ーー城塞都市ザランダ、城門前。
俺たちは引き続き遠方から、ディリータ一行の監視をしていた。
オヴェリア達が街に入る直前あたりで。やおら、金髪を後ろ縛りにした職人風の若者が城壁上へ躍りあがると、何かを大声で怒鳴ってから銃をパンパン撃ち始めた。
傍から見たら完全に、王族を狙ったテロである。
ティータが焦ったように振り返る。
「師匠! しー、しょー、おッ! 目を開けたまま寝ないでくださいって!」
「ん?ーーああ。考え事してただけだ」
「城壁上に狙撃手が現れてあの銃?とかいうのをバンバカ撃ちまくってる状況で、のん気に思索に耽らないで下さいよ! 兄さん達大丈夫なんですか、アレ!?」
「ああ……。あれは別に、ディリータやオヴェリアを撃ってるわけじゃないから……」
そうか。ここはムスタディオの加入ステージだったな。
「壁の上のあいつーームスタディオって言うんだけど。あいつがちょっと個人的に、反社会的組織と揉めてるだけだから……」
「ちょっと揉めてるってレベルじゃないですよ完全に抗争じゃないですか! 流れ弾で死ねますよ!? 治安終わってるんですかこの街!?」
そういやそうだな。新宿神室町かな。
「ホラ、前に話したろ。あいつがーーアレだよ。
機工都市ゴーグで。聖石を掘り当てた機工士」
「え!?じゃああの人、二つ目の聖石持ってるんですか!?」
「今は持ってないと思う。恐らくゴーグのどこかに隠してるんだと思う。わざわざ聖石の偽物まで作って隠しておくくらい慎重なヤツだから」
「それで反社に狙われてんですか……」
あ。頭上を飛び交う攻撃についにアグリアスがキレた。
吶喊している。ディリータもムスタを助けるつもりのようだ。
いいぞ。BRAVEが上がる。
「でもこのマップ、チンタラ壁越えしてる間にムスタ死ぬんだよなあ。
……お、ディリータモンクか。チャクラも覚えてる。なら大丈夫かな」
成長が遅いので今頃まだモンクをやってるディリータだったが、逆に功を奏した。
JUMPの高さでさっさと城門上に登り、弓やら魔法やら集中砲火をくらうムスタの隣でひたすらチャクラで回復してしのぐ戦法だろう。悪くない。
ムスタは高台から腕や足を狙撃し続けてドンムブドンアクを量産してくれるので、これでほぼドン勝だ。やかましいわ。
ディリータの到着前にムスタが死にそうになったが、アグが白魔法かけて回復させた。アグリアスのアビリティステータスを見る。
:聖剣技
:白魔法
:装備武器ガード
:メンテナンス
:MOVE+1
ああー。いかにも聖騎士でございます、ってセットだなあ。
メンテナンスは防具破壊を防ぐ効果もある。くっ殺さんがちゃんとくっ殺対策してるwww
MOVE+1はアレかな。この前ガフガリオンにドン亀短足って言われたの気にしたんかな。
まぁアグがこれだけキッチリ仕上げてきてるなら負けはあるまい。ムスタディオも助かるだろうし、助けに入る必要はなさそうだ。気を抜いて再び考え事に戻る俺を、ティータが見ている。
「ーー師匠。確認したいんですけど、この次に兄さんへ危険が迫るのっていつになりますか?」
俺は壁上の戦いを見ながら答えた。♪デンッ、デン。テレテレテレテテテレ(BGM:橋上の戦い)
「早ければ次のバリアスの丘だったけど……今こうして防戦一方になっている以上、次の戦いは余裕で越せると思うわ」
