絞り出す。私は私の責任から無意識に逃げたくて、ここに来たのだろう。特別な場所である
そう告げると、海の向こうの昔馴染みは深いため息と共に頭を抱えた。何だその“駄目だコイツ”と言わんばかりの顔は。
「ライラ、お前は少し難しく考えすぎだ。昔っから理屈っぽかったが、最近悪化してるぞ」
「そんなことは」
「ある」
「ぬ……」
お前が楽観視しすぎなんだ、と言いそうになって止まる。口から出まかせにも程がある。こいつほど先を考えていた奴は居ない。後先考えなかったのは私の方だ。
「なぁライラ。お前が思うほどお前は悪い親じゃない。もっと肩の力を抜いて良いんだ」
「……そういう訳にはいかんだろう。あの子自身が道を選んだのが発端だとしても、才能を伸ばす形で育てた責任は私にある。たとえ誰がどう言おうとあの子に怪物だと言わせたのは私だ」
「頑固だなぁ電卓女!」
「何だとこの西洋かぶれ!」
思わず暴言が飛び出して、お互いににらみ合う。昔はこうして何かある度に言い争いになって、私が退学するときにもひと悶着あった覚えがある。
居住まいを正した旧友は、意志を宿した瞳で此方を見据えて言葉を紡ぐ。
「ライラ。君は自分を甘く見積もりすぎだ。たとえどんな道を辿ろうと、君の甥は本当に怪物になんてならなかった。君がいる限り、彼はいつだって人のままでいられたはずだ。君が傍に居たから、彼は今の彼で居られたんだ」
「ふざけるな。その私が一歩間違えれば、あの子は本当に化け物になっていたんだぞ。
声を荒げて椅子から立ち上がる。冬の寒さに痛む足で転びそうになるのを堪えて机にしがみ付く。
私のせいだ。私があの日、否定も肯定もしなかったから、あの子は自分を怪物だと思うしかなかった。怪物だと思い込むことで自身を繋ぎ留めた。
「ライラ、落ち着け」
「落ち着けだと? 落ち着いて居られるか、
私が選択していればあの子が苦しむ必要なんてどこにも無かったんだ。私が選んでいれば全てが私のせいになるから。そういう風に育てた最低な親の責任にして、私が全てを背負ってあの子を自由にしてやれたはずなのに。
「持って生まれた才に付随する責を子供が全て背負うなど間違っている! それをまず背負うべきは親だ、家族だ、そういう風に育てた大人だ!! その後腐れを全て他人に、それも自分より一周りも二周りも若い子に任せて眺めているなど無責任にも程が――――!」
「ライラ!!」
「……ッ、お前に、何が分かる! 賢く強いお前に、真っ当な保護者が出来たお前に、最善手を選び続けられたお前に!!」
「俺だっていつでも最善だった訳じゃない! ……お前が知る以上に失敗して、後を託しただけだ」
「……」
「とにかく落ち着け……どうにも、お前は甥の事になると突沸する。美徳だが、同時に欠点だぞ」
分かっている、はずだ。
あの子を守ろうと必死だった。
当たり前の幸せを知って欲しかった。
あの子を形作る物を何一つ否定したくなかった。
ただ自分をあるがままに認められるようになって欲しかった。
だが、それで? 何をしてやれた?
