四日後。
「……驚きましたぞ。まさか先触れもなく、突然のお訪ねとは」
「馬を飛ばし、急ぎ馳せ参じた無礼をお許しください。
公へ感謝を申し述べず自領へ帰る不義理など。到底ーー許されませぬ」
侯爵の律儀さは。敵の立場からすれば……違う意味にしか取れなくなる。
俺ら一行はイグーロス城の迎賓室に通されていた。
頭上に並ぶ豪華な燭台と、彫刻の美しい大理石の長机。座る老樫の椅子も実に仰々しい。
迎賓室の上座ーー長机のいわゆるお誕生日席にはホスト役のラーグ公がひとり、浅く腰掛けている。
その長机の両側に。ランベリーとガリオンヌ、両陣営の面々がそれぞれ着席している。
部屋の奥側。上手から、エルムドア侯爵、俺、ティータ。席の背後には護衛役としてーー喪章の黒帽子・黒ヴェールを目深に被った剣士が二人、佇んでいる。
この二人も公に着座を勧められたが、「いえーー自分たちはごく親しい身内を失くし、喪中の身なれば」と言って着席を辞退した。ちょっと皮肉が入っている。
一方。部屋の手前、出口につながる扉側。上手から、べオルブ伯爵ことダイスダーグ卿、北天騎士団長聖騎士ザルバッグ、ひとつ席を離してラムザ、アルマ、末席にはディリータまでいる。
これはティータが一行に混ざっているので、急遽呼ばれたものかな。
ちなみに今回の場合、この席配置も身分順に留まらない、とても深い意味がある。
「そのようなーー感謝など。ガリオンヌで起きた狼藉ながら、我らは何もできなかった。
そこの近衛どのが一人で奔走し、解決してしまったと聞く」
まことに申し訳なかった、と頭を下げてみせるラーグ公だが、目は侯爵から外れない。
ダイスダーグの纏う空気も、温和な表情とは裏腹に非常に張り詰めている。
それもそうだ。この二人は侯爵がラーグ公を暗殺に来るとみなしギュスタブをけしかけた。
そして今はーーてっきりその復讐をしに来たと思って、警戒している。
武人と名高きエルムドア侯と至近で話すのは、武人ではないラーグ公には避けたいところだろう。
だがホスト役としてはそうもいかない。領主として自ら高位貴族の出迎え役を務めないと、果たして後で周りから何言われるかわからない。異心ありとか隔意ありとか不仲とか噂されてしまう。
だから侯爵が斬りかかってきた時にもすぐ対応できるよう、ダイスダーグの席は上座にひときわ近い。
あと何かあった時に逃がす気がない。それゆえの、出口とはテーブルを挟んで反対側の、俺らの席である。
「近衛どの……アルガス殿と言ったか。其方も己が主君が為、見事な働きを見せた。
近年まれに見る英雄譚ぞと、ダイスダーグともども感嘆していたのだ」
ダイスダーグはまた俺の話で爆笑していたんじゃあないだろうな。
公への直答をためらう俺に、侯爵様が声をかけた。
「アルガス。団長不在の今、今のお前は団長名代だ。
許す。ラーグ公へお答えせよ」
えっ。いきなり昇進した。まあ俺以外全滅してるしな。仕方ない。
「ーーはっ」
「騎士見習いが団長代理!?くっくくくくっアルガス殿っ貴殿はっ本当にっ」
ダイスダーグがひさびさに俺を見てまた吹き出している。
おい。暗殺への警戒はどうした。お前も長いブームだな。
俺は綺麗に無視してラーグ公へ言葉を発した。
「ありがたきお褒めのお言葉。末代までの誉と、賜ります」
「うむ。ーーサダルファス家の祖勲に恥じぬ、立派な騎士となるのだぞ?」
あ。ラーグ公まで知ってんのね俺の家名。そうかダイスダーグとタメだっけ。
そんで今没落してる事も知ってます、てか。やかましいわ。
「それよりもエルムドア侯……お身体の方はもう宜しいのか?」
「大事ございません。我が身一つの不覚にて。ガリオンヌの皆様にはご心配をお掛けしました」
あまり感情を感じさせぬ面で告げると、侯爵は部屋の隅に立つ給仕を振り仰いだ。
「きょう罷り越しましたのはーーそのお礼をさせて頂きたく。
実は……先日、当家で雇ったばかりの料理人がおりまして。
その者の料理を、ささやかな礼代わりとお振る舞いしたく。ここにお持ちしました」
扉が開いて皿の乗ったカートが次々と入ってくる。
皆の目の前の机に次々と、パンの乗った皿が配膳されてゆく。
それを配膳する給仕たちの表情はーー渋い。とても渋い。
もちろん、毒味は既に済んでいるのだろうが。
おそらくーー毒味という行為そのものが、問題だった。消えない傷を刻んだ。
