アルガス転生 〜家畜に神はいない(俺以外)〜   作:葛葉狐

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詰みポイント21:異端者三人

 

 ーーライオネル城、中庭闘技場。通称ライオネル公開大法廷。

 上階席まで詰めかけた傍聴人は、その殆どがライオネルの騎士だ。

 現在は異端審問の開廷中である。

 これより異端審問を行う、と意気揚々乗り込んだ俺たちは……ものの見事に窮地へ立たされていた。

 原告席に座る、俺とエルムドア侯はーー今。

 被告側の反論にさらされているところだった。

 

「ーーたしかに。

 聖石を手に入れるため強引な手を用いたのは……認めましょう」

 

 うやうやしく謝罪し、被告席で頭を下げる壮年の聖職者は。

 この異端審問の被告とされているーーアルフォンス・ドラクロワ枢機卿である。

 おそらくこの被告席に座るのは生まれて初めてだろう。いつも裁く側で、裁かれる事など一度もなかったに違いない。

 そんな人間をこの席へ座らせるためだけに。重い条件と引き換えに、筆頭上級異端審問官ザルモゥ・ルスナーダを説得し、この異端審問の請願に署名までさせた。

 グレバドス教会での上長にして、実質ナンバー2の枢機卿を審問にかけるなど。普通に考えたらとてもできない。

 が、異端審問局は公平を期すため、すなわち内務監察の性格も有すためーーたとえ教皇であってもその行動に異を唱えることはできない、

 ゆえに枢機卿も。ナンバー2を異端と疑うその大逆にさえ一切反駁せず、ただ異端審問被告席への着座を受け入れた。

 普通なら、名に傷がついたとみなすところだ。

 だがコイツの名誉と威名はーーこんな事では傷つかない。

 

「おのが務めに励むあまり。

 近しいバート商会ルードヴィッヒ会頭に。

 少々、熱烈にーー発見されたという『聖石』の入手をお願いしてしまい……

 結果! ルードヴィッヒ会頭が入手のため『仕事熱心に』石の行方を探してしまった。

 ーーそうですね? ルードヴィッヒ会頭?」

 

 枢機卿は、証人台に立つ人間をじろりと眺めやる。

 バート商会バート・ルードヴィッヒ会頭。枢機卿に命じられムスタの父を人質に取り『聖石』を奪おうとしていた、例の反社だ。なにが仕事熱心だよ。その半分でもいいから、遵法に熱心になってみろよ。

 

「は、はい……。猊下の仰せの通りです……」

 

 額に汗を浮かべるまま、反社はさっきからずっと同じ答えを繰り返している。

 ちなみにこいつは俺らが城を訪れなければ、枢機卿に『責任』を取らされているところだった。もっと感謝してもらいたいもんだ。

 ちなみに反社の隣に立つのはガフガリオンで、こんな茶番に巻き込まれて迷惑だ、と言わんばかりの表情をしている。

 この二人が証言台に居るのはーー俺たちが枢機卿の聖石強奪を証明するため、城内に居るのをつかまえて喚問したからである。

 聖石強奪に協力を求められたことを、もちろん二人が自白するはずもなく。ただ沈黙を貫くばかりだったがーー

 貿易都市ザランダ。バリアスの丘。機工都市ゴーグ。

 バート商会の反社どもがムスタを追い回し暴れていた事実は、あまりにも大勢の人間に目撃されている。

 傍証を積み重ねてゆくと。

 このまま否定を続けるのは得策ではないと判じたか、枢機卿が一部肯定へと変じた。

 だがこれは譲歩ではない。反論である。

 

「ですが……いわゆる聖石。ゾディアックストーンを手に入れようとするのはーー教皇猊下の御心によるもの。

 すなわち。聖務であります。

 ーー聖石を携える12人の聖戦士。

 伝説を象った、新生ゾディアックブレイブの結成は。

 窮世に迷えるグレバドスの子らの、新たなる光となりましょう!」

 

 FE聖戦の系譜かな。

 傍聴人席へ振り返り、両手を広げてみせる枢機卿の言葉はーー無数の歓声をもって迎えられる。

 傍聴人の殆どはライオネルの修道士たちだ。開廷前に、城中にいる全員にこの審問を傍聴させるよう、俺が要請した。

 一段高い特別席へは、不安そうな表情の王女オヴェリアと護衛騎士アグリアスの臨席までもが確認できる。

 これは絶対に審問に負けることはないという……枢機卿の余裕のあらわれでもある。

 高所の裁判長席より。騒ぐ傍聴人たちに退廷を命じることもなく見守っていた痩せぎすの男が、ようやく口を開く。

 

