「え? ゴルターナ公が、オヴェリアを王として擁立する気がーーない?」
俺の言葉を聞いたティータは、半笑いで返した。
「何言ってるんですか。実際、誘拐しに来た兵もいましたよね?遭遇していないものも含めて、誘拐部隊は複数。そういう話だったじゃないですか?」
そこは間違っていないがーー俺も勘違いしていたのだ。
「まず、ラムザと共に現れた奴らはーーラムザの陽動に使われていた。ラムザが教会の手先である以上、あれは教会側の偽装部隊だ。南天騎士団ではない。
次に、ラーグ公側が用意した、南天騎士団を装った誘拐部隊。これは修道院近くの林で死体で発見されたらしい。恐らくラムザ以下の教会の偽装部隊に襲われて殺され、なりすまされたんだろう。俺の知る未来では、ちょうど今頃、ガフガリオンがダイスダーグからその話を聞かされていた。これも当然、南天騎士団ではない。
ーーじゃあ。『本当の』南天騎士団の、誘拐部隊は?
どこかで遭遇したか? 誰かに消されたって話を聞いたか? ……俺の知る未来でも、そんな話は一切なかった」
「え……?あれ、本当だ……?出てきたのはぜんぶ偽物で、本物の誘拐部隊がいない……?」
実際に誘拐部隊を送ろうと送るまいと。どちらにしてもゴルターナ公は、公式に誘拐を否定するしかないわけだがーー
ここまで影も形もない以上。ゴルターナ公は本当に、オヴェリアの身柄奪取を計画してはいなかった。
傍証もある。二章の噂話では、公の治めるゼルテニアにて、元騎士団の亮目団がけしかけた大規模な農民反乱が発生し、鎮圧軍のグリムス男爵率いる黒羊騎士団を苦戦させている。この状況下で王女誘拐の嫌疑がかかるため、公は否定しつつ王女捜索隊を派遣するのだが、反乱鎮圧に追われて兵を割けないと書かれている。
対応が後手な上に優先順位が低く、兵力も抽出できていない。
そこへ王女を連れていったディリータのその後の立身ぶりを考えるとーー恐らく教会側がそう考えて計画したように。
ラーグ公の偽装誘拐計画を知って両陣営共倒れを狙い、なりすましで計画を乗っ取ったように。
ゴルターナ公に領内での農民反乱をけしかけながら、王女の身柄を確保する兵派遣の意思はないと判断したように。
ーーゴルターナ公には本当に、オヴェリア擁立の意思まではなかったのだろう。
「え、え。でもーー待ってくださいよ。
だってゴルターナ公にとっては。オヴェリアだけが、後見できそうな唯一の王位後継者なんですよね?
師匠もそう言ってたし、周りの衆目も一致するところでしょう?」
ティータの戸惑いはもっともなものだ。
ゴルターナ公の政敵ラーグ公の実妹である王妃ルーヴェリア。正妃の産んだ嫡子オリナスに対立候補を立てたければ、まだ2歳という幼年を口実にし、無理筋でも王の異母妹オヴェリアを担ぎ出してくるしかないはずだ。
普通は皆、そう考える。
「……もちろん、ティータの言う通り。それこそがゴルターナ公にとって最も権力を伸長できる展開には違いない。
だがーー実はゴルターナ公は。わざわざそんな事をしなくとも……互角にラーグ公と戦えるし、摂政の座だって狙えるんだ」
俺は二章で聞ける噂話を思い出しながら、ティータに説明した。
王の従兄弟であるゴルターナ公から見て叔母にあたるだろう王太后は、王妃ルーヴェリアの強権を真っ向から批判し、ブナハンに蟄居のうえそこで亡くなる。毒殺説も流れている。
また元老院議員の多くはかなり以前から、王妃ルーヴェリアの専横をよく思っていなかった。