あ。給仕たちの顔を見回したラーグ公が(え、自分暗殺されるの?このパンで?)みたいな顔した。
給仕はうっすら苦笑し小さく首を振っているが、ーーたぶん公には意味が伝わらない。
まあ客の高位貴族が「御礼に差し上げたい」と持ってきた食べ物ならば、毒でもない限り、どうしたって主人の前へ出さざるを得ないだろう。
皿を見れば。中央にでんと置かれた質素なパンを中心として、蜂蜜やらクリームチーズやら、さまざまな調味料が並べて盛り付けられている。なるほど考えたなあ。だが焼石に水という言葉を知らんのか。
「ほう。これは実にーー素朴なパンですな?」
「はい。当家の料理人が腕によりをかけ作った逸品です。ぜひ、ご賞味下さい」
表情なく告げる侯爵に、なるほどそうか、と納得するガリオンヌ陣営。
まだ疑問顔のラーグ公が、皆に喫食をうながす。
「侯のお心づくしだ。みな。ありがたくーー頂くとしよう」「はい」「それでは」
エルムドア侯爵のこの行動には、どんな意味があるのか。
何かの示唆か。何かを暗示しているのか。それとも誰かに対する合図か。特定の誰かへ向けたメッセージか。
それぞれに怪しみながら。皆はめいめい、皿のパンを口へと運ぶ。
「「「ヴォエッッッ」」」
みんなの心が一つになった。
あまりの不味さにもう口を開くのが嫌になった。侯爵とザルバッグがもぐもぐ咀嚼する音だけが、迎賓室の沈黙を打ち消している。何でこいつら平気なんだ。
「……いやーー実に、野趣溢れる味わいですな!
普段食べることがなく、とても新鮮に感じますぞ!」
最初に硬直から回復したのはラーグ公だった。ハチミツをべたべた塗って、どうにかパンを喉の奥へ押し込んでいる。
ホスト役がゲストの贈り物を食べ残せないのだろう。根性である。正直見直した。
「お褒めにあずかり恐縮です。
新たに雇い入れたその料理人に伝えれば、きっと喜びましょう。宜しければ公へ名を伝える名誉をお許し下さい。
ーーその者の名を。ギュスタブ・マルゲリフ、と言います」
その瞬間。
ぴたり、と食卓の時間が停止した。
「……侯爵閣下。それはもしや、お尋ね者の名前では?」
流石に食べる手を止めて、ザルバッグが訊ねてくる。
侯爵はこともなげに答えた。
「そうですか。
では同姓同名の人違いでしょう。
何しろその者はーーかつて公のご依頼を受け、仕事をしたこともある、と。
そう申しておりましたからな」
まさか天下のお尋ね者が、世に隠れなきガリオンヌ公より仕事を賜るはずがありませんからな。
そう言って笑う侯爵の声だけが、迎賓室の空虚を埋めてゆく。
「……ははは。
公の御用達とはその者、大きく出ましたな。
当家を退身した料理人に心当たりはありませんがーー
大法螺吹きは、御家の家格にかかわるのではございませんか?」
ラーグ公の家宰みたいな立場で、なんとかダイスダーグが反撃してきた。
侯爵とギュスタブを切り離そうとしてくる。
侯爵は一切瞬きをせずに応えた。
「ーー仰る通りです。
もし信用にかかわる話であるならば。その者の経歴を徹底に洗い、元老院に引き渡すことも検討しましょう。
それに私も異端審問官の一員。教会の一隅にて審問にかけ、手づから真実を引き出すも聖務の内でしょう」
こっわ。
食欲をなくす話に、食卓がしんとなる。
侯爵のカウンターである。
訳すならば……シラぁ切るならこちとら元老院へ話したってええんやぞ! それにワシが異端審問官ゆう事を忘れて手ぇ出したんちゃうやろなぁ、おぉん!?……て感じか。
「……おお。さすが『銀の貴公子』ですな。
家中の手綱も緩めずにおられる。
練達の兵に守られ、ランベリーは安泰ですな」
お。ダイスダーグが退いた。
最後のは近衛騎士団壊滅させられたことへの当て擦りかな。
「しかしこの味ーー懐かしいですな」
「おお……やはり聖騎士どのは、お分かりになるか」
もぐもぐを再開したザルバッグに侯爵が応じた。無敵か。
「小麦にフスマ、からす麦。戦場の味です」
「ええ。補給が滞った折の、定番の食事でしたな」
他の貴族連中はわからんようだが、俺は内心辟易する。
これ、普通のパン種に軍馬用の飼料混ぜて嵩増しして焼いたもんじゃねーか。
ギュスタブにとっての一番まずいパンとは、補給が尽きた戦場の食べ物だったか。
「やはり兵と同じものを食べないと。士気が下がる」
「ですがそれでは将として十分に働けぬ。悩みどころでしたな」
かつての戦場の名将二人は戦場あるあるで笑い合っている。