「ーーさて。原告人、アルガス・サダルファス。

 被告は、聖石の収集をわれらが聖務の一環と主張しています。

 教皇猊下のご指示も、神殿騎士団主導のもと実施されている実在の計画。

 これでもなおーー"枢機卿は聖石を奪い。聖石より、ルカヴィなるおとぎ話の悪魔の力を引き出そうとしている『異端』である"というーー

 きわめて荒唐無稽な審問を。続けるのですか?」

 

 裁判長の問いかけに、傍聴席からふたたび笑い声があがる。

 審問の裁判長をつとめるのは、この城の司祭ブレモンダ・フリートベルグ。

 本来ならこのライオネル大法廷の裁判長をつとめるのは領主にして枢機卿のアルフォンス・ドラクロワであるのだが。

 今回は異端審問の被告とされているため、中立を期すために、グレバドス教の司祭であるブレモンダが裁判長をつとめる事となった。

 中立が聞いてあきれる、と俺は思う。

 なぜならば。こいつは、枢機卿からーー

 

「ーー逆に。

 そのような薄い根拠で人の異端認定の訴えを起こす、あなた方こそが。

 まことのーー『異端者』なのではありませんか?

 ……どうなのです? エルムドア異端審問官?」

 

 きた。反撃だ。

 裁判長は侯爵の、異端審問官資格への疑義までふくめーー逆に俺たちをまとめてこの場で異端認定しようとしてくる。

 法廷に裁判長に大勢の証人に、異端者認定に必要なものは既に揃っている。あとは判決ひとつで、訴えてきた俺たちを逆に地獄へ突き落とせるはずだった。

 だが俺はその言葉を待っていた。言質は取った。

 俺が侯爵に向かってうなずくと、侯爵は平静のまま口を開いた。

 

「たった今も新規申し出のありました、当地での異端認定について。

 本官ーーメスドラーマ・エルムドア異端審問官は。その正当性に疑義を呈します」

「……???」

 

 法廷に沈黙が落ちた。

 "枢機卿が悪魔の力を手に入れようとしている"とか、あきらかに正当性のない異端申請をふっかけているのは自分の方なのに。

 それに対して疑義を唱え始めるの?自分で?

 こいつは何を言っているのだろう。そう言わんばかりの空気が満ちる。

 

「ーー新たな証人を喚問いたします」

 

 侯爵の言葉に続いて。今まで俺らの後ろに控えていたフードの男のひとりが歩み出、今まで立っていた二人が去ってゆくのと入れ替わる形で、証言台へと立つ。

 

「……。素性を明らかにし、身分姓名を申告しなさい」

 

 裁判長の求めに応じ。その男はフーデッドローブを勢いよく脱いだ。

 その下から現れたのはーー極めて貴族的な風貌の剣士。

 

「我が名はーーライオネル聖印騎士団、前団長。ベイオウーフ・カドモス」

 

 傍聴人の大半が見覚えのあるその顔に、法廷はざわめきに満ちる。

 

「団長ッ!?」

 

 叫んで裁判官席から身を乗り出したのは、ライオネル聖印騎士団現団長、アーレス・ローゼンハイム。五十年戦争では「銀狐」の異名を取った凄腕だが、えらく顔色が悪い。確か……病で余命わずかだったはずだ。

 

「団長がこんなところにいるはずが……!

 そもそも。団長は婚約者へ呪いをかけた廉で、『異端者』にされ……ッ!」

 

 その叫びに。法廷内の全員がーーいま証言台に立っている男が、何者か思い出したらしい。

 

「「「異端者……ッ!!!」」」

 

 一斉に腰の剣へ手をかける武装修道士たち。

 異端者とは教会の認定した信仰の公敵であり、見つけ次第告解なく即座に討ち取ることが許可されており、また高額の賞金もかけられている。

 裁槌を手放し身を引く裁判長が、侯爵に鋭い声を放った。

 

「一体これはどういう事ですかエルムドア異端審問官!

