アルガス転生 〜家畜に神はいない(俺以外)〜   作:葛葉狐

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詰みポイント13:やっぱり松野は許せない

 

 ーージークデン砦上空の雲は、灰色に渦巻いている。

 もうすぐ雪が降るのだろう。

 俺は暗い海上から、頬を切る寒風に目を凝らした。

 荒波の合間をすべる漁船。ここからでも、砦のある岬のふもとに刀槍のきらめきが瞬くのが見える。

 包囲も最終段階だ。ギリギリ間に合ったか。

 

「ーーありゃあ北天騎士団ですかい!?揉め事はごめんですぜ!?」

 

 波に傾く中型漁船。当惑した表情で舵を切る船長へ、俺は大声で答える。

 

「崖の真下、岩場近くに荒天退避を装って着岸してくれ!

 あとは俺たちが何とかする!」

「旦那!いくら攫われた女の子を助け出すからって言ったって!

 あんな中へ突っ込んでいったら、戦いの邪魔だって蹴り出されますぜ!?」

 

 船を借り上げるにあたって、骸旅団に攫われた女の子を助けるためだと説明していた。

 俺は波打ち際より崖の上まで続いている、岩肌表面のジグザグ模様を指さす。

 

「崖に九十九折が見えるだろう!あれを登る!」

「無茶だ!あんなところに刻んだ道なんて、しじゅう波に洗われて消えかけてますぜ! おまけに常に濡れてて滑る! とても歩けやしませんぜ! あれだけ居る北天騎士団すら近くには居ねえでやしょう!?」

 

 さすがに海に慣れた漁師の目だ。近寄ったら死ぬ場所をきちんとわきまえている。

 だが俺は頷いた。

 

「ーー大丈夫だ。そのための準備はしてきた。なあティータ?」

「はい!師匠!……にんにん!」

 

 ティータはマフラーみたいな長覆面で目から下を覆い、両手で妙な印を結んでみせる。

 頭に枯葉でも乗っていれば完璧だったが。

 俺も顔のほとんどは黒マフラーに隠されている。マフラーの尻尾が風に踊る。

 俺たちはーー忍者にジョブチェンジしていた。

 

 イグーロスの御前試合にて、ナイトをレベル8master。イグーロスから逃げるマンダリア平原でまた魔物に絡まれて(もう四回目だ)モンクをレベル8master。ガリランドにて休養中にベオルブ邸襲撃の急報に接し、港を目指してまたマンダリア平原に戻ったところを襲われて(五回目)シーフをレベル8master。そしてーー骸旅団がいなくなり漁師が戻ってきていた海上の避難港で。攫われた女の子を助けるため船を出してくれ……と大金ちらつかせて頼むも、賊におびえる漁師たちの反応は冷たく。結局ーー「だったら従いたくなるだけの理由を見せてみろ」とキレられ、雲霞の如く襲いかかる荒くれ漁師の群れをちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回りをしたことでーー風水士もレベル8masterに達した。

 これで晴れて、忍者への転職条件を満たしたわけである。長かった。

 

 忍者はジョブの基礎スピードも高く、またJUMPの値も高く、留まっていれば即落ちるような崖登りにはぴったりだ。(あとマフラー黒覆面で素性も隠せる)

 これで一気に崖を駆け上るーー!

 

「ウィーグラフは……間に合わなかったか……」

 

 ジーグデン砦が包囲されているのはつまり、あそこにまだ敵がいるという事。

 レナリア台地側から辿ったウィーグラフの追跡は、恐らく間に合わなかったのだろう。

 間に合っていたらゴラグロスを無力化させてでも、包囲環を破って脱出くらいはやるだろう。

 

「師匠!ーータイミングはどうしますか?」

「接岸と同時に始める!崖の上がどんな状況かわからない!きっちり準備してからいくぞッ!」

「了解!ーーでは、いつも通りですね!」

 

 崖の真下は岩礁地帯で座礁するため、ややずれた位置に船が滑り込む。いい操船技術だ。

 俺とティータは並び、いつものようにーーお互いを再評価しはじめる。

 