結局何もしてやれなかったじゃないか。傍に居てあげたなどと妄言も甚だしい。やっていることは
「……お前がどう思おうが勝手だが、私は最低の親だ。あの子を苦しめることしか出来なかった……事実は、事実だろう」
「そう思うなら、今一度ちゃんと話すべきだと思うけれどね」
呆れたような半眼と共に旧友はパソコンを操作する。同時、私の元へと届くSNSの通知。
画面に表示されたのはイベントへの招待のメッセージ。内容はクリスマスに開催予定のパーティー。理事長からデビュー前のウマ娘まで、様々な人同士の交流の場として開こうという魂胆らしかった。
「私もその日は行くつもりだし、君の甥っ子も出てくるらしい。……いい加減、自分が愛されていた自覚を持て」
「有り得ない」
「それこそ有り得ない。お前から聞いただけの俺ですら分かるぞ。そろそろその御大層な仮面を脱いで、ありのままに接してこい」
「……」
昔から口論は多い方だったが、こうまで突っ掛かられたことはあまり無い。そして、こいつがいやに食って掛かるときは大抵私の方が間違っていて。
であればきっと、今回もまた私が致命的に間違えているのだろうと――――無理矢理に、渋々に――――納得して、招待に参加の返答を返した。
「そういえば君、ドレスは持っているのかい?」
「いつもの
「せめてあの辛気臭い枯草色のコートはやめなよ? 昔から喪服みたいでセンスが無いんだから」
「何だと西洋かぶれが」
誰が喪服だ。昔から事あるごとに人のセンス莫迦にしやがって。
◇
【良い点取れた!】
【お疲れ様】
【結局数学はミズに泣きついたもんな】
【ご迷惑をお掛けしました】
【役に立てたようで何より】
あれから4日ほど。学期末のテストが採点される頃には、瑞葉君は学園に馴染み始めていた。ポッケちゃんたちとのグループにも招待して、ミズなんてあだ名で呼ばれるくらいには受け入れられている。
返信は端的だけど、タキオンちゃんが似たようなものだから皆気にしない。あれだけオンライン上でのやりとりに対して恐怖を抱いていた彼も、少しずつ慣れてくれているような気がした。
【――――について聞きたいことがある。紅茶の用意を頼むよ】
【自分で淹れなよ】
タキオンちゃん以外にもいろんな人と機械関連の話をしているみたいで、委員会室には必ず誰かしらが訪れていた。
それ以外でも結構自分から関わりに行っているようで、交友関係も広がってきている。あれだけ寂しいと苦しそうに吐き出した彼にもたくさんの繋がりができているようで、それが嬉しかった。
『トレセン学園ラーメン同好会って良いと思わない? 騎士様』
『……ごめん、何がどうで何だって??』
留学生の子に随分気に入られたり。
『ミズちー!! アンタから教わったとこ全部解けた! これ見て! 赤点回避!! トレーナーに褒めてもらえた! マジありがと!!』
『判ったから落ち着いて、って教えたところ以外△だらけだな……』
何やら勉強を教えたらしく、鼻息荒くテスト用紙を見せに来ていたり。
『3vs3でバスケットボールをするのだけれど、参加しませんこと?』
『君絶対俺のこと徹底マークするだろ……内訳は?』
バスケに嵌まったらしく事あるごとに勧誘されたり。
『朝比奈さん、この間の本、同じ作者さんの作品が今度図書室に入るんですが……』
『……そういえば、あの本以外読んだことなかったな。今度読んでみる』
SF作品の話で盛り上がったり。
『オイ、ここのコードどうなってやがる。突然出鱈目になるじゃねェか』
『侵入されると急所になるからわざとスパゲティにしてある。稼げる時間は1秒もないけど、区画ごと遮断させるなら十分な時間稼ぎだ』
専門知識で話を弾ませたり。
『へへ、此処ならバレませんね~……って朝比奈さん? 一体何をしてるので?』
『君のトレーナーに通報してる』
プールが嫌すぎて逃げたミラ子先輩を捕獲する罠になったり。
本当に、ほんと~~~~~~によく馴染んでいた。
「…………楽しそうだね」
「君は楽しくなさそうだね」
楽しくないというか、面白くないというか。
わたししか知らなかったはずのいい所がみんなに知られていくのが嬉しいのに嬉しくない、みたいな。わたしは今やきもちを妬いています、みたいな。
お昼時にそんなことを考えてむくれた顔で見ていると、彼は困ったような顔で二人分のデザートを持ってくる。
カフェテリアのスタッフさんにあらかじめ頼んでいたらしい牛乳プリン。テストが終わった軽いお祝いにと準備してくれていたのだという。
「ほら。ダンツ、こういうの好きだったろ」
