――――男の子が好きそうな服とは、一体何か。
ミーティングルームに召集されたダンツとそのトレーナーを含む6名は、一様に考え込んだ。
「ズバリ足がガッツリ見える奴だろう。私のトレーナーもケイちゃんのトレーナーも足をチラチラ見てるから間違いない。悩殺だ。直球で行け」
「のッ!?」
「えっ、えっ!?」
第一声はカルストンライトオ。直線狂いが吐き出す火の玉ストレートは一切の容赦がなく、ついでに二人のトレーナーの尊厳が
提案と共に提示してきた画像はホットパンツにロングブーツを合わせたものと細身のパンツで下半身のスタイルを強調したものの二つ。対極的ではあるが“足を強調する”という点においては共通している。
敢えて欠点を指摘するのであれば体の線を強調する服装であるため防寒性に乏しく、冬真っただ中の気候では我慢を強いられる点だろうか。ウマ娘の身体機能を鑑みれば誤差の範疇ではあるが。
「惜しい事だがダンツフレームの曲線的スタイルなら猶の事効果的だろう。本当に惜しい事だが」
「歯ぎしりするほど…………??」
「これでビリーヴのような直線的スタイルであれば破壊力は100倍、否ッ直線的に111倍だったというのに……!」
「しれっと同期を刺しに行ったね」
「悪気はないし本当に似合うと思ってるのがタチ悪いところですね」
投げ続けるストレートはデッドボールで3アウト。本人的には悪気はないどころか本気で褒めちぎっているつもりなのだが、仮にこれをビリーヴが聞いていたら殴り飛ばしていただろう。残念ですらなく当然である。
言いたいことは言い終わったのかそのまま席に座り直し微動だにしなくなるライトオ。視線は他5名に向けられており、“私は提示したぞさっさと他の案も出せ”と雄弁に語っている。口を閉じて不動であるというのになぜかやかましい。
「はいはーい、じゃあ次は私で~」
打って変わって自称普通のウマ娘ことヒシミラクル。GⅠという大舞台を勝利する普通とは何なのかというのは今は置いておこう。此処に居るのは後輩の恋路を本気で応援する普通の女の子である。
スマートフォンを操作し提示したのは、ライトオの案とは正反対のものだった。
ややだぼついたタートルネックのセーターにくるぶしの少し上まである厚手のロングスカートを合わせている。体格が小柄だと可愛らしい印象を与えるが、ダンツフレームのスタイルであれば大人っぽさも引き出せるだろうというのが彼女の弁。
「ダンツちゃん、こういうの似合うと思うんよね~。背丈があってスタイルも良いからシルエットが大きくなりがちなやつもいけるはず! 大人の女性なふわもち包容力で必殺って寸法ですよ~?」
「ほ、包容力って……」
「一理あるわね」
「トレーナーさん!?」
休憩時間にはヒシミラクルと一緒になってダンツの頬を突いているもちもち好きことダンツフレームのトレーナーが出してきたのは、丈が短めのワンピースにカーディガンを合わせたもの。秋にヒシミラクルが購入した服に比較的近い構造だ。
足元は敢えてスニーカーになっており、冬場でも活動的に見せるデザインとなっている。
「ライトオちゃんに同意するんだけどやっぱ足だと思うのよね。胸はまぁ当たり前だからこの際投げるとして、男も女も絶対領域には弱い。というか私が弱い」
「流石だダンツトレ。お前なら分かってくれると思っていた」
「8割方トレーナーさんの欲望っ!!」
「なら、おれはこれを」
先陣を切った3名のお陰で緊張が解けたのか、少し遠慮がちながらも意見を提示してきたケイエスミラクル。
ライダースジャケットにセーターと淡い色の花柄スカートを合わせたそれは、ダンツフレームの私服に比較的近いシルエットになりながらも華やかさを演出するものに纏まっていた。
「普段から着慣れてる服に近いシルエットだから、あんまり気負わずに動けるかなって思って」
「いい視点ね、さすがケイちゃん」
「周りをよく見ている。流石ケイちゃん走りのように真っ直ぐな優しさ」
「あはは、ありがとう……?」
「でも話が早くないのは直線的に減点だ。ケイちゃんはセンスがいいからもっとバンバン喋っていい。というか喋れ、話が遅い」
「全部言わないと気が済まないの!?」
まったくもう、とむくれて腕を組み、そのまま考え込むデュランダル。一応彼女も案自体は持っているのだが、それよりも気に掛かる事があるのか黙り込んでいる。
「おいデュランダル、言いたいことがあるならとっとと言えまどろっこしい」
「う、うるさいわね、言われなくても分かってるわよ!」
「そんなんだからトレーナーにいまいち理解してもらえてないんだ。最短で行け最短で」
「余計なお世話よ!」
それを見咎めるのがカルストンライトオ。どんな時でも直球勝負容赦なしのライトオの言葉はナイフの如く鋭い。
それはさておき、デュランダルは咳ばらいをして居住まいを正してから口を開く。
「逆に、いつも通りの服装に何かを足すのでもいいのではないかしら。彼、ダンツフレームさんの私服って見たことないでしょう? 話を聞くに結構な気にしいのようですし、あまり気負わせるのもいかがかと」
「あっ、そっか……」
盲点だったとばかりに全員が黙り込んだ。
今の今までダンツフレームの私服を見慣れているという前提で5人はコーディネートを考えていたが、それはあくまで各々が普段からダンツフレームと直接顔を合わせているから。彼にとっては普段の私服も初めて見る姿であり、ゆえに無理をして見繕う必要もないといえばない。印象を残すことを目的とするのなら猶の事今回に関しては考えるほどの事でもなかった。