「師匠カッコいいよ!師匠仕上がってるよ!師匠腹筋シックスパッドかよ!」

「ティータかわいいよ!ティータキレてるよ!ティータ肩にちっちゃい重機乗せてんのかよ!」

 

 きょうは互いの肉体美を褒め称える。向こうで船長がドン引きしている。

 まあでも船長は避難港での大暴れ時に一度、俺らの最強に至るための儀式を見ている。 

 理解を放棄し盲従することを選んだ船長は、ただ俺らの強さに恐れ慄くだけである。

 どうしてまず褒め合うことが必要なのかは永遠にわからんだろうが。夫婦関係かな。

 やがてBRAVE100に到達した俺らは。ぴたりと口を噤みーーおもむろに殴り合う。

 

「……ひいっ!?」

 

 さすがに船長が悲鳴を上げた。あれはメンタルの不安定な人に対する悲鳴だ。

 ちがう。そうじゃない。speedセーブを発動させてスピードを最高速まで持っていくために必要な手順なんだよ!?どうしてそれがわからない!?と襟首を掴んで揺さぶりたい。

 でもそんなことをしても理解は得られないだろう。頭のおかしい人が頭のおかしい理屈を叫んでるとしか思われないに違いない。

 いいんだ。俺は理解を求めない。

 主人公ならざる俺は不遇でも、ただシステム的な最強を追究するのみだ。

 結果だけーーついてくればいい。

 あと忍者で二刀流なんで一撃ごとにワンツーもらって地味に痛い。投石にしときゃよかった。

 

「師匠……!」

「ーーおうっ!」

 

 やがて。接敵前に闘争の終着点、speed50物理AT99に達した俺らは。

 ひとつ頷きあうとーー波打つ崖の岩肌へ飛び移り、その道とも呼べぬ溝を一気に駆け上がる。

 

「ーーああああああああ!!」

 

 止まったら落ちる。止まったら死ぬ。

 一度だって振り向けない。後続のティータの様子すら見れない。

 濡れた岩肌を蹴って飛ぶようにして。俺はどうにか、崖の一番上まで辿り着くーー!

 

「ーー師匠!」

「隠れろ!」

 

 俺に続いて崖の下から飛び出してきたティータを引っ掴み、低木の茂みに転げ込む。

 ここで北天騎士団に見つかるわけにはいかない。

 潜んだのは砦の後方。顔を上げ、枝葉の隙間から覗いた先ではーー

 もはやすべてが、終幕に向かおうとしていた。

 

* * *

 

 ーー泣き出しそうな空の下、ジーグデン砦には。

 

「ーーいいか、この砦には火薬がゴマンと積んであるんだ。

 少しでも近づいたら火をつける。

 吹き飛びたくなかったら、さっさと退がるんだッ!」

 

 ーー人質へ剣をつきつける、ゴラグロスと。

 

「……我々北天騎士団はッ!

 賊の要求にはーー屈しないッ!」

 

 ーー包囲軍の先頭に立ち、要求をはねつけるザルバッグと。

 

「兄さんッ!!」

 

 ーーゴラグロスに金の髪を掴まれながら手を伸ばす、アルマと。

 

「……アルマッ……!!」

 

 ーー自動弓を抱いたまま妹を呆然と見つめる、ラムザ。

 

* * *

 

 雪の降り出す直前の、冷たい空気がぴんと張り詰める。

 海から吹く風に火薬の匂いが混ざる。

 俺らを取り巻く状況は終末へ向けーーその加速度を増してゆく。

 

「ーーラムザッ!」

 

 ザルバッグが呼ぶその名を聞いた時……俺の心臓が跳ねた。

 本来のシナリオなら俺が命じられていた役目だ。俺の名が呼ばれるはずだった。

 だが俺はそこにはいない。ゆえにーー手を汚すべき役割が、代わりに振られたのは。

 ラムザとなったのだ。

 

「構わん、やれッ!