その様子を、俺の背後に立つ黒ヴェールの護衛がじっと見ている。本当は三人だ。
「普段からこのパンを常食に?ランベリーは豊かでありましょう」
「荒地開拓のため大勢を雇い入れましてな。生計が立つまでの食糧支援のため、しばらくは粗食にも耐えねば」
「しかしそれでは、兵らの士気が落ちませぬか?」
「ーー領主みずから粗食を実践すれば、民も倣いましょう」
「なるほどーー流石は銀の貴公子どの。
常在戦場の心構えが、平時からできておられる」
そこでザルバッグは、ちらと俺の背後を見た。
「ランベリーの民は増え、在野の将は侯の近侍に。
加えてその扶持は開拓でお増やしになると。
ーー私としてはもう。得心がゆきました」
ザルバッグは安心した様子で、椅子に背を預けた。
ヴェールの護衛の正体には既に気付いているらしい。
こいつはこいつなりに武人の嗅覚で、暗殺や叛乱の萌芽がないかを改めていたのだろう。
今の問答で。本来、ガリランドでの会談で侯爵が提案するはずだったーー骸旅団のランベリーへの屯田兵としての吸収が、言外に説明されたようなものだ。
食糧不足という課題点に対しても対策を提示し得た。
ザルバッグくんは席そっちじゃなくない?ランベリー側じゃない?まあ骸騎士団への掌返しが気に入らないのは戦友として同じだったのかな。
一方、聖騎士どのの天真爛漫さにダイスダーグとラーグ公は苦い顔だ。
「……っ」
苦し紛れにダイスダーグが最後の反撃をしてきた。
笑み混じりの視線で、俺らの背後の護衛ふたりを眺めやる。
「エルムドア侯爵。最後に一応、確認させて下され。
誘拐された骸旅団にーー傀儡にされてはおりませんな?
今も脅されている、という訳ではございませんな?」
侯爵は無反応だったが、やがて静かにダイスダーグを見た。
「それは何かーー証拠があってのお尋ねで?」
「……騎士見習いがたった一人で、並み居る骸旅団を蹴散らし、主君を救出。先触れなく会いにこられた侯には、正体知れぬ手練れが護衛と付き従っている。そして何よりーー誘拐監禁されたにも関わらず。ご提示になる領政方針は、実質……骸旅団への融和策。
失礼ながら、領乗っ取りを疑う理由には事欠きませんな」
いやそれをやろうとしてきたのはそもそもお前らだろうが。
ここへきてダイスダーグは初めて骸旅団の名を出してきた。
確かに。そう言われると俺らの行動は、ぐうの音も出ないほど怪しい。
骸旅団にランベリーが乗っ取られようとしていると言われても反論できない。
さあ、これで俺らをイグーロス城から出さない言い分は立ってしまったぞ。
俺は口を開いた。
「ーー要は。
侯爵様を救出したという者に、相応の実力が認められればよいのですね。
お疑いは。晴れるのですね?」
「そうなるな、『最強』どの?……ふふっ」
ダイスダーグは面白がりはするものの、俺の力は信じられないという顔で肯んじた。
実力承認イコール、疑惑解消。
そして無双証明イコール、退出可能である。
力を示せば無事に出られる。実にシンプルでよい。
表情を動かさず、侯爵が部下へ命じた。
「ーーアルガス。今のお前は団長名代だ。
是非もない。北天騎士団長ザルバッグどのとお立ち会いし、その実力を示すのだ」
「はっ」
「聖騎士どの。お手数をかけるが。我が部下のためひとつ、胸をお貸しいただけないだろうか?」
「……。わかりました」
突然組まれた対戦カードに、ザルバッグはかわいそうなものを見る目でこちらを見てくる。
「ーーですが侯爵様。既によくご存じの通り、我が流派は二人いないとその神髄が発揮できません」
ここへ来るまでにまた2回、スウィージの森とマンダリア平原でモンスターに遭遇している。侯爵はもうレベル99の俺たちの実力を見ている。
「ーーおお!そうでしたな!才ある弟子がいないとその『神髄』がヒィッ!ヒィッ!」
また始まったか。
「そうだったな。ではティータ、頼めるか」
「はい!」
「ーー待って下さいッ!妹が、ティータが……ザルバッグ様と戦うんですかッ!?」
たまりかねて末席から声をあげたディリータに、ダイスダーグは笑みを向けた。
「そうだな。2対2というなら、ではもう一人の対戦相手はティータ、お前が選ぶとよい。
どうだ? 修行でどれだけ強くなったか。兄と立ち会って、確かめてみるかね?」
「……んー……」
ティータは兄を見て少し考えた後、笑顔で即答した。
「では!ーーダイスダーグ様で!」
「ヴォエッ!?」