「意識の外だったわね。文通だけの関係だったからテレビに映る姿以外は見たことが無いんだ」
「ならば話は早いな。いつも通りで行け。そして次の約束を取り付けてお洒落するでターンエンドだ」
「勝手に締めないの! ……とはいえ、まぁそういう事です。せっかくのお出かけなんですから、緊張しすぎたり相手に引け目を感じてしまうよりはお互いリラックスできる方がよろしいかと」
「そうだねぇ~……あんまり気合入れすぎると、次のハードルも上がっちゃうもんね」
「敢えて普段着……ルビーにも教えてあげようかな……」
「その、皆ごめんなさい。せっかく集まってもらったのに……」
「いいよいいよぉ、気にしてないし、結構楽しかったし」
「おれも、あんまりああいう話ってした事無かったから新鮮だった」
「ご武運をお祈りしていますわ」
「ぶっちぎってこい。可能ならば婚約まで済ませて結果を報告しろ」
結局のところ作戦会議は“いつも通りを貫け”で締められることとなり、時間ギリギリまで駄弁って解散する運びと相成った。合唱コンクールを始まりとして繋がった彼女達は今日この日が来るのを今か今かと待ち続けた者達のうちの一握りであり――――特にライトオは常に突撃寸前だったが理性で耐えていた――――ダンツフレームの幸せを願い、あわよくば恋路の先達として何かしらアドバイスを貰おうと割とちゃっかりしている面々でもあった。
なお、ライトオはとうにトレーナーへ婚約届を突き付けて二十歳まで待つという言質を取るところまで行きついている。後に発覚した際裏切り者を見るような眼をされるも「さっさと行動しないお前たちが遅すぎる」とまたしても火の弾ストレートを放つのだが、それはまた別の話。
「ミラ子先輩~! 後ろとか髪の毛とかだいじょうぶですかねわたし!?」
「ふぁ……だいじょうぶだって~。ダンツちゃんはいつでもかわいいよぉ…………」
「う、えへへ……ってそうじゃなくて、あうあう……!」
翌朝。
いそいそと支度を整えたものの、緊張のあまり細かい部分を延々と気にしてしまい寝惚けたヒシミラクルに助けを求める姿があったそうな。
「――――おっ、お待たせっ……!」
紆余曲折あり、慣れない服や靴で要らない緊張をするくらいならといつもの外行き用の私服を身に纏い、ワンポイントかつお守りとしてトレーナーから預かったネックレスを掛ける。
そして、昨晩突然現れたスティルインラブから手渡されたレースの手袋を着けて、ダンツフレームは瑞葉の前へと現れた。
――――誰かを愛する方というのは、応援したくなりますから。
囁くような、けれど強い意志と透き通るような善意のある言葉と共に渡されたそれ。一目見ただけで高いと分かるものなだけに彼女は尻込みしたが、どうか使ってあげて欲しいと懇願するように押し付けられている。
その裏にはスティルインラブと瑞葉の邂逅が関わっているのだが、殊この場においては無粋であるため割愛しよう。醜く悍ましいと卑下し絶望した自分自身を認めてもらえた者同士の友情がそこにあった、それだけの話である。
「そんなに待ってないから大丈夫」
「そういうときは“今来たとこ”って言うの」
「嘘はダメだろ」
「そういう問題じゃない」
「じゃないのか」
閑話休題。そうして完全武装ダンツフレームと化して出陣した寮の前で、瑞葉はいつもとあまり変わらないビジネスカジュアルの服装のまま待っていた。しかし、首元に掛かっているものだけはダンツフレームも見たことが無いものだった。
銀色のチェーンに繋がれた2枚の小さな金属板。ちらりとみえたアルファベットは瑞葉ではなく叔母であるリアスライラの名前。それに気付いてか、彼は金属板を手に持って見せてくる。
「認識票、スラングでドッグタグなんて言われることもあるやつ。叔母さんがお守り代わりにって今朝渡してきた」
「お守り……えへへ」
自分を見守ってくれた人から、同じようにお守りとして首飾りを渡されている。そんな小さな共通点すら嬉しくてダンツフレームは頬が緩んでしまう。その様を見てどうしたのだろうと言わんばかりに首を傾げる瑞葉。
ふとダンツフレームが視線を感じて寮を見上げると、少なくない数の好奇の視線が突き刺さる。
ダンツフレームの同室であるヒシミラクルから始まり、果てにはフジキセキやエアグルーヴに至るまで、ありとあらゆる面々から真剣に見守られていた。
その事実にダンツフレームは顔が沸騰するほど熱くなるも、同じように視線に気づいた瑞葉が驚くほど穏やかな顔で笑っているのに気づく。彼が手を振れば、視線の主のうちの何人かは笑って手を振り返していて、それの意味するところに安堵を感じていた。
「寛容過ぎるな、この学園は」
「君がいい人だって、みんな分かったからだよ」
「裏に何を抱えているか分からなくてもか?」
「そんなの関係ないって、何回でも言う」
諦めたように笑って、そしてもう一度ダンツフレームと目を合わせて。
そして、一歩を踏み出す。
「それじゃ、行こうか」
「うん!」
これからこんな時間を積んでいけるのだと。
そんな些細なことが、今の二人はどうしようもないほど幸せだった。
「これとかどうかな。底が厚めだから足も疲れにくいと思うんだけど」
「指先がちょっとキツいな……もう少し幅のある形の方がいいかな」
