突然の裁判長交代劇にもうろたえず、枢機卿は胸に手を当てる。
「ーー裁判長を、おのが手の者へと差し替えたところで。
この私が異端者である証明にはならない。
……違いますか?」
同意の声をあげるのはーー傍聴人の一部か。
高名でよく知られた存在とは言え、いきなり出てきたザルモゥに反感を覚える者もいるだろう。
よく親しんだ英雄がぽっと出の異端審問官にいきなり裁かれよう、というのは確かに受け入れ難い。
「問題にしているのは、人の手ならぬ強力な呪いだ。
ライオネルという信仰の霊場で、司祭という高位の者がそれを放った。
はたして。『汚染』はーーブレモンダ一人に留まるものですかな?」
新裁判長にぎろりと見回され、傍聴席は一斉に沈黙した。
さすがに野次馬のあしらいは慣れてるなあ。
「悪行に手を染めた部下一人のために。ライオネルの修道士全員の名誉が汚されてはなりません」
お。自分の監督責任に話をすり替えた。
しかし優しいなあ、伊勢じゃ普通に連帯責(以下略)
「ではーーブレモンダには呪いの出所をキッチリ吐いてもらわねばなりませんな? いったい。誰から。どうやって。『授かった』のか」
授かる、って上位者から受け取る言い方じゃねーか。
ブレモンダの上位者ライオネルに一人しかいねーよ。
「……ルスナーダ殿。出世に興味のなかった貴殿も、ようやくーー枢機卿の座に興味が出てきましたかな?」
お。お前の目的は教会内の権力闘争だろう、と話をすり替えてきた。いわゆるホームデシジョン狙い、ずっと治めてきたライオネル衆の仲間意識で裁判官らを味方につける作戦か。
この言いがかりに、ザルモゥはむしろ顔を輝かせた。
「生憎と。その高き御位には、まるで興味が向きませんな。
どうも自分は生来ーー異端を追って各地を廻る審問官という、このーー教会の猟犬役にしか興味が持てぬようでして。
……しかし。お喜び下さい、枢機卿」
「何をだね?」
ザルモゥは莞爾とした笑みを浮かべた。
「ーーこたびの狩りは、大変な大物が相手でして。
御手許へは今年一番となる獲物を持って帰ります。どうぞご期待ください……!」
その顔には。
おのれが所属する組織の上長である枢機卿を相手に良い報告ができることへの喜びと、そしてーー最高の獲物を見つめる狩人の獰猛な笑みが。
違和感なく同居していた。
「!!!……く、狂っている……!」
さしもの枢機卿もたたらを踏み。猟犬を通り越した狂犬の有り様に、法廷内は静まり返る。
おかしい。相手はとっくに人やめてんだぞ。
ルカヴィ相手に普通の人間が狂気の量で勝つな。
ルカヴィすらドン引きしてんじゃねーか。
「裁判長。ーー原告側は、証拠品の提出を行います」
法廷内が静かになったと見て、俺の横の侯爵が平然と新証拠の提出を申し出る。あんたも大概だな。
視線を向ける二人の眼前でーー
侯爵はいきなり腰の刀を抜き放ち、隣の俺を斬りつけた。
「「「ええっ!!」」
そしてそのままーー返す刀を逆手に持ち替え、おのれの胸を刺し貫く。
「「「えええっ!?!」」」
突如発生した侯爵による凶行に。すわ乱心か自害かと、傍聴席を立つライオネル騎士たちだったがーー斬られたはずの俺も、そして胸板を刺し貫かれたはずの侯爵も平気でピンピンしているのを見て、顔を疑問符でいっぱいにする。
侯爵は自分の胸から抜いた刀を軽く掲げ、その破魔の輝きを皆へと示す。
「証拠品の名はーー斬魔刀。
この通り。悪しきものしか斬れぬ、古代の遺物です」
「ーーほう」
狂犬の眼がきらりと光る。まあ確かに、異端審問官向きの武器ではあるけどさ。
もうやだこの法廷。狂ってる人しかいない。
異端審問って一番狂ってるやつの勝ちなの?
裁判長席へ歩み寄る侯爵から斬魔刀を受け取りーーザルモゥは躊躇いなく、その切っ先でおのが腸を刺し貫く。
「「「おおおおお……」」」
傍聴席が唸る中、ザルモゥは平然と体内から刀を抜き取り、淡い白光を眺めてから侯爵へ返す。
「ーーふむ。
解呪の魔術と、それと回復魔術にも似ている」
裁判官らや傍聴席が今の言葉を噛み締める間に。
斬魔刀を回収した侯爵はふたたび移動しーー
ーー最後に。被告席の前に立つ。
「よろしければ被告人もーーこの刀を。
ひとつ、試されますかな?」
そう言って斬魔刀を差し出す侯爵を、枢機卿は見上げた。
「……」
ザルモゥに差し出した時と違って。侯爵は、刀の持ち手側を差し出してはいない。
侯爵は枢機卿に斬魔刀をつきつけている。
『詰み』である。
このまま、破魔に輝く刀身が。ルカヴィの被る枢機卿という人の皮の下まで貫けば。
枢機卿はルカヴィーー不浄王キュクレインとしての本性を、露わにせざるを得ない。
枢機卿は脂汗を流して、侯爵を睨みつけた。
「ーーここで私を手にかけて。
今ここにいるライオネルの騎士達全員が。黙っていると思いますか?
生きて帰れるとは思わないことですね……!」
枢機卿のその言葉に応じ、傍聴席の一部が殺気立つ。
だがこれは苦しまぎれの一手だ。
つまらない虚仮脅しに過ぎない。
薄く笑う侯爵が。そのまま刀を、枢機卿の心臓へ潜り込ませてしまえばーー
ーー俺らの、勝ちだ……!
「……その薄汚い刀を離せ」
その時。静まり返った大法廷に、声が響き渡った。
振り返るとーー法廷の入り口には、金の髪の乙女がひとり。
その背からは異様な、漆黒の双翼を伸ばすままーーこちらへ歩み寄ってくる。
近くの待機室で寝かせておいたはずのーーアルマだ。
あああ……。
「ーーキュクレイン。何をしている?
人の子の道化劇にこれ以上付き合う、理由もなかろう?」
「!!……まさか、御身は……聖アジョラの依代、いや転生、ぐ……ッ!?」
え。
聖アジョラはこの場の誰もが知る、言わずと知れたグレバドス教創始者。
思わぬ人物名に全員が振り返った瞬間ーー枢機卿の言葉が不自然に途切れる。
そして全員が目撃する。
笑顔の侯爵が、枢機卿の胸板へ斬魔刀を突き立てているところを。
あああああ……!!
「グ、ーーウオオオオオオオォッ!!!」
全身から悪霊の魂のようなものをいくつも飛び出させ。
頭を抱えた枢機卿はーーそのまま、大肥漢のルカヴィ……『不浄王キュクレイン』へと変貌する。
その異貌を見て、恐慌に陥った傍聴人たちが雪崩を打って逃げ出し始める。
ああああああああ……ッ!!!