アルガス転生 〜家畜に神はいない(俺以外)〜   作:葛葉狐

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詰みポイント12:酒で誤魔化されはしない

 

「あれが……」ヒソヒソ

「家畜暴力王……」ヒソヒソ

「DV王……」ヒソヒソ

「年端もいかぬ女の子を……」ヒソヒソ

 

「……。」

 

 通行人全員からの白眼視に。街を散歩していられなくなった俺は、ついと逸れて手近な酒場に入る。

 ーーここは魔法都市ガリランド。イグーロスから2日の距離にある学術都市だ。いや噂大好き人間の住む町かも知れない。なにしろこの街に入った時からこうだった。まあこの世界魔法とかあるからな…噂を伝達する魔法とかあるのかも知れない。風の噂とか言うから風魔法かな。エアロガとか。

 ともあれ。そのよけいな噂魔法のせいで。

 この街にたどり着いた俺を出迎えたのは冷たい目だった。

 一連のゴタゴタで流石に疲労が溜まっていた為、ガリランドにたどり着いた俺らはこれ以上の強行軍を差し控え、一日休養を挟むことになった。

 かくして侯爵は最高級宿で身体を休め、散歩するティータは道ゆく人から同情されたり飴ちゃんを貰ったりし、ーーそして俺は外に出ただけで冷たい目を向けられ陰口を叩かれるという有り様だ。

 俺はたまらず宿の近くの酒場に入ったが。出迎えたのは酔客たちの笑い声だった。

 

「ーーおっ! 噂の家畜暴力王のお出ましだ! 野郎ども、家畜を隠せ!」

 

 だっはっはっは。酔っ払い達の笑い声に、俺はげんなりした。

 

「噂の発信源。ここかぁ……」

 

 まあ原作でもラムザは酒場でマスターから噂聞いてたもんな。

 俺はすぐさま踵を返し退店しようとするも、カウンターに腰掛ける黒ヴェールと、その下から流れる長い髪を見かけて踏みとどまる。

 笑顔で脚をかけてくる酔客の合間を縫って進み、隣の席へ腰掛ける。

 グラスを拭いていたマスターが一瞥を向ける。

 

「お客さんーーご注文は」

「……噂の拡散の停止をひとつ」

 

 へっ、と笑ってマスターはジョッキを滑らせてきた。

 中にはなみなみと発酵酒(エール)が注がれている。

 声援(エール)て意味かな。こんなspeedも上がらんエールいらんわ。

 注文したのはこれじゃないですねえ、という顔を向けると、もう一つジョッキが滑ってきた。

 中には蒸留を繰り返し度数を高めた、いわゆる火酒が入っている。

 意味は……炎上乙、てか。やかましいわ。

 やけになって二杯とも煽る俺に、横の黒ヴェールはくすくすと控えめな笑い声を向けた。

 

「ーー大変ね?」

 

 黒ヴェールの下から、笑みを含んだ眼で見つめてくるのはミルウーダだ。

 

「……おかげさまでな」

 

 俺は恩を着せてやり返す。すべてはこいつらを救うためでもある。

 名誉は犠牲になったのだ。

 酒を傾けるミルウーダの口元だけが、ヴェールから覗く。

 

「謁見は済んだし。もう外していいんじゃないか、それ?」

「私がお尋ね者だって忘れたの? それにーー街へも入れるし。便利ね、これ」

 

 まあ侯爵の連れじゃなきゃ怪しまれてるだろうけど、と言いつつミルウーダは杯を重ねる。

 飲んでいるのは赤い酒だった。酸っぱい匂いが鼻をつく。

 あれは、さっきの火酒にトマトの搾り汁を落とした。

 通称ーーブラッディー・マリーだ。

 

「今。ーー血まみれ女には相応しい、って思ったでしょう」

「思ってません」

 

 ちょっと思った。

 ミルウーダはヴェールの隙間からため息を漏らすとーーおもむろに杯を掲げ、俺へ突き出す。

 俺もジョッキを掲げ、それに応じる。

 