まずは本来の目的たる運動用の靴を求めて、スポーツ用品店で買い物。靴の形状とデザインを両立するとなるとそれなりにちゃんと選ばなければならない。瑞葉は“履けるなら何でもいい”とは言ったものの、足が重要なアスリートであるダンツフレームとしては履き心地の悪いもので靴擦れを起こすなどして欲しくないと相応に真剣な表情で靴を吟味している。
ふと、瑞葉は展示されている見本を見つめる彼女を見て笑う。何だろうと思ってダンツフレームが聞くと、ごめんと前置きをしてから口を開く。
「俺の買い物なのにダンツの方が真剣なの、なんだか可笑しくて」
「む……ウマ娘でなくても足は大事なんだよ?」
「分かってる。だからごめん、って言ったんだ」
そう言いながらも笑いを堪え切れないとばかりに噴き出す姿は、かつての日に見せたようなヘドロじみた悪感情の噴出とはまるで別物。心の底から今この時間を楽しんでいると一目で分かるもので、それ故にダンツフレームも顔を綻ばせる。
「……ほら、君が使うものなんだからちゃんと自分で選ぼ? でないと私の好きなデザインで決めちゃうよ」
「君のセンスなら平気だと思ってるんだけど」
「むぅ、そういうことじゃない!」
「ごめんって」
これほど自分のためのものに時間を掛けたことなどあっただろうか、と瑞葉の思考は回り出す。欲求というものが薄く、叔母に何かを強請った覚えというものが極めて少ない彼にとって、私物などそれなりに使えれば後はどうでも良かった。
誰かと一緒に物を選ぶこと。相手の意見と自分の意見を織り交ぜること。そうして出来る無形の織物こそが“愛着”なのだろうと、生まれながらに人心を欠いてしまった少年は遅まきながらに理解する。
生まれながらにして電子の怪物であった彼の側面はそれを“圧倒的な無駄”と断ずる。不要物としての廃棄を提言する。だが、その無駄を捨ててはならないと叫ぶ心が、瑞葉の中にはちゃんと存在していた。
しばらく悩んで、ようやく気に入った一足を選び購入する。付き合ってくれた礼を告げた後、瑞葉は遠慮がちにダンツフレームへ提案する。
「その、この後の予定って大丈夫?」
「うん、平気だよ。何か欲しいもの、思いついた?」
「そういうわけじゃないんだけど、もう一つ付き合って欲しいものがあるんだ」
自分じゃよく分からないから、と前置いてスマートフォンを取り出す瑞葉。リストアップされていたのはハンドクリームやマニキュア、口紅などおよそ女性に贈ると思われる品々の名前や品目そのもの。
「叔母さんに何かあげたいなって思ったんだけど、やっぱり同性のダンツからも意見貰った方が良いかなって思って」
「……」
「どうした?」
ダンツフレームとてその感情が分からない訳ではない。むしろそういった感謝の念は人一倍強いといえるだろう。だが、どれだけ普段の気性が穏やかでも彼女もまたレースに身を捧げたウマ娘。競争心という点においてはやはりトップクラスであり、
だが、果たしてそれが相手へはっきりと伝わっているのかは別の問題であり。嫉妬を向けられた本人はなぜ急に不機嫌になったのかを真剣に考えて首を傾げていた。
◇
「……ものすごい、いっぱい、なんだな」
「どうしよう、キャパオーバーしちゃった……!」
ダンツフレームが知る限りの店を見て回り、最終的に意味も込めてハンドクリームを選んだ瑞葉。しかし、その代償として興味を示したことのなかった物を見たことも無い品数で見せられ瑞葉の脳はショートした。リアルDDoS攻撃である。
彼の脳が特化しているのはあくまでも電子上のものであり、読書がそうであったようにアナログなもの、現実的な物事の処理というのは苦手だ。とはいえそれも人間である以上慣れというものは存在しており、それを踏まえて物品の4つ5つなら問題ないだろうと高を括っていたのだ。
そこに化粧品や装飾品とはどういうものか、どういうタイミングで使うのか、贈り物にはどういう意味が付随するのか……と、想定していた何倍もの情報を叩き込まれた。さらにそこから必要そうなものを選別する必要もあって、不吉な意味や重すぎる意味合いを持つ物は弾いて、それでも尚多い種類の中からどうにか絞り込んでいかないといけない。
これが想定外という事もあって彼は早々に限界を迎えていた。多少の事ではへこたれないとはいえ、その多少を大きく超えてしまっていたのだ。
「ちょ、ちょっとだけ、どこかで休憩、していい……? つかれた……」
「えっと、えっと……あ」
グロッキーになってしまった瑞葉を心配しながらどこにしたものかと視線を彷徨わせて狼狽えて、ダンツフレームはふと、一つ思い当たった。
「少し歩くんだけど、大丈夫?」
「だいじょぶ……」
頭の方は全然大丈夫ではないが、身体の方は動く。故に平気とややふらつきながら答え、二人は歩いていく。
辿り着いたのは何の変哲もない高架下。冬場で枯れ込んだ草が地面を覆いつつあるが、それなりに整備されているために休息には向いているであろう場所だった。
付近で購入した水であらかじめ持って来ていたブドウ糖のタブレットを砕き飲み、どうにか一息ついてから瑞葉は申し訳なさそうに口を開く。
「その、ごめん。迷惑ばっかりだ。普段はこんなになる前に休憩とかできるんだけど……」
「ううん、気にしてないよ。でもちょっと心配した。いつもああなるの?」
「いつもは叔母さんが休憩を知らせてくれたり、自分でタイマーをセットしておいたりするんだけど……ダメダメだな、今日は」
瑞葉の脳は本来であれば正常に生きられない。今の瑞葉が常人のように振る舞えているのは、言うなれば彼の脳が
僅かに運命が違えば、あまりにも短い一生を喋ることも動くことも出来ずに弱り死んでいった。それが朝比奈瑞葉という命だ。