ディリータ達はムスタディオの後ろに固まり団子になって耐えている。助けようとして割って入ったのに救出対象を盾にするのかよ、と一見思えるがこれにはちゃんとわけがある。まずムスタの前に立ってると銃撃つ時に邪魔で移動されてしまう。そしてチャクラの効果範囲が隣接で、しかもMPまで回復してくれるから、ディリータを中心にムスタとアグが前後を固め、さらに白魔法装備のラヴィアンとアリシアがディリータの両脇を固めることで、一巡の間に白魔法三発とチャクラで4回回復できる上にMPの枯渇もない、無限回復十字陣というかこれ陣形ただのインペリアルクロスじゃねえか。
このインペリアルクロスの欠点は範囲魔法を五人全員キレイにくらうことであるが、まあ回復量が上回る。気にしなくてよい。
それより問題は攻撃の機会が少ないことである。インペリアルクロスから余ってしまったラッドが所在なげに階段上で敵ナイトが上がってくるのを防いでいる。これ以上離れると回復が飛んで来なくなる。城門上に籠城状態だ。
ティータは落ち着かなげに兄と俺とに視線を往復させながら、不思議そうに訊ねる。
「なんで、今こうして防戦一方で膠着状態で、この戦いにすら勝てる構図も見えてないのにーーそこからいきなり。この戦いも確実に勝ててしかも次の戦いは楽勝、て結論になるんですか?」
「そりゃ敵のリソースは有限だからだよ。継戦能力、持久力っつったらいいかな。
ーーホラ、黒魔道士がMP尽きて階段に移動始めたろ?」
「あー。敵の火力が落ちましたね。回復の必要がそれほどなくなった、てことは余った手番で攻撃に移れますか。
でも城門上でカンヅメにされてるし、弓はまだ無限に飛んでくるしで、戦況が移るにはかなり時間がかかりそうですけど」
「いいんだよ。戦いが長引けば長引くほど得られる経験が増える。それだけ強くなる。職の極意もいろいろ得られるし、本人の実力そのものも底上げされる。
薬使いすぎてお金なくなりました、なんてことさえなければ何も問題ない。基本の回復手段がチャクラで無料だしな」
チャクラ強すぎる。チャクラゲーと呼ばれるゆえんである。
俺みたいにspeed上げを目指さないなら、強くなるにはひたすら戦闘時間延長するしかないだろう。レベル上げだ。
プロレスラーみたいにひたすら技を避けずに喰らい続け、回復し続けるという手法は、得られる経験値が敵レベルじゃなく自分のレベル準拠になるため一定速度で成長できる。
敵の攻勢限界に達してからも回復優先を崩さずもし自分の手が空いたら反撃する、というディリータ達の選んだ戦法は、この先の生存を目指すなら最適解と言える。
まあspeed上げた方が強いけどな。
「なら安心ですけど。ーーでも一体なんで反社が、発掘された聖石なんてものに目を付けるんです?」
安心した、と口にして話題を変えつつも、ティータの目は遠方の兄から離れることはない。まあ心配だよな。
「ああ。その反社が、聖石取り上げて持ってこい、って命令されたからだよ」
「命令? 誰にです?」
「ーーライオネル領主。アルフォンス・ドラクロワ枢機卿」
「え!? それって……」
ティータは城塞都市の向こうに横たわる丘のさらに先、かすかに覗く城影を見やる。
そうだ。聖騎士アグリアスが提案し、中立勢力とみなして庇護を求めにゆくことにした、五十年戦争の英雄である。
「教皇と枢機卿もグルなんですか!?
あれ? 教会の手先になったラムザ様って聖剣技使ってましたよね? そう言えばもうひとり、教会で洗礼を受けている人がーーハッ!?
あれだけ忠義ヅラして!あんな清純そうな顔して!まさかあの、アグリアスっていう聖騎士の人も……!?
