ーーあれから一月。
今日も未だ、修復の匠がトンテンカンと金槌の音を響かせている。
修復のつづくライオネル城。
このライオネル領ーー俺たちの周囲は、随分と変わった。
明るい光さす城中庭の渡り廊下。
城内を闊歩するのは、分厚い教会法全書を抱えた片眼鏡。
笑顔のまま……隣を歩く、同僚へ言い放つ。
「ーーその考え!
人格が悪魔に支配されている!」
「え……いや……疲れたねぇ、って言っただけだが……」
「ーー悪魔はみんなそう言うのだ!」
「普通の人もみんな言うだろ……」
「ーー連れて行け!
体制批判のかどで、簡易審問にかける!」
嫌だあああと泣き叫ぶ職員を衛兵が両脇から抱きかかえ、地下への階段を下ってゆく。俺は目を逸らす。絶対に関わってはいけない。与類と疑われる。
疲れたって言っただけで体制批判かよ。ディストピアじゃねえか。
あの人先週も先々週も簡易審問かけられてたな。帰ってくるたび痩せてるんだよな。やっぱり豆のスープ地獄かな。
まあ伊勢でも鬼の祭式講師に目をつけられた非社家は軍人でも何でもないのに年間毎週3時間ぶっ続け激詰め地獄で痩(以下略)
先を歩いていたティータが、笑顔で振り返る。
「師匠ーーこの国も、変わりましたね……!」
中庭に差し込む光を浴び、その栗色の髪と瞳がキラキラと輝く。
なんでお前は平気そうなんだよ。いま目の前でお城の人が地下拷問室に連れ込まれてっただろ。日常風景として適応すんなよ。
メンタル強者のティータは笑顔で。悲鳴の尾を引く地下階段上に掲げられた異端審問会の代紋と、そしてーー城壁に大きく掲げられた、アトカーシャ王家の紋旗を見上げる。
ーーあれから。
異端審問(物理)で解決した異端審問裁判ののち。
教会の重鎮である枢機卿はさすがに、対外的には病死ということで片付けられた。
とは言え大勢が枢機卿のルカヴィへの変貌を目撃しているし、それに(俺とティータがお膳立てした)王女オヴェリアが退魔の剣を突き刺して倒すところまで見ているし、そもそも死体も残っていない。
さらには枢機卿だったなにかが、共に一部変貌したと思しき少女へ「聖アジョラ」と呼びかけていたことがーーかなり事態をややこしくした。
後日、異端審問会の提出した内部報告にいわく。
あれは、ーー「神の試練」らしい。
生前、戦争の英雄として徳を積んだ枢機卿は死後天使へと変じ主神たる聖天使に仕えるはずだったがーー晩節を汚し、堕天してしまった。
神は堕天した枢機卿をただ罰するのではなく。人の子らへの試練として差し向けるとともに、また自らの手をも用いて人を試した。ヴァルキリープロファイルかな。
退魔の王女は自ら剣を取って立ち向かい。みごと枢機卿を討ち果たしーー神の試練に打ち勝った。
また。神は試練の折、降臨なさる際に清浄なる依代を用いた。それがあの、連れ去られた少女であるーー
なんかそういう事になった。
今、ライオネル城内の大広間にはどでかい宗教画が飾られており、つねに観覧の巡礼者が絶えない。
画題はーー"いと高きライオネルの試練にうち克つ摂政宮(せっしょうのみや)"である。
絵の中には、破壊された法廷を背景に、倒れた痩せ悪魔へ突き刺した光り輝く剣に両手を置いてセイバースタイルのオヴェリアと、その傍らにうやうやしく跪く俺、ティータ、侯爵の姿がある。これはオヴェリアの威光にひれふす臣下たちを表しているらしい。おい。そんな事しとらんぞ。捏造すんな。あとなんか近くにえらい美化されたアルマが漠然と倒れている。この絵だけ見ても状況がまったくわからんな。
あとぶっ壊された裁判長席に小さくザルモゥが居て、裁槌を振り下ろしている。加えて遠くの空を舞う白竜と、その背に乗る騎士団長まで描かれている。全部載せだな。もう意味わからん。
あと、最も新しい伝説「ライオネルの試練」の聖跡をひと目見ようと全国から巡礼者団が押し寄せてえらい事になっている。修復工事も大幅に遅れている。
そのせいで、その辺歩いてると巡礼者が感激の面持ちで「! あなたが! あの絵に描かれていた! 摂政宮の、一の臣下の……アグリアス……!」とか言って駆け寄ってくる。違います。人違いです。
おい絵ぇ描いた奴! 名前と設定間違えてんぞ!