故に、その“損傷”は彼が不得意な方向の無理をすれば当然のように顔を出す。人間の脳の形をしていないものが人間を動かしている以上、常人であれば少々の疲労で済む事柄であっても彼には極大の過労として圧し掛かってくる。逆もまた然りであるが、此処では省こう。重要なのは、彼が人間的に動くということは相応以上の負荷が掛かるということである。
「……はは、まだ頭痛いや」
「ご、ごめんね、無理させちゃった……」
「いいよ、気にしてない……こんなに楽しいなってなったの、初めてだから」
朝比奈瑞葉という少年は、普段は無意識に感情をセーブしている。それは彼の脳にとって多大な負荷になるからだ。それが今、ダンツフレームとの初めての外出という事柄に知らず知らず舞い上がっていたことで抑制が外れかかっている。結果として彼の脳は文字通りのキャパオーバーを起こしていた。
「……ふふ、はは、あはは、楽しい、楽しいなぁ……」
「……」
結論を言えば、この状態になったからと彼に何らかの悪影響が出ることは無い。「テンションが上がりすぎて奇行に走る」という常人でも起こりうることが、常人よりも低い閾値で起こりかねない状態になっているというだけだ。
ただし、その常ならざる姿というものが本人以外からどのように見られるか。それはダンツフレームの反応が証明していた。
耳は左右に倒れ込み、目は潤んで、瑞葉の手を両手で握って離さない。ごく普通の
「本当に大丈夫だから、心配しなくていい」
「本当に? 無理してるんじゃないよね?」
「大丈夫。それに……」
ふと、上を見る瑞葉。
高架下に居るのだから、そこには当然橋がある。それ自体は何の変哲もなく、日本の何処にでもある景色だろう。
瑞葉は思考する。何故、彼女は此処に連れてきたのか。
休める場所なんてどこでも良かったはず。何故なのか、それを知りたいと。
「聞きたいんだ。何でここを選んだのか」
初めて、彼はダンツフレームのことを知ろうとした。
ただ眺めるだけで幸せだったものへ、差し伸べられる前に自ら手を伸ばした。
「教えて。どうして、此処を選んだのか」
「――――」
どうして言葉に詰まったのか、ダンツフレーム自身も分からない。けれど、それが喜ばしいと感じていることだけは確かで。
ふと思いついただけではある。けれど、それ以上に何かがあって。その“何か”を、必死で手繰り寄せる。
「ここ、わたしの好きな映画の撮影で使われたんだ。だから、君にも見て欲しかったのかも。何にもないけど、トレーナーさんとも一緒に来て……チアリーディングのお話でね、柱の下でいっぱい練習をして、そしてあの柱に向かって主人公が思いの丈を叫ぶの」
「絶対主役になってやる、って?」
「ちょっと惜しいな。“絶対センターの座を取り戻すんだ”が正解」
「本当に惜しい」
吐息混じりに瑞葉は笑って、ダンツフレームが指さす方向を一緒に見る。
映画の舞台では夏で、今は冬。加えて瑞葉はその映画を知らず、ゆえに思いを馳せるには情報が足らない。だが、ダンツフレームがそう語ってくれたことを縁にして、返事のための言葉を手繰っていく。
「……似てる。けど、もしかして憧れてた、が正解?」
「ふふ、でも“かもしれない”だからちょっと違うかな。部屋で一人の時にシーンの真似しちゃうくらいには、感情移入してたけど」
「また外した。解像度、荒すぎだ」
「聞いただけでそこまで分かる方がすごいよ」
知ることが嬉しい。知ってもらうことが楽しい。その二つを以て、二人はもう一度分かり合おうとする。僅かな齟齬も“違う”とはっきり言葉にすることで、確かな足掛かりになっていく。
怯えて伸ばせずにいた日だまりに、今度は自ら足を踏み出す。
「……その映画、好きなんだな」
「うん。君は? 好きな映画とか……あ、本があるって言ってたっけ」
「あぁ……でも、面白くはないかもな。世間一般的にはバッドエンドだし」
「それでもいいの。聞かせて、どんなお話なのか」
ほんの少し尻込みして、少年もまた語り始める。
冬の街に生まれた、人と同等の知性を手に入れた狼の話を。
「狼は、人間的な思考が出来る頭を手に入れたけど……結局は本能の部分で狼だ。だから、人とは本質的に分かり合えなかった」
「……重ねちゃったのかな、君は、自分とその狼の事」
「……かも、しれないな。人としての俺がどうであれ、電子の世界において怪物である事それ自体は否定できない。根本的な部分の非人間性は、正直自覚する節がある」
「辛く、なかった?」
それが狼の物語に向けてなのか、瑞葉自身に向けられたものなのかを、彼は理解し切れなかった。けれど、どちらかであると同時に両方を聞いているような気がして、それ故に言葉に窮する。
「…………どう、なんだろうな。けど、俺は…………うん」
1秒、2秒。あの日語った狼への憧れ、自分の人生。それら全てを統合して、一つの言葉を引き出した。
「――――生きていてよかった。綺麗だった、って。そう、思ったんだ」
瑞葉の目に映る景色全てがそうであったわけではない。
狼の目に映る景色も、同じだっただろう。
醜いもの。目を背けたいもの。何もかもが嫌になるほどの運の無さ、そして、それら全てを内包する壮絶な疎外感。
けれど、その淀みを一瞬で払ってしまえるほどの綺麗なものがあって。それを見るために生きていてよかったと思えた。それが原動力だった。
