ーーランベリー城、格子型の陽が差し込む謁見の間。
「アルガス。……貴殿の忠誠を疑ったことはない」
緑と赤の紋章旗を背負い、侯爵は静かに俺を見下ろす。
俺はぐるぐる巻きに縛り上げられ、後ろから剣をつきつけられ、エルムドア侯爵の眼前に膝をつかされていた。
侯爵の手にあるのは、俺が「侯爵様へ献上するつもりで持ってきた」などと苦しい供述をした斬魔刀である。なんかもう俺が、まるで董卓暗殺しにきた曹操みたいになってんじゃねえか。吉川三国志かよ。
鞘より抜き放たれた刀身は、湾曲し、ぼんやりと破魔の光を放つ。
薄く笑い、侯爵は斬魔刀を振り下ろした。
ーーヒュンッ。
軽やかに躍る斬撃は、ごくあっさりとーー俺をいましめていた縄だけを、切り落とした。
「……よい刀だ。以後はこの斬魔刀を、戦場の友としよう。
ランベリー近衛騎士団副団長、アルガス。
ーー献上に感謝する」
チン。刀を鞘へ納刀し慇懃に一礼する侯爵に、近衛騎士団副団長である俺は縛られ痺れていた手首を押さえながら立ち上がる。
そして背後の、近衛騎士団団長代行へ食ってかかる。
「ホラぁぁぁッ!! 侯爵様を暗殺しにきたんじゃ無かったでしょッ!? 本当に刀を献上しにきただけじゃん!!
そもそも副団長にこんな仕打ちをして……団長代行としてどうなん!?」
謝って!?と女のように詰め寄ると、ランベリー近衛騎士団団長代行ーーウィーグラフは頬を掻いた。
「ーーだが。
先程のように、怪しげな刀をぶら下げて『侯爵様に献上しに来ました』と、ランベリーの実質的な主とも言われるきみが謁見を求めに来たならば。
それを目撃していたーー大勢の皆が思うだろう?」
「思う? なんて?」
「ーー『ついに下克上の刻か』と……」
「うっ……」
だからお前を拘束して引っ立てるしかなかったんだよ?と言うウィーグラフに、俺は返す言葉がない。
ランベリーの実質的な主というのは稼いでくる外貨の額を言っている。城や食糧支援に突っ込んだ額のことでもある。我が物顔でランベリーを歩く荒くれたちが気前よくばら撒く、酒場依頼の報酬のことでもある。
そして目の前のウィーグラフが近衛騎士団長代行として近侍護衛を務めているのは、やはり近衛の側近は強い実力者でないととても務まらないからである。肩書きだけの団長職は務められても、俺の父親じゃあとても近衛はまとまらない。
「でもだったら! 皆の目がなくなるこの謁見室まで来たら、さすがにーー縄解いてくれても良かったんじゃん!? 噂はどうあれ、俺が反乱なんかしないって知ってるだろ!?」
「……ところ変われば人変わる、とも言うしなあ」
ウィーグラフの言う「ところ」とは立場のことである。500の在野浪人という火種を抱えた俺は、仮に本人の意思は逆でもいずれ爆発すると言いたいのだろう。西郷隆盛かよ。
あとそもそも、その火種の500はもともとお前の配下だったろうが。
「大丈夫だウィーグラフ。ーーアルガスの潔白は、私が今確かめた」
確信に満ちた面持ちで、侯爵が斬魔刀を掲げてみせる。
「この斬魔刀はーー悪しきものしか、斬ることはない。
さっきアルガスも斬ったが。傷ひとつ付いて居らぬ」
「え!?普通に俺まで斬られてた!?」
「刀は嘘をつかぬ。アルガスーー貴殿に異心はない」
異端審問(物理)かよ。
よい物を貰った、とほくほく顔の侯爵に、そういう事じゃないんだよなぁ、という視線を向ける。
「侯爵様……。そういうとこですよ……?」
勇気ある発言をしたのは、隣に立っていた近衛騎士団長副官のミルウーダだった。おお。強え。
「ッ、なるほど。ーーこういうところか」
指摘された侯爵は普通にしょげている。
なんでも、「心ないポイント」が一定数貯まると、侯爵の夕食が豆のスープになるらしい。恐ろしい人格矯正システムだった。
思い出し、俺は本来の用件を切り出す。
「それでーー本日は。
宝剣の献上にのみ登城したわけではなく。
UZB会議の、定例会を……」
「ああーー用意させている。
こちらだ」
* * *
ランベリー城主居室、飾り気のないホームバー。
おのおの酒盃を手に、使用人のバーテンが魔術で展開する情報画面と向かい合う。
『それでーー本日の情報共有は?