ちなみに。摂政宮というのはーーオヴェリアのことである。
信仰の霊場たるライオネルの指導層に複数の異端認定が行われた事実は、グレバドス教会にとって重大なものだった。
この事態に気づかず看過していた教皇フューネラルⅣ世はライオネルへの影響力を失い、その代わりにーーこの事態の沈静化に一役買った異端審問局が、ライオネルの内部監査という名目で大きな影響力を持つようになった。
結果。異端審問局はミュロンドよりその本部をここライオネルへと移し、その膝下へ直々に監視を行うこととした。ライオネル民絶叫である。ライオネル城一階正面と地下全階へと移した本部も規模を大幅に拡張し、異端審問会とその名称を変えた。ライオネルは"異端審問持ち"の国となったのである。その堅苦しさにちょっとでも不満を漏らせばあの通りである。皇學館かよ。
ただし。教会領としての性格は残しつつも、次の領主とされたのはーーオヴェリア王女である。
これはザルモゥ以下異端審問会の強い推薦によるものであり、先の宗教画にも描かれたようなーー王女みずからの試練打破、が大いなる宗教的意義を持った結果でもある。
王位継承権の競争者から、宗教指導層への華麗なる転身である。天皇に即位しない皇族の門跡寺院継承、あたりが近いか。
もちろん、今回の退魔の偉業(でっちあげだが)で集まった声望をもって、オヴェリアは王位を狙うことも、あるいは次の教皇の座を狙う事も可能ではあったが。
オヴェリアを擁する異端審問会への恐怖を武器に。
俺が提案したのはーー第三の道であった。
現在。ラーグ公とゴルターナ公はいずれ即位する若年王の、摂政の座を狙って争っている。
この摂政の座にーーオヴェリア自身が就いてしまう。
幼児オリナスの摂政を少女オヴェリアが務めるのである。
もちろん統治能力のない両者には後見人としてそれぞれ、両公爵を指名して補佐させる。両公の合議制でイヴァリースを導いてもらう。
これは、あくまでも王位を継ぐのはオリナスという体制を明示するためでもあるのだが、後見人たちは政争をやめない以上、いずれ政治的実権を掌握する野心があるようにも受け取られかねない。
そこで、異端審問会が秘蔵する退魔の王女にしてライオネル領主、という肩書きが生きてくる。異端審問会がつねに目を光らせ監視し、宗教的英雄におかしな政道を走らせないよう務め、また広い自領を有し自前の経済力と層の厚い人材に支えられることで、オヴェリアも傀儡化させられずに済む。
ここでポイントなのは、オヴェリアは「摂政宮」王族籍のままという点だ。大公に臣籍降下したり、あるいは新たな枢機卿として僧籍を持ったりはせず、あくまでも王族のひとりとして王家直轄領となるライオネルを治める。当地は王都ルザリアから距離が離れ、また本部を置く異端審問会は独立独歩の弾劾組織(狂犬)。
うかつに手を出せば噛まれる相手。しかし篭絡もしにくい相手。そして王位継承権争いから自ら身を退いて摂政の座に収まったが、王族籍は手放さず未だに王候補のひとり。
ラーグ公にもゴルターナ公にも実に扱いにくい相手で、しかも簡単には始末できない伝説持ち。領地も人材も抱えているが、自身もまた背後の異端審問会を権力基盤としているため、そうおかしな真似はできない。
こういう、めんどくさい鼻つまみ者にでもならないとーー人に利用される運命からは逃れられないだろう。
そう思って俺は、オヴェリアに摂政宮就任をすすめた。
王都ルザリアはじめガリオンヌ、ゼルテニア各地へ摂政宮就任と後見依頼、後見人合議制採択の意向を書き送ったところ。
ラーグ公とゴルターナ公は自身が狙っていた摂政の座を横取りされるにも関わらず、賛同の意向を返してきた。
まあ現状維持と変わらないわけだからな。異端審問会をバックに現れたやりづらい新興勢力だし、二人としてはまあ様子見するかってところだろう。
政権が眼前にあると思っていたらしい王妃ルーヴェリアは、しばらく不満を鳴らしていたらしいが。結局最終的には実兄ラーグ公の判断に引きずられた。
結論を先延ばしにしただけかもしれないが。
これでどうにか、ひとまずは。
ーー獅子戦争は回避されたのである。
「ーーよかったですね! 師匠!」
笑顔で振り返るティータ。
その背後には、ライオネル民の絶叫が響く地下階段が黒い口を開けている。
よかった、のか……?
本当によかったのか……?
ーーもちろん。まだ懸念はたくさんある。
摂政に就任する以上、オヴェリアもこのライオネルに篭ってはいられない。
王都ルザリアにて就任式を行い。後見役の大貴族たちと折衝を重ねて。実際に統治を行ってゆかねばならない。
ルザリアは王妃という毒蜘蛛の巣。
さまざまな護りがあれど。果たしてオヴェリアは、無事でいられるのだろうかーー
あと。例の宗教画にオヴェリアの忠実なる臣下として描かれた上に、その写しまで広まっちまったせいで。
俺とティータと侯爵も、なんかルザリアに帯同してオヴェリアの側仕えをすることになった。とんでもないとばっちりである。
果たして俺たちは、罠だらけのルザリアで。無事でいられるのだろうかーー
それに……何よりも。
まず真っ先に、俺がやらなければならない事はーー
* * *
再建なったライオネル大法廷。
真新しい裁判長席より、被告席を見つめるのはザルモゥだ。
新調された裁判官席に着座し、同じく被告席に視線をそそぐのはーーいずれも腕利きと名高い異端審問官たちである。
彼らが見ている被告席は……無人である。
代わりに、卓上に置かれているのは一箇の巨大な砂時計。
砂はさらさらと残り時間を刻んでいる。
やがてーー砂の最後の一粒が落ち、それを全員で確認すると。
彼らは声を張り上げ、そして神前に誓った。
「……よし! 異端者は釈明を拒否!
これにてディリータ・ハイラルを正式に異端者と認定する!
連れ去られし降聖の巫女を!異端者の魔手より!我らの手に、取り戻すぞぉぉぉ!!」
「「「おおおぉーーッ!!!」」」
……。
ーー何とかしてこいつらを。止めなければ……。