それゆえ。教会側が語るところによると、上の王子二人が死んだのは暗殺であり、そして今ここにいるオヴェリアもまたーー本来の王女が早世したのち、ルーヴェリアの子のみを唯一の王位血統とならないよう元老院によって用意された替え玉であるらしい。
王妃の専制を阻止したい元老院の過半は、すでにオリナス即位後のゴルターナ公の摂政への就任を支持しておりーーつまり。
ゴルターナ公は別にオヴェリアを担ぎ出さずとも、次王の摂政に就任する目があるのだ。
「!!!……で、でも。師匠の見た未来では。
ゴルターナ公が南天騎士団とともに王都ルザリアに上洛して。
その武力を背景に、王妃ルーヴェリアを幽閉しーー女王オヴェリアの即位を宣言するんですよね?」
そうだ。
だがそれはあくまでも、ゴルターナ公の元へオヴェリアを連れてきた奴がいるからだ。
そして上洛と即位宣言をそそのかした奴がいるからだ。
そいつは全滅した黒羊騎士団の副官を名乗り、そして王女救出の密命を受けていたといい、ゴルターナ公へ王女の身柄を差し出し、そしてーー上洛と即位をうながした。
むろん、すべて教会の陰謀だ。ラーグ公の一人勝ちになってしまっては潰し合いにならないから、二頭の獅子が噛み合わねばならぬ盤面まで、綺麗にお膳立てしてやっただけだ。
そこまでお膳立てが済んでいたなら……当然ゴルターナ公は、自分にとってはより制約の少ない、オヴェリア即位の道を選ぶーーというだけの話である。
つまり。ゴルターナ公が若年王の後見人、摂政になる為にはーー別に。
即位するのがオヴェリアである必要など、はじめからなかったのだ。
* * *
「……。話はーーわかりました。
でもーー師匠は、それの一体何に怒っているんですか?」
ティータは俺の横顔を見る。わからないのだろうか。
ラーグ公としては、オヴェリアに死んで欲しい。
教皇としては、オヴェリアとオリナス、残るのはどっちだって構わない。
ゴルターナ公としても、オヴェリアとオリナス、残るのはどっちだって構わない。
「ーー誰も。王女オヴェリアを、必要としてないんだよ」
そうだ。
もし原作でディリータが意識して救わなければ、オヴェリアはどこかで死んでいた。
本来は死ぬ定めにあったはずの者。
「ティータ。……俺たちと同じだと思わないか?」
ティータはひとつ、瞬きを返した。
原作では一章を超えられない俺たち。
超えてその後の世界に生きることは、けしてできない俺たち。
自分と同じ。オヴェリアの境遇にーー腹が立つ。
そして同時にーー死ぬ定めを跳ね返してまで、生き残らせてもらえた原作のオヴェリアに対してもーーとても腹が立つ。
またーーその強引なまでの救済を、けして俺たちに向けることはないーー松野にも腹が立つ。
「だから絶対に。オヴェリアは俺たちの手で、生き残らせてやらなきゃいけないんだ。
……『一章』でやったみたいに、な」
ティータはそんな俺を見て、やれやれ、と首をすくめた。
「別に師匠がやらなくたって。
師匠の知る未来の通りならーー王女は生き残るんでしょう?」
そうだ。だがそれではダメなんだ。
獅子戦争が……始まってしまう。
「ーーティータ。俺は獅子戦争を止めたい」
「獅子戦争?」
「これから始まる、イヴァリースの王位を巡る戦いだ。
ラーグ公とゴルターナ公……北天騎士団と南天騎士団との争いだ。
その戦争のせいで。何十万人という人が死ぬ」
国内最大規模の軍閥同士の争いだ。
戦死者だけではない。飢餓や難民の発生など、関連死者数まで含めると膨大となる。
被害の大きさに、ティータはしばらく目を瞬き……そしてまるで、からかうような表情を向けてくる。
「師匠〜。またですか〜?