「……狼は、最後は人間の善意が空回りして追い詰められて宇宙に行くんだ。そして、そのまま窒息と真空の圧力変化で苦しんで死ぬ。けれど……その間、狼は誰も恨まなかった。感謝しか感じていなかったんだ。“美しいものを見せてくれてありがとう”、“貴方達と生きることが出来て幸せだった”って」
「……憧れた?」
「…………正直、かなり。けどちょっとだけ違ったのは、俺も
“そっち”。その意味をダンツフレームは図りかねて、しかし彼女を正面から見据える瞳で真意に気づく。
朝比奈瑞葉は、ダンツフレームに救われた。
それは紛れもない事実で、同時に残酷な現実だった。
憧れたが故に苦しんだ。焦がれたが故に思い悩んだ。たった一人の少女と出会わなければ、彼がこうまで人生に葛藤することは無く、自己完結で感謝を述べながら孤独に没する道を選んだだろう。
だが、同時、そうはならなかった。
胸に灯った炎は、どれだけ自分の醜さだけを直視していても目を背けることなど出来なかった。
“綺麗だった”と思わせる側で生きていたい。自分もそうなりたい。目を向ける憧れは、とうに変わっていて。
「君に出会って不幸になった、って言ったよな。あれは、俺の中では事実だ。けれど、同じくらい……君の居る場所に行きたくて。君の事を考えていると幸せだった。だから君の傍で歩くことが出来たら、君のように誰かに幸せを与えられたらって、ずっと、ずっと」
一歩違えば、瑞葉は
だが、一歩が違ったからこそ。一歩を違える炎の輝きがあったからこそ、彼は人になった。
「変な話だけど、狼と同じ道を辿らなかったことがすごく嬉しいんだ。だって、君の隣を歩けてるから」
「……あぅ」
「ダンツ?」
「ご、ごめん、ちょっと、今見ないで」
穏やかな笑顔とともに放たれた言葉は、ダンツフレームにはどうしようもないくらい熱すぎた。中てられて頬がリンゴの如く染まってしまうくらいに。
だというのに瑞葉が何処か体調が悪いのか、何かしてしまったかと心配そうに声を掛けてくるせいで、彼女の限界ははち切れた。
「だ、だから! その……今の、告白、みたい、で…………」
「……そ、っか」
そういう意味合いにもなるのか、と瑞葉は思い直す。頭痛は収まりつつあり、伴っていつもの抑制のきいた情緒も戻ってきている。
瑞葉は自分の言葉が薄っぺらいという自覚があった。どれだけ本心を口にしているつもりでも心のどこかで上滑りしている感覚が抜けなかった。
けれど、いいやだからこそ。今この瞬間こそが、心の底からの言葉を伝えるチャンスなのだと直感する。
泥濘の中を歩き続けて、足元の汚さにばかり目が向いて。
それでも尚、星のように火を灯してくれた
火花散りて、次の炎を灯す。
「――――ダンツ、好きだ」
「ふ、ぁ……」
「君のお陰で今の俺がある。君の隣で、君の傍で笑っていたい。そして、君が大切だって思う物、ぜんぶ守りたい。だから、俺を傍に居させて欲しい」
あの日の委員会室と似たような言葉で、けれど込められた温度だけはまるで違う。
真っ直ぐ向けられた想いは、彼自身が醜いと断じ秘めたヘドロのような感情すら焼き払うほどに鮮烈で。
「……えへへ、じゃあ、両想い……なのかな」
「文通してた頃が両想いかと言われると、ちょっと悩むけどね」
「……うん、じゃあ、わたしも」
そう言うとダンツフレームは立ち上がり、瑞葉の手を引いて立ち上がらせる。
告げる言葉は、もう決まっていた。
「わたしも、君の事が好き。君と文通で繋がれて、君ともう一度会えて、そして君とこうやっていろんなことを知り合って。この気持ちに嘘はないって、はっきり言える」
「……不思議だ。いざこうやって確かめてみると……こう、何かがはっきり変わった気がする。何も変わってないのにな」
「告白ってそういうものなのかな、えへへ」
手を繋ぎながら笑い合う。全てを知ることは出来ていないけれど、それでもいいと。これから幾らでも知ることが出来るのだからと。
握った手は手袋越しでも暖かくて、その温度にいつまでも縋りつきそうになる。例えそれが引き離されることになろうとも二人は笑っているだろう。
だって、お互いの熱を覚えているから。その熱を以て綴られる文字を知れたから。
「……書店に寄ってから帰ってもいいかな。ダンツにもあの本、読んで欲しい。流石に学校図書の又貸しはちょっと憚られるから、俺が買って君に貸すよ」
「じゃあ、わたしも映画レンタルして帰りたいな。君にもあのシーン見て欲しいから」
不格好で、不器用で。どうしようもなく相手を想うあまりに屈折したこともある。
それでも尚、二人は通じ合っていた。
◇
『それでは、クリスマスパーティーを始めます!』
そんな主催の号令によって始まった12月25日の夜。
理事長から一般の生徒に至るまで、あらゆる学園の人々がごちゃ混ぜのまま行われた催しは最初の乾杯から賑わっていた。
「よしダンツ、経過を報告しろ。成功だな、成功したんだな。よし祝いだ呑むぞ!」
「勝手に納得しないの!」
「あ、あはは…………えへへ」
「おやおや、その反応は~……?」
「ふふ、本当にうまく行ったみたいだね」
言葉少なに起きた事を理解されてもみくちゃになったり。
「……タキオンお前なんかやけに大人しいな」
「私だってパーティーでは真面目にするさ」
「……その割に、ダンツさん……じっと見てますね」
「んぇ?」
「アレか。まーた
「いや、その……先達として、一つ教えを請いたいのだがね」
「「…………は?」」
「え?」
なにやらもうひと悶着な同期の面々に巻き込まれたり。
「おぉんおんおんおんウチの可愛いダンツが大人になってしもうたよぉ~~!」