だから自然に誘導して教会領へまんまと王女をおびきよせたってわけですか!王女様の信頼を利用して!許せない!」
「なんでだよ違うよ。もし本当にそうなら修道院で王女誘拐する機会いくらでもあったろ」
ティータの早とちりは初見プレイヤーに対するミスリードだろう。まあ本当にアグリアスが、ライオネル城でふたりきりで一息つくオヴェリアの前でバサリと髪を解き、冷笑を浮かべて「……ふう。さすがに、長年の子守りはーー疲れたわね?」とか言って寝返る展開があったらそれはそれで大勢の性癖を破壊したと思うが。松野もそこまで悪逆ではなかったということだろう。
「じゃあ、このままむざむざ。王女が敵の手に落ちるのを、ただ黙って見ているしかないんですか?」
「安心しろティータ。
そこから先はーー俺たちの『舞台』だ」
それだけ答えふたたび沈思黙考に戻る俺を、ティータはしばらく見つめていたがーーやがて俺の瞳の奥へ押し込められた『怒り』に。気づいたようだった。
* * *
やがて戦いも終わり。ディリータ達に助力を感謝するムスタディオは、ドラクロワ枢機卿への謁見同行を懇願してオヴェリアの許しを得たらしい。
この時はまだ聖石の話を伏せてるんだよな。にしてもムスタはザランダまで逃げてきてどうするつもりだったんだろうな。流れ者達の掃き溜め、ザランダ歌舞伎町なのか。
この歩く火種と一緒に、きょうはザランダに一泊するらしい。いいのか。こんな治安悪い街に王女泊まらせて。
日没の時刻。
俺とティータは都市内へと移動し、夕陽の中へ佇む二人の様子を窺っていた。
目指すライオネル城のある方角を眺める、オヴェリアとアグリアスである。
バリアスの丘のなだらかな稜線の先。小さく見える城の尖塔は青く霞み、そして夕闇に沈みつつある。
だいたいここから2日ってところか。足弱の貴族女にはなかなか堪える道のりだろう。
王女になんて生まれなければよかった、と急にオヴェリアがこぼした。
自分ひとりが修道院に押し込められて耐えてさえいれば平和は保たれると思っていたのに、けっきょく王位継承争いに引っ張り出されて大勢死んでゆくのがつらいらしい。
まあ甘い考えだよな、と俺は思う。至尊の立場つらいっすわー。上に立つ者つらいっすわー。と大変そうな顔だけしていれば、あとは他の使われ者よりも楽な課題をこなすだけで、富貴で安楽な生活が手に入る。基本受け身。保守。それだけの働きしかせず当然と思い恬として恥じる色のない人間を上に戴く使用人の苦労を少しは想像したまへ。指導者には夢が明日が未来像が必要なれば、宮司は神社の理想型を神職へ明示し同志を得て邁進させる義務が有るなりと知り給へ。いかんちょっと祝詞出ちゃった。
「オーボンヌにも生まれてからずっと修道院暮らしの子がいてね。一緒だね、って二人で笑ったの。
……私のたったひとりの友だち」
「ベオルブ家のアルマ様ですね」
お。アルマの話だ。俺は耳をすませた。
「……。一年前。家に戻っていたはずのアルマが。
突然、あの閉架書庫に倒れていたときはーー本当に驚いたわ」
「ええ。あの時は本当に驚きました。
真っ先にシモン院長へ知らせたら、院長は顔色を変えーーそのままなぜか。院長区画の使っていない私室へ……意識のないアルマ様を運び込んだのですよね」
「ーーそうだったわね。アルマはそのまま、何日も目を覚まさず……。
院長からは。お世話係や事情を知る私たちまで、アルマがここにいる事を口外しないように言われたのよね。それで、理由を尋ねたら……」
「すでに。院長は出入りの商人から『ベオルブ家が襲われ、アルマが骸旅団に連れ去られたらしい』と聞いた、と答えたのでしたね」
ーーそうだったのか。
俺は傍らのチョコボの背に横たわる、アルマの寝顔を見る。
骸旅団に攫われた筈の人間が、こんなところにひとり倒れているはずもない。
シモンは異変に気づいたのだろう。
「確かにあの閉架書庫は。アルマと私の秘密の遊び場で、思い出もたくさんあるけれど……一体どうして、あんなところに倒れていたのかしら?」
「シモン院長はーー失われた転移魔法を疑っていましたね」
実はもう三階くらい下に実際に「狭間」への転移魔法陣があったりする。そう突飛な話ではない。
「……やがてアルマは目を覚ましたけれど。
その頃にはもう。イグーロスではとっくに、アルマの葬いが終わっていてーー