「ーー戦友に」

「ーー帰郷に」

 

 チン、と酒杯が打ち合わされる。

 ミルウーダの言う戦友とはもう二度と会えぬ友のことだ。志半ばで倒れ、彼女に夢を託し、散っていった者たちのことだ。草むらに眠る無数の土饅頭を弔うため、その喪章の黒ヴェールは外されないままでいる。

 そして俺の言う帰郷とは。来し方行く道を失った、寄る辺無き戦士達の魂が……ランベリーという、新たな故郷へ還ることを意味している。

 もちろん。剣ですべてをもぎ取ってきた人間が。荒地を枕とし、粗食に甘んじて暮らすをよしとするはずもない。

 命を掛けた褒章が、痩せた土地ーーそれを呑み下してもらうには、幾夜の苦悩、幾夜の煩悶が必要となるだろう。

 相当数の旅団員が草賊に戻り、ランベリー辺境の治安は悪化するかもしれなかった。

 だが俺はーーできるだけ多くの者に、生き延びる選択肢を与えたかった。

 それは。決して一章をーージークデン砦を超えては生き延びられぬ、原作アルガスへの代償行為なのかも知れなかった。

 しばらく俺の横顔を見てから、ミルウーダは話題を変える。

 

「そういえばーー総員、ランベリーへ退避しろという。

 ドーターから各拠点に放った伝令についてだけど」

 

 つい先程報告を受けたわ、とミルウーダは語る。

 ドーターのスラム街に詰めていた旅団員を、ミルウーダはそのまま各拠点への伝令として送り出した。

 命令はひとつ。総員、武器を捨てランベリーへ退避せよ。

 ミルウーダはこの酒場へ、報告を受けに来ていたのか。

 

「私の拠点は船の調達が間に合って、総員退避できたんだけど。

 どうも、北天騎士団の殲滅作戦が始まったらしくて。いくつかーー連絡がつかない拠点があったそうよ」

 

 そうか。もう始まったのか。そういえば原作で俺の名言が放たれるのもこの頃だったな。

 襲撃の痕跡を残す拠点は、もぬけの空だったらしい。

 一人でも多く逃げ延びていてくれればいいんだが。

 

「団長のウィーグラフも不在だ。本隊の去就も気になるな……」

「海路で逃げられる拠点ばかりじゃないし。心配ね……」

 

 気を揉む俺たちの前で。その時、カウンター奥のマスターが、妙な動きをし始めた。

 

「マスター、どうした?」

「ーー新しい噂を受信中だぜ!」

 

 酒場の噂って受信方式だったんだ。

 なんだなんだと酔客たちが集まってくる。

 マスターはひとしきり風魔法の詠唱みたいな動きをすると、やがてーーカウンターの上にドンッと、魔法で形作られた巨大なウィンドウのようなものをおっ立てた。

 でかでかと文字が書いてある。

 どうやらこの世界における瓦版のようなものらしい。

 

:ベオルブ邸襲撃!骸旅団残党によるテロか?

:北天騎士団による骸旅団殲滅作戦が進むガリオンヌで。本日未明、領都イグーロスのベオルブ伯爵邸にて襲撃事件が発生した。被害者はなし。関係者の話によると犯行に及んだのは骸旅団残党と見られ、北天騎士団首脳部の暗殺が目的とみられる。

 

「……。殲滅作戦で拠点を追われ、逃げると見せかけ逆に将の首を狙いにいったか。短絡的だなーーゴラグロスあたりか?」

 

 ミルウーダの呟きは、俺の耳には入らなかった。

 シナリオとまったく変化のない噂話が、ーー強烈に悪い予感を突き上げてくる。

 額を流れる脂汗の感触。俺はつぶやいた。

 

「……まずい……」

 

 

「ーー以上が、今流れている情報だ」

 

 高級宿の一室。俺はティータ、ミルウーダ、ウィーグラフを集め、酒場で目にした光景を説明した。

 

「俺は未来を知っているからわかるんだが……

 ミルウーダが見たものは。偏向報道なんだ」

「偏向報道?どういうこと?」

「実際にはベオルブ家に被害が出ている。

 ダイスダーグが負傷し、……ティータが攫われている」

「え?でもわたし、こうしてここに居ますよ?