「うぎゅむぅ、トレーナーさんぐるじい……!」
「階段上るのはあと2年は先じゃないと許さないぞぉ~~~~おんおんおん!!」
「コイツ酒でも飲んでんのか?」
「いや今日のパーティーは全部ノンアルだぞ。……ノンアルでこれか!?」
「きょ、驚愕……場酔いどころではないぞ」
担当トレーナーにダル絡みされ、トレーナーの同僚や理事長に憐れなものを見る目をされたり。
「満腔春意、といったところだな。成就おめでとうと言わせて欲しい」
「せ、生徒会長! ……その、文通について知ってたってフジ寮長から伺ってるんですけど」
「あぁ……その、私も年頃であるからな、少々、羨ましかったというか……」
「……ちなみに、どのくらい広まってたんですか」
「…………相当数、とだけ。尽力したが、人の口に戸は立て切れなくてな……」
「…………あうぅ」
隠しきれていたと思っていた文通が結構な人数に広がっていたのが発覚したり。
兎にも角にも短時間で恐ろしいほどの人々に囲まれていた。
最終的に瑞葉の下へ辿り着いた頃には疲労困憊で、苦笑と共に渡された冷水が冬場だというのにいやに沁みている有様だった。
「大人気だな」
「そういう君だって」
他人事のように語る瑞葉もまた、あまりにも多くの人々に囲まれていた状態からどうにか抜け出してきている。というのも彼の場合8割以上がダンツとの関係、ひいては男性とは女性の何処に惹かれるのかについてしこたま質問を喰らっていた。げに恐ろしきは現役ウマ娘の熱量である。
「……その、彼女たちのトレーナーや友人知人達は逃げ切れるのかとても不安だった」
「…………どう思ったかな」
「1割逃げ切ったら奇跡じゃないか?」
何処をゴールとするかの区切りによっては既に先頭集団をぶっ千切ったと言っても過言ではない二人による残酷な分析。聞いていたトレーナー達は膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。
ちなみに現時点で同様の領域に居るのはカルストンライトオとファインモーションである。両名のトレーナーはこの場には居ないが、同時に“まさか自分が”と高を括っている。あと1年もすれば己の過ちに気づくであろう。合掌。
閑話休題。
ある程度の飲み食いをして腹がくちくなった二人は、遠巻きにパーティーを眺めながら冷たい夜風に吹かれる。会場の熱気を冷ますような心地よさに浸りながら、これまでとこれからを振り返っていた。
「こんなに賑やかな場所に来れるなんて、思わなかった」
「わたしも。心のどこかで、皆とはちがうってちょっと諦めてたのかも」
「……いても良いんだな、此処に」
「そうだよ」
騒がしくて、喧しくて。時にうんざりするかもしれないけれど、そんな鬱屈を簡単に吹き飛ばすほどの暖かさに明日が満ちている。
それは錯覚でも何でもなく、今手招きで呼ばれているという事実が証明していて。
「……幸せだ」
「うん」
「ダンツ、君が連れてきてくれた」
「わたしじゃなくても、君はきっと来れたよ?」
「それでも、俺を連れてきてくれたのはダンツだ」
視線だけで通じ合って。そして、もう一度輪に混じろうと足を踏み出す。
同時、正面入り口の扉が開いた。
「やあ、皆。クリスマスパーティーは楽しんでいるかな」
「スーさん……!?」
「……お前、自分の身内にも伝えてなかったのか」
「こういうのはサプライズの方が嬉しいだろう?」
「はぁ……」
現れたのは緑色が目に焼き付くパンツスタイルの衣装のウマ娘と、杖を突いたコートにスーツ姿のウマ娘。スピードシンボリと瑞葉の叔母、リアスライラだった。
「こうして会うのは初めてだね、朝比奈瑞葉君。私はスピードシンボリ、名前くらいは聞いた事があるかな」
「……あぁ、叔母がよく愚痴をこぼしていた……」
「…………ライラ」
「知らん。お前の西洋かぶれに巻き込まれる私の身にもなれ」
瑞葉と握手をしながら半眼で睨みつけるスピードシンボリ。現役を退いて長いとはいえその眼光は衰えることを知らない鋭さを持つが、リアスライラはそれを歯牙にもかけない。
「随分苦労をしてきたみたいだね。トレセン学園はどうかな」
「楽しい場所だと、そう思います。俺も……随分、救われた」
「そう言って貰えると嬉しい。何せ私の母校だ」
言葉は少ないが、握った手に掛けられた力でお互いの想いはよく通じていて。それで十分だとばかりに、スピードシンボリは軽快に踵を返した。
「それじゃあ、私はあっちに混じってくる。君はまず甥っ子と話をするんだ」
「言われなくともそうする」
やや呆れ気味にそう返すリアスライラ。
だが、瑞葉と彼女の間には先ほどのような軽さはなく、いやに重い空気が漂っていた。
ダンツフレームは一歩引いて、瑞葉の背を押す。
“ここからは君の番だよ”とばかりに、目配せまでして。
「……学園には馴染めたようだな」
「うん」
「楽しいか」
「うん」
「……そうか。なら、私が居なくとも――――」
「ライラ」
甥から名で呼ばれるなど何時ぶりだろうか、とリアスライラは思考を止めた。
憑き物が落ちたような微笑みに、もはや自分は不要だろうと踵を返そうとしたのに、それを不可視の力が縫い留めて離さない。
瑞葉が懐から取り出したのは、手のひらほどのプレゼントボックス。開けてみて、と促されて中を覗き見れば、そこには瑞葉がダンツフレームと共に選んだハンドクリームが鎮座していた。
「柚子の香りがするやつ。ライラ、冬場はよく指が罅割れて痛そうだったから」