 ーーラムザッ!」

 

 ザルバッグは兵の先頭に立っている。

 率いる兵からは見えぬ、その顔色は蒼白。

 吐血を飲み下すような顔で。

 ついにザルバッグがーーアルマもろともの殲滅を、弟に命じた。

 

「!!!……イヤだ……、そんな事はできない……!」

 

 その抗命は、掠れた声で響いた。

 弱々しく首を振り、後ずさる弟をーーザルバッグは振り仰ぐ。

 

「ラムザ……!おまえは……!

 北天騎士団の名誉をーー傷つける気かッ!

 おまえは身内を人質に取られたら、そうやって剣を捨てて這いつくばるのかッ!?

 そんな事で世の平和が守れるか!?

 我らべオルブの人間が範を示さねばーー、一体誰がッ!その責を担うというのだッ!

 撃て!ーーラムザッ!!」

 

 ラムザは次兄の憤怒にびくりと身を震わせるもーー力なく自動弓を取り落とす。

 

「できるわけがない!!……妹を!アルマを!

 撃てるわけがないだろうッ!?ザルバッグ兄さんッ!!」

 

 ラムザが発した、あたりまえのその言葉は。

 戦場をーーただ。通り抜けた。

 言った。ラムザは、言ってしまった。選択してしまった。

 ーー俺ができなかった選択を。

 

「そうか……もういい。ラムザ。お前には失望した……。

 お前はべオルブ家の恥さらしだ。……二度とべオルブの名を名乗るな」

「……!!」

 

 次兄の冷たい宣告に。ラムザは顔をそむける。

 家名の剥奪は、もちろん重すぎる処分だが。

 自分が処分を受ければそれで事態が片付くと思うのは、ーー世の残酷さを知らなすぎる。

 

「ーーならば、やれ!ディリータ!

 ラムザの代わりに。お前が撃てッ!」

「「…………!!!」」

 

 むかし誰かが言った。

 『俺が受けなくても誰かがこの仕事を受けるンだよ!』と。

 『お前の知らないところで誰かが死ぬンだ!わかるか、この野郎ッ!』と。

 (まあ昔じゃなくて未来かも知れないが)

 誰かが果たさなかった役目はーー他の誰かが果たすことになる。

 それが誇らしい役目であろうと……汚らわしい役目であろうと。

 

「……ッ、……!!」

 

 いきなり水を向けられ躊躇するディリータに、ザルバッグは告げた。

 

「"ラムザがやらなかった事は、お前がやるんだ"!」

 

 その一言の効果は強烈だった。

 諦めたような表情とともに。ディリータの瞳から光が消える。

 のろのろと、ラムザの落とした自動弓を拾う。

 

「え……?嘘だろう……?ディリータ……?」

 

 愕然と見守るラムザの前で。

 ディリータは震える手で銃把を握り、脇を固めて自動弓を構える。片膝立ちになり、片目で照準を覗き込み、引き金の指はトリガーガードへ。

 意志とは裏腹に。訓練を繰り返した身体は、たやすく殺しをなぞってゆく。

 ーーベオルブ家の金で学ばせてもらった技術で。

 

「……お許しください……アルマ、様……!」

 

 凍える唇は、途切れ途切れに許しを乞う。

 ーー誰に与えてもらった剣だと思っている?

 

「やめろ……やめろ、ディリータッ!!」

 

 ラムザの懇願が響き渡る中。

 弓を向けられたアルマは、絶望の表情を浮かべるままーーついに両手で顔を覆ってしまう。

 兄より見捨てられ。切り捨てられ。処刑を命じられ。

 彼女に直視できる現実は……もはや存在しない。

 

「ーーうわああああああああッ!!」

「ダメッ!!ディリータ兄さんッ!!」

 

 引き金に指をかけ、ディリータが絶叫する。

 ティータが兄目がけて飛び出した。だが間に合わない。

 

「おっとーーそいつは俺の見せ場だろ?」

 

 俺は違う方向へ駆け出した。こっちであれば間に合うのだ。

 砦の壁を蹴って駆け上がる。ゴラグロスとアルマの、その眼前に立ちはだかる。

 

「ーー少ない見せ場を取らないでくれ」

 

 自動弓は直線軌道。射線に入ればよいだけだ。

 ーータンッ。

 ごく軽い音を立て、矢が俺の胸に突き立った。

 