「モノで機嫌が治ると思われてるの、なんかやだ」
「いらないなら二つとも食べちゃうけど」
「……いる」
受け取って、そのままパクつく。頬が緩んでしまうのは好物だからか、それとも彼から貰ったものだからか。なんだか餌付けされてるみたいで複雑な気分。
「君のトレーナーさんにはあらかじめ相談してOK貰ってるから、カロリーの方は心配しなくていい」
「女の子に振る話題じゃないよ」
「女の子である前にアスリートだろ、君」
苦笑しながらそう言われるけど、そういうことじゃないんです。わたしだってカロリー気にせず食べたいときは有るんです。そこのところ気にしないでカロリーガツガツ摂っては頭で全て使い切る貴方が羨ましいとか全然思ってないです。思ってないったら思ってない。
話が逸れた。わたしは今拗ねているんです。
「埋め合わせを要求します」
「今したじゃないか」
「足りません」
「我儘だなぁ」
苦笑して、どうしたものかと悩む彼。そんな『わたしの事を考えてくれている姿』にちょっといけない優越感を覚えてしまう自分にもやもやする。それを振り払うように、話題を投げ掛けた。
「委員会の仕事の方はどう?」
「これといって特に。というか、忙しくなる方が困る仕事ではあるから」
有事の際は彼のスマホやパソコンに通知が飛ぶようで、そういう時は入口の扉に立ち入り禁止の紙が貼られるらしいのだけれど、今のところはそんな様子もなく。休憩室の代わりに色んな子が立ち寄ったり、コンピューター関連で質問を受けて課外授業をする余裕もあるくらいなのだという。
「なら、クリスマスパーティー、参加できそうかな?」
「……そう、だね」
複雑そうな顔で彼は沈黙する。頭を過るのはあの日の言葉。
クリスマスを楽しみだと思ったことが無いというそれ。
頭の良さでサンタクロースという存在の正体なんて当たり前に理解して、そもそも欲しいものという概念すら希薄だった彼にとってクリスマスは“何かを祝う日”ですらなくて。周囲が何かソワソワとしている、程度の日でしかなかったらしい。
「……結局、俺にとってはどうでもいい日でしかなくて。一人だけそんな奴が居てもな、って思っちゃって」
「……わたしは、参加してくれると嬉しいなって思うんだけど」
「もちろん、出るには出るつもりだ。けど……」
顔に浮かぶ怯えと疎外感。どれだけ交友関係が増えてもそれは簡単には消えてくれないみたいで、ふとした瞬間に何かを堪えるような顔をすることが増えていた。
そんな表情が堪らないとばかりに声をかけたり世話を焼いてくれる子も増えたのは良い事なのか悪い事なのか。私的にはとても都合の悪い事なんだけれど。ちょっと威嚇したい気分にもなるけれど。でも我慢します。それで彼が学園を好きになってくれるなら。
閑話休題。
けれど、と言葉を置いて沈黙してしまった彼。早めにプリンを食べ終えてしまったわたしは、その続きをただじっと待つ。
「……やっぱり、何でもない」
「……そっか」
あの時のようにはいかず、彼は言葉を飲み込んでしまった。
難しいな、と思う。トレーナーさんと話していた時は向こうから踏み込んでくれたから話すことが出来たけれど、今度は私が自分で踏み込まないといけなくて。その加減がまだ分からないから、あの日の帰り道のように“今じゃないとダメなんだ”って思えないと躊躇ってしまう。
ポッケちゃんならこういう時どうしたのだろう。ミラ子先輩だったらもっとうまく歩み寄れたのかな。あるいは、トレーナーさんだったら。そういう思考がぐるぐると回って分からなくなってくる。
「……ねぇ」
「どうした?」
けれど、彼の目を見た途端にそれが弾けた。問わなければいけない気がした。
「瑞葉君はさ、好きな食べ物ってなに?」
「……え?」
「私は牛乳を使ったのとか、チーズとか。あとオッチャホイ!」
「……あ、あぁ、知ってる。というか、知った」
「君は?」
どうしたらいいかの前に、相手の事を何にも知らないと気付かされた。それじゃ何をして欲しいのかもまるで見当なんてつくはずなかった。歩み寄ろうと焦るばかりで、その方法を間違えそうになっていた。
ひとつずつ、小さなことでもいいから。そのための問いかけ。
「……食べ物、食べ物、かぁ……味噌汁?」
「何の味噌汁?」
「え? えぇと……ジャガイモと、玉ねぎの入ったやつ。叔母さんが、よく作ってた、から、かな」
「ふんふん、他には?」
「……梅干しのおにぎりと、炒めたウインナー……かな。よく、夜食で作ってもらった」
「あぁ~ぜったい美味しいやつだぁ……夜にああいうの食べる時ってなんであんなに美味しいんだろうねぇ……」