 法廷内へ異端者を連れ込むなどーー教会に対する、重大な背信行為ですぞ!」

「ーーですから先も申し上げました通り。

 その異端認定に。疑義を呈しているのです」

 

 裁判長が何か答える前に、頭上を巨大な影が覆った。

 見上げる合間にも空を滑るようにしてーーそして証人台の前へ着地したのは、1匹のホワイトドラゴン。

 

「うわあ!」「ドラゴンだ!」「屋上警備は何をしていた!」

「ーー静粛に。

 さて、そちらのローゼンハイム裁判官が先ほど仰った通り。

 この『異端者』カドモス・ベイオウーフは……

 おのが婚約者を、竜に変えてしまうほどの呪いを用いた。

 今我々の目の前にいるホワイトドラゴンが、その婚約者レーゼ・デューラーの成れの果て。

 状況証拠が疑いようもないこの涜神行為により、異端認定を受けた。

 ベイオウーフの異端申請を行ったのは、フリートベルグ司祭ーー裁判長。あなたですね?」

 

 今まで黙っていた男の流れるような事実確認に、呑まれながらも裁判長はうなずく。

 

「うーーうむ。それに相違ない。

 何せ、人を竜へ変える程の呪いだ……。

 そのような強力な呪い、とても聞いたことがない。『異端者』認定が妥当というもの……」

 

 妥当、という言葉を繰り返してから、侯爵は片手を上げた。

 それに応じてーー背後に残るもう一人のフードの男が、侯爵の横へ歩み出る。

 

「ならばこの呪いは。異端者が婚約者へと放った、強力で未知の呪いのはず。

 そのような強い呪い、痕跡が残らぬはずがありません。

 幸い。ここにーー白養魔法の専門家を連れてきております。

 フリートベルグ裁判長が過去に断じた通り。この男が『異端者』であることを確実に証明するためーーその精査をすると致しましょう」

 

 白養魔法は呪い解呪を専門とする魔法体系、らしい。

 侯爵の提案に。裁判長が弱々しい声で何かを答える前に、ホワイトドラゴンが白く優しい光に包まれ、両手を癒しの光に包ませたフードの男が短く答える。

 

「ーーもう終わった」

 

 フードの奥より漏れた声は壮年の錆び声である。

 

「このような悪辣な呪いは、およそ人のものではない。

 呪いの本来の標的は、そこな『異端者』だった。

 それを代わりに引き受け姿を変えられてしまったのが、その婚約者のようだな」

 

 証言台のベイオウーフへ頭を擦り寄せるホワイトドラゴン。瞑目しそれを受け入れる彼の姿が、今の証言に信憑性を与えている。

 

「そしてーーこの人ならぬ呪いを放ったのは誰かと言えば。

 強い魔力の痕跡がしっかりと方向を示している。

 他でもない。

 ブレモンダ・フリートベルクーーお前だ」

「なっ……!!」

 

 フードの男の宣告に、裁判長はわかりやすいほどうろたえた。

 

「そ、そのような謂れなき言いがかり……!

 だいたい、得体の知れぬ者の鑑定結果など、証拠としては不十分です!

 まず神前に氏素性を明らかにし、しかるのちに、その結果が正しいかを改めてーー」

「ーーそうか」

 

 フードの男はすたすたと被告席から歩み出る。

 裁判長席に向かって。

 

「私の鑑定結果が信用に足るものだと、証明すればよいのだな?

 さらに。異端認定を行うものが虚偽の申請を行なったとなれば、ことは信用問題だーー信用を回復すべき人間も要るな?

 そして。もし、異端審問に妥当ではない者が裁判長を現在進行形で務めているのなら、代わりを務める人材も要るな?

 ーー枢機卿、司祭。よいのだな?」

「……」「……」

 

 なすべき仕事を列挙する男に、枢機卿も裁判長も答えない。

 フードの男は裁判長席、裁判長の隣に立ちーー

 勢いよくフーデッドローブを脱ぎ捨てる。

 巌のごとく年月に磨かれた、壮年の顔貌があらわになる。

 そのままーー法廷慣れしたよく通る声で。右手を挙げ、官姓名の申告を行う。

 

「我が名はザルモゥ・ルスナーダ!

 筆頭上級異端審問官にして、異端審問局の長である!

 只今行った呪いの鑑定結果は、その職位にかけて保証する! また神前において虚偽の申請を行わないことをここに誓約する!

 教会法廷法第十条に基づき! 審問の対象となるもの、あるいはその疑いのあるものについてはこれを裁定者より除く! よってブレモンダ・フリートベルグ司祭を当法廷の裁判長から解任する!

 また同時に! 教会法廷法第十七条に基づき! 審問の裁定者の長はその場に居合わせる、審問対象外者のうち序列最高位審問官資格保持者がこれを行う!ーーよって、筆頭上級異端審問官ザルモゥ・ルスナーダ、この私が以後の本法廷において裁判長の任にあたるものとするッ!」

 

 唖然とするブレモンダの手から裁槌を取り上げ。

 新たな裁判長ーーザルモゥ・ルスナーダは、静かに法廷を見回した。

 

「ーーさて。

 以上の裁定に。異議申立があるかね?」

 

 

 

 

 

 

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