「ぐ、っ……!!」

 

 俺は素早く矢を抜き捨てながら、二人の前にうずくまる。

 ーーその時。

 同時にいくつもの事が起こった。

 

 まずーー顔を覆ったままのアルマの背中から。

 ぶわ、と黒い何かが溢れ出した。

 翼のように広がったそれは。至近にいたゴラグロスを後方へ跳ね飛ばすと、目の前にうずくまる俺の足首を掴んでーー恐ろしい力で振り回した。

 振り回されながら。俺は反射的にその翼へ一撃を叩き込んだ。

 殴った箇所より細かい罅を走らせた黒い翼は、端から破砕してゆき俺の身体は急に自由になる。俺は振り回された勢いのまま、ゴラグロスの消えていった砦入り口へと飛び込み、壁へ叩きつけられた。

 罅の入った漆黒の翼は。罅が走り切る前に、顔を覆って佇んだままのアルマを包み込み……そうして轟音とともに粉々に弾け飛んだ。

 弾け飛んだ後にはもうアルマの姿はなかった。かたりと音を立て、アルマの着けていた赤い髪留めが転がった。

 

 ーーすべては一瞬のうちに起こったことだった。

 俺のspeedもMAXだから、矢を代わりに受けた様もよく見えなかったに違いない。

 加えて最後の爆発だ。

 そこにいたはずの人間たちの姿も消えている。

 ゴラグロスも脅し文句で言っていた。

 

「ーー火薬の暴発か!? 退避! 総員退避だッ!」

 

 外からは退避を命じるザルバッグの声が聞こえてくる。

 今のはーー爆発にしか見えなかったはずだ。

 何らかの失火で、ゴラグロスもアルマも粉々に吹き飛んだと思われているだろう。

 だが俺は見た。

 アルマの背から生じた、一対の漆黒の翼ーー

 そして砕け散る前に転移の魔力を放ち、おそらくアルマを何処かへと連れ去った、異形の翼ーー

 もしや、あれはーー

 

「……なッ!? 誰だお前はッ!?」

 

 ゴラグロスが昏倒から回復した。黒マフラーに顔を隠す俺を認めて誰何する。

 俺は手を差し伸べ、助け起こしながら答える。

 

「自己紹介が遅れたがーーお前の新しい雇い主だよ。

 お前たち二人を。助けに来たんだが……」

「は?何を言ってーーあ」

「ん?どうしたんーーあ」

 

 俺たちの視線の先では。転がった火種が、積み上げられた火薬箱の近くでぼうぼう燃えていた。

 

「バカ! お前! 出口! 裏口!」

「こっち!」

 

 俺たちはカタコトで会話しながら、砦の裏口めざしてひた走る。

 走りながら甲高く口笛を吹く。撤退の合図だ。

 ティータもこれを聞きつけ船へと戻るだろう。

 やがてーー

 砦の裏口を走り出て、崖をほとんど滑り降りる。

 無事、俺たち三人を収容しーー船はふたたび荒海へと還ってゆく。

 

* * *

 

「……師匠!すぐ手当てしないと!」

「いいーー大した傷じゃない」

 

 揺れる甲板の上。

 俺はーー次第に遠ざかりゆく砦の方角を睨みつけていた。

 爆発を恐れ、みなが立ち去ったジークデン砦前。

 ふたつの人影だけがそこにあった。

 遠目にもわかるーーラムザが。アルマのいた場所へ歩み寄り、彼女の着けていた赤い髪留めを拾った。

 そのすぐ傍ら。ラムザの視線の先に転がるのはーー血まみれの矢。

 いや。それは、俺の血なんだが……。

 髪留めを抱いて立ちすくむラムザにーーその時。少し離れた場所よりディリータが、必死な形相で何かを叫ぶ。

 ラムザは動かない。

 やがてーー天地を貫く轟音と共に、砦が大爆発を起こし。

 四方へ咲く大輪の紅華の中に……ラムザの姿は見えなくなった。

 

 俺は。

 それを見届けてからーー荒海に向かい、大声で叫ぶ。

 

「ーー松野ォォォォォォォォォッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

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