「――――」
「……値の張るものがいいかな、って悩んだんだけど。そういうものじゃなくて、こういう実用的なやつのほうが喜ぶかなって、色々考えたんだ。ダンツにも手伝ってもらったけど、最後には俺が自分で決めた」
リアスライラの思考は完全に漂白されていた。
自分が最低な親だと思っていたから、というのもある。自分の愛が一方通行で、甥からすればまるで見当違いで鬱陶しいに違いないと決めつけていたのだ。だからこそ自分が思うように愛情を注げたという側面こそあるが、自分が甥から愛されているとはリアスライラは終ぞ理解していなかった。
「ありがとう、ライラ。貴方のお陰で、ダンツと出会って、此処まで来れた」
「…………」
取り落とした杖が床に転がり、そのまま膝を突く。急に動いたことで生じる痛みなどまるで無視してハンドクリームを胸に掻き抱いて、彼女の目からは雫が伝った。
「……ぁ、あぁ、わたしも、私もだ、瑞葉。お前がいたから、お前達のお陰で、私は、親という夢を、見れた………」
親になどなれないと諦めて、それでも姉夫婦の姿を見て憧れた。
たとえそれがごっこ遊びの延長でしかなくでも。羽ばたいて手元を離れていく一時の夢想でも。その憧れに辿り着けたことが、どうしようもなく嬉しかった。
それこそが、リアスライラというウマ娘の真実。徹頭徹尾エゴしかないと卑下し押し込めた想い。
朝比奈瑞葉とダンツフレームが、その夢を現実へと変えていた。
「お前達が出会って、変わっていく様を見て……嬉しかったんだ。あの日の覚悟も、夢も、全部無駄なんかじゃなかったって……ふふ、最低な親だ、私は」
「ライラが本当に最低な親だったら、俺を見捨ててるだろ。俺、迷惑ばっかりかけたし」
「お前が怪物なのかという問いに答えられなかった時点で、お前を見捨てたも当然だろう……挙句そのザマでお前の才能を伸ばした時点で、私自身の理想へ誘導しているなどとは考えなかったのか」
「それでもいいと思えた。俺はダンツの傍に行きたいと思ったけれど、それより前にはライラが俺の傍に居てくれたから。胸ぐら掴んででも、一緒の場所へ連れてくつもりだった」
「……まったく、どこで覚えたんだ、そんな言葉……」
自身を蔑み、醜く悍ましいと忌避し、相手への愛情で手一杯。蓋を開けてみれば瑞葉とリアスライラはあまりにも似た者親子であった。
だからこそ瑞葉は自分の傍に彼女も連れていくつもりでいた。たとえ嫌われていようと、その感謝を胸に、炎が照らす暖かな場所へと。
「ふふ……不器用だな、私達は」
「うん」
「お前は、私が頷くまで頑なになるんだろう」
「うん」
「……なら、仕方ないか」
泣き腫らした目で、リアスライラは甥の手を取って立ち上がった。
そうして共に歩き出す。
未練、後悔、そして打ちひしがれた無力感。数多のものを背負って歩いてきた3本足の姿は、今はどこか誇らしげだった。
そして、そんな2人に早足で追いついたダンツフレームは慈しむように微笑みながら語り掛ける。
「プレゼント、喜んでもらえたね」
「君のお陰だ、ダンツ。俺一人じゃ、勇気が出なかったかもしれないから」
「君ならきっと大丈夫だったよ」
短い時間で呆れ返るほどに繰り返してきた言葉は、何度伝えても足りないことの裏返し。これからあと何度繰り返すのだろうと考えて、二人はまた笑う。
そして、今そこにもう一人が加わる。
「ありがとう、ダンツフレーム。瑞葉に出会ってくれて」
「そんな、感謝されることじゃないです。それに、それはわたしのセリフですよ。貴女がいたから、わたしは彼に会えたんです」
「……そう、か。君までそう言うのか」
なら仕方ないな、と。呆れたように、あるいは諦めたように笑う姿は、どこかの誰かとそっくりで。
「ねぇ、瑞葉君」
「どうした、ダンツ」
「わたし――――」
多くの友人に囲まれて、肩を組まれ、肘で脇腹を突かれ。
そうやって笑い合う中に3人は居て。
「――――貴方の主役に、なれたかな」
「いつだって、俺の中での主役は君だったよ」
踊る炎が散らした火花は、幾つもの炎を灯してなお輝いていた。
◇
「やっほー、瑞葉君!」
「ダンツ、来たのか」
12月26日。一夜の夢が覚めて、1年の終わりへ向かう時間。
今日もまた、彼女たちの日常は続いている。
「おうおう、俺らを無視するとはいい度胸じゃねぇの」
「無視はしてないだろ」
「仕方ありませんよ……こればかりは」
「いわゆる“お熱”というやつだからねぇ! ところで朝比奈君。最近完成した薬があるんだが昼の一杯にグイっとイってみないかい」
「また体が光るの嫌だぞ?」
「いつの間に飲ませてたのタキオンちゃん!?」
太陽が中天に上ろうとも身を刺すような冷気が立ち込める中、それを吹き飛ばすように開けられた戸。一番乗りかという勢いでダンツフレームが声を掛けた先では、既にソファが満席になっていた。
「オイうるせェぞ。こっちは詰めてる最中だ」
「おやおや、これは失敬」
「わぁ、とっても賑やかになったね!」
「たまに此処がレクリエーションルームなんじゃないかって錯覚するくらいだけどな」
対面に座り、机の上に広げたフローチャートや設計書などを前に議論を続けるエアシャカール。
エアシャカールに付き添う形で入り浸り、興味深げにその様子を見つめるファインモーション。
そして、真剣な顔でパソコンに向き合っている彼らのトレーナー。