「意外だ。そういう間食とか、けっこう厳しく縛ってると思ってた」
「う、わ、わたしだって育ちざかりなので! お腹が空いちゃって眠れないことだってあるんです」
「そしてトレーナーさんに怒られたり?」
「実は一度も無いんです! ちょっとした自慢だよ」
「体重管理しっかりできてて偉いな」
「……えへ、えへへ」
ほめられちゃった。嬉しい。好き。
違うそうじゃない。
もっと話したい。彼の事、もっと知りたいんだ。一つずつ、少しずつ。トレーナーさんがやってくれたみたいに。
「そういえば、この前話してたシューズって買ったの? 最近バスケットボール結構やってるみたいだけど」
「あぁ……買おうかな、とは思ってる。バスケ用というより運動用って感じだけど。流石に仕事用の内履きで走り回るのはな……」
「なら、明日行こうよ! トレーニングもお休み貰ってるから!」
「あ、明日? 予定次第だけど……やりたかった事とかあるんじゃ」
「埋め合わせだと思って、ね?」
どうかな、と聞くと少し悩んでからスマホを取り出した。
幾らかの操作をして、通知を知らせる振動と音。少し前に見せてもらったことがあるけれど、彼は登録している人数がとても少ないから誰に連絡して返事をもらったのかそれだけで分かってしまう。
「大丈夫だって。行こうか」
「うん!」
お互いに笑い合った瞬間、鳴り響く予鈴のチャイム。もっと聞きたいことはたくさん浮かんできたけれど、時間切れ。今日も今日とてわたしはトレーニングがあるので行かないといけない。
「それじゃあ、明日寮の前に迎えに行けばいいかな」
「おねがいします!」
「了解。トレーニング頑張れ」
瑞葉君も席を立ち、食器を片付けて去っていく。
明日の前にまずは今日を頑張らないと。
「…………あれ?」
「どうしたのよダンツ」
アップが終わった頃。ふと、ほんの数十分前の会話を思い出す。
お休み。二人きり。待ち合わせ。
……これは、あれなのでは?
「……トレーナーさん。お話があります」
「聞きましょう」
真剣な顔で、トレーナーさんと向き合う。
考えれば考えるほど心臓がバクバクしてくる。レース直前みたいに思考がいやに澄み渡る。でもどうすればいいのかさっぱりで、トレーナーさんに助けを求めるのに躊躇が無かった。
クリスマスパーティーが彼を受け入れてもらうためのものであるのなら、わたし自身の正念場はきっとここだ。
「お…………ッ」
「お?」
「男の子が好きそうな服……知りませんか!?」
「――――任せなさい。火を点ける時が来たわね」
言うや否やタブレットを操作し、何処かへ連絡を飛ばし始めた。そして一通り処理し終えると画面から目を離し、わたしへと再び向けてくる。
「今日のメニュー、ちょっと詰めて早めに切り上げるわよ。応援も呼んだから、バッチリ決めて備えましょ」
「~~~~っはい!」
男勝りという言葉そのままの笑みで肩を叩いてくるトレーナーさん。
そうして始まったトレーニングは、お互いにいつも以上に熱が入っていた。
【ダンツから明日二人で出掛けないかと言われた】
【行ってきてもいい?】
甥から送られてきたメッセージで紅茶を盛大に噴いた。早い。早すぎる。義娘と顔を合わせる覚悟など私はまだしていないぞ。
「落ち着けライラ」
「そうだな。ところでご祝儀というのは幾ら包めばいいんだったか」
「何を言ってるのかさっぱり分からんがとりあえず財布から手を離せ」
ぴこん、と追加で鳴り響いた通知音に耳が跳ねる。
慌てて確認すれば“予定があるなら諦める”という言葉と、もう一つ。
「すまない、急用が出来た」
「ああそうだな。とりあえず席を立つならマウスから手を離そうか」
「
「1ミリたりともそんな話はしてないぞ、おいコラ待て通話繋ぎっぱなし……ああもうあのポンコツ電卓女!」
待っていろ瑞葉。お前の未来は私が――――否、
だから、私は私にできる精一杯のお節介をするとしよう。
スマートフォンを操作して返答を打ち込む。
【行ってこい。予定は今亡くした】
【ありがとう。でも誤字してるよ】
【今から間違いじゃなくなる】
「仕事の時間だ」
とりあえず今しがた通報のあった
リアスライラのヒミツ
実は、意外とドジ。
朝比奈瑞葉のヒミツ
実は、結構緊張している。
ダンツトレのヒミツ
実は、「ダンツを応援する会」という秘匿チャンネルを持っている。
ダンツのファンのヒミツ
実は、文通相手の男の子が居るというのは割と周知の事実。
次回、決戦と書いてデートと読む。
クリスマスまでにはブチ上げていきますわよ!!