 ーーあ。そういえば師匠、確かに言ってましたね。

 "このままだとお前は骸旅団の人質にされて死ぬ"って」

「そうだ。だからお前を連れ出し、事件を起こす骸旅団もランベリーへ引き取る話をまとめ、伝令も放った。

 ……それで未来は変わったとーー安心していたんだ」

「でも北天騎士団の作戦開始が早くて、いくつかの拠点には撤退の連絡が間に合わなかったのよね?」

「そうだ。それで拠点を追われたゴラグロスが暴発した。

 ベオルブ邸を襲ったが暗殺には失敗。このままだとジークデン砦に追い詰められて、あいつは死ぬ。

 人質もろともーー撃ち殺されて」

「人質?だってティータはここに……あっ」

「そうだ。皆もイグーロスで会っただろう。

 ラムザの妹ーーアルマだ」

 

 俺の脳裏に、ティータを心配していた令嬢の姿が浮かぶ。

 

「実は俺の知る未来では……最初にティータが攫われるんだ。そして次にアルマが攫われかけて、ギリギリのところで助かるんだ。

 ティータが居合わせなかった以上。

 恐らく、最初にアルマがーー」

「そ、そんな!?わたしの代わりにアルマ様が!?でも、ちょっと待って下さいよ!アルマ様は私と違ってベオルブ家の血を引くご令嬢ですよ!?そんな、人質もろとも撃ち殺されるなんて。見捨てられたり、切り捨てられたりするはずがーー」

「……本当にそう思うか……?」

「師匠?」

 

 俺の手に、二人を撃ち殺したときの手応えが蘇る。

 幻覚だ。わかっている。

 

「……。俺の見てきた未来では。ティータとゴラグロスはごくあっさりと撃ち殺された。

 北天騎士団の面子にかけて、テロリストに屈することはできない。

 そのためにはーー庶妹の命ひとつくらい。天秤にかけるまでもないんじゃないのか?」

「そんなッ!」

「だからさーーそれを止めに行こう、と言うんだ」

 

 俺の目的は俺の生存だが。

 代わりに誰かを死なせる事は、目的に含まれない。

 俺はともに死の運命から逃れんとする仲間たちの顔を。ぐるりと見回しーー矢継ぎ早に指示を出す。

 

「まずーー俺とティータは西の港で船を仕立てる。ジークデン砦は北の岬、ロマンダ海峡の見張り塔。船で近づき、海に追い詰められているゴラグロスの部隊を収容し、そのまま撤退する役だ」

「ーーはい、師匠!」

 

 上手くいくかはわからないが、やってみるしかない。

 

「ウィーグラフはレナリア台地からゴラグロスの撤退ルートを追いかけてくれ。まだ包囲の完成する前だ、追いつけばそのままレナリア台地からランベリー方面への脱出をうながしてくれ。あ、俺の知る未来だとゴラグロスはウィーグラフの指示に逆らっていたから、実力行使で言うこと聞かせてやってくれ」

「ーー了解した」

 

 果て無き戦場からようやく切り離せた男を、また死地に送る。

 俺の心苦しさとは裏腹に、戦士は一諾のみを返す。

 

「どのような累が及ぶかわからない……ミルウーダは侯爵様をお連れして、ランベリー領へ急いでくれ。

 いいか。この件にはくれぐれもーー無関係を貫いてくれ。

 ああ……侯爵様へは。

 近衛なれど随身かなわず誠に相済みません、城へ戻ったら如何様な罰でも受けます、と。

 ーーそうお伝えしておいてくれ」

「……。わかったわ」

 

 仲間の窮地に駆けつけたい気持ちがあるだろうに、ミルウーダは頷いてくれた。

 俺は胸に湧き上がる一抹の不安を押し殺し、皆に命じる。

 

「ーーでは、各自。行動に移れ」

 

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