彼ら彼女らは今、セキュリティ対策委員会顧問たるリアスライラから出された課題を熟すために一堂に会していた。これは偏に彼らが自ら志願したものであり、自分でそれなりに悪意へ立ち向かえる技術が欲しいと教えを乞うていたのが始まりである。
瑞葉は指導員かつ出来上がったセキュリティの精査を行う役目でここに立ち会っており、プログラムの穴を洗い出しては突き付ける。
「……ッチ、お前のお陰で脆弱性の発見が迅速なのは助かるが、いかんせんバケモン過ぎだろ。こっちの努力3分で超えんな」
「ツール使えばもっと短時間で攻略できる」
「聞いてはいたけど、こうして見るとホントにやべぇな……」
「ふふん、だって瑞葉君だもん」
「テメェが自慢げにすんなダンツフレーム。ったく……」
想い人の雄姿――と言っていいかは微妙だが――に鼻を高くするダンツフレーム。
机の上の資料をそれぞれの表情で眺める面々だが、その意識は蹴破らんという勢いで再び開かれた出入り口の音で中断される。
「おいアサヒー。デュランダルのスマホが壊れた。直せ」
「アサヒーって俺?」
「それ以外に誰がいる。お前を頼るのが一番速い。だが走るのは私が速い」
「ちょっと待ちなさいってば! この、ちょ、スマホ返しなさい!!」
直線狂いのカルストンライトオによって渡された端末の画面には、分かりやすいくらいありきたりな真っ赤な画面と、危機感をあおるピクトグラム。
その正体は、瑞葉でなくとも画面を見た全員が察せるものであり。特にエアシャカールは画面からさっさと目を背け半眼でデュランダルを睨む。
「……フィッシング詐欺のそれだな」
「えっ」
「そのまま消せ。セキュリティとかそれ以前の問題だろオイ」
「なんだただの詐欺か。心配して損した」
要は済んだとばかりにカルストンライトオが端末を取り上げ、ウィンドウを閉じる。
そして元の持ち主へ押し付け、当のデュランダルはなにやら恥をさらされたとばかりの涙目でカルストンライトオを責める。
なお、当の本人は「専門家が居るのだから聞くのが速かっただろう」とばかりに胸を張っていた。
「どもども~お昼ご飯の配達ですよぉ~……って、なんだかすごい大所帯」
「あ、ミラ子先輩」
「ふゥん、今日はまた来客が多いね」
「コイツ自分の事棚に上げてねぇか?」
「……いつも通り、かと」
「来客に関してはいつもこんな感じだけどな」
「そういえば瑞葉君、叔母さんは?」
「お昼ご飯を買いに出てる。俺は叔母さんの後で食べに行く予定」
わいわい、がやがや。騒々しくも不愉快ではない中で行われる議論や談笑は瑞葉が一度たりとも想像できなかったものだった。当初こそ目を丸くしたり白黒させたりしていたものの、とうに慣れてこの調子である。
そして、この騒がしさこそが彼がほんの短い時間でも繋いでみせた縁の証明であり。それを強く感じて、ダンツフレームは誇らしげな気分になる。自分の好きな男の子は、こんなにたくさんの人から好かれる素敵な人なのだと。
「瑞葉君」
「なに、ダンツ」
ソファは満席なので、瑞葉の隣にダンツフレームはしゃがみ込む。そうして見上げるようにして視線を合わせる。
「君が素敵な人なんだってこと。分かってくれた?」
「……あぁ、呆れ返るくらいに」
火花は散り続ける。
炎は踊り続ける。
次の炎が灯るまで。そして、灯しても尚。
踊る炎は、火花を散らして繋がり往くのだろう。
朝比奈瑞葉のヒミツ
実は、こっそり指輪を購入した。
ダンツフレームのヒミツ
実は、トレーナー経由でドリームジャーニーに指輪の作成を依頼した。
リアスライラのヒミツ
実は、最近よく話をする男性スタッフが居る。
スティルインラブとそのトレーナーのヒミツ
実は、もう一度、お互いにちゃんと話をした。
ネオユニヴァースのヒミツ
“バタフライエフェクト”、だね
ちょっとここ詰めてから書くべきだったとか此処もう少しこうした方が良かったとか未練は色々ありますが、これにて「踊る炎、火花散りて」完走となりますわ!
ぶっちゃけマジでクリスマスに間に合うか肝冷やしてたのでそこんとこは達成ですわね!!
そんでもって栞を差して下さった147名の皆様、500を超えるお気に入り登録者の皆様、そして評価を着けてくださった47名の皆様、拙作を読み楽しみにしてくださっていた皆様、ほんッッッッッとにありがとうございますわ!!!!!
またいつかどころかストック自体はなんかアホほどあるのでわりと早い段階で出会うこともあるでしょうが、その時は宜しくお願いいたしますわね。
そして、この物語を読んでくださった方の中で自分も話を書きたいと思ってくださった方。いらっしゃったら、是非とも今からでも初めてみてくださいまし。最近はスマホでも全然かけるくらい環境も整ってますし、最初なんて3000文字でも5000文字でも良いんですの。貴方が本当に見たい物語というものがあるのなら、怯えず一歩踏み出してみてくださいまし。怖いのなら感想欄とか封鎖しちゃってもいいんです。
自分の言葉で叫ぶ物語はいつか貴方を照らす星になります。そして、知らず知らず照らしていた誰かにも同じように一歩を踏み出す勇気を与えるかもしれませんもの。
辞書を読みふける事。分からないことを調べ上げて1日を費やしてしまう事。足踏みする時間すら貴方の力になりますから、是非とも此方へ来てくださいな。
まぁ偉そうな事言える立場でもないんですけどね!! 未完の話幾つ作ってんだってなってるので!!!!
でも、こうしてしっかり話を完結させたことは、私の中で確かに自分を照らす星になりました。あまりに遅い悟りでしたけど、後悔はありません。
では、またどこかで!