まぁた師匠はそんな、『家畜』の神様ぶって。
大勢の家畜の命を救おうって。言うんですか〜?」
きわめて心外なことを言い出すティータに、俺はそっぽを向いて答える。
「ーー別に。いいだろ? 俺が戦争を止めたって。
確かに俺らは本来、もう死んでいるはずの人間だけどさ。
何十万人もが死なずにすめば……きっと、俺らみたいな人間だって。
もっと生き延びられるような世の中がーーできるんじゃないかと。そう思うんだよ」
この二章で救うべきはーー、一章と同じく。本来ここで死ぬべき人間。
すなわちーー何十万人という、戦争の犠牲者たちだ。
そしてその救済には……生き延びはしても不幸な未来を辿るオヴェリアもまた、含まれる。
数人助けていれば良かった一章とは、難易度が段違いだった。
「何十万人、って……」
救済対象の規模に、さすがにティータも呆れている。
てっきり、そんなの無理、と嗜められるかと思ったが。
「もう。そんな大勢の人生まで背負い込んで〜。
まったく師匠はしょうがないなぁ〜。
しょうがないからーーわたしが手伝ってあげますよ?」
ティータはなぜか上機嫌で手を後ろに組むと、足元の石ころをひとつ蹴った。
* * *
引き続き俺らが監視追跡するディリータ一行は、ザランダを発ち。
バリアスの丘で待ち受けていた、反社の手先たちも何なく蹴散らした。
(丘の両側から召喚魔法ぶち込まれてたが無限回復インペリアルクロスで耐え切った。インペリアルクロスから漏れたムスタディオはずっと後方から「腕を狙う」を繰り返していた)
そしてーードラクロワ枢機卿の治めるライオネル城へと名乗りをあげ、入っていった。
翌日。ディリータとムスタディオが、王女一行に別れを告げ、また旅立ってゆく。
行き先は機工都市ゴーグである。聖石の回収だろう。
だがこの試みは、実は枢機卿とつながっているーー反社に捕まって失敗する、と俺にはもうわかっている。
反社は聖石のニセモノを気づかず掴まされたまま、ライオネル城へと献納にあがる。
ディリータ達は城へ戻る陸路をライオネル軍に封じられ、海路を貿易都市ウォージリスへと急いでいるはずだった。
同時に。
ダイスダーグへの失敗報告と別命受領をすませたガフガリオンが、ライオネル城へと入って行く。
すでに城の中へ潜んでいた俺はーー入れ違いに、秘された俺たちの野営地へと戻ってゆく。
* * *
やがてーーもう一日ほどすると。
神殿騎士団長ヴォルマルフとラムザが、内通している枢機卿のもとへと、オヴェリアの身柄を引き取りにやってくる。
ちょうどそのくらいのタイミングでーー俺は戻ったばかりの野営地より立ち上がった。
「刻限です。ーー参りましょう」
俺の声に応じて。
背後よりーー三人の男が立ち上がる。
「いよいよか。こちらの仕事も久しぶりだ。
大物だ……腕が鳴るな」
ごてごてと儀礼ばった正装に身を包むのは、メスドラーマ・エルムドア侯爵。
ランベリー出立前にはもう、今の計画を立案していた俺の求めに応じてーー
イヴァリース各地を駆け巡り。心強い二人の味方を、集めてきてくれた。
「……」「……」
物も言わず付き従うのは。フーデッドローブに身を包む、二人の人物。
深いフードに面を隠しーーその素性は窺い知れない。
ただ……簡素なローブの胸に輝くある紋章のみが、その身分を保証している。
先頭を歩く侯爵が、黒い筒状の書状入れから羊皮紙を取り出す。そこに記された連署を見てーー俺は思わず、固唾を飲む。
「もしも敗訴した折の代償は。一体何を、求められましたか……?」
「うむ。ランベリーの教会領編入と。ーーそしてこの私の、首だ」
俺は驚いて侯爵の顔を見た。
銀の長髪をなびかせ、侯爵は愉快げに笑っている。
「アルガス。惜しまぬさ。もとよりお前に拾われた命だ。
だがーーもちろん。
勝たせてくれるのだろう?」
「ーーはい……!」
俺は力強く頷き返し、ーーそして二人の男と共に、侯爵の背後に控えた。
やがて歩み寄るライオネル城の城門上から、誰何の声がかかる。
正装に身を包む侯爵は、手に持つ羊皮紙を高々と差し上げーーそして宣告した。
「我が名はメスドラーマ・エルムドア!
ランベリーの侯爵にして、偉大なるグレバドス教の異端審問の任にあるッ!
この度は訴えに応じ!ライオネル大法廷にて審問を行いたく!参上仕ったッ!
これなるはーー筆頭異端審問官ザルモゥ・ルスナーダ殿との連署による、審問請願である!」
……善良なるライオネルの修道士たちよ!疾く開門を願うッ!」
ーーやがて、その扉は開かれた。