いよいよ動きがあるのかね?』
画面の向こうでゴブレットを揺らすのは、ダイスダーグである。
「はい。そろそろーー新たな聖石が発掘される時期です」
「ほう。我が領内で、か?」
「もしや……その為にわが部下達を開墾に従事させていたのか?」
「あー。違います。それなりに離れた都市ですね」
カウンターの隣に腰掛けるのはエルムドア侯爵とウィーグラフである。
アンチ・ゾディアック・ブレイブ。UZB会議。
アドラメルク、ザルエラ、ベリアスーー将来的にルカヴィの転生先たる肉体を持つ三名に、俺を加えた4人で構成された会議である。
俺たちは定期的に、酒場でのみ使える噂魔法を用いて、遠隔地より情報交換会議を開催していた。パッと見オンライン飲み会だ。
目的は、聖石に関する情報共有とその確保ーーすなわちルカヴィの現世への転生阻止である。
ルカヴィと呼ばれる強大な力を持つ人外の魔が、この世へ侵攻し人間界を支配しようとしている。
俺の鳴らす警鐘は、まるで子供が好きそうな日曜朝9時のヒーローもののおとぎ話と、当初ダイスダーグは笑って真面目に受け取ろうとしなかったが。
まさにグレバドス教の教皇その人が。実際に聖石を集め、神殿騎士団内に神聖ゾディアックブレイブを結成させ、純粋な神殿騎士と素直な信者たちを利用して教会に人心を集めようとしているーーとの情報の裏取りができてからは、少しはまともに聞いてもらえるようになった。
ただ聖石の脅威や威力については半信半疑のままだ。現物がないからだろう。
あと俺の、未来が見えるという情報源についても半信半疑だった。まあこちらは、侯爵救出やランベリー開拓や新ビジネス荒くれAmazonなど、俺がめちゃくちゃをやりまくっても失敗せず済んでるあたりである程度は信用してもらえているらしい。
『ーーほう。ようやく実物が拝めるのかね。
以前にアルガス殿が語ったような……威力の検証はできるのかな?』
ダイスダーグの問いに、俺は鉄巨人を思い出した。
ああいうのが無いとなあ。エネルギー源としての検証も難しい。
「方法を……考えてみます」
『ふむ。それで、入手に動くのかね?』
「教会に知られると即確保されるので。
慎重に動くため、しばらく時間はかかりますが」
俺は侯爵とウィーグラフの顔を見、頷き交わした。
目的地は離れているので、しばらく留守にする。
『次回の定例報告にはーー朗報を期待している』
ダイスダーグの声を聞きながら、ーー俺は最初の目的地について考えた。
聖石……ゾディアックストーンが発掘されるのは機工都市ゴーグだが。二章の開始地点はここじゃない。
俺が生存したことで。ラムザが妹を失ったことで。ディリータが騎士団を致仕したことで。
何がどう変わったのか。代わりに誰の命運が尽きようとしているのか。そのすべてを確かめないといけない。
それにーー
俺の脳裏に、楽しそうな家族三人の団欒風景が浮かぶ。
(……あれは結局のところ。
代償行為、だからなぁ……)
ーー会わせてやらないといけない。
その時。
居室の扉が、外から激しく乱打される。
「ーー申し上げますッ!
サダルファスの叛徒どもが!城門前へ集結しておりますッ!
その数ーー約五百ッ!
『捕縛され連行されたまま帰ってこないアルガス殿の仇討ち』と称して……ほどなく城門も破られますッ!
侯爵様ッ! 城兵一同、城を枕に討ち死にの覚悟はできております! 死出の御伴をお許しくださいッ!
どうか御覚悟をッ!」
「うむーー地獄まで。共に参ろうぞ」
「共に参らないで!?俺が処刑されてないって分かれば済む話じゃん!?すぐ行くから!ちょっと戦うの待ってッ!!」
画面の向こうでダイスダーグが笑い転げている。