骸旅団の人質にされて。家族に見殺しにされて、死んだんだ、ってーー」
「……少しでも御実家のことに触れると。ただ、お泣きになるばかりでしたね……」
よほどつらい目に遭ったと感じたのだろう。
まあ家族や身内と思っていた人間みんなから切り捨てられればそうだよなあ。
名門武家の女だろ、っつったって本人は修道院暮らしで軍人としての訓練もしてないし。対馬の誇るバーサーカー政子様あたりと比べてはいけないよな。
「ーーやがてシモン院長が。
『呪い』を疑い始めたのですね?」
「ええ……。
何らかの強い力に囚われている、と仰って……。
私も聖魔法で解呪のお手伝いをしたけど。全然、解けなくて……。
そのうちに。アルマはいつの間にか部屋を抜け出して、あの閉架書庫によく居るようになって……」
アルマは聖アジョラの生まれ変わりだ。
転生体でもあり、またーー転生先でもある。
未だ「狭間」に漂う聖天使アルテマの魂。
そのよすがとなる聖石ヴァルゴに、戦乱で垂れ流される多くの悲劇を捧げーーそして聖天使の魂は新たな肉体へと宿る。
絶望、悲憤。一度できてしまった繋がりは、そう簡単には……切り離せない。
「……でも。一年も経つ頃には、また笑顔も見せてくれるようになったのよ?」
「オヴェリア様が修道院をお発ちになる折も。ローブに身を隠してまで、お別れのご挨拶に出てきて下さいましたね」
「ようやく昔のアルマとまた再会できたと思ったのにーーこんな形で、お別れなんて……」
そこでふとオヴェリアは、近くを流れる用水路へ目をやった。段差があり、小さな滝ができている。
「……私を修道院からさらった、あの人。
名をーーラムザ・ベオルブと言ったわね?
ベオルブ……」
「アルマ様の同腹兄が、確かそのような名であったかと。
ーーということは。
アルマ様を戦場に見捨てたのは、もしやーー同じ血を引く兄、なのでしょうか……?」
「アルマはあんなに泣きじゃくっていた。
アルマをそんな目に遭わせた人が……。
私を救う、なんて本気で言っているの……?」
そこで俺は夕陽の中へ佇む、第三の人影に気づいた。
二人の後方、物陰に佇立しーー肩を落とし首を垂れているのは、ディリータだ。
ディリータは聞いてしまった。
「そう言えばーーあの傭兵。
ディリータは、あのラムザとずいぶん古馴染みのようでした……。
ディリータも。ベオルブ家の身内なのでしょうかーー?」
そのアグリアスの呟きを聞き。
後方のディリータの肩が、びくんと跳ねる。
ーー言えるわけがない。
ディリータはアルマの生存を知った。おのれがアルマを射殺したという重責からは解き放たれた。
だが命は奪っていなくとも、その魂は傷つけてしまった。
他でもない、おのれが放った矢こそが見えない傷を刻んだのだ。
既に死んだことにされた上、今なお傷跡に苦しむアルマ。
アルマとは身内同然と、アルマが生きていて良かったなどと、明るく言い出せるはずがない。
それは罪の告白に他ならないからだ。
「ーーディリータ! 何やってんだ?
みんな待ってるぜ?」
その時後ろから歩いてきたムスタディオが、辺りに漂う重い空気にまったく気づかずに声をかけた。ナイスムスタディオ。ナイムス。
さすがは邪心封印の使い手だぜ。こうやってやるのか。
声に振り返るアグリアスの横で、オヴェリアは話をしながらずっとむしっていた近くの木の葉を口に当てる。長話だったのでだいぶ丸裸になっている。自然破壊すんな。
口に押し当てた葉から幾度か呼気を漏らし、やがて諦めたように離す。
「昔、友だちに教えてもらったんだけど。
ダメね。上手く鳴らないわ」
それを聞いたディリータは歩み寄り。同じ木から葉を取ると、口へ当てる。
高いーー草笛の音が響いた。
「……こうするんですよ」
やがて落ちゆく夕陽の中に、二つの草笛が響いた。
* * *
草笛の音がやみ。
一同がその場を去り。
夕陽が燃え落ち、辺りが完全な闇に包まれてもーー俺は腕を組んだまま、……ライオネル城のある方向を睨みつけていた。
やがて俺の心を推し量るのに飽きたか、ティータが顔を覗き込んだ。
「師匠……?
ここのところ、ずっとーー何を怒っているんです?」
俺は沈黙しーーやがて、重い口を開く。
「……そもそも。
ゴルターナ公はーーオヴェリアの擁立に。
乗り